stage2「聖天の主」-06


「神妙にしなさい! ここにアイハラン村のた―――」


 −*−


 ………あれ? なんでそこで動きを止めて………?
 暗転。―――まるで世界の白と黒が反転したかのような錯覚に陥った瞬間、あたしの周囲で全てのものが動きを止め、全ての音が凍りついた。
 剣で扉を突き壊して入ってきた騎士も。
 その後から道具屋内に入り込もうとしている武装した自警団の団員も。
 中に待った扉の破片でさえも。
 誰も彼もが、何もかもが、不自然な体勢でその動きを止めている。
 ―――留美先生の時間停止の魔法に似てるけど……でも、これは……なんか違う。
 それは感覚的なものだ。
 世界でただ一人、時間を操れる留美先生の魔法は、あたしも含めて世界全てが凍りついたような硬さがある。
 それに対して今のこれは、酷く重い。まるで空気が重油に置き換えられたみたいな重苦しさと粘り気だ。周囲からはあたしの動きを押しとどめようとする強引な圧力が加えられ、それはまるで、
 ―――なんか、無理やり犯そうとしてくる男の人みたいで、イヤ〜な感じ……
 こちらの自由を奪い、己の意のままにしようとする……先ほどまで道具屋の主人から向けられていたものと類似した感覚に背筋が震え、………それゆえに、不意に肩をつかまれたあたしは、
「きゃああああっ!!!」
 身体が重くて、その手を振り払う動きを取れない。だから、素肌に触れられるおぞましさに身をすくめて小さくし、喉の奥から絞りだせる限りの悲鳴を迸らせていた。
『―――なんで、この空間の中で動くことが出来る!?』
「っ!?」
 その声を聞き、あたしはハッと目を見開いた。
 聞き違えるはずもない。向けた視線の先、声を上げたあたしに驚いて反射的に手を引いたのは、紛れもなく“男の子”だった。
 でも、あたしは直後に、自分の目で見たものを信じられずに、まず疑った。
 “男の子”の背中からは、“黒い翼”が大きく広がっていて―――


 −*−


「―――くやと言う冒険者がいるのは分かっている!」
 少年の結界を切り裂いた長剣を手にしていた人物が放った声は、驚くべきことに女の子のものだった。
 髪はあたしのように短く、どこか男の子っぽい快活さを感じさせる顔立ちに、今は険しい表情を浮かべて店内を見渡している。
 その身にまとうのは、紛う事なく宗主国カータ=ギーリの騎士団の正式装備である白銀の鎧だ。なんでここに修道騎士がいるのかわからないけれど、あたしの胸にはアンドの感情が込み上げてくる―――が、
 ―――けど、さっきの間延びは何? あたしの名前がやけに長く伸ばされたんだけど……
 いや……その瞬間、あたしも動きを止めていた。
 店の入り口には、騎士の少女に続いて自警団の団員が駆け込んでいる最中だったはずなのに、彼らもまた、あたしの見ている前で走っている姿勢のままで動きを停止させ、彫像のように固まっていた。
 時間は、約三秒ほど……まるで時間が止まり、あたしの意識だけが動いていたような不可思議な感覚に眉をひそめていると、すぐ傍から戸惑いの声があがる。
「う、うわぁああああっ! 店長、大変です、店長、店長ぉぉぉぉぉ!!!」
 倒れて動けなくなったあたしを“介抱”しようとしてくれていた男の子は、踏み込んできた自警団の姿を見て困惑し、つんのめりながらも何とか店の奥へと駆け込んでいく。
 ………“介抱”? いや、あたしはさっきまで、あの子に別のことをされかかってたはずなんだけど―――
 自分が頭の中に思い浮かべた言葉に、自分で疑念の念を抱く。
 あたしがあの子にされたのは、紛れもなく“介抱”だ。いや、違うって、だから“介抱”、“介抱”なの。エッチなことされるのは“介抱”じゃなくて“介抱”だから、ええい、ややこしい!
 あたしの頭の中には、あの子に“介抱”されたという“記憶”と、それに重なり合うように辱めを受けた記憶も存在している。
 ―――なんなのよ、これ。頭の中がグチャッとして気持ちが悪い……!
 道具屋の店長にされたのは陵辱。なのに、あの子にされたことだけは“介抱”。された内容は決して介抱じゃないのに、“介抱”と認識してしまっている。もう訳が解らない。
 ともあれ、これで助かったのと同時に、御用になったわけだ。これまであちこちで騒動を起こしながらも自警団の厄介にだけはならなかったのにな〜…と、今更とりとめもないことを考えていると、
「おおおおおっ! オールヌード!? 美少女のすっぽんぽ―――ん!?」
「こんなうらぶれた道具屋でいったい何が……お、おぜうさん、だだだだいじょうぶれすか!?」
「もう少し、もう少し恥じらいの表情を浮かべて! 今すぐ我輩の永遠記憶の魔法でこの一瞬を脳内メモリーにぃぃぃ!!!」
「あはははは、全員死ね♪」
 ―――しくしくしく、なんで男の人って全裸のあたしを前にすると性欲丸出しの反応を見せるんだろ。
 自分もこんな男たちと同じだったのかと思うと、悲しくなる。男に戻ろうという気持ちが少し萎える……
 とはいえ、この場にいる女性は、あたしだけじゃない。
 しかもその人……と言うか、声の感じからして、あたしよりも年下だ。
 その子は、磨き抜かれて輝いている鎧に身を包んだ騎士。しかもカータ=ギーリの神殿騎士か修道騎士であることを示す白銀の鎧を身に着けているのだから驚きだ。
 正義と礼節を重んじる騎士がいるのなら、あたしは犯罪者として捕まりはするだろうけれど、男性陣によってたかって卑猥なことをされたりはしないだろう。
「―――お前が、アイハラン村のたくやだな?」
「はあ、まあ……」
 身を起こし、穢された身体を両腕で男性団員たちの視線から隠しつつ、まだ言葉を放つのも辛い喉と口とで、言葉短く答える。
「そう―――」
 下から見上げると、声の感じのとおり、かなり若く、可愛らしい。髪は短いけど、背がそれほど高くないせいか、匠の手により見事な曲線が描き出された騎士鎧がいまいち馴染んではいない。
 そして、印象的なのはその瞳だ。あたしのことをまっすぐ見下ろす視線には、怒りと憎しみがあふれ出さんばかりに………って、怒りと憎しみ!?
「―――――――――ッ!!!」
 攻撃がくる―――あたしに向けて強烈な殺気を放った少女騎士は、紋章式の魔術文字が刻まれた両手剣を大きく振り上げ、大上段からまっすぐあたしへと振り下ろしてきた。
「ひあああああっ!?」
 攻撃予測が来るのを待ってから避けていたのでは、動きの遅い今の状態では間に合わない。けれど大振りの攻撃に隠しきれない殺気も合わさり、力んだ一撃は動き出しが遅く、逆にこっちのほうが一歩早い。
「ちょっと、いやァ!!!」
 身を床に転がして斬撃の軌道から回避すると、国を守るためのものであるはずの騎士剣はそのまま床へと打ち付けられた。こめられた魔力の余波で轟音とともに床を一直線に大きく抉り、周囲の棚に陳列された商品を吹き飛ばす。
「逃げるな、この、犯罪者ァ!!!」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってぇぇぇ! 何で器物破損でいきなり死刑執行なのよ!? 取り調べもしないで殺そうなんて、いくらなんでも横暴よ!」
「うるさい黙れ! お姉ちゃんを誘拐しておいて、よくそんな口が利けるよねぇ!!!」
「え、誘拐? あたしが? 誰を? あなたのお姉さん?…………うっそだぁ♪」
「ふざけるなァ―――――――――――――――――――!!!」
 いや、ふざけてなんかいないんだけど。あたしが女性を拐かしたなんて出任せもいいところだ。
 娼館で働かされて大勢の女性に接する機会もあったけれど、誘拐されてきた人に会ったことなんて一度もないし、冒険者ギルドで受けた依頼にも思い当たるものはひとつもない。
 しかし、今の現状でそれを説明したところで、頭に血が上った騎士の少女の耳には届かないだろう。現に、一撃目を避けたあたしを、怒りに満ちた眼差しで睨みつけてきている。とてもじゃないけれど冷静な話し合いが出来そうな状態ではない。
「え〜と、あたし、丸腰どころか丸裸なんですけど……そんな人を騎士が攻撃していいの?」
「騎士の剣は世界に仇なす悪を切る剣だ。重犯罪人に情け容赦しないんだよ!―――剣神ロディよ、全てを切り裂く御神の力を我が剣に宿らせたまえ!!!」
 剣に刻まれた魔導式を発動させる魔力をイメージにより増幅させる“真言”を唱えると、刀身に鋼が黄金のような輝きを放ち始める。
 ―――じょ…冗談じゃない! 神殿騎士の“魔法剣”をこんなところで放ったら、建物ごと一発崩壊するってのに!
 “世界の正義”たる宗教国家、カータ=ギーリ。
 そこで奉じられているのは、御名を失われた女神を含めた六柱の女神の上に立つ剣の大神ロディ。神々の大戦をその剣で勝利に導いたとされる最上位の神だ。
 ―――これだけって言うわけじゃないんだけど、剣神ロディの主な神のご加護は攻撃力アップ。つまりはまあ……目の前の子の剣は今、切り裂き魔もびっくりの切断力ってことなのよね。
 同じ実力の騎士が一騎打ちした場合、この剣神の加護は圧倒的有利をもたらす。魔力次第では鋼も断ち切る剣の切れ味は、相手の防具すら切り裂く大きなアドバンテージとなるからだ。また、神殿騎士・修道騎士は魔力の訓練も欠かさない。したがって、この攻撃力アップの加護の効果も大きくなる。
 しかも剣神ロディは五人の女神とねんごろな関係なので、他の神の加護も一柱に限り受けられるという他にはない特典付だ。
 そして、そんな反則級の加護を受けられる神殿騎士・修道騎士の力もあるからこそ、カータ=ギーリは他国より上に位置しているといえる。
 ―――だから端的に言っちゃうと……このままじゃあたしの身と命に危険が―――――――――!!!
 初撃こそ避けたけど、床に転がってしまった今の状態じゃ、魔法剣の一撃をどうしても捌ききれない。
 あと一回や二回ぐらいならどうにかなっても、それ以降は無理だ。どう考えても切り捨てられる末路しか思い描けない。
 ―――ああもう、なんでこの街に来てから一難どころか五難六難とまとめてやってくるのかなァ!
 モンスターはまだ呼べない。左腕は血に染まり、立つことだってままならない。
 けど、まだまだ諦める気持ちは沸いてこない。この程度で命を諦めるようなら、最初から女として生きていく決意のほうを先に固めている。
 それに攻撃は避け切れなくても、まだ右手が残ってる。どうせ死ぬなら魔力放出でこの子を吹き飛ばしてからだ。
 けれど、そんなあたしの悲壮な決意に待ったをかけるように、続いて道具屋に踏み込んできた自警団員が騎士の少女に後ろから飛び掛かり、放たれようとしていた次の攻撃を押しとどめてくれた。
「隊長、待って待って! こんなかわいい子を殺しちゃダメ―――!」
「そうですとも。取調べと称して密室であんな事やこんな事するまでは落ち着いてください!」
「我輩の脳内メモリーを駆使しまして隊長とあのこの戦力を比較したところ、いい線いってるとは思いますが、あの子は化け物です! いいですが、どう見たってFですよF! 90オーバーです! 隊長も87ですが、残念! 惜しい! また来世! それでも追いつきたいならこれから四六時中我輩がタップリと揉みしだいて男の味をたっぷりヘブハァ!!!」
「あんたたちはいったいどっちの味方なのよ!!!」
 ………こんな人たちが部下なんだ。この子に哀れみを感じちゃうな……
「こ、こら、私のことをそんな目で見るな! ちくしょう、あ、いや、ちくしょうはなんか汚い言葉遣いだけど、ち…ちっくしょ〜〜〜!!!」
 剣の実力は上でも、男性数人に羽交い絞めにされてはそう簡単に振り払えない。
 何とか刃傷沙汰は回避できたとホッと安堵のため息をつくと、歯軋りしながらあたしに飛び掛ろうともがいている女の子を見つめて同じようにため息をついている人がいた。
「いや、これは失礼。このうら若き隊長殿は真面目で頑張り屋さんなのですが、少々真面目すぎるのと思い込みが過ぎるのと思考と行動が直結しているのが玉に傷で。これがもう、なんとかに刃物状態でして、はい」
 ―――ああ、この人が副長さんなのか。バカのリーダーと、それを支える参謀……それで、このチームはまとまってるわけね。
「うわぁぁぁん! 副長のくせに、敵と余計なおしゃべりするなバカァ〜〜〜〜〜〜!!!」
「バカはあなたです、涼乃様。いいですか、説明するのはこれが最後だから、よーくお聞きください。我々は、このたくや様をお屋敷へお連れしなければならないのです。あなたが敬愛してらっしゃる“綾乃お嬢様”からのためにもね。いい加減、その空っぽの頭の内側にきっちりしっかり刻み付けておいてください、まったく」
「副長のくせに生意気だぞォ!!!」
「だったら隊長らしくしてください、この猪突猛進娘が」
 ―――お、副長さんが静かに切れた。……じゃなくて、なくて、なくてぇぇぇ!!!
「綾乃ちゃんが“お嬢様”!? それってあたしと一緒に旅してきた綾乃ちゃんのこと!? どういうことなのよ、いったい!」
「それは―――」
 涼乃と呼ばれた少女騎士が、いまだ全身に五人もの男の人に押さえつけられたまま、あたしのことを鋭くにらみ付けている。
 ―――さっきからこの子が言ってる“お姉ちゃん”は綾乃ちゃんのことなのか。でも、綾乃ちゃんのことを誘拐なんてしてないし、それにあたしのことを呼んでいるって……
 めまぐるしく変化する状況を、鈍っている思考が理解できない。それでも、ただひとつだけは……
「ぬおおおおおおっ!? なんじゃ、わしの店がボッロボロにぃぃぃ!?」
 騒動を聞きつけ、男の子に呼ばれ、休んでいた店主が戻ってくると、魔法剣で壊されたり、暑苦しい男たちが入り込んできている店内を見て、叫び声を上げた。
 ―――ともかく、せっかく戻ってきてくれたのだから……
「え〜と……あの人、婦女暴行の現行犯でとっ捕まえてくれますか?」
 道具屋の店主を指差してそう言うと、自警団員の人たちの目に殺気が篭る。
「てめぇこのやろう…美少女を監禁してやりたい放題だぁ? 俺たちが必死に我慢してるのに!」
「あんなかわいい子にひどいことしやがって、うらやまシーZE―! よってSI☆KE☆I、確定だヒャッハー!!!」
「もぐか? もいじゃうかこいつの○○○! もいでククク口の中にねじ込んでやるォ!!!」
「安心しな。ブタ箱の看守は尻の穴が大好きだから、よ〜っく紹介しといてやるぜェ!!!」
 そんな頼もしい(?)団員さんの言葉を聞いたあたしは、たまらず視線を伏せ、汚された身体を力なく隠しながら、あふれ出る涙をそっと人差し指で拭った。
「みなさん、あの……あたし……ううっ、もう、こんなのって……」



『  よ  し  、  こ  い  つ  殺  そ  う  』



 ―――うまく言った。女の涙は最強の武器!
 こういう事してるから男に戻る日が遠のくんじゃないかな〜とは思いつつも、性犯罪者を逃がすつもりは欠片もない。
「助け……やめ、近づくな、殺さないでぇぇぇ〜〜〜〜〜〜!!!」
「「「安心しな、死んだ方がマシだって苦痛を味合わせてやるァ!!!」」」
 お年寄りの悲痛な叫びでも、これっぽっちも心は痛まない。それよりも、あたしにはしなければならないことがある。
 それは、
 ―――はうぅ……お風呂に入って、汚れた身体を綺麗にしたいよぉ……


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