stage2「聖天の主」-04


「こ、これは全部本物なのかね? にわかには信じられないのだが……」
「助けた人魚たちから貰ったものですから、間違いなく本物ですよ。ただまあ、場所は言えませんけどね」
「そうは言うが……“人魚の涙”をこれほど持ち込まれるなんて、とても信じられん。偽者か疑うなというほうが無理だよ、お嬢さん」
 男の子に連れてきてもらい、匿ってもらえることになった道具屋。そこの初老にさしかかろうかと言う店主は、あたしがポーチから取り出した皮袋の中身を見てからというもの、驚きの表情を隠せないでいた。
 それもそのはず。袋の中身はなんと“人魚の涙”―――それは悲しみに打ちひしがれた人魚の流した涙が結晶になったと言われる、青白い輝きを淡く放つ神秘の宝珠だ。
 美しさはダイヤやサファイアに勝るとも劣らない。けれどその希少性ゆえに、値段は“人魚の涙”の方がはるかに上。なにしろ、たとえ人魚を捕まえたとしても彼女たちの涙が宝玉に変わることはないのだから。
 ―――アーマキヤで聞いたけど、海岸で偶然拾った男の子は一晩で大金持ちになっちゃったお話があるとか。
 人魚の流した涙が宝珠になった……と言うくだりは、おそらく創作だろう。それほどまでに、大海からもたらされた小さな宝珠には、神秘的な美しさが秘められている。目にした吟遊詩人が創作意欲を刺激されるのは、むしろ当然の流れのように思える。
 ともあれ、“人魚の涙”が高価であることに違いは無い。
 しかも、カウンターの上においた皮袋の中には、貴重な“人魚の涙”が十粒入っている。本来なら、入手するには助けたマーメイドから感謝の証として貰うか、海辺に流れ着いたものを偶然拾うしかないのだから、数年、または数十年にひとつ手に入るかどうかの代物がそれだけあれば、立派にひと財産だ。
 ―――外、まだあたしを探し回ってるんだろうな……罪悪感とか感じてるのに追われるとこうして逃げ隠れてるのって、犯罪者の心理なのかな……
 これが売れたら綾乃ちゃんに何か買って帰ってあげて元気付けてあげたい……というのが当初の目的だったものの、自警団に追われている現状では、それは少し待たなければならない。
 せめて娼館ギルドからもらえた報奨金とかを留美先生から返してもらえれば、こんな金策をする事も無かったのだけれど、留美先生たちのいる宿まで戻ることも出来ない。まあ、“人魚の涙”が高く売れることを祈ろう。そうしたら、もし門の修理費を請求されても、支払いは何とかなる。後は平謝りで許してもらえるかどうかと言うところか。
「ふ〜む……以前見たことのある“人魚の涙”とは輝きが違う。同じ透き通るような輝きだが、こちらの方が美しさは上だ。あれは百年以上も前の戦利品と聞くし……」
「どうです? そろそろ買い取り価格決まりました?」
 なにしろ間違いなく本物の“人魚の涙”。剣や鎧全部を新調してもお釣りがくるぐらいの値段で売れるはずだ。―――そう期待してワクワクしていると、鑑定用のルーペを目からはずした店主のおじさんは、
「―――悪いが買い取れない。申し訳ないね」
「え……ええええええええええっ!? ど、どうしてですか? 正真正銘、間違いなく本物ですよ!?」
「“人魚の涙”は道具屋の中でも、持ち込まれたら偽者と疑えといわれるぐらいに本物の少ないものだ。だが、たぶんこれは本物だろう。出所が不明なのが怪しいが……それを差し引いて、“人魚の涙”という名前を抜きにしても、この美しさなら買い手はいくらでも現れるだろうね」
「だったらなんで!? なんで買い取ってくれないんですか!?」
「簡単な話だ。この店には、“人魚の涙”を買うだけのお金が無いんだよ。知ってるのかね? どんなに安く見積もっても“人魚の涙”一粒で、家一軒が建てられるほどの価値がある。しかも、この“人魚の涙”はかなり大振りだから、装飾品にもってこいだ。さぞや格調高く見栄えのよい物が出来るだろう。その分を買い取り価格に上乗せすると、とてもではないけれど買い取り資金をすぐに用意することはできんよ。全て買い取るとなると、一ヶ月は金策に走り回らなくては」
「じゃ、じゃあ、一粒だけでも!」
「街がにぎわっていた頃なら、まだ何とかなったのだがな。今じゃ丸一日どころか三日も四日も客が来ない事もざらにある。こんな店じゃ一つ買うのも命がけだよ」
「………………………」
 まさか価値がありすぎて買取を断られるなんて……思わず立ち上がった椅子へ腰を落とすこともできずに、しばし呆然としてしまう。
「………だ、だったら、もう少し安いものだったら、買い取って、くれるんですよね!? くれますよね!? くれないと困るんです!!!」
「いや、そ、それはものを見てみないことには何とも……」
「ちょっと待って。すぐに出しますから!」
 このままじゃ門の修理費も綾乃ちゃんへのお土産代も何もかも払えない。それは困ると、慌ててポーチの中やジャケットの裏側のポケットをまさぐると、店主が向かいに座るカウンターテーブルの上に次々と売れそうなものを積み上げていった。
「えっと、人魚の鱗にサーペントの牙、海霊鉱にマンドラゴラの根っこの粉末、シルフの魔力石、一角鮫の角のかけら、真珠だったら買取大丈夫ですよね。粉になってるやつもあるからどっちでも。あとこれ、金のハチミツ(偽者)、滋養強壮虚弱体質にスゴく効きます!」
「ま…待て待て待て! 何だそのポーチは。なんでこんな貴重なものが山ほど出てくる!?」
「それはまあ、企業秘密って事で。とりあえず、さあ、この中から何か買い取ってください!」
 自分でもよくこれだけ出てきたものだなと感心する……アーマキヤでいくつも依頼をこなした際の戦利品などもあるけど、マーメイドたちと海底探検して見つけたり貰ったりした物も多い。
 あと最近、蜜蜘蛛の蜜を小瓶に溜めたり、ゴブハンマーに役立ちそうな種や苗を与えたりして、せこせこと財テクに励んでもいる。マンドラゴラはそんな収穫物のひとつだ。
「う〜む……これだけの品数だ。鑑定には少し時間をくれ。自警団から隠れてるんだろう? 突き出したりはしないから、いくらでもここにいてくれていいから」
「そうですよ。なんだったら一晩中だって構いませんよ。寝るならボクのベッドをお貸ししますし……♪」
 なにやら複雑そうな表情を浮かべ、凝り固まった肩を何度か叩いてから鑑定ルーペをつけた店主とは対照的に、甘い香りのする紅茶をあたしの前へと出してくれた男の子の方は手にしたお盆で顔を半分隠し、けれど股間のもっこりはあたしに見せ付けるように隠そうともしない。
 きっと、このお店で一晩寝床を借りれば、もれなくあの子との“お楽しみ”サービスもついてくるのだろう。
 ―――はっ!? なんであたし、「それでもいーかも♪」とか思っちゃってんの!?
 身体をまさぐられた時の事を思い出して数秒呆けてしまっていると、意味ありげな笑みをあたしに向けてから男の子はお店の奥へと戻っていってしまう。間違いなく……あたしが何を考えたのか悟った顔だ、あれは。
 ―――でも……顔とか背の大きさに似合わず、スゴく上手なんだもん……触り方が……
 もしかすると、娼夫として働いていたことがあるのかもしれない。
 なんとなく以前に肌を重ねたことのある男の子たちに感じたのと同じ匂い……それ故にほぼ確実になったあの子とのエッチに期待で胸が高鳴ってしまう。
 ―――お、落ち着け、落ち着くんだ、あたし。別に、エッチなんて興味ないんだからね、うん。
 内心の動揺を隠そうとお茶をすすりながらも、カップを持つ手の震えが全然収まらなくなってしまう。
 このまま考え続けてると本当にヤバい。せっかくエッチな娼館での日々から離れられて平穏に戻ってきているのに、あんな子との快楽にはまり込んだら抜け出せなくなってしまいそうだ。
 だからどうにかして意識を切り替えようとして別のことに思考を向けると、男の子の顔を隠した仕草が、ふいにあたしの中にある疑念をもたげ上げさせた。
 ―――そう言えば、さっきの領主の館であったあの子……
 顔ははっきりと確認できてはいない……けど、今にして思えば、あれはまず間違いなく“彼女”のはずだ。
 でもそれならそれで、「どうしてあんなところに“彼女”がいたのか?」とか「どうして顔見知りのあたしへ攻撃してきたのか?」と、「どうして」と言う疑念が次々と沸き起こってくる。
 ―――逃げるのに必死だったしね……顔、もうちょっとよく見ておけばよかった。お話も出来てたら……
 状況が状況だっただけに逃げるしかなかったんだけど、あの場に居残ることも選択のひとつとしてはあったのかもしれない。けど、逃げてしまった以上はどうしようもなく、後悔のため息をつくしかない。
 ―――それにしても……
 ソーサーに紅茶のカップを戻すと、今まで忘れていた疲労が押し寄せてきたかのように、全身から力が抜け落ちていく。
 いきなり槍で突かれ、目の前で壁を蹴り砕かれ、その後は自警団の目から逃れるためにずっと気を張り続けていた。さっきまでも“人魚の涙”が売れるかどうかで、鑑定を固唾を呑んで見つめていたし……甘い紅茶がそんなあたしの体の強張りをほんの少しだけ緩めた途端に、椅子に腰掛けたまま手をだらしなく床に向けて下げ下ろし、背もたれに大きくもたれ掛かって、
 ―――あ、あれ? 眠い……と言うか、金縛り?
 身体が傾いでいく。
 ルーペをはずし、手を肩に当てて首を左右に伸ばしている店主は机と一緒に、床と水平になるほど左に傾いていた。―――そしてそれが、あたし自身が倒れていくせいだと気づいた時には、力の入らなくなった身体は右肩を下にして椅子から床に滑り落ち、そのまま仰向けに転がってしまっていた。
「あれ? お薬、ものすごく早く効きましたね。もう倒れちゃったんですか?」
 これは……あの男の子の声だろうか?
 店主とあの子が話している声が、異様に遠い。その内容は聞き取ることが出来ず、何が起こったのかを理解するには、時間を要することになってしまった―――


stage2「聖天の主」-05へ