回り道編・第2話「綾乃の悩み事-野宿編」-1


「先輩はどう思われてるかは判りませんが、私は先輩は素敵な女性だと思います。
 悪い魔法使いから私を助けてくれた……最初は「優しい人」だからと言う理由で先輩が好きだったけれど、今は違います。綺麗だし、強いし、そして何より、私にはない心の強さを持った女性で、本当に心から先輩の事を尊敬しているんです。

 先輩は今は女性の姿をしていらっしゃいますが、本当は男の人なんです。そのお話を初めて聞かされた時はびっくりしました。それは私ととてもよく似ています……そう、ありえるはずがない体の変化に悩んでいる私と、先輩の悩みはとてもよく似ていました。
 ですが違うところがあります。
 私は諦めてしまいました。「こんな身体なんだからしょうがない」と心が折れてしまい、自分の不運を嘆きながらも自分の体の“不幸”を受け入れてしまったんです。父親に家を追われ、遠くフジエーダへ留学させられても、私は何も出来ませんでした。
 でも先輩は違ったんです。何度も諦めそうになったと聞かされたけれど、それでも元の体に戻る方法を求めて旅を続けてるんです。
 ……運命に抗えなかった私とは違います。

 先輩は綺麗な人です。
 私と同じように幼く見える顔つきなのに、冒険者として旅をされている時の顔も、ご自身の運命を嘆きながらも娼館で娼婦をされている時の顔も、どちらもスゴく魅力的に私の瞳に映ります。

 私は先輩のようにはなれません。
 だからこんなに胸が苦しいんでしょうか。
 だからこんなにも、先輩を欲しいだなんてはしたない想いを抱いてしまうんでしょうか………」









「―――ん。場所はここでよさそうね」
 森の中の開けた場所で地面の硬さを調べて大丈夫だと判断すると、あたしは背負い袋のサイドポケットから親指サイズの豆に似たものを取り出す。それをギュムギュムギュムと三回、指先で捏ねてから地面へ放り投げると、豆は転がった場所を中心に爆発するように弾け、三秒とかからず大きなテントは出来上がってしまう。
「ん〜、やっぱり買ってよかったテントビーンズ♪ 荷物は軽くなるし、説明も楽だしね〜♪」
 前に立ち寄った街では少々物入りで、仕方なく娼館で何日か働かせてもらったのだけれど、忙しかった分だけ実入りもかなり多かった。臨時ではあったもののお給料にも色をつけてもらえて懐に余裕が出来たので、以前から欲しかった魔法のテント「ビーンズテント」を大奮発して購入してしまったのだ。
 サイズは五〜六人用の大型の物しかなかったのだけれど、ちゃんとした野営用のテントはできるだけ早く購入したい理由もあった。色仕掛けで多少は値引きしてもらえたけれど、暖かい懐にも厳しい冬が訪れそうなお値段……それでも目の前で一瞬で出来上がったテントを見て、あたしは購入を決意した自分へ誇らしげにグッと拳を握り締めてみせた。
 ―――いつまでも綾乃ちゃんに木の股で寝させとくわけにはいかないもんね。
 これまでの旅の途中でも何度も野宿はしてきたのだけれど、綾乃ちゃんは寝袋に入って、あたしはマントを体に巻きつけて眠っていた。
 一応、周囲には結界杭を打ち込んでモンスターが寄り付かないようにしておいたし、ジェルやゴブアサシンなどの睡眠を必要としない契約モンスターに見張りをしてもらっていたので安全性には問題はない……が、魔王の力かなんか知らないけれど、体が丈夫になっているあたしと違って、綾乃ちゃんはそれほど丈夫でもないし旅に慣れているわけでもない。体調を崩して宿に着くなり熱を出した事も何度かあったぐらいだ。
 あたしもそれを心配して何日も野宿しなければならない長距離の移動は控えたり、街や村でも数日逗留したりと、綾乃ちゃんにあまり無理をかけないように気を配ってきた。それでも野宿の機会をゼロのすることは出来ないので、可能な限り休みやすいテントの購入を前々から考えていたのだ。
 ―――高級品ではあるけれど、綾乃ちゃんのためならこれぐらいヘッチャラだもんね。………で、その綾乃ちゃんはどこいったかな?
 ふと周囲を見回してみると、近くに綺麗な川があるのを確認したところまでは一緒だった綾乃ちゃんがいなくなっていた。
 ―――う〜ん……おしっこかな? それでも何も言わずに姿を消すなんて珍しいけど……
 襲いかかってきそうなモンスターが出そうな森でもないし、仮に襲われても綾乃ちゃんの肩にはスライムのジェルを乗せている。モンスターの方が逆に悲惨な目に会うだろう。
 まあ……姿が見えないからといってモンスターに襲われる心配までするなんて、我ながら少々過保護かとも思う。綾乃ちゃんだって四六時中誰かといたら息が詰まるかもしれないと言うのに、それでもついあたしがあたしがと世話を焼いていまいたくなってしまう………これはもしかしたら悪い癖なのかもしれない。
 ―――綾乃ちゃんてば妹キャラだもんな〜……でもま、何かあったら声を上げるだろうし、ジェルが着いてるから心配要らないか。探すにしても他のみんなが帰ってきてからでも遅くないし。
 今はあたしの仕事をするべし……とかやっている間に、食料調達に出かけていたゴブリンアーマーたち戻ってきた。
「三人ともごくろうさま。何か美味しそうなもの見つかった?」
 あたしが問うと、寸詰まりのリビングメイルたちは手にした籠を頭上に掲げ、
『キノコ〜』
『キノコ〜』
『チンコ〜』
「あんたは探しなおしてこい!」
 木棍を全力フルスイングで振り回し、下品な事を言ったゴブリーダーの頭を殴り飛ばした。
『な、なにするんや! ちょっとした場を盛り上げるためのジョークやないかァ!』
「やっかましい! なによあんたの籠の中身は。なんで全部アレそっくりキノコなのよ!」
『決まってるやんか。今夜はこれを股間につけてハッスルハッスル! ゴブハンマーにはエッチするんも身体を手に入れるんも先を越されたけど、次にたくや様と一晩中エッチすんのは、このわいでっせ!』
「………あんた、菌類ゴブリンになりたいの?」
 想像して……正直、キノコゴブリンはちょっと不気味だと思う。一本の巨大キノコに手足が生えてると言うのも不気味だし、体中からびっしりキノコが生えてるのもヤダ。なんて言うか、カビの繁殖した不潔モンスターと言う感じだ。
 同じ事を考えたのだろう、ちゃんとしたキノコを取ってきたゴブガーダーとゴブランサーも、あたし同様ゴブリーダーから後退さって距離を開けてしまう。
『え? え? え? なに、キノコペ○スってそんなに評判悪い? け、けどなァ、ワイが取ってきたこのキノコを一度味おうたら病み付きになる事請け負いなんやでェ! 見た目やない、男は味で勝負や!』
 いや、だからアレそっくりなキノコを握り締めて叫ぶのはやめなさい……と注意しようとすると、
「あ、ゴブアサシン」
『…………………』
 音もなくゴブリーダーの傍に姿を現した黒装束のリビングメイル、ゴブアサシン。普段から無口ではあるけれど今も騒がしいゴブリーダーとは対照的に一言も喋らずに籠の中を覗き込むと、静かに首を横に振った。
『…………………』
「え、全部毒キノコ?」
『ウソぉ!?』
『…………………』
「なになに? “ペニペ=ニクリソ=ツインポ=ダケ”? 名前からしてヤな感じだけど……」
『そ、そんな関係あらへんもん! 股間につける分には何の問題もあるかいな!』
『…………………』
「う……男が食べたら一生インポ!?」
『フギャ―――! イヤ、インポイヤ―――――――――ッ!!!』
『…………………』
「なーんてウソ。でも毒キノコって言うのは本当だって。よかったわねぇ、これで安心して菌類になれるわね、毒チ○ポ♪」
『毒チッ…ッ……グヌッ……………きょ、今日のところは勘弁しといてヤルァ〜〜〜!!!』
 なんか三流以下の捨て台詞を残してゴブリーダーが走り去る。
 ゴブアサシンの言葉を訳しただけだけど、ちょっぴりいじめすぎたかな? なんか泣いてた気もするけど……ま、ゴブリーダーならどうでもいいや。
『…………………』
 ―――たまにはいい薬って……控えめなようで、あんたも結構言うのね。
「で、ゴブアサシンは何をとってきたの?………おお、キノコに山菜に、あ、胡桃まである。それにこれは薬草? へぇ、以前めぐみちゃんに教えてもらったんだ。よく覚えてるね、偉い偉い」
 今回の最優秀は間違いなくゴブアサシンだ。ゴブガーダーとゴブランサーが嫉妬の視線を向けている前でゴブアサシンの頭を撫でてあげると、小さな身体をさらに小さくするように照れた仕草で俯いてしまう。
『クヤシー! ゴブアサシンのクセに―――!』
『今に見てらっしゃい。次になでなでのしてもらうのは、このワタクシなんだからァ!』
 ………お〜い、その芸風、なに?
 そんな二人もちゃんとしたキノコを取ってきたのだから「ご苦労様でした♪」とウインクしながら頭に手を置いてあげると、一気に上機嫌になる。………それを遠くから羨ましそーに見ているゴブリーダーは、はてさてどうしたらいいものか。なんか気分的に手のかかる子供を持ったお母さんみたいだ。
 ―――いやいやいや、あんなスケベな子供はイヤ。て言うか、あたしがお母さんと普通に考えてしまえる事が危ない気がする、色々と。
『ブ〜ヒブヒブヒブヒッ(ハッハッハー! 大物捕らえて帰ってきたでェ!)』
『ハ――ンマ――――――♪』
 あたしが密かに悩んでいると、大物担当の半人半豚の亜人オークと、最近リビングメイルからプラントゴーレムになったゴブハンマーが、肩に担いだ棒に獲物を吊るして帰ってきた。
「うわぁ、大きなイノヅチ。これ、狩って来たの!?」
 イノヅチとはイノシシに似たモンスターだ。突出した鼻の部分が金槌のように硬く、その突進力には岩をも粉砕する破壊力がある。
『ブヒブヒブヒッヒブヒブヒブヒ(足跡を見つけたから何箇所かトラップを仕掛けておいたんですわ。そしたらまー見事に! これも人徳、いやいや豚徳のなせる技ですかな? さっそくジャーキー作りを始めますさかい。今夜の飯は牡丹鍋でっせ、アッハッハッ!)』
 大物をしとめて上機嫌のオークだけれど、あたしとゴブリンアーマーたちの感想は微妙だ。
 ―――これって共食いにならない?
 ―――共食いやな。
 ―――豚が豚食うてるんやから完全完璧共食いでんな。
 ―――ハンマー……
 全員一致でオークが豚を食べたら共食いと言う事になったのだけれど、ともあれ、これで食料調達に出ていたモンスターたちは全部帰還してきた。あと帰ってきていないのはいつの間にか姿を消した綾乃ちゃんと、その綾乃ちゃんと一緒にいるはずのジェルだけだ。
「う〜ん……やっぱり探しに行ってみよっか」
 早めに野営地を決めたのでそれほど暗くなってないけれど、それも時間の問題だ。それに用を足すにしても一言もなく姿を消したのが気にかかっている。
「オークは荷物番とイノヅチの処理をお願い。ゴブアサシンは綾乃ちゃん探しを手伝って。他の四人は魔封玉に戻っていいわよ」
『え〜、綾乃の姐さん探すんやったら手伝いまっせ?』
「ごめんね、ゴブガーダー。そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、みんなで騒がしく探したら綾乃ちゃんが逆に萎縮しちゃうでしょ? だから今回は素直にお留守番しててね」
『しゃーないなぁ……んではたくや様、お気をつけて〜』
 手を振ってくれるゴブリンアーマー三体とゴブハンマーをそれぞれの魔封玉に戻すと、あたしは川のある方へと足を向ける。
「あたしは川のほうを探すからゴブアサシンは反対側をお願い。見つけたらあたしを呼んでくれる?」
『…………………』
 他のみんなには魔封玉に戻ってもらったけれど、捜索可能範囲の広いゴブアサシンには手伝ってもらった方が効率がいい。そう言うわけで一体だけ残ってもらったゴブアサシンはあたしの言葉にコクコクと頷くと、シュパッと移動する姿すら見せずにその場から消えてしまう。
 ………アサシン(暗殺者)の名に違わぬ消え方ね。さて、あたしも負けていらんないよね。
 汲んできた水をオークが鍋に入れて火にくべるのを横目に見ながら、あたしもショルダーアーマーを取り付けたジャケットの乱れを正し、腰に真新しいショートソード、手には木棍を取り、装備を整える。
 大丈夫だとは思うけれど、そう思いながらも襲撃されたり酷い目にあったことが何度もあるせいで、つい念を入れてしまう。………ま、イノヅチとかいるんだから用心に越した事はない。邪魔にはならないだろう。
「それじゃあオーク、留守番よろしくね」
『ブヒブヒブヒ〜(いってらっさーい。美味い鍋作って待ってまっせ〜)』



 ―――さて、探しに出てはきたけれど、どの辺にいるのかな?
 闇雲に探しても時間の無駄なので、あたしは自分の移動してきたルートを逆にたどって川へと向かう。
 もし仮に用を足しているなら水辺の方がいる可能性は大きい。それに綾乃ちゃんの性格から言っても、足を踏み入れたことのない方へ一人で勝手に進んでしまうとは考えにくい。だから野営地と川との間いると思ったわけだ。
 一応どこかで迷子になっている可能性もあるけれど、一緒にいるはずのジェルがあたしの接近に気づいてくれるはず。そうすれば迷っていてもお互いの気配を感じながら合流すればいいだけだ―――なんて考えてたら、早速きた。来た事は……来たのだが、
「何であんたはこんなところで一人で残ってるのよ……」
 あたしを見つけたジェルはこちらに向かってピョンピョンと飛び跳ねてくる。けれどその後ろには一緒にいると思っていた綾乃ちゃんの姿はない。
 しかもだ。近づいてきたジェルは胸に飛び込んでくるかと思いきや、綾乃ちゃんが姿を消した異常事態であるにもかかわらずあたしの横を素通りしようとした。
「こら! 綾乃ちゃんと一緒にいるはずのあんたがこんなところで何やってるのよ!」
 あたしはすかさず通り過ぎようとした小さなゼリースライムを鷲掴む。ジタバタと暴れるジェルをそのまま眼前に寄せてしかりつけると、手の平サイズのスライムは落ち込むようにシュン…としてしまう。
「綾乃ちゃんはどこ? はぐれたの? なら何であたしを呼ばないの?―――ってこら、黙ってないで何か言いなさい」
 ………なにか様子がおかしい。
 普段のジェルはどちらかと言えば陽気な性質だ。元々スライムに悩んだり考え込むだけの思考力がないせいでもあるのだが、あたしの言うことは何でも素直によく聞いてくれる。
 それなのに今は主であるあたしに対して自分の思考を隠そうと懸命になっている。まるで何か隠し事をするかのようなその態度に、思わず眉根を近づけてしまうほど考え込んでしまう。
 ………操られているわけではないのよね。どうしたんだろ?
 高位の魔法使いであれば単純な魔法生物のスライムを支配する方法はいくつかあるだろう。けれど、契約モンスターとあたしとの間には魔力の繋がりがあり、あまり遠く離れていなければ、それを通してある程度の意思疎通をすることも可能なのだ。特にジェルは自意識が弱い分、あたしとのつながりは他のモンスターたちよりも強い。何かあればすぐに分かるはずだ。
 にもかかわらず、それなりに近い場所にいたジェルからは今まで何も伝わってきては来なかった。だから逆支配された可能性はまずありえない。
 ―――となると、ジェルが自分からかばおうとしている? 
 ジェルが自発的にかばったり守ろうとする相手………そんなの、あたし以外には一人しか思いつかない。
 思考が、ある可能性に思い至る。
 ―――綾乃ちゃんをジェルがあたしからかばってる? でもなんで?
 契約モンスターが言う事を聞くのは、あたしを除けば綾乃ちゃんしかいない。だけど旅仲間であるあたしから綾乃ちゃんをかばう理由が思いつかない。
「綾乃ちゃんに何かあったの? 言いなさい。怪我したりしたんじゃないでしょうね!?」
 ジェルを問い詰めてみるけれど、ジェルが自分の罪を隠そうとするとは思えない。むしろ綾乃ちゃんが怪我をしたら、すぐさまあたしに助けを求めるだろう。
「あーもう! いくわよ。この先に綾乃ちゃんがいるんでしょ?」
 考えすぎて頭が痛くなってきた。どうせジェルの向かってきた方に綾乃ちゃんがいるのだから、自分の目で直接確認すればいいだけの話だ。決して『馬鹿の考え、休むに似たり』などと思ってはいない。
「何を心配してるのかは知らないけど、安心しなさい。あたしは綾乃ちゃんにひどい事なんかしないんだから」
 肩に乗せたジェルはあたしが進むほどにソワソワして落ち着きをなくしていく。これ以上叱ってどこまで小さくなるのか見てみたい気もするけれど、あたしは逆に微笑みかけ、曲げた人差し指を伸ばして表面をはじく。
 それでも、ジェルがここまで隠そうとする理由はなんなのだろうか……ひねりっぱなしの首をめぐらせてまばらに木の生えた森の中を探し回っていると、ほどなくして大きな気にもたれかかっている綾乃ちゃんの姿を見つけることが出来た。
「おーい、綾乃ちゃ―――」
「んッ……ふッ、クッ……あ…ぁ………」
 手を上げながら声を掛けようとした………はずなのに、あたしは綾乃ちゃんに蜜からないように木の影に隠れ、言葉を発そうとしていた口を手で押さえつけていた。
 ………な…なななななァ〜〜〜〜〜〜!!?
 あたしは我が目を疑った。
 一瞬だけ目にした光景は、樹に背中を預け、浅く開いた足の間に手を差し入れて頭を俯かせたまま身体を小刻みに揺すっている綾乃ちゃんの姿だ。それは間違いなく……綾乃ちゃんのオナニーシーンだった。
 ―――確かに、今の綾乃ちゃんにあたしを近づけさせまいとするはずだわ……
 あたしが女になってからは自慰をした事がない、とは言わない。むしろ男性に抱かれるよりは純粋に気持ちよさを味わえるので、病み付きにならない程度には嗜んでしまっているが……他人の、しかもよく見知った綾乃ちゃんのオナニーを目にしてしまって、平然としていられるわけがなかった。いや、もしかしたら太股の内側を虫に刺されて痒いから掻いていたとかの理由であれがオナニーではなかったとしても、可愛い女の子のあんな格好を見て落ち着いていられるほど“大人の男”でもない。
 結局のところ、綾乃ちゃんが自慰に耽っているのか耽っていないのかははっきり結論を出せない。その間に音を立てないように深呼吸を繰り返して胸のドキドキをなだめると、その場を離れようと―――
「アハゥ―……ッ!」
 綾乃ちゃんの放った嬌声に心臓を握り締められたかのように驚きながら、思わず振り返り、
 ………んなァ――――――――――――――――――ッ!!?
 見てしまった……思わず見てしまった。
 震えを帯びた声色を耳にすると、頑張って否定し続けていたあたしの頭もついに綾乃ちゃんがオナニーしていると認めざる終えなかった……が、問題はそれどころじゃない。
 綾乃ちゃんは首を起こしているけれど、オナニーに夢中になっていてあたしが見ていることに気付いてはいない。おかげでしっかりじっくりと綾乃ちゃんの股間を凝視する事が出来たのだけれど、そこに“生えてる”物を見て、数秒間。あたしの心臓は完ッ璧に停止した。
「うっ、ああッ、先輩、あ…ああァん! 先輩、わたし、わ…た……んァ! アはァあっ!」
 “握り締めた”手が女の子にはない“モノ”を前後に擦っている。その光景を息を飲んで見つめながら、頭の中は完璧にパニックに陥っていた。あたしの事を綾乃ちゃんがオナりながら呼んだからでもあるが、それ以上に、
 ―――なんで……なんで男の子のほうでオナニーしてるのよォォォ!!?



 そう言えば、綾乃ちゃんの股間に生えた前回からそろそろ一ヶ月。
 ハプニングだらけの日々の中ですっかり失念していた事実を突きつけられて、あたしはしばし呆然としてしまっていた。


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