第十章「水賊」16


「………うん、大きな怪我は無いみたいね」
 宙吊りゴンドラよろしく、槍のように伸ばし、加速させて天井に突きたてた八本の足を縮める事であたしたちを縦穴の上まで運んでくれているジェルスパイダーの背中の上で、舞子ちゃんの体に嬲られた跡以外は目立った外傷もない事を確認する。
 まあ……これがかなり恥ずかしい。佐野の特製とでも言うべき重力魔法をの魔方陣は既に穴の底へ放り捨てているので、今の舞子ちゃんは一糸まとわぬ生まれたままの姿であたしの目の前にハズかしそうに座り込んでいる。一度は乳繰り合った――と言う言い方は少し下品だけれども――関係ではあるけれど、胸と股間を両手で覆い、必死にあたしの目から隠そうとする態度で接されてしまうと、意識しまいとしても意識せざるを得ない……だってあたし、元々男の子だし。
「コホン……あ〜……どう? もう一発と言わず十発ぐらい殴っとく?」
 舞子ちゃんの方にあたしが羽織っていたマントを被せると、隣りでボロ雑巾の方が立派に思えるぐらいボロボロになって転がっている佐野を指差した。
「い、いえ……もう殴るところないですしィ〜……」
 断る言葉の最中でも、あたしと目を会わせようとしてくれない。こうなると……下手に声を掛けたら、余計に機嫌を損なわせてしまいそうで、少し恐い。これが見知ったスケベな男なら後頭部を一発引っ叩いてでも元気を出させるんだけど、舞子ちゃんに嫌われたくないと言う想いが、なにかのリアクションを実行に移すのをどうにもためらわせてしまう。
「…………ッ!」
 結局何も出来ず、自分の意気地の無さや女性への接し方に悩んで嘆いていると、不意に舞子ちゃんが短く小さく、けれど鋭く息を飲み、身体を覆い隠すマントを内側から抱き寄せて全身を緊縮させる。
「え? なに? 舞子ちゃん、どこか調子悪いの!?」
 反射的に、あたしの頭の中へ悪いイメージが浮かぶ。舞子ちゃんの身体を嬲っていた変な生き物に毒でも注入されたのか、それとも魔力を吸い取られすぎて体調が悪くなったのか……道具や薬の入った背負い袋は木棍と一緒に牢屋の鉄格子の前だ。一秒と経たずに、あたしが今できることが何もないのだと思い知らされると、一も二も無く舞子ちゃんの傍にひざまずき、その肩を手で掴んで小さく震える身体を揺さぶった。
「舞子ちゃん、しっかりして! ジェルスパイダー、緊急事態だから上まで急いで!」
「ち……違うん…ですゥ……ま、舞子……や……んゥ………!」
 自分の肩に置かれたあたしの手に自分の手を重ね、舞子ちゃんは苦しげに息を詰まらせながら顔を上げる……が、その瞳に見つめられた瞬間、あたしの胸は思わず跳ね上がってしまう。
 明かりは牢屋の内側に灯されていた一本の松明だけ……頭上からわずかに注ぐ炎の灯かりに照らされた舞子ちゃんの顔は恍惚に彩られており、目と目が合うだけで体の内側で荒れ狂っている快感の深さを直感的に理解出来てしまう。視線を逸らそうとすれば、マントの隙間から覗く胸の膨らみや暗闇の中で出もまぶしいほどの肌の白さが否応無く視界に飛び込んできてしまう。
 そんなものをはっきりと見たら頭の中で何かがはじけてしまう……そんな事はできないからと、あたしは潤んだ瞳で見上げる舞子ちゃんの表情を凝視する道を選び、そして、
「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」
 避ける暇もなく、舞子ちゃんに唇を奪われてしまった。
「えへへ……舞子……今とっても幸せぇ………お姉様の匂い嗅いだだけでェ〜……イっちゃいました、えへへ……♪」
「え……なッ………えうっ………!?」
「このマント……すっごくお姉さまの匂いが染み込んでて、それに包まれただけで舞子、もう頭の中が真っ白になっちゃったぁ………♪」
 ―――そ、そんなこと……今にももう一度すぐさまキスできちゃいそうな超接近ゼロ距離感覚で言っちゃうんですか!?
 先ほどまで絶体絶命だった事も、今のあたしの頭の中から綺麗さっぱり消え去っていた。今はもう、唇に触れた舞子ちゃんの唇の柔らかい感触しか考えられず、胸に飛び込んできた舞子ちゃんを抱き返す手ですら、どこかぎこちない。
 ―――なんか……誰かに謝らなくちゃいけない様な気がするな……
 不意に芽生えた罪悪感ではあるけれど、その相手の顔が数人おぼろげに浮かんでくるのは、やはりこれも謝らなくちゃいけないことなんだろう。
「………舞子、お姉様がお姉様で……本当によかった」
「へ……今、なんて……」
「えへへ、な〜んでもないですゥ♪ それよりもお姉様、一番上まで戻れましたよ〜♪」
 気が付けば、ジェルスパーダーは元々牢屋の床があった高さまで上がりきっていて、あたしの次の指示を待っている状態だった。
「えっと……と、とりあえず、ここ、出よう」
「は〜い♪」
 嬉しそうに返事をされても困るんだけど……それでもいつまでもここにとどまるわけにはいかない。佐野が気絶し、魔力で閉められていた格子の扉も、手で押せば軋みながらも開いていく。声は元気でも衰弱しきっていて足元のおぼつかない舞子ちゃんを支えながら格子の外へ出ると、分離して佐野を包み込んで――若干溶かしながら――出てきたジェルと蜜蜘蛛を魔封玉に戻し、代わりにポールアックスを手にしたオークを呼び出す。
「ぅ…………」
「恐がらなくてもいいよ。この子はあたしの命令には忠実なんだから、ね?」
 一般人の前では、極力モンスターを呼び出さないようにはしているんだけれど、状況が状況だ。怯えてあたしに擦り寄ってくる舞子ちゃんをなだめると、あたしは床に転がっている佐野を指差た。
「悪いけど、あれを連れてきてくれる?」
「ブヒッ……(そりゃ構いませんけど……こんなヤツ、どうするんでっか?)」
「念の為よ。まだこのアジトから逃げ出すっていう厄介ごとがあるんだから、盾代わりにでもしないとね―――あ、そうそう、通路の途中にももう一人落ちてるから、それもお願いね」
「ブヒブヒブヒッ(了解でおま。けどホンマ、豚使いが荒いなぁ……)」
「ははは……ゴメン。この埋め合わせはそのうち」
「……ブヒッ!?(それは……もしやついにヤらしてくれるんでっか!? そ、その日を一日千秋の思いで待っとったんや。チ…チ○ポがたぎるぅぅぅ〜〜〜!!!)」
「“ブヒ”一言にどれだけの意味込めてんのよ、あんたは!!!」
 やっぱりオークは性欲魔人だ。拾い上げた木棍で躾とばかりに、急速に膨らみ始めた股間に一撃を入れようとする。……が、ポールアックスの長い柄で受け止められてしまう。
「ブッヒッヒッ!(まだまだ修練が足りませんなぁ!)」
「あっはっはっ。調子に乗ってるんなら本気でお仕置きしてあげようか?」
「ブヒィ――――――!(エッチさせてくれへんご主人様が悪いんじゃ―――!)」
「ええい、言うに事欠いてそれしかないの!? 舞子ちゃんがいるって事も考えなさいよ!」
 連続して木棍とポールアックスの柄がぶつかる音が狭い空間に響き渡る。上下に攻撃を散らして何とか股間に一撃を見舞おうとするけれど、疲れて動きの鈍っているあたしの手足と、膂力に勝るオークの腕ではなかなか勝負を決められない。あたしが勝っているはずの手数でも勝てず、オークもまた主であるあたしへ手荒に逆らえないので勝負が長引きそうになったけれど―――
「ブヒッ!?(んぎゅるぅ!?)」
 何も攻撃を木棍だけにこだわる必要はない。強めにオークの足元を攻め、続けて上を攻めるフェイントを見せて一歩踏み込む。あしらえていたから油断もあったのだろう、オークの反応が一瞬遅れた隙に、あたしはブーツの硬い爪先をモッコリしている股間へ下から突き上げ、玉を直撃されて動きが止まったところで、凹凸のある靴底で引き気味になった股間を蹴りつけた。
「―――――――――!!!(―――――――――!!!)」
「今度逆らったら潰すわよ。わかった?」
「ブ…ブヒィ……(わ…わかり……やした……けどこれ……折れたかも……)」
 折れてもあたしは問題ない。オークに関して言えば、トラウマもあるから去勢してしまいたいぐらいだし。
 それより、と放ったらかしになってしまった舞子ちゃんへ振り向く。
「さ、それじゃ行こうか」
「でも……いいんですかぁ…? 豚さん、スゴく苦しんでますけどぉ……」
 それは確かに。オス系モンスターの最大の弱点を攻撃されたオークは、ポールアックスを杖代わりにヨロヨロと立ち上がるけれど、腰は引けていて太い両足はやや内股気味だ。
「いいのいいの。甘い言葉をかけるとすぐに付け上がるんだから。―――よかったら舞子ちゃんも何か命令してみる?」
「え、遠慮しますぅ……だって……そのぉ………」
 そう言ってオークを見る目はかなり怯えている。もうしばらくはオークも連れ立って歩くんだし、最初からこうでは先が思いやられるというものだ。
 ―――綾乃ちゃんは結構オークにも慣れてるんだけどな……やっぱりモンスターだから恐いのかな?
 あたしもこの二ヶ月と少しの間に契約モンスターと意思疎通する事を、普通のものとして捕らえるようになっている。その感覚からすると、間近にいても襲ってもこないオークにこうも怯える様子に、どうしても違和感を覚えてしまう。
 ―――フジエーダでは、ひどい目にあったって言うのにね……
 それにしても、ここでこうして経ち続けていても時間の無駄でしかない。肩を小さく震わせてしがみついている舞子ちゃんの肩に優しく手を置くと、オークに少し距離を置いて付いてくるように命じ、通路の途中にあった佐野の研究室へと戻って行った―――



「………舞子ちゃんの探しものってこれ?」
 佐野の研究室に戻ると、あたしは舞子ちゃんに頼まれて八つの宝玉と無数の金属片――どうも竜玉と竜鱗と言うらしい――の詰まった袋を探し出した。
 探したと言っても、舞子ちゃんが魔力を込めたらカタカタとわずかに震えてくれたので、その音を頼りに鍵のかかっていた机の引き出しを剣で壊しただけだ。時間はさして掛かっていない。
「よかったぁ〜……これが無かったら舞子、何も出来ないから……」
「ふ〜ん……でもそれ、かなりスゴいマジックアイテムよね。魔法は防いで障壁は打ち抜いて、佐野に封印魔法がなかったら圧勝してたんじゃない?」
 舞子ちゃんが抱きかかえている袋を覗き込み、幾重にも封印符で包まれた竜鱗を手に取ってみる。
 簡易封印用に魔導式を書き込まれた紙は、魔法を押さえ込む力は強いけれど、指で摘んで剥がす分には何の効力も発揮しない。小さな果物の皮を剥く様にベリベリ破いて竜鱗を取り出してみると、それは金属と言うよりも黒曜石の欠片のようであり、先ほど灯した室内のランプの光りを受けて黒い光を放っている。
「むぅ……ここまで小さいマジックアイテムはあたしも見たことが……」
 片目をつむり、ランプの明かりにかざして竜鱗を観察していると、小さな欠片はすっとあたしの指から離れ、舞子ちゃんの元へと戻っていく。その動きを追いながら、あたしもまた視線を舞子ちゃんの下へと戻すと、
「え〜ん、破いても破いても全然終わらな〜い!」
 床に座り込み、あの小さな竜鱗の一つ一つから一枚一枚封印紙を剥がしている真っ最中だった。あたしの手から跳んで行ったものを含めても、封印を解かれたのは未だ七つ。ちょうど今八つ目が宙に浮いて舞子ちゃんの周囲に漂うけれど、袋の中には数えるのもイヤになるぐらいの竜鱗がぎっしりと詰まっていた。
「舞子ちゃん、ちょっとストップ。今は手を止めてくれない? 水賊たちにこの場所を気づかれる前に移動したいし」
「クスン……わかりましたぁ………」
「後であたしも手伝ってあげるから。二人でやればそれだけ早く終わるでしょ? 綾乃ちゃんとも合流できれば三人だし」
 しぶしぶといった様子で、舞子ちゃんは宙に浮いていた竜鱗も袋に納めて立ち上がる。
「……そういえば舞子、一つわからない事があるんですけどぉ……お姉様のモンスターはどうやって封印を破ったんですかぁ〜?」
「さっきのあれ? あれは何も難しい理屈じゃないんだけど……簡単に言うと、舞子ちゃんの竜玉が佐野の魔法障壁を打ち抜いたのと同じ理屈よ」
「?」
 ―――どうも、自分が佐野をどうやって攻撃していたのかと言う理屈すら分かってないようだ。魔法使いには見えないし……
 それでも多少の道理は分かるだろうからと頭をひねると、あたしは舞子ちゃんの足元に落ちている封印の札を指差した。
「ものすごく強いモンスターを封印するのに、その紙が三枚で足りると思う? 例えばアレみたいな」
 続けて指差したのは、研究室と岩肌むき出しの通路が繋がる出入り口で、鼻が潰れて気を失っている巨体を抱え上げているオークを指差す。
「……無理だと思いますぅ〜。舞子ならもっとたくさん、た〜くさん貼り付けると思いますぅ〜」
「その通り。弱い封印で強い力を押さえ込むのは無理。強い魔力や力には、それだけ頑丈な封印が必要なの。実際にあたしの魔封玉も、何十枚も封印の札を貼り重ねられてたしね」
 言ってみれば、封印魔術とは舞子ちゃんが閉じ込められていた牢屋と同じ理屈なのだ。外に出れないように何重にも魔力で封印して囲いをする。岩も砕くような怪力には、それに見合うだけの頑丈な鉄格子を……それが封印魔法の根本的な考え方だ。
 フジエーダでは水の神殿にいる神官長に協力してもらって、魔王の書とか言うバカでスケベで根性が捻じ曲がったなエロ本を何度も封印しようと試みている。その際にあたしも神官長に封印魔法について色々教わっており、その知識が今回役に立ったというわけだ。
「封印を内側から破るには、封印をほんの少しだけ上回る力を出せばいいの。舞子ちゃんの竜玉が魔力障壁を打ち抜いたのも、障壁を上回る力があったから。―――あたしがモンスターたちを封印から解き放ったのも、同じような理屈なのよ」
 正確に言えば、情けなくなるぐらいに威力のない魔力剣……攻撃としては意味が無かったけれど、魔封玉ごと封印されているモンスターたちへ高密度の魔力供給を行うために、あたしはあの一撃を放ったのだ。
 佐野の封印魔法は自動的に封印対象にまきつくタイプだったことも幸いした。戦闘では非常に厄介ではあったけれど、封印そのものは対象の魔力を封じ込めておけるギリギリのものでしかない。最初の二個の魔封玉を封印されたとき、封印を終えるのと同時に余った紙が動きを止めてそれ以上巻きつかなかったのが、封印の弱さを見破れた理由。
 もしあと何重か封印を強化されていれば、今ごろあたしは、あの暗くて深い縦穴の底で、人知れず、しかも女のままで人生を終えてしまっていたことだろう……今になって考えると、本当にギリギリのところで生き残れたのだと実感できる。
 一か八かの賭けではあったけれど、魔封玉の封印を破るのに貢献して勝利を呼び寄せたものがあるとすれば、それは……魔力剣の効力だ。
 これまであたしが魔力剣を放つと、魔法だけではなく、魔方陣や結界そのものの効力ですら切り裂くということが幾度かあった。今回の魔力剣も、威力はともかく、内側にいるモンスターたちに魔力を与える目的を果たすのと同時に、外側から封印の効力を削り取っていたと考える事もできるのだ。そうすれば封印にほころびが生まれ、いかに頑丈な結界でも破る事は容易くなる。
 そこまで何もかも考えていたわけではない。そもそもワナを仕掛けて待ち受けていた佐野が、こちらの切り札にもなりうる魔封玉を、封印の強化もせずに持ち歩いていたとは考えにくい。むしろ奪われないようにする為に、何かしらの対策を採っていたと考える方が自然な流れであり、魔力剣以外の方法で魔力供給を行っていれば、逆の結果が起こりえた可能性の方が遥かに高い。―――最後の結果を佐野が読み切れなかったのは、“魔王”や“エクスチェンジャー”と言う事にばかり目を奪われて、あたし自身の“力”に目を向けていなかったからなのかもしれない。
「……あたしの“力”か……」
「お姉様、どうかしたんですかぁ〜?」
「ん、なんでもない」
 舞子ちゃんの声に首を振り、苦笑で浮かべて答える。
 ―――今は舞子ちゃんと無事に脱出する事だけを考えるべきだ。
 余計な考えは振り払って、今は先へ進む。佐野と筋肉ダルマ、二人を肩に抱えたオークにはいささか狭い通路を抜けて広間へ戻ると……
「―――ああ、そうだ。あたしもこうなるって事を全然考えていなかった」
 怒号と罵声。それに拳が頬にめり込む鈍い音が重なり合う。それにさらに騒音が重なり合い、ドーム状の大昼間に隅々にまで砂埃と共に響き渡っていく。
 あたしが立ち去る前には残っていた緊迫した雰囲気は、大乱闘の熱気の前に跡形も無く吹き飛んでいた。屈強な男たちが何人も床や壁に叩きつけられ、さながらお祭りのように誰も彼もが暴れまわっている。
「ウオォ―――! こん裏切りモンがぁあ!!!」
「じゃかましい! 水賊が金欲しがって何が悪いんじゃあ!!!」
「賊は義理と人情忘れて生きちゃいかんけんのォ! 忘れちゃクズじゃ、人間のクズじゃあああ!!!」
「んな女に尻の毛抜かれたボスなんぞ、ハズかしゅうて頭に乗っけてられますかって〜のッ!」
「アイツがボスになるなら俺がなる、下克上どわぁああぁぁぁぁあああああああああっ!!!」
 ―――うわ〜…なんかもう、手がつけらんないぐらいに見事な暴れっぷり。酔っ払いでもここまでいかないなぁ、あっはっは……
 右を見ても左を見ても、男同士で殴りあうシーンしか見えてこない。あんなに探し回っていたあたしが目の前に誰一人気付かず、とりあえず目の前にいる相手をぶん殴ってはぶん殴られて、またぶん殴り返していた。
「ねえ舞子ちゃん……できたら引き返さない?」
「でも、外に出るなら別の道を探さないとぉ……」
「うん、そうだよね。あたしもね、分かってるんだよ。でもね……ちょっと一縷の望みで言ってみたかっただけなんだよぉ……」
 どうしてこう、あたしの行く先々にはトラブルばかりが起こるのかと、肩を落として大きくため息。そして顔を上げれば、モヒカン頭の水賊が殴り飛ばされてきたので、迷う事無く鬼神シワンスクナを呼び出し、跳んできた。方へとモヒカン男を殴り返した。
「オーク、スクナ、発射用〜意」
 なんかもうドッと疲れが押し寄せてきて、声にどうにも力が出ない。けれどそれとは別に、手を上げるあたしと、人より大柄の半豚半人のオークと四本腕で頭に角まで生えているシワンスクナが現れれば、次第に水賊たちの目がこちらへと集まり出す。
 そのど真ん中へ、
「―――発射」
 あたしの言葉と振り下ろした手が引き金となり、怪力自慢のモンスター二人の手で、筋肉ダルマが高速の人間ミサイルとなって水平方向に“発射”され、進行方向にいた人間数十人をドミノのように吹っ飛ばした。
 音の壁を突き破った轟音は大乱闘を一瞬で沈め、筋肉ダルマの水賊は反対側の壁へ見事に突き刺さっている。
 ―――ま、加減はしたから死んでいないだろう。
「注目〜〜〜」
 突然の出来事に固まっている水賊たちを前にして、あたしはジェルと蜜蜘蛛を呼び出してジェルスパイダーに合体させ、炎獣形態のポチも呼び出して周囲を睨みつけさせる。
「え〜、色々ご迷惑をおかけいたしましたが、これこの通り舞子ちゃんは無事助け出せましたので、これにて立ち去らせていただきます。お邪魔いたしました」
 言い終わるとあたしはぺこりと頭を下げる。それに倣い、舞子ちゃんもカバンを抱きかかえたまま頭を下げた。
『お〜い、出口はこっちでっせ〜』
 声のした方を見ると、四段重ねになったゴブリンアーマーたちが水賊たちの頭の上から姿を現して手を振っている。
「じゃ、そう言うことで」
 見上げるほどの巨大モンスター二体、人を壁に突き立てるほどの怪力モンスター二体、おまけが四体……この戦力を前にして、無謀に襲い掛かってくるような勇気のある人間はさすがにいない。この水賊のアジト全体を震わせるようなジェルスパイダーの力強い足音――無論、あたしの考えを読み取らせた上でわざと強く地面を踏ませている――を聞いただけで、敵う相手かどうかは分かるはずだ。………はずなのだが、
「お前等何してるんだ。さっさとその女を捕まえろォ!!!」
 ………と、その無謀な行為をやれと命令する上司は、どこの世界にもいるものだ。
 何十人もの水賊の壁の向こう側、姿は見えないけれど、あの新しいボスに納まった男が声を張り上げていた。
「いいか、あの女を捕まえたヤツには金貨百枚だ。それにあの女も捕まえたヤツの自由にしていい。いいか、金と女、両方が一片に手に入るんだぞ、それで尻込みするなんて、お前等それでも悪党かァ!!?」
「そうだ、そのとおりだ!」
 次第に金銭欲と色欲のこもった目であたしを見つめ、腰の剣を引き抜いていく水賊が増え始める中、超えたからかに命令する声がもう一人分増える。
「その女は私を木箱に閉じ込めて何時間も放置しただけでは飽き足らず、我々の宝とも言うべき船も壊したのだ。さらに同胞である山賊たちの宝を独り占めにし、今また、われわれの味とでさまざまな悪事を働いたのだぞ。いいのか? 悪党である我等がホームを踏み荒らされて、それでいいのか貴様たち!」
 ―――うわぁ、これ以上煽るなぁ! な、なんか目の色がさらに危険な色に変わってきたじゃないかァ!
 そのこえは、あたしが木箱に閉じ込めておいた水賊のボスのものだ。さきほどの新しいボスよりも人望があるようで、声に耳を傾けていた水賊たちの顔から徐々に恐れが消え、表情から闘志が滲み出してくる。
「怒れ! そして見せつけろ! 我々は確かに普通の世界に染まれぬものたちではあるが、心には譲れぬ誇りがあると! 盗賊の上前を跳ね、その上で我等がアジトでの無作法な振る舞いの数々を、許してよいと思っているのかね諸君!」
「勝手なことばかり言うなァ! 濡れ衣着せられて拉致されて嵐の河に落っことされた身にもなって見なさいよ!―――てぇわけで、あっちに第二射発射!」
 このまま演説めいた事を言われ続けたら、本当に襲い掛かられかねない……そう判断したあたしは、今回の騒動の原因でもある佐野をのしをつけてお返しし、ついでにもう一度戦意喪失させる為に、オークとスクナに人間ミサイルを発射させる。
『ぐわぁあああああああああ!!!』
 今度は貧弱な佐野なので、人間ミサイルの威力もかなり弱めにしなければならない……それでも二十人近くが吹き飛ばされ、ボロ雑巾と化した佐野も地面でバウンドし、複雑な三軸回転で宙へ跳ね上がって水賊たちの頭上を越え、反対側の壁へ叩きつけられた。
「見たか! 我等を悪と断じ、大恩ある魔道師殿にこの非道なる仕打ち!」
 ―――え…えええええっ!? さ、佐野が吹っ飛んだら喜ばない、普通!?
 悪いかな〜…と思わないでもないけれど、考えてみれば、まあ、人間を弾頭にして投げ飛ばすなんていう方が、よっぽど人道に反している……かな?
「え、じゃああたしの方が悪人って事ですかァ!?」
 自分の中ででもそう結論が出てしまい、叫びに応じて水賊たちが一斉に頷き返す。
「てめえェ! よくも俺たちの家族である船をぶっ壊してくれたな!?」
「身体で弁償しろぉ! 今なら百発のところを九十九発に負けてやるァ!」
「お、俺のフレディーちゃん(船)のマストを真っ二つにしやがってぇぇぇ!!!」
「はいぃぃぃ! 君の運命は僕らの肉奴隷で決定決定大決定ぃぃぃ!!!」
 ―――ちょ、待った。ここは平和的に話し合いで解決を……と言う状況じゃなさそうね、これ。
「舞子ちゃん……走れぇぇぇ!!!」
 とりあえずジェルスパイダーで進行方向の人垣を地面ごと根こそぎ吹っ飛ばし、出来た道をわき目も振らずに舞子ちゃんの手を引いて突っ走る
「お姉様、待ってくださぁ〜〜〜い! は、早く走るとマントがめくれて、み、見えちゃいます、お姉様以外にも見られちゃいますぅ〜〜〜!!!」
 そんな事を言われても、走る速度を緩めたらたちまち囲まれてしまう。しかたないので、舞子ちゃんは嫌がるだろうけれどオークに抱えさせ、出口へ向けて一直線に突き進む。
 直後、周囲に響き渡るのは轟音と悲鳴、爆炎と衝撃波、地面が塊ごと吹き飛んで、何度もダース単位でまとめて倒されても起き上がってくる水賊たちがゾンビのように群がってくる。
「ちくしょう、もう船なんて二度と乗るもんかぁ〜〜〜〜〜〜!!!」
 こうして新たなトラウマが追加され……あたしは外の世界恋しさに出口へと向かいながら、手近でうめき声を上げている水賊を木棍で殴り飛ばしていった―――


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