第十章「水賊」12


「捜せ―――! 見つけた女は自由に犯していいぞゥ!」
「ボスを人質に取るなんて、なんて女だ。見つけたら俺の精神注入棒でイヤと言うほど調教してやるァ!」
「違うだろ、あのボスはお宝を独り占めにしてあの女と逃げるそうだぜ」
「クソッ! ボスには裏切られ、あの女にはオレの純情を踏みにじられ……!」
「お…お前、まさか本気だったのか……?」
「そっちにはいなかったのか? ええい、どこへ逃げやがったァ!!!」
 ………はい、実は倉庫に隠れてます。それにしても、何であたしがボスさんと駆け落ちしたみたいな話になってるんだろう……
 洞窟の奥はまるでアリの巣のように広がっていた。船を係留してあった港湾部分ほど広くはなく、通路の天井も低いものの、それでも地面の中に無数の部屋を持ち、入り口には扉もつけられ、人が暮らすには十分なスペースが確保されている。
 それらの部屋の一つ、木箱や資材が雑然と放り込まれた真っ暗な倉庫部屋の物陰に、あたしは四体の小柄なリビングメイルと共に身を潜めていた。
「………もうこのあたりは大丈夫のようね。あ〜、恐かった」
 荒くれ者ぞろいの水賊たちの声が遠ざかっていくのを耳にし、ずっと身体を小さくしていたあたしは木箱の裏から出ながら胸を撫で下ろした。
『あの……魔王様、何であいつ等やっつけんと、こんなところに隠れてはるんですか? 船着場で暴れたみたいに水でバシャーとやったったらええと思うんでっけど』
「無理に決まってるじゃない、そんなの」
 防御専門なだけあって、色々考えているらしいゴブガーダーの質問に、あたしは顔の前で手を横に振りながら答える。
「あたしが一体何時間水の中に沈んでたと思ってるのよ。水中呼吸できるようになっても、体力は別なんだから。体温は奪われるし、体動かすだけで抵抗がかかってくるし。それに水から離れると、アレの形を止めておくので精一杯なんだから」
 疲労が蓄積して硬くなった関節を身体を伸ばして強引にほぐすと、部屋の片隅を親指で指す。そこにはダルマのように、人の身の丈もある魔力で形を整えている水の球体と、その頂点から頭だけ出してしくしく泣いている水賊のボスの姿があった。
「ううう……ボスなのに……一番偉いのに……実の弟に裏切られるなんて……シクシクシク……」
 自分が助け出した弟にボスの座を奪われたようなのでボスさんと呼ぶのは語弊があるけれど、名前も知らないので、この際ボスさんでいい。
 この人を人質にして舞子ちゃんの場所を聞き出したり、人質交換したりと、なるべく平和的に解決する手段をいろいろ考えていたんだけれど、造反劇によって早々に役に立たなくなってしまた。だからと言ってあたしとの関係を誤解して殺気立った水賊たちに返すわけにもいかない。そんな事をしたら……まあ、時間の長短はあっても無残な死体が一つ転がるだけだ。
 ちなみに、このボスさんは舞子ちゃんの居場所を聞いてみたけれど知らないと言う。このアジト自体が佐野が作り出したものらしく、それを買い取った水賊たちにも知らされていない隠し部屋があるそうだ。
 ……いざと言うときの自分の予備の工房を、人様に売りつけた場所に用意する辺りが、人の迷惑を顧みない佐野らしい……
「………舞子ちゃんの居場所がわからないからって、いつまでもここにいるわけにはいかないか。まずはその人を縛り付けて。縄ならその辺にあるでしょ?」
『はいな。金槌に釘にノコギリに、拷問に使えそうなモンもみつけてありまっせ!』
『まずは爪からはがしてみよか。それとも二個もあるんやから、玉からいっとく?』
『拷問言うたら縄とムチと蝋燭やろ。魔王様も縛れ言うとんねんから、チンとタマを左右から「キュッ♪」と絞り上げるように荒縄で亀甲縛り、まずはこれしかあらへん!』
『ハンマ―――!』
『縄やのうて鎖で縛るて? うわ、エゲつなァ』
 倉庫のあちこちから大工道具を持ち出してワイワイ楽しんでいるリビングメイルたちの頭を、ゴブランサーの槍の石突でガンゴンと小突いていく。
「あんたたち、悪趣味な話はやめなさい」
『え〜! でも魔王様、こう言う鬱な作業は無理してでも明るくやらんと』
『そやそや。誰も好き好んでムサいおっさんを裸に向いて縛りあげんのなんて、やりたないで』
「裸にしなくていいの。それとちゃんと死なないようにしなさいよね。猿ぐつわはかましても呼吸できるように」
 あたしがそう命じると、水球牢を解除して床に投げ出されたびしょ濡れのボスさんを、ブチブチと小声で文句を言いながらリビングメイルたちは縛り上げていく。最初の拷問話で早々に泡を吹いて気を失ってくれていたので暴れられずに助かった。グッタリしている間におとなしく簀巻きにされたボスを中身が空の木箱へ放り込んで蓋をする。これで目を覚まして暴れられても、誰かに見つけられるまで時間がかかるだろう。
『魔王様、終わりましたで〜』
「ご苦労様。……あ、それと、その“魔王様”って呼び方はやめてくれない?」
『え………そ、それはワイらともっとスタディでフレンドリーでダンディーエロスな関係になりたいってことで―――』
 とりあえずゴブリーダーがやかましいので、槍を回して側頭部をぶったたき、飛んでいく兜に意識がそれた瞬間を狙って股間に石突を叩き込む。
『ノォオオオォォォォォォ――――――!!!』
 クワァンと叩かれた衝撃がゴブリーダーの空っぽの鎧の中で音を立て、震え、悶絶して、股間を抑えてその場に倒れた。
『ヒィィィ―――――――――!!!』
「あんたたちも真面目に話を聞かなきゃ同じ目にあわせるわよ♪」
 一斉にガクガクと首を上下に振る小柄なリビングメイルたち……なのだが、そもそも中身が物理攻撃の効かない幽体なのに、今さら股間を叩かれて気を失うほどダメージを受けるというのもおかしな話だ。
「いい? ここには大勢の人がいて、誰も彼もがあたしと面識なくて信頼の置けない人たちばっかりなの。そんな中で魔王様魔王様って呼ばれてるのを聞かれて、それが噂になって世間に広まったらどうなると思う? 下手すると、あたしは一生お尋ね物になっちゃうのよ? あんたたちの優しさって、主と認めてくれてるあたしに迷惑かけちゃうものなのかしら?」
『いっそ魔王様らしく世界征服を目指してくれれば……』
 どこが“らしく”だ……そう言う意味も込めて、今は無手のゴブランサーの頭を石突で小突いた。
「とにかく、今後一切魔王様って呼ぶのはなし。いいわね?」
『そ…それは他人行儀な呼び方はやめてより親密になろうという愛の告は―――』
 戯言をのたまうゴブリーダーの股間はうずくまられてる上に手で押さえられてて叩きづらいので、代わりに全力で持ってお尻へ石突を突きこんだ。
「ゴブランサー、もう十分だから返すわね、これ」
 今度は声も出せずにお尻を押さえてエビそりになるゴブリーダー。これで静かになったので槍を返そうとしたら、ゴブランサーは困り顔で、
『な、なんかヤやなぁ……汚ない?』
「大丈夫よ。中身は幽霊なんだから汚くないって。精神的にはお尻から串刺しだろうけどね、ズブッと」
 そう言って武器を返すけれど、しばらくは戦闘しないつもりなので、すぐに必要なことはないだろう。
 あたしも含めた五人で舞子ちゃんを捜しに通路へ出ても、数十人と言う水賊たちに捕まえられるのは目に見えている。まだジェルやスクナがいれば正面からぶつかると言うのも手の一つだったけれど、今の戦力でそれを実行するのはあまりにも心もとない。
 そこで―――
「じゃあ四人とも、鎧を脱いで洞窟の中を探ってきてね、あそこから」
 あたしは壁の天井近くに空いている小さな穴を指差し、そう告げた。
『なんでっか、あの穴は?』
「通気口よ。あの穴を使って地上から空気を取り込んで、こんな洞窟の中ででも窒息しないようにしてあるの。ものすご〜く簡単に言えば煙突みたいなものよ。あれを伝えば地上に出るか他の部屋に出るはずだから」
 洞窟と言うのは、風が流れ込む場所を使うのなら問題はないけれど、このアジトのように奥が深くて入り組んでいる上に大人数が共同生活する場合には、“空気の供給”と言う問題が起こってくる。地面の中で暮らすのだから、呼吸を繰り返せばその分だけ空気は薄くなり、次第に息苦しさを覚え、最悪の場合は窒息死もありうる。
 佐野が作り出したというのなら、そのあたりもキッチリ計算してあるのだろう。あたしもこの洞窟に入ってから息苦しさを感じた覚えがない。だから通気口の存在には早くから気付けていたというわけだ。
「舞子ちゃんの囚われているところかその傍にも通気口はあるはずよ。あんたたち四人には幽体になって調べてきて欲しいの。それと地上までの道のりね。奥に行くほど微妙に洞窟内部も高くなってるようだし、きっと地上に出る道もあるはずだから」
『話はわかりましたけど……』
「ああ、それから」
 と、あたしは一つ付け加えた。
「舞子ちゃんを見つけて最初に帰ってきた人には……うん、まあ、えっちなご褒美を上げよっかな」
『うおおおおおおおっ! どけェ! ワイが先じゃあああっ!!!』
『あ、リーダーずるい、死んだ振りしてたな!? 一番はワイやぁぁぁ!!!』
『この勝負にはリーダーだろうが負けませんぜ。とう、脱皮ィ!!!』
『ハンマァァァアアアアアァアアァアァアアアアアアアアアアアアア!!!』
 ―――“えっち”一言で、随分命令に忠実になるんだね……
 ちょっと恥ずかしかったけれど、『ご褒美』効果は絶大だった。あっという間にリビングメイルたちは我先にと通気口の下へ群がると……不意にカクンと力を抜いて静かになり、次々にその場で崩れ落ちた。
 ―――四人とも、鎧を脱ぎ捨てたんだ。
 鎧の中身のゴブリンゴーストは生物はすり抜けて無機物は通り抜けられないと言う特性を持っている。本当なら壁抜けでもして捜してきてくれれば便利なんだけど……ま、その辺りは主であるあたしの使いようか。
「さてと……今の内に塞いでおくかな」
 帰ってくればすぐに分かるよう、床に落ちていた木箱の破片で通気口に蓋をする。これでゴブリンゴーストたちが帰ってくれば気付くだろう……それからあたしは入り口傍の壁へもたれかかり、その場にペタンと座り込んでしまう。
 ………そういえば昔、村で洞窟に工房を作って住んでたお爺さんが大爆発起こした事があったっけ。
 アイハラン村には大陸中から魔法の研究者が集まってくるので、多くはないけど洞窟住まいと言う人も何人かいた。家屋に比べて罠が仕掛けやすいので侵入もされにくい。自分の研究に異常に固執するマッドウイザード(狂った魔法使い)にはもってこいの住居なのかもしれない。
 村で唯一の道具屋だったあたしの家では、そう言う場所へ怪しげな魔法薬や研究資材を運ぶ事もたびたびあった。通気口の話も、地下洞窟が襲来した魔物から身を護る避難場所であったといった話と一緒に聞いたものだ。
 ―――フジエーダでも娼館の地下に避難場所があったっけ。めぐみちゃんや娼館のみんな、元気にしてるかな……
 昔の事ばかり思い出すのは、それだけ身体が疲れている証拠なのだろう。冷たい河の底を泳ぐのではなく歩いて移動し続けた疲労は体の奥底にまで届いていて、目を閉じれば三秒かからず眠って意識を失いそうだ。
「四人が戻ってくるの、どれぐらいかな……」
 水を吸って水滴の滴る前髪を掻き揚げる。出来れば肌に吸い付くほどビショビショに濡れた服も着替えたいし、お風呂に入ってたっぷり温まってからフワフワの柔らかいベッドでぐっすりと眠りたい。……だけど、今は舞子ちゃんの救出を何よりも優先させなくちゃいけない。
 ―――ははっ、あたしもつくづくお人好しよね。会って一日も経ってない女の子を助けようとして水賊にケンカ売ってるんだから。まったく……いつからこんなに“女好き”になったんだろう。格好いいのは柄じゃないのに……
 そう考えてから、
 ―――だけど、放っておけないし、あたしが舞子ちゃんを危険に巻き込んだんだし、ちょっとは好意を寄せてくれた相手を……やっぱり放ってはおけないし。
 自虐的に笑うと、大きくため息を突いてうな垂れる。そして頭を振り上げて両手でパチンと頬を左右から叩く。
 ………来た。作戦開始だ。
 壁越しに伝わる足音は二つ分。耳ではなく背中全体でその音を感じ取ると、あたしは右足へ手を伸ばした。
「んしょんしょ…っと」
 まずは右足の靴だけを手で脱がせ、続いて水を吸ったニーソックスも脱いでクシャクシャに丸め、床へ放り投げる。それからそっと扉を開き、
「あー…あー…ンンッ、アー、アー……」
 ―――むむっ、なんか上手い具合に声が出せない。
 軽く発声練習をしてみるけれど、緊張しているのか、どうも感じのいい具合の声が出せない。
 このままでは一番大事なタイミングを逃してしまう……それならばと、廊下からの灯かりが差し込む扉の隙間を前にして、あたしはおもむろに自分の胸に手を這わせ、揉みこんだ。
「あ……うゥん………」
 ―――なんか……変な感じが……
 実を言うと、女の体になってからオナニーをあまりしていない。なにしろ自分で性処理しなくても、「もうイヤだ人生やめさせて―――!」と叫びたくなるほど娼館やら悪党やらモンスターやらと経験してきたのだ。それプラス、女の子になった自分の身体を自分で慰めて満足する事への危機感と言うべきものが、そう言う事を躊躇させてくれていた……訳なんだけど、
 ―――う〜ん……あんまり感じない。体が冷え切ってるせいかな?
 濡れた衣服の上から少し萎縮したかのように普段よりも硬くなってる乳房へ指を食い込ませるけれど、どうにも気分が乗ってこない。そもそもこの身体でエッチすることに否定的なだけに、疲れと冷えも加わって、いきなり気持ちよくなれと言うのが無理な話なのだ。
 ―――ま、声さえ出せればいいか。できるだけ苦しそうに……
「やぁ……ん…ぁ………」
 小さく、か細く、聞こえるか聞こえないかと言うギリギリの大きさを意識した喘ぎ声を、扉の隙間から通路へと放つ。何時間も水の中で冷たく硬くなった乳首をツンツンと突付きながら、水の染み出してくる服ごと膨らみを握り締めると、気持ちいいと感じる前に痛みのほうが先に神経を遡ってきてしまう。
「ッ……クウッ……だ…ダメ………こんなの………」
 ―――そろそろいいかな?
 顔をしかめながら、あたしは裸足にした右足を扉の隙間から突き出した。覗かせるのはふくらはぎの中ほどまで。……それを漏らす声に合わせてつま先を伸ばし、地面を掻き、グッと宙を蹴り上げ、そのまま引っ込める。
「もう…や、やぁぁ……ゆるし…て……いや……んぁぁぁぁ………」
 ―――と、ここで演技は終了。
 後は扉を閉めると、暗くなった部屋の中で立ち上がり、ゴブリンゴーストたちが脱ぎ捨てて行った鎧の中からゴブガーダーのラージシールドを拾い上げる。
 ―――さぁて。上手く行ったかな?
 そのまま入り口の傍に置かれた木箱の裏に身を潜め、待つこと一分……ちゃんと閉めたはずの扉がゆっくりと押し開かれ、誰かの頭がニュッと突き出てきて中の様子をうかがってくる。
「お、おい、いたのか?」
「待てって。こう暗くちゃ………おおっ!?」
 声は男のものが二人分……あたしが壁に背中を押し付けて聞き取った足音の主だ。
 ―――ちゃんとこっちの撒いた餌に引っかかってくれたわね。
 これは「水賊を一人か二人、この部屋に呼び込む」と言う、一つの賭けだった。
 舞子ちゃんの居所を掴んだとしても、そこに辿り着けなければ、その情報も持ち腐れてしまうだけだ。舞子ちゃんを助け出した上で脱出する……そのためには、簀巻きにしたボスのような役立たずじゃない別の人間の協力が必要だった。
 背にした壁から伝わってくる人お声や足音から、この近くにいるのが二人だけと確信を持ったのが作戦の始まりだ。
 遠くまで聞こえない、近くの人間だけに聞こえる声で弱々しく喘ぎ、この部屋の中へと誘い込む……さっきから耳にする水賊たちの声を聞いていると、あたしを犯そうと言う台詞が大半だった。仮に、あたしを誰かが先に見つけたとすれば、他の人間はどうするか……簡単にシュミレートすると、“覗く”“奪う”そして“自分も襲う”とシンプルな行動しか思いつけなかった。
 だから小さな喘ぎ声と足先だけで誘惑(?)して部屋の中へ誘い込めたわけだけれど……今回の作戦は、あまりに無茶で馬鹿で、一歩間違えれば本当に何十人にも犯される危険性のあるものだった。こうして二人だけを上手い具合に誘いこめたのも、運によるところが大きいと自分でも思っている。
 ―――ま、運も実力のうちと言う事にしておきましょ。あとは仕上げだけ……
 部屋へ足を踏み入れた二人は、あたしの姿がないので扉を開けたままキョロキョロと首を左右へ向けて室内を見回している。あたしは押し開かれた扉の影へコソコソと移動し、床にまいておいた“餌”に食いつくのを目を閉じて静かに待ち続ける。
「………おい、これ見ろよ。ニーソックス……やっぱりここにいるんだ!」
「ぬ、脱がされてるのかな。ああ、く、靴まで……!」
 ―――よし、今だ!
 脱いだニーソックスの傍で二人がしゃがみこんだ瞬間を見計らい、あたしは部屋の入り口を勢い良く閉め、目を見開いた。
「な、なにが起こっ―――」
 閉まった扉を振り向く水賊……今の今まで目を閉じていたあたしにはその動きも見え見えだ。先手のタイミングを得たあたしは、身を低くして男の傍へ一気に駆け寄ると、ゴブガーダーのラージシールドで男のアゴをかち上げた。
 的確に急所を強打した一撃。硬くて頑丈な盾での盾打はあたしの非力さをカバーして有り余る衝撃ダメージを相手に与えてくれる。一瞬で言葉を失い倒れこむ男の脇を一歩進んでもう一人の背後に接近すると、容赦なく上から下に盾を振り抜き、問答無用に後頭部を叩き伏せた。


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