第1話その1「たくや、水着で泳ぐ」


 灼熱の太陽が頭の真上から照りつける。 「………………………」  ミ〜〜〜〜〜〜ンミンミンミンミンミンミンミンミンミン、ジジジジジジジジジジジ………  ………セミがうるさい……あ…暑い……暑いぃ………  あたしのいる場所はプールサイド。何故か今回は男子ではなく女子の体育に出席する事になった……のはいい んだけれど……いや、よくない、全然よくない!…と断言するだけの体力なんて、もうどこにも残っていなかっ た……  あ…暑い……  頭上の太陽が黄色く見える。金網に持たれかかり、上着とネクタイを外して胸元の風通しをよくしても、風で 涼しく感じるよりも裂きに太陽の熱で汗が蒸発し、あたしの全身はベトベトのネトネトのザラザラである。  せっかくのプール…あたしの中の男としての本能と、この鬼のような暑さをしのげる事もあって、最初は喜ん でいたんだけど……問屋さんにサイズの合う水着がないなんて……  注文はしてくれているんだけど、それでも水泳の授業に間に合わず、あたしはプールサイドにて生ける屍とな っているのである…以上、この話終わり。 「たくや、いつまでそんなところでぼんやりしてるのよ!」  パシャ、パシャ! 「んっ………あ…明日香ぁぁぁ……」  脱水症状か日射病一歩手前で体を動かすのさえ億劫なあたしが、顔にかけられた水でわずかながらに復活する。 そして声で目の前で日陰を作ってくれたのが誰かはわかったけど重たい腕でタオルをどける。  そこには予想通り。幼なじみの明日香が立っていた。当然の事ながら水着姿で。  制服(女子限定で)に有名デザイナーを起用している宮野森学園がスクール水着等と言うマニアックな物を起用 しているはずがなく、当然の事ながらスポーティーな競泳水着である。学園有数の美少女である明日香の結構メ リハリのあるボディーにぴったりと包み込み、濃紺に両脇の下から太股に向けて走るイエローのラインがアクセ ントになって、例え泳げなくても速く泳げそうに見えてくる……明日香は泳ぎ速いんだけどね、スポーツ万能だ し。  そしてその隣には同じ水着に身を包んだ、髪の長い人影が並んで立っている。こちらは明日香よりも身長が高 く、影になっているからだのシルエットからでも胸や腰まわりのボリュームはかなりのもの。明日香は完璧に負 けてるし、あたしでもちょっと……で、こんな学生らしからぬボディーをしているのは、美男美女の集まる事で 有名な宮野森学園でもあたし以外に心当たりはただ一人。 「はぁい、相原君。今日はとんだ災難ね」 「美由紀さんまで……だめですよぉ……他のクラスの授業に出ちゃぁぁぁ………」 「水泳は合同授業なの。って、これ、本気でヤバいんじゃないの? 魂が半分抜け掛けてるわよ」  そりゃもう屍ですから。もしくは干物。お日様って暑いのねぇ〜〜……♪ 「たくや、たくや! なに急に鼻歌なんか歌ってるのよ!」 「人間、暑くなりすぎると自分でも何してるかわからなくなるものよね。それにしてもさすが相原君ね。この虚 脱っぷり、とても他の人に真似できるものじゃないわ。私も精進しないと……」 「この非常自体になに言ってるのよ! 完全に意識飛んじゃってるじゃない、早く保健室に連れて行かないと― ―」 「あら? このぐらいならこれで大丈夫よ」  バシャアァァァァァン!! 「………………………ほえ?」 「ほらね。バケツ一杯の水で復活したでしょ?」 「そんなの強引過ぎます! たくや、大丈夫なの?」 「なんであたし水浸しになってるのかよく分からないんだけど……どうしてここに松永先生がいるのか、そっち の方が気になる……」  重たい衝撃を受けた直後に頭の天辺から降り注いだ水の冷たさで何とか意識と体が溶け出さずにすんだあたし の目の前には、さらに水着姿の女性が増えていた。宮野森学園の中でも特に個性派として知られる美人保健医、 松永先生だ。  まだ頭の中にもやがかかったようにぼんやりしていたあたしは先生の顔を見るとすぐに視線を下に降ろしてグ ッタリしてしまう。が、優に十秒以上経過した後に先生が水着姿である事に気付き、重たい目蓋を開いて足元か らゆっくりと視線を這わせていく。  胸の大きさ、ウエストからヒップ、太股へと続く下半身のラインと自分のパーフェクトなプロポーションに自 信を持っている松永先生がショートパンツやタンクトップビキニ、略してタンキニなどを着るはずもなく、当然 の事ながらビキニ、黒の極小布地が豊満な乳房と股間の茂みを覆い隠してはいるけれど、縦幅10cmほどのビキ ニの再度を彩る細い紐、中央はVの字に切れこみ、男子ならそこへ顔をダイブさせたいと思うほど深い谷間は既 に人泳ぎした後なのか、それとも先生の肌から滲み出した汗の水滴なのか、とにかく左右から押し上げられてそ のボリュームがさらにアップしているおっぱいが濡れる事で魅力値までアップさせているのである! さらに加 えて、染み一つなく、しなやかに指先まで伸びている手足。首と背中にもあった腸結びの上を軽やかに舞う黒髪、 おっぱいの下から股間のすぐ近くまで露出しているお腹の滑らかさと言ったら―― 「た〜く〜や〜〜…あんたは、いつまで先生を凝視してるの!?」 「えっ……へっ? そんなに見てたっけ?」 「この…たくやのバカ、浮気モノ、スケベ、変態、バカバカバカ!!」 「あうあうあうあううわうあうあうあう〜〜〜〜!! か、肩持って揺らさないで、は、吐きそう…頭いた…あ ううううっ!!」 「うわ、強烈ねぇ。げに恐ろしきは女の恨み……」 「美由紀さん、止めて、明日香を止めてぇぇぇ!!」 「え〜〜、さすがにちょっとこれを止めるのは……」 「片桐さん、それ以上やるとトドメ刺しちゃうわよ。本当に相原君が倒れてもいいの?」 「………ふんだ」  はう……や…やっと開放してもらえたけど……さ、さっきより体調悪くなっちゃった…かも……うえ…世界が 揺れてる…… 「大丈夫? ここにいるよりも保健室かどこかで寝てる方がいいんじゃないの? よかったら付き添ってあげる よ?」 「は…ははは…そこまでしなくたって大丈夫ですって。それにあたし、体育の成績悪いから、出席点だけでも貰 わないと……」 「でも、今回はうちのクラスとの合同だから次の時間もいれてあと二時間あるわよ」  ……………に、二時間んん〜〜〜〜〜!! な、何でそんな変則的な時間割になってるのよぉ〜〜!!  美由紀さんの言葉を聞き、既に思考能力が止まったあたしの頭でも事の重大さを存分に理解する事が出来た。  そう言えば、授業の初めに夏風邪を引いて寝こんだ女子体育の先生の代わりに来た松永先生がそんな事を喋っ てた気もするけど…あの時から熱さで朦朧としてたし……思い出しただけでまた頭が……  先ほど浴びせ掛けられたバケツの水も、直射日光とコンクリートの輻射熱でとっくに乾ききっている。クラス の女子がきゃあきゃあと感性を上げているプールの水面の上に陽炎が立っているように見えるのは気の性だろう か……向こう側が歪んでるし……  汗が頬を伝い落ちる。けれど顎に到達する前に全て乾いていく。  死の予感…大げさかもしれないけれど、確かに黒い気配があたしの背後に忍び寄ってきてるかもしれない…… 「たくや…今からでも遅くないわ。今日は保健室で休んでる方がいいって」 「授業の成績なんて後でいくらでも取り返せるって。それよりも体をもっと大事にしなきゃ」 「うっ……」  明日香と美由紀さんに詰め寄られ、こんなクソ熱いところで二時間座る続けるよりも、何故かクーラーが効い ていて冷蔵庫完備、冷たいジュースまで付いてくる保健室の方がとてつもなく魅力的である。しかし、気になる のは赤点……成績を取るか命を取るか……う〜ん…… 「こらこら。授業中にあまり物騒な会話をしないの。保健医の私が受け持った授業で相原君が倒れたりしたら、 それこそ責任問題よ」 「じゃあたくやを保健室で休ませてもいいんですね? ほら、先生の許可も出たんだし、早く立って」 「あら? なにも保健室に行かなくてもいいんじゃない? 要は体を冷やせればいいんだから…ふふふ」  うっ……イヤな予感が背筋でモゾモゾと……松永先生がこう言う笑みを浮かべた時って、かなりいやらしい事 を考えてる時だから……  けれどあたしの頭は重い。体も脱水症状半ばでろくに動けやしない。もし先生の提案が、授業に出たままで水 分補給できる物なら……あたしは…あたしは甘んじてそれを受け入れる!! 「実は、相原君の水着が届いてないって聞いていたから、似合いそうな水着を何着か持ってきたの。それを着て 授業に出ない?」 


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