第1話その2


「え〜〜、アテンションプリーズ、アテンションプリーズ。それでは大変長らくお待たせいたしました〜〜!」  由美子め……たくやが水着を着せられるのが、何でそんなに嬉しいのよ……  松永先生が口にした「たくやに水着を着せる」と言う話はあっと言う暇もないぐらいの早さでプールで泳いでい た女子の間に広まってしまい、急遽、まるでファッションショーでもするかのような雰囲気で水着姿のたくやを 待つこととなってしまった。  とは言え今は授業中。たくやが立つこともおぼつかないほどフラフラだった事も考慮して、姿をあらわすのは 休み時間に入り、全員プールから上がって休憩する時間にと言う段取りになった。  そしてチャイムが鳴り、競泳水着姿の女子が水を滴らせながらプールサイドに各々好きな位置に陣取ると、中 央コースの飛び込み台に立ってみんなの注目を集めたクラスメートの由美子が、まさに司会進行として声を張り 上げ始めた。彼女だってたくやが女になってどれだけ苦労してるか知ってるくせに…頭が痛いわ……  飛びこみ台をステージとするなら、その横手、出入り口とは反対の方の隅に座った私の頭はさっきから頭痛が しっぱなしである。 「宮野森学園の奇人変人有名人ランキングナンバー1、人生に一度あればもう十分なのに男から女の子になっち ゃうのが二度三度、その度ひーこら頑張ってる苦労人の相原たくや君がなんと!遂に!男としての誇りを捨てさ って女性用水着を着てしまうというのです! さ〜て皆さんお立会いぃ!!」  な…なんだか今日の由美子、ものすごくハイテンションね……しかし、その変人ランキングって、いつの間に 作ってたんだか……  新聞部主催で色々なランキングを作っていると言うのなら私も聞いた事があるし、美男美女ランキングとか言 うのに名前を載せられてしまったこともある。噂では、たくやが女になった次の日には上位に食い込んだとか… …何かと学園内の噂に詳しい由美子だから、もしかするとその謎に包まれた新聞部と関わりを持ってるんじゃ… … 「今回のテーマは「成長」。男の子の相原君が体験しなかった、女の子から女性への…そう、幼虫から美しい蝶へ と姿を変え、夏の青空へと羽ばたいていく、その美しさを皆さんにご覧に入れましょう。それでは相原君のご入 場で〜〜すっ!!」  初めて見る親友の以外過ぎるほど流暢な前口上が終わると由美子は私の側へと移動し、それとほぼ時を同じく して―― 「やだあああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!! 絶対にイヤだアアアぁァァァぁ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」  この声…たくや!?  綺麗に塗装された金網フェンスの向こう側から聞こえてくる悲鳴。それを耳にした私は隣に腰を下ろす由美子 と入れ違いに立ちあがる。 「うわっ、相原君、物凄くいやがってるね。さっき覗いたんだけどかわいかったのに……」 「ゆ…由美子……ひょっとしてたくやが着せられた水着って、松永先生のような……」 「違う違う。あんなに過激のじゃなくて、本当にかわいかったのよ。ほら、出てきたから見てみれば?」  その言葉にしたがって、目を更衣室や塩素プールとつながる方へと向ける。するとそこには手を引く美由紀さ ん、そして手を引かれるたくやの姿があった。が、たくやの体が見えるのは引っ張られている腕だけで、水着姿 は金網フェンスに視線を遮られ、なかなか目に捉える事が出来ずにいた。 「ったく、何やってるのよ、あいつは」 「まぁまぁ、落ちついて。せっかくなんだから相原君が出てくるのをここに座って待ちましょうよ」 「待てって言っても、あんな叫び声上げてるのよ!? 落ちついてなんか――」  私の手を掴む由美子の手を振り解こうと腕に力を込める、その時、プール一体に黄色い悲鳴の嵐が吹き荒れた。 「きゃ〜〜〜!! たくや君、かっわい〜〜〜♪」 「なにあれなにあれぇ!? うっそぉ〜〜、あれで男なのぉ?」 「すっごく似合ってるぅ♪ や〜ん、危ない道に走っちゃいそう♪」  溢れかえる女子生徒の声の数々。由美子に着をとられていて、たくやが現れた瞬間を見逃してしまった私が慌 てて振りかえると、そこには―― 「あ、明日香、助けてよぉ〜〜!!…あ、その前に見ないで、こっち向かないでぇぇぇ!!」 「たくや……その格好……」 「え〜ん、見ないで、見ないでよぉぉぉ〜〜〜!!!」  ――想像よりも遥かに肌は隠れていた。肩紐こそないものの、ピンク色のワンピースを身に纏ったたくやは、 プールサイドに入ってくると同時に自由になった両手で大事な部分を隠そうとするけれど…胸や腰にフリルがつ いていて、幼児が着るような、はっきり言って子供向けのデザインの水着は童顔のたくやにはよく似合っていた。 大きさは子供サイズではなく、羨ましいぐらいに凹凸がはっきりしているたくやの体にぴったりフィットしてい て、子供っぽさと大人顔負けの肢体、二種類の視覚的ギャップを併せ持つその姿は結構新鮮で、人の目を引きつ ける魅力を持っていた。  とは言え、当事者のたくやは既に半泣き半べそで、背筋も伸ばせないままこっちにすがりつく子犬のような目 を向けている。 「イヤだって言ったのに…こんなに恥ずかしいのイヤだって言ったのにぃぃ〜〜!! え〜〜ん、松永先生のバ カァァァ!!」 「ほら、そんなところで泣かないの。そんなにイヤなら、今から着替えに行って来ればいいじゃない」 「それが……更衣室には松永先生が次の水着を持って待ち構えてるし…服も没収されたから……」 「とりあえずプールサイドを一周したら終わってもいいって言ってるんだから、ちょっとの間だけ我慢してね」 「………それ、どう言う意味ですか?」  今の声は美由紀さんだ。  上げた顔がこわばっているのが分かる。まるでたくやを見世物にでもするかのような発言に、頭の血がふつふ つと熱くなっていき、身長がこちらよりも高い相手の顔を下から睨み上げてしまう。 「あああああ、明日香落ちついて。そんな恐い顔しちゃ駄目だって」 「けど…たくやはいいの? こんな格好させられて……」 「あら、こんな格好って酷い言いぐさね。こんなに可愛いのにね♪ それじゃ相原君、いきましょうか」  私の視線をさらりと受け流すと、美由紀さんは一瞬即発の私たちの間に入っていたたくやの右腕に自分の左腕 を絡ませ、二クラス分の女子が並び座るプールサイドに向かって歩き始めてしまった。 「ちょっ!…待ちなさいよ!! なんで美由紀さんもたくやと一緒に行くのよ!!」 「エスコート役よ。本当は男の人がいいかもしれないけど、女ばっかりだしね。だから男役って事で私が相原君 をエスコートしてあげるの」  男役…たしかにここにいる人間では美由紀さんが一番適任だろう。身長も高く演劇部の部長で様々な役どころ をこなす彼女だ。舞台の上で男の役をした事は一度や二度じゃないはずだ。 「相原君、もっと胸を張って。隠そうとするから、見られた時に余計に恥ずかしくなるの。どうぞ見てください って言う感じで堂々として」 「は…はぁ……こう、ですか?」 「ええ、そんな感じでいいわよ。恥じらってる表情もいいんだけど、顔ももう少し上げてね。背中を下に引っ張 られる感じで…うん、いいわよ」 「え…えへへ……なんだか照れますね……」  な、なによ…いい感じじゃない……さっきまであんなに泣きそうな顔をしてたのに……  まるでファッションショーさながら、観客の前を美由紀さんと二人並んで歩くたくや。私たちが着ているよう な競泳水着と違ってたくやの着ている水着には飾り布が多いせいか、すっと背筋を伸ばし、姿勢を正して歩く姿 はピンク色のドレスを着た女性の様でもあり、思わず感心してしまう反面、並んで歩く美由紀さんを男としてみ ると…… 「ひょっとして、たくや君取られちゃった? こうやって見ると、あの二人って結構お似合いかも」 「由美子、うるさい!」  後ろからの声を語気も荒く跳ね返すと、再びたくやに鋭い眼差しを向ける。  たくやは40人を超える女子の視線を一身に浴び、笑みを浮かべていた。それでも恥ずかしさは残っているの か、ほんのり赤く染まった顔を時折俯かせる行為がモデルにしてはいかにも初々しい。そしてその度に美由紀さ んが声をかけて励まし、たくやはまた笑みを浮かべて顔を上げる…… 「……………」  たくやの明るい微笑みを見た私の足が勝手に動き出す。プールサイドを、たくやと美由紀さんが歩いて行った その後を追うように―― 「あ、あれ、どうしたの?」  いくら広いとは言っても、ショー気取りで歩いている人間になら早足ですぐに追い付ける。急に私の姿が間近 に見えて足を止めたたくや――その左腕に私も右腕をからませ、体を摺り寄せる。 「わたしも…私も一緒にエスコートしてあげる。別にいいわよね、たくや?」 「え…えっと……その…なんで?」 「理由なんかどうだっていいの。私も一緒にエスコートしてあげるって、言ってるの!」 「は…はい……」  ふんだ……たくやのバカ。  脅かして顔を縦に振らせてしまったけれど、今の私にはそれで十分だった。 「行くわよ、たくや。さっさと一周して着替えてらっしゃい」  周囲の「あれって三角関係なのね」「まるで修羅場よ、修羅場」等と言う言葉を完全に無視。けれど顔が熱くなる のを止められない私は、たくやの腕を引っ張るように歩き始めた――  一方その頃、更衣室では―― 「う〜ん…これもいいわねぇ……でもこっちも捨てがたいし……相原君って胸も大きいし足もしなやかだし…… あ〜ん、迷っちゃうわぁ♪ いっそのこと、これ全部着てもらおうかしら…うふふ♪」  床に十着以上、あのピンクのフリフリ水着がまともに見えるほど過激すぎる水着を並べ、たくやに着せる水着 をあれこれ思案している松永先生がいたとかいないとか……


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