ルート2−1


「あ、宮村先生じゃない。どうしたんだろ、こんなところで」 「どうしたって…お正月に神社にいるんだから初詣に決まってるでしょうが」 「それもそうね…あはは」  明日香が見つけたのは参道の端を神社に向かって歩いている宮村先生の後姿だった。のんびり露天を眺めなが ら進むその姿はいかにものほほんとした宮村先生らしい。 「明日香、ここであったのも何かの縁だし、声かけてみようか。宮村センセ〜〜!」 「た、たくやってばそんな大声出さなくても」  あたしが先生に向かって声をあげ、着物の袖を押さえて上に伸ばした手を振ると、先生もすぐにこちらに気づ いて近寄ってきた。まぁ…他の人の注目も浴びちゃったけど…… 「やぁ、相原に片桐。あけましておめでとう」 「先生、おめでとうございます」 「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」  お互いに新年最初の挨拶を交わす。親しき中にも礼儀あり…かな? 「それにしても二人そろって初詣か。相変わらず相原たちは仲がいいな」 「あははは…なんか面と向かってそう言われると照れますよ」 「でも、たくやってば私が誘わなかったら絶対に家から出ないんだから。冬休みだからって一日中家で――」 「そうか、今年は受験だからな。俺でよければ相談に乗るから、わからないところがあればなんでも聞きにきて くれていいぞ」 「そ、そうですね…ははは……」  冬休み中はほぼ毎日どっちかの部屋で一緒に勉強してるけど……一日中…はしてないかな? だって二人っき りだといろいろと…その…ムードもあるし……  同じことを想像したらしい明日香も言葉が言いよどんでしまう。もっともそれほど鋭くない宮村先生があたし たちが何をしているかなんて言うのにまったく気づくはずも無いけど…… 「そういえば相原は正月も女のままなのか?」 「え? ええ、まぁ…千里が研究に行き詰まってまして」 「そりゃ災難だな。一年の河原も悪い子じゃないんだがな。ただ自分の目標に歩みつづけているだけで――」 「それでたくやをころころと女に変えられたら困ります!」 「はっはっはっ、それもそうだな。まぁ、学園の男子には受けがいいぞ、女の相原は」 「ははは…だってさ、明日香」 「たくや…間接的に「あんたは女の方がいい」って言われてるんだから少しは反論しなさいよね」  久しぶりにあたしたちと話せるのがうれしいらしく、「あんな美少女がさえないおっさんと…」「教師と女子生 徒か…うらやましい」なんていう周囲の男たちのやっかみの声を気にする風も無く、楽しそうに話しつづける宮 村先生。  本人にはやましい気持ち(たとえばあたしと明日香をどうのこうのとか…)はまったく無いんだろうけど、10 分もこんな場所で話していると陰口を叩くいやらしい男の人たちのどす黒いオーラが……あうう…かなり居心地 が悪い。 「まぁまぁ、河原なら大丈夫だ。相原もそのうち男に戻れるよ」 「その「そのうち」がいつまでたってもこないから問題なんです。拓也が一生懸命バイトをしても他の研究に使っ て…ぶつぶつ……」 「ははは…まぁ、千里を信用しちゃった事だし、気長に待とう、ね?」 「そうだな。腹を立てても相原が元に戻れるわけじゃないんだし、それに先生は相原の着物姿は綺麗だと思うぞ」 「あっ……ありがとうございます……」  うわ、綺麗だって言われちゃった。宮村先生ってばいつもと表情変えないまま突然言うんだもん。不意打ちっ て言うか……なんだか完全に女になりきっちゃってるな、あたしってば。  先生の誉め言葉に赤面し、胸の前で指をいじいじするあたしを見つめる明日香は面白くなさそうだ。 「でも、大学入試の前には絶対に男に戻らないといけないのよ? 性別が違うからって試験場から追い出される かもしれないんだから。もし…私と同じ大学に入れなかったら……」 「わ、わかってるってば。だから毎日勉強に付き合ってもらってるんじゃない」 「………フンッだ。いつも途中で別のことするくせに」  これは暗に「エッチばかりしないでちゃんと勉強しなさい!」って怒ってるんだろうな。じゃあ…やっぱり今日 も勉強なのね。 「あ…あの……あたしたちそろそろ行かないと。家に帰ったらまた勉強しないと……」  この場に漂うある種の緊張感に耐えられなくなったあたしは愛想笑いを浮かべ、別れを切り出したんだけど― ― 「そうだな。だったら初詣の後に俺の家へこないか?」 「へっ? 先生の…家?」  突然の申し出に、あたしと明日香はおもわず顔を見合わせて驚いてしまう。 「冬休み中じゃ自分たちだけで勉強するのも大変だろう。俺の家なら参考書も一通りそろってるし、家族に気兼 ねせずに静かに勉強できるぞ」 「で、でも…あの、その」 「俺のことは気にしなくてもいいぞ。今だ独身だから奥さんも子供もいないし、家に帰れば寝正月だからな。だ ったら相原たちの勉強を見て有意義に過ごすほうがいいだろう」  独身なのは知ってるけど……だからこそ余計に危ない気が…って、宮村先生相手にそんな心配は無駄かな?  でも、明日香がなんて言うか…… 「…………先生は英語もできますか? できれば日本史なんかも」 「ああ。これでもちゃんと大学は出てるし、毎年有名大学の入試問題にはたいてい目を通してるから一通りはな」 「明日香、ひょっとして行く気なの!?」 「当然でしょ? たくやは科学部だから数学や理科はそこそこできるけど文系がからっきしなんだもの。せっか くの先生の申し出なんだからありがたくお受けしましょ」 「まぁ…明日香がそう言うならあたしは別に……」 「よし、それじゃあ決まりだ!」  できればお正月から勉強なんてしたくない。  だけどあたしの勉強に毎日付き合ってくれている明日香に反論できず、しぶしぶ顔を肯かせる。  すると同時に、あたしと明日香の間を通って背後に回った先生があたしの肩に手を回し、自分の方へグイッと 引き寄せてきた! 「あっ!?」 「きゃあっ!」  右側にあたし、左側に明日香を抱きしめた宮村先生は心底うれしそうな顔をすると、まだお参りしていない神 社に向かって歩き始めた。  ――傍から見るとあたしたちの姿はどうやって見えるだろうか?  教師と女子生徒二人が仲良く並んで歩いている図?  いやいや、宮村先生はそう思ってるかもしれないけど、お正月らしく晴れやかな着物姿で大和なでしこの魅力 満開のあたしをじっくりと見つめ、コートの下はセーターにスカートと言う出で立ちの明日香に声を掛けようと 思っていた新年早々ふしだらな事を考えていた男たちにとっては、  両手に花、あたしと明日香を独り占めにして喜色満面のエロ教師。畜生、一人だけいい思いしやがって。  ――なんて言う風に思われているんじゃないかと、ふと思ってしまう。  明日香に目をやると、あっちも困った顔をして周囲の人の目を気にしていた。あたしと考えてる事はほぼ同じ だろう。  気づいてないのは本人だけ……気分は一時代前の青春ドラマなんだろうけど……はぁ…本当におめでたいって 言うか……  あきらめのため息はやけに重い。けれどあたしが明日香の方を抱くのではなく、こうして一緒に抱かれている って言うのは、  まんざら悪い気分でもなく、なんだか楽しい気分だった。


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