05「素直になれないの…」


「………はにゃ?」
 眠りから目覚めた神奈は、ボンヤリ半開きの目に見慣れぬ光景が飛び込んできたことに寝ぼけたまま首を傾げた。
「むにゅ……ここどこ?」
 もしかしてまだ夢の中にいるのだろうか……はっきりしない目をクシクシと擦りながら体を起こすと、ようやく自分が自分の部屋で寝ていなかったことに気付く。そして、
「………えと、本気でここどこ?」
 天蓋月のベッド、一般住宅の二階にまで達しそうな高さの天井に橙色の温かい光を放つシャンデリア、二十条はありそうな室内は中世西洋風の壁や柱のために何処かのお城なのかと思わせる造りになっており、その他にも家具、絨毯、絵画、彫刻など、どれ一つ取っても神奈の部屋にあるはずがないものばかりであり、寝ぼけていて判断力に乏しい頭はすぐに「ああ、ここは夢の中なのだ」と結論付けてしまう。
「………もう一回寝ようっと」
 夢にしては悪くない。
 室内の調度品の数々はどれもが素晴らしい出来である事は見て取れた。少なからず芸術を志すものとしては、そのような室内で時間を過ごせるのは例え夢でも非現実的ではあっても幸福な一時と言える。
 けれど……ベッドに横たわり、寝返りを打ったそのすぐ目の前に、微笑をたたえた美女がいるような状況には、夢であろうとなんであろうと神奈は平静ではいられない人間であった。
 しかもそれが、憧れの高菱弥生先輩であったのだから……神奈は頭の先から魂が飛び出るほどに驚いた。
「お目覚め?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!?」
 頭の中も体の外も彫刻のように固まってしまう神奈。そんな神奈のお驚き様に笑みを濃くしてから体を起こした弥生はそのままベッドから降りてしまうのだけれど……その姿を見て、地球を一周してようやく戻ってきたばかりの神奈の魂はすぐさま逆方向に飛び出していってしまう。
 驚きの連続で見開いたまま固まってしまった神奈の目の前にいるのは弥生なのだが、その弥生は衣服を何一つとして身に纏っていなかった。手を伸ばせば届くどころか鷲掴みにだって出来る距離でGカップの見事なまでに理想的な曲線を描いている乳房が視界いっぱいに広がり、身を回してベッドから降りる際にも金色の髪の隙間から見え隠れする背中のラインが、そして立ち上がる直前に体を前へ傾けた瞬間には“完璧淑女”とまで呼ばれた弥生のお尻までもが何一つとして隠される事なく神奈の目の前でさらけ出されてしまう。
(は…はにゃ……)
 これは夢なのだと分かっていても、ちょっとでも気を抜けば鼻血を噴き出して失神してしまいそうだ。その代わりに、少年の股間では体に似合わないその大きさが恥ずかしくて誰にも隠している秘密の一つであるペ○スが勢いよく跳ね上がり、海綿体を破裂寸前にまで膨張させていく。
(どうしよう……は、はやく起きないと夢精しちゃうよォ……)
 そしたら母や姉や妹の目を盗んで洗面所で洗わなくちゃいけない。女性が実権を握っている霜月家では、もし夢精したことがばれようものならどのような晒し者にされるか分かったものではないのだから。
 けれど神奈の視線はベッドの傍のテーブルで何かしている弥生の裸体から逸らせない。バスローブ姿から想像はしていたけれど、余分な贅肉など何処にも付いていないのに、キュッと引き締まったヒップには神奈の頭なら押しつぶされてしまいそうなほどのボリュームがある。残念ながら今は背中を向けていて完璧な曲線を描いている乳房を目にすることは出来ないけれど、それでも魅惑的過ぎる弥生のヒップに神奈の股間が猛々しく脈を打ってしまう。
(先輩のお尻、先輩のお尻、先輩のお尻、先輩のお尻、先輩のお尻ィ……って、何考えてますか!? 困難じゃいつまで経っても煩悩退散できないじゃないですか!? それに先輩のパスローブ姿っていつ見たんですかァァァ!?)
 ついに自分の想像力は会話どころかろくに顔を拝見した事すらなかった学園一の美女に淫らな衣服を着せてしまうほどのスケベ域に達したのかとしばし苦悩。……ともあれ、ろくに呼吸する事も忘れて心臓と肉棒とをドクンドクンと脈動させていると、弥生がようやくベッドへと振り返り、たわわな膨らみを震わせながら覆いかぶさるようにベッドへと上がってきて、
「んむゥううううううッ!?」
 弥生は神奈の身体を抱きしめたかと思うと、その唇を押し付けてきた。そしてそのまま神奈のベッドに仰向けにさせると、逃げられないように顔を両手で挟んで口内に程よく冷えた水を流し込んでくる。
(お…お水……!?)
 一口の見込んだ途端、神奈の身体は一斉に渇きを訴え始めた。口移しで飲まされる水を瞬く間に飲み干すと、それでもまだ足らず、催促するように弥生の唇に舌を差し入れてしまう。
「落ち着いて。キミはかなり消耗していたんだから」
 そういい残して身体を離した弥生は、再びベッドを降り、コップに注いだ水を自分の口に含ませる。
「んッ………」
 二度目の口移し……さすがに神奈も事情を悟って焦るような事はしないけれど、その分、弥生の唇の柔らかさと温もりに意識が向いてしまい、自分の胸へ押し付けられている柔らかい乳房の感触にプチプチと理性を弾けさせながら、ついに耐え切れなくなって弥生の背中に腕を回して自ら唇を吸い始めてしまう。
(わ、わ、わァあああああっ! 夢の中でとは言え先輩と、キ…キスしちゃってるよォ!)
 目の前にある弥生も驚きの表情を浮かべているけれど、一度溢れ出してしまった想いは止められない。熱い肉棒とかした股間をグイグイと弥生のお腹に擦りつけていると、仮性包茎の巨根のカリ首を覆っていた包皮がズルリと剥け落ちる。
「あ…ああああぁぁぁ……ッ!」
 柔らかい女性の肌に摩擦された敏感な裏筋からは電流に似た甘く心地よい刺激が迸り始める。カチンコチンになったペ○スごと腰を跳ね上げ、弥生から唇を離すと、全身で感じ取れる弥生の肌の温もりに酔いしれながら、
「す…好きぃ……先輩が…大好きですぅ……」
 と、夢の中だからこそ言える告白の言葉を口にしてしまう。
 すると―――
「ひやィん!?」
 いきなりお尻をつねられた。
「今度はきちんとお目覚めできたかしら、霜月神奈君?」
「え……? あの、高菱弥生………先輩?」
「あら、キミはこのわたくしを他の女性と間違えて抱きついてきていたの?」
 そう悪戯っぽく微笑む弥生の言葉を耳にしながら、ようやくこれが夢ではなく現実なのだと気付いた神奈は……ベッドから飛び出し逃げ出した。
「お待ちなさい! 貴方、本当に酷く衰弱していたんですのよ? もうしばらく安静にしていなさい!」
「うわぁ〜ん! 離して離して離してぇ〜〜〜! 違うんです、事故なんです、誤解なんですゥ! だからギロチンも銃殺も生首塩漬けも許してェ〜〜〜!!!」
 とっさに背後から抱きついて神奈を引き止めた弥生だが、神奈本人は完全に錯乱していた。弥生に不埒な事をしでかした挙句に「好き」だなんて言ってしまったのだ。眼鏡をかけていなければ他人と相対できないぐらいに羞恥心が強い神奈に「落ち着け」とか「錯乱するな」とか「キミの命は保証されている」とか言っても、無理な話だ。
「じゃあ、あれは正夢って言うか本当だったんですか!? 木に登ってたら狙撃されたり、銃弾の雨あられに追い回されたり、もう少しでお尻を真っ二つにされそうになったり、絨毯の上に正座させられてそれから―――」
 パニックになった事で逆に意識ははっきりし、理性が崩壊しているせいで忘れていた記憶が怒涛の勢いで蘇ってくる。
 広い部屋の真ん中で弥生に押し倒された事。
 その直後に下半身を引ん剥かれてメイドさん二人掛かりであれこれ悪戯されてしまった事。
 頬張られた事。
 そしてお尻の穴にまで……
「うあ……うぁああああああぁ………」
「はい、それに関してはわたくしにも責任がありますから、とりあえず落ち着きなさい」
 神奈が一人で落ち着けないのなら、今は弥生が落ち着かせるしかない。
 頭一つ以上身長差がある神奈と弥生では、男女の性別差も関係しない。元々神奈も非力だし、スポーツに置いても万能の才能を誇る弥生の巧みな体重移動に簡単に押さえ込まれると、金色の髪の美人の先輩にいとも容易く唇を奪われてしまう。
(落ち着く落ち着くって何度もキスされてるけど、キスされたら身体が硬直しちゃうだけで全然落ち着けるわけなんて―――!!!)
 そして今回もまた、弥生の口付けて神奈の全ての意識は目の前の弥生に全て注がれてしまう。肌から立ち上る甘い香りが鼻腔に流れ込み、再び薄い胸板へと押し付けられた膨らみの先端の感触が身動ぎのたびに少しずつ固くなっていくのを感じると、パニックを意識の外にまで押しのけた興奮が理性を突き抜け過ぎてしまう。
(だけどこんなにも簡単に誰彼構わず唇を奪われて………ああ、ダメ人間になっていく……)
 ジタバタともがいていた手足が長い口付けによる酸欠と意識停止で暴れる力を失うと、弥生は長い金髪を掻き揚げながら赤らめた顔を神奈から離す。
「落ち着きまして?」
 問われ、神奈はカクカクと壊れたロボットのように頷いた。
「は…ぅ………」
「まだ体力は回復しきっていないようね。目が覚めてすぐにあんなに無茶して暴れるからよ。お水、もう少し飲ませて差し上げましょうか?」
「い、いいいいいいえ結構ですゥ!」
「そう?………少し残念ですけど」
 残念なのは僕のほうもなんですけど……そう思いつつも、弥生にもう一度口移しなどされたら、それだけで今の神奈なら悶絶死しかねない。
「でも、私がついていてよかったわ。キミを一人で休ませていたら、屋敷内を何処に飛び出していたか分からないものね。言っておくけど、下手に逃げたりして迷子になったら二度と人前に出てこられないわよ」
 弥生の自宅の広さは追い掛け回された際に十分過ぎるほど体感している。迷子云々と言う言葉は半分冗談だろうけれど、もう半分は大真面目な話だろう。もっとも、神奈が急に逃げ出そうとしたのは、弥生が同じベッドに裸で眠っていたからなのだが。
 それは別にしても、今はこの部屋から出る事はもとよりベッドから出ようとも思っていない。いまさらな話ではあるが、神奈は自分も弥生と同じように一糸まとわぬ姿で寝かされている事に気付いたからだ。
「せ…先輩、あの、僕の…服………」
「悪いと思ったけれど、全部脱がせて洗濯させてもらっているわ。汚れてしまったし、随分痛ませてしまったから」
 痛んだのは恐らくメイドとSPの大群から逃げ回っていた時だ。飛び交う銃弾と振り下ろされる刃から逃れるたびに茂みに飛び込んだり地面を転がったりしたので、何処を引っ掛けたり切り裂かれたりしたかしたのだろう
(………よく生きてるよね、僕。命があるだけでも幸運なのに、今は…先輩がすぐ傍で……だ、ダメだってば、先輩のほうを見ちゃダメだってェ!)
 もし仮に、今この場で弥生に襲い掛かりでもしようものなら、神奈の命はまず間違いなく消し飛ぶだろう。そのぐらいの権力を弥生が持っていることはいやと言うほど思い知らされている。……が、神奈に背を向けてベッドの淵に腰掛けている弥生の姿にはついつい目が行ってしまう。
(………やっぱり先輩、綺麗だなァ……)
 イヤらしい心を抜きにしても、神奈の目にはシャンデリアの灯かりに照らされた弥生の裸身が、そう映る。非の打ち所のない美貌もさることながら、倒れた神奈をどう介抱したかを喋りながらクスクスと笑う楽しそうな表情もとても魅力的だ。学園では完璧だとか高貴だとか才女だとか言われて、憧れとは別に近寄りがたいイメージを抱いてはいたけれど、すぐ近くにいる弥生にはそんなところは微塵もない。同年代の女子と何も変わるところはなかった。
 ただ……
「それで蓬と詩雨が自分たちが君の世話をするって言っていたんだけど、あの二人にはメイド長として……あら? わたくしの顔になにかついていて?」
「その……二つほどお願いがあるんですが……」
「遠慮する必要はないわよ。今のキミは侵入者改め、当家の客人だもの。服が欲しいのならメイド服でよければすぐにでも」
 その申し出には下手にトラウマが開く前に全速力で首を横へ振る。
「ふ、服は我慢しますけど、そ、それよりもボクの眼鏡を……」
「却下します。眼鏡は返しません」
「え〜!? だ、だって、僕、眼鏡がないと、その……」
「視力には問題がないのでしょう? でしたらやはり許可できませんわ。だって、あの眼鏡をかけていたらキミの綺麗な瞳が見れませんもの」
「そんなこと言ったってぇ……」
「美しいものを隠すのはそれだけで罪よ。今はわたくしとキミの二人しかこの部屋にいないのだから、恥ずかしがる必要もないでしょう? キミにだから、わたくしもこうして肌を晒しているのだし……」
 ベッドを軋ませ、弥生が神奈の上へと覆いかぶさってゆく。そして少し怯えている一つ年下の後輩の顔を覗きこむと、その左頬に右手をそっと滑らせる。
「ねえ……貴方の目には、私はどう映っています?」
「どうって………す、スゴく綺麗で……」
「何人ものメイドをかしずかせる高慢な女に見えません?」
「そ、そんなことないですよ! そんな人なら、僕を心配して、添い寝して、く…口移しで水を飲ませてくれたりなんか……」
 自分で離している内にまた意識しだしてしまい、神奈は布団を引っ張り上げて鼻から下を隠してしまう。
「だけどイヤらしい女よ? キミの気を引くために蓬になんて命じたか、覚えてるでしょ?」
「あれは、えと、な…なんとお答えしたらよいものやら………ごめんなさいですぅ……」
「誤るなんておかしな反応ね。悪い事をしたのは私のほうだと思うんだけど」
「だって……」
 弥生の目の前で他の女性に気持ちよくされてしまった事を謝っているとは言えるはずもない。そもそも神奈と弥生は恋人でもなんでもなく、同じ学園の今日まで顔をあわせたこともなかった先輩と後輩と言う、ただそれだけの関係だ。一方的に意識したからと言って謝罪したりするのはお門違いと言うものだろう。
 それに広間での一件は神奈の自制心のなさが原因……だと本人が思っている。初めて女性に股間をまさぐられて舐められて、その上グラビア誌でも見た事がないような巨乳に挟まれてしごきあげられたのだ。経験のなさゆえに我慢できなかったのは男性なら誰も責めたりはしないが、それを弥生にも理解して欲しいと押し付けるのも間違っている。
(だけど僕がどんなに拒んでも先輩の命令だからって二人のメイドさんが無理やり襲ってきたのも事実な訳で、それにお…お尻……え〜ん、なんかトラウマ増えた〜!)
 その部分だけは忘れたままになっていて欲しかった。そうすれば、おチ○チンを大きくしただけでお尻をムズムズとさせなくても済んだかもしれないから。
「あの……今からでも、やっぱり帰らせてもらえませんか? 濡れた服でいいです。バスも電車もないなら歩いて帰ります」
「このベッド、そんなに寝心地が悪かった?」
「いえ、スゴくふかふかですけど……別に理由がありまして……」
「だったらその理由をお話しなさい。―――もっとも、話せない理由だとしたら別ですけど」
(あ―――! だからそんな身体を近づけたら、視界に谷間が、吐息が耳に、顔が…ふ、触れ合っちゃうゥ……!)
 神奈が帰りたがっている理由が分かっていながら、身体を支える腕をわざと曲げ、下にいる神奈に美巨乳を押し付ける弥生。寝具越しにでも弥生の体重と温もりが圧し掛かってきていると思っただけで神奈の理性のネジは一本、また一本とバネ仕掛けのように頭の中から飛び出していく。
「そんなに苦しいのなら触っても…いいんですよ? わたくしの方がこれだけ迫っているのだから……殿方なら女性に恥をかかせるような真似はなさりませんよね?」
「ゥ〜〜〜……!」
 許可は出たけれど、トマトのように真っ赤になっている神奈の顔は横に振られて拒否を示す。
「先…輩……ダメですよ……ぼ、僕たち、恋人でもなんでもないんだし……」
「では今だけ恋人になりましょう。可愛らしい貴方となら身体だけの関係でも―――」
「そんなのダメですっ!」
 メイドによってたかって弄ばれたときにも見せたことがない神奈からの強い拒絶に、弥生も伸ばしかけていた指先の動きをピタリと止める。
「僕……今日、一目見て先輩の事が好きになりましたけど、それよりもずっと前から気になってたんです。先輩の絵を見て、どんな人なんだろうって考え続けて………だから僕はイヤです。こんなことする先輩……信じません!」
 自分でも馬鹿な事を口にしていると自覚している。
 神奈が弥生へ言い放った言葉は、ありていに言えば理想の押し付けだ。自分の頭の中にある想像を相手の個性を無視して強要しているに過ぎない、自己満足を得るのに似た感情だ。それは神奈自身、子供の頃に母親から女物の服を着せられた事で負った心の傷で理解していたのに……それでも目の前にいる弥生を、下半身では興奮しながらも受け入れられなかった。
「それでも……どんなに優しくされたって……い、今の先輩は、僕、イヤです!」
「…………………」
 他人をここまで強く拒絶したのは神奈にも初めての事で、自分でもひどい事を言っていると少なからずショックも受けた………が、弥生は目蓋を閉じて微笑みながらため息を突くと、そのまま神奈の右隣へコロンと寝転がった。
「あ〜あ……振られたんですね」
 そう言う弥生の声には、たしかに失意の色が含まれていたけれど、どこか嬉しそうな楽しそうな感情も見え隠れしていた。
「わたくし、今まで何人もの方から交際を申し込まれて、その都度断ってまいりましたけど……お誘いして断られたのは生まれて初めてですわ。それがこんなにも辛い事だと知っていたら、今までの方にもう少し優しくして差し上げるべきでした」
「あぅ………ご、ごめんなさい」
「本当に悪いと思ってらっしゃる? たった一晩身体を重ねる事を受け入れられないのに? 口先だけで謝られても、傷ついたわたくしに乙女心は癒せはしませんのよ?」
「悪いと思ってます! ごめんなさいです! あ、あの、僕に出来る事なら何でも……あ、え、エッチな事は不許可な方向でぇ〜〜〜!」
「では……一つだけお願いがありますわ」
 神奈の身体を下から上へ、途中、寝具の上から太ももや股間を撫で上げつつ興奮と混乱で紅潮した頬へ辿り着く弥生の右手。その手が決して弥生のほうに向こうとしない神奈の顔をグイッと右へ向けさせると、
「貴方に……わたくしの絵を描いて欲しいんですの」
「僕が……先輩の?」
「ええ。霜月神奈と言う貴方の目に映るままに、わたくしを描いて欲しいんです。見たままに、そして感じたままに……」
「ちょ、待って、僕、あの、し、風景画しか描いたことなくて、人物画は……!」
「それでも構わない……わたくしもずっと考えていましたのよ。昨年のコンクールの時から……この絵を描いた一つ違いの後輩の男性はどんな人なのかって」
 言われて、神奈の心臓はドクンと大きく跳ね上がった。
 頭の中で何度も何度も相手の姿を思い描き、噂を聞くたびに修正して、遠目に姿を見るたびにイメージはより本物に近づいていく。ただ一人の人間を本人と寸分の代わりもないほどに想像し、寝ても覚めても思い続けることは……恋と呼ぶ感情にもっとも似ているか、もしくは恋そのものと言えた。
「貴方はわたくしの思っていた通り……澄んだ綺麗な瞳をしていました。ふふっ……うれしいものですね。調べようと思えばすぐにでも調べさせられたのに……そこまで思っていた相手がいきなり目の前に現れた驚き、そしてその人が私の想い描いていたとおりの人だった喜び……それに恥ずかしさ。貴方に分かる? バスローブ姿で思わず押し倒して、気恥ずかしくて頭がおかしくなりそうで、無理に他の子に貴方へ悪戯させた私の気持ちが」
「そこまでは分かりませんけど……でも…なんとなく分かる、気は、します」
 だって……そう言葉を続けながら身体を右に向けた神奈は、弥生の腰へ無意識に腕を回しながら、熱に浮かされた瞳をまっすぐに向ける。
「先輩……僕に断られるの、スゴく恐がってる。今は……本当の先輩なんですよね………」
 メイドたちの手前、威厳を保たなければならなかった弥生。
 神奈に自分の要求を飲ませるために体で誘惑までした弥生。
 けれど……神奈に拒まれた事で本当の心情をさらけ出してしまった弥生は、神奈が想い描いていた弥生に、どこまでも限りなく近かった。
「僕、人物画を描くのは苦手ですけど……今の無防備な先輩なら、ぜひ描いてみたいです」
「――――――!?」
「かわいいですよ、先輩。そこだけは僕が思っていたよりも、ずっと♪」
「あ、貴方、わたくしをからかっていますの!? わたくしは、高菱家の当主、高菱弥生ですわよ!?」
「そんな肩書きは、僕の目には見えないから……僕が見ている先輩が全てです」
 一転して、神奈の放ったたった一言の言葉で赤面した弥生は、神奈があまりに純真でストレートすぎるのでそれ以上否定する事が出来ない。だから、
「………先ほど申した言葉、撤回させていただきます」
「ほえ?」
「今だけ……一晩だけだなんてけち臭い事は言いません。これからずっと、わたくしの“もの”になりなさい!」
 その代わりに、弥生は神奈のものに……言い換えれば、それは二人が永遠に結ばれる約束だ。今夜一時だけでも結ばれるだけでもよしとするだけでは弥生の気持ちは満たされず、互いに思い尽くし、それでも尽きる事のない気持ちを抱いた相手と離れたくないと言う感情が口にさせた言葉なのだ……が、
「わ…わかりました……」
 弥生が二の句を口にする前に、神奈は頷き、弥生を抱きしめる腕に力を込めて胸へと顔をうずめてきた。
 それはつまり、神奈が一方的に弥生の“モノ”になる事を受け入れた……と言う意味だ。今にも火が付きそうなほど熱くなった小柄な身体を打ち震わせ、それでも自分の心が求めるままに弥生の申し入れに頷いた神奈。しばしその意味を反芻して胸を高鳴らせた弥生は、両手で神奈の顔を包むように挟み、上向かせる。
「せ…先輩……」
「………ダメよ。今からは名前で呼んで」
「じゃあ……や、弥生……さん……」
「今は…それでいいわ。神奈……!」
 もう耐え切れない。
 女性から求めるなんてハズかしい事だとは思うけれど、潤んだ瞳で胸元から見上げてくる神奈の可愛らしさに理性で衝動を抑えられなくなった弥生は、年下の後輩を抱きしめながらその唇を奪い取る。そして同時に、神奈もまた弥生の唇を奪い、二人はベッドを覆う天蓋の下で絡まりあうように火照った肌を擦り合わせ始めた。


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