stage1-エピローグ 03


 水の神殿のすぐ前、白い石畳が隙間無く敷き詰められた円形の広場は見るも無残に破壊されていた。強烈な衝撃を加えられて所々丸く陥没し、でかでかと描かれた魔法陣はまるで火事の後のような焼け焦げた跡で黒く汚れていた。
 とりあえずごめんなさいと、心の中で謝っておく。その破壊のほとんどは佐野のせいではあるんだけれど、あたしもジェルスパイダーやら魔法弾やらで結構壊しちゃっている。修理してる人、ほんとごめんなさい。
 そんな状態の広場ではあるけれど、今はいくつもの仮設テントが作られていた。救援に来た他の街や国からの援助物資が山と詰まれ、炊き出しやら何やらで僧侶の人や軍人さんの姿がちらほらと見受けられた。
「めぐみちゃん、いるかな?」
 神殿の中で会わなかったからもしかしたら、と目の上に手を当てて周囲を見回す。すると、
「たっくや君、おっはよ〜〜♪」
 明るい声と共に、強烈な衝撃が背中へと叩き込まれた。
「げふっ!」
 手加減無しの一撃だ。いや、まさかいきなり「攻撃」を食らうとは思っていなかったし、全身筋肉痛では踏ん張る力も出せやしないし感じる痛みも十割増しだ。結果、あたしはそのまま前のめりにぶっ倒れてしまう。
「あっれ〜? なになになに、たくや君てばあたしに殴られて倒れてちゃ、男のことは呼べないぞ〜?」
 潰れたカエルか陸の魚か、とりあえず顔はかばったけれど、すぐに立てずにぴくぴく震えている体よりもまず先に、首だけネジって叩いた本人の顔を見ると、もう随分長い間見てなかったような気もする二本の三つ網の女性僧侶のミッちゃんがニパパ〜と明るく笑って立っていた。
「ミ…ミッちゃん……あたし一応、さっきまで寝たきりだったんですけれど……」
「うん知ってる。あたしも何度も部屋をのぞきに行ってたから。どんなにおっぱい揉んでもあそこ触っても起きないからさぁ、ついつい悪戯しすぎてね〜。最終的には入室禁止になっちゃって、てへ♪」
 ………ちょっと待って。意識の無いあたしの「胸を揉んで」「アソコまで触った」!? それ、十分犯罪でしょ!?
「まーまー。過ぎた事を気にしてもしょうがない。人間、見つめるのは前です、未来です、輝ける栄光です」
「そーやって自分のしたこと誤魔化そうたって乗ってやらないんだから」
 何とか立ち上がって睨みつけると、ミッちゃんのこめかみから汗が一筋落ちていく。
「んじゃ肉饅五個で」
「その程度で許すと思ってるの?」
「六個」
「うッ……」
 いや待てあたし。たかが肉饅一個で絶対許さないと言う気持ちが揺らいでどうする。ここは今まで悪戯されてきた恨みとか何とかまとめて込めて、
「ええい、大奮発で十個でどうだぁ!!!」
「あううううううううっ!!!」
 ダメだ、十個はちょっと、食べきれるかどうかなんて些細な事で空腹のお腹が肉饅の迸る肉汁を欲してたまらなくなるぅぅぅ!
「………ま、まあ、過ぎたことだし。ミッちゃんにはお世話になってるし。記憶にないし。ミッちゃんだからどうしてもって言うんなら許してあげない事も無いんだけど……」
「よし、話は決まりィ!」
 しくしくしく……乙女の純潔(?)よりも肉饅を取っちゃったよぉ……でも、どうせミッちゃんのことだから謝っても口先だけだろうし、肉饅を奢ってもらえる分あたしにもプラスがあるんだから、ここは大人の余裕とかそう言うので笑って許しちゃえば……
「んじゃ、たくや君が五個であたしが五個ね。神様曰く「お前の物は俺の物。生かさず殺さず半分取り」ってね」
「………サギだぁぁぁああああああっ!!!」
「やーねー人聞きの悪い。あたしはもちろん最初っから二人で食べる肉饅の数を言ってたつもりヨん♪ 一人で十個も食べれるはず無いし〜♪」
 そりゃまあ一般常識的にはそうなんだろうけどさ、そうなんだろうけどさ……あ〜ん、ミッちゃんに騙された〜〜〜!!!
「んじゃま、積もる話もある事だし肉饅屋さんにレッツゴー♪」
「ミッちゃん肉饅十個〜〜〜!!! 食い物の恨みは恐ろしいんだぞぉ! 特に今のあたしはお腹がすいてて結構イラついてるんだからね!」
「まあまあ、そう怒らないで。たくや君はもうおっきなのを二つも持ってるんだから十個も必要ないでしょ?」
 そう言って、みっちゃんはあたしのたわわに膨らんだ胸を指差す。
「こ、これは自前! 肉饅じゃないもん!」
「ニャハハハ♪ やっぱりたくや君をからかうのってタノシ〜♪」
 満面の笑みを浮かべて逃げていくミッちゃんにムッと不快の視線を向ける。
 それから大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。それから顔を上げると、
「待ちなさ〜〜〜い!」
 全身の激痛を無視して、人をからかうように揺れる二本の三つ編み目指して突進してしまっていた。



「さーさーさー、食ってくれ! 俺のおごりだ、お代は要らないよ!」
 ―――と言われて、山盛り肉饅を三皿も出されても困るんですけど……一応あたし、空腹感以外はまだまだ病み上がりの病人ですし。
 あれこれありはしたけれど、結局ミッちゃんには追いつけず、痛みと疲労でヒィヒィ言いながらこんな時でも屋台を出してるいつもの肉饅屋さんに辿り着いたあたしを待っていたのは、さすがに食べきれないでしょうと言うぐらいに大量に蒸しあげられた肉饅の山だった。……が、どんなにおいしそうな香りも、ここに来るだけで精も根も尽き果てたように疲れきったあたしのお腹には、なかなか受け入れがたいものがあった。
「あっれ〜。たくや君、食べないの? もったいな〜い。……と言うわけであたしが責任を持って全ていただきます。わ〜い♪」
 ―――もしかして、ミッちゃんが肉饅食べたいだけの為にはめられてない?
 ちゃっかりあたしの横に座ったミッちゃんは、今日も暑いというのにホカホカの肉饅に手を出しては次々と平らげていく。
「あたしの分は……」
「心配しなくてもたくや君の分まで食べないって。五個でしょ?」
 ―――少なくとも今ここに二十個以上あるんですけど。ミッちゃん、あんたはその余分な肉の付いてない体でいったい何個食べる気だ!?
 こうなったらあたしもうかうかしてはいられない。目が冷めて最初に飲んだスープはもう胃の中に残っておらず、一つ食べればすぐ次に手を伸ばし、それでも満たされない食欲を満たそうと三つ目四つ目、そして五つ目まで一気に完食してしまう。
「いや〜、さすがは街の英雄様だ。食べっぷりも気持ちがいいねぇ! はい、追加お待ち!」
 ―――ウッ……まだ食べれはするけれど、食べても食べても減るどころか増えていくってのは精神衛生上、あまりよろしくないような…………行くところまで行くか!?
 底なしの食欲を満たすためには多少の体重増もやむ無しと覚悟を決めたあたしだけれど、六つ目に手を伸ばしかけて先ほど肉饅屋のおじさんが言った言葉が気になってしまう。
「街の英雄って……あたしが?」
 さっきも神殿の中庭でそんな扱いを受けたけれど、もう街中にも広まってるの!?
「へへん。衛兵の連中はこそこそ隠してるようだけど、オレっちにはちゃ〜んと分かってるぜ」
「ばらしたのはあたし。肉饅三つで」
 ―――じょ、情報をそう言う形で売るのはどうかと思うけど!?
「実は俺、スラムのとこで立て篭もってたんだけどな。早々に気絶してのびちまってたんだよ。そこで何かと事情に詳しいこっちの僧侶さんに教えてもらったんだよ」
「安心していいわよ。とある冒険者が悪の魔道師を追い払ったって噂は流してるけど、まだまだたくや君へ辿り着くほどじゃないから。今のところは麗しきプリーストの乙女の助力で悪の魔法使いに戦いを挑み、あわや純潔を奪われようとして、ああ、ダメです、私には心に決めた恋人が〜!」
「………ミッちゃん、それなに?」
「実演、街の勇者様の冒険譚。その内―――」
 そこで言葉を区切ると、肉饅屋のおじさんに聞かれないように唇をあたしの耳へ寄せる。
「その内娼館の舞台の演目に加えようと思って」
「………えええええええっ!?」
「声が大きいって。ま、別に忠実にたくや君がどうやってエッチされたかってのを再現するわけじゃないんだし、娼館再建のためには今のうちから色々考えなきゃいけないしね」
 ―――そっか。娼館は地下二階を残して全壊だもんね……アレだけ大きな建物を建て直すのって、お金掛かるんだろうな〜……
「仕事用のドレス、貴金属、店の売り上げ、その他にも手ごろな大きさの金目の物は全部地下に退避させておいてよかったわよ。あそこの頑丈さって不必要なぐらいに堅牢だから」
「地下って言えば……あの一番下の部屋、なんかスゴかったね。一時間が一日になるなんて」
 娼館に避難したとき、静香さんや綾乃ちゃんと一緒に落とされた部屋の事を口にすると、ミッちゃんはつまらなさそうな表情を浮かべて肉饅を一口かじる。
「ああ、あの部屋ね。もう使えないのよ」
「使えないって……なんで?」
「ん〜…色々と理由はあるんだけど、まず魔力を溜めないといけない。次使えるようになるまで、ざっと十年は掛かるからね。フジエーダは魔力の多い土地柄なんだけど、それでもそんだけ掛かるから、商売になんて使えるはずないでしょ。たくや君たちが初使用だったんだし」
「そのおかげで十分休めたけど……いや、休めてないか」
「どっちなのよ。はっきりしないわね〜」
「あはははは……」
「ま、何があったかは聞かないけど。あの部屋も一応は娼館の一室だしね。だったらすることは一つしかないし」
 あうう……ミッちゃんがニヤニヤしながらこっち見てる。わ、話題を変えないと……
「そ、そう言えばあたし、オーガを捜しに来たんだ。ミッちゃん、オーガを知らない?」
「………オーガ?」
 問い返してきたミッちゃんに頷きで返事をすると、何故かミッちゃんの表情が険しいものになる。
「う〜ん……今はやめといた方がいいんじゃない? あいつもさ、夜になったら神殿で睡眠取ってるし、会おうと思えばその時でも……」
「なんか会わせたくなさそうに感じるんだけど……」
「―――正直に言うとそう。たくや君、あの「鬼」に会うの、今はやめときなさい」
 ミッちゃんの口から出た「鬼」と言う言葉に違和感を覚えながら、どうして会ってはいけないのか問いただそうとした時だ。

「お前なんか死んじまえ!」

 ―――なに、今の怒鳴り声。この近くだったけど……
 席を立ち、テーブルの置いてある屋台の裏から出て声の聞こえてきた方を捜して視線を走らせる。
 街の建物の多くは現在修理中だ。木材で足場を組み、先ほどまでは金槌で釘を打つ音やノコギリを引く音が始終聞こえていたはずなのに、今は修理に携わっている人も、それ以外の人も、ある一箇所へと視線を向けて事の成り行きを見守っている。
 その視線を追ってあたしも顔を向ける。するとそこには、神殿で再会したオークのように全身を大きな布で覆っている巨躯を見つけることが出来た。
 ―――間違いない。あれがオーガ……いや、鬼神だったけ? でも、この街の様子は一体……
 人々が見つめているのは間違いなくオーガだ。けれどそのオーガを見つめる目の色が普段とは違う。おびえているようにも見えるけれど、これは……怒り?
「なにやってやがんだモンスターがよ! ここにはお前等がいちゃいけねェんだよ。わかんねぇのか、オラァ!」
「―――!?」
 男が手にした金槌で鬼神の頭を殴りつける。その拍子にボロ布をかぶって隠していた頭部が露わになり、二本の角に白い硬質の面で隠した顔が露わになる。
 ―――それは確かに人間の住む街の中では異質な姿なのかもしれない……けれど金槌で殴るなんて!
「たくやちゃん、あの野郎のこと、何か知ってるのか?」
 思わず飛び出そうとしたあたしを引き止めるように投げかけられた問い。口にした饅頭屋のおじさんは足を止めたあたしの前へ移動すると、複雑な表情を顔に浮かべた。
「………だったらやめときな。あんな野郎の事は忘れた方がいい」
「え、ちょ……なんで!?」
「………俺たちの街はな、あいつ等に潰されたんだぜ」
「あっ………」
 思わず自分の口を押さえてしまう。
 気付かないはずが無い。……それなのにあたしはその事を考えていなかった。
 広場に集められた援助物資。
 街中から響き渡る修理の音。
 そして……今にして思えば、綾乃ちゃんが神殿の中へとモンスターを引きとめていたのも、こういう嬢強打と言う事を知っていて、それをあたしに言えなくて……
「住人たちが避難していた砦から戻ってきた後、そりゃーひどいもんだった。……モンスター狩りだ。ほとんど死んだらしいが、まだ数匹ゴブリンとかコボルトが残ってたんだけどな。それを避難場所から戻ってきた連中は追い詰めて殺したんだ。しかも一思いに殺さない。逃げられないように足の健を切り、一人一太刀、順番に切りつけて行くんだ。拷問でもない。なぶり殺しだったよ」
 その時の事を思い出したのか、饅頭屋さんは頭に手を当て、掻き毟るような仕草で額から顔へと手の平を下ろす。
 ―――おじさんはその光景をどんな気持ちで見ていたのか、あたしには分からない。
「正直、あれには付いて行けなかった。―――けど気持ちは分かる。家族を殺され、友人を殺され、恋人を殺されたってヤツはこの街にはごまんといるんだ。俺だって運が良かっただけで、この街を守るって一緒に入隊した連中なんざほとんど生き残ってやしねえ」
「……………」
「遺体すらない奴も大勢いるぜ。そう言うのは食われたんだってもっぱらの噂さ、アイツにな」
 あたしに体を向けたまま、罵倒の言葉を浴び、蹴り付けられている鬼神を親指で指差す。
「オーガは死んだ人間を食うって話だし。誰に言われるでもなく建物の修理を手伝っちゃいるけど、街の連中からしてみれば八つ裂きにしたいってのが本音じゃないかい」
 言葉にして少しは胸のつかえが取れたのだろうか、肉饅屋のおじさんは胸の奥に溜まっていた空気を大きく吐き出す。―――けれどあたしは逆だ。話を聞けば聞くほど、胸の奥に吐き出せない、抑えられない感情が込み上げてくる。
「あのでっかいのも馬鹿だよ。なに考えてるのか知らないが、街の連中の神経逆なでするだけだってのに毎日毎日建物の修理を手伝いに来てやがる」
 ―――それはきっと、あたしの代わりに街の人を助けようとしていたんだと思う。あたしなら……きっと起きてれば、なにかしていたはず。それを代わりに……
 鬼神は殴られ続けていた。
 その気になれば瞬殺することも容易な相手だ。それなのに、無抵抗のままに何度も何度も硬い金槌で殴られる。
 その姿をよく見れば、身にまとう布はオークのもののように土汚れでボロボロなのではなく、何箇所もほころび、引き裂かれている。―――この一週間の間に、今日のようなことが何度もおきたのはすぐに分かってしまう。
「なんだ、その目は。ああぁん? 俺も殺すのか? 殺したいのか?―――上等じゃねェか! だったら俺がお前を殺してやるよ!!!」
 連続して響く打撃音。金属製の金槌は容赦なく鬼神の頭部を殴りつける。
「どうしたどうした。その四本腕は飾りか!? おら、なんかしてみろよ。そらァ!!!」
 柄の短い金槌で背の高い鬼神を殴り続けるのに疲れた男は手近にあった角材を持ち上げ、両腕で抱え込む。人の身長より長い木材を勢いをつけて振り回して鬼神を殴りつけようとするけれど、ボロ布の下から現れた太い腕がそれを容易く受け止める。
「―――――――」
「ヒッ……!? や、やるのか、やるのかコラァ!!」
 鬼神が動きを見せたことでたじろぐ男。けれど木材を手にした鬼神は何事もなかったかのように、修理に使われる木材を元あった位置へと置きなおした。
「………ッの……舐めやがってェ!」
 ―――マズい。あの人、今度はハンマーを……!
「あ、たくやちゃん、待てって!」
 無視される形になった男は怒りで顔を紅潮させ、長柄の大金槌を頭上へと振りかぶる。
「ダメェ――――――!!!」
 おじさんの横をすり抜け、体を前へ。
 間に合わない……あたしと鬼神の間には通りを横断しなければいけないだけの距離があり、どんなに声を先行させても、振り下ろされようとしているハンマーを止める事はあたしには出来ない。―――その時だ。
「――――――ッ!!?」
 やめさせようと迸る声。
 少しでも早く辿り着こうと伸ばす腕。
 そして……そんなあたしの意思に呼応するように手の平に魔力が収束し、撃ち放たれた。
 ―――この感覚……あの時の!?
 体のどの部分よりも前へ出た魔力は普段のあたしの魔力には感じられない黒い色をしていた。
 ―――そういえば、デーモンの精液を体に浴びたから……
 決して禍々しいものではなく、黒大理石のように輝きを持つ純粋な黒。その魔力がサキュバスへ変身した時に感じた魔力と同じものだと気づいた時には、放たれた魔力は大金槌の長柄を貫いていた。
「う…うわぁぁぁああああああっ!!!」
 棒切れと化した大金槌を放り投げた男はそのまま腰を抜かし、悲鳴を上げる。
 これには静観を決め込んでいた人たちまで驚きを隠せないでいた。あたしが覚悟を決めてゆっくりと歩を進めると、周囲から視線が集まってくるのをイヤでも感じてしまう。………しかもおびえ混じりの視線では、明るい気分になれるはずも無い。
「大丈夫だった?」
 だけどそんな視線を一身に浴びながらも、あたしは迷う事無く鬼神に声をかけた。例えそれが、あたしと鬼神の関係性を回りに知らしめる事になっても、だ。
「ごめんね。あたし、ちょっと起きるの遅かったかな。あはははは……」
 ―――ダメだ。笑顔が引きつる。この状況じゃ笑えないよぉ……
「本当に…ゴメンね。痛かったでしょ、叩かれたとこ。見せてみて」
 あたしがそう言うと、鬼神は片膝を付き、まるで騎士が王様かお姫様へ忠誠を誓うように頭を垂れる。
 手を伸ばし、鬼神の頭部の様子を確かめる。幸い血が多少にじんでいる程度で、それほど大きな怪我ではないようだ。鬼神の頑丈さに感謝しなくちゃ。
「街の人へはあたしが説明しておくから。あなたは魔封玉の中へ戻って怪我を治して」
「……………」
「反論は許さないわよ。これ以上……無理して傷つかなくてもいいんだから」
「……………御意」
 怪我をしている場所に手を当てると、全身が光に包まれた鬼神が紅玉石の魔封玉へ姿を変える。それを握り締めてあたしの「中」へしまいこむ。………そして振り返った時、あたしの後ろには小さな女の子が立っていた。
「え……えっと……これはその……」
 ずっと我慢し続けてくれていた鬼神のためにも、まずは街の人の誤解を解かなくちゃいけない。
 悪いモンスターじゃない。話せばわかるんだって。―――誠意を込めて話せばわかってもらえる……と、あたしは勝手に思い込んでいた。
「あの……お嬢ちゃん、あのね、さっきのは鬼神って言ってね、悪いモンスターじゃ……」
「………悪魔」
 女の子が声を絞り出す。
 涙をこらえているような、震える声。……その言葉に込められた思いに、あたしは動きを止めてしまっていた。
「………返して」
 女の子が振り上げた小さな手には、水の女神の聖印が握られている。それでパシッパシッと、あたしの体を叩き始めた。
「返して……お父さんを返して。お父さんを返せェ!!!」
「えっ、ち、違う。あたしは……」
「返して! 返して! 返してぇぇぇ!!!」
 そんなの、あたしが返せるはずが無い。……この子のお父さんが戦いで命を落としたとすぐに気付いた。
 火が付いたように泣きじゃくりながら何度も聖印を叩きつけてくる。その聖印に父親の無事をどれほど祈ったか……そしてそれが裏切られたときの悲しみまでは、とてもあたしには分からない……安易に分かっちゃいけないものだ。
「返して、お父さんを…お父さ………ウワァァァアアアアアアッ!!!」
 父親を帰してはくれなかった聖印が女の子の手から落ち、大きな鳴き声が通り中に響き渡る。
 ハンカチは……ない。だけど女の子を泣き止ませてあげたくて、膝を突き、視線の高さをあわせて顔を覗き込もうとすると、いきなり別の女の人が女の子との間に割り入ってきた。
「お…お願いします……この子だけは…この子だけはお許しを……」
 女の子を抱きかかえてあたしからかばおうとする行為を見れば分かる。……女の子のお母さんだ。
「あ、あたしはなにも……」
「お願いします…お願いします…お願いします…お願いします………」
 ―――違う。あたしは何もしていない。なにもひどい事なんて、してないのに……
 母親は震える背中をあたしに向けて懇願の言葉を繰り返す。それはただ、いもしない悪魔におびえ、あたしの事を一切見ようとはしてくれない拒絶のように感じられた。
 そんな母娘にどうやって声をかけたらいいか迷っていると……突然、あたしの後頭部に衝撃が走った。
「ッ………!!」
「こ…こいつは魔女だ! こんな小さな子まで殺そうと言うのか!!」
 ―――違う……あたしは…ただ……
 衝撃で意識が飛びかけたあたしは、そのまま地面へ倒れ伏す。
 視界の端に、木の棒を振り下ろした男の姿が見える。先ほどまで鬼神を殴りつけていた男とは別の人だ。
「早くその親子を安全なところへ!」
「このやろう、よくも、よくも!」
 ―――あたし……今は一応「野郎」じゃなくて女の子なんだけど……ッッッ!!!
 他の人に抱きかかえられ、子供と一緒にあたしの傍から離れていく母親はついに一度もあたしを見ることなかった。そして、入れ替わりに地面の高さのあるあたしの視界を埋め尽くしたのは、土まみれの靴と……爪先に蹴り上げられた腹部の苦しさが見せる赤い火花だった。
「苦しめ。苦しめェ! 俺たちの苦しみを少しでも味わいやがれ!」
「そら! 女だからって! 容赦すると! 思ってるのか!」
 ―――違う。あたしは……違うッ!!!
 ただでさえ激痛が駆け巡っている体に次々と爪先が、踵が、木の棒が打ちつけられる。
 背中を踏みつけられ、頭を踏みつけられる。口の中に土の味が広がったかと思うと、無理やり引き起こされ、顔を殴られ、また地面へ倒れこむ。
 痛みと苦しさと酸欠で声が出ない。違うと、あたしは違うと必死になって叫ぼうとしているのに、喉からはお腹から押し上げられた空気しか出てこない。
 頭を蹴られて意識が飛ぶ。そして殴られてすぐに目が覚める。そしてすぐに意識が飛ぶ。
 ―――なんであたしが…こんな目に………!
 一瞬、全身から黒い魔力が沸き起こる。魔力を放てる今のあたしなら、一方的に攻撃される事はないと、頭の奥で誰かが喚きたてている。
 でも……それだけはできない。
 あたしが街の人を傷つけてしまったら、鬼神が耐えてくれた事の意味がなくなる。そしてそれは……あたしが佐野を追い払うためにしてきた事の意味をも失ってしまう。
 ―――そんなこと……望んでしたわけじゃないんだけど………
「し、死んだか?」
 ―――冗談……まだ…生きてるわよ……
「〜〜〜〜〜〜〜! 死んじまえェ!!!」
 あたしがわずかに身動ぎしただけで、頭を蹴り飛ばされる。………正直、魔王になって少し頑丈になった自分の身体が恨めしい。いっそ殺してくれれば……
 一思いに殺された方がマシだと思った拍子に、さっき饅頭屋のおじさんが言っていた言葉を思い出してしまう。
『一思いに殺さない。拷問でもない。なぶり殺しだよ』
 ―――やなこと……思い出しちゃったなぁ………
 頭への一撃で、あたしに意識は完全に切れようとしていた。もう指一本動かせないほどボロボロにされたあたしは、取り囲む男の一人の爪先で仰向けにされる。
 ―――視界が赤い。……いや、紅い。
 目に血がにじむ。まるで今見ている世界が別世界のように思え、あたしの身体へと伸びてくる無数の腕が現実とは思えない、どこか作り物の映像めいているように感じられる。
「………ヤッちまうか」
「………そうだ。俺たちの苦しみはこんなものじゃない」
「………犯せ」
「………犯せ」
「………犯せ」
 誰かの唾を飲む音が聞こえた。――次の瞬間、十を越える数の手に鷲掴みにされたあたしのシャツは下着ごと強引に引き裂かれ、アザだらけにされた胸の膨らみを露わにさせられてしまう。
「おい、暴れないように押さえつけとけ」
「濡らさなくていいのかよ」
「そんなもん、これで十分だ」
 さすがにズボンは引き裂かれなかったけれど、下ろされたら一緒だ。そして数人がかりで腕や肩を押さえつけられたあたしの股間へ身体を割り込ませた男は、濡れていないし口を開いてもいない秘所へ唾を吐き散らした。
「こいつは罪滅ぼしじゃねェ。お前は犯された後に死ぬんだよ。街中の人間で輪した後、その綺麗な顔をグシャグシャに潰して殺してやる」
「………………」
 ―――もう……何を言ってるのか聞こえなくなってきた……
「………、―――――ッ!!!」
 濡れていない秘孔へ、硬い肉棒が無理やり押し込まれる。いつも敏感すぎてすぐにドロドロになってしまうだけに、潤滑液の無い挿入は粘るような密着感と強烈な摩擦で激痛に近い。意識を失いかけているのに、腰が跳ね、まだ声が出せないのに唇を大きく広げてしまう。
「唇にも欲しいのか? この淫乱魔女が!!!」
「――――――――――ッッッ!!!」
 仰け反った頭を押さえつけられたかと思うと、強烈な汗と尿の臭いを放つ別の男根が唇へ捻じ込まれる。
 まるで串刺しにされた気分だった。上としたから同時に太いものを咥え込ませられ、喉の奥と膣の奥を乱暴に突き回される。まだ濡れていないヴァギナなど気にせず、むしろ楽しむように肉棒を擦り付け、鼻の奥に突き刺さるような刺激臭を放つペ○スを何度も唇へと突き立てて来る。
「んぐッ……ンッ、ンゥ……ンッ!……ンンンッ!!!」
「チッ、もう濡れてきやがった。さすが魔女は淫売だな。こうやってモンスターを従えてたんじゃねぇのか」
「なんだよ。こんなかわいい顔してヤリマンか? だったら遠慮なんていらないなァ!!」
「モンスターのチ○ポをはめてたマ○コなんて気持ち悪いけどな。そら、人間様に犯してもらえるだけありがたく思いな!」
「んグゥゥゥ!! ンッ、うぇ……んゥ、んぅ…んむぅうううっ!!!」
「うっ……やべ、出るッ!!!」
 鷲掴みにされた髪の毛が引きちぎれそうなほど激しく腰を振り、あたしの唇を犯していた男はあっさりと絶頂に達した。今の生活に抜くとか抜かないとか、そういった余裕は欠片も無いのだろう。一度あたしの喉の奥の壁を擦り切らんばかりにペ○スの先端をグリグリ押し付け、嗚咽を漏らして苦しむあたしを見下ろしながら唇から男根を引き抜く。そして―――
「いやぁあああああぁぁぁ!!!」
 あたしの顔へ白い汚物が降り注いだ。粘つき、臭いのキツい精液は跳ねあがる先端から次々とあふれ出し、あたしの鼻や頬をなんども叩く。ドロッとした精液の臭いが鼻の奥へ流れ込むと、あたしはいやおう無く犯された事を実感させられてしまう。
「おら、休むんじゃねえっ! さっさと口を開けろ!」
「――――――!!!」
 一人目の男がまだ放出している途中で、次の男があたしの顔を無理やり横へ向け、荒い呼吸を繰り返しているあたしの唇へ新しい屹立を捻じ込んでくる。
「分かってんのか? お前、今犯されてるんだぜ。それなのによォ、こんなにいやらしい体しやがって!」
 あたしの口の中でペ○スが暴れ、頬の内側を擦りあげる。吐き出したくても頭を押さえつけられてどうする事も出来ず、涙を流しながらこの凌辱を耐える。一人目の男の精液が耳たぶや首筋に降り注ぎ、肌を侵食するようにうなじを伝い落ちる感触のおぞましさに身震いしていると、今度はあたしの胸にまで手を伸ばされ、けられた跡の付いている膨らみを乱雑に揉み潰されてしまう。
「なんだコイツ…胸揉まれたら締め付けがキツくなってきたぜ。やっぱり魔女だな。かなりのスキモノだ」
 ―――そんなの…違う。もうやめて。あたしは魔女でもなんでもないし……あたしは……あたしは………!
 どんなに強く思っても、口を塞がれは言葉に出来ない。
 下半身に男が腰を叩きつけると、ビクンッと反射的に震えたヴァギナが子宮を突き上げるペ○スを締め付けてしまう。
 決して甘美ではない、ただ往復するだけの動き。くびれた腰をしっかりと掴まれ、ズボンを膝までしか下ろされておらず満足に動かせない両足を高く上げさせられた姿で男のほうへと何度も引き寄せられ、子宮口の付近をペ○スの先端でヒクついている射精口でなぞり上げられる。……それは、男があたしの膣内へ射精しようとする前触れだった。
 ―――中はやめて。こんな犯され方……もう…もう………!!!
 頭の隅で、魔力を放ってこの場から逃げ出そうと言う欲求が鎌首をもたげている。
 もうあたしを嬲る言葉を言う余裕すら失い、硬く張り詰めたペ○スを奥へと挿入することのみに没頭する男。強い日差しの下で休む事無く動き続け、汗だくになりながらも、目に狂気の光を浮かべて肉棒を深く挿入し、肉ヒダをめくり上げる。
 ―――……あたしは……どうすれば………
 恐かった。
 あたしを取り囲む男たちが、では無い。この人たちも恐いけれど、それより恐ろしいのは……この状況から逃れるために、力を解き放とうと考えているあたし自身に、だ。
 魔力を使える今のあたしになら、指一本で大の大人を吹き飛ばす事だって出来る。そうしたい欲求は男たちに嬲られるに従い強さを増し、体重を掛けた一突きがあたしの子宮を押しつぶさんばかりに捻じ込まれた瞬間、弾けてしまいそうになる。
 ―――…だけど……あたしは………あたしは…………!
「どうした? すすり泣くほど気持ちいいのか? そうだろうな、お前みたいな魔女を抱こうなんて男、いるわけが無いもんな。ははは、そら、出してやるよ、お前のクソマ○コに出してやるよ!!!」
「―――――――――――――ッッッ!!!」
 あたしの体がブルッと震えた。
 痛覚が麻痺したのか、徐々に抽送の痛みは感じられなくなってきている。その代わりに、娼館で何十人もの男に抱かれ、磨き上げられた肌に玉の汗が浮かび、汚いものを見る目で見られながらも胸を揺らし、痛み以外は過敏になりすぎているヴァギナの奥へとペ○スをいざないながら収縮を繰り返す。
「おっ、おっ…なんだ、これ……うッ、ツあぁ……!!!」
「ッ〜〜〜〜〜……!!!」
 口汚く罵ってくれた男も、最後はあっけなかった。あたしの膣から引き抜くことも、逆に最後の一突きをすることも出来ず、急速に収縮したあたしの膣道の中途半端な位置で精液を迸らせた。
 ―――熱…い……ッ! 痛い……痛い…よ……どうして…あたしは………
 無理やり犯され、膣内がどこか怪我をしているのかもしれない。男の精液が注ぎこまれるとヒクつく肉壁に染みて、あたしは涙を流してしまう。
 精液が噴射するたび、あたしの腰がビクッと震える。
 痛みは我慢できても反射的な動きは止められない。恍惚とした表情で精液をぶちまけた男は組み伏せるあたしの反応に自尊心を十分満足させてから萎えた肉棒を引き抜いた。
 ドロリとした精液が膣口からあふれ出す。熱い男の体液は突き出したお尻の谷間を伝い、アナルの窄まりをくすぐるように垂れ落ちていく。―――けれど、あたしの体はついに最後まで熱くなる事は無かった。
「クックック…なんだよ、犯されたのに声も出せないのか」
「汚らわしい……やっぱり魔女だ、あの女」
「あんな涙なんか見せてよ。嘘泣きだってバレバレだよ」
「いじめて欲しいんだろうぜ」
「ここにいる全員で輪したら、次は犬にでも犯させようぜ。クソ女にはお似合いだ」
 ―――…あたしは……どうして………こんなにも我慢しているんだろう。
 回りにいるのはあたしのことなんて何も知らない、無関係な人たちだ。そんな人たちに罵られ、汚され、どうしてあたしは何もしていないんだろう……
「………………」
 体に力が入らない。
 視界が赤い。
 度重なる暴行で神経は麻痺してしまい、次の男が膣内へペ○スを挿入したのに何も感じられなくなっている。
「たまんないなぁ。ザーメンで汚ねェけど、いい具合にヌルヌルになってやがる。おら、お前も腰を振れよ。チ○ポが欲しいんだろ? なあ!?」
「………………」
「何とか言ったらどうなんだよ、聞いてんのか!? チッ、このクソ女!」
 あたしの顔が右へ向く。何の反応も見せなくなったあたしへイラついた男の拳が頬へめり込み、返す拳で反対の頬も殴られる。
『―――――――――――――――――――ッッッ!!!』
 ―――ダメだよ。今出てきたら……周りの人を傷つけちゃう。
 あたしの中で外へ出ようと暴れる鬼神。魔封玉の中にいるのが鬼神一人である以上、もしモンスターを使ってこの場を逃れようとすればそれこそ大惨事になる。
「おい、次は―を犯そうぜ」
「首を絞め――ろよ。締りが良く―るって―――」
「―っ、女のく―にいきが―や―って―――」
 殴られながら犯されて、入れ替わり立ち代わり、あたしの中に男の精液が注がれていく。いつしか耳も聞こえなくなり、横を向いていた視界に写るのは、顔のすぐ横にある地面と、
 ―――あの、女の子……
 きっとあたしの姿は見えていない。もし見えていれば、その場にとどまっていられるはずが無い。
 ―――そう思うのは…あたしの勝手な思い込みか……
 あの子もあたしなんか死ねばいいと思っているのだろうか。父親を殺したのはあたしだと勝手な誤解を押し付けられ、あまつさえあたしが犯されているのも知らずにずっと見続けている……胸が締め付けられて、体以上に、心が痛い。
 これでいいはずが無い。
 あたしはただ、男に戻りたくて、知ってる人が傷つくのがイヤで、ただそれだけのために頑張ってきて、それでこんな目に会うなんて酷すぎる。
 ―――あ
 口からペ○スが引き抜かれる。そしてまた、臭いのキツい精液を浴びせかけられて別のペ○スを根元まで頬張らせられる。そのわずかな時間の間に、あたしの唇へ血の味が流れ込んできた。
 ―――このまま、終わりたくない。
 ただそれだけを願うと、負の感情に惹かれてあたしの体から黒い魔力が噴き出そうとする。そして、
『間接的にとは言え、それらの人々を救ったと言う事、忘れんようにの』
 衛兵長があたしへ言った一言が、魔力を放つのをぐっと押さえ込む。
 ―――あたしは……どうしたらいいのよ……
 いくら考えても答えが出ない。
 このままあたしは殺されるのを待つべきなのか、それとも街の人を傷つけてでも助かるべきなのか。
 どちらも選べない。だけど制限時間が刻々と迫っている。ただ、犯されながら考えて、結局思いついた答えは、結論とも呼べない、半ば自暴自棄になった考えだった。
 ―――あたしが、いなくなればいい……
 その考えに、あたしは笑った。……だけど少しだけ、力が沸いてきた。
「あ……しは………たし…は………」
 もう死んでいると思われていたのかもしれない。言葉を口にした途端、回りから驚きとざわめきが伝わってくる。
「あたしは……絶対…思い通りになんか―――」
「こ、こいつ、いい加減にしやがれェ!!!」
 誰かが声を上げ、大きく腕を振り上げた。その手には長い木の棒が握られていて、それはまっすぐあたしの頭へと振り下ろされた。
 ―――けれど、それがあたしを打ち据える事は無かった。
「あんたたち、いい加減にしなさいよね!」
 ―――ミッちゃん、助けてくれるの、遅いって……
 僧衣をなびかせ、息を乱したミッちゃんが棒とあたしの間へと割り込み、振り下ろされる棒を両腕で受け止める。
「なんだおまグフッ!」
「なんだじゃないわよなんだじゃ!」
 何かいいかけた男は、ミッちゃんの言葉よりも先に飛んでいったアッパーでアゴを突き上げられ、そのまま地面へ倒れこむ。
「あんた等、自分が何してるか分かってるんでしょうね!」
 周囲を見回し、一括。とても女性僧侶とは思えない迫力に取り囲む男たちが怯むけれど、相手が女性のミッちゃんである事に気付くと、その顔に余裕の笑みが浮かび、
「そこ、反省足んない!」
 ゲフッとありきたりな苦悶の声を残し、別の一人が顔の真ん中に靴の裏を叩き込まれて蹴り飛ばされた。
「もうこれぐらいにしときなさい。さもなきゃ、あたしがじっくり神の説法ってのでここにいる全員を真人間に大更正させてやるからね!」
「うるせェ! そいつには何人も街のヤツが殺されたんだ。許すも許さないも――」
 言葉の途中でまた一人、鼻の骨を蹴り折られる。―――ミッちゃん、かなり容赦ないな。
「さっきから聞いてればワーワーギャーギャー。なに、たくや君がモンスター助けたからあんた等の知り合いを殺したって言うの?………バッカみたい。自分より弱い人間に罪を被せて鬱憤晴らしがしたいだけでしょうが。このたくや君はねぇ!!」
「ミッちゃん……もういい………」
 何とか手を伸ばし、ミッちゃんの僧衣の裾を引く。
「なッ!?……たくや君、何遠慮してるのよ。こいつ等、自分の不幸を他人に押し付けて幸せ気分に浸りたいだけじゃないの! 見てなかったの。単なる自己満足のためだけにたくや君を殴って蹴って、その上―――!」
「いい…あたしはいいから……だからもう……ね?」
「〜〜〜〜〜……!!!」
「ここで……あたしが文句言ったって…何にもならないよ………」
「………たくや君のお人よし」
「うん……時々、自分でもそう思う」
「その気になれば、あんな奴等まとめて吹っ飛ばせたくせに……本当に馬鹿なんだから」
 文句を言っては来るけれど手を差し出してくれたミッちゃんの優しさに甘え、何とかして立ち上がる。
「言っとくけど、あたしはあいつ等を許したわけじゃないからね。この街の人間だから顔も名前もちゃんと知ってるし、今この街には軍隊だってやってきてるんだから」
「あはは……ごめんね」
「いいよもう。ま、肉饅奢ってもらったお礼って事でね」
「………そだね」
 まだ精液が溢れる秘所を拭う事もせずにズボンを引き上げ、もうボロ切れとしか言いようの無いシャツの残骸を掻き合わせる。
 さすがに一人じゃ歩く事も出来ず、ミッちゃんに肩を貸してもらいながら水の神殿へと向かい始める。
 もう誰もあたしへ近づこうとしない。街の人たちは困惑の表情を浮かべ、あたしが去るのを黙って見つめてくるだけだ。―――それは、あたしを最初に「悪魔」と呼んだ女の子も同じで、かばおうとする母親の脚にしがみつき、涙の浮かんだ目でこちらを睨みつけていた。
「………こういうのって、やっぱりヤダね」
「あったり前でしょう。なに考えてんのよ、たくや君は」
「うん、ごめん。………それでね、一つ聞いて欲しい事があるんだ」
 あたしの声はミッちゃんにしか聞こえないぐらいに小さい。だけどあたしはここにいる全ての人に聞かせるような気持ちで言葉を搾り出した。

 ―――この街を出ようと思うんだ。明日には。

 後ろを振り返れば、女の子はあたしをまだ睨み続けている。
 その視線は、この街にあたしがいてはいけないと言っている様な気がした。


stage1-エピローグ 04