stage1「フジエーダ攻防戦」31


「―――――ット、まだ目を覚まさないのぉ〜? ルーミットってばぁ〜」
 肩を揺さぶられる感覚と、最近呼ばれていない忌まわしい名前とで、まどろんでいたあたしの意識が少しずつ目覚めて行く。
 なんか……体がだるくて気分が悪い。息をすれば胸の奥から吐き出される汚臭に眉をしかめ、息を止めればその臭いが鼻の奥にまで充満してしまう。起きて早々にかいだ臭いがこれとは……あまり気分がいいものじゃない。
 目を開けるよりも先に嗅覚がはっきりしたのは、この臭いの強烈さゆえ。次にはっきりとしてきたのは肌の感覚。どうやらどこかに座ったまま眠っていたらしく、背中とお尻とに石のような固くて冷たい感触が……と、そこでようやく回り始めた上味噌がある事を思い出した。
 ―――あたし、ベッドの上で寝てなかったっけ?
 どうして石の上で、しかも座り込んで寝てるんだと、その理由を知りたくて最後の記憶を何とか引っ張り出してみるけれど……ダメだこりゃ。何をしてたかがかなり曖昧で、いつ寝たのかもよく覚えていない。
 なにしろオーガと獣人のポチと…なんて言うかその………猿にラッキョウを剥かせるが如く、すればするほどSEXにのめりこんでいく二匹の獣に際限なく犯されて、あたしの意識は飛びっぱなしでして……あ〜、まあ、あの大きさのものをお尻に入れられなかっただけでもギリギリセーフかな? いや、もう既に手遅れだ……
「………んっ」
 とりあえず起きよう。目を開ければここがどこだか分かるだろうし、遠くからあたしを呼びかけている人がいるような気がしないでもないし。
「っ……っう……あったまいたぁ………」
 あ〜…こりゃ最悪の目覚めだ。まぶたが開いた途端、極太の針を突きたてられたような痛みが頭を貫く。
 どうせなら、痛みが引くまで眠っていたかった。それでも一度目覚めた意識はすぐに眠る事を許してくれはしない。
 ―――ったく。あたしを起こそうとしてるのはどこのどいつよ!
 今ならちょっぴり魔王になってもいいかな〜…と八つ当たり気味に考えつつ目を開ける。―――すると何故か、あたしの顔はねっとりとしたものに覆われていた。
「―――――――――ッッッ!!!」
 心臓に悪い……頭から血を流して倒れてたのならまだ分かるけど、ドロドロの精液垂れ流しって言うのはちょっと……命に別状は無いけど、卒倒しそうな気分だ。そうすればこれは悪い夢ってことで―――
「あ〜、やっと起きたわねぇ。王女様たちはもう起きてお風呂入っちゃったわよぉ」
 ………どうやら、このベトベトは夢ではなく現実と言う事らしい。秘孔を通り抜ける青臭い精液集に眉をしかめながら顔を上げると、金色の髪が特徴的な先輩娼婦が心配そうにあたしの顔を覗き込んでいた。
「ぅ………ここ……どこ?」
 吐き気がひっきりなしに込み上げてきてるけど、もし吐いたら、想像したくないぐらい真っ白い液体を戻しそうだ……それを何とかノドの奥へと飲み下すと、額に張り付く前髪を掻き揚げながら回りを見回した。
 回りといっても、あたしがいるのは一メートル四方も無い狭い部屋だった。目の前には部屋の幅と等しい扉――扉に等しい部屋の幅と言うのが正しいのかもしれない――があり、その向こうからは太陽ではなく、カンテラやランプの赤い火の灯りが差し込んできている。
 これほど狭い部屋……物置でなければ、心当たりは一つしかない。
「あたし……地下から戻ってきたの?」
 ふらつく頭を抑えながら口にした言葉に、何故か嬉しそうに笑っている先輩娼婦が答えてくれる。
「ん〜、半分正解かしらぁ。戻ってきたときは上から降ってきたんだものぉ」
「降ってきた?」
「そうよ〜、あそこから〜」
 指差された天井を見上げてみるけれど……そこにあるのは天井だけで、穴の類はまったく見当たらない。明かりが足りなくて見えづらいと言うのもあるけれど……それを言えばあたしの足元も、最初に落とされた落とし穴の痕跡がまったく無い。触っても叩いても、下には石と土ぐらいしかないと言う固い感触が返ってくるだけだった。
「ど…どうなってんの?」
「それは後で説明してあげるから、まずはお風呂に入ってねぇ〜」
「え、風呂……って、ちょっとぉ!?」
 あたしの返事も待たず、体に大きな一枚布を被せられる。
 頭も視界もすっぽり覆われたまま手を引かれて何処かへと連れられていく。―――狭い部屋の外は娼婦の地下に設けられた秘密の避難所だ。モンスターに襲われた地上から逃げ込んだ人が大勢いる。そんなところへ全裸+精液まみれの「陵辱されたてでござい」と言う姿で出ていくのは恥ずかしいではすまされない。ちょっとしたパニックが起こる可能性もある。それならこの扱いも納得は行くけれど…ちょっとあれだ、せめて人の話を聞いてくれるか説明をちゃんとしてくれたらありがたいんだけど。。
「お連れさんは先に入ってるからねぇ。あんまり時間内からさっさと入ってねぇ〜」
「だからまずは事情の説明をして欲しいと思うんだけどって言ってる間に裸にしないでぇ〜〜!!」
「グダグダ言ってないでパーっと裸の付き合いしてらっしゃ〜い♪」
 だから何でそんなに嬉しそうなんだ!? そう突っ込む暇すら与えてもらえず、強制的に再び素っ裸にされたあたしは脱衣所へとの中へ蹴りこまれる。そして背後で慌しく戸が閉まると、ちょっとした寂しさが押し寄せてくる。
「………ま、避難場所でちゃんとお風呂が入れるだけでもラッキーと思わなくちゃね」
 とりあえず熱いお湯があるなら全身をひたすら洗いたい。さすがにこれだけ精液の臭いをプンプンさせてると、あたしの鼻までバカになってしまいそうだ。
「まったく。二人掛かりで散々犯してくれちゃって……これで何にもなかったら承知しないんだからね」
 用意されていた清潔なタオルを手に取りながら、右手を握り、開く。すると手の中には赤と黄、二色の魔封玉が現れ出る。炎のような紅玉石がオーガ、太一の色をした黄玉石がコボルト…じゃなかった、犬系の獣人であるポチの魔封玉だ。
 とりあえず出してはみたものの、元気が無い。――と言う言い方もおかしいけど、それが一番ピタリと来る。普段なら感じられるはずの生命力がほとんど感じられず、魔物を封じてあるどころかガラス玉より価値の無い石に見えてしまう。それは恐らく、前にコボルトが調子を崩した時と同様に何らかの変化が起こっている明石だと、考えられなくも無い。
「……なんか犯り過ぎで寝込んでるだけっぽくもあるんだけどね」
 ああ、その可能性の方が高い……オーガもコボルトも、あたしが一応ご主人様だって言うのも忘れてガンガン突いてきたからなぁ……とほほ……
「ま、今すぐ使うわけでもないしね。今はやっぱり……お風呂だね♪」
 魔封玉を消し、何故か体を綺麗に出来ると思うと沸き起こってしまうルンルン気分で浴室の戸を開ける。
 そこで―――
「いっ!?」
「あっ」
「………?」
 あたしは失念していた先客様と鉢合わせして、入り口で硬直してしまった。
 ………そういえばお連れさんが先に入ってるって言ってたよね……
 いまさら思い出しても遅すぎる。けど、いつまでも風呂場の入り口に立ち尽くしているわけにもいかず、浴槽に並んで浸かっている綾乃ちゃんと静香さんに敵意が無い事を示す笑みを向けた。
「や。奇遇だね♪」
「………」
「………」
 しまった……ちょっとはずしたかな? あたしとしては何気ない風を装った一言だったんだけど……
 女性二人が入っている浴室と言うのは、男にしてみれば言わば聖地。覗き見る程度なら許されるが――もしあたしなら、まず許さない――、足を踏み入れるなど言語道断。下手をすればフリチンで軒下につるされようとも文句を言わせてもらえないほどの重罪が化せられてしまう。
 ―――とは言え、地下室では三人でこれ以上ないと言うぐらい体の隅々まで見られあったんだし、出来れば一刻も早く体を洗いたい。となれば、あたしの取るべき手段は一つ!
「いや〜、オーガもポチもあんまりよね。女の子なんだからもうちょっと優しく扱って欲しいって思っちゃうわよ。あ、ちょっとごめんね、お湯汲ませてね」
 さりげな〜く、自分が今は女の体である事を強調しながら何気ないふりを装う。おお完璧。これなら二人も特に意識する事無くあたしもお風呂に入れるはずだ。
 ………と、思ってたんだけど。

「いっ………いやぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 浴槽につけた手桶を綾乃ちゃんにひったくられ、それはそのまま顔面に。避ける事も出来ず鼻先にいい一撃をもらってしまったあたしは、首を仰け反らせながらその場にひっくり返ってしまう。
「何で先輩が入ってくるんですか! 早く、早く出てください! そんなの破廉恥すぎます!」
 いや、その、あのね、綾乃ちゃんには悪いんだけど………あたし、今から気絶するから。ガクッとね……




「―――はい、これでオッケ〜。それにしても災難だったわねぇ、女同士で悲鳴を上げられるなんてぇ」
「それもこれもあんたが招いた災難でしょうが! もっとちゃんと反省しろぉ!!」
「ごめ〜んねぇ〜♪」
 うわ、その笑みに何故か殺意を感じてしまう! ぜ…絶対狙ってやったでしょう、あんたって人はぁぁぁ!!……と声を大にして言えたらどれだけスッとするだろうか……とほほ……
 鼻の頭に絆創膏を張ってもらったあたしは用意してもらったダブダブシャツに下着だけの姿でテーブル前の木の椅子に腰を下ろす。なにか釈然としないけれど、地下の避難所でこれ以上大声を張り上げたら逆に非難されそうだ。
 どうやら、外の様子は何一つ変わりはしていないらしい。あたしが地下に落とされてから戻るまで丸一日は経過しているのに、この場所の人たちになんら変化が起こっていない事からの推測だけれど、なにか違和感が付きまとっている。
 ………変わらなさすぎてるから…かな?
 どうにも説明しづらい。女性や子供が大勢避難している娼館地下の大部屋を見回せば見回すほど、胸にわだかまる感覚はじわじわと大きくなっていく。
「静香さん、綾乃ちゃん、何かここ、変じゃない?」
「えっ………?」
 周囲に漂う雰囲気の違いを尋ねようと二人に声を掛ける。すると、一足早くお風呂を出ていた綾乃ちゃんは小さく体を震わせて、
「あ、あの……もうしわけありませんでした……」
 と、今にも消えてしまいそうなほどしょんぼりした声を出した。
「なんで謝るの?」
「だって……私…あの………先輩にひどい事を………」
「この鼻の事? 気にしなくっていいって。それにほら、あたしもノック忘れて入っちゃったわけだし、ひどいのはお互い様って事で、ね?」
 コホン………お風呂に浸かってる二人の裸体はしっかりまぶたに焼きついてるから、それなりにラッキーではありました。それに今は違和感の方が気になる……思い出したら今度は綾乃ちゃんたちの裸の方が気になって…あああ、あたしのなんてダメ人間!
「そ〜そ〜。悪いにはルーミットなんだからぁ、ぜ〜んぜん気にする事無いのよぉ」
 いや、あんたは反省した方がいい。――と、最初から気にしている様子など微塵も見せてない先輩娼婦へ心の中で突っ込んでおく。何気にあたしの心を見透かしたような発言でドキッとしたけど。
 それよりも、ここや外の状況を聞くなら綾乃ちゃんよりこの人だ。
「あたしたちを下に落っことしてる間に何も無かったんですか? ここ、戦える人っていなさそうだし、休ませるためとは言え、丸一日ってやりすぎだったんじゃ……」
「丸一日ぃ〜? ルーミットたちが下にいたのは一時間よぉ。そのぐらい平気だってばぁ〜♪」
「は?」
 そんなはずは無い。とっさにそう言い返そうとするけれど、何故か言葉がノドで引っかかる。
 ………何か隠してるな?
 フジエーダに来てからの付き合いとは言え、娼館で生活してればそれなりに顔もあわせるし話もする。それだけの機会があれば、相手が何を考えているか多少は分かるものだ。―――面白そうだからと言う理由で、何か重大な事を説明していなさそう…とか。
「さて……何か隠してることは無いかしら?」
 あたしは微笑みを浮かべて優しく語り掛ける。ただし、こめかみに青筋を立てて。
「そーいえば変な部屋だったわよね、あの地下室。そもそも、出口も何にも無い部屋からあたしたちは戻ってこれたのかしら? ああそうそう、あの狭い部屋が落とし穴になってるってのを知ってたんだから、当然どうしてかって知ってますよね? 知らなきゃ分かりませよね物置同然になってたんですから。さあ話してください。話さなかったら……」
「は、話さなかったらぁ…?」
「―――あたしと同じ目に会ってもらいます」
 ニッコリと生き地獄に近い刑を宣言すると、面白いことにしか興味なさ気だった先輩娼婦の顔が引きつり、こめかみに一筋冷たそうな汗が流れ落ちていった。
「もう、ルーミットってば冗談ばっかりぃ♪ ルーミットと同じ目って言えばぁ―――あ、わかったぁ。囚われのお姫様ごっことかぁ〜?」
「そうですね……まずはオークに犯されて、老人三人の玩具にされて三十人ほどの男の人と耐久エッチした挙句、トドメとばかりにオーガの……」
「ちょ、ちょっと待ってよぉ〜! そんなの、無理に決まってるじゃないぃ。オークって、と〜ってもスケベなモンスターなのよぉ〜?」
「ええ、知ってますよ。知ってますとも、はっはっは!」
 ―――いやはや、さすがにここまで悲惨な目に会ってきたとは思われてなかったらしいっぽい。笑みの表情は崩してないけど、顔が一気に蒼白になっていく。
「ま、少なくとも一番強烈なオーガならいつでも出せますよ。あたしの冒険者登録証、なんて職業が書かれてたか知ってます?」
 つい先日までスライムつれて歩いてたんで、「モンスターテイマー」と言う胡散臭い職業名をつけられている。そのはったりも効いて、あたしが赤い魔封玉を指に挟んで見せると、話は一気に現実味を帯びる。
「せ、先輩、あの、もう少し穏便にしてさしあげませんか? お、オーガさんは…その……」
「………アレ入れるの、ちょっと無理」
「えっとぉ…もしかして、オーガとかって本気の話ぃ?」
 経験者は語る。綾乃ちゃんと静香さんのおびえた表情は、いい塩梅で恐怖を煽ってくれている。
「あたしはウソなんて一言も言ってませんよ。あ、そーだ。せっかくだから下のお部屋でゆっくり体験してもらいましょ♪」
 正直に言えば、今はオーガを呼び出せないッぽいんだけど……ま、いっか。
「あ〜ん、わかったわよぉ〜。もう…別に隠すことでもないんだからぁ、その内はなしてあげるのにぃ……」
 元々自分が最初から事情説明しなかったのが原因だと言うことも忘れて、先輩娼婦が唇を尖らせる。
「あの地下の部屋はさぁ、ここに娼館を立てる時にギルド長が来て設計していった特別室なのよぉ〜」
「ギルド長って、娼館ギルドの?」
 そう、とうなずき返されて、あたしはフムと考え込んでしまう。
 娼館ギルドはその名のとおり、世界全土に点在する娼館の元締めみたいなものだ。まだ駆け出し娼婦のあたしじゃ詳しいことは分からないけど、昔は人買い同然に娼婦を集めたりしていた犯罪予備軍のような娼館を組織化し、娼婦や娼夫と言う職業の社会的地位の向上に努めたそうだ。現在では違法店の取り締まりや娼婦の技術向上とかに取り組んでいるらしい。
 いかにも胡散臭いギルドではあるけれど、その長となるとかなりの権力を有しているはずだ。そんな人物がなぜあんな部屋を……と考えていると、そのまま告げられた次の言葉にあたしはさらに驚かされることになった。
「詳しい事はわかんないんだけどぉ、あの部屋って「時の神殿」とかどうとか言ってさぁ〜」
「と……時の神殿んんん〜〜〜!?」
「そうなのよぉ〜。なんでもさぁ、その時えら〜い賢者さんが魔力を集めやすいからって娼館の地下に作らせたらしいのよぉ〜。でも使えるのは一年以上放ったらかしにして魔力を貯めなくちゃいけないしぃ、使える時間も短いしぃ、実はルーミットたちが始めて使ったのよぉ〜♪ なんかここに非難したときにテーブルの上にこれ見よがしに説明書が置いてあってさぁ〜」
「ちょ…ちょい待ち! え…っと……時の神殿? いや、まさかそんなはずはねぇ……」
「あの……「時の神殿」ってなんなんですか? 先輩には何か心当たりでも?」
 難しい顔をしえ考え込み始めたあたしに綾乃ちゃんが声を掛けてくれるけれど、返事を返すだけの余裕が無い。
 時の神殿……世間一般には知られていなくても、賢者や魔法使いが集うアイハラン村では、その意味が極々普通に知られている言葉だったりする。そしてそれは「不可能の代名詞」と言う別の意味も有していた。
 「時間を自在に操る」「並行世界への門」「完全死からの復活」「幻獣の召喚」など、魔法と言えども実現できないことが存在している。それは魔法が万能で無い証拠であり、幼児の頃から魔法を発動させる子も稀に存在するアイハラン村では「魔法が万能ではない」事がまず最初に教えなければならない事なのだ。―――まあ、魔法が使えないあたしには関係ないんだけど。
 そんな場合に時々引き合いに出されるのが「時の神殿」なのである。なにしろ……失敗例だけはそこらじゅうに溢れかえっているからだ。
 不可能とされることの中で最も理論的に実現可能性が高いのが時間の操作であるため、それに挑む賢者たちは大勢いる。けれどその数以上に魔力の暴走で爆発が起こったり空間が抉れたりする事故が発生し、それを子供に見せることが情操教育なのだとか。……村人のほとんどが防御障壁はれるような村だからこその常識だよね、これって。
 ちなみに「神殿」と言う単語が使われているのは、時を止める、または動きを緩めるには限定空間を作る必要があるからだとか。詳しい理論はさすがにパス。だから―――
「難しい話は置いとくとして、つまりそれで一時間が一日に…ざっと24倍にされたって訳ね。うん、納得」
 それならさっきの奇妙な違和感に納得がいく。あたしが下へ落とされる前と、人の位置がほとんど変わっていないからだ。位置だけじゃない、服装、姿勢、物の位置などなど、丸一日経っていれば当然少なからず変化が起こっているはずの諸々の大部分が前に見たままだったから……と言うところだろう。
「しっかしまぁ……それが本当なら、なんて非常識と言うかご都合主義と言うか……」
 いやまて、あたしたちが最初の使用者って事は……下手すれば魔力の暴走でとんでもない事になったかもしれないって訳か……
 考えすぎてズキズキと痛みを発し始めた頭を抑える。考えるのをやめよう、どうせあたしが考えたって「なんとかの考え休むに似たり」だ。―――けれど、あたしがそうして割り切ろうとしているのに、さらに頭が痛くなる言葉が発せられる。
「それじゃあ部屋の使用料金はルーミットにツケておくからねぇ〜」
「………は? 料金って……なんで?」
「そりゃもちろん、ここって娼館だものぉ〜。それに建物壊れちゃったからぁ、修復費用も稼がなくちゃいけないしぃ〜」
「そうじゃなくて、何であたしがそれを払わなきゃいけないの!?」
「ルーミットが言い出したんじゃない。「ゆっくりお休みしたい」ってぇ」
「うっ……」
 静香さんの無茶を躱すために、そんな事を言ったかも……
「娼館でご休憩と言ったらぁ――」
「ううう……連れ込み宿って事ですよね……」
 とほほ…と涙を流しながら、あたしはすっかり身に付いた娼館の常識その1を言う。
「高いわよぉ〜。なにしろとんでもない魔法が使われてるみたいだしぃ、特別ルームの値段相場の十倍でも足りないんじゃないかしらぁ〜」
「そ、そこを何とか……あたしがお金ないのを知ってるくせにぃ……」
 体を張って稼いだお金は借金返済のため、あたしの手元に来る事無く娼館へと流れていっている。ここでまた膨大な借金押し付けられたら、娼婦を辞めるのもいつになることやら……
「でもねぇ、実は料金をチャラにしてあげてもいいかなぁ〜って思ってるんだけどぉ〜」
「え、ほ、ホントに!? エッチな事じゃなければなんでもする! いえ、させていただきます!」
「先輩…あの……」
 綾乃ちゃんが心配そうに声を掛けてくるけれど……格好悪いところを見せちゃってごめん。けどね、あたしにはこれ以上借金増やせないと言う至上命題があるのだから!―――と考え、何かうまい具合に話へ乗せられていることに気付くが……遅かった。
「それじゃあぁ〜頑張ってモンスターたちを追い払ってきてねぇ〜」
「―――――は?」
 慌てて静香さんへと顔を向ける。すると表情に変わりは無いけれど、小さくVサインをしていたりする。
「は…はめたね?」
「………うん」
 悪びれた様子も見せずにそう言われ、思わずあたしは天を仰いだ。
 考えても見れば、あたしより先にお風呂に入ってたんだし、お風呂から出たのも静香さんたちの方が先だ。打ち合わせしようとしようと思えばいくらでも出来たはずだったと今になって気づくけれど、完全に後の祭り状態。
「せ、先輩、気を落とさないでください。私たちが休んでる間に先輩のお洋服も、ほら、ちゃんと準備してくださってるんですよ」
 いや、もう、なんでもいい……あたしのところへは不幸がダース単位でしかやってこないのかと落ち込みながら、それでも綾乃ちゃんが差し出してくれた服へと目を向ける。
「………………………………ちょっと待って」
「あの、なにかおかしなところがあるんですか? お姫様と一緒に行くならこの服がいいっておっしゃってらしたんですけど……」
 確かに用意されてた服ならお姫様に突き従うって言う意味ではぴったりかもしれない。――が、それはお姫様には付き物の騎士の鎧や衣装などではない。ましてや王子様でも勇者でも魔法使いでも僧侶でも武道家でもない。
「ほら、ちゃんと先輩の鎧も取り付けてありますし、可愛らしいんですよ。きっと先輩も気に入って――」
「綾乃ちゃん、ちょっと耳を塞いでてね」
 あーもー、こうなりゃなんでもやってやろうじゃありませんか。みんなしてあたしにやれって言うんだから、失敗してもあたしのせいじゃ無いもん。とりあえず出来るところまで頑張って、それでダメなら頑張って逃げるだけだ。……けど、これだけは声を大にして言わせてもらいます。


「あたしのメイド服着て戦えってのかぁぁぁあああああああっ!!!」


 期待のまなざしを向けている人たちの前で、あたしは納得行かない理不尽めがけて不満を叩き付けた。


stage1「フジエーダ攻防戦」32