stage1「フジエーダ攻防戦」28


「はい、これでよしっと」
「ワウ?」
 コボルトに頭からシャツを被せて首を出させると、頭の犬耳と尻尾以外は外見的に普通の少年に見える。シャツの丈が長くて膝まであって不恰好だけど、それを差し引いても美少年と言ってもいいぐらいだ。
 元が毛むくじゃらの犬顔モンスターとは思えないほど顔立ちは整っているし、細いながらもしなやかなラインを描く体つきは小柄なりに生命力を感じさせている。美少年と言ってあたしのあまたに思い浮かべるのは、エッチした事のある娼夫の男の子たちだけれど、並べて見比べても決して見劣りはしていないと思う。
 着せたのはあたしが着ていたシャツだ。やはり今まで腰巻程度で生活してきたので、上半身を覆う布地に違和感を覚えるのか、犬系の獣人と化したコボルトは襟に指を引っ掛けて引っ張り伸ばしたり、クンクンと匂いを嗅いだりと、確かにどことなく犬っぽい行動でその存在を確かめている。
 出来れば匂いを嗅ぐのはやめて欲しい……あたしの体臭の残り香をクンクンされているみたいで、鼻を鳴らされるたびにどうにもくすぐったくなってしまう。
「文句は言わないでよね。みんなの前で全裸のまま放っとくわけにはいかないんだから。めったな事が無い限り破いたりしない事。わかった?」
「ワン♪」
「よしよし、いい子ね。えらいえらい」
「ワゥゥゥン♪」
 一通りシャツを弄り終えたのを見計らい、服を着るのに納得した犬っ子の頭に手を乗せると、ツンツンした癖のある髪が暖かくて柔らかい感触を返してくる。
 これで当面の問題は解決した、と。けど、面倒な事になっちゃったなぁ……コボルトならともかく、獣人となるといろいろ扱いが面倒だ。
 なにしろ頭の犬耳とお尻の尻尾以外、人間と同じ姿かたち。肌は白いしほっぺはぷにぷに。とてもモンスターとは思えない体つきで、恥も何もないので平気でおチ○チンをさらけ出してくれるのだから。
 さすがに女の子――あたしも数に入れて――が三人いる部屋で前を隠さず、しかもあたしに抱きついて甘えてくるのは精神衛生上よろしくない。
 かと言って、この部屋にある衣服はあたしたちが着ている物だけと言う状況で、それでも何とかしろと言うと……残る手段はベッドのシーツを引っぺがして巻きつけるか、もしくは誰かの服を着せるしかない。全裸で放ったらかしは完全却下。
 あたしが選んだのは後者。幸い、あたしの着ていた服は男物だったので、乾いたばかりのものをちょっと強引に着させる。サイズはそれほど大きいシャツじゃなかったんだけど、子供同然の体の大きさだとさすがに余る。コボルトは小柄なモンスターだけど、もしかしたら年齢的にも意外と幼かったりして……
「う、なんかとてつもなくヤバいのと契約しちゃったのかも……」
 ヤバいの意味が危険じゃない方のヤバい方向でのヤバいなので、色々とヤバい。あたし、半ば強引に口でしたりしたけど……ええい、どうせ年齢不詳だ、黙ってよう。
 ―――いや、チ○チンがどうこうはこの際置いておくとして。
 獣人と言うのは獣の遺伝子を持った人間、と考えてもいい。定義を広くすればバードマンやドラゴンニュートも含まれる。
 今現在の獣人の生息数は人間よりもはるかに少ない。種類は多く、その数だけ集落があると言われているけれど、全種族をあわせても一国に住まう人間の数より多いと言う事は無い。人間よりも強力な力を持って生まれた宿命なのか、繁殖率が低く、各国が保護に力を入れても全体数は減少する一途だと言う。
 また、娼館で働いている間に聞いた話では、獣人は娼婦や娼夫としても優れているがために、一部の権力者がペットとして「飼う」事もあるらしい。聞くだけで気分の悪くなる話だけれど、一部の人たちが獣人やドワーフ、エルフと言った亜人種をモンスターと同一視しているのは昔からある価値観でもある。
 あたしは魔法使いの村で育った事もあって偏見を持ったりはしていないけれど、他の人の目から見てどう思われるか……それが一番厄介な問題でもある。契約と言う行為がモンスターを所有物扱いし、隷属させているのと同義と取られかねない行為であり、国によれば捕まってしまう事だってありえるだろう。
「あの……さっきから随分と悩んでますけど大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だって。相手は人間じゃないし年齢もよくわかんないんだから。見た目はあれだけどギリギリセーフと言うことで。あたしはこの子に何にもしてないんだし旅の仲間だって言っておけばばれないって言うかずっと封印しておけば」
「?」
 まずい……ちょっと錯乱してる。綾乃ちゃんにあれこれと説明をしても意味が無いことは分かっているのに。―――ここで全てを理解されてても困りものなんだけど。
 とりあえずコボルトのことは後で考えるしかない。外界とつながりを持たないこの部屋で出来る事も無い以上、出来るのは服を着せて、もう一度魔封玉に封印しなおす事だけだ。
 名前を考えてあげなきゃいけないな……と、そんな事を考えながら獣人の男の子へ手をかざす。けれど今の今まであたしの目の前にいたはずの少年は、いつの間にか静香さんの膝に顔をすり寄せていた。
「………ん。いい子いい子」
「クゥンクゥン♪」
「………お手」
「アウッ♪」
「………おかわり」
「ワウッ♪」
「………ちんちん」
「ワ―――」
「それはダメッ!!」
 すっかり元コボルトの獣人を犬扱いしていた静香さんから、股間を見せようとしていた獣人を引き離す。
 犬への命令で「ちんちん」と言うのはそれなりによくやる事だし、スライムにあたしも同じ事をしたし。けれど人間と変わらない姿のままなら当然股間も人間と一緒。そんなモノを静香さんや綾乃ちゃんに見せるのにはかなり抵抗があった。………あたしのなら見られてもいいと言うわけじゃないんだけど…ちょっと複雑な気分だ。やきもち…なのかな? と言うよりもジェラシー?
 理由はともあれ「ちんちんは不可」と念を押してから、まだ可愛がり足りていないらしい静香さんにコボルトを差し出した。あたしと静香さんでは顔も体つきもよく似ている。さすがに匂いまで一緒と言う事は無いだろうけれど、獣人の男の子はアゴの下をくすぐられると、尻尾を振って喜びを表現している。
「………この子、名前は?」
「別に決めてないけど……まあ、元々コボルトなんだし、コボルトでもいいんじゃないかなって」
「………じゃあ、ポチ。この子、ポチ」
 ちょ……それはあまりにも単純じゃないかな?
「わん♪」
 ……………ま、いっか。静香さん、獣人――ポチを嬉しそうにくすぐってるし、ポチも名前を呼ばれるたびに尻尾を振ってるし。あたしもいい名前を思いつかないんだから、無理して拒む必要も無い。
「先輩、一つ訊いてもいいですか?」
 静香さんとポチの、ほほえましいやり取りを見ていると、昼食の後片付けをしてくれていた綾乃ちゃんが隣にやってきて、
「どうしてコボルトさんは男の子になってしまったんですか?」
 ―――と、あたしが最も聞かれたくない質問をしてきた。
「そ、それは……」
「先輩は不思議じゃないんですか? コボルトと獣人って共通するところもありますけど別の種族ですし、何か理由があると思うんです」
「あの…ええっと………」
 さすがフジエーダに神学の勉強をしに来てるだけあって、綾乃ちゃんもそう言うところには好奇心を持っている。―――けれど、そこのところを突っ込まれるとあたしとしてはかなり困ってしまうんですけども……
「説明しなくちゃ、ダメ?」
「え? 先輩は理由がわかってらっしゃるんですか?」
 ……………しまったぁ! とぼけ続けてればよかったぁ!!
「それは……ゴニョゴニョゴニョ……なんだと思うんだけど……」
「すみません……よく聞き取れなかったのでもう一度説明をお願いします」
「だから………ゴニョゴニョ………」
「す、すみません、もう一度……」
「ううう……だからね、だから……」
 理由はものすごく簡単で、説明しようと思えば一言で説明できる。けれどこんな事を綾乃ちゃんに言ってもいいものかどうか、出来れば言わずに済ませておきたいんだけど………あ、静香さんまでこっち見てる。
「………私も気になる」
 うっ………もうダメだ。静香さんって結構こういうところで頑固で強情だから。そうじゃなきゃ避難する馬車から逃げ出したりしないだろうし。
 あたしは天井を仰ぎ、額に手を当てる。どうやらあたしにとことん堕ちちゃえと言う神様のご命令に思いつく限りの罵詈雑言を心の中で叩きつけると、あたしは視線を綾乃ちゃんと静香さんへ向けた。
「―――あたしとエッチしたから、だと思う」
「えっ………」
 今度ははっきりと、二人に軽蔑されるのを覚悟で思い当たる理由を口にする。―――その想像通り、静香さんは首を傾げていつもの無表情だけれど、綾乃ちゃんのほうは手で口元を押さえてあたしから引いてしまっている。
「じゃ…じゃあ、先輩はコボルトさんと……」
 綾乃ちゃんが考えているそのとおりの事をあたしはしたんです……と、いっそ開き直りたい。これならまだ、娼館でどんなエッチな事をしたのか話す方がどれだけ気が楽か。何しろ、モンスターとエッチしたと自分から告白したようなものなんだから……
「あの時はフジエーダに戻らなきゃって急いでたし、すぐに契約できるほう方が思いつかなかったの。とりあえず、あたしとのつながりを持たせるにはそう言う事をするのが一番手っ取り早かったし……」
「……………」
「その……別にエッチな事だけが契約の方法じゃないの。ただ、相手が納得すればいいだけで、オーガとはそう言う事をして無いし……」
 喋るのが辛い……けど一度話し出した言葉は、表情を強張らせた綾乃ちゃんを前にしてもなかなか止まらず、最後にはただ、あたしが望んでそうしたわけじゃないと、そう言うだけのいい訳になってしまっていた。
 嫌われちゃった…かな………そうよね、普通は好き好んでモンスターとエッチする人なんていないんだし……
「………じゃあ、オーガとエッチしたら、オーガも変化するの?」
 気まずい雰囲気が漂うあたしと綾乃ちゃんの間に、静香さんの声が放たれる。あまり感情を感じさせない声の響きは強張ったあたしの心には、無理に同情されるよりもむしろありがたく、やっとの思いでホウッ…と息をつくだけの余裕を取り戻す事が出来た。
「それは……やってみなくちゃわかんないけど、多分。あたしの魔力を分け与えればいいんだろうけど、血を飲ませるのは……」
 チラッとオーガに目を向けるけど、強持ての巨躯は「血を飲む」と」言う言葉に何の反応も見せなかったので、ひとまず胸を撫で下ろす。なにしろオーガには人を食べるという習性があるそうなので、契約してても少し不安が残っていたのだ。
「でも、なにも無理にそう言う事をしなくても、あたしとオーガの間にも魔力のつながりは出来てるはずだから時間が立てば自然に―――」
「………それじゃ間に合わない。強くなれるなら、今なっておかないと」
 静香さんはかわいがっていたポチの首に回していた腕に力を込める。その表情がいつになく真剣で、決して興味本位で言っているんじゃないことは、すぐに察しがついた。
「………本当は、すぐにでも行かなきゃいけないの。でも……」
「そんなに、街の事が心配?」
 一度、あたしの顔をまっすぐ見つめてから、静香さんが盾にうなずく。―――そこまで言われちゃしょうがない。
 確かに、あたしたちはこんなところでのんびり休んでいる場合じゃない。フジエーダの街は佐野と言う変態魔法使いに滅茶苦茶にされ、多くの人が避難を余儀なくされている。だから少しでも早く、そして少しでも力をつけて佐野を倒してフジエーダを開放する……それがきっと、静香さんの心からの願いなんだろう。
 おそらく、魔法使いの目的が自分である事にも気付いているはずだ。クラウド王国の王女なら、たとえ街一つを占拠してでも捕まえる価値はある。一度誘拐騒動があっただけに、今回のモンスター襲来とつなげて考える事はそう不自然な話じゃないはずだ。
 ただ……静香さんの処女にこだわっていた佐野が、もう既にあたしとしちゃってる事を知ったらどれだけ怒るやら……ははは……」
「わかった。あたしも覚悟を決めようじゃない。オーガは依存は無い? もしかすると、とんでもない事になっちゃうかもしれないけど……」
「問題無し。覚悟完了。我が命、主の物。随意に」
「うん。――――じゃあ、悪いんだけど、綾乃ちゃんと静香さんは台所かお風呂場に行ってて」
「え………」
 それまでつぐまれていた綾乃ちゃんの唇が、小さな驚きの声を発する。
「いや、ほら、やっぱりさ、見られながらエッチするのって恥ずかしいし……それに普通じゃないでしょ? モンスターとエッチするのって……」
「そんな事……」
「無理しなくていいよ。他の人のエッチなんて、綾乃ちゃんも見たくは―――」
 あたしの言葉が途中で止まる。
 俯き、まるであたしをおびえるかのように震えていた綾乃ちゃんが、いきなり自分の服をたくし上げ、飾り気の少ないブラを露わにする。そして小さなおさげが揺れる頭を襟から抜き取ると、涙を浮かべた目であたしをキッと見据えながら、一枚、また一枚と体を覆うものを脱ぎはずして行く。
「あ、綾乃ちゃん!?」
「わ…私は……先輩のお役に立ちたいんです。そんな…自分だけが辛くなる事ばかりをしないでください……!」
 決して豊満と言うわけじゃない。でも白磁のように白く滑らかな肌をすべてさらけ出した綾乃ちゃんから、あたしは目が離せなくなる。
 小ぶりながらも形の良い胸は、先ほどまであたしの手の平の中でその弾力と敏感さを弄ばれていた。その余韻は小さな胸の先端に尖りきった突起と言う形で現われている。
「先輩がオーガさんに抱かれるって言うなら私も抱かれます……だから…お手伝い、させてください……」
「お手伝いって……そんなの、ダメに決まってるじゃない!」
「何でダメなんですか。私、先輩に何も恩返しが出来てません。だから先輩の好きにして下さって構いません。愛して欲しいなんて言いません。だから…私を先輩のモノにしてください!」
 モ…モノォォォ〜〜〜〜〜〜〜!!? そ、それは世間一般で言うところの…いや、世間様ではとても口には出来ないような……
「…………………」
 すべてを言い終えた綾乃ちゃんの視線が、ものすごく熱い……もし今、あたしが綾乃ちゃんに命じれば、例えそれが限りなく変態的な行為であっても受け入れてくれるような、そんな直感が頭をよぎる。
 ここまで思いつめていたなんて思わなかった。お金の事もあたし自身まったく気にしていなかったし、恩と言ってもせいぜい佐野から助けた事と魔法の話をほんの少しした程度。それにあたしは綾乃ちゃんのバージンを奪ったり、今しがたも散々辱めているのだから、どちらかと言えば嫌われてもおかしくないはずだ。
 ………どうも綾乃ちゃん、あたしの悪いところは全然見えてないんじゃない?
「わ…わかりました……」
 誤解が生んだ綾乃ちゃんの熱意に負け、あたしの唇は思わずそう言葉を紡いでしまう。それを聞き、顔に喜びの表情を浮かべようとする綾乃ちゃんだけれど、不意にそれを中断し、一気に顔を真っ赤にしてしまう。
「あ、あの、私、さっきのは、違うんです、先輩にならって言う意味ではなくて、メス奴隷にって、いえ、先輩がそう言われるならわ、私、一生懸命、舐めます、いえ、舐めさせてください!!」
「綾乃ちゃん落ち着いて、ちょっと暴走し過ぎだって。あたしは別にそう言うつもりは……まあ、ちょっと興味はあるけど」
「あ、あるんですか…?」
「そりゃナリはこれでも男だし、綾乃ちゃんみたいなかわいい子をいじめてみたいとは………ち、違うっ! 思ってない、あたしはそこまで外道じゃないぃぃぃ!!!」
 そんな事までやっちゃったら、あたし……もう道を踏み戻せなくなっちゃいます。
「あ〜…えっと〜……わかった。綾乃ちゃんにも手伝ってもらう。ただし手伝いだけだから。それで静香さんは―――」
 見ると、静香さんも既に服を脱ぎ終え、膝にポチの頭を乗せてあたしが声を掛けるのをジッと待っていた。
「………ん。私も手伝う」
「ああ……多分そう言うだろうって思ってた」
 ここが密室でよかったのかもしれない……静香さんや綾乃ちゃんとのとても人前では明かせない関係に嬉しくも頭が痛くなると言う複雑な思いを抱えながら、あたしは大きなため息を一つ吐き出した。


stage1「フジエーダ攻防戦」29