stage1「フジエーダ攻防戦」23


「はぐむぐもぐングング。んっ…ぷは。アむ、ふみゅふみゅふみゅ」
 あたしはそれほど大食いと言うわけじゃない。どちらかといえば小食だと思っている。―――が、今だけは別だ。いくら食べてもまだ入る。何しろ二日ぶりのまともな食事なのだ。
 ここに辿り着き、極度の疲労と空腹で倒れたあたしがまず行ったのは、一にも二にも、まず食事。綾乃ちゃんや静香さん、それに娼婦の人たちと言った顔見知りに再会できた安堵感で緊張が解けると、空腹感を忘れていたお腹はもう少し静かにしてくれてればいいのに盛大な音を立てて食事の催促をしてしまい、お互いの状況を話し合うのもそこそこにあたしは美味しい食事に舌鼓を打っていた。
「んグッんグッんグッ……ぷはぁ。すいませ〜ん、スープお代わりぃ」
 ほんの少し前まで補給無しでずっとエッチな事ばかりさせられていたせいで運動量も疲労も半端じゃない。それを手っ取り早く回復させるために、ちょっぴり体重が気になっているけれど、鳥の腿肉にかぶりついて皿に入ったスープを一気飲み。普段は絶対しないような行儀の悪い態度でフォークにウインナーを三本まとめて串刺しにすると、それを口の中へと運びながらサラダを大皿ごと顔の前に持ち上げ、数秒で掻き込むと川魚のフライへさくっと歯を立てる。
「う〜ん、あまりここ(娼館)で食事した事無かったけど、この味付けは絶品だなぁ♪」
「………はい、お水」
「ありがと。んグッ…んグッ……ぷハァ―――って、うわぁぁぁ!? し、静香さん、いつからそこに!?」
「………ずっと」
 自然と差し出されたコップの水を飲み干すけれど、それを入れてくれたのはクラウド王国の王女様。気付いたときにはもう遅し……て言うか、隣に静香さんがいても気付かないほど飢えてたのか、あたしは……
 いや、その、まあ……この事はジャスミンさんには黙ってよう。言ったらなんかひどい目に合わされそうだし……
「………どうかしたの?」
「へ? い、いやぁ、ここの食事美味しいな〜って思って。ははは……そだ、静香さんも一緒に食べない?」
 とりあえず誤魔化さねば。そう思ってまだ半身の凝っている魚のフライを、隣に座る静香さんへと差し出す。すると静香さんは眠たそうないつもの無表情であたしが手にするフォークを指差し、
「………そっちがいい」
「え? でもこれ、食べさしなんだけど……」
「………いいの」
 そう言い、物欲しそうに半分に噛み切られた魚のフライを見つめる。
「静香さんがこっちのがいいって言うなら………はい」
「………ん」
 あたしがフォークを静香さんへと差し出すと、静香さんは唇を開けてそれを受け止める。………って、ちょい待ち。もしかしてこれは……
 食べかけのフライを相手に食べさせる。これすなわち、間接キッス。
 しかも相手に食べさせてあげるこのシチュエーションは……ジャスミンさんに丸焼きにされるのよりも恐ろしく、顔が赤面するほど嬉し恥ずかしの……
「………もう少し、食べたい」
「え……や、あ、あの……もう一組、フォークとナイフをもらってこようか?」
 あたしの提案に、静香さんは短いけれど柔らかそうな紙を揺らして首を振り、
「………食べさせて」
 と、少し赤みがかった顔をあたしへと近づけてくる。
「恋人同士は……こうするんでしょ?」
 や、ちょ、なんでそう言う事を知ってるのよ、このお姫様は。それに恋人同士って、恋人同士って、なんか話が飛躍しすぎ〜〜!!!………って、あんな事やこんな事までしておいてそれを否定したら……ま、魔女裁判なんかやってないよね、静香さんとこは……
 どこかうっとりしているようにも見える静香さんの顔が接近するにつれて、食事を中断したままのあたしの頭の中には、してない事でもしたって言っちゃいそうな様々な拷問シーンが次々と浮かんでくる。
 これは天使の施しか? それとも地獄の片道切符か?………ああっ!? な、なぜかあたしの手が勝手にフライを切り分けてフォークに刺してるし!
 甘い、甘すぎる! だけど女になるまで女の子にもてたことのないあたしにすれば、これは夢にまで見たシチュエーションで、体がこ〜ば〜め〜な〜い〜〜〜!!!
「先輩、お待たせしました。ありあわせの物ばかりで……あ、わ、私、お邪魔でしたか?」
 おお、綾乃ちゃん、グッドタイミング♪
「邪魔なんてそんな事ないから。それよりごめんね、給仕みたいなことさせちゃって」
「いえ、元々ウエイトレスのアルバイトをしていましたし、今は少しでも体を動かしていた方が気分が晴れますから」
「………ふ〜ん」
 言われてみれば、確かにそうだ。こんなところに避難しているんだから、精神的な圧迫もかなりのものだろう。佐野の率いるモンスター軍が街を占拠して早二日。その間ずっと日の光が差し込まない地下で暮らしているんだし、気分が滅入ると言うのもわかる。
「………あむ」
 ―――さすがにすぐ近くに他の人がいては静香さんもやめてくれるだろう。一国の王女様があたしとなんかスキャンダラスな行為を人前でするはずがない……と思っていたけれど、このシチュエーション以上に考えが甘かった。無意識に持ち上げていたフォークに自分から顔を寄せ、あたしが止める間もなくパクッと、絶品魚のフライを食べてしまわれたのでありました。
「………おいしい♪」
「せ、先輩………私、何も見てませんから。王女様と仲むつまじくそんなお食事をしているところは見ていませんから!」
「思いっきり見てるじゃないかぁぁぁぁ!!」
 ―――ともあれ、今は食事の方が優先だ。すこしパニックに陥りかけた綾乃ちゃんをなだめると、明るさを搾ったランプの下に並べられた料理を暖かい内にやっつけてしまう。
 あたしのフォークとナイフは止まらない。たれに漬け込んだ豚肉を焼いた料理や大盛りトマトソースパスタを次々と胃の中へと収めていく。もちろん、ちゃ〜んと味わってるし、こぼすなんて勿体無い真似はしてません。
「んグんグんグ……そういえば、でもなんでここにいる人たちは街の外に避難しなかったの? 街にはモンスターたちがいっぱいだし、ここが地下だって言っても、いつまでも隠れていられるもんでもないんでしょ?」
 食事に夢中になっているあたしの周囲は別にして、この娼館の地下には大勢の人が避難している。広さはあの立派な娼館のワンフロアと同じだけあるので集団生活をするのには十分なスペースはあるけれど、いつかはモンスターたちに見つかってしまうかもしれない恐怖を考えれば逃げた方が良かったはずだ。
 それに―――
「ここに静香さんがいるのも不思議だし……この事、ジャスミンさんも知ってるの?」
「………それは」
 あたしの問い掛けに答えようと静香さんが口を開く。―――が、それをさえぎる様に明るい声が会話へと割り込んでくる。
「それは私が説明して上げるぅ〜〜♪」
「あ、娼婦の……」
 現れたのは長い金髪が目を引く娼婦だった。この人にはあたしも色々教えられて………やば、なんか思い出したら顔が赤くなるような体験ばかりが……
「避難する場所ってさぁ、この街から一日以上歩かなきゃいけないのよぉ。道は険しくないけどやっぱり遠いじゃなぁい? だからぁ、足の不自由な人とかぁ、身重な人には辛いってわけぇ〜〜」
 言われて見れば、ここにいるのは女子供、それに老人が多い。中には妊婦もいる。この人たちが避難場所にまで行くのは、素人目から見てもキツそうだ。
「それにさぁ、娼館ってエッチするだけでお金もらってるから世間受けが悪いでしょ〜? だから災害時とかには避難場所なんかにも使われるのよぉ〜。ま、定期的に避難訓練やら応急処置やらやってる娼館はうち以外じゃ滅多にないだろうけどさぁ〜」
「へぇ〜……」
「うちってさぁ、娼館ギルドの直轄店だからそう言うところは厳しくてねぇ〜。それに建物が作られた時にはギルドマスター直々に乗り込んできたって程だしぃ〜」
「ほぉ〜……」
 ここで少しの間生活してたけど、そんな話は初耳だ。まぁ……寝る間もないほどミッちゃんに仕事入れられてたからなぁ……
「あ、そういえばミッちゃんは? 彼女も娼婦ならこっちに避難してないの?」
「ん〜、あの娘は避難場所の砦にいってるんじゃなぁい? 娼婦だけど僧侶でもあるしねぇ〜」
 そっか……ま、めぐみちゃんもその砦に避難してるんだろうし、あっちの方が大勢非難してるんだから人ではいくらあってもありないだろうし。今頃大変だろうなぁ……
「………たくや君、お茶」
「ありがと。……謹んでいただかさせていただきますです、はい」
 会話の間にすっかり食事を食べ終えたあたしは、差し出されたティーカップを受け取り……今度は油断しない。ちゃんと静香さんに頭を下げてからお茶をすすり始めた。
 けど、それなりに普通にお茶を飲めているのはあたしと自分で入れて自分で飲んでる静香さんだけだ。長話になったのでテーブルを囲んで着席した綾乃ちゃんと娼婦のお姉さんは「我、関せず」と言う具合に、同じ卓についていながらスーパーVIPの静香さんとは微妙な距離を置いている。
 でもたいして良い葉っぱでもないはずなのに、器も暖めてちゃんとした作法で静香さんが入れてくれるお茶は、正直言って美味しい。静香さんが気にしてないんだし、みんなも入れてもらえば良いのに…と思っていると、あたしが満足げなのに気を良くした静香さんが、今度は空になっていた綾乃ちゃんのティーカップへ手を伸ばし――
「あ…あの、私はいいです。自分で入れますから」
「………?」
「わ、私のようなものに、王女様、のお手を煩わせるなんて、そんな、め、滅相もありません!」
 ははは……綾乃ちゃんの性格だとこうなっちゃうか。
「………気にしなくていい。私が入れたいだけだから」
「でも、でも、これ以上粗相を働いたりしたら私、もう死んでいられませんからぁぁぁ!」
 あらら、緊張で完全に錯乱しちゃったよ、綾乃ちゃん。他の人たちも何事かってこっちを見てるってのに、椅子を蹴倒して立ち上がって……しかたない、助け舟を出したげるかな。
「それじゃあ代わりに綾乃ちゃんが入れてあげたら?」
 ゆっくりと味わっていても、小さなティーカップだとすぐに空になってしまう。それをソーサーに戻し、綾乃ちゃんのほうへと押し出して、
「と言うわけで、あたしの分も今度は綾乃ちゃんに入れてもらおうかな。静香さん、綾乃ちゃんってお茶を入れるのがスゴく上手なんだよ。だからお互いに入れ合いっこって事でどう?」
「………うん。飲んでみたい」
「せ…センパァ〜〜イ!」
 ダメよ、心を鬼にして……綾乃ちゃん、ガンバ!
 ―――そうして押し切られる事、数分後―――
「あ………美味しい」
「ホント。綾乃ちゃん、喫茶店でバイトしてただけあって入れ方が上手〜」
「先輩……もしかしてさっき乗って、当てずっぽうで……ひどいです、くすん」
 ありゃ、そっぽ向かれちゃった。けど、静香さんのとの見比べてみると、綾乃ちゃんの方のがほんの少しだけ風味豊か……う〜む、この二人、お茶の入れ方はまさしくプロ級だわ。
「まあまあ、機嫌直して。それに静香さんが入れたのも美味しいでしょ?」
「はぁ……もう先輩の事なんか信じませんから」
 うわぁ……こりゃ重症だわ。でもまあ、ちょっと拗ねてるだけみたいだし、しばらくそっとしとけば機嫌も直るかな?
 けど……こういう雰囲気に浸るのは久しぶりだ。ちょっとしたゴブリン退治だった筈が、こうやって一息つけるようになるまでものすごく大変だった。やっぱりあたしには荒事はむいてないんだな……
「………これからどうするの?」
 それは、不意の一言だった。声に含まれるわずかな緊張を感じ取ってカップを持つ手を止めると、あたしはその言葉を口にした静香さんへと顔を向けた。
「どうするって……決まってるじゃない」
 カップを置くとあたしは息を吸い、
「―――寝る!」
 いくらなんでももう限界です。お腹も八分目とちょうどいい感じだし、これで寝るなってのは神様に唾吐くようなものだ。
 それに百発抜き耐久リレーやオーガとの立ち回り、それにオークに追い掛け回されてと、普段のあたしでは絶対にありえないことばかりを次々にやらされて心身ともに疲れ果てている。こうして話をしている間にも、気をゆるめれば一瞬で意識を失いそうなほどに眠い。他の事なんて後回しにしてでも今は――
「それよりもさぁ、お風呂の方が先なんじゃないのぉ〜? どっかで洗ったみたいだけどぉ、結構プンプンきてるわよぉ〜」
「いっ!? う、ウソ、ホント? やば、まだ鼻が麻痺してるのかな」
 腕に鼻を押し付けてクンクン嗅いでみる。……うっ…確かに臭ってる。肌もあちこちかぴかぴだし……やっぱりここはお風呂かな、うん。
「でも、ここってお風呂を沸かせるの?」
「舐めちゃダメよぉ〜ん。避難場所だけどぉ、ここって結構施設が充実してるんだからぁ〜。でもザーメン臭いのはイヤだから寝るんなら体を洗ってからぁ。いいわねぇ〜?」
 ま、しかたないか。さっぱりしてから寝るのも悪くない。今から朝まで寝れば十分だし、動き出すのにはそれからでも十分だろう。
「あの……ザーメンってなんですか?」
 ………綾乃ちゃんみたいな娘が、顔でそう言う事を聞いちゃダメだって。
「で、お風呂ってすぐに入れるの?」
「だからザーメンって……先輩、無視しないで欲しいんですけど……」
「それはまあ……その内って事で」
 既に見てるはずなんだけどな…と赤面しそうな彼女の初体験の事を思い返しながら席を立つ。―――が、そんなあたしを引き止めるように、静香さんの手がこちらの袖を握り締める。
「―――ダメ。今じゃなきゃ、間に合わなくなる」
「静香さん……?」
 立ち上がった静香さんはこちらの手を包み込むように握り締め、訴えるような眼差しであたしの顔をジッと見つめてくる。
「………お願い。たくや君の力を貸して」
「あたしの…力?」
「助けたいの、この街を。頼れるのはたくや君だけだから……」
「ま…待って、ちょっと待って!」
 ちょっと強引に静香さんの手を振り解くと、後ろへ一歩足を下がらせる。
「あたしの力でこの街を救えって……絶対に無理! 静香さんの頼みでもそれは聞けないって!」
「………でも、私を助けてくれた」
「あれは運が良かっただけ。静香さんを助けられたのも、あたしがこうして生きてるのも、ぜ〜んぶ運が良かったから。そうじゃなきゃ、あたしなんかがあんなモンスターに襲い掛かられて生きていられるわけないじゃない」
「……………」
「今じゃなきゃ間に合わないって言われても、今のあたしが行ったって何の役にも立たないもの。こうしてここに辿り着けただけでも奇跡じゃないかって思うぐらいひどい目に会わされて……本当なら何度死んでるか分からない。体力だって食事したらすぐに回復するわけじゃないし……」
「……………」
 静香さんの視線が痛い。あたしと同じ顔だからどうこうじゃなくて、その真剣さに答えられない事があたしの心を締め付けている。
「それに武器もない。道具もない。鎧は拾ってこれたけど、これだけじゃどうしようもない。静香さん……お願い、わかって……あたし一人じゃどうする事もできないんだから……」
 いたたまれない。口ではどうのと言っているけれど、結局は自分の都合で静香さんの頼みを聞けないだけだ。そんな自分が恥ずかしく、口惜しく、今すぐにでもここから逃げ出したい気持ちがとめどなく沸き起こってしまう。
「………わかった」
 こんなあたしを頼りにしない方がいいと静香さんも理解できたはずだ。そして―――
「………私も一緒だから……二人だから大丈夫だね」
 と、―――あたしの思考がピタリと止まる。
「えっと……あたしが今言った事、ちゃんと聞いてたよね?」
「うん。一人じゃどうにもできない。だから私と二人なら大丈夫。……違うの?」
「違う、大いに違う! 一人も二人も同じなんだから。あたしと静香さんで出て行っても、外に群がるオークに襲われて―――」
 いや……静香さんがいれば、あのガーディアンって言う金属の巨人を呼び出せるんだから襲われはしないか。逆に踏み潰されて死にそうだけど……
 けれどそれでも無理なものは無理だ。制御できない巨人に頼ってあたしのみならず静香さんまで危険に晒すわけにはいかない。………いかないのになぜか、おずおずと手を上げる人が一人いる。
「せ…先輩が行かれるなら……あの…私もお手伝いします……!」
「綾乃ちゃん……」
「私…魔法もろくに使えないし、足を引っ張るかもしれませんけど……でも、先輩のお役に立ちたいんです。お願いします、連れて行ってください!」
 うっ……「これで三人。もう大丈夫」って顔をしてる静香さんを前にして、綾乃ちゃんをどう説得すればいいんだか……どうしてこう、無鉄砲に走り出しちゃうのかなぁ、みんな……
 言葉を失い、顔を手の平で覆う。なんかこの調子だと次に来るのは、
「背負い袋を見つけてきたわよぉ〜。実はねぇ〜、こんな事もあろうかと避難前にルーミットの部屋から置いてった道具とか貴重品を集めといたのぉ〜」
 やっぱり来た。あたしたちの会話中に金髪の娼婦がこの地下室の奥の方から背負い袋を手にして戻ってきた。
 ……い、いっそ瓦礫に埋もれてしまっていれば……
「あとは鎧だったわねぇ〜。安心してぇ〜。ここには針仕事の得意な女手が大勢いるんだからぁ〜。肩の所だけだし一時間もかからずにつけてあげるわよぉ〜。あとぉ、武器は長い棒っぽいのでいいのよねぇ。剣とか刃物は包丁しかなけどぉ、使えそうなのも捜しておいて上げるからぁ〜」
 うわぁぁぁ! 至れり尽くせりどうもありがとうございますぅ!!!―――今ここで頭を掻き毟って走り出しても、きっと誰も変人扱いしないはずだ!
「はぁ……わかった。そんなに運命の神様はあたしに死んで来いって言いたいのね」
「あの…フジエーダは水と慈愛の神様を信奉する街なんですけど……」
 分かってるわよ、綾乃ちゃん! とりあえず、神様にでも文句を言わなきゃやってられない気分なのよ。
 とりあえず覚悟は決めた。ありがたくて涙が出そうな後押しによる決意だけれど、あたしも佐野を一発ぶん殴らないと気がすまない。―――だけど、譲れない条件があたしにはある。
「静香さんのお願いは聞く。けど今すぐには動かない。一晩、朝に動くのは危険だから明日の夜まで待つこと。これが最低条件。いいわね」
「………でも」
「でももなにも、少し休んだくらいじゃ動けないもの。せめて一眠りしないと……ん? なんか嫌な予感がするんだけど……」
 フッフッフッ……と、どこからとも無く、実はすぐ近くから不気味な笑い声が聞こえてくる。
「そう言うことならぁ…取っておきのプレイルームがあるわよぉ〜♪」
 笑い声の正体は金髪の娼婦だった。それと同時に、避難している人たちの何人かがあからさまに顔を強張らせる。
「もしかして封印されてる「あの部屋」を使うつもりなんじゃ…」
「冗談でしょ。あんなのウソに決まってるじゃない」
「でもあの部屋って実は出るって噂なのよ、これが……」
 な、なんか不気味な会話があちこちから聞こえてくる。―――会話をしている人の多くは娼館住まいの間に何度も顔をあわせている娼婦のみんなだ。
「えっと…………………辞退してもいいですか?」
「ダメェ〜♪ だって一度使ってみたかったんだもぉ〜ん♪」
 満面の笑みを浮かべた金髪の娼婦に首へ腕を回され、あたしは今いる地下室の奥へと連れて行かれる。後ろからは静香さんと背負い袋を持ってきてくれている綾乃ちゃんが続き、あたしたち四人は最も奥……地下室の角へ設けられた扉へと向かって行く。
「ホント、ルーミットって運がいいわよねぇ〜。ここの娼館ができて以来、一度として使われたことのない部屋を使えるんだからぁ♪」
「イヤだ、なんかイヤ、離して、助けて、死にたくないぃぃぃ!!!」
「大丈夫ぅ〜。運が良ければ一時間でぐっすり休めるんだからぁ♪」
 ちょっと待て。「運が良ければ」ってどう言う意味だ!? 運が悪かったら死ぬって言う意味なのか!?
 頭の中でけたたましく警鐘が鳴り響く。きな臭い。胡散臭い。危ないものには近づくな。―――けれど体力が限りなくゼロに近く、猛烈な睡魔に襲われているあたしが手足を降っても、今では女性の腕一本さえ振りほどけはしなかった。
「お願いだから……あたしをこれ以上ややこしいものに巻き込まないでぇぇぇ〜〜〜!!!」
 その叫びを今いる地下室に置き去りにし、あたしは扉の奥へと突き飛ばされた―――


stage1「フジエーダ攻防戦」24