stage1「フジエーダ攻防戦」05


「う〜……まだお尻に何か入ってる感じがする……」
 ユージさんのペ○スに長時間かき回されたせいか、どうもお尻の中に違和感を感じる。森の中を歩いているとどうにも落ち着かなくて、ついムズムズっと体を揺すってしまう。
 けどこの違和感にもその内慣れて行くのかと思うと……娼婦でお金稼ぐのはもうやめた方が良いかなぁ……
「―――っと、ここ…かな?」
 夜の森を歩く事ざっと二時間。残されていた弘二の荷物からカンテラと攻撃力の高そうなロングソードとを拝借し、地図を頼りに見つけたのは洞窟の入り口だった。
 生い茂る木々と土地の起伏に隠れるように口を開けた洞窟は高さこそあたしの身長の半分ほどしかない。すぐ傍を流れる小川に落ちないように気をつけながら屈みこんでいると、あたしの髪を舞い上げるほどに洞窟の置くから風が強く突き出ていて、暑さに慣れていた体がその冷たさに思わずブルッと震えてしまう。
「結構奥も広そうね……これが本当に下水道なの?」
 カンテラで照らすと、確かにユーイチ・ユージさんが残して言ったと思しき地図には確かに「下水道」と書かれている。
 場所はここであっている…と思う。なにしろ街から少し離れている上に、こう暗くては目印になるようなものを見つけ出すのも一苦労。けれど水が小川になるほど流れ出てきているのなら、この奥には大きな水源……もしくは街の生活廃水がここへ繋がっているとも考えられる。
「行ってみるしかないか……」
 もうそろそろ日付も変わる頃だ。いつモンスターたちが街に攻め込むかわからないんだし、ここでジッとしているわけにはいかない。
「………よし」



 水の街と呼ばれ、生活用水に事欠かないフジエーダには、それ相応の下水施設が地価に設けられていると聞いた事があった。
 なんでも古い遺跡がこの街の下にあり、ここに街を作る際のその一部を利用して下水施設として利用したらしい。街のいたるところに「マンホール」と言う丸い蓋があって、それが地下へ繋がっていると聞かされて街に着いたばかりの頃はおのぼりさん状態だったのでかなり驚かされた。
「それに今こうして入ってるなんてね……人生ってわからないものよねぇ……」
 ここ最近のあたしの波乱万丈な人生を振り返ってため息を突く。と、何気ない呼気の音が人の手によって作られた洞窟の中にやけに大きく音が木霊した。―――先はまだまだ長いようだ。
 入り口こそ狭かったものの、洞窟の中はかなり広くなっていた。実際、ここを洞窟と呼ぶのは不自然だろう。固い岩盤をくりぬかれたように、この洞窟は壁や天上は丸い形をしている。表面は土がむき出しになっているけれど、燭台を置くために一定の間隔で壁に四角い穴が開けられていた。
 あたしは奥から流れてくる水の流れの左右に設けられた通路を歩いていた。ここが遺跡の一部なのか、それとも街を作る際に新たに作り出された通路かは分からないけれど、地面の凹凸はある程度馴らされていた。けれど表面にミズゴケが生えるなど滑りやすく、人がこの場所へ永い間訪れていないらしい。おそらくユージさんたちもあたしが今いる場所までは入ってこなかったはずだ。
「それにしても……本当にここが下水なのかな。水がずいぶん綺麗なんだけど……」
 それほど幅の広くない足場の傍に流れる水は、カンテラで照らせば水底の水藻が見えるほどに澄んでいた。ためしに手で掬って鼻を近づけても臭いはない。―――さすがに下水かもしれないと思うと口をつける勇気は沸いて来なかったけれど。
「一度使った水を綺麗にしてるのかな。―――それにしても人の手でこんなものを作れるなんて……どんな魔法を使ったんだろ?」
 それこそあたしに理解できるはずも無い。魔法使いの村に生まれたとは言え、一村人にまでそんな専門知識を教えているわけじゃない。おそらくは古代の高度な魔法システムによるものだとまでは想像もつくけれど、それ以上はお手上げに近かった。
 加えてこの洞窟も魔法で造った可能性が高い。別に古代魔法じゃなくても、開拓工事などでは岩を破砕する魔法が使われていることも多い。―――けどこれだけ大規模な洞窟を硬い地層に、しかもこれだけの長距離に作り上げたとなると、古代魔法と考えるべきなのかもしれない。
 そしてもう一つ、通常ではかんがえにくいげんしょうが この水路には起こっていた。―――あたしは奥に向けて「下って」いるのに、水はあの洞窟に入り口へ向けて「上って」いるのだ。
 緩やかとは言え通路に傾斜がついているのが足の裏から伝わってきている。転ばないように壁に手を付き、木棍を杖代わりにして注意深く歩いているのですぐに気付いたけれど、これも魔法の力によるものなのか…だんだんと自信がなくなりかけている。何でもかんでも自分に理解できないものを古代魔法によるものと判断ばかりしていると、少しずつ自分のいる空間が異世界のように感じ始められるからだ。
「はぁ……こんな事なら、もうちょっとちゃんと勉強しとくんだったな………ん?」
 カンテラの光に何かが映る。土の色と違う色合いがこの単調な洞窟の中で一際異彩を放つもののように感じられたあたしは足元に注意しながらもペースを上げて歩み寄った。
「ちょっと……なんでこんなところに鉄格子があるのよ!?」
 通路全体を塞ぐようにあたしの前へ立ちはだかったのは何本もの鉄の棒……いわゆる鉄格子だ。ここから先へは立ち入り禁止だとでも言いたげに行く先を塞いでいる。
「………ま、ここから街の中に入られても困るだろうしね」
 街の入り口で武器を預かるほど治安に気を使っているフジエーダにしてみれば、賊が進入するのはなんとしても避けたいはずだ。その対策の一つが街にまで続いている下水道をふさぐという事なのだろうが……よりにもよって、何でこんな時に、…と叫びたくなる。
「ま、叫んだって事態は好転しないしね。―――ジェル、ちょっと出てきてくれる?」
 ショートソードの峰で叩いたけれど、錆びた鉄棒はあたしの力でどうにかなりそうな代物じゃない。スライムを封じ込めた魔封玉を手の平に乗せて呼びかけると、ポンッと丸いスライムが確かな重みと共に姿を現した。
「ここを通りたいんだけど、この棒の上下を何箇所か溶かしてくれない? ほら、前に弘二の剣や鎧をボロボロにしたでしょ。あの要領で」
 そう説明すると、ジェルは頷くように身を振るわせると軽く弾んで地面に落ち、そのままコロコロ格子の傍まで転がると、鉄の棒の一本に巻きついた。
「―――大丈夫そう?」
 スライムの体液は強い酸だ。それに期待してジェルを呼び出したんだけど……期待通り、あたしのいる通路を塞ぐ四本の鉄棒の一本は、錆びていた事もあって五分も経たずに細くなり、あっさり下端が溶け落ちてしまう。そして次の鉄棒に向かうジェルを見て何とかなりそうな事を確信すると、あたしは壁の傍へ腰を下ろし、しばしの休憩をとることにした。
「そーいえばお腹空いたな。晩御飯も食べてないからなぁ……」
 背負い袋の中から引っ張り出したポーションでノドの渇きを癒すと、干し肉と乾パンをかじってお腹を満たす。そうして一息をつくと、まるで背中が壁に張り付いたかのように体を起こせなくなり、あたしは軽く目を伏せた。
「ふう………」
 暗い洞窟をまっすぐ歩いてきたせいか、時間の感覚が麻痺している。気を抜いた途端に軽い睡魔が全身に広がった以上、外では夜もずいぶんと更けていることだろう。それに体の芯に残る激しいSEXの疲労は抜けていない。気を抜くと何もかも忘れて本当に眠ってしまいそうだった。
 けれど街にはもうすぐたどり着くはず……こんなところで眠っているわけにはいかない。どれだけの距離を歩いてきたか分からないけど、鉄格子がこうして行く手を阻んだ以上、街はそう遠くないはずだ。そうすればフジエーダに帰る事が……
「………はあ」
 とは言え……こんな場所に一人でいることの寂しさもあってか、口からはつい溜息がこぼれてしまう。
 ―――やっぱり冒険者なんて、柄じゃないのかな……
 あたし一人が街へ入れたとしても、誰かの助けになれるなんて到底思えない。むしろ誰かに助けてもらい、誰かの足を引っ張って、結局迷惑になるのが関の山かもしれない。
 ユージさんやユーイチさんがはじめに言っていたように、クドーの街へ逃げた方が良かったのかもしれない。フジエーダに帰るのはほとんどあたしの我侭に近くて、ただ……女になってどうしようもなかったあたしを助けてくれた人たちを放っておけない、ただそれだけの動機で戻ろうとしているだけに過ぎない。
「めぐみちゃんや綾乃ちゃん…静香さんたちも…みんな大丈夫かな……」
 ―――そうだ。みんなが危ない目にあってるのに、自分だけ安全なところになんて……行けるはずが無い。
 結局どんなに悩んだって、あたしの中で結論だけは決まっている。あたしがひ弱な女の子でも無能な男の子でも構わない。ただ、困ってる人を助けたいだけ……そんな数少ないあたしのとりえまで無くしたら、男に戻って誰に顔をあわせられるって言うんだろう……
「………んっ。ダメだなぁ…弱気になってるときじゃないのに」
 胸にわだかまった悩みを吐き出すように強く息を吐く。目を横に向けると、ジェルは四本目の鉄棒を溶かし始めていた。軽く目を伏せた時に眠ってしまったようだ。
「さて、もうひと頑張りしなくっちゃ!」
 頬をパンパンと叩いて気合を入れると、ブーツとニーソックスを脱ぎ、ライトブーツのおかげで疲れにくいとは言え熱を帯びた足を通路の奥から流れてくる澄んだ水の流れへと浸す。
「つっ!……くうぅ……」
 水の冷たさが足に突き刺さると眠気も飛び、重たかった頭の中も一気にクリアになっていく。
 ―――大丈夫。何とかなる。いざとなったらこの道を案内してみんなを外へ逃がせばいい。あたしだって…あたしだって何か出来るはずなんだから。
「よっし、がんばるかぁ。ジェル、下の方はもういいから次は上ね」
 あたし自身に入れた気合がジェルにまで伝わったのか、カンテラの明かりに照らされ赤く染まったスライムは勢いよく格子の鉄棒を上っていく。
「さて、あたしも休憩終わり。すぐに出れる準備をしなくちゃ」
 濡れた足でそのままニーソックスを履き直すのは……さすがにイヤだ。背負い袋のポケットから乾いた布を取り出して肌を拭ってからニーソックスでつま先から太股までを覆い、靴を履いてニーガードを左右に巻く。
「街に入った途端に戦闘してるってのもありだからね。準備は万端にしとか無くっちゃ」
 剣は二本ともオッケー。……と言っても刃の手入れをするわけじゃないけど。とりあえず棍も折れてなさそうだし、武器の方は問題なし。
 ライトブーツを履いて立ち上がり、背負い袋を背負いなおすと、上側もジェルに溶かされた鉄の棒が目の前で倒れ、かなり盛大な音を響かせる。―――ま、こんな洞窟にあたし以外に誰かいるとは…………えっ!?
 首筋に走る悪寒。少しでも休めたおかげか、唐突に何かのいる気配を感じ取る。
「誰っ!? 誰かいるの!?」
 ―――この気配は人間じゃない。モンスターのものだ。
 背負ったばかりのザックと鞘に入ったままのロングソードを通路の奥へ投げると、あたしは棍を槍の様に構えて今来たばかりの暗闇をにらみつけた。
―――グルルルル…………
「コボルト……ったく、一匹でいいのに」
 カンテラに照らされた明るい空間に姿を現したのは半人半犬のモンスター、コボルトだ。強さはゴブリンとそう代わらないはずだけど、あたしの前から一匹、そして水の流れを挟んで反対側の通路にも二匹が姿を見せ、すぐさまあたしを取り囲んだ。
「そう簡単には街へ入らせてくれないって事ね」
 やってやれないことは無い……けど狭い通路で戦うことに一抹の不安を覚える。
 ―――あたしの背後で二本目の鉄棒が倒れる音が響く。
 せめてあと十分時間を稼ぐ必要がある。さあ……男のままで死なないように、頑張って生き延びなきゃ。


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