stage1「フジエーダ攻防戦」04


 たくやを川へ突き落としたユージはキャンプへ戻り、弘二を縛り上げていたユーイチと合流すると、森の中を通って大回りにフジエーダの南側へと出た。
 その頃にはすでに陽は山陰に隠れ、辺りは暗闇に包まれていた。それでも二人は迷う事無く、確信を持ってとある地点へ向かって行くと、月明かりに浮かぶ影を見るだけでもその巨大さがわかる人型の姿――トロールを二体護衛に置いた馬車を見つけ出した。
「さて……それじゃ一暴れするか。ユージ、お荷物は任せたぜ」
「はいはい。けどトロールには気をつけろよ。下手に当たればユーイチでも力負けするからね」
 後ろに向けて手をひらひらと振ると、相棒のユージと気を失っている――正確にはユーイチに盛った眠り薬ですやすやと寝息を立てている弘二を残して、ユーイチは鉄の槍を手に馬車へと近寄っていった―――



「これはこれは。ようこそいらしてくださいました、二人とも。狭いところですがどうぞ中へ」
 馬車から出てきたのは黒いローブを頭からかぶった男だった。声から男と言うことは分かるが、見た目には性別さえ判別がつかず、どのような顔をしているかさえわからない。ただ、一度自分の思い通りにならないことが起きればすぐに取り乱す神経質な性格である事をユーイチとユージは何度かの対面で悟っていた。
「遠慮なく邪魔させてもらうぜ」
 その性格を知りながらなお挑発するように、ユーイチは槍の穂先に付いたゴブリンたちの血を拭った紙を後ろに放り投げると剣を鞘に収めたユージと共に馬車の中へと足を踏み入れた。
「………相変わらずスゴい馬車だよね」
 そこは確かに馬車の「中」のはずだった。外見は二頭引きの大き目の馬車ではあるが、二人の冒険者の目の前には通路が伸びている。右の三部屋、左に三部屋、そして突き当たりにはユージの背後にいる男の私室とも言うべき部屋がある。
 空間歪曲――外界と隔絶した空間を歪める魔法で、それによって馬車の内部と言う限定空間を何倍にも広げているのである。
「君に褒められるとは光栄ですね。ですがこの程度、古代の英知からすれば児戯に等しいもの。驚嘆すべきものではありません」
 なんでもない事のようにローブの男は口にするが、空間歪曲は失われた古代魔法技術の一つで、1パーセント未満の拡張にすら膨大な魔力を必要とする。この馬車が古代から残る「遺産」級のマジックアイテムか、この男が作り上げたのかは定かではないが、理屈を説明されてもユーイチにはちんぷんかんぷん、頭脳労働担当のユージにですら全てを理解する事は出来ていなかった。
 だが、この馬車が「そういう物」であり、数日前にも目にしている以上、さほど驚くものではなかった。そのまま奥の一室に通されると、勧められるがままに王侯貴族が使うような豪勢なソファーに腰を下ろし、目の前に置かれた巨大な一枚板のテーブルに目を向けた。
 そこに置かれているのはフジエーダ周辺の詳細な地図であり、ユーイチとユージが向かいに座ったローブの男に依頼されて調べ上げたものだった。
「まさかお二人がいらっしゃるとは思わず、警護のモノどもが無礼を働いてしまいました。謝らせていただきますよ」
「警護のもの…ねえ。あんた、ああいう連中を使ってるわけだ」
「ユーイチが暴れてから止めに入るまでにずいぶん時間も掛かってたしね。あわよくば僕たちを殺して口封じをしようとしていたんじゃないかな」
「そのような事……それにしても、よくこの場所が分かりましたね」
「ユージ、説明してやれ」
「おかげさまでこの辺りの地形の情報は頭の中に入っていたからね。南側に主力があるなら本陣を置く候補地はある程度絞れましたよ。もっとも僕たちが依頼で街の外にいなければ、こうして顔をあわせることもなかったでしょうけどね」
 なるほどと、納得するようにローブの男の頭が縦に揺れる。そしてひとしきり感心するとソファーから立ち上がり、戸棚の一つから皮袋を一つ取り出して二人の目の前に置いた。
「金貨が五十枚入っています。これでお二方に改めて依頼を申し入れたい」
「依頼? 詫びの間違いじゃないのか。―――んぎゃあ!!」
 男の申し出にテーブルへ足を投げ出す事で答えたユーイチだが、横からユージが振り下ろした鞘入りロングソードの一撃を脛に浴びて慌てて足を引っ込めた。
「申し訳ありません。この野人は礼儀という物を知りませんから。―――それで依頼の内容は?」
 パートナーが横で身を丸めて悶絶していても気にする風もなく切り返したユージに、こちらも気分害した様子も無くローブの男が依頼の内容を口にした。
「僕が何をしようとしているのかは、もう既にご存知ですね?」
「フジエーダを包囲している……その目的までは断定できません。フジエーダの街を占拠して周囲に勢力を拡大しようとしているのか、水の神殿を手中に収めるのか、それとも――逗留中のクラウド王国の王女の身柄を押さえるため…ですか?」
「その全てです。私は全てを手に挿れ、全てを成し遂げる」
 ユージにはそう答えるであろう事は十分予想できていた。―――だが、男の言葉を裏付けるものが何一つ無い。馬車の外にいるモンスターたちをどうやって操っているかまではわからないが、それでも戦力不足を否めない。落とせるとしてもフジエーダまで、と言うのがユージの見解だった。
「そこであなた方に依頼したい。私と共に戦ってはくださいませんか。今は一人でも多くの勇者に私の理想へ協力していただきたいのです」
「………勝算は?」
「おいこら、ユージ、なに言ってやがる。こんな奴と手を組むのかよ!?」
「ユーイチは黙っていてくれ。交渉ごとは僕の仕事だ。―――それで、フジエーダをこのまま落としたとして、その後の戦いも勝ち続けられるだけの戦力をあなたは有しているんですか? 僕にはどう考えても、先は無いように思えます。その予測を打ち破るだけの奥の手がなければ……この話を受ける事は出来ませんね」
 負け戦に参加する気は無い。――傭兵と違い、自分の命を最優先にする冒険者にとって、いくら報酬を出されてもそんな戦いは避けるものとしか考えられない。
 しかも以前の地形調査の仕事はクドーの街の冒険者ギルドを通っているが、今度の依頼は戦争の片棒を担ぐ事に他ならない。その点を踏まえた上で、ユージは挑むような視線をローブの男に向けた。
 だが……あらゆる可能性を想定していたユージの予測の範疇を越える答えが、さも当然の事であるかのような口調でローブの男の口から放たれた。
「私が勝つ道理……それは私が神をも超える存在になるからですよ」
「神を……超える?」
「そう。そうですとも。私は水の神アリシアを足元に踏みにじり、大国の姫君を生贄にし、古代の超兵器を手中に収め、そして人の体を捨てて魔王になる!」
 語る内に声を昂ぶらせたローブの男はユーイチとユージに背を向けると両手を広げて高らかに理想を語る。―――それは夢想であり、あまりに現実味が感じられない言葉であった。
「そのためには今のフジエーダはあまりに都合が良い。水の神殿が権威を振るい、超兵器を召還するクラウディアの王女が滞在し、私が魔王になるために必要なものが二つも揃っている。まさに僥倖。これぞ運命が私を選んだことに他ならないのですよ!」
 男の口調はますます熱を帯びる。だがその様子を見つめる二人の冒険者はなんとも言いがたい表情を浮かべていた。
「………ま、ここへ来たのは契約違反のけじめをつけるためなんでね。ユーイチ、行こうか」
「了解了解。この金は違約金代わりにもらっていっとくぜ」
「なあああぁぁぁ!? ふ、二人とも、この私がここまで言っているのにお金だけ奪って去るおつもりなのですか!?」
「奪うも何も、違約金だっての。何が地質調査だ、んな侵略行為の片棒を担がせやがって。この事はキッチリギルドの方へも報告しといてやるからな、この誇大妄想野郎」
「では報酬を二倍…いえ、三倍出します! 私はあなた方の能力を高く買っているのです。モンスターのような捨て駒ではなく――」
「どっちにしろ僕たちも駒扱いされるだけなのは目に見えてますからね。謹んでお断りします」
「そんな馬鹿な! 今、私に忠誠を誓えば現世の富貴など思うが侭だというのに。力も、金も、権威も、名声も、女も、それら全てを手にいれられるというのに、それでも断るというのですか!?」
「もち。誰が男の言いなりになるかよ。俺たち誘惑したけりゃ美少女に百回生まれなおして出直して来い」
 長物の武器を持つユーイチが先に部屋を出、その後に続くユージがローブの男へ振り返る。
「僕はリアリストですので。―――それに先約の依頼がありますから」
「ではその依頼の五倍の報酬を出します!」
「金貨で千枚……五倍の五千枚、すぐに用立てられますか?」
「ご、五千!?」
「僕たちは今からクドーの街に向かい、事の仔細を領主に報告するでしょう。フジエーダの街を落とすなら早めにする事をお勧めしますよ」
「………あなたたちが連れてきた男、クドーの街の領主の息子ですね。人質にするので置いていっていただけますか」
「構いませんよ。彼一人をこの辺りにおいていれば無駄に命を散らすだけですから。代金はさっきの金貨に込みと言うことで」
「それともう一人……あなたたちに同行している女性がいましたね。川であなたが突き落としたそうですが」
「さあ。ただどうしてもこの場から逃げ出した一定運で、川から北へ逃げろって身を持って教えてあげただけですよ」
 あの場で視線を感じて、咄嗟に突き落としたたくやの事だ。だが、その事を出されても眉一つ動かさずに部屋を出たユージは扉閉めながら振り返り
「……では、良い夢を」
 そういい残して扉を閉めると、十秒後には扉の向こうからガラスの割れる音が聞こえてきた。
「……ユージ、お前挑発し過ぎだって」
「ユーイチこそ。女扱いされた途端、首まで真っ赤になってたよ。よほどトラウマを持ってるんだろうね」
 馬車を出ると、襲い掛かってくると思っていたモンスターたちはいなかった。ローブの男を呼び出すために20匹ほど倒して懲りたのだろう。―――が、
「―――――!?」
 二人は息を飲むと身を投げ出すように前へと飛び、馬車から距離を取って視線を上へと向ける。
 全身から汗が一気に噴き出してくる。歴戦の戦死である二人でさえ、死を一瞬意識するほどの強烈な殺気を放つ相手が、そこにいた。
 月の光の下、血よりも赤い瞳を輝く。
 視線に込められた殺気は体の自由を奪い去り、二人の武器を持つ手がわずかに震え始める。
 攻撃力、防御力、瞬発力、そのどれをとってもゴブリンやコボルト、オークでさえも相手にならない。軍勢の中で最も厄介であろうと考えていたトロールよりも明らかに強い相手が、そこにいた。
「オーガ…か」
「これはまた、厄介な相手だな……あの玉無しホモ野郎、マジで俺たちを殺す気かよ……」
 人食い鬼とも呼ばれる強力なモンスターのオーガだが、その中でも屋根の上にいる相手は格が違った。成人に達したオーガは数が少ないが、見上げる場所にいる奴はどれだけの力を秘めているかを計りきることが出来ない。――正直、馬車から出ればすぐに逃走する事を事前に打ち合わせていた二人だが、それすらも出来そうになかった。
「……………」
 だが、オーガの方にはもとより二人と戦うつもりはなかったらしい。不意に顔を背けると、大きく跳躍して森の闇へと姿を消していった。
「………ぶはぁ! な、なんつー奴まで勝手やがる、あのクソ野郎。クドーに行く前に打った押しといた方が街も安全じゃないのか!?」
 オーガが姿が見えなくなると、ユーイチは大きく息を吐いてその場に座り込んだ。
 戦っていれば、負けはしなかったと思うが、その自信は無い。事、戦闘に関しては人間と生まれながらにして生命の規格が違う相手である上に、その中でも格別の強さを秘めた相手だ。軽々しく勝利のイメージを抱く事さえ難しく感じられる。
「立てるか、ユーイチ」
「なめんな。……いつまでもここにいちゃヤベェ。とっととケツまくって逃げるぞ」
 そのまま二人はクドーの街に向かう街道の方へと足を向ける。―――だが、追っ手がいないのを確かめると、森の中で身を隠す。
「たくよぉ……俺らが地形調査なんて引き受けなければ、こんな事にならなかったのに……クソっ!」
「あの依頼は正式にギルドを通したものだ。虚偽が含まれていたとは言え、俺たちがやらなくても別の連中がやってたさ。あまり気負う必要はないよ。それに、あの事はあいつには教えてないんだし」
「ああ……それより、先約の依頼ってなんだよ。しかも金貨一千枚って。ウソをつくなら他に言い様があるだろうが」
「あれは別に嘘って訳じゃないよ」
 周囲を警戒していたユーイチだが、ユージの言葉にキョトンとした顔を向けた。
「もう前金でタップリ楽しませてもらったからね。その分ぐらいは手伝ってあげないと」
 その言葉に含んだ意味をすぐに察して……この後三十分、二人は無益な言い争いを続けることになった。








「まったく……ユージさん、何考えてるのよ……」
 髪の毛から水を滴らせながら、あたしは水を吸って重たい服を着たままキャンプに向けて足を動かしていた。
「いきなり「溺れてくれないか?」って……はぁ…あたしってつくづく男運が無いなぁ……あたしによってくるのはスケベかトラブル連れしかいないんだもんなぁ……とほほ……」
 一応あたしの剣とジャケットも最後にエッチしていた場所に置いてあったけど、ユージさんの目的がさっぱりわからない。プラズマタートルの存在を教えてくれて無ければあたしを殺すつもりだったとも思えるけど、そうでなければ溺れられそうにも無い川に突き落とした理由が考えられなかった。
 結局言われるがままに、川の中を泳いで、ついでに服や体に染み込んだ精液を洗い落としてから隠れるように別の放れた場所から岸に上がったのは……ユージさんがあたしの敵になったとは考えられないせいもあるだろう。
「………やっぱりいないか。そりゃそうよね」
 キャンプにたどり着きはしたけれど、誰もいなかった。テントも弘二の巨大リュックもそのまま。ただユージさんとユーイチさんの荷物はなくなっていて、その二人と弘二の姿がどこにも無くなっていた。
「今日はここで夜を過ごそうっと」
 一昨日はトラブルだらけ、昨晩は男だらけの夜を過ごしたけれど、こうして一人になるとなんとなく寂しく感じてしまう。全身ずぶ濡れになったせいか背筋も寒いし……結界杭も打って火も起こしたし、鍋が煮えるまでに着替えないと。それからなんとか街に入る手を考えて……
「ん? なにこれ……」
 乾いた服に着替え、偵察前にはずしていたショルダーアーマーをジャケットに取り付けておこうと手にすると、重なり合った肩当の間に一枚の紙が挟まっていた。なんとなく気になってそれを広げ、暗い中で目を凝らしてみる。
「地図?……もしかしてこの辺りの!?」
 もしそうなら、街へ入るために手がかりになる。それがユージさん達の残したものかもしれないと思うと、心中がずいぶんややこしくなるけれど、とりあえず喜び勇んで焚き火の傍に戻り、明かりにかざして視線を走らせると―――
「………これだ!」
 フジエーダの南側、多分ここからそう遠くない場所に書き込まれた一本の川。そこに書き加えられた赤い丸印と、そこが何の川であるかを記した文字を見て、あたしはようやく見えた希望の光に喜びの声を上げた。
 そこには小さな文字で「下水道」と書かれていた。





アイテム・フジエーダ周辺の地図を手に入れた。
アイテム・(弘二の)ロングソードを手に入れた。


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