第八章「襲撃」12


「―――つまり、数時間差で入れ違いになったんだ」
「ああ。あのデブのところにゴブリンの被害の報告が行ったのは夜だったそうだからな。それから急に呼び出されて、仕事を受けて追いかけてきたって訳だ」
 なるほど……ゴブリンが暴れたところで喧嘩ぐらいの被害しか出ないだろうけど、そんなに被害が多発するほどゴブリンが増えてたら、あたしのような駆け出し冒険者だけじゃ危険も多いだろう。神官長に気を使ってもらっちゃってるな。
 ユーイチさんとユージさんは神官長と懇意にしている二人組みの冒険者で、あたしより少し年上だけど、なかなかの腕利きで通っているらしい。昨晩見た実力から考えても、あたしが十人いても勝てそうに無い。ただし、色仕掛けはしないとして…だけど。
 どうもユーイチさんの方はかなりのスケベっぽい。じろじろとあたしの体を舐めるように見つめまわし、時には背後に回ってお尻やニーソックスからはみ出した太股をため息混じりに見つめたり、気安く肩に腕を回すと「街に帰ったらお茶しようぜ」とか「俺たちと一緒に冒険しないか」とナンパの言葉が飛び出してくる。
 この手合いがしつこいのは弘二で十分骨身にしみている。けれど、昨日助けてもらった手前、無下に断り続けるのも……
「ユーイチ、そろそろ遠慮しておけよ。そんなにはしゃいでると、街に帰るまで体力が持たなくなるぞ」
 ……と、困り果てているあたしに助け舟を出してくれたのは、メガネも凛々しいユージさんだった。
「だ〜いじょ〜ぶだって。それよりさ、お前はこう、なんていうか、ぐっと来ないか? あのデブが一目おいてる女冒険者だって言うからどんな化け物が出てくるかと思ったら、こんなにカワイイんだぜ」
「お前よりもたくやちゃんの体力の方が心配なんだ。まだ駆け出しだって話なんだから、俺たちのペースに合わせて無理させるわけにもいかないだろ」
「だけどよぉ」
「それにさ、もしかすると彼女、お前より強いかもしれないから気をつけたほうがいいぞ」
「「……へ?」」
 おお。ユーイチさんと見事にハモっちゃった。それにしても、
「やだなぁ。そんなはずあるわけ無いじゃないですか。あたしをおだてたって何も出ませんよ」
「別におだててるわけじゃないさ。クラウド王国の王女を誘拐犯から助け出したのは君なんだろ?」
「うっ……なんでそれを……」
「街じゃ結構噂になってるよ。美人の冒険者が巨大モンスターと戦ったとか。実際にスラム街の方が二割ほど崩壊してたし、普通は気になって色々と情報を集めるものさ」
 へぇ……さすがちゃんとした冒険者は違うなぁ……あたしも見習おうっと。
「もっとも、確信がもてたのは今だけどね。昨晩は素手で五匹もゴブリンを倒してたからもしかすると、って思ってカマを掛けさせてもらったんだ」
「ひ、ひどい! あたしをだましたんですか!?」
「そーだそーだ。こいつはこういう奴なんだ。だからさ、ユージよりも俺と付き合った方が断然安心だぜ。俺ってほら、結構プラトニックなお付き合いから始める方だし」
 その言葉をあなたの態度のどこから感じて信じられると言うんですか……そう口にしたかったけど、愛想笑いで止めておこう。
「だましたと言うよりも事実の確認かな。ユーイチと違って、僕は交渉事もこなさないといけないから正確な情報を抑えておきたいんだよ」
「う〜……ま、いいですけど。でもあんまり他の人に言っちゃダメですからね」
「どうして? 君は賞賛される事をしたんだから別に隠す必要は無いと思うけど」
 どうしてって……ハズかしいからに決まってるじゃないですか。あれはたまたま運がよかっただけで、あたしがスゴいわけじゃないんだし。
 とは言え、そういう事を言うと帰って自慢しているようにも思えちゃうし……と、頬を書きながら返答に困っていると、あたしたち「三人」の後方から潰れたカエルが絞り出してるような声が聞こえてきた。
「ま…待ってくださいよぉ〜……ゼエ、ハァ、ゼエ、ハァ……荷物が…お、重すぎです、って……」
 そりゃ確かに重いだろう。なにしろ、昨晩あたしが襲われてても助けにも来ずに眠りこけていたバツとして、ユーイチさんとユージさんの荷物も持たされているんだから。あたしはこれ以上下着に変な事をされないようにと、自分で軽めの背負い袋を背負っているけれど、弘二の背負うそれはまるで山だ。テントなど不必要に大きいものが多いせいで弘二一人の荷物だけで膨大だと言うのに、さらに先輩冒険者の荷物まで持たされている。……あたしなら一歩も歩けず潰れていそうだ。
「た、たくやさぁ〜ん…助けてくださぁ〜い……僕、僕はあなたへの愛の重みで潰れそうです…ぐぇ……」
「―――と言ってるけど、どうする?」
 さすがにユーイチさんたちもやり過ぎたというような顔をしている。ただそれは、弘二がかわいそうだからと言うよりも、弘二一人が遅れたせいで街に入るのが遅くなりそうだからと言う理由の方がかなり多くの割合を占めている。
 そして、あたしも――
「いや♪ 人にあれだけひどい事をしといて、気安く名前を呼ぶような奴を何で助けなくちゃいけないのかな♪」
 と、にこやかに微笑みかけてあげる。それは当然弘二を励ますものではなく、内面に煮えくり返ってる腹の虫を覆い隠すためである。
「それは、僕が、悪かったけど、でも、覚えて、無いんですぅ〜……」
「へぇ〜、弘二君のお国では、覚えてなければ何してもいいんだ。へえ〜、ふ〜ん、ほお〜」
「ううう……すみません、すみませんでした…もうあんな薬は使わないので許してください、たくや――先輩」
「うん、それでよろしい」
 勝った……なんて言うか、始めて弘二を屈服させたって言う気がする。こいつにはいっぱいひどい目に合わされてきたからなぁ……
 けれど、今はこんなところで感涙に蒸せっている場合じゃない。あたしも一刻も早く下着を履きたいからには弘二を元気付ける事を言ってあげないと。
「それじゃあ、急いで街に帰ろっか」
「けど…僕、もう体力が…一歩も歩けませんよぉ……」
「がんばれ弘二♪ 帰ったら一緒に食事してあげる♪」
 ―――ちょっと期待を持たせ過ぎた言葉だったんだろうか、弘二は目を大きく見開いてあたしの顔を凝視した。
「食事…ですか?」
 食事だけじゃインパクト弱かったかな?
「僕と先輩が…一緒に」
 たぶんユーイチさんとユージさんも一緒かな? さすがに二人っきりは……
「街で…レストランで……」
 あれだけひどい事されたんだから、少々豪勢な食事にしてもらわないと割に合わなさ過ぎる。
 ―――そー言うわけだから。
「うん、いいわよ」
 弘二の提案をしっかり考えた上に大丈夫と判断して、あたしは笑顔と一緒に頷いた。
 するとどうだ。今にも押しつぶされそうだった弘二は急に目の色を変えると勢いよく上体を逸らし、地面を踏みしめてズンズン前へ進み始めた。
「いよっしゃああああああっ!! 先輩、見ていてください! 今の僕は愛の聖戦士です。この程度の荷物はチャラヘッチャラです!」
「がんばってね〜〜」
 あっという間にあたしたちを追い越し、先へと進んで行く弘二の背中にひらひらと右手を振る。―――なんともおだてやすい。
 けれどこれで街へ帰り着く時間は大分早くなるだろう。それなら弘二のおごりで食事をするぐらい安いもの――
「―――っ!? 弘二、こっち来て!」
 やばい。なにかよく分からないけど、この場にこのままいたら非常にやばい事になる。……根拠なんて何にも無い。ただなんていうか……おかしいのだ。昨日ここを通ったときとは何かが違う。
 よく見ると、木の幹のあちらこちらに小さな傷が付いている。動物の泣き声がしない。風が生暖かい。そして……なぜかあたしの直感が、今ここに危機が迫っていると警鐘をガンガン鳴らしまくっている。
 もし何もなければ、弘二と、ユーイチさんたちに謝ればいい。けれども視、今ここで動かなかったら……あたしたちの命に関わるかもしれない。
「ユーイチさん、ユージさん!」
 あたしが声を掛けたときには二人も動き出していた。
 この場で一番厄介なのは弘二の背負う荷物だ。それを三人で押して慌てて茂みに隠れて息を潜めた。
「先輩、何があるって言うんですか?」
「しっ! 黙ってて………………………来た」
 茂みは深く、あの巨大な背負い袋とあたしたち四人の姿はすっぽりと隠れてしまっている。そのまま息を潜め、葉と葉の間からそっと通り過ぎようとしていた方向を見ると、そちらから現れたのはモンスターの集団だった。
「1……2………4…………6……」
 見えるのはモンスターの足首だけだ。けれどその数を把握しようと数えて行くと、優に二十を超えるモンスターがあたしの目の前を通り過ぎて行った。
「ゴブリンだけじゃない。コボルトやオークもいる混成部隊だ。どうなってるんだ……」
 ユージさんが焦った声を上げるのも無理は無い。
 フジエーダの街で頻繁に姿を目撃されていたのはゴブリンだけだけど、今のモンスターの集団には複数のモンスターの存在が確認できた。ゴブリンやコボルトがオークの家来となる場合もあるけれど、まるで周囲を警戒するように隊を組んで歩くなんて、信じられない事だ。それに……
「あいつら……武器も持ってましたよね」
 脚と一緒に地面を付いて行く木の棒。それが何を意味するかを考えると、あたしが杖代わりに持つ木棍ではなく、先端に石でも何でもいい、鋭く尖ったものを巻きつけた槍と考える方が妥当だろう。
「ざっと二十か…やっちまうか?」
 ユーイチさんが槍を手に立ち上がろうとするけれど、それを止めたのは他ならぬ相棒のユージさんだ。
「やめた方が無難だろうな。やり過ごせるならやり過ごした方がいい。どうもあれだけじゃない様に思えるから、下手に襲撃するとややこしくなりそうだ」
「え? え? え? やっつけないんですか。僕がいればあんな連中の十匹二十匹!」
「そうじゃない。刺激するなと言ってるんだ。奴らの中にはゴブリンだけじゃなくオークもいた。もし組織立った動きをされたら俺たちでも勝てない危険性がある。ここはいそいでフジエーダに向かうべきだ」
「んな事ぁわかってる。けどよ、あいつらが来るたびにいちいち隠れるなんて性に合わないんだ。見つけ次第倒しといた方が良くないか?」
 血気にはやるユーイチさん。何も考えていない弘二。その二人を押しとどめるユージさん。
 もうモンスターの集団はここから遠く離れ、直面していた危険な感覚も幾分和らいでいた。けれど胸にわだかまる嫌な予感は一向に晴れる気配を見せなかった。
「フジエーダに何が……みんな、大丈夫かな……」
 あたしたちが変えるべき場所、そしてモンスターたちがやってきた方向……この時、何が起こっているか知らずにいたあたしは、街にいる人たちの身に何が起こったのかと不安に覚えながら、まだ見えない水の街を揺れる瞳でジッと見つめていた……





 一方その頃―――
『おわ〜〜〜、なんじゃこりゃあ! ワイらの体が透けとるやないけ!』
『アニキアニキ! それに空飛んでるよ、浮かんでるよ! 俺たち一体どうなっちゃったの!?』
『こりゃきっと、魔王様の力のおかげで魂だけ生かしてくれたに違いないわ』
『つーことはなにか、ワイらってば幽霊?………ユーレイ恐い〜〜〜〜〜〜!!!』
『…………………』
『なに? 魔王様の気配を察知したやと? さすが無口やけど鼻の効くワイの弟分。よし、早速全員でレッツらゴーや!』
『おおおおお〜〜〜〜〜〜!!!』
『待っててや魔王様。ワイらの愛を今プレゼント〜〜!』
『けど体が無のうなってもうて、これからどうしたらええねん…射精できんぜよ!
『…………………』
『どうやって空中をレッツ&ゴーするかって? そりゃ…………クロールや!』
『バタフライ!』
『古式泳法!』
『猫掻き!』
『……………』


たくやは(知らない間に)ゴブリンゴースト×5匹と契約した。


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