第六章「迷宮」02


「―――と言う事なの。魔王にはなりたくないけど、そんな力があったら便利じゃない。だからちょっとだけ力の使い方を教えて♪」
 慎ましいけれど美味しい昼食を取ったあたしはエロ本とめぐみちゃんを連れて自分の部屋へと場所を変えると、テーブルに置いた魔王の書に事情を説明して両手を合わせて精一杯可愛くお願いしてみる。けど――
『………フンッ』
 いつもは一言二言多いのに、魔王の書は鼻を鳴らすと――そもそもこいつに鼻があるかどうかが疑わしいんだけど――、それ以上は語らなくなってしまった。
「そんなに拗ねなくてもいいじゃない。さっき助けてあげなかったことはあたしだって反省してるし」
『………フンッ』
 くっ……我慢、ここはぐっと怒りを抑えなきゃ……
 胸中でうめきつつも、ここは魔王の所をなだめ透かして色々と聞き出さないといけない。
「これから先、あたし一人で旅をするのは危険でしょ? あたしに何かあったら困るのはお互い様じゃない。だからさ、契約の仕方の時みたいに教えてくれるだけでいいの。そしたら後は自分で練習するしさ♪」
『だったら全裸で街を一周してきてもらおうか』
「……は?」
 何を言っているのか理解できない。――「胸を見せろ」とか「ぱふぱふ」とか、エッチな要求をしてくるとは思っていたけれど………街を一周?
『力を手に入れるためなら安いもんじゃろう。そのいやらしい体を覆う衣服全部脱ぎ捨てて、街中の人間に見られて来いと言っとるんじゃ。くっくっくっ……ワシが受けてきた屈辱の数々に比べればたいしたことではあるまい? ん?』
「なっ……なっ……」
 い……いや待て。我慢だ。我慢しなくちゃいけない。お父さん、お母さん、姉…は置いといて、見ていてください、たくやは立派な男の子になってます!……今は女だけど。
 そんな感じに脳内が錯乱気味だ。今すぐこのエロ本を窓の外へほうり捨てたい衝動を必死に押さえ込み、怒りのあまりガチガチとぶつかり音を立てる歯を噛み締める。
『ふむ…やはり脱ぐのは大通りのど真ん中じゃ。そこで一枚一枚焦らしながら脱ぎ捨てて行って、「スケベで淫乱な露出狂の私を見てください…」と宣誓してもらおう。さぞや注目の的じゃろうな』
「そ…そうだね…ハッ…ハハハ…ッ……」
 そうだ。こんなときは歌を歌おう。そしたら童心に返って嫌なこと全部忘れられるはずよ、きっと……
『戻ってきたらキッチリ躾けてやるからのう。首輪をつけて紐を付けたらお手からチ○チンまで何でもこなせるメス犬に変えてくれるわ。なに、簡単じゃろう? それだけで人間では手に入れることなど許されん力が手に入るんじゃからのう』
 犬……あたしは犬……が…我慢………ッ!!!
『それではワシと契約してもらおうか。「たくやは一生魔王様のメス奴隷ですぅん。ずっと女の体のままでご奉仕さ・せ・てぇん♪」と。そしたら情けをかけてやらなくもない。ワシの代理で魔王になっておるおぬしに力を分け与えて愛人一号にしてやるとまで行っておるのだからなぁ。さぁ、まずは舌舐めじゃ。ワシの表紙を嘗め回して綺麗にしてみい、いやらしくな、いやらしくぅぅぅ〜〜〜!!!!!』
「ふっざけるなぁぁぁ!!!」
『―――へ?』
 それまで耐え忍んでいただけに、反作用で大爆発を起こしたあたしの怒りはすさまじかった。一瞬にして魔王の書を高々と振りかぶると壁へと全力で叩きつけ、床に落ちるのと同時に椅子を投げつけトドメをさしていた。
『な…なにするか! 乱暴働くと何も教えんぞ!』
「別にいいわよ。そもそも、あんたなんかに頼るのが間違いだったんだから♪」
 あたしは力の大半を封帯で封印されて動けなくなっている魔王の書へゆっくり歩み寄ると床から拾い上げ、そのまま自分の背負い袋の傍へ屈みこんだ。
「え〜っと、油瓶と火打石はどこにいれたっけ」
『………あの〜、なにをなさろうとしているのか、聞いてもいいっすか?』
「んっとね。うるさいだけで役に立たない邪魔な本を一冊燃やすだけ。だからあんたは全然気にしなくてもいいのよ、ま・お・う・さ・ま♪」
『おお、そうかそうか。率先して世の中からごみを減らそうとする心、美しきかな。――で、その本ってどれ?』
「あたしが手に持ってるヤツ」
『――それってワシじゃん!! いや〜、やめてやめて、油も火もいや、やめてぇぇぇ!!』
「何をお嘆きになっているんでしょうか? 魔王様なら油かけられて火をつけられたって、どーって事ないですよね♪ まぁ、ただの本ならともかく、魔王様だもんね〜〜♪」
『ダメ、嫌、やめてぇ! 離せ、この放火魔、鬼悪魔、人殺し〜〜!!』
「へ〜、人だったんだ。んじゃ魔王じゃないのね。人じゃ魔王になれないって言ってたばかりなんだし」
『訂正、この魔王殺し〜〜〜!!』
「いい加減諦めて灰になっちゃえ♪ え〜と、確かお皿が棚のほうに……」
 軽食用にと部屋に置いてあったお皿を見つけ出したあたしはテーブルへと戻ると、年季の入った丸皿の上へ魔王の書を置き、先日購入したばかりのランタン用に油瓶の蓋をキュポンと音を当てさせながら開け放つ。
『へ、ヘルプミープリーーーーーズ!! 教える、何でも教えるからそれだけはぁぁぁ!!』
「やだ♪」
 魔王の懇願を笑顔で拒絶したあたしは油瓶を傾け、粘度の高い油を垂らそうとする。と―――魔王の書は唐突に、あたしとは別の人物へと話しかけ始めた。
 ベッドに座り、あたしと魔王の書のやり取りをハラハラと見ているめぐみちゃんへだ。
『おい、そこのメガネぺちゃパイ!』
「めぐみちゃんへなんて事を言うかぁ!!」
 あたしは腕を振り上げ、全体重を乗せたエルボーを魔王の書へと叩き込む。
『ぐはぅ!』
「あ、しまった。下のお皿が割れちゃったじゃない。――しょうがない。切り刻んで川に流そうかな」
『い―――や―――っ!!! めぐみ、めぐみ、このサイコな斬り裂き魔を何とかしろぉ!!』
 訓練場に置いてきたショートソードの代わりにナイフを取り出したあたしに危機感を募らせた魔王。
 だけど、めぐみちゃんもどうすればいいか分かっていない。書庫での出来事がまだ尾を引いているのだろう、あたしの顔とテーブルの魔王の書とを交互に見つめるだけで、立ち上がろうとも声を出そうともしなかった。
「ほらほら、諦めてゴミになりなさい。川底に付いたら腐って土になれると思うから」
『川へのポイ捨て禁止――ッ!! んな事よりめぐみ、早くワシに力を貸せいっ!! さもなくば「あの事」をたくやに話すぞ!』
「………あの事?」
『ふっ…ふっふっふっ…興味を持ったな? 知りたくなったな? めぐみがあの書庫で行った恥ずかしい出来事が今、ワシの口から語られるぅ!』
 えっと……めぐみちゃんの事に限らず、「秘密」と言われれば気になっちゃうのが普通の人と言うものだ。指摘されるまでもなく、興味を引かれたあたしは魔王を抑える手を止める。
 けど……その秘密を晒されようとしているめぐみちゃん本人にとっては、静観していられる事態ではなくなっていた。
「ま、待ってください! あの、さっきは誰にも話さないって!」
 ベッドから慌てて立ち上がっためぐみちゃんが放ったのはほとんど叫び声だった。
『ん〜? 何の事かのう。約束は破られるためにあるし〜。たくやもなんか聞きたそうだし〜』
「あ、あたしに振らないでよ。別にあたしは聞きたいわけじゃ……」
『ウソはいかんなぁ、ウソは。んじゃ、聞かなくても言い訳じゃな? 今を逃すと絶対に言わんからな、ワシ』
 うっ…こいつなら確かに二度と言わないだろうけど…だからってめぐみちゃんの前で聞きだそうとしたら……うあああああっ、どうしよう、なんかスゴく聞きたくなってきたようなぁぁぁ……
『ほぉれ、聞きたくなってきた、聞きたくなってきたぁ。う〜ん、どうしよっかな〜。ワシ、このままだと簡単に口を滑らせてしまうかもしれん。その前に誰かさん、たくやを止めてくれないかな〜〜』
 こいつは……あたしに話を振ってめぐみちゃんにも……鬼だ。
 実際、本気で燃やして捨ててやろうと思っていたけれど、めぐみちゃんに止められたら強く出ることは出来なくなる。どうしたものかとめぐみちゃんへ顔を向けると……そこであたしは、めぐみちゃんが泣いているのに気づいてしまった。
「えっ……」
「やめて……お願いです、言わないで…私…私が悪いんです……だから…だから言わないでください……」
 メガネのレンズの向こう側でキツくまぶたを閉じ、めぐみちゃんは大粒の涙をポロポロこぼす。それを拭いもせず、両手で僧衣のスカートをぎゅっと握り締めた彼女は懇願の言葉を嗚咽混じりの涙声で何度も何度も繰り返す。
「あ、あのねめぐみちゃん、あたしは聞く気なんてこれっぽっちもないから」
「ほ…本当…ですか? ぐすっ……」
「もちろんよ。めぐみちゃんは大切な友達だもん。悲しませるような事をするはずないでしょ?」
「友達……」
 慌てて慰め始めたあたしの顔を潤んだ瞳で見上げためぐみちゃんだけど、なぜか悲しそうに俯いてしまう。そこへ――
『けどまぁ、たくやを止めてくれなきゃ言っちゃうけどね、ワシ』
 魔王の書の心無い一言が飛んでくる。
「こらこのバカエロ本っ!!」
 その瞬間、あたしは右足を高々と振り上げるとテーブル上の黒表紙に踵を叩き込んだ。
『へぶぅ! み、見事なネリチャギ…ネギチャリ? て言うか、攻撃やめなきゃ本当に言っちゃうぞ!』
「止めたら止めたで言っちゃうでしょうが、面白半分に!」
『あう、おう、あうぅ! 踏むのは、踏むのはやめてぇぇぇ! ああ、そこグリグリされたらワシは、ワシは…あおぉぉ〜〜〜、女王様ぁぁぁ〜〜!!』
 そのまま床へ投げ捨て、ゲシゲシ蹴り始めると変な声を出してきたので不気味になってさらに強く踏みにじる。
 めぐみちゃんの秘密を言わせはしない……いつの間にか180度考えが変わっていたあたしは攻撃の手を緩めなかった。――けれど、めぐみちゃんから目を離すべきじゃなかった。
「えっ…?」
『うぬ…?』
 あたしが蹴り続けている隙を縫ってテーブルへと駆け寄っためぐみちゃんは置いておいたナイフを手に取ると、そのまま自分の胸へ突き立てようとしたのだ。
「うわぁぁぁ! めぐみちゃん、ストップぅ!!」
「離してください! 私…恥ずかしくてもう生きていられません!」
『待て待て待て待て待てぇぇぇ!! 目の前で死ぬヤツがあるか、せめて処女をワシへ捧げてから死んでへぶしぃ!』
「こんな状態で馬鹿なこと言わないでっ!」
 床で足跡まみれになった黒本を蹴り飛ばし、めぐみちゃんを羽交い絞めにしてナイフを取り上げる。
 間一髪…と言うところか。し、心臓に悪い……
「………エロ本、めぐみちゃんの秘密は絶対言わないで。言ったらどうなるか……いいわね?」
『う、うむ。まぁ…しょうがないのぉ……』
 床に座り込み、赤ん坊のように泣きじゃくるめぐみちゃんの頭を抱きしめる。その頭を優しく撫でながら、あたしはとりあえずため息を突いた……




『―――では、ワシの封印を付く代わり…と言うことで、ファイナルアンサー?』
「なんのネタかよく分からないけど……そのぐらいなら」
 翌日、長い長い交渉の末にたどり着いたのがそういう結論だった。途中で何度となく油瓶に布を差し込んだお手軽火炎瓶での脅迫を交えていなければ、魔王の書のセクハラ発言でもう一日ぐらい延長していたかもしれない。
 なにしろ要求が全部スケベなことばかりだ他からあしらうのも疲れるし、殴るのも踏みつけるのもいい加減疲れた……交渉が一段落したところで心身ともに疲れ果てたあたしがベッドへ倒れこんでしまったのも無理のない話だ。
「それじゃあ神官長、お願いします」
「ホントウにいいアルか? コイツ、封印とかれたら絶対ワルさするアルヨ?」
 封印魔法が掛けられた封印帯を解くのは同様の封印魔法の使い手でなければ無理だ。事情を説明し、あたしの部屋に来てもらった神官長へしっかりとうなずきを返す。
「大丈夫ですよ。封印解かれても立ち上がるぐらいしか出来ないヤツですから」
「ン〜…マァ、そこまで言うのナラ」
 まだ不安が残っているんだろうけど、神官長は大きな手を伸ばして小声で呪文を唱え、一本二本と魔王の書に解かれた封印帯をはずして行く。
『むっ……むむむっ、き…きたぁぁぁ〜〜〜!!! みなぎる、ワシの全身に力がみなぎって行くぞおおぉぉぉ!!』
「ひゃあああっ!!?」
 表面に魔法言語を書き込まれた帯が全て、黒表紙に金色の文字とメダルの姿を久方ぶりに現した魔王の書は大声を上げながらテーブルの上に勢いよく立ち上がり、角の一転で絶妙なバランスを保ちながらその場でくるくると回り出す。――その一方で、あたしは悲鳴を上げながら床にひざまずいてしまう。
『さ〜て、早速報復攻撃! 久方ぶりのアナル攻撃を食らうがよいわぁぁぁ〜〜〜!!!』
 すっかり失念していた……このエロ本の「あたしのアナルを自在に弄くれる」と言う特殊能力をいきなり発動させられ、きゅっとすぼまったアナルの近辺から直腸の奥に達するまでの腸壁が一斉に蠢き出すと、羞恥心を覚える暇もなく腹筋が痙攣し、その苦しさに耐え切れずに唇を震わせながら頬を床へと押し付けると、お尻を高く掲げてしまう。
『く〜〜っくっくっくぅ! いい格好じゃな、たくや。お主の腹の中がヒクヒク喜んでおるのがよーわかるわぁ!!』
「やっ…んんっ! やめ……やめないと、後で…ひどいんだ…んあああああっ!! やめ、お願いだからやめてぇぇぇ!!」
 全儀も無しにアナルの壁をなぞり上げられるのなんて、気持ちいい以前の問題で拷問もいいところだ。無遠慮に狭い腸内を押し広げて身をうねらせる違和感と言う名の圧迫感に自分でも触れたことのないような場所をなぞり上げられるたびにあたしの唇からは飲み込めない涎と共に短い声が迸ってしまう。
『どうだ、ここか? ここがええのんか? ほ〜れほれほれぇ♪』
「いっ…ひぎいっ!!」
『二度とワシに逆らわんと誓うなら許してやってもよい。さもなくばこのまま発狂するまでアナルをかき回してくれるぞよ?』
「だ、だれが…あんたなんかに……んんんっ!!」
『そうか……ならば悶え死ね、ワ〜〜〜ハッハッハァ!!』
「んっ!!」
 何も入っていないはずのお尻の中で、ヒクリと大きく腸壁が震え上がる。やばい……そう思うものの、短パンが邪魔してアナルに指を入れて対処することも出来ず、さらに強く大きく広がって行く肉壁の感触に、あたしは唇を噛み締めて耐えることしかできずにいた。
『さぁ、我が前に痴態を晒して悶え泣け、そりゃぁぁぁ〜〜〜!!!』
「だから言ったアルのに。……ふんっ!」
 魔王の書がさらに奥へ、直腸を越えて下腹の中を進もうと力を込めるその前に、テーブルの上に巨大な棍棒が振り下ろされていた。
『ぬがあああああっ!』
 テーブルは一撃で粉砕され、棍棒が魔王の諸語と床にめり込むと、ようやくあたしはアナルの悶絶地獄から開放された。
「た、助かった……」
『ヌガ―――ッ!! おのれこのデブ汗肉饅頭! さっさとこのでかいのをどけんとワシのこの鋭い角で、えいえい、このこの』
 いや……本の角で脅迫されてもそんなに恐くないし。それより……
「ちょうどいいからこのまま交渉しよっか。神官長、抑えててね」
「別にいいアルよ」
『ワシはよくない〜〜〜!! 境遇改善を要求する!』
「うるさい! いきなり人のお尻にあんなことして……変な癖が付いちゃったらどうするのよ!」
『「――変な癖?」』
 そこで二人同時にハモるなぁ!! あたしだって…あたしだってこんなエッチな体なんかになりたくなかったんだから、うぇ〜〜ん!!
 しかし今は泣いている場合じゃない。もしかすると……ここであたしの悩みは一気に解決するかもしれないんだから。
「それより……封印はちゃんと解いて上げたんだから力の使い方を教えて」
『え〜〜、でもワシ、床にめり込んでる状況だし、教えたくない気分かな〜〜♪』
「ふ〜ん…やっぱり約束破るんだ。それじゃしょうがないから……神官長、こいつを男湯に沈めといてください」
『んなっ!? お…男湯ぅ!!?』
「そう、男湯。単に濡らすだけだとすぐに復活しちゃうみたいだから、一晩お湯に浸かってきてね。あ、そうだ、当然男の人も普通に入浴するからね」
『………やっ………い〜〜や〜〜〜ああああああああああああああっ!!!!! 分かった、教える、力の使い方を教えるからそれだけは勘弁じゃ、ヤローの裸もヤローの赤の混じった温水も嫌じゃあああああっ!!!』
 よし、さすがは最終兵器。……あたしも嫌だ、男だらけの浴室なんて。
『ウッウッウッ……それで、どういった類の力が使いたいんじゃ? 言っとくけど魔王じゃからってどんな能力が使えるかは本人しだいじゃからの』
 それはある程度予測してた。神様だって万能じゃない世の中なんだし……ただ、あたしが臨む力は唯一つ!
「男に戻れる力が欲しい!」
『無い』
 ……………………
 ……………………
 ……………………
「……………………ないの?」
 あまりの即答振りに反応することが出来ず、ようやく意識を取り戻したあたしへさらにトドメの言葉が突き刺さる。
『うん、無い』
「じゃ、じゃあどんな呪いでも解ける力とか、とりあえず男の体に変身する能力とか!」
『そんなに都合のいい力なんぞあるかい。そもそもお前は女なんじゃからそのままでいいではないか』
「それじゃよくないからこうして、こうして……ええい、この役立たず〜〜〜!!」
『仕方なかろう。魔王特有の能力なんぞ数えるほどしかないんじゃから。個別の特殊能力は個人の素質を後押しするものじゃからのう』
「ん? それ、どういう意味?」
『そもそも、本当に魔王位の継承が為されておれば、たくやにも他の魔王とは異なるたくやだけの特殊能力がいくつか発現していてもおかしくは無いのじゃ。そういった兆しが無いから』
「あたしはまだ魔王じゃない…って言うのね?」
『そー言うこと。使える能力といえば……まぁ、今この場で出来るのはモンスターとの契約ぐらいじゃろうな』
 そんな……じゃあなに? あたしの努力と心労は全て無駄だったって言うわけ? そんな…そんな……
『まぁしかし、その特殊能力を目覚めさせる……と言うのも無理ではないぞ』
 がっくりとうな垂れ、口からなんか生暖かい疲れきったため息を吐いていると、床の下から一筋の光明のように思えるエロ本の声が聞こえてきた。
『ワシとしても所有者のおぬしには力をつけてもらいたいしのう。そんなわけでとりあえず……床から出してくんない? そしたらワシ自らが「精神世界」を使って特訓してやらんでもないぞ、ん?』


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