第三章「神殿」03


 あたしが二人の僧侶の女の子に連れてこられたのは神殿の地下だった。  案内された中庭に立つ小さな建物から伸びる螺旋階段を延々と降りた先、いいかげん目が回っていたあたしは 広大な地下室へと辿り着いた。 「うわぁ……これが地下室?」  あたしはその部屋に通された途端、感嘆の声を上げていた。  地表からどれほど深い位置なのかはわからないけれど、その部屋には光が満ち溢れていた。周囲を観察すれば ドーム状になった高い天井や壁のいたるところに白い光を放つ玉が埋め込まれている。その輝きは太陽の光とは 異なる、体に受ければ涼しくはあるけれど身が引き締められる静謐な雰囲気を部屋に満たしている。  目が部屋の明るさに慣れてくると、徐々に室内の光景もはっきりしてくる。 「んっ……これ…水?」  家の一軒や二軒はすっぽり入りそうな地下室は八角形の形をしている。が、床と呼べる部分は壁にそった僅か な部分だけだった。部屋の大部分は泉――と呼んでもいいんだろうか、室内の明かりをキラキラと反射する冷た そうな水が一面に満たされていた。 「たくやさん、ここが清めの間です。大掛かりな解呪を行う前にはここの水で体にまとわりつく一切に穢れを流 してもらう仕来りになっています」 「うん。……でもここ、すごく涼しいよね。外なんて何もしなくても汗が滴り落ちそうなのに……」  めぐみちゃんの説明を聞いている間に、あれだけにじみ出ていた汗が引いてしまう。光、水、空気、すべてが 地表よりも涼しいこの部屋にいると、それだけで穢れとか汚れとかそう言った不浄の類いが一切合切洗い流され ていきそうだ。 「ここは涼むのに最適なのよ。おやつのウリとかを水につけとくとそりゃもう最高! それだけでもここの僧侶 になった甲斐があるわ♪」 「………めぐみちゃん、あっちで先輩さんがあんなことを言ってるけど……」 「え…えっと、それは置いておきまして」  ふ〜ん……否定はしないんだ。  でも、そうしたい気持ちもよく分かる。この三日、暑い日差しに辟易しながら旅を続けてきたあたしも、二人 がいなかったら服のままあの泉に飛びこみたいぐらいだ。 「じゃあ早速準備しましょうか。めぐみ、早く行ってきなさい。あんたはいっつも時間がかかるんだから」 「わかりました。でも先輩はいいんですか?」 「いいのいいの、女同士なんだし、何も着てなくても恥ずかしくないわよ」  ………何も着てなくても? なんだかその言葉……凄く嬉しい事のように聞こえるけど、すごくイヤ〜な予感 も同時にしちゃうんですけど……  恐らくは「身を清める」事で二人がしなければならない準備の話なんだろけれど、部外者のあたしにはいまいち 理解しきれない。けれど二人――特にみっちゃんの言葉に危険をなぜか感じ、あれこれと段取りをつけている美 少女僧侶達からつい一歩離れてしまう。 「んじゃ上がった時に使用許可もお願い。面倒そうな呪いだし念入りに清めないといけないだろうから、あたし は先に始めておくからね」 「はい。それではたくやさん、失礼しますね。またのちほど」 「あっ……」  どちらかと言えば良識的なめぐみちゃんがあたしに向けて上品に頭を下げると、階段の向こうに姿を消してし まう。  できれば一緒にいてくれるのはめぐみちゃんのほうが良かったんだけど…… 「あれ? たくや君はあたしじゃ不満?」  そう言う考えが顔に出ていたのだろう、みっちゃんは悪戯っぽい表情を浮かべてあたしの顔を覗きこむ。 「そ、そんなことは……みっちゃんには感謝してます。あたしの我侭を聞いてもらっちゃって……ははは」 「―――まぁいいわ。あえて追求しないでおいてあげるから。そんなわけでたくや君」 「は、はい?」 「服脱いで。当然下着もね。一糸まとわぬすっぽんぽんになってちょうだい♪」 「―――はいぃぃぃ!? すっぽんぽんって、は、はだかぁぁぁ!?」  みっちゃんの言葉を少し時間をかけて理解したあたしはとっさに股間を抑えて後退さった。今は何も無くなっ てしまったけれど、女の子に「裸になれ」って言われてまず見られたくないのはやっぱりアソコ。これに関しては 男女共通――あ、胸を隠し忘れてた。 「そうよ。当然でしょ。水を使って身を清めるって言うのは、水を体にかけて念入りに洗うって事なんだから。 大丈夫大丈夫、あたしは男の裸も女の裸も見慣れてるから。めぐみだと恥ずかしがりすぎて急に倒れる事がある からあたしが残ってあげたのよん♪」  一拍遅れて左手を股間から胸へと移動。まだ脱がされたわけじゃないんだけど、じりじりと近寄ってくるみっ ちゃんの目に危ないものを感じ、本能的に身を守りながらあたしは後退さる――が、残念なことに背後は入り口 横の壁。すぐに背中に固い石の壁が触れ、一瞬戸惑ったあたしの隙を突いてみっちゃんが急接近してくる。 「ふぅん…その感じだと男の子のときは童貞だったのかな?」 「あ…その……」  そりゃ……魔法使いの村だって有名ではあったけれど、小さな村だったし……落ちこぼれのあたしなんて、誰 も相手になんか……  普通に話す事が出来た女の子といえば明日香だけ。どれだけ自分が暗くて憂鬱な青春を送っていたかを思うと 気分まで滅入ってしまいそうだ。――が、そんな気分はあたしの履いている短パンに手を掛けられた途端に一気 に頭の中から吹き飛んでしまった。 「な、なにしてるんですか!?」  とっさに叫び、既に腰を締めつける紐を解かれ脱がされるだけとなったズボンを引っ張り上げる様にたくし上 げる。――と、その隙をついて無防備になったあたしの胸と股間に手の平を重ねながら、みっちゃんはあたしの 唇に自分の唇を重ねてきた。  ―――あたしの紛れもないファーストキス。  こんなにあっさり……奪われちゃうなんて……  あたしだって年頃の男の子(?)だ。身近にいる女の子――例えば明日香とか――とキスするぐらいの妄想を抱 いた事ぐらい当然ある。けれどそれだって、もっとロマンチックな雰囲気で…などと自分勝手に想像していたん だけれど、初めてあった女の子に、その日の内にいきなり、しかも今は女同士だというのに……  まるでついばむ様に、あたしの唇に温かいみっちゃんの唇が触れたかと思うと彼女の顔はすぐに離れ、ショッ クを受けたあたしの瞳をもう一度覗きこみながら、 「もう一度……今度は濃厚なのを行くからね」 「の…濃厚って……んむぅ!?」  ―――それは確かに濃厚なキスだった。あたしの反論よりも実践、と言うところだろうか、今度は先ほどのキ スよりも唇を密着し、息も出来ないぐらいのセカンドキスにあたしは軽い目眩を覚えてしまう。 「んん……」  後頭部を壁につけ、より強く、執拗に唇を押しつけてくるみっちゃんの口付けをあたしは抵抗も出来ないまま 受け入れてしまう。  ………考えてみれば寺田にレイプされたときに唇だけでも奪われなかったのは僥倖かもしれない。みっちゃん は可愛いし、今は女同士だけどこんな……んっ!? なっ…舌ぁ!? 「んっ…んん……」  少しずつ、今の状況を受け入れて初めて味わう濃厚なキスを味わえ始めていたあたしは、突然ヌルッとしたも のが口内に侵入してきた感触に驚いて目を見開いてしまう。  それは目の前にいる美少女の舌だった。僅かに開いたあたしの唇を割り開き、唾液を纏った舌先があたしの口 内に入りこんできたのだ。 「んむぅ…んんっ……」  ピチャ……ピチャ…チュル……  みっちゃんの舌があたしの口の中で唾液をかき混ぜる様に蠢き、そして怯える様に縮まっていたあたしの舌を 絡めとる。そして互いの唾液を交換する様に執拗に擦り合わせると、みっちゃんは唇を半開きにしたままあたし から離れて行き―― 「もう一度……しよっか」  ………そんな風に言われたら…断れない…んむっ!  今度はさっきよりもさらに強烈。みっちゃんもあたしもお互いの首や背中に腕を回すと相手の体を引き寄せて、 最初は受身だったあたしもみっちゃんとキスを交わしているうちに気分が昂ぶってしまい、鼻で荒い呼気を漏ら しながら何度も相手に舌を這わせ合う。  これが…濃厚なキス……いい香りがして…気持ちいい……  もう何度みっちゃんの唾液を喉に流しこんだか分からない。そのたびに体の内側に熱が灯り、ボリュームのあ る乳房が相手の胸と潰れ合って変形してしまうほど体を擦り合わせながら、あたしは身も心も蕩けそうな甘いキ スの虜になっていた。  逃げられない。逃れられない。逃げたくない。――いつまでもこの感触を味わっていたいと思うほどに濃厚と 言われたキスの虜になっていたあたしは、お尻を乗り上げ、太股を滑るように何かが落ちて行く感触で、ほんの 僅かに意識を取り戻してしまう。 「んっ……ぷあっ、ちょ、一体何を!?」 「ちっ、気付いたか……ま、少しおいしい思いができたからいいけどね、ふふん♪」  こ…この人、本当に僧侶なの!? あた、あたしの唇いきなり、いきなりぃ!?  身を振ってみっちゃんの腕から抜け出し、さっと唇を手で覆う。するとお下げの僧侶は心底残念な表情を浮か べ、逃げたあたしを追う様に一歩踏み出すと今度はキスも前振りも無く、マントのとめ紐に手を伸ばして一瞬で 解いてしまう。 「言ったでしょお、すっぽんぽんになってもらうって。今から身を清めるんだから服なんて邪魔なのよ、邪魔」 「だだだからって、こんな…あ…あたし、初めて…だったのにぃ……うっ…ひっく……」 「―――へっ? あ、あの、男の子…なんでしょ? なんでこんな可愛い子にキスされて泣き出して…ちょっと 待って、普通だったら喜ぶんじゃないの!?」  そんなの…理由なんかあたしだって知りはしない。けれど、心のどこかで甘い幻想を抱いていたあたしにとっ てやっぱり初めてのキスは…大事な人としたかったのだろうか? そんな事を望んでいないつもりだったのに… … 「ほんっと〜に、ごめん! ごめんなさい! たくや君が可愛かったからつい、からかっちゃおうかな〜なんて 思っちゃってさ。それにほら、最近はみんな進んでるからキスぐらいでそんなにびっくりしないと思ってたのよ。 ――あ〜ん、ごめんったら、だから泣き止んでよぉ〜〜!!」 「グスッ…グスッ………うぅ〜〜っ」  いくらあたしが女だからって、いつまでも泣いているわけにもいかない。それに泣いているところを見られて いると思うとそんな気持ちもなおさらだ。  ―――なんとか涙は抑えこんだけれど、まだ少し心が興奮してる。情緒不安定、もしみっちゃんに何かされた ら彼女が悪くなくてもすぐに泣いてしまいそうな気配をグッと喉の奥に飲みこみながら涙で歪む視界を向けると、 さすがに悪いと思っているのだろう、あの元気の良さが売りだったみっちゃんはあたしを刺激しない様に注意し ながらこれからの事を説明し始めてくれた。 「あのね、一応これから禊(みそぎ)をしてもらうんだけど、それって体にここの水をかける事なのよ。ここは一 応レイライン上にあって、そこから沸きあがる水だから霊験あらたか効果もばっちり…なんだけど、やっぱり水 浴びだから裸の方がなにかと便利なのよ。服も濡れないし。――どうして裸にならないといけないかは理解して くれた?」  その言葉にあたしは黙って首肯。まだ身に着けたままのシャツの胸元をギュッと握り締め、みっちゃんから距 離を置いた壁際にたたずんだ。  一応彼女の話を理解する事は出来る。アイハラン村でもそうだった様に、大地を流れる魔力の流れ、レイライ ンの上にあるものには他のものよりも多く魔力を帯びるものだ。 「そう言うわけだからさ、あの……そろそろ準備もあるし、たくや君にも裸になってもらいたいんだけど……や っぱりダメ?」 「それは……」  心情的には裸を誰にも見られたくない。結構可愛いんじゃないかな……と思っているけれど、それだけに自分 で自分の肌を見れないぐらいに裸になることには強い抵抗がある。ましてや目の前にいるのは女の子……男とし ても女の子の目の前で脱ぐのは恥ずかしいし、女としてもあたしの体にどこかおかしいところがあるんじゃない か…と、そんな心配を抱いてしまう。  けど……呪いを解くためになら…… 「―――分かりました。でも…これ以上、変な事しないでくださいね」 「それはもう。あたしはその気がない人にまで手を出さないって。それほど飢えてる訳じゃないんだからさ」  ………どの道、あたしは脱ぐしかないのか。  まだ全部納得したわけじゃない。けれど猫を連想させる悪戯っぽいこの僧侶に身を清めてもらうのが呪いを解 く手段だと言うのなら……そうして自分を無理矢理納得させると、あたしは口の中に溜まった先ほどのキスの余 韻と唾液を喉へと流しこむと、みっちゃんに背中を向けて壁と向き合い、汗を吸って重くなったシャツの裾を慎 重に捲り上げた……


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