第16話


「それじゃあ二人とも、お大事にね」 「どうも色々とご迷惑かけちゃって…ほら、拓也も謝って」 「あ…松永先生、すみませんでした」  既に時間は五時限目の真っ最中。永田さんは途中で教室に戻っていったけれど、色々とあってこの時間まで保 健室に残っていた私は何度も何度も先生に頭を下げる。その横でボ〜っとしていた拓也は私が肘でわき腹を突っ つくと、やっと気づいたと言う感じで白い包帯の巻かれた頭を傾けた。  担任の大村先生には連絡をしてもらった上に、一身上の都合で保健室を占拠…じゃなくて借り切ってしまい、 松永先生にはもはやいくら謝っても謝りきれないほど迷惑をかけてしまった。それだけでなく、朝から体が入れ 代わった私達の体の診察や、後で必要になるだろうと脳波の簡単なチェックまでしてくれたのである(そんな機 械がどこにあったかは分からないんだけど…)。 「いいのよ。生徒の健康管理も保健医の仕事ですもの。それに私も相原君には色々と迷惑をかけてるから、恩返 しだとでも思ってちょうだい。それよりも…本当にどこもおかしな所はない?」 「ええ、別にどこも。体が入れ代わる前と変わったところはないと思います」  そう言うと、私は視線を自分の体に向けてみる。そこには慣れ親しんだ自分の体が映る……そう、理由は以前 として不明だけれど、私と拓也はあの瞬間――私が拓也の顔に…その…出しちゃったとき…――に再び体と精神 が入れ代わり、元通りに戻ったのである。  松永先生の推論によると、お互いの心が入れ代わっていると言う一種の催眠状態にあったのが極度の興奮状態 を経て放心した(絶頂に達した)事で自我が戻り、元に戻れたのではないか…と言う事なんだけれど、私はそんな 事よりも元の自分に戻れた事の方が嬉しかった。  そりゃ、男としての興奮は……否定したりはしないんだけれど…… 「そう。でも念のために後日大きな病院で検査を受けておきなさい」 「分かりました」 「いえ、片桐さんのほうじゃなくて…相原君の方。頭を強く打ってるんだから」 「あっ……は、ははは……そうですね、ちゃんと連れていきますから……」 「それと話は変わるけど、別に顔射されたぐらいであんなに慌てなくても……私からは細かい事は言わないけど、 もう少し優しくしてあげなさい」 「はぁ…気をつけます……」  いつの間にか先生と顔を近づけ合ってヒソヒソ話をしていた私は顔を上げて拓也の顔を見る。するとまだ頭を ベッドに撃ちつけた痛みが残っているのか、後頭部から額へと巻かれた包帯を手で摩り、何かを思い出そうとし ているような表情をしていた。  だって……いきなり目の前におチ○チンを付きつけられたら誰だって気が動転して……手が滑って顎を殴っち ゃったりするのはよくあることだと思うんだけど…… 「でも見事な一撃ね。何の鍛錬もしていない人があの姿勢でよくもあれだけ綺麗に撃ち抜けたものだと関心しち ゃうわ」 「拓也に対しては殴り慣れてますから。いろんな意味で」  拓也の怪我は私に原因がある。射精の直後、一瞬気が遠のいた私の目の前には先端から精液を滴らせ、ヒクヒ クと振るえているペ○スが存在していた。その時はまだ元に戻った事に気づいていなかった私は今まで感じた事 の無い嫌悪感から胸の上にまたがっていた拓也を突き倒し、硬く握り締めた拳で拓也の顎を下から上に殴りつけ たのである。それはもう、はっきりと相手の意識を立ちきる感触が残っちゃうぐらいに。  運悪く、後ろに倒れた拓也は二つのベッドの間に落ち、後頭部をパイプベッドの端に…… 「う〜ん……俺、何で頭を怪我なんかしてるんだろ…明日香、先生、本当になにも知らないんですか?」 「え…ええ、拓也ってば学校に来る途中で急に倒れちゃうんだもん。私ビックリしちゃって…は…ははは……」 「顎もズキズキするんだけど……どうやって学校に来たのかも思い出せないや」 「一時的な記憶の混乱ね。時間がたてば自然に思い出すから、あまり気にしないほうがいいわよ」  ラッキーと言えば、拓也は頭を打ったショックで今日の記憶が綺麗さっぱり無くなっていて、拓也の体に入っ た私に犯されたことも忘れている事である。もし覚えていたら、いったいどんな顔をしたらよかったのか…… 「とりあえず、二人とも今日は疲れたでしょうから早退しなさい。大村先生には私から伝えておきます。それと 病院で診断書をもらってくる事、いいわね?」 「はい。それじゃあ失礼します。拓也、行くわよ」 「あ…うん」  最後にもう一度だけ、私を襲ってきた美人保健医に頭を下げると拓也の手を取って歩き出した。  行く先は化学室。帰るにしてもカバンを置いて帰るわけにはいかない。 「う〜〜ん…やっぱりとんでもない事を忘れてるような気がするんだけど……でも、何で化学室に向かってるの ?」 「細かい事は気にしなくていいから黙ってついてきなさい。まったく…人の気も知らないで……」  髪にたっぷりへばりついた精液を落とすのがどれだけ面倒だったかとか、それを舐めようとする先生から逃げ るのが大変だったとか、授業の合間に覗きに着た永田さんに押し倒されそうになったとか……思い出すだけで溜 息が出るわ……  でも…少しだけ分かったような気がする…… 「ねぇ、拓也……」 「ん? 明日香、急に改まってどうしたの?」  特別教室棟は授業をしている教室が無く、静かだった。  私と拓也、二人しかいない廊下を、歩む足を止める事無く、前を歩きながら私は言葉を紡いだ。 「少しぐらいなら…いいからね……」 「? 何の話?」 「いいの、分からなかったら。短に我慢はよくないって言う話なんだから。そう、それだけなんだからね!」  やだ…私ったらなにを言ってるのよ……変な事を思い出してきちゃったじゃない……  あの時、拓也を押し倒した時、快感に歪む顔を見たいと思った時、その顔に思いっきり精液をかけてみたいと 思った時…あんなのは気の迷いとしか思えない。けれど、今でも残る…あの時の興奮が、自然とそんな言葉を紡 ぎ出させていた。  男って…結構複雑なのかも……  松永先生の言っていた「優しく」って…こう言う事なのかな……と、いろんな思いが頭の中で渦巻いていた、 その時―― 「見つけましたよ、先輩っ!」 「え? きゃっ、な、なに!?」  背後から飛んできた女の子の声に振りかえる、と同時に視界を塞ぐようになにかが飛んできた。  反射的に目を瞑る。けれどそれは顔に勢いよくぶつかると言った物ではなく、次の瞬間には頭の上になにかを かぶせられたような感触が生まれる。 「千里…いきなりなんだ、これ?」  千里!? も…もしかして……ああっ、やっぱり!!  目蓋を開けると、そこには私は拓也よりも背の低い、ツインテール頭で白衣姿の女子生徒、河原千里が立って いた。しかも拓也を女にしたときと同じように自信満々な態度で、その都市にしては発育不良なんじゃないかと 思うほど薄い胸を反りかえらせている。 「ふふん、わざわざ私の口から説明させたいんですか? いいでしょう、説明してあげましょう。これは先輩た ちの精神と肉体をいれかえるために、この天才科学者・河原千里が構想一時間、製作三時間で作り上げた精神転 写装置「ソウル・エクスチェンジャー」です!」  ……4時間で作った……確かに適当なデザインね……  自分の頭の上に乗っているのは見えないから拓也の頭に視線を向けると、黄色い工事用ヘルメットの上に大き い電球が二つ、そして乾電池やアンテナのような針金が何個か取りつけられている。かぶり心地はお世辞にもい いとは言えない。内側の金具のような物がヘルメット上部に取りつけられたものの重さを受けてグイグイと頭の 表皮に食いこんでくる。  でも、これが私と拓也の精神を入れ替えるための装置だって言うんなら……必要は無いわよね。もう元に戻っ ちゃったんだから。 「あのね、河原さん、実は――」  事情を説明しようと語り掛けながら、被せられたヘルメットに手をかける。が、それよりも早く―― 「まぁ、無学な先輩たちには私の天才的発明を口頭で説明しても理解出来ないでしょう。ですから論より証拠」 「へっ!?」  私と拓也の口調が元に戻っている事にも気づかず、この自称科学者は白衣の内側から取っ手のような物を取り だし、その先端についているボタンを……  止める間もなく押し込んでしまった。


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