おまけ


「拓也……ここでお別れね……」 「うん……」  玄関の前に佇み、明日香はジッとこちらの顔を覗きこんでくる。  そんなに心配なのだろうか……いつもと違う明日香の顔を見つめ返していると、そんな考えが頭を過る。 「明日まで…我慢できるよね?」 「大丈夫……絶対に大丈夫だから」 「……絶対?」  その単語だけを繰り返した途端、明日香の片眉が跳ねあがる。そして先ほどまでの不安げな瞳はどこへやら、 細く、キツく、鋭くなっていく相貌にはかなり視たくない色が映りだしていく。  これは危険だ。早く逃げないと――  とは言え、目の前には明日香がいる以上、後ろに言っても、扉の中に駆けこんでも捕まるのは必定。しかも逃 げたりしたら折檻が当社比で1.54倍ぐらいにキツくなる。 「それは…入れ代わった途端、胸を揉んだ人間の言う事かぁぁぁ!!!」 「あだだだだだっ!!ごめんなさい、ごめんなさいぃ〜〜っ!!」  こうして…どっちにしてもこめかみに当てられた拳でグリグリ梅干をくらう事に……でも、いつもより威力が 低いのは…… 「ううう…明日香ってば自分の体なのに全然遠慮無い……」 「あったりまえでしょうが。自分の体相手だから遠慮はしないし、自分の体で変な事をされないためにもこうや って心配してるんでしょうが」  頭に突き刺さる激痛から開放され、たまらずマンションの通路に座りこんだあたしの目の前に明日香が女の子 とは思えない堂々とした仁王立ちで立ちふさがる……って、今は明日香は男…しかもあたしの体になっちゃって るんだけどね。  あたしと明日香は千里の発明した謎の機械によって心と体が入れ替わってしまった。それを明日香が頼んだと かどうとか千里が言ってたんだけど……まぁ、何はともあれ、こんな時は女の体になれてるってのは便利よね。 スカートで股間がスースーしても平気だし、なにより嬉しいのは―― 「一度明日香の部屋を家捜ししてみたかったのよね」 「へぇ…やっぱりそんな事を考えてたんだ」 「はうっ、思わず口に!」 「そう言う事をするなって何度も念を押したのに……全然分かってないじゃない!」 「だってだってだってぇぇぇ〜〜〜!! 明日香ってばあたしがタンス開けようとしたらいっつも怒るじゃない ! 明日香は勝手に掃除したり探索したりするのに酷いぃ〜〜!!」 「普通は見せないものなのっ!」 「やっぱり気になるぅぅぅ!!」 「ええい、あんたは男でしょうが。その可愛らしい仕草はやめなさいっ!!」 「これは女の子になったときの条件反射で……」 「……やっぱりダメ。あんたを一人であたしの部屋に入れたら何するかわかったものじゃないわ。こうなったら 一緒に拓也の家に泊まるわよ」 「へっ……一緒に?」 「そうよ。オジさんとオバさんはあたしたちが入れ代わってる事を知ってるんだから、説明したら一晩ぐらい止 めてくれるわよ」 「なんで父さんと義母さんが知ってるのよ。さっき入れ代わったばかりなのに」 「そ…それは……」 「でも……あたしも今の明日香と一晩一緒って言うのは……」  それまで二人揃って勢いに乗って言い合っていたけど、一晩止まると言う言葉に反応してしまったあたしは溜 まらず頬を赤く染め、目をそらしてしまう。 「……自分自信とエッチするって言うのは…ナルシストって言うわけじゃないし……」 「ぐぅ…そ、それは……」 「でも…明日香がどうしてもって言うんなら……」 「!? い、いやっ、それだけは絶対にダメぇぇぇーーーーーーーーーーーーー!!!」 「あ、明日香ぁ!?」  やっぱり明日香もそういうエッチはイヤだったみたいで、あたしが引きとめる暇もなく、あっという間に通路 の端にまで走り去り、階段を使って別の階に走り去ってしまった。  あたしってあんなに早く走れるんだ……もうちょっと体を鍛えてみようかな? っと、それよりも――  立ちあがってスカートに付いた砂埃を落とすと、あたしは一度深呼吸してからドアをそっと開く。  明日香の家……何度も来た事はあるけれど、今日は勝手が違う。あたしが明日香として入る事になるなんて… …  とりあえず、おばさんに心配を掛けたく無いと言う明日香の意見で、千里の機械が直る明日まではあたしが明 日香として振舞う事になったのである。  でも、あのおばさんをだましきれるか……人はいいのに、妙に鋭いところがあるし……ま、大丈夫よね。  カチャ 「た、ただいま〜〜…」 「おかえりなさい。今日は早かったわね」  先細りになっていくあたしの帰宅を告げる言葉に、台所の方だろうか、オバさんの若々しい声がすぐさま帰っ てくる。 「う、うん、授業が終わってすぐに帰って来たから……」 「そうなの? たくや君と一緒じゃ無かったの?」 「えっと…そう、あた…じゃなくて、拓也は部活が忙しいらしくって、は…ははは……」 「もう…せっかく拓也君が男の子に戻れたのに、そんなんじゃ嫌われちゃうわよ」 「あはは…それは大丈夫…だと思う。あ…あたしは部屋に行くから」 「夕ご飯が出来たら呼ぶからね」 「は〜い……」  ふぅ…何とかばれなかったみたいね……さてと……  おばさんと顔を合わせないように明日香の部屋へと進んだあたしは、入るなりきっちりと扉を閉め、聞き耳を 立てて誰もこない事を確認する。  これで一安心。後はご飯のときだけか……結構お腹空いてるから、食べなきゃダメよね。さて、それまでの間 なにをしてようかな……  カバンを机の上に置き、一息ついて周りを見回せば、そこは見慣れているのにあんまり手の触れたことが無い 明日香の部屋……  ………やっぱり探索よね。明日香ってばいつも優等生ぶってるけど、絶対にあたしにも言えないような隠し事 の一つや二つはあるはずなんだから。いいチャンスだから、この部屋の隅々まで…ふふふ……見てなさいよ、明 日香。すっごい秘密を見つけて、あたしに逆らえ無いようにしてあげるんだから! さて、とりあえずは――  ゴロン  んん〜〜♪ 明日香のベッドっていい匂い♪  制服のままでベッドの上にダイブしたあたしは、明日香がいつも使っている枕に顔をうずめ、鼻の奥をくすぐ る甘い香りを胸いっぱいに吸いこんだ。  んんんんん〜〜〜〜〜♪ いけない事だし、明日香にばれたら怒られるし、端から見たら変態っぽいかもしれ ないけど……でもやっぱり気持ちいいな〜〜♪  ゴロゴロ…ゴロゴロ…ゴロゴロ…  何度か明日香と一緒にこの布団で寝てるんだけど、一人で寝るのもいいなぁ……明日香の香りが残ってるから かな……スゴく気持ちよくて、眠っちゃいそう………………………って、寝ちゃダメじゃない!  当初の目的を思い出したあたしはぴったり閉じ合わさった瞳を無理矢理開き、ベッドの上に体を起こした。  いけないいけない…まだやる事はあるんだから……まずはタンスから調べてみようかな?  そう言うわけで、明日香の服が詰まっている洋服ダンスの引出しを適当に一つ、引っ張り出してみる。その中 には色とりどりの小さな布地が丸められ、綺麗に並んでしまわれていた。  ハンカチ…じゃないみたいね? なんだろ?  シルクのような光沢をもつ布地に興味を引かれたあたしは、そのうちの一つ、ピンク色の物を指先に摘まんで 取りだし、ピラッと左右に開いてみる。するとあたしの目の前に小さな三角形が……  こ…これって…パンティ!? うわぁ…あ、明日香の下着なの、これ全部!?  ピンク色の結構小さな下着からもう一度タンスの中に目を移すと、少なくとも丸められた下着は20か30か …まさに選り取りみどりと言いますか…赤に青に黄色にオレンジ、基本として白は押さえてあるけれど、黒なん て言うのもあるじゃない。あ、これはあたしがプレゼントしたの。過激過ぎて履けないとか言っときながらちゃ んと持ってるじゃないの。一回ぐらい履いて見せてくれてもいいのに…そうだ、今からあたしが履いて写真にで も取っちゃおうかな? 「あんたはなにをやってんのよっ!!!」 「はうっ!? あ…明日香、いつの間に……」 「気になって忍びこんでみれば……あんたは人の部屋でなにをやってるのかしら?」 「い、いや、別になにも……」 「そう、それじゃあその手に持ってる私の下着、どうするつもりか説明してもらいましょうか?」 「えっ?えっ?へっ?こ…これ? やだなぁ、いつの間に握ってたんだろ、おかしいなぁ、あははははは♪」 「……拓也」 「……はい? あの…あたしの手はいくらやってもゴキゴキ音なんてならないんだけど」  ゴキゴキ、ゴキゴキ 「あ…あはは…鳴ってるねぇ、おかしいなぁ、どうしてかなぁ」 「もう…頭に来た!」 「きゃああぁぁぁ〜〜〜!!」  襲いかかってきた明日香があたしを床に押し倒し、馬乗りになる。このままマウントで殴られるのか…まぁ、 明日香だって自分の顔をグーで殴ったりしないだろうなぁ…何手考えていると、 「明日香〜、お友達が来てるわよ」 「やっほ〜〜♪ 今日のプリント持ってきてあげたわよ〜〜♪」 「えっ? お、おばさん!?」 「由美子!?」 「あら?」 「た…拓也君…明日香にまたがって何を……」  あたしの頭の中で、今のあたしと明日香の状況を客観視してみると……男(拓也)に襲われる女(明日香)の図。 で、これを見られて…… 「まぁまぁ、拓也君ってば、まだお日様が出ている内からだなんて、お盛んねぇ♪」 「なぁ!? 母さん、何言ってるのよ!!」 「あらやだ、お義母さんだなんて、気が早いわよ。私は二人が大学を卒業して、ちゃんと生活能力を身につけて からと思っていたのに…これじゃ、すぐにおばあちゃんになっちゃうかも♪」 「うわぁ〜うわぁ〜うわぁ〜〜、明日香ってば学校に姿を見せないと思ったら、たくや君と部屋でこんな事して たんだぁ」 「誤解よ誤解! あたしたちはちゃんと学校に行ったわよ! ただちょっと教室には行けなかっただけで……」 「ふん、学校で二人っきりで過ごした後かぁ……いい事聞いちゃった。みんなに電話しなくちゃ」 「だから携帯なんか出さないでぇぇぇ!! ほんとに誤解なんだからぁぁ!!」 「明日香…あの、あたしはその……やっぱり体が戻ってからのほうが……でも、あたしの時みたいにどうしても 我慢できないって言うんだったら、我慢するんだけど……」 「拓也ぁぁぁ!! あんたまでこの状況に火と油をそそぐようなことを口にしないでぇぇぇ!!」 「だって…押し倒されたし……でも、顔を見てると興奮出来ないかもしれないから目隠しでもして……」 「あらあら、ダメよ、若いうちからそんな小道具に頼ってちゃ」 「この耳でしかと聞いたわよ。明日香と拓也君ってそんなアブノーマルな事までしちゃう仲だったんだ」 「だから…だから違うのよぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」  結局…おばさんに事情を説明するのに時間を食ってしまったあたしと明日香は由美子を止める事が出来ず、体 が戻った後でも校内中に噂となり、先生にまで呼び出される始末……  はぁ…せっかく男に戻れたのにツいてない……せめてもうちょっと明日香の部屋を探索できたらなぁ……はぁ……


<終>