Gルートその8


 ここには……いないわね。でも、どこから湧いてくるか分かんないしなぁ…… 「どうしたの、なにかいるの?」 「え? あ、別になんでもないの、本当だって、あはははは……」  室内に筋肉男やマラソン男がいないのを確かめている時に、背後から聞こえてきた静香さんの声にすぐさま振 りかえると、あたしは心配かけないようにできるだけ元気のよさそうな笑顔を浮かべて誤魔化した。  ジョギングコースでマラソン男に犯されそうになったところを、何とか逃げのびたあたしは、精液でベトベト になった手と顔を洗うべくシャワー室に直行。そのおかげで何とか静香さんにそう言う事が起こったのを気づか れずに昼食を取ることができた。こう言う時には、静香さんの無関心さって助かるかも……あんまり心配かけた くないもんね。  とは言っても、ここについてほとんど連続で二度も男の人に襲われた以上、あたしとしてはこんなところから はさっさと帰ってしまいたかった。でも、その時は佐々木さんの運転する車に送ってもらわないといけないし、 そうすれば当然静香さんだって不信がる……だからあたしはこうやって―― 「たくや君、似合ってる」 「あ…ありがと……はは……」  こうやって水着に着替えて、屋内プールへとやってきていたのである。  今日は何度も静香さんが違う世界の人なんだなって実感させられたなぁ……シャワーを浴びて持って来ていた 予備の服に着替えた後、静香さんにマシンルームや屋外以外での運動はないかと尋ねたら、指を上に向けて一言、 「プールがある」  だもんねぇ。まさか建物の上の階にそんなものがあるなんて思ってもみなかったあたしは、連れていかれたプ ールを見てビックリ。三階と四階をぶち抜いた上下左右、どちらに向かっても限りなく広大な一室には、名門で 知られる宮野森学園の大きなプールが二つぐらいすっぽりと納まってしまいそうな巨大プールが存在していたの だ。小学校の時のなら五つ、ゴムプールなら一体何個入るのやら……考えるだけ無駄かも……  見た瞬間に水平線まで見えたような(ちょっと大げさかな…)巨大プールに唖然としているあたしを見て、さら に静香さんのトドメの一言が、 「少し小さい?」  ………本当に住む世界が違いすぎる。これのどこが小さいのよ……  あたしんちがすっぽり入り、なおかつ半分以上がお釣りに戻ってきそうなこの広さで……  それに、今あたしが着ている水着も静香さん、そして熊田さん以下このスポーツジムの人たちが用意してくれ た物だった。あたしは売店で売っているのを自分で買うと言ったんだけどね……  黒地に赤と黄色のラインの入った競泳水着は、あたしのスリーサイズを測定し、昼食後には完成していたと言 うオーダーメイド品だった。超速攻で作られたのに作りはしっかりしているし、スポーティーなデザインの水着 はあたしのメリハリの効いたナイスバディーをぴったり包み込んでいた。  胸は大きいお尻も大きい、そのくせウエストはちゃんとくびれているのを自覚しているだけにビキニが来るん じゃ…と、過去にビキニでひどい目に会ったことのある(XC1参照の事)あたしはかなり不安だったんだけど、 この水着は胸もそんなに苦しくないし、伸縮性のある布地やサポーターが体の要所要所を適度に引き締めてくれ ているので、これだったら速く泳げるんじゃないかって言う気分にさせてくれる。  ただ難点といえば、体の線がくっきりと露わになっている事だった。シャツにトレパンと言う地味な格好でも 結構男の視線が集まってひどい目にあったのに、さらにグレードアップしてこれは…… 「やっぱり…ちょっと恥ずかしいな」  水着と一緒に渡されたO・S・Cのロゴの入ったバスタオルで体の正面を隠しているけど、泳ぐ時はそうも行 かない。体に自信が無いわけじゃないけど……こう言う時はちょっとねぇ…… 「いいから。行きましょ」 「ま、待って待って。静香さんは水着に着替えて無いじゃないの。あたしはここで待ってるから着替えてきて」  あたしの手を引っ張ってプール室に入っていこうとする静香さんを引きとめる。彼女の姿はここに到着した時 から何ら変わってない、私服姿のままであった。 「あたしはいい。泳げないから」 「………泳げない? ひょっとしてカナヅチ?」  あたしがそう言うと、静香さんの無表情がちょっぴり崩れて、少しムッとしたような、それでいて寂しそうな 表情を浮かべた。  あ……気にしてたんだ。悪い事を言っちゃったかな…… 「……いいの、たくや君が楽しんでくれれば、それで……」 「あれ、何か言った?」 「……ううん、何でも無い」 「そう? ま、ここまで着たら泳ぐしかないか……それじゃあ、あたしだけ楽しんで悪いんだけど、静香さんは 待っててね。たぶんすぐに戻ってくると思うから」  ここまで至れり尽せりでお昼までご馳走になったんだしね。頑張って最後の汗を流すとしますか。  なんだか顔をうつむかせてしまった静香さんに元気よく声をかけると、あたしは覚悟を決めてバスタオルを体 から外し、水のはぜる心地よい音の聞こえてくるプール場へと足を踏み入れた。  パシャ…パシャ…パシャ…パシャ…パシャ… 「ガボッ…ガボガボガボ……グブ…プハァ!…グブ……」  い…一体、端っこは、どこにあるのよぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜!!! 泳いでも泳いでも全然つかないじゃ ないのぉ!!  現在一往復目――の途中だけど、既にあたしは力尽きて沈もうとしていた。  手を動かし、足をばたつかせても、全然反対側に到着する気配が無い。まるで海に漂流しているような、行け ども行けども水ばかり。水中で顔を正面に向けても水の揺らぎで何も見えず、ゴールは遥か彼方だった。  一応、50mぐらいだったら泳ぎきるぐらいの体力はあたしにもあるんだけど、このプールがそれ以上に長い 事以外に、泳ぎを明らかに妨害している物があった。  それはこの胸。脂肪の塊と言う事もあってか、水に入っているだけで男の時にはあんまり感じなかった浮力を 受け、泳ぎのバランスを崩してしまう。それにクロールをする時は腕が当たっちゃうし、思いっきり水の抵抗受 けてるし、いい事なんてまったく無い! ううう……今だけは女の体が恨めしい……  それでも男の(女の)意地か、はたまたダイエットにかける意気込みか(はじめっからあんまり無いけど…)、な んとか折り返し地点にまで到達する事ができた。  ふええぇぇぇ……も、限界……少し休まないと……  一体どれだけ泳いだかは分からないけど、膵液は全身運動だけあって腕や太股に運動直後のだるさが感じられ る。それに昼前にジョギングコースを全力で疾走したつかれも抜けきっていなかったあたしは、飛び込み台の横 に手をついて水の中から体を引き上げた。  でも…ここってあんまり人がいないのね……  そのまま身を翻し、手をついたところにお尻を乗せて今泳いできたほうを振りかえると、あたし以外にこのプ ールを使っている人は、それほどいないように思える。数えてみれば二・三十人以上がいるんだけど……  考えてみれば、あたしは昼食を少し早めに取ったんだから、他の人にすれば今がちょうど食後の時間だろう。 だったら満腹でのんびりしてる頃よね……今日は天気もいいし、山道を散歩すれば気持ちいいかも……って事は、 あたしは順番間違えたかなぁ…… 「……ま、まぁいいわよね。人がいないんだったらそれほど注目だってされないし」  人がいなければそれだけ気軽に運動することができる、そう思ってもう一泳ぎしようと腰を上げ掛けたんだけ ど、そこへ一人の男が近づいてきた………


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