Eルートその1


 やっぱりあたしについてきて欲しかったのか、少し寂しそうな表情を見せる明日香と街中で別れたあたしは、 食べ物欲しいと泣いているお腹を押さえつつ、駅の裏にあるアミューズセンターの五階、カラオケボックス「パ ロディボックス」にやってきた。 「おはようございます」 「あ〜〜、おはよう。今日は早いじゃない」  エレベーターを降りてすぐの受付に座る女の人に頭を下げて業界用の挨拶をすると、間延びした声で返事が返 ってきた。  金髪に染めた髪を指にくるくる巻きつけながら眠そうな顔をしているのは先輩受付嬢の新庄さん。一応あたし たちアルバイト店員のまとめ役みたいなポジションについてるんだけど、のんびり屋で仕事を他人に押し付ける この人が一生懸命働いている姿をあたしは一度も見た事がなかったりする。  相変わらずマイペースな……それにしても今日は空いてるわね。  いつもこの時間帯だと受付の前には仕事帰りや学校帰りに一曲歌おうと言う人たちが何組か来ているはずなん だけど、今日は受付の前にはあ誰もおらず、個室からわずかにこぼれ聞こえる音楽も全然響いてこなくて受付前 は異様に静かだった。 「今日はお客さん少ないんですね? 何かあったんですか?」 「ん〜〜? 別にいいんじゃない、楽してお金稼げるんだからぁ」 「それはまぁ、そうですけど……ははは……」  はやらないお店はすぐ潰れるんだけどね……  薄いピンク色のブラウスの大きく開いた胸元から谷間が見えそうになっている事などまったく気にせず、新庄 さんはカウンターに肘をついて、目を眠そうにしばしばさせている。その表情と言葉にあたしはついつい苦笑を 浮かべた。  このお店以外にも街中には数え切れないほどのカラオケボックスがある。日々他のお店から客を奪い合う競争 世界の中でも、この「パロディボックス」は小さいながらも設備の良さやウェイトレスの可愛さ(あはは…自分で 可愛いだって…)で人気も高く、毎日たくさんのお客さんがやってくる。それでもお客さんが少ない日もある事 はあるんだけど、この店内の静かさはどうしても気になった。 「あれ? そう言えば他の人は?」 「マネージャーならおやすみぃ。店長はもうすぐ来るわよぉ」  店長…あの人も来るのか……今日もまた怯えてすごさないといけないのね……  マネージャーがおやすみって言うのは結構珍しい。奥の部屋でてきぱきと書類を書いてたり、結構美形でウェ イターまでこなす忙しい人で、どちらかと言うと仕事を休むような人とは思えない。実際、あたしがバイトに入 ってる日でマネージャーが休んでいたのは初めての事だった。  でもまぁ、マネージャーがいないからこんなにだらけてるわけね…この人は……  店長はというと……絶対にヤ○ザか極○としか思えない外見で、パーマをかけた髪に真っ黒のサングラス、が っちりした体格で白い背広をビシッと着こなしている。そこまではいいんだけど常に殺気を漂わせていて、近く にいるだけでも背中に冷たい汗が流れてしまうほどの恐さを身にまとっていた。  バイト仲間の間でも、あの店長の正体について色々と噂し合い、このお店は何かの組織の資金源とか、あたし たちの中で特に可愛い子を外国に売り飛ばすんだとか言ってるけど……最終的な結論にはいたっていなかった。 「ねぇ…ぼ〜っとしてないでさぁ、早く着替えて手伝ってよぉ」 「手伝うって…お客さんなんかいないじゃないですか。サボるとはいってませんけど少しぐらいのんびりしたって」 「んじゃぁねぇ、受付変わってよぉ。座りっぱなしでお尻が痛いのぉ」  この人は……でも、受付前で学園の制服姿のまま立ちっぱなしってわけにもいかないもんね。いつ店長やお客 さんが来てもいいように着替えとかなくちゃ。 「じゃあ奥で着替えてきますから、ちょっと待っててください」 「なるべく早くねぇ。今にもお客がたくさんきそうだからぁ」 「はぁ……分かりました」  まだ仕事をはじめていないと言うのに会話するだけで疲れを感じてきたあたしは、受付の中に入るとそのまま 奥へと足を動かし、女子店員用の更衣室に向かった。  ………そういえば今日は他のバイトの子は来るのかな? あたしとあの人だけじゃ余計に疲れるなぁ……  新庄さんが店長とマネージャーの事しか言わなかったから、たぶん今はいないんだろうけど……誰かに来て欲 しいなぁ…あの人と二人っきりと言うのはちょっと……でもまぁ、お客さんが少ないから――  ガチャ  今日の仕事は楽そうだと考えつつ、空腹と疲れのせいで注意力散漫になっていたあたしは、何も気にする事無 くノックもずに更衣室のドアを開けた。 「きゃっ!?」 「………えっ?」  トイレとかは広いのに、更衣室は狭いこのお店。扉を開けた向こう側には何個かロッカーがあるだけの狭い部 屋で……逃げる場所も隠れる場所もない室内には長い髪を三つ編みにした女の子が下着姿で立っていた。  その彼女はあたしが前触れもなく部屋に入って来た事に驚いて、手に持っていた店の制服で胸元を慌てて隠し ていた。でも、露出度高めのピンクのブラウス一枚では人ひとりの肌を隠すには小さすぎ、空気の流れでひらひ ら揺れる裾の下側からは、スラッと伸びる健康的な二本の太股と白地に青の横じま柄のパンツに覆われた股間の 所が丸見えになっていた。 「あ………あ……」  め、めぐみちゃん…なんでこんなところにいるの!?…って、ここで着替えてるんだから当然あたしと同じよ うにバイトなんだろうけど…そ、それよりも何か言わなくちゃ……  誰もいないと思って扉を開けた所でめぐみちゃんのあられもない格好を見てしまったあたしは、正常に動いて いると思っている思考にビックリした身体がまったく反応せず、驚きの形で開いたまま固まってしまった口から は「あ」の一言しか出てこない。  動けないのは向こうも同じようで、めぐみちゃんも眼鏡をかけた顔をあたしに向けたまま、何も言ってこなか った。  それにしても……  男としての本性がどこかに残っていたのか、あたしの目はついついめぐみちゃんの隠せていない下半身に…… 「めぐみちゃん…きれいな太ももしてるよね……」  あれ? 今、声が出たような……しかもなんだかとんでもない事を口走っちゃったような気がする…… 「た……たくやさん、あの…あっちを向いていてもらえますか? すぐに着替え終わりますから……」 「あ、ごめんなさい」  叫ぶでもなく、怒るでもなく、あたしの一言で顔を真っ赤に染めためぐみちゃんにそう言われ、言葉のままに 一歩下がってドアを閉じた……  そして更衣室の中の光景の代わりに、あたしの目には扉に貼られた紙に書いてある「入室する時はノックをし ましょう」の文字がはっきりと映っていた…… 「あ、そういえばぁ、あの娘がいるのをコロッと忘れてたわぁ。ごめんねぇ」 「もぐもぐ…いやまぁ…んぐんぐ…謝るならめぐみちゃんに…もぐもぐ……」  この人は…全然反省してないな…でもまぁ、あたしもいい物が見れたし……反省してないのはあたしも一緒み たい…あはは……めぐみちゃん、ごめんなさい。  事前に連絡しておいて、胸のサイズを大きくしてもらった制服に着替えて受付に戻ると、あたしは調理場で本 来ならお客様用のサンドイッチを勝手に作り、受付に座って食べ始めた。まぁ…お仕事前のエネルギー補給と言 う事で、ダイエットはご勘弁を。  あたしが着替えている間に二組ほどお客が来たみたいで、その案内にめぐみちゃんが行っている。戻ってきた らちゃんと謝らなくっちゃ。 「それにしてもぉ、ものすごい勢いで食べてるわねぇ。そんなにお腹すいてたのぉ?」 「ふぐもぐんぐむぐ…ぐっくん、ぷはぁ。ええ、ちょっとダイエットしてるもんで」  口の中に残っていた物をオレンジジュースで流しこむと、不思議そうにあたしの食事を見つめていた新庄さん にあたしがダイエットをしている事を説明した。 「ダイエットぉ? そんなに太ってるようには見えないんだけどぉ?」  あっという間にサンドイッチを平らげたあたしの身体をしげしげと見つめ、さらに不思議そうに言われるとあ たしも返す言葉に少し困ってしまう。  あたしおそう思うんですけど…やせないと命に関わるなんて信じてくれないだろうしなぁ…… 「あの…二号室に飲み物を持っていきました」 「おかえりぃ。当分お客も来ないだろうからぁ、のんびりしてましょぉ」 「めぐみちゃん、おかえりなさい。あの…さっきはごめんね」 「い、いえ……鍵をかけなかった私が悪いんです。その…すみません」  あのぉ〜〜…あたしもノックしてなかったし、普通は見られた方が悪いというのは無いんじゃないの?  栄養補給も終わって口元を拭っていたあたしは、最後に見た光景と同じぐらい顔を赤くしためぐみちゃんにぺ こりと頭を下げられて、さらに罪悪感が増してしまう。 「そういえばなんの話をしていたんですか? ダイエットって聞こえたんですけど……」  いつもならひっきりなしに注文が入るはずの時間帯だけどお客も少ない上に入店したばかりなので、当分の間 は暇。そんなわけで受付の中に入って椅子に座っためぐみちゃんが、さっきあたしたちが話していた事に興味を 持ち始めてきた。 「そうそう、そうなの。相原さんってぇ、こ〜んないい身体してるのに、まだダイエットなんてしてるのよぉ」 「だ、ダイエットですか!? あの…そんな必要無いと思うんですけど……やせすぎると健康にも悪いですし」 「いや…だからまぁ……いろいろとあたしにも事情があるんですよ…あはは……」  めぐみちゃんにまでダイエットなんて必要ないと言われて返す言葉をあれこれと考えているあたしに、新庄さ んが先に何かを思いついたらしく、にやりと口元を歪めた。 「……そうかぁ…ずばり男ね? 好きな人でもできたんでしょ? でもぉ。告白する勇気がないからぁ、ダイエ ットだなんてぇ、相原さんならぁ、男なんてよりどりみどりでしょぉ?」 「そ…そんな、あたしが男を好きになるはず無いじゃないですか!」 「そう…ですよね……拓美さんなら………」  あぁ、新庄さんが変な事を言うから、めぐみちゃんが落ちこんじゃった……めぐみちゃんには恋愛の話はご法 度なのに……はぁ…余計な事を…… 「私も…ダイエットしたら……」  少し屈むとパンティが見えてしまいそうな赤いミニスカートをギュッと握り締めて、めぐみちゃんがチラッと あたしの方を見、そして自分の胸を見下ろし、「はぁ…」と切なげに溜息を突いた。  う〜ん…ダイエットしたら逆に小さくなると思うんだけど…それに、めぐみちゃんは今のままが一番いいと思 うんだけどなぁ……  目を天井に向けて、更衣室でチラッと見ためぐみちゃんの全身像を思い浮かべてみても、どこに余分なお肉が ついているのか全然分からない。その辺りは本人にしか分からないのかもしれないけど…… 「めぐみもダイエットするのぉ? だったらさぁ、いい方法があるわよぉ」 「え!? そ、それってすぐにやせられますか? 楽ですか? ご飯食べられますか!?」 「お、落ち着いてよぉ。要は脂肪を燃やせばいいだけなんでしょ? だったらこれってすっごく楽よぉ」  どうもダイエットって言う言葉に敏感に反応し過ぎかも……色々と調べてくれている明日香ほどじゃないけど、 あたしだって自分の身体の事だもん。いい方法があるって言うなら聞いてみないと。 「……あ…あの、それはどんな方法なんですか?」  歯に衣を着せない新庄さんを少し苦手としているめぐみちゃんが真剣な目をして、それでもやっぱりおずおず と尋ねる。これも恋する少女の気迫なんだろうか…… 「私…やってみたいです。それで少しでも振り向いてくれるなら……」  あぁぁ、だからそこであたしの方を見ないでよぉ〜〜! さっきダイエットすると逆効果だってちゃんと言っ とけばよかったぁ〜〜!!  別にめぐみちゃんがレズって言うわけじゃないんだけど、あたしが男だと知られている上に恋愛対象が男だっ た時のあたしだから…今はお友達関係なんだけど、さっきの視線は諦めてないって言う意味なのかな……あ…あ はははは…… 「ふふふぅ〜、今からでもできるからさぁ、早速試してみればぁ♪ それはねぇ……」  焦るあたしと、珍しく積極的に聞いてくるめぐみちゃんを見て楽しそうに笑うと、一応最年長の受付嬢は勿体 をつけるように一拍置いてから、とんでもない事を口にした。 「ノーパンダイエット♪ 制服の下にきているブラもパンツも脱いでぇ、お客様の前に出るのぉ♪ ものすごく 興奮して身体が熱くなるわよぉ♪」


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