]]]\.電話


「しくしくしくしくしく……」 「なぁ、タク坊。そろそろ泣き止めって、なっ!」 「もういいんです……あたしなんか…あたしなんか……」  お風呂場掃除も終わって、真琴さんと従業員室のやってきても…無理やり聞かされたあたしの学園での話を聞 かれた事がものすごく恥ずかしくて……どんなにこらえようとしても自然と泣けてしまう……  真琴さんは耳も塞がせてくれないし……無理やり口におにぎり詰めこむし……  あゆみさんも肝心なところ(主に女のあたしが酷い目にあっちゃってる所とか…)はぼかしてくれたけど、それ でもきっちり話してくれるし……  そもそも、松永先生があんな事を教えさえしなければ……みんなして意地悪だぁ……  さすがに、女の子の体の事で相談しに行ってそのまま…とか、保健室で男子生徒たちとの乱交に参加させられ ました…とか、聞かれたらこの旅館から出ていかなくちゃならないような事なんかは話に登ってこなかったけれ ど、あたしと明日香の……ううぅ…思い出しただけで……なんでそんな事までばれてるのよぉ……  というわけで、今でも瞳から涙が溢れ続けている…… 「あ〜〜…ほら、あとで夜食の差し入れしてやるからさ、それで一つ手打ちと行こうじゃないか」 「もういいんです……あたしは世界一不幸な女の子なんですよ……もう男に戻るのもどうでもよくなってきた… …」 「いいかげん機嫌直せって。拗ねてたって何にもならないだろ。さて…それにしても梅さんのヤツ、どこに行っ たんだろうな?」 「ぐしゅ……なんでここに梅さんがいるんですか?」  いつまでも泣いていたって仕方ないので、湿度と温度の高いお風呂場での肉体労働でかいた汗で湿ったブラウ スの袖で顔を拭う。  さっきまではあゆみさんも一緒にいたけど、掃除が終わった後、あたしたちより一足先に温泉に入っている。  あたしとあゆみさんの二人を相手にして精魂尽き果てている隆幸さんの看病をするためで、本当なら真琴さん もレイプ犯への用心に一緒に入浴しているはずだったんだけど、いつまでもあたしがめそめそしていたので付き 添いと言うことで……  この後、真琴さんもお風呂に入るらしい。結局、汗をかいてるのにお風呂には入れないのはあたしだけか…… 本当にいじけちゃおうかな…… 「だって、いつ客室から電話が入るかわからないだろ。お客が部屋にいる晩飯の後は一人ぐらい従業員室に待機 してるのが普通なんだ。今日はタク坊が来るまでは梅さんがいると思ったんだけどなぁ……」  真琴さんが頭を掻きながら部屋の中を見まわす。つられて、目を腫らしたあたしも従業員室の中を見るけど、 狭い室内にそれほど隠れるような場所は無い。事務机の下やソファーの後ろも覗き込んでみたけれど、梅さんの 小柄な姿はどこにも無かった。 「便所にでも行ってんのかな?…ま、いいか。じゃあ、あたしも風呂に入ってくるから、しっかり電話番してる んだぞ」 「で、電話番って、そんな何すればいいんですか!?」 「電話番は電話番。電話が鳴ったら取ればいいんだよ。じゃ、また後でな」  パタン  い…行っちゃった…ほんとに真琴さんって薄情……まぁ…いい所もあるんだけどねぇ……  あたしが引き止めるのにもかかわらず真琴さんが部屋から出ていってしまい、従業員室にはあたし一人だけが 取り残された。  ………立ってるのもなんだし、座ろっか。  ギシッ……  あたしが三人掛けのソファーに腰をかけると、室内にバネの軋む音が大きく響く……あたしの体重が重いわけ じゃなく、既に時間も十時…あたししかいない従業員室は、空気も冷たくなり、さっき見渡した時よりも広く感 じてしまうほどに、しん…と静まり返っていた。  ………ゴクッ  あ…あたし……こう言う雰囲気って苦手なんだけど……  この部屋の中に音がまったく無いと言うわけじゃない。時計の針が正確に時を刻む音、冷蔵庫のモーター音、 灯りのついた蛍光灯のジジジ…と細かくなる音……それらの音が聞こえると言う事はそれだけ部屋の中が静かだ と言うことで、逆に怖さを強調するものだった……  肌から徐々に染みこんでくる静けさの恐怖に硬くなった身体は背もたれに体重を預ける事も出来ず、浅く座っ た状態で、ただ時間だけが過ぎていく……  や、やだ……梅さん、トイレじゃないのかな……  チラッと時計に目をやると、まだ十時過ぎ。ここに付いてから五分とたってない。  思ったほど時間がたっていない事に内心驚きながらも、廊下と部屋を結ぶドアに目をやるけど、その向こう側 から梅さんがやってくる気配は無い。ただ、閉められた扉からは、無言の圧力だけが感じられる……  ど…どうしよう…こんなところに十二時までいなくちゃいけないなんて……  急に落ちつかなくなったあたしは部屋の中をきょろきょろと視線を巡らせる。でも見えるのは、蛍光灯の灯り の届きにくい天井の隅に浮かぶ年代を感じさせる薄っすらとしたシミとか、汚れとか、暗がりとか……  こ…これがお仕置きの本当の意味!? ううう…あゆみさ〜ん、真琴さ〜ん、早くきてぇ〜〜〜!!  さっきまでいじめてくれた人がものすごく恋しい……それほどに今の従業員室は不気味だった。  ………あれ? あのシミって……もしかして……  あたしの目が入り口近くの絨毯に出来ているシミを見つけた。その場所は……  もしかして…あたしの……  よくよく考えてみれば、このドアでしか外に繋がってない密室で、あたしは隆幸さんやあゆみさんと一緒にエ ッチな事をしたばかり……あたしも松永先生の渡された薬のせいで感じやすくなっていて、当然アソコから潮な んか噴いちゃったり……  そんな事を考えてしまった途端、首の下側から上に向かって熱い血液が登ってくる。自分が座っているところ だって、隆幸さんの上にまたがったり、口の中に含んだところなんだから……  ほんのちょっと前まで、自分が我を忘れて感じてしまった場所に平然といられるほど、あたしは人間が出来て いない。涙の代わりに込み上げてくる恥ずかしさに、俯いている顔はどんどん熱くなってしまっている。  ど…どうしよう……あたしだってあんな事するつもりは無かったけど…隆幸さんたちとあんなことしちゃって ……なんだかこの旅館に来てから、ばれたらいけない事ばっかりしてるような気がする……  あゆみさんと真琴さんにはいろいろとばれてるけど……お風呂場で松永先生に二人の目の前で……あぁ、思い 出したくもないぃ!!  こうやって一人だけで静かにすごす時間ってあんまり無かったせいで、今まで考えたく無かった余計な事を次 々と思い出してしまう。  ………はぁ……本当のところ…あたし、男に戻れるのかなぁ……  一つ溜息をつき、ようやくソファーに持たれかかる。そして天井に顔を向けて目を閉じ、ゆっくりと深呼吸を する。ブラウスとブラに覆われた胸が少し苦しいけれど、一回、二回、と胸の上下運動を繰り返すうちに心も幾 分平静を取り戻してくる……  去年女になってしまった時は、こんな事を考える暇も無いうちに男に戻れたけど……あたし…このままでいい のかな………  仕事になれる間も無く、温泉で男の人三人に一晩中犯され続け、松永先生と肌を重ね、幼い遙くんにも抱かれ て、隆幸さんたちとも……………あれ? そういえば……ここにいれば、松永先生や真一さんたちに見つからな いんじゃないの?  その事に気付いたあたしは目を開けて身体を起こす。  そうよ、これって考えようによってはラッキーじゃない。部屋に戻ると、トイレでのあの様子じゃ松永先生が 待ってるかもしれないし……今日はこのまま、ここで寝ちゃおうかな♪  ジリリリリリリリリ!! ジリリリリリリリリリ!! 「きひゃあああぁぁぁあああああああああああ!!!」  なになになになになに!?  突然響いた大きな音に、驚いたあたしの口から悲鳴が迸る!!  ジリリリリリリリリ!! ジリリリリリリリリリ!! 「はっ、はぁ…はぁ…なんだ…電話か……びっくりしたぁ……」  逃げ出そうとしたのか自分でもわからないけど、ソファーに横になっていたあたしはそのままの状態で服の上 から胸に手を当て、大きなふくらみ伍しでもしっかりと感じるほど大きく脈を打っている心臓を抑えつけた。  ジリリリリリリリリ!! ジリリリリリリリリリ!! 「そうだ、電話番があたしの仕事だったっけ」  やっと今何が起こっているのか飲みこめたあたしはソファーから立ち上がり、事務机の上に乗っている黒色の 電話へと近づいた。  ジリリリリリリリリ!! ジリリリリ――ガチャ 「はい、従業員室です。何かご用ですか?」  いろんなバイトをこなしてきたあたしにとって見れば、電話の対応はお手の物。驚いた事もあって言葉使いは 少し雑だったかもしれないけれど…… 『あ…あの…たくやさんですか?』  受話器の向こうから帰ってきたのは遼子さんの声だった。 「遼子さんですか? 何かご用が――」 『い、いえ…用と言うほどの物、くぅ……』 「? どうかしたんですか?」  今日の遼子さんはどうも元気が無かったけど、聞こえてくる声はそれに輪をかけて小さく、まるで本当に病気 なんじゃないだろうかと思うほどだった。それなのに急にくぐもった声を出すから…… 『だ、大丈夫…大丈夫です……』  ほ、本当に大丈夫なのかな……まぁ、いざとなったら松永先生にお願いすればいいか。 『あの…それで…頼みたい事が……』 「はい、なんですか? あたしに出来る事だったら」 『ビ、ビールを…私の部屋にビールを持ってきて欲しいんです……今…すぐに……』 「ビールですか? あの…差し出がましいようですけど、お薬か何か……」 『いい、いいん…です……あっ…なんだか…寝つけないから……お…お願い……』  ガチャン  あれ? もう切れちゃった……でも本当に大丈夫かな? 声も途切れ途切れだったし……  とは言っても、従業員のあたしがあれこれと言う事じゃないのはわかってるし、本当に体調が悪そうなら待つ 松永先生に薬を作ってもらえばいいか、と思ったあたしは、とりあえず、ビールの置いてある調理場に向かうべく 従業員室のドアを開けて、誰もいない廊下へと足を踏み出した。


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