[.触発


その後は、忙しいことは忙しかったけど、夕食のお知らせを隆幸さんとあゆみさんに任せたこと、そして夕食の ときに夏目さんが加わったこと以外、夕食まではこれといって何も無かった。 てな訳で今日も賑やかな晩御飯〜〜♪のはずなんだけど……… 砥部さん一家は、もう完璧に冷戦状態。賑やかな夕食の席でその一角だけ空気がものすごく重い。 真一さんはじっとあたしだけを見つめつづける。栄子さんは知ってか知らずかお酒ばかり飲みつづける。 遙くんは今日も部屋でお休み。あゆみさんが食事を持っていった。 何でかは分からないけど、真一さんにプロポーズをされちゃったから、そっちのほうを恥ずかしくて見れない。 でもなんだか、真一さんだけじゃなくて栄子さんもこっちを見てるような気がする。 あたしは男なんだから真一さんに会いに行くわけにはいかないけど……でもほったらかしって訳にもいかないし…… 困ったな……… 冷め切った砥部さん達とは反対に、夏目さんご一行はリーダーが加わったことで、昨日よりも賑やかになっている。 「お〜〜い、たくやちゃん。酒だ!酒の追加だ!」 「は〜い、ちょっと待ってくださいね〜〜」 あたしは廊下に準備してあったビール瓶の栓を五本開けると、お盆に載せて、夏目さん達の所に運んでいった。 今日は昨日よりもお酒の減りが早い。用意していた分もこれで無くなった。 「お待たせしました〜〜」 「たくやちゃん、俺らはいいから課長にお酌してくれ」 「え……分かりました」 この人苦手なんだけどな〜〜 心の中では嫌がりながらも、顔には満面の笑みを浮かべて、お盆からビール瓶を一本とって、夏目さんに 近づいていく。 「どうぞ、お注ぎします」 「これはどうも」 コップに並々とビールを注ぐ。夏目さんはそれを一息の飲んでコップを空にしてしまう。 「ふぅ。美人に酌してもらうと格別だな。さぁ、ご返杯」 夏目さんがビール瓶を持ち上げ、空になったコップをあたしに差し出す。 「あ、あたしお酒は……」 「あん、課長の酒が飲めないってのか」 酔っ払った周りの他の三人が、夏目さんのお酒を断ったあたしを取り囲んで詰め寄ってくる。 「おまえ、俺達は客だぞ。客の酒が飲めないってのは、どう言うことだ、あぁ!」 「あ…いえ…だからあたしは未成ね……きゃあ!」 後ろに回っていた男があたしを後ろに引き倒し、別の男があたしの上にのしかかってきた! 「おら飲めよ。お客様には逆らうんじゃね〜よ。俺達は神様なんだぞ、おら!」 「ん……!」 栓の開いたビール瓶の口をあたしの顔に近づけてくる。ビールのアルコール臭が鼻をつく。 「お客様、従業員にお酒を勧めるのはご遠慮……」 「うるせえ!」 男の腕の一振りで止めに入った隆幸さんがドカッと吹き飛ばされ、そのまま気絶してしまった。 弱い〜〜!役立たず〜〜!へっぽこ〜〜!立ちあがれ〜〜〜! まぁ、広間にはあゆみさんがいなくて良かったかも……いたら泣いてただろうなぁ…… そして、梅さんもちょうど調理場に行っていてこの場にはいない……てことは、あたしってこのまま? 「ほら、お客様自ら飲ませてやるんだ。ありがたく飲みな!」 バシャバシャバシャ……! 「ちょ…やだ…んグ…や〜〜〜」 あたしの顔の上でビール瓶が逆さまにされ、茶色い液体が上から降り注がれる! 「やめて…んグ…ゲホッ…ぐむ…こふっ…んん〜〜」 もうやだ〜〜、目はしみるし、鼻も痛いし、苦しいし、臭いし、ビショビショになるし〜〜 両手も抑え付けられてるので顔を隠すことも出来ない。男達の要求通り口の中にもビールが入ってくるけど、 ほとんどがからだに振り掛けられて、新品のメイド服がビールまみれにされた。 あちこちでシュワシュワ炭酸のはじける音が聞こえる。 優勝もしてないのに、ビール掛けなんかしたくな〜〜い! バシャバシャ…ゴボゴボ…ゴボ……… や…やっと終わったの……? 逆さになったビール瓶からは、振られたせいで泡になったビールが雫になって落ちてくる。 「ふ…ふえ…ふぇぇぇ……」 あたしは泡まみれのままで……目から涙がこぼれ…泣き出しちゃった……… なんで…なんであたしだけこんな目にあうの………? 自分の不運とビールが目に染みたせいで、堰を切ったように涙が溢れ出してきた。 「うう……ひっく…ひっく……」 「泣き真似なんかしてんじゃね〜よ!お、いい胸してんじゃねえか。よく見せろよ」 ブチブチブチ! ビールで肌に張りついたあたしのブラウスを男が力任せに左右に引っ張ると、ボタンが弾け飛び、ブラに包まれ、 ビールに濡れた二つの胸が露わになる。 「いやぁぁ〜〜〜!」 「おお〜〜すげえ。巨乳じゃねえか。嫌がる顔もそそるねぇ。おい、もっとよく見せろよ」 「任せとけって。おら、胸揉ませろ。隠してんじゃねえ!手ぇ退けろって言ってんだろ!」 男は胸を隠すあたしの手を退けると、濡れた柔肌を荒々しく揉みしだいてきた。加減無く握られて、胸の形が歪み、 痛みが走る。 「やぁぁ〜〜〜!痛い!イやァァ〜〜〜!」 「うるせえ!揉み潰すぞ!」 「ひぃぃっ!」 男が一際強く力を入れたせいで、中央の飾り部分でブラが痛みと共にプツリと切れる。そして何も覆うものの 無くなった胸が男達の目に晒される。 「ヒュ〜〜♪」 「コイツはすげえな。俺の手に吸いついてきやがる。コイツは最高の手触りだぜ」 「いやぁぁ〜〜!もうやめてぇ!」 「ちっ…うるせえな……これでも咥えて黙ってろ」 「グッ!」 胸を揉んでいた男は片手を離すと、傍にあった飲みさしのビール瓶を掴み、いきなり喉の奥まで突っ込んできた。 咽頭に押し当てられたビンの口から苦い液体が断続的にあたしの口の中に注がれる。 「グ…ムグッ…グ……ゴボッ!ゲホッゲホッ!おえっ!ゲホゲホ!」 炭酸と苦味に耐えきれなくなって、瓶を突っ込まれたままの口の端から吐き出す。 「吐き出してんじゃねえよ。おい、遼子、ビールもう一本よこせ!」 「え……」 事態を呆然と眺めていた遼子さんは、いきなり声を掛けられて、ようやく我に帰った。 「聞こえないのか!ビールをよこせってんだよ!おら!」 男が手を差し出すけど、遼子さんは黙ったまま動かない。 「どうした!ビールだよ!さっさとよこせ!!」 酔った男の声がだんだんと大きくなる。そして酔いに助長された怒りで顔が真っ赤になっていく。 「遼子!早くしろ!!」 「……嫌です」 小さいけれどはっきりと、遼子さんが振り絞るように拒絶の意を示す。 「おまえ…分かってんだろうな!逆らうと……」 「そ…それとこれは話が違います。周りの人には迷惑をかけないって言ったじゃないですか」 「うるせぇ!!てめぇ!!」 男が立ち上がり遼子さんに襲い掛か ゴン! 「あんたの方がうるさいわよ!」 ――ろうとする寸前、頭を鈍い音がするぐらい強くビール瓶で殴られ、胸を揉んでいた男があたしの上から 転げ落ちる。 「そっちもどきなさい!」 ゴキッ! 返す刀であたしの手を抑えていた男の鼻っ柱も、めり込むぐらいに強く殴りつける。 「相原くん、大丈夫?」 「ひっく…ま…松永せんせ〜〜……」 見事に大の男二人を殴り倒してあたしの横に跪いたのは、広間の反対側で静かに食事をしていた松永先生だった。 いつもの優しい目であたしを見ている。 「あらあら…かわいい顔をこんなにされちゃって」 先生は汚れるのもかまわず、自分の着ている浴衣の袖で、ビールと涙に濡れたあたしの頬を拭ってくれた。 「ひっく…ひっく…せんせ〜〜…うう〜〜…ぐしゅ……うぇぇ……」 松永先生があたしの手を取って、上半身をを引き起こしてくれた。でも、涙は止まらなくて……うぇ〜〜ん 「……あなた達……私の可愛い相原くんをよくも泣かせてくれたわね………」 ゆらり……と松永先生がその場に立ちあがる。畳に転がっていたのも加えて、両手にビール瓶が握られている。 「このアマ!何しやがる!」 「黙りなさい!」 鼻を痛打された男が起きあがり一言喋ると同時に、松永先生の手が一閃した。投げられたビール瓶が鼻に命中して、 復活した男は見せ場もなく再び畳に沈んだ。 「それはこっちのセリフよ!いい年した男が女の子に何てことしてるの!私は怒ってるんですからね!」 ひぇ〜〜、松永先生って怒ると怖い〜〜〜 学園では怒る時でも笑みを絶やさなかっただけに、こんな姿なんて今まで見たことも無い。 「こ…こいつ……!」 酔っ払いで残っているのは、あと一人。でも、さっきに松永先生の立ち回りと迫力で、すっかり腰が引けている。 「やめろ」 そんな男に対して、事の張本人の一人、夏目さんが冷たい声を掛ける。 「し…しかし課長……」 「客は俺達だけじゃないだろう。おまえ達のほうが騒ぎ過ぎだ。そこでのびている奴を連れて部屋に戻っていろ」 「でも……」 「戻っていろ」 言いすがろうとする男に夏目さんは冷たく言い放つ。 「……分かりました」 最後の一人は夏目さんの命令通り、まずは鼻にビール瓶をくらって伸された男を引きずりながら、広間から 出ていった。 「たくやさん、ごめんなさい。こんな目に合わせてしまって……」 心配顔で近づいてきた遼子さんがハンカチであたしの顔を拭いてくれる。 「グス…い…いいんですよ…ひどい事には結構慣れてるし……は…あははは……」 「……本当にごめんなさい」 そんなあたし達の一方で…… 「私の部下がひどい事をしてしまい申し訳ありません。それにしてもお強いですね。どうです?お近づきの印に おひとつ……」 夏目さんがさっきまでの冷たい顔は何処へやら、人のよさそうな笑みを浮かべ、ビール瓶を持って松永先生に 勧める。でも先生は…… 「せっかくですけどお断りさせていただきますわ。私、あなたみたいな子悪党面、吐き気がするほど大っ嫌いなの。 お山の大将を気取るのならもう少し部下を教育するべきね。それよりも二度と話し掛けないでくださる? 声を聞くだけで耳が腐りそうよ」 う…うわ〜〜…そこまで言いますか…… 松永先生のあんまりなキツイ啖呵を聞いて、あたしと遼子さんの動きが止まる。 「ク…ククク…あ〜ははははは!子悪党か、それはいい!気に入ったよ。どうだい、あんた俺の女にならないか?」 意外なことに、怒り出すかと思われた夏目さんは、逆に笑い出し、事もあろうに松永先生を口説き始めた。 その言葉に松永先生の言葉は無く、手が動いて、夏目さんの顔の横を通り、後ろで伸びていた男のわき腹へと ビール瓶が飛んでいった。 「それが答えか……まぁいいか。メイドさん、すまないことをしたね。後であいつらにきつく言っておくよ」 そして…… 「た…隆ちゃん!?」 「これは…一体なにがあったんじゃ?」 ……遅い。 やっと来たあゆみさんと梅さんが、少しタイミングのズレたことを言う。せめて隆幸さんの勇姿ぐらいは見て 欲しかった。 「たくや、一体なにがあったんじゃ?説明せい」 「え…えっと……」 泣き止んだばかりで、咄嗟に何があったかを説明できない。 「何も無いわよ。遼子さんが転んじゃって、相原くんの頭にビールを掛けちゃっただけ。そうよね?」 そう言って松永先生がこちら、あたしと遼子さんの方を向く。 「えっと……」 「は…はい、そうです。私が転んじゃって……ごめんなさい、たくやさん」 「りょ…遼子さん……」 「ま…そう言うことだな」 最後に夏目さんがそう言うと、立ちあがった。 「な…夏目様…どちらへ?」 「部屋に戻るんですよ。興醒めしましたしね。そこで寝てる奴はほっといて下さい。後で取りに来させますから」 「あ…夏目様!?」 夏目さんは部屋から出て行ってしまった。梅さんもそれについて出ていってしまう。 「さてと……」 松永先生は一息つくと、倒れている隆幸さんの方へと寄っていった。 「隆ちゃん!隆ちゃん!」 「あゆみさん、少しごめんなさい………はっ!」 ゴベキャア! ……ものすごい音 すがりつくあゆみさんに退いてもらうと、松永先生が隆幸さんの背中に活を入れたんだけど……少し離れた あたしの耳まで聞こえるほどエグい音が…… 「う…う〜〜ん、ここは……」 それでも目が覚めるんだから、松永先生って凄いんだよね…… 「隆ちゃん…よかった……」 「あ…あゆみ?」 目が覚めると同時にあゆみさんが隆幸さんに抱きついた。さすが新婚さん、お熱いことで…… 「お二人とも、いい雰囲気のところ悪いんだけど後始末お願いできるかしら?」 「え……あ…は、はい」 二人とも顔を真っ赤にして離れる。周りに人がいることをすっかり忘れてたみたい。 「相原くんもこんな状態ですし、私がお風呂まで連れていきます。無理やりお酒を飲まされていますから今日は もう仕事は無理でしょう。そのまま休ませます。ご主人、それでよろしいかしら?」 「あ…あぁ、はい分かりました」 その場を仕切る松永先生の迫力に隆幸さんはただコクコクと肯くだけだった。 「あゆみさん、申し訳ありませんが後で浴衣とタオルを二人分、脱衣所まで持ってきてもらえますか?」 「分かりました。たくやくんのこと、よろしくお願いします」 あゆみさんがあっさり了承して、あっという間に話がまとまる。 「それじゃあ行きましょうか。相原くん立てる?肩を貸しましょうか?」 「だ…大丈夫です。ちゃんと立てますよ」 そう入っても、まだ未成年。立ち上がったはいいものの、ほんのちょっとのアルコールで頭がボ〜っとして、 足がふらついている。 ……お酒なんか大嫌い…二度と飲むもんか…… そんなあたしを、松永先生はビールで濡れるのも構わず、優しく支えてくれる。 「しょうがないわね……遼子さんはどうします?一緒にお風呂に行きませんか?」 「私ですか……せっかくですけど遠慮させていただきます。同僚もこんな状態ですし……」 「……ごめんなさい、貴方まで巻き込んでしまって」 「いえ、私が自分でやったことですから……それに………」 「何かあったら力になりますから。気を落とさないでください」 「ありがとうございます。たくやさんのこと、よろしくお願いします」 ……なに言ってるんだろう……二人とも……… 二人の会話をそっちのけで、あたしは広間の中を見回した。 隆幸さんとあゆみさんが散らかってしまった料理やビール瓶を片付けている。畳もビールだらけでびしょびしょで、 一生懸命手ぬぐいで拭いている。 そして、この騒ぎに関わらなかった砥部さん夫婦は呆然とその場に座っていた。 ……あ……そうだ……先生なら……… 松永先生に支えられて、露天風呂に向かう途中…… 「先生…相談したいことがあるんですけど……」 「?どうしたの?仕事が辛くなっちゃった?相原くんさえよければ学園に戻ってきてもいいのよ。仕事だったら 私もいくつか当てがあるし……」 「違うんです。あたし、プロポーズされちゃったんですけど、どうやって断ったら……」 「なっ!」 松永先生が驚きの声が上げ、その場に立ち止まった。ついでにあたしを支えてくれていた手も離れてしまったので、 お酒に酔ってふらついていたあたしは顔から廊下に倒れこんでいった。 ぺしゃ ………いたいよう……くすん…… なんだか今日の夕食は最後まで散々だった………


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