V.謝罪


朝食の後片付けも終わり、あたしは何時の間にか女性のたまり場となりつつある調理場に足を運んでいた。 「おはようございます、真琴さん」 「よう、タク坊。今日はちゃんと起きれたようだな」 「昨日みたいに着替えを見られるのはいやですからね」 真琴さんは調理場の中をあちこち歩き回って、後片付けをしている。流しの山と積まれた食器、調理器具の 後片付け等など。 「真琴さん、手伝いますよ。何すればいいですか?」 「サンキュー、じゃあ、食器洗ってくれるかな」 「了解、わっかりました〜」 軽く答えて、流しにお湯を溜めて食器を洗い始める。 ガチャガチャ……ガチャガチャ…… 「悪いね、手伝ってもらって。そう言えばタク坊って、すぐに仕事になじんだな。いまどきの若いもんにしちゃあ 働き者じゃないか」 「ええ、まぁ。この一ヶ月、いろんなバイトをやりましたからね。そう…いろんな……」 今までのバイトの数々を思い出して、ちょっとブルーになる。あまり思い出したい記憶じゃないな…… 「?どうしたんだい」 「いえ…ちょっと涙が……」 「?…苦労してるんだな、その若さで。そう言えば、今日着てるの、あゆみの制服かい?」 「はい、そうですよ。朝風呂の帰りに借りに行ったんです」 さすがに、汗と愛液で体中ビチャビチャのままで仕事なんか出来るわけない。誰もいないうちにシャワーを浴びて、 火照る身体を何とか冷ました。 今着てるのはあゆみさんが妊娠する前のメイド服らしくて、胸のサイズなんか結構ぴったりだったりする。 あゆみさんてやっぱり胸おっきいんだ……けっこう着痩せ(?)してるんだな…… 「タク坊も災難だよな〜。来て早々制服を二着も駄目にしちゃうなんて」 「あ…その事なんですけど……盗まれた制服が見つかったんで……」 「何!じゃあ犯人見つかったのか!」 真琴さんの声に緊張が走る。 「あ…いえ、そうじゃなくて、あたしの部屋に放り込まれてたんで、誰が犯人かは……」 詰め寄ってきた真琴さんに、少し後ずさりながら答える。 「ちっ…じゃあ、なんか犯人の痕跡かなんか無かったのか?手がかりになるような」 「あるにはありましたけど……」 「なんだそれは!」 再び詰め寄ってくる真琴さん。 え〜ん、怖いよ〜、食器が洗えないよ〜〜 「あ…あの…精液なんですけど……」 「精液!?」 真琴さんの口から素っ頓狂な声が飛び出る。 「そうです…えっと…服全部が男の人の精液でビチャビチャになってて……今はあゆみさんが洗濯してくれてると 思いますけど……」 洗濯したって、あんなのはもう着ないけど……さすがにあの状態で捨てるのは…… そんな訳で、一部の事情をしゃべらずに、ごわごわになったメイド服とビチャビチャのシーツを洗濯してもらった。 あゆみさん、汚いもの洗濯させてすいません。 「せ、精液か……となると、やっぱりタカ坊が怪しいな……」 「え?隆幸さん、何かしたんですか?」 「あんたの服盗んだ犯人だよ。昨日あんなに痩せこけてただろ。きっと、あんたの服で一人でしてたんだよ、きっと」 「そ…それはちょっと……」 隆幸さんの病状はあたしと松永先生のせいだし…… 「最近あゆみとしてないみたいだからな。しかし、こんな性犯罪に走りやがるなんて……後でヤキ入れてやる!」 真琴さんが両手に包丁を握り閉める! 「ま、真琴さん、抑えて抑えて。まだ犯人が隆幸さんと決まったわけじゃないんだし……」 「タカ坊なんか、締め上げれば全部しゃべると思うんだけどな……命拾いしたな」 真琴さんのヤキってメチャクチャ怖いんですけど……… そんな騒々しい会話を続けながら、何とか食器も洗い終わり、調理場の後片付けも終わった。 「ほんとに助かったよ。お礼に昼飯になんか上手いもん作ってやるからな」 「楽しみにしてますよ。それじゃ………あれ?」 美味しい昼ご飯が確定した事に喜びながら調理場を出たけど、出たところで目に入った人影にあたしは歩みを 止めてしまった。 「遙くん?」 「お…お姉ちゃん……」 調理場に入り口近くでモジモジしてたのは遙くんだった。 「え、え〜と…も、もう体のほうは大丈夫?」 何とかそれだけ口に出す。昨日かなり恥ずかしい下着を見られた事が未だに恥ずかしい。頬が自然と赤くなって いくのが感じられる。 相手は子供なのに〜〜! 「う…うん…あの……お姉ちゃん…昨日はごめんね…じゃ」 「あ…」 遙くんはあたしに謝ると、すぐにその場を離れて行った。 つい後姿に手を差し出したけど、その手はあてもなく宙をさまよう。 「ん?タク坊、どうしたんだい?誰かいたのか?」 調理場の入り口から真琴さんが首をのぞかせる。どうやら遙くんは見えなかったようだ。 「いえ、遙くんがいたんですけど、ちょっと……そう言えば、昨日遙くんに何かしたんですか?何か態度が 変なんですけど……」 いろいろ考えたけど、あの後なにかあったとすれば真琴さんしかいない。 「それ、昨日あゆみにも言われたよ。ただ、鬼ごっこして、捕まえて天井から吊るしただけなんだけどね、 鬱陶しいから」 「なっ…子供相手に何てことするんですか!」 この人は本当に鬼か!いくら鬼ごっこでもそれはやりすぎでしょ。 「でもうれしそうにキャッキャッと笑ってたぞ。自分から反動つけて揺れまくってたし。体調も悪そうにも 見えなかったけどなぁ。それに寝こんだのって夕食の前なんだろ?目を回して寝こんだにしても時間的に 合わないじゃないか」 「あ……そう言えばそうですね。すいません」 でも吊るされて喜ぶ遙くんて……M? 「まぁいいって。気にすんな。でもそんなに態度が変わったのか?」 「え、ええ。なんだか急に元気が無くなったって言うか、嫌われたって言うか……」 「でもさっきタク坊に会いに来たんだろ?」 「はい。謝られましたけど…なんだかモジモジしてたし……」 「ふぅん………なるほどなぁ………」 真琴さんは少し考える素振りをした後、あたしの肩に手を置いた。 「タク坊、駄目じゃないか、あいつはまだ子供なんだぞ」 「……はい?」 「いくらあんなことがあって、男が信じられなくなったからって、いきなり子供にそんな事をするなんて」 真琴さんがいきなり訳の分からない事をしゃべり始めた。それに「そんな事」って…… 「物事には順序ってもんがあるだろ。それを無視して……」 「ちょっと待ってください!あたしが遙くんに何かしたって言うんですか?」 「違うのか?男に絶望して、ショタに走って、遙を襲っちまったんじゃ?」 ブッ! 「な…何てこと言うんですか!あ、あたしそんな事してませんよ!」 つい吹き出しちゃった。美少女にあるまじき…… そりゃ、遙くんがかわいいって思ったことはあるけど…… 「なんだ、違うのか。病気の遙の苦しそうな顔に欲情して布団に押し倒して「お姉さんが大人にしてあげる」 ……だと思ったのに。面白くねえ……」 お、面白いかどうかで推理されても…… 「あ、あたしもう行きますからね」 こんなときは逃げるに限る。こんなのに付き合ってられますかっての。 「おう、今度来るまでに新しい推理考えとくからな、楽しみにしといてくれよ」 もう勘弁して…… そう思いながら、あたしは調理場を離れていった。 サッサッサッ…… んん〜〜〜今日もいい天気。 玄関前を竹箒で掃く手を少し休め、青く、高い空を見上げる。 そう言えばあたしがここに到着した時、あゆみさんが同じように掃除してたっけ……今はあたしが掃除 してるなんてなんだか不思議な気分。 毎日あゆみさんに掃除されてるせいか、あまりごみの無い玄関を掃除するのはあまり意味が無いけど、 朝食後再びダウンした隆幸さんと看病のあゆみさんがいない分、今日はあたしにもいろんな仕事が回される。 朝から忙しなく動いてたんだけど…… まぁ、息抜きだと思えばいいよね。 サッサッサッ…… ほんの少しだけあったごみを、前かがみになってちりとりで拾う。 ……お尻見えてないよね? 昨日一昨日と短すぎるスカートを履いたせいか、なんだかスカートが気になっちゃう。 さて、旅館内の掃除もほとんど終わったし、今度は何しようかな?……けっこう働き者よね、あたしって…… 男の時はそうでもなかったんだけどな〜〜、なんて考えていると、玄関から女の人が出てきた。 「あ、おはようございます」 「……おはよう」 え〜と、確かこの人遼子さんて言ったわよね。 玄関から出てきたのは、ストレートの黒髪を腰まで伸ばした、駿河遼子さんだった。 今まで夕食のときに顔を少し合わしたことがあるだけで、口を交わした事なんかほとんど無い。それに遼子さん 自身、無口で暗い感じがするのでなんとなく声がかけ辛かった。 あたしがこの旅館に来る前から泊まってるらしい。見た感じOLって気がするんだけど、男の人達と半月も旅館 に泊まっているってことは、その……どんな関係なんだろう?まさか三人と、なんてことは…… 「今日もいい天気ですね」 心の中で考えてる事なんておくびにも出さず、なるべく差し障りの無い会話をする。 「…ええ……そうね……」 「?大丈夫ですか。なんだか顔が青いですよ」 見ると、遼子さんはなんだかフラフラしていて、まともそうには見えない。目もあたしの方を向いてはいるけど、 どこか焦点が合ってない…… 「大丈夫よ…ちょっと散歩に行くだけなんだから……」 そんな顔で散歩? 遼子さんの顔にはなんだか自虐めいた笑みが浮かんでいる。やっぱりどこかおかしいんじゃ…… 「大丈夫じゃないでしょ?そんなにフラフラして。今この旅館にお医者さんが泊まってますから、その人に見て もらいませんか?」 そう言って、遼子さんの手を取ると…… 「!触らないでっ!」 遼子さんはいきなり激しくあたしの手を振りほどき、その場に座り込んでしまった。 「いやぁ…触らないで……もう…いやぁ……」 「す…駿河さん?」 「…あ……ごめんなさい……いきなり触られたものだから…つい……」 それでもあんなに嫌がる?やっぱりどこか変なんじゃ…… 「あたしは大丈夫ですけど…でも、やっぱり先生のところに行ってもらいますからね。そんなにフラフラなんですから。 イヤだって言っても無理やり連れて行きますからね」 こんな人ほっとけるわけないじゃない。ついついおせっかいの虫が騒いじゃう。 「……はい」 あたしの強めの言葉に、遼子さんは静かにうなずく。でも、どこか感情がこもっていない。 「それじゃ行きましょうか。さぁ」 嫌がられないようにと直接には触れず、立ち上がらせようと遼子さんの目の前に手を差し出す。 そんなあたしの手を遼子さんは不思議そうに見つめると、恐る恐るだけどゆっくりと握り返してくれた。 「で、どうなんですか?」 「過労とストレスみたいね。今日は外出せずにゆっくり寝てるほうがいいでしょうね」 松永先生は耳から聴診器を外しながらそう言った。 「栄養剤をあげるから、それを飲んで寝てなさい。せっかく旅館に泊まりにきてるんだから無理しちゃ駄目よ」 「はい……」 そう言って遼子さんは寝ていた布団から体を起こす。形に良い胸があらわになっている。 「先生、すみません。こんな朝早くから」 「いいのよ。相原くんのお願いですもの。それにこれでも医者の端くれですからね。病人を放っておけるわけ ないじゃない」 先生なら男だったら放っといたかも…… しかし、和室に女医に患者、そして後ろに控えるメイドって、なんだか絵になるような…… ここは松永先生の泊まってる二階の一室…なんだけど…… 「にしても先生?なんだか凄い散らかりようと言うかなんと言うか……」 布団の敷いてあるこの部屋はともかく、隣の一室には試験管、ビーカー、すり鉢といった、元科学部のあたしには 見なれたものがたくさん広げられていた。なにか実験をしてたみたい。 「驚いた?ちょっと徹夜で作業してたもんだから…」 その割には、身だしなみもきっちりしてるし、いつも保健室で着てた白衣まで着ている。さすが松永先生と 言うところか…… 「それじゃ、私はこれで……」 服を着た遼子さんが立ちあがって、部屋から出ようとする。 「そう?もう少しゆっくりして行けば。まだ体に力が入らないでしょう?」 「いえ…何か作業しておられるようですし、そんなにお邪魔するわけには……たくやさん」 「はい?」 いきなり呼ばれて少し驚いちゃった。なんだか遼子さんって無口そうな感じがしたから…… 「心配してくれてありがとう。うれしかったわ。それじゃ失礼します」 遼子さんがさっきまでとは違い、はかなげでも優しい笑顔をあたしに向けてお礼を言う。 「あ…いえ、当然の事ですよ」 こうやって、面と向かってお礼を言われるのって、照れちゃうな。少しテレテレしながら返事をかえす。 「これが栄養剤ね。起きたときにはだいぶ楽になってるはずよ。またなにかあったらあたしのところに来なさい」 「どうもすみません。それじゃ…」 遼子さんが頭を下げながら部屋から出て行ってしまった。最初に見たときよりは元気になったかな? 「ところで先生。さっきの栄養剤ってもしかして……」 「ご名答。昨日の擬似精液に混ぜたものよ」 う…やっぱり。 その瞬間、一気に昨日された事を思い出してしまう。 「そ、そんなの飲んで大丈夫なんですか?」 「大丈夫よ。あたしのオリジナルだけど、昨日と違って擬似精液に混ぜてるわけじゃないから媚薬も入ってないし。 それに効き目は相原くんもよく知ってるでしょ?」 「それはそうなんですけど……そう言えば、一体何してるんですか?こんなに広げて」 話しがヤバイ方にいきそうだったので、話題を松永先生の作業の方に向ける。 できれば昨日の事はもう思い出したくない…… 「ちょっとね…例の一部分だけ男に戻る薬を相原くんの体質やバイオリズムに合わせて調整していたの。新しい データも手に入ったしね」 「え…あの薬ですか……別にいらないんですけど……」 さすがにふたなりになるには抵抗が…… 「そうは言っても、これも研究の一環ですからね。部分的にでも男性に戻れるなら、そこから全身へと効果を拡大 させていく事も出来るんだから」 「そうなんですか?」 とはいえ、戻れるのがペ○スからなんて…出来れば他のところから…………あんまり意味がない上に、なんだか 不気味な想像が…… 「それに、相原くんが男性に戻りたいと思うなら、少しはおチ○チンの刺激になれていたほうがいいと思うわよ。 それにいざと言うときはこの薬で片桐さんを妊娠させる事も出来るでしょ」 「な!明日香を妊娠!?」 そ、そんな事考えた事も無かった……結婚とかまではちょっとぐらい考えてたけど…… 「そうよ。いつまでも愛する彼女を放っておくわけにもいかないでしょ。信じて待ってても、一人寝は寂しいものよ」 「うう……」 そう言えばそうなんだけど……明日香って可愛いから、美男美女の多い宮野森学院の中でも結構もてるし、 多分高校卒業後は大学に行くだろうから、ひょっとしてそこで新しい彼氏なんて…… ああ!明日香の貞操がぁ!何処の誰とも知らない馬の骨に!あ〜んな事やこ〜んな事までぇ〜〜! なんだか妄想爆発、悪い方悪い方へと考えが行ってしまう。少しは戻ってきて〜〜! 「そんなに心配しなくても大丈夫よ。さて、本当ならさっきの診察のお礼に相原くんを可愛がってあげたいところ なんだけど……」 「いっ!?」 診察代があたしのからだ!? 「さすがに少し疲れてるから、また今度ね。今から少し眠るから。明日か私の帰る明後日には薬も出来てるはず だから」 「そ、そうなんですか……」 なんだかホッとしたような、残念なような……とにかく胸を撫で下ろす。 「それじゃあ、あたしも失礼します。仕事もほとんど終わってますから、今から休憩なんですよ」 こういうときはさっさと逃げるにかぎる。 「あら、そうなの。残念ね。やっぱり襲っちゃえばよかった……ねえ、いっしょのお布団で休憩しない?」 「ふふふ、駄目ですよ先生。それじゃ、おやすみなさい」


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