Racing With The Moon/3


   



 『大人のお医者さんごっこ』
「暑かったね、沙智菜。すぐにクーラーが効いてくると思うけど、アイスレティでも飲んでて」
 言って周兄さんは硝子のグラスを手渡してきました。長年、留守にしていた筈なのにグラスはとても綺麗に磨かれていて、「誰が磨いたのかな?」と思いながら小首を傾げていると、
「清掃会社に家の掃除を頼んでおいたんだよ。グラスだけで無く、部屋も片付いているだろう?」
 私の疑問を察した周兄さんは、そう答えてソファーに腰を下ろします。
「あ……ホントだ。埃とかも全然ないね」
「うん、そう。だから……安心して服を脱ぐといいよ。服も身体も、汚れたりはしないからね」
 挑発するような周兄さんの言葉に、どう返せばいいのか解らなくて……顔を俯かせていると、周兄さんは脇に置いたドクターバッグの中から様々な医療器具を取り出しました。な、何だか本格的。
「さて、そろそろ脱いで貰おうかな。アイスレティも飲み終えたようだし……いいよね?」
 そう問い掛けてくる周兄さんの瞳が、銀フレームの眼鏡の奥で妖しく光ります。……怖いけど、逃げたいだなんて思わない。今日こそ私を周兄さんのモノにしてって本気でそう思うから、私は息を飲んで立ち上がり、震える指でファスナーを下ろして……白いワンピースを床に落としました。そうしてぶるんと大きく揺れる胸を隠していると、
「まずは喉から診てみましょうか。……どうぞ、座って下さい」
 お医者さんらしい口調でそう言って、周兄さんは私の隣へと席を移し、ペンライトを片手にヘラのような物(舌圧子)を唇に寄せてきます。周兄さんちのソファーは背凭れも肘掛けも無い長椅子タイプなので、こうして医療器具を持ち出されると、ソファーはまるで内診台みたい。
「お口を大きく開けて下さいね」
 言われて慌てて口を開くと、金属の冷たい感触が舌に広がりました。
「喉は腫れていませんね。次は胸の音を聞かせて下さい」
 私の口内を軽く覗いた後、周兄さんは聴診器を胸に押し当ててきます。肌の温度より低い聴診器が鎖骨の辺りから腹部へと移行する際、乳首を掠めていったので、思わず声を漏らしそうになってしまいましたが、何とか堪える事が出来ました。
 身体の全面と背中の聴診が済んだ後、
「……側わん症検査をしておきましょうか。立って脚を開き、前屈して下さい」
 周兄さんは定規を手に持ち、私が席を立つよりも早く立ち上がりました。
「あ……の、側わん症検査って……何?」
「背部左右の肩甲骨の高さに差が無いか、背柱凸部に歪みが無いかをチェックする事ですよ」
 そう答えられたけど、今一つ意味が解らなくて私は深く考えるのを止めて指示通りの姿勢になります。でも、改めて考えると……ショーツ一枚で立ったまま前屈するのって、凄く恥ずかしい。周兄さんがお医者さんらしい口調で話してくれなかったら、こんな恰好……出来なかったと思います。
 脚の先に手の先をくっ付けるような姿勢でいる私に、周兄さんは腰の辺りへと定規を当ててきます。ショーツは穿いていても、薄い布切れ一枚を隔てて私のアソコやお尻を見られているのかと思うと、痛いぐらいに胸が高鳴ってきました。
―今はまだ閉じているけど、割れ目が開いたりしちゃったら……愛液が垂れてきて、中身が透けて見えちゃうよ……。見られてるだけで感じちゃうなんて事、知られたくない……。早く終わって……―
 周兄さんに私の全てを知って欲しいとは思うけど、私一人が熱くなってるんじゃイヤ。ドキドキして、恥ずかしいばかりじゃイヤなんです。……だから、「早く終わって欲しいな」と思っていると、
「……ふむ。高さの差や、歪みは無いようですね。では、触診と打診に移りましょう。ソファーの上で仰向けになって下さい」
 そう新しい指示を向けてくれたので、私は安堵の息を吐きながらソファーの上で横になりました。
「では、痛い箇所が在れば仰って下さいね」
 言って周兄さんは首筋(外頸静脈と内頸静脈)を指先で軽く押さえ、脇(前腋窩リンパ節と外側腋窩リンパ節)や腹部(肋骨下弓)、内腿の辺り(大腿動脈と鼠径リンパ節)をグッと揉んだ後、両手でグッと強く胸を抉(えぐ)り込んできます。
「あぁっ! い、痛い……っ! 周兄さん……痛い……よぉ」
 胸を押す力が強過ぎて、堪らずに苦痛を訴え掛けるのですが、何故か周兄さんは真摯な表情で「もう少しだけ我慢して下さい」と言ってグイグイと容赦無く、指先を私の胸へと食い込ませました。
「あぅっ! あぁっ!」
 胸を押していた周兄さんの指が今度は乳首を摘み上げて来、痛みと気持ち良さが同時に襲い掛かってきます。
―余り触られてると、エッチな声が出ちゃう……。これが検査とかじゃなくて愛撫だったら、エッチな声を出しても余り恥ずかしくないのに……。周兄さんはソノ気にならないのかな?―
 思いながら周兄さんの端整な面持ちを覗き込むと、
「乳癌の疑いを気に掛けていたのですが、分泌物の滲出も在りませんし……胸のシコリはどうやら若さによるモノだったようですね」
 言って周兄さんは私の胸から手を放しました。
―え……? ちょ、ちょっと待って? もしかして、コレってホントに唯の検診だったの!? だからタクシーの中でじっと胸を見ていた訳!? ……だとしたら、どうしよう。私は周兄さんにヴァージンをあげるんだって、もう覚悟を決めてるのに……―
 そんな私の想いを察したのか、周兄さんは優く笑み、
「では、下半身の検診に移りましょう。ショーツを下ろして下さい」
 そうエッチを前提にしているとしか思えない指示を向けてきました。


   


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