第2話「石橋を叩いても渡らない」


 柔紀先生が赴任してきて1週間が経った。  今までの教師のように辞める感じもなく、意外にも1年4組を上手くまと めて大きな問題も起きていなかったのであった。  ちなみに柔紀先生の担当科目は英語であり、アメリカ人以上に英語が上 手に話せるみたいだ。 【柔紀】「今のが正しい話し方よ。アメリカにも日本のように訛りがある から正確な発音を聞くのが上達のコツなのよ」 【沙智菜】「ぅぅ..何かすごい」 【美紗里】「完璧な発音だわ..アメリカ人よりも発声がいいかも」 【蘭】「%”&$@#・・・はふはふはふぅ〜」 【柔紀】「おい、義岡。ちゃんと聞いてるのか!」「はふ?はふぅ〜」 【悠子】「あの〜、きっと蘭ちゃん..頭がヒートしてると思います」 【柔紀】「はぁ..英語はこれからの社会では必要なのよ」 【蘭】「(ピキーン)!大丈夫っ、日本語は永遠に不滅だから」 【柔紀】「いや..そういうことじゃないと思うけど」 【美紗里】「先生、蘭のことはほっといて授業再開してくれませんか?」 【柔紀】「あっ、ごめんなさい。信谷さん」 (う〜ん、このクラスを受け持って1週間経ったけど..あのトラブルメ ーカー2人の娘がこんなに大人しいなんて驚きだわ..) 【美紗里】「どうしましたか?先生。私の顔に何かついてますか?」 【柔紀】「ううん。ついてないわよ。じゃあ、授業再開するわ」 (本当に魅由梨の娘なのかしら..1日中眠ってばっかりの魅由梨とは大 違いな真面目なクラス委員よね..う〜ん) 【柔紀】「それじゃ、次の英文の訳を古野、やってみて」 【悠子】「は・はい..えっと、私たちはその..えっと、国?」 【内川】「ちょっと、何こんな英文で戸惑ってるのよっ!先生、これは立 派な授業妨害でーす」「そ・そんな..」 【取り巻き】「さすが内川様。弱みにつけこむところ、見事です」「うむ」 【内川】「んふふ〜。もっと褒め称えていいわよぉぉ〜」 【沙智菜】「ちょっと内川さん。今のは、ひどすぎるんじゃないの」 【内川】「ふん、何か文句ある?」「そーだ。そーだ」「黙れ、新宮!」 【沙智菜】「先生、これはいじめです。内川さんを注意してください」 【柔紀】「えっ、別にこれぐらいは気にしなくても..」 (って言うか、私に振らないでよぉぉぉーーー。揉め事はパスなのっ) 【内川】「先生もいじめじゃないって言ってるじゃないの。新宮さん?」 【沙智菜】「先生っ!」「・・・・」 【壱郷】「あの..先生?」 【柔紀】「ん?なぁに。壱郷さん」「走ってきていいですか?」 【柔紀】「・・・どうぞ」「・・・走ってきます」  ガラッ。たったたたたた.. 【沙智菜】「ちょっと先生っ、今授業中ですよ。そんな簡単に..」 【柔紀】「ふぅ..えっと、新宮さんだよね?」「はい..」 (この普通すぎる真面目な子が、あのハイパー活発暴走女子といわれた早 知華の娘なの?あの早知華と比べると..) 【柔紀】「インパクトないよね..」「!!!」 (あっ、しまった!声に出ちゃったわ) 【沙智菜】ガァァァァァァーーーーン!「いんぱくとがないぃ..いんぱ くとぉぉぉーーいんぱくとぉぉぉぉぉぉーー!」 【美紗里】「沙智菜?沙智菜、どうしたの?」 【沙智菜】「か・考えてみたら、私って非18禁で何をすればいいのよぉぉ ぉぉぉーー!ただの真面目な女子生徒Aと変わらないかもぉぉぉーー」 【美紗里】「落ち着いて、沙智菜」 【沙智菜】「いんぱくとがない..いんぱくとがないぃぃ..もしかして タイトルに私の名が入ってるのも分相応じゃないかもぉぉぉぉーーー!」 【壱郷】「走ってきました。また、走ってきていいですか?」 【沙智菜】「ああぁぁぁっ、何か壱郷さんってずる過ぎるぅぅぅーー!」 【美紗里】「落ちつきなさいよ。沙智菜」  沙智菜が取り乱している間に、柔紀がさっさと黒板に「自習」と書いて 教室から逃走してしまった。 【柔紀】「はぁ〜、何とか逃げられたわ..本当、揉め事は勘弁してもら いたいわ..さて、自習にしちゃったから職員室にでも戻るとしますか」  職員室に戻ると3組の担任である女教師の朱典 堂華(しゅてん どう か)がこそこそ何かをしてるようであった。  生徒思いの真面目な先生で有名な朱典 堂華だが1つだけ大きな問題が 潜んでおり、その場面に柔紀が出くわしてしまった。 【柔紀】「朱典先生?な・何をしているんですか?」 【堂華】「!!なんだぁぁー、柔紀ちゃんだったのね..安心したわ」 【柔紀】「何か飲んでいたんですか..まさか..」 【堂華】「喉が渇いたから麦茶を飲んでいたのよ。ひっくっ。私って麦茶 が大好きでいつも手作りのを持ってきてるのよ。ひっくっ」  そういって堂華が麦茶のビンを見せてきたが、明らかに色が違かった。  いや、その前にアルコールの匂いが辺り中に充満していた。 【柔紀】「朱典先生..それ、ビールじゃ..」 【堂華】「ひっく。麦入ってるわよぉぉ〜。さて、水を飲まないと..」 【柔紀】「そ・それっ、絶対水じゃないぃぃーー!」  そう、堂華先生の問題とは隙あればアルコールを口にしてしまう酔いど れ女教師であった。  ただ、たくさん飲んでも普通に授業が出来、酔ってる風に見せないのが 堂華先生の凄いところだろう。 (まあ、アルコールの匂いはプンプンしているが..) 【校長】「ん?何かすごく日本酒の匂いがするが、気のせいかね、朱典先生」 【堂華】「校長、気のせいですよ。私がお酒を飲んでたら呂律がひどくな ってますよ」「ん、そうだな。すまんな、疑って」「いえ、構いませんよ」 【柔紀】「・・・朱典先生、本当に大丈夫ですか?」 【堂華】ふらっ「ひっく、だいじょーぶなのらぁ〜柔紀ちゃん〜♪」 【校長】「ところで朱典先生。この前の資料のことだが..」 【堂華】キリッ「それなら出来上がってますわ。ちゃんとメールで送って おきましたよ」「そうか、すまんな」 【柔紀】「・・・すごい早変わりだよ」 【堂華】「ひっくぅ、はぅ〜天井がぐるぐるだぁぁ♪」 【柔紀】(見なかったことにしよ..うんうん)  校長の隙を伺いながら平然とアルコールを摂取する堂華を見て、あまり 関わりたく柔紀は適当な理由を言って職員室から出て行くことにしたのだ。 【柔紀】「朱典先生。わ・私、教室に戻りますね」 【堂華】「あれぇぇ〜、あたしと同じさぼりじゃなかったんじゃぁ〜。ま あ、表向きは自習なんだけどぉぉー。ひっくっ」 【柔紀】「忘れ物を取りにきただけなので..それじゃ、失礼します」 【堂華】「うぃぃ〜、がんばぁってぇねぇぇ〜、ひっくひっく」 【校長】「そういえば朱典先生。明日の職員会議のことだが..」 【堂華】キリッ「ちゃんと資料は用意してますわ。校長の机の上に置いて おきましたが目を通してくれましたか?」「そっか、それはすまんの〜」  どうやら、相手を見ながら態度を変える堂華先生であった。  そんな堂華先生から逃げた柔紀は嫌々な気持ちのまま教室に戻るしかな く、願わくは騒ぎが納まってくれる事を祈っていた。  ガラガラッ.. 【柔紀】「あなたたち、ちゃんと自習していましたか〜」 【蘭】「あっ、先生。ちょうどいいところに帰ってきた。今、大変なんだよ」 【柔紀】ぎくっ「えっ..た・大変って、な・な・何が?」 【凛】「まあ、みんなの机を見れば分かるよ..」 【柔紀】「つ・机?あれ、新宮さんの机に人形が乗っているんだけど.. 新宮さんの姿が見えないわね」  よく見ると沙智菜の机に可愛い女の子の人形が置いてあり、本人の姿が どこにも見当らなかった。 【凛】「本人曰く、自分の代理だそうです..」 【柔紀】「代理?何なのよ、それ。本人はどこに行ったのよ」 【悠子】「実はさっちん..ロッカーに閉じこもってしまったんです..」 【美紗里】「ちょっと沙智菜、いい加減ロッカーから出なさいよ〜」 【沙智菜】「私のことはほっといてよぉぉぉーー。その沙智菜ちゃん2号 が席にいるからいいでしょぉぉーー!」 【美紗里】「先生のせいですよ。インパクトがないなんて言うから」 【柔紀】「うっ!私のせい?」 【蘭】「さっちん、このままじゃロッカーのヌシになっちゃうかも〜」 【悠子】「何とか出てくる方法があればいいんだけど..」 【美紗里】「強引に出したとしても、またどっかに隠れられたら厄介ね..」 【蘭】「先生、何かいい手はないかな」「と言われてもね〜。どうすれば..」 【壱郷】「!ここは..私にまかせてください..」  何かいい手を思いついた壱郷だが、一番あてにならないと誰もが心の中 で強く感じた。  そんな壱郷がロッカーの前にいくと、何故か錠前をつけてこう話してきた。 【壱郷】「みなさん、このロッカーに鍵をつけました。これで中に入って る人は死んでも出れません」 【柔紀】「おい..何のつもりだ?」 【壱郷】「では、これより世紀の大脱出マジックを披露します。掛け声を かけますよ。3、2、1っ!」 【一同】ごくりっ。(唾を飲み込んで魅入るみんな) 【壱郷】「ゼロッ!はいっ、出ました!」「出てないでしょ!」 【壱郷】「マジック失敗ですね。では、反省として走ってきます」 【蘭】「おおっ、おしいかも」「「惜しくないっ!」」 【柔紀】「まったく..こういう時、どうすればいいのよ」 【取り巻き】「内川さまっ、今こそガツンと状況を悪化させる時ですよ!」 【内川】「はぁ?今、勉強中だから声かけないで」  どうやら壱郷が関わることには、あまり首を突っ込みたくないらしく、 眼鏡をかけて1人黙々と勉強をしていた。 【取り巻き】ガァァァァーーンン。「そんな真面目風なキャラ、内川さま らしくないですよぉぉーー。ここはロッカーを蹴るぐらいの態度を見せな いと」 【内川】「どんなキャラよ..とりあえず様子見、様子見」 【取り巻き】「先生〜、内川さままでおかしくなりましたぁぁー」 【内川】ボカッ!「何でそうなるのよっ!馬鹿者」 【柔紀】「ぁぁっ〜〜、何か収拾がつかなくなってきたわ..」 【沙智菜】「みんな、私のことはほっといて!私はインパクトがない女な んだからぁぁぁーー」 【美紗里】「だから、別にインパクトなんて無くてもいいじゃないっ」 【蘭】「そうそう、私もまったくインパクトないんだから」 【沙智菜】「嘘だぁぁぁーー!蘭ちゃん、パーインパクト出しまくりじゃ ないっ」 【蘭】「パーインパクト?何だそりゃ..悠子、パーって何だ」 【悠子】「ぱ・ぱ・ぱーふぇくとかしら..」 【蘭】「パーフェクトなんて照れるなぁ〜。パフェが好きだからパフェイ ンパクトでもいいんだぜ」 【美紗里】「・・・本当にパーインパクトね..」 【沙智菜】「もう、私のことはそのままにして。インパクトがないんだか らぁぁ〜」 【柔紀】「ふぅ〜、インパクトか..なら、私が本当のインパクトを教え てやろう」 【沙智菜】「本当?」 【柔紀】「私の悪友の話だけどな..インパクトありすぎの女子でな。2・ 3個、あげてやるからやってみろ」「うんうん、やってみる」 【柔紀】「まずはラグビー選手の彼氏が試合前、対戦相手の高校の不良た ちに狙われるという話を聞いて、先手を打って相手高校に攻め込んで壊滅 させるとか..」 【沙智菜】「・・・それはちょっと、出来ません..」 【柔紀】「じゃあ次だけど、ラグビーの八百長試合を断ったことに不穏な 動きを見せていた某団体さんの話を聞いて、やはり先手を打ってビルに殴 りこんで「悪い事するやつらはキャンプファイヤー♪」と言って全焼させ るとか..」 【沙智菜】「そんな恐ろしい事、出来ないですっ」 【柔紀】「それじゃ最後はレベルを落として、某女子高の運動会に上手く 潜り込んで好き放題遊んで帰るとか..他校の文化祭の時もやっていたがな..」 【沙智菜】「それも無理ですっ!そんな大それたことやらなくてもインパ クトは出せるでしょぉぉぉーー」 【柔紀】「出せないな。どうしても私はそいつと比べてしまうからな..」 【沙智菜】「何でそんな人と比べられなくちゃいけないですか。その人と 比べたら誰でもインパクトがなくなりますよっ!」 【柔紀】「そうだな。でも、お前の顔を見ると比べてしまうんだ。すまん」 【沙智菜】「はぁ?理由がわかりませんっ!誰だが知りませんが、そうい う人と比べないでください」 【柔紀】「わかった。なるべく努力しよう。あいつのインパクトは凄すぎ たからな..あの早知華の伝説は今でも語り続け次がれているからな」 【沙智菜】「!!さ・さ・さちか?」 【柔紀】「知りあいに同じ名でも居るのか?私と同級生だから今、34歳だ な。あと、高校卒業と同時に娘を生んだから娘は高校1年生だそうだ」 【沙智菜】「・・・・・・・・・」 【柔紀】「ついでだから、もっと話してやろうか?早知華の伝説を。きっ と、しばらくは夜眠れないかも知れないな」 【沙智菜】「で・出ます..」 【柔紀】「はぁ?何か言ったか?」 【沙智菜】「だ・出させてください。お願いします」 【柔紀】ニヤリ「無理だな。壱郷が錠前つけて逃げていったからな」 【沙智菜】「ああぁぁっ!出してくださぁぁーーい!出して出して出して ぇぇーーー!!」ドンドンドンッ! 【美紗里】こほんっ「先生、もうそれぐらいでいいですよね?」 【柔紀】「ええ、こんなおもちゃの錠前なんてすぐ外せるわ。さっきはイ ンパクト無いなんて言ってごめんなさい。私も悪気で言ったわけじゃない のよ」 【沙智菜】「先生..私の方こそごめんなさい..」 【美紗里】「さあ、これで一件落着ってことで今、開けるからね」  ガチャガチャ..ガチャガチャガチャガチャ..「んんんんんん〜〜〜」 【沙智菜】「ど・どうしたの?美紗里?」 【美紗里】「この錠前、見た目と違ってめちゃくちゃ本格的なのよっ!」 【沙智菜】「うそぉぉぉぉーーー!いやぁぁぁーー、こんなとこにいつま でも入っていたくないよぉぉぉーーー」 【美紗里】「いったい、このおもちゃの錠前どこで手に入れたのよぉぉぉー」 【壱郷】ぴょこっ「おもちゃではありません。どんな世紀の大怪盗さんで も決して開けられないすごい錠前なんです。あっ、走ってきました」 【柔紀】「壱郷っ、そんなのどうでもいいから開けろ」 【壱郷】「はい。開けたらまた走ってきていいですか?」「好きなだけ走れ」  こうして何とか無事にロッカーから出ることが出来た沙智菜。  沙智菜は思った。もう2度とロッカーに入ってたまるものですかと。  そしてしばらくの間、沙智菜は晩ご飯の度にわざとぼそりと早知華伝説 の一部を口にしたのであった。 【沙智菜】「お母さん、悪いやつらはキャンプファイヤーってなぁに?」 【早知華】「ブッ(噴出す音)」げほげほげほっ..


【人物紹介】A
壱郷 羽詩瑠(いちごう はしる)出席番号:02
 焦点が定まらない大きな瞳が特徴の女子。無表情・無感情。
 陸上競技ではクラス1(学年1)であり、暇な時間があると走っている。
 少々、得たいの知れない言動をとることが多い。
 よく言う言葉は「走ってきます」。
 長女であり弟と妹がいる。(長男(弟)の名は翔(かける))

<おまけ>
【蘭】「そういえばロボットもので正たんって言ったら28号だよな?」
【悠子】「そうね..正たんとは言わないと思うけど、どうかしたの?」
【蘭】「ガシンッ!正たんって、28号に何か命令してるってことだよな?」
【悠子】「がしん..しょうたん..えっとそれは..」
【蘭】「もしかしてガシンッ!は苦しい戦いを乗り越えた擬音かな?」
【悠子】「う〜ん..ことわざで擬音は..ないと思うけど..」
【蘭】「きっとこの擬音は試練を乗り越えた意味があるんだよ」
【美紗里】「擬音でも意味がほぼ合ってるからいいんじゃないの..」

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