たくやとマッチング(略) 投稿者:鶴翼斬魔 投稿日:2024/03/28(Thu) 08:41 No.4159
タイトル「たくや、マッチングアプリにハマる」
「キミ、どこかで会った事なかったっけ? いやいや、絶対会ってるって!」
「そこの彼女、これ、カバンから落ちたよ?……え、キミのじゃない?」
「それよりこっちの服がオレの好みだな。よかったら着てみせてくれよ」
「ちょうど2対2だしさ、これから一緒にカラオケにでも行かない?」
「時間ないならアドレス教えてよ。嫌ならすぐにブロックしていいし、ね、いいでしょ?」
「突然すみません。あなたに一目惚れしてしまい、思わず声をかけてしまいました!……あ、待って、話を聞いてぇ!?」
−*−
「もうやだ……おうちかえりたい……」 「いや〜、噂には聞いてたけど、ここまでくるとさすがに羨ましくないかな〜……」
執拗に声をかけてくるナンパ男たちから身を隠すように入店した喫茶店で、疲れ果てていたあたしは八重子の苦笑いを前にしても机に突っ伏して思いっきり溜息をもらすことしか出来ずにいた。
一月下旬の休みの日に、あたしは冬物の服や下着を買うためにクラスメイトの八重子と街まで遊びに来ていた。 なにしろ卒業する三月まで……下手すると四月に行われる北ノ都学園の入学式ギリギリまで女のまま過ごさなくてはいけなくなったからだ。
『先輩が卒業したらデータ取りが難しくなるんです。お願いします、卒業まで女の身体で過ごしてください!』
ようやく完成の目途がついた千里謹製の性転換マシーンなのだが、モルモット二号こと弘二を用いた性転換実験では高出力故にたまに爆発を引き起こし、いまいち安定性に欠けている。 ところが性転換に慣れているあたしの場合だと、装置は暴走することなくある程度安定して起動していた。 千里としてはその原因を解明し、ついでに性転換後の経過観察して少しでもデータを取りたいらしい。なにせこれまでは女体化しても半月ほどで元の身体に戻っていたので、一ヶ月を超えた経過観察のデータはない。加えて、あたしが卒業すれば毎日会うのも難しくなるので、千里にとって今がデータ取得のラストチャンスというわけだ。 この一年の間に千里に遭わされてきた酷い目の数々を考えれば断っても良かったんだけど……あたしだって化学部の部長だったのだ。あの先輩を先輩とも思わない千里が殊勝にも頭を下げて頼んできたという事もあって、女のままで過ごすことを了承したのである。
今回はデータ取りが中断されることに目を瞑ればいつでも男に戻れるし、最も確実に元の体に戻れる性転換薬も用意されているので制作費用のためにあくせくバイトに励む必要もない。それでも男に戻れなくなる危険性はゼロじゃないけど、今までで一番安心はしていられる。 ただ約三ヶ月もの期間を女の体で過ごす上で、問題となるのが服だ。特に下着がヤバい。以前女になった時、何度も何度も強引に犯される羽目になり(大半は弘二が相手なのだけれど)、元の体に戻れた時には下着も含めて服がほぼ全滅という自体に陥っていた。 なにせ無理矢理剥ぎ取られたりしてホックが壊れたり引き裂かれたり伸びたり破れたりぶっかけられたり……たまにポッケに入れて持ち去られたり。女でいると着ている服が悲惨なことになるケースが多く、そうやって積み重なる洋服代があたしの財政を圧迫するのだ。
ただ、今回に関していえば八重子のおかげで思ったほどの――三ヶ月過ごすのに必要な下着や冬服その他あれこれを購入した割には――出費には至らなかった。 年末年始のセールはとっくに終わっているから期待してなかったんだけど、情報通の八重子は最終売り尽くしセールをやっているお店に詳しく、当初の予定よりもお安く冬服を揃えられたのだ。 下着に関しては……採寸してもらったらバストが90を軽く超えており、微笑んでいるはずの八重子の視線がやけに怖かったことだけ伝えておく。
それはそれとして、今回はというか今回も、ナンパ男たちにしつこく付きまとわれたのが非常に鬱陶しかった。 待ち合わせ場所で待ってる間にも、電車での移動中にも、買い物中にも、友達と一緒だと言っても、はっきりきっぱり断ってもしつこく付きまとわれ、あしらうのも一苦労。そんなのが次々にやってくるもんだから、疲労感も半端ない。買い物するのよりも疲れたぐらいだ。
………下手にあしらって無理やり犯されるのもヤダしなぁ……
ナンパなんて無視すればいいとか言われるけど、人気のないところに連れ込まれたり車に押し込められたりしたことのある身としては、雑に扱うのはそれはそれで怖い。 それはそれとして、今日は思った以上に声をかけられたんだけど、
………やっぱりあれかな。女性二人組というのが標的にされやすかったんだろうか。
なにしろ、一人口説き落とせばもう一人ついてくるんだから、お得といえばお得だ。
「何言ってるのよ。あいつらたくやくんのことしか見てなかったじゃない。おまけ扱いされて傷ついたから、ここはたくやくんの奢りね」
テーブルから顔を上げて考えていたことを口にすると、呆れ顔の八重子がいつの間にか注文していたサンドイッチをパクリと頬張る。 ………まぁ、買い物に付き合ってもらったんだし、それぐらい奢るけどね。
「でも聞きしに勝るモテっぷりよね〜。明日香から聞いてたけど、見ると聞くとじゃ大違いって感じだったもん」
「ホントいい迷惑……なんであたしなんかに声かけるんだろ。あいつら頭おかしいって。あたしなんかより可愛い子いっぱいいるのに……」
「え……たくやくん、それマジで言ってる?」
十組目から数えるのをやめたナンパたちのことを思い出して辟易していると、八重子はなぜか驚きの表情を浮かべていた。
「そういうあざといこと言ってると周りから嫌われちゃうよ? 私なんて可愛くありませ〜んって言って男に媚び媚びしてるの、女子から一番嫌われるパターンなんだから」
「いやいやいや、あたしが何で男に媚びなきゃなんないのよ!? 美由紀さんとか、ケイトとか、舞子ちゃんとか、あたしより可愛い子なんていくらでもいるじゃん!」
美由紀さんは長身に加えて抜群のスタイルの良さ、目鼻立ちもくっきりしてるから舞台上では一段と映えるタイプの美人だ。今は卒業を待たずに昔から憧れていたという劇団の稽古に混ざって頑張っている。 留学生のケイトはあたしでも及ばない圧巻のプロポーションを保持している。それに人当たりもよく男女ともに人気で……まぁ、水泳部では色々とあったけれど、あの活発的な明るさはあたしではとても真似できない。 二つ下の学年の舞子ちゃんなんて、もう可愛いとしか言いようがない。同性が好きであたしのことをお姉さまと呼び慕ってくれるのは嬉しいんだけど……それは置いておいても、妹にしたい女の子選手権なんてものがあれば間違いなく優勝は舞子ちゃんだ。それぐらい可愛らしい。
他にも恋人の明日香や、大人の女性と言うのであれば松永先生も。 自分の事をちゃんと美人であることを認識しているけれど、周りには他にもたくさんの女の子がいるのだ。それなのに本来は男であるあたしをわざわざ狙うようにしてナンパ男たちは声をかけてくるんだから……やっぱり女性を見る目が腐ってるんじゃないかと思う訳なのだ。
そういったことを八重子に力説すると、
「しまった……たくやくんって天然だった……」
あれ?……なんか失礼な扱いされてない?
「まさかあんなに何度も女の子になってたのに、現状把握すらできてなかったなんて……いや、出来てなかったからちゃんと男に戻ってたのかな? そういえば毎回ドタバタだったもんねぇ……」
「ちょっと、一人で納得してないで説明してよ。あたし、なにか見落としてたの?」
「見落としっていうか……男子からめちゃくちゃ注目浴びてたし、写真のモデルのバイトとかもやったんでしょ? それなのに解ってないなんて誰が気づくかっての」
そう言って八重子は首をかしげるあたしの鼻先に指を突き付けた。
「たくやくんには、自分が美人だって言う自覚が足りない!」
「………いや、わかってるよ?」
「わかってない! てか自覚が足らないって言ってんの! 普通に可愛い子でも半日で十回も二十回もナンパされないの、されてるって時点でたくやくんはとびっきりかわいい、はい論破っ!!!」
「え……ええええええ……?」
「自分の事は自分が一番わからないって言うけど、ここまでわからないものなのかなぁ……たくやくんってさ、立ってるだけでも様になってるのよね、モデルみたいに」
「さすがにモデルは言い過ぎでしょ?」
「だから自覚しなさいって。あと、女の子の体になってる期間が短いからって服にも無頓着だったでしょ?」
「そりゃまあ……女になるたび買い直してたら高くつくし、普段は男の時の服をそのまま来てるかな。制服は別だけど。あとは義姉さんのを拝借したり……」
「服装に気を使ってない子がナンパされやすいって知ってる?」
「………し、知らない」
「外見を気にしない子って男慣れしてないって思われるの。男の視線を意識してないわけだし。つまり、服装どころか外見全てに無頓着なたくやくんは、男たちにとって絶好のカモってことになるの。馬の目の前にニンジンぶら下げてるみたいなものよね。なんでたくやくんばっかりナンパされるのかな〜って思ってたけど、落ち着いて考えたらそりゃ男も寄って来るって」
「で、でも、ナンパされた回数は着替えてからじゃない!? 八重子が似合うって選んでくれた服!」
女物の冬服なんて持ってなかったし、義姉の夏美も冬物コートまでは貸してくれなかった。お高いらしい。 だから今日は男物の服で八重子と待ち合わせしてたんだけど……あー、言われてみれば「もっと似合う服選んであげる」という切り出し方で声をかけてきた男の人多かったっけ……
でも服なら別になんでもいいという無頓着さがナンパ男の目に着けられやすいというのなら、買い物中盤以降はどうなるのか。今のあたしの服装は白のニット&薄いグレーのパンツ。さすがにアウターまでは高くて手が出なかったんだけど、今日は一月にしては暖かいもので、少し肌寒いぐらいで済んでいる。 下はゆったりとしているものの、伸縮性のあるニットは胸のふくらみがはっきりと浮かび上がってしまうので、実はこの格好、かなり恥ずかしい。その羞恥心に比例するように男の数は一気に増えたんだけど……
これって最初の話と矛盾してない?
「………体型ストレートって説明してわかる?」
「………し、知らない」
「体型っておっぱいが大きければいいってわけじゃないの。たくやくんはメリハリのある立体的な体型で腰の位置も高い。骨格診断でも思いっきりストレートよ。そういう体型だと重ね着すると太って見えやすいから体型ぴったりのジャストサイズが一番似合うの。下手におっきなおっぱい隠そうとすると途端にだらしなく見えるからむしろ見せつけるぐらいの方がいいわね。ていうか、胸にばかり目が行くけど鎖骨のラインも綺麗なのよね。そこはむしろもっと見せて行かなくちゃ。あとタイトなスカートは良いけどパンツの方はタイトすぎると太腿の太さが際立っちゃって―――」
「ストップストップストップ! そんなに一気に説明されても覚えきれない!」
「簡単に言うと、私が良い仕事をしたってことよ。おかげでたくやくんの魅力がさらに引き出された、みたいな?」
「へぇ、そうなんだ……そう……いや、そのおかげでナンパされまくって大迷惑だったんだけど!?」
「ナンパされるような隙を見せてるたくやくんが悪い」
「身も蓋もなくない!?」
なんとなくではあるが、あたしが男から言い寄られる理由が分かったような気がする……んだけど、外見に気を使って、つまりは女性らしく身なりに注意する、という事でいいんだろうか。 いつもなら一週間か二週間で男に戻れていたけれど、今度は二ヶ月以上女のまま過ごさなくてはいけないので、服装に気を使わなければならなくなって、かなり気が重い。幾分安く済んだとはいえ、今日の出費はかなり痛かったので、しばらくはバイトにも励もうと思っていたんだけど……いや、隙さえ見せなければ、いつものように襲われることも減るはず。
ここは頑張りどころだ……心の中でそう自分を叱咤激励したんだけど、
「でもさぁ、ナンパされるのってそんなにイヤ?」
八重子のその一言で、あたしの中に芽生えた決意がいきなり揺らぎだした。
「あったりまえじゃない。何が悲しくて男に口説かれなきゃいけないのよ。もう、考えただけで身の毛がよだつというか……」
「私がたくやくんだったら、良さそうな人に声を掛けられたらついていってもいいかな~……なんて思っちゃうんだけど」
「へっ………?」
「だってさぁ、進学先も決まって暇してるのに彼氏もいないなんて青春できてなくない? ナンパだって出会いの形の一つなんだし、マッチングアプリで相手を探すより直接的だし。進学前に羽目を外して遊べるのは今だけなんだし、だったら経験しちゃっても……と私は思うわけだよ、たくやくん」
「ま、待って……八重子は、それで本当に良いの? 遊びで、その……初めてを……」
「まぁ……私にだって好きな人はいたけどさ、その人、とっくに恋人がいたから何も言えなくて……」
溜息をついた八重子が何故かあたしの顔をジッと見ているんだけど……まさか八重子の好きな人ってあたし? いやいやまさかそんなこと。
「期間限定だっていいじゃない。素敵な彼氏捕まえて思い出作りしたって。それなのにナンパ男は最初からアウトオブ眼中なんて勿体ないよ」
「でも……ナンパって遊び目的っていうか……ヤったらおしまいっていうか……」
「そういう奴もいるだろうから、良さそうな人だったらって言ってんの。……てか、たくやくん、何でもかんでもセックスにつなげ過ぎじゃない?」
「え゛!?」
「男を見たら全部野獣って思ってそう」
「そんなことは思って……………ない、はず?」
「なんで最後が疑問形なのよ……あ、わかっちゃったかも。毎回そうやってエッチな目に遭うんじゃないかって思ってるから、女になるの好きじゃないんでしょ」
「うえっ!? べ、別に女になりたくないわけじゃ……いや、なりたいわけじゃないしならなくていいならなりたくないけど、好きかどうかって言われたら……」
「どっち?」
「………考えたこともない」
そう、好きか嫌いかなんて考えたこともない。 一度もそういう事を考えないぐらいに……あたしは性転換して女の体になることを嫌悪していた。
あたしには明日香という恋人がいる。だから女になったら男に戻る。 セックスの快楽に飲まれて女のままでいようと思った事はあるけれど、無理やり思わされただけで、正気に戻ればちゃんと男に戻る道を選んでいる。
だから、嫌いなのだ。 女になんてなりたくない。 男になんて抱かれたくない。 許されるなら今すぐにでも男の体に戻りたい。
―――あたし……こんな不安を抱えたまま二ヶ月も三ヶ月も過ごさなきゃならないの?
「たくやくん、ごめ〜ん! 現実に戻ってきて〜! あんまり深く考えないで〜!!!」
「あ……うん、大丈夫。気にしないで」
八重子に声を掛けられて意識は現実に引き戻されたものの、一度認識してしまった不安は深呼吸したところで拭い去る事は出来ない。 これはマズいな……そう思い始めていた矢先、不意に八重子がパンっと両手を打ち鳴らすと、
「じゃあさ、たくやくんは女の子を楽しむってのはどう!?」
「………レズれと?」
「違いますー! そういうエッチな意味じゃなくて、女であることを楽しむ的な?」
言い直されても、よくわからん。
「例えばお洒落とか、スイーツバイキングとか、彼氏づくりとか♪」
「いや、男はちょっと」
「まぁ話を聞きなさいって。たくやくんさぁ、女の子になれるのって今度が最後なんでしょ?」
「う〜ん……たぶんそうかな。将来は遺伝子研究の道に進みたいから、もしかしたら自分で性転換薬を再現するかもしれないし、絶対とは言い切れないけど」
「そんな細かい事はどうでもいいって。つまりは、宮野森の学生でいる間の最後の女の子期間なんだから、いっぱい思い出作ろうよ♪ 女の子だって楽しいって、私が色々教えてあげるから♪」
「そっか……思い出……女の体での思い出ねぇ……」
考えてみれば、女の体でいる時は慌ただしくて楽しい思い出を作ろうにも作れなかった。 そんな事では悪い記憶しか残せず、トラウマの一つや二つはこさえてしまうのも頷ける。 セックスだって……女のままでずっといたいと思うぐらい気持ちいい思いをしたのは間違いないんだし、女のまま長く過ごすというのなら思い出作りというのはありかもしれない。
でも、
「よーし、決まりね♪ 私も気合入れてたくやくんを連れ回しちゃうから覚悟して………あ、ちょっと待って、今何時……」
そう言って左手首の可愛らしいデザインの腕時計に目を向けた八重子は、
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああっ! やばい、待ち合わせの十分前!?」
叫び声をあげると、慌てて席から立ち上がった。
「ごめん、たくやくん。私、この後待ち合わせがあるから、もう行くね!」
「何か用事があったの? 言ってくれてたらよかったのに!」
「用事と言えば用事なんだけど……ちょっと恋活ね?」
「こいかつ?」
「そう、恋活、素敵な恋愛相手を探す活動を略して“恋活”。ほら」
八重子がスマホをちょいちょいっと弄ってから掲げると、そこには八重子の顔写真と、名前な趣味などのプロフィールが掲載されていて……ていうかそれって、
「まさか出会い系!?」
「違いますー! マッチングアプリですー!……って言ってる場合じゃなかった! この埋め合わせはまた今度ね!」
「ちょっと八重子、話がまだ―――!?」
慌てて引き留めようとしたけれど、八重子はあたしの伸ばした手をスルリと躱し、喫茶店の店主さんに騒がせたことを謝罪しながら店から飛び出していってしまった。 もちろん伝票は机の上に残されたまま……つまり全額あたしの支払い確定である。
「まったく、しょうがないんだから……けど八重子がマッチングアプリねぇ……」
席に座り直して大きく息をつくと、友人がマッチングアプリで男とあって何しようとしているのか気になって頭の中がグルグルしてきた。 とりあえず落ち着こうと、運ばれてきてから長い時間が過ぎていてすっかり冷めてしまったコーヒーに手を伸ばす……が、その直前、ソーサーごとカップが宙を浮き、代わりに入れたばかりのコーヒーがあたしの前に置かれた。
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