たくやはいったい誰の嫁?。<大介編>-1
「だからって何であたしがあんたの恋人にならなきゃならないのよ! 冗談じゃないわよ! ふざけるんじゃないわよ!」
「いや、恋人の振りでいいんだって。だからさ、この通り、一生のお願いだから、な?」
「あんたね、今までに何回“一生のお願い”って言ってあたしに頼みごとしたと思ってんの? いっぺんホントに一生終わらせてから頼みにこい!!!」
「だけどこんなこと頼める相手がたくやちゃんしかいないんだよ〜、頼むよ〜、俺を助けると思って〜、俺たち親友じゃないか〜」
「そうよ、悪友だけど友達よね。だから恋人じゃないって解るわよね!?」
「マジで恋人になってくれって頼んでるわけじゃないって。振りだけ振りだけ。アレで言ったら先っぽだけ?」
「………それ聞いて、ますますイヤになった。あたし帰るからお勘定よろしくね」
「うわぁ〜〜〜ん、友達見捨ててさっさと帰るなよぉ! たくやちゃん、俺を捨てないで〜〜〜!!!」
「ひ、人聞き悪いこと言わないでよ! 違いますからね、あたしとこいつは何の関係もない赤の他人ですからね!!!」
こんなことなら大介の呼び出しなんて無視すればよかった……喫茶店内の他のお客さんの視線があたしたちの座るテーブルに集まるを感じながら、あたしは心の底から本気で後悔していた。
さっきから“恋人”だの“友達”だのと会話の端々に出てきているけれど、あたしたちがお互いの関係をどうのこうの言い始めたのはテーブルの上にいくつか広げられた見合い写真に端を発していた。
「大介……諦めて結婚しちゃいなさいよ。恋人以内暦は生まれてこのかたなんでしょ? 女性に一生もてない人生過ごすことに比べたら、むしろラッキーじゃない」
「イヤだァァァ! 俺にだって好みってもんがある。こんなゴリラやサイやアフリカゾウやティラノザウルスみたいな女は死んでもゴメンだァァァ!!!」
まあ確かに……あたしも最初に見たときは動物の写真を人間っぽくCG合成した写真だと思ったぐらい、見合い写真に写るのは人間離れ―――いや、既に知的生命体の枠を超えた女性ばかりだ。
―――女性の美醜をどうのこうの言うのはしたくないけど、これはさすがに……
あたし、相原たくやは本来は男、今は麻美先輩や千里の実験台にされて女の身体にされてしまっている。
見た目には自分でも驚くほどに美人だし、スタイルもグラビア女優やAV女優にだって引けは取らない。ただ少々童顔なのが悩みの種なのだけれど……まあそれでも、周囲の女性から羨ましがられることもあるぐらいだ。
そんなあたしの口から女性の良し悪しを言うのは、あまり良い気はしない。ダイエットもスキンケアも髪のトリートメントも、およそ考えられる美しくなる努力を何一つせずに一足飛びに可愛い女の子に変身してしまった負い目があるからだ。恋人である明日香だってカロリーには気をつけてスタイルを維持しているのに、あたしはと言えば食べても太らない――厳密に言えば胸だけ太る――のをいい事に、女になってからもそういった努力をしてもいない。そんな自分と他人を比較して何かを言うわけにもいかないだろう。
―――ただ……アノマノカリスはやっぱり無理だよ。この人、この顔で本当の本当に女性?
てか、人類と言う前提条件ですら怪しい見合い写真の数々は、いっそ宇宙人の写真といわれた方が納得できる。
そこに写る人の誰かと長年の悪友である大介が結婚する……そう思うと、さすがに可哀想な気もするけれど、決して嫉妬などの恋愛がらみの感情はこれっぽっちも沸き起こっては来なかった。
「ま、これも運命だと思って諦めなさい。そうそう、結婚式には呼ばなくて良いからね。お幸せに、大介♪」
「ち、ちくしょう、俺を捨てるのか? 散々弄んで都合が悪くなったらポイするなんて酷いじゃないかよぉぉぉ! 俺とお前の仲はそんなに薄っぺらなものだったのかぁぁぁ!?」
「あんたはまたそういう人聞きの悪いことを!」
すがりつく大介を振り払おうとして感情的になればなるほど、店内のあちこちからヒソヒソ声が聞こえてくる。……「修羅場」とか「ツンデレ」とかの単語が聞こえてくるたびに全力で逃走したくなる。
―――はぁ〜…こんな馬鹿馬鹿しい話を席も立たずに聞いてあげるなんて……あたしの方がよっぽどバカみたい……
大介は一応これでも宮野森学園時代から付き合いのある友達だ。見合い話をご破算にするためにあたしにとんでもない“協力”を頼んできた以上は――まあそれがとても受けられるような内容ではないことは横に置いておいて――見捨ててしまうのも少し目覚めの悪いことになりそうだ。
―――う〜む…さすがにチュパカプラとの結婚式で友人代表のスピーチとかさせられるのはイヤだし……
何とかしてあげたい気持ちはあるんだけど、目的の達成にはあたしの負うダメージが大きすぎる。万が一のことを考えるのなら、何か代案を考えてあげるべきなんだろうけれど、
「くっ……こんなに頼んでも受け入れてくれないのか。だが、俺を侮るのもそこまでにした方が良いぜ、たくやちゃんよォ……!」
どうやら大介には既に別の案があるらしく、不敵な笑いを漏らしながらゆっくりと顔を上げてくる。
「そもそもの問題点はたくやちゃんに頼んだことだったんだよ。期待してなかったわけじゃないんだからね!」
「いいからさっさと代案を教えなさいよ。早くしないとケーキをもう二・三個注文しちゃうわよ?」
「はっはっは、良いとも好きなだけ頼めばいいさ。その代わり、明日香ちゃんに俺の恋人役をたのンゲヒャア!!!」
明日香の名前が出てすぐに、あたしはテーブルの下で大介の足を踏み潰していた。
「だ、だったら渡辺美由紀ちゃんの電話番ヒデミィ!!!」
美由紀さんの名前が出てすぐに、あたしはテーブルの上に置かれた大介の指をあらぬ方向に折り曲げた。
「そ…それならケイトちゃんを! 金髪巨乳は俺のヨめふぃすとぉぉぉ!!!」
ケイトの名前が出てすぐに、あたしは手にしたフォークを大介の太股へ突き立てた。
「んじゃあ有名ピアニストの大鳥静香ちゃンゲハァ! 後輩の永田舞子ちゃんもダベンスクァ! し、しかし佐藤先輩や千里ちゃんなんかも俺的にはありの方向なんでスカベンジャアアアアアッ!!!」
「それ以上言ったら本当に怒るわよ!」
「とっくにキレてるじゃんか! お、俺の指を全部折っちまう気かよ!? ズボンだって穴だらけだぜ!? 学園中の美少女とお知り合いだったくせして、一人ぐらい俺に紹介して協力頼んでくれたって良いじゃないかよォ!」
「絶っっっっっ対にイヤ! あんたに紹介しただけで孕まれそうだから!」
「いや〜、会った瞬間に恋に落ちちゃって結婚まで一直線? そこまで言われちゃうとなんか照れるなァ♪」
「………その超絶ポジティブシンキングだけは褒めてあげるわよ、ホント」
「けどさあ、たくやちゃんもダメで、他の子も紹介してくれないとなると、キングギドラと結婚させられる道しか残ってないことになっちゃうんだけど……」
「あたしとしてはこっちのキングコングお勧め。ほら、いちおうは哺乳類っぽいじゃない? 子作りするなら種族ぐらいは一緒じゃないと」
「そんなこと言うなんて酷いじゃないか……だが、おかげで俺も最後の手段に訴えても良心の呵責に苦しまなくて済むってもんだぜ!」
「そ、それは!?」
「ふはははは、これをばら撒かれたくなければおとなしく俺に従え、イヤ、おとなしく股を開ケンブリャア!!!」
―――こ、こいつは、よりにもよって親友を盗撮するか!?
大介が写真を取り出し、そこにあたしの姿が映っていたのを確認した瞬間、あたしは周囲の目も気にせずに右手を振り上げ、バカの頬を張り倒していた。
手から離れ、テーブルの上にばら撒かれた写真に写っているのは全部あたし。バイト先の更衣室で制服に着替えているところや、ウエイトレスの制服の短いスカートを下へ引っ張って隠せていないお尻を隠そうとしているところや、お風呂場で胸や股間を念入りに洗っているところや……こいつ、このまま警察に突き出してやろうか……!!!
「くく…くくくくく……言っとくけど、俺が撮ったのはそれだけじゃないぜ……?」
「まさか、まだ他にも……!?」
「そうよ、そのまさかよ。お部屋やお風呂場でのお楽しみも盗聴したし、お前がいない間におばさんに部屋へ上げてもらって盗撮カメラを仕込んでおいタンデブラハァ!!!」
「店の人、すみませんけど警察呼んでもらえませんか〜?」
「な、殴っておいてさらに通報までするの!? 待って待って、俺が捕まったら盗撮画像が自動的にネットに流れる仕組みになってるんだぞ!?」
む……なんか逮捕を逃れるために口から出まかせっぽいけど、ネットへの流出はマズい。
「さあ、どうする? 俺としては可愛いたくやちゃんをみんなに見てもらうって選択肢も捨てがたいぜ。死なばもろとも。男に戻るの諦めてもAV女優にでもなったらいいしな」
「この卑怯者が……………わかったわよ。明日香やみんなにこんなこと頼めないから、あたしが付き合ってあげる」
「ホントか!? やったぜたくやちゃん、愛してるゥ!!!」
―――まったく……なんであたしはこんなお調子者と、今でも付き合ってるんだろう……
ともあれ、手段は卑怯ではあったものの、協力はしてあげたいと思っていたのも事実だし、受けてしまった以上はどんなに悩んだところでもはや仕方のないことだ。
さて、こうして話も終わったことだし、いつまでもこのお店にはいられない。恥ずかしい会話の内容も周りの人に散々聞かれているし、お店の人も電話機片手に警察に電話をかけるべきかと本気で悩んでいる。ここは大介に伝票を押し付けて曹操に退散した方が良いだろう。
そんなわけで逃げるように店外に出てきたものの、ご満悦の表情の大介はあたしの肩に腕を回してぴったり寄り添って付いてくる。……いや、本当はこのままさっさと家に帰りたいところだったのだけれど、
「こらこらこらァ! な…何でホテル街に……!?」
「だってさ、俺たち恋人になったばっかりじゃん。ここは一つ、長年の親交をさらに深めるために……ば、バカ、こんなこと言わせるなよ、てれるじゃないか……」
「あんたの脳味噌にはウジでも湧いてんの!? あたしの身体のことはあんただってよく知ってるでしょ!?」
「そのこと? いやもう、全然気にしてない。てか俺、たくやちゃんの顔を久しぶりに見たときからズボンが張って痛くて痛くてしょうがないんだよね。宮野森の頃からほれてたけど、今はもっと美人になってたからさ♪」
「なっ……!?」
「それに“振り”だって言っても、俺が童貞のままじゃバレちゃうかもしれないだろ? だから練習……て言うか、本番本番。お、このホテルにしようぜ。バイトでたんまり稼いでるからホテル代は心配しなくていいぜ」
「い、いいわけないじゃない! なんで大介なんかと……やだ、離して、離してってばァ〜〜〜!!!」
喫茶店を出たその足でラブホテルに連れ込まれてしまったあたしは、まだ日も高いうちから大介に抱かれてしまう。
友達だと思ってたのに……裏切られた気持ちに胸を締め付けられながらも、長年溜め込んできた想いをぶつけてくる大介に遂には身体を開いてしまい、時間を忘れ、翌朝まで何度となく悪友とのSEXに没頭してしまう。
―――“振り”だけだって……恋人の振りをするだけだって、言ったくせにぃ……
本当に大介のお調子者め……お見合いをぶち壊すため、お見合い話を持ってきたおばあさんにあたしを恋人として照会するだけだと言う話だから承知したのに、何度も……何度も中に出すなんて……
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