肉欲の罠(修正版) 16
沼 隆 おことわり この作品は、フィクションです。 登場する人名、地名、団体名は、 実在するものと一切関係がありません。 登場人物 牟田 沙織 看護師 牟田 淳史 〈三茶信金〉職員 沙織の夫 牟田 拓也 淳史の弟 AV男優 * * 上原真樹夫 〈蘭香商事〉社員 上原 彩美 真樹夫の妻 小野寺郁恵 彩美の友人 小菅 一樹 〈蘭香商事〉課長 小菅 志穂 一樹の妻 草野 修 一樹の友人 * * 深津 梨江 〈蘭香商事〉女子社員 (1) 異業種交流会の朝 土曜日の朝。 雨が降り続いている。 牟田淳史は、「異業種交流会」の朝を迎えて、 気持ちが高ぶっている。 遠足の日の小学生、修学旅行の日の中学生、 のキモチ、だろうか。 コンドームの箱、ピンクル皇帝液の箱、 着替えの下着、をバッグに詰める。 ピンクル皇帝液は、小菅に勧められた日に、 試しに1本買って、効果は、確認した。 サオが、びんびんになった。 高いだけのことはあるなあ、と、納得している。 沙織は、ヘアカットに出かけた。 午後3時までに、天狗鼻温泉にある、濡れ岩旅館にチェックインすればいい。 沙織が帰ってくるのを、イライラしながら、待っている。 沙織のバッグを、開けてしまった。 沙織のバッグには、 コスメ、口臭スプレー、下着が入っていた。 買ったばかりの、セクシーなやつが。 警察からの呼び出しに、淳史は怒り狂った。 弟の拓也が、傷害事件に巻き込まれたのだ。 警察で、長々と待たされて、 拓也の身元確認をして、 一緒に警察署を出た。 拓也は、むすっとして、何も言わなかった。 「おれに、迷惑、かけるんじゃない」 淳史は、拓也を見たくもなかった。 「ミョーな女たちとつきあいやがって」 「ふん」 「なにが、ふんだっ」 「兄貴こそ」 「何だ、何だって言うんだ!」 「いや、いいよ、兄貴、来てくれて、ありがとう」 そういって、拓也は、立ち去る。 「送らなくて、いいのか?」 「いいよ」 沙織が、カットサロンから帰っていた。 「拓也くん、だいじょうぶ?」 「ああ、心配しなくていい、あんなやつのことなんか」 そういう淳史の顔は、不愉快そうだった。 「やめる?」 「ん?」 「天狗鼻行き」 「いや、行こう」 「拓也くんのこと、気になるんだったら・・・・・・」 「いいんだ、あいつのことなんか」 普段着姿の沙織を見て、 「着替えるんだろ?」 と、言った。 ショッキングピンクの下着に着替える沙織を見ながら、 淳史の気持ちは、「異業種交流会」のことに移っていた。 あれこれ、想像をたくましくしながら、 この数週間を過ごした。 いよいよだ。 着替えをすませた妻の姿に、淳史はサオを硬くする。 あらためてみると、本当にセクシーだ。 普段、なじみすぎて、忘れていた。 「行こうか」 ウン、と沙織がうなずく。 (2) 交流会 上原真樹夫は、小野寺郁恵を出迎えに、町田の駅まで車を走らせる。 助手席に座った妻の彩美が、 「あ、いたいた」 と指さした方向に、豹柄のタックトップに、マイクロミニをはいて、 お姉系ファッションでキメた郁恵が、立っていた。 「足、長いじゃん」 「もう、やりすぎっ」 「高校生と、つきあってるんだろ?」 「うん」 「続いてるのか?」 「みたいだよ、でも、熊本だから」 「熊本かぁ、大変だぁ」 「郁恵、お金持ちだから」 「ん?」 「ほら、離婚の慰謝料」 「あ、そかそか、〈おか福〉のバカ旦那と離婚したんだっけ?」 「郁恵、お待たせぇ」 郁恵は、後部座席に乗り込んだ。 「待ちましたか?」 ミラーに映る郁恵の目を見つめながら、 小菅はたずねた。 なるほど、ちょっとやり過ぎなくらい、 濃いアイメイクをしているのだった。 ま、参加者、それぞれ、工夫をしてくるのだろう。 「じゃあ、出発しますよ」 3人が乗った車は、県道51号線を西に向かう。 * * * 小菅課長、いい場所、見つけたな。 おっと、 課長って、呼ぶなよ、 と、しっかり言われているのだ。 これは、業務命令か (笑) で、カズさん、と呼ぶことにしたんだ。 カズさんが予約したのは、 天狗鼻温泉の、濡れ岩旅館。 丹沢山系の東の端にある。 おれの家から、1時間ほどのところだ。 俺たち3人が、到着したのは、3時前だった。 俺たちが、一番乗りだ。 宿の本館の裏に、 戸建て感覚の離れが8棟建っていて、 俺たちは、4棟を使う。 8人がそろうのを、ロビーで待った。 天狗鼻温泉の、濡れ岩旅館と言えば、 隠れ家風の宿、などと紹介されたこともあって、 夫婦で行くというより、 不倫カップルで行く宿、という、たたずまいである。 竹林に囲まれて、静けさが漂い、 今日は、雨が降ったあとなので、 緑が美しい。 料理も、楽しみなのだ。 明日の夕方まで部屋を取ってあるのだが、 昼間だけのプランというのもある。 そちらを利用するカップルも、多い。 草野が到着した。 カズさんから聞いた話では、 草野修は、町田の駅ビルに、ビスクドールの店〈カルーセル〉を出している。 しゃれた店の店主らしく、しゃれ者だ。 おれは、草野に、彩美と郁恵を引き合わせた。 メイドが、仲居というのかな、 4人に梅酒を運んできた。 ここは、いい場所だ、とか、 そろそろ雨がやみそうだ、とか、 ここの料理は、なかなか評判がいい、とか、 そんな話で時間をつぶしていた。 草野は、彩美と郁恵を、じっくり観察している。 カズさん夫婦が到着した。 草野が、カズさんに言った。 「おいおい、なんだ、その荷物は?」 カズさんは、段ボール箱をかかえていた。 「皆さんに、ちょっとしたものを」 「ええっ」 「そんなに、びっくりしないでよ」 と、カズさんの妻、志穂が言う。 「だって、おれ、そんなもの、なあんにも、用意してない」 「いいよ、シュウちゃん、おれ、幹事役だからさ」 「そうなのよ、シュウさん」 カズさん夫婦は、草野をシュウさんと呼んでいるようだ。 俺たちも、そう呼ぶことになる。 「たいしたものじゃない、ちょっとした小物だよ」 草野の好奇心を刺激したようだ。 「小物って?」 「ふふ、それは、あとのお楽しみに」 「おいおい、教えてくれよ、もったいぶるなよ」 「お連れ様が、お着きです」 宿の女が、案内してきたカップルの女を見て、 おれはハッとなった。 すぐに、表情を消したつもりだが。 女は、数週間前に出会い系で知り合って、 町田のラブホテルで寝た、サオリという女だった。 キャミソールに、ミニスカートという格好は、 あのときと同じだった。 自分の「おんな」の見せ方を、よく知っているのだろう、 セクシーで、そそられる。 サオリは、案内されてきたとき、 ちょっと硬い表情をしていたのだが、 おれを見ても、少しも表情を変えなかった。 おれを忘れたというのか、 そんなはずはない、 何日か前、 おれが梨江を美容整形に連れて行ったとき、 見られているはずなのだ。 牟田夫婦が加わって、 8人全員がそろった。 ここは、いい場所だ、とか、 どうやら、雨がやんだようだ、とか、 ここの湯は、なかなか評判がいい、とか、 さっきと同じような話題を蒸し返していると、 「ご案内いたします」 と、宿の女将が言う。 戸建て感覚の宿、と言うわけで、 それぞれ、風呂付き、トイレ付きの小さな離れが並んでいる。 あんず、とか、すもも、とか、 いちじく、とか、 ざくろ、とか、 名前が着いている。 カズさん夫婦は、「ざくろ」で、 各自、荷物を置いたら、そこに集まることになった。 俺たち夫婦は、「いちじく」 「どうぞ、ごゆっくりなさってください」 と、宿のおんなが去る。 窓を開けて、水に濡れた竹林から立ちこめる香りを、吸い込む。 電話が鳴る。 カズさんが、 「早く来い」という。 いよいよ、これから始まる、 みんな、なんとなく緊張している。 「夕食は、本館のレストランで、一緒にすることにしたから」 カズさんが、説明する。 「7時に、そちらに集まるということで」 カズさんは、手順を説明した。 「もうすぐ4時になるけれど、7時まで、 カップルで過ごしてもらう」 おれは、彩美と「いちじく」に戻り、 浴衣に着替え、 コンドームを懐に入れる。 彩美は、何も言わなかった。 「じゃあ」 おれは、それだけ言うと、部屋を出た。 おれは、「あんず」に向かう。 サオリが待っている。 途中、草野修とすれ違った。 これから、草野が、彩美を抱く。 おれは、ちょっと堅くなった。 やはり、こいつが彩美を抱く、と思うと、 どうしても、そうなってしまう。 互いに軽く会釈をした。 (3) 梨江の誘い 沖縄は、梅雨が明けたそうだ。 関東地方の梅雨明けは、まだ先だ。 週の初めから、ずっと雨が降り続いている。 上原真樹夫は、駐車場に車を入れた。 ふうっ、とため息が出る。 ビルの入り口まで、7,8メートル。 走るか 自分に言い聞かせる。 車の外に出る。 足もとで、雨水が跳ねる。 ビルの裏口に駆け込む。 上着にかかった水滴を、手で振り払って、薄暗い通路を進む。 3人乗りの、小さなエレベーター。 ごとごと、音を立てて、ゆっくり上昇していく。 相模大野の駅の近くに、その雑居ビルがある。 古ぼけて、家主が手入れを怠っている、おんぼろビル。 ワンフロアが、70平米、あるだろうか。 その4階に、上原真樹夫が勤める会社がある。 蘭香(らんこう)商事。 4階をさらに4つに仕切って、 社長室、応接室、総務課、営業課の部屋がある。 平日の午後だというのに、ひっそりと静まりかえっている。 社長の顔は、ここしばらく見ていない。 「おかえりなさい」 深津梨江が、椅子から立ち上がりながら、言った。 「課長は?」 「まだ」 上着を、壁のハンガーに掛ける。 「ねぇ」 梨江が、甘えた声を出す。 「ん?」 梨江が、からだをすり寄せてくる。 真樹夫は、梨江の腰に腕を回して抱き寄せる。 梨江が、唇を求めてくる。 真樹夫の帰りを待ちこがれていたのか。 真樹夫の鼻腔に、梨江のファウンデーションとルージュの香りが広がる。 汗ばんだ梨江のからだ。 メスの匂い。 梨江は、下腹部を押しつけてきて、 真樹夫の股間のふくらみを確かめる。 「おい」 よせよ、と言おうとする真樹夫の口を、梨江の口がふさぎ、 舌を、ねっとりと絡めてくるのだった。 梨江は、胸を真樹夫にこすりつける。 乳房の弾力。 「好き」 梨江は、ささやく。 「真樹夫、好き」 ポリエステルの、安っぽいミニスカート。 梨江の尻にぴったりと張り付いているスカートの上から、 真樹夫は、梨江の尻をギュッ、とつかむ。 「あうっ」 梨江の尻タブは、真樹夫の手の中でプリプリとうごめく。 なんてやつだ・・・・・・ こんなに欲情しやがって・・・・・・ 梨江の下腹部は、真樹夫に押しつけられて、 サオを刺激し続ける。 ドスケベ女っ・・・・・・! 真樹夫は、心の中で悪態をつく。 けれど、 梨江の巧みな刺激のせいで、 サオはこわばりを増していく。 梨江の胸元を見る。 安っぽいポリエステル地のブラウス。 水色のブラウスの下に、 梨江は濃紺のブラを付けていて、 裸同然に透けているのだが、 ブラも、薄いポリエステル製とあって、 乳首がぷっくり浮き上がっているのだ。 クリトリスに、ピアスをしたあと、梨江は、変わった。 過激な服装で会社に来るようになった。 真樹夫のスケベ心を刺激する。 小菅課長があきれて、文句を言ったが、 梨江は平気だった。 梨江は、クリトリスにピアスをした。 ほかならぬ、真樹夫のために。 そして、そのピアスのせいで、 梨江は、いつもクリトリスを意識する。 トイレで用を足すときだけではない。 ちょっとしたからだの動きだけでも、 クリトリスが反応するのだ。 そして、真樹夫が欲しくなる。 手術から1週間後に、傷が治った。 ラブホテルに行って、 真樹夫はクリピアスを見た。 真樹夫には、なんと言うほどのこともない眺めだった。 クリトリスに指を這わせると、 その金属の輪に必ず触れる。 だが、それだけのことで、 真樹夫の性感が高まるわけではない。 けれど、梨江にとっては、 真樹夫のためにリングを付けて、 そのリングが、いつもクリトリスを感じさせて、 つまり、いつも真樹夫を意識することになった。 蒸し暑い部屋の中で、からだをこすりあわせる。 汗のにおい。 梨江をしっかりド抱き寄せる。 梨江の指が、真樹夫のズボンのファスナーを引き下ろす。 指が、下着の中に滑り込み、 肉棒をさする。 「くっ」 真樹夫は、思わずうめく。 梨江は、肉棒を引きずり出す。 親指と、人さし指と、中指で、 梨江は真樹夫の亀頭をこすりあげる。 「くっ」 真樹夫は、うめく。 梨江の指先が、肉棒の根もとまですべっていき、 それから、玉袋をもてあそぶ。 「梨江」 「キモチ、いい?」 「ああ」 「うふ」 「しゃぶって欲しい?」 「ああ・・・・・・でも、ここじゃぁ」 「うふ、誰も入ってこないよ」 「だけど・・・・・・」 「おちつかない?」 「ああ」 「あたし、ここで、したいんだけど」 「だめだ・・・・・・」 「じゃあ、社長室で、ヤル?」 「ああ、それ、いいね」 「本気?」 「い、いや・・・・・・」 梨江の指で、真樹夫の肉棒は、いきり立ち、 びくんびくん、脈打っている。 真樹夫は、梨江の乳房を揉んだ。 「あうっ」 ブラウスの胸のボタンを外す。 ブラジャーの背中のフックは、指先で簡単に外れて、 乳房がこぼれ出す。 「吸って」 ふくれあがった乳首を、真樹夫は吸う。 ちゅうっ、ちゅううっ 「ああん、いいっ」 梨江の両足が、小刻みに震える。 立っていられないのか、腰が沈もうとするのを、 真樹夫は、抱き支える。 真樹夫の腕の中で、のけぞる梨江の乳房を、 真樹夫は思いっきり吸う。 じゅぶぅ、じゅぶぅ、じゅぶぅ 「ああっ、いいっ、いいっ」 下腹部を、真樹夫に向かって突きだすように、のけぞる。 真樹夫は、のけぞった梨江を、デスクに横たえる。 ミニスカートがまくれ上がり、 濃紺のビキニパンティが、丸見えになる。 股布は、ぐっしょり濡れていて、 中に指を差し込むと、びしょびしょになっている。 パンティを脱がす。 濡れた陰毛に、水滴が光っている。 真樹夫は、クリトリスの包皮に付けられた、 銀色のピアスに目をやる。 こんな、ちっぽけなわっかが、 この女を、こんなに淫らにするなんて・・・・・・ いきり立った肉棒は、ジュブジュブと肉穴にもぐり込んでいく。 (4) 彩美 「ねぇ、どうしたの?」 彩美が、言った。 「おちんちん、元気ないよ」 真樹夫の肉棒は、ぺたりと横たわったままである。 指でも、舌と唇でも、やってみたのだが、 くてっ、としている。 「なんだか、疲れがたまってさぁ」 「そんなに、忙しいんだ・・・・・・」 天狗鼻温泉で、スワッピングをしたあと、 真樹夫の肉棒は、なんだか元気がないのだった。 夜のイトナミが、おざなりになり、 回数も減っていく。 「したいよぉ」 彩美が、甘えた声を出す。 「ああ」 真樹夫は、彩美に覆い被さっていき、乳房を愛撫する。 乳首を舐め、吸い、甘噛みをする。 「んっ」 彩美は、目を閉じている。 梨江とのセックスでは、あれほど燃えるのに、 彩美とは、燃え上がるものがない。 彩美が妻だからか。 こいつが、妻でなかったら、もっと激しくやれるのだろうか。 それとも・・・・・・ 梨江のせいか。 (5) 梨江の願い 真樹夫が、外回りから戻ったとき、 女の笑い声が、エレベーターホールまで聞こえた。 梨江は給湯室にいて、 総務課の女とおしゃべりをしていた。 真樹夫に気がつくと、 総務課の女は、 「じゃ、またね」 と言って、給湯室から出てきて、 上目遣いに、いやらしい笑みを浮かべた。 「ごゆっくり」 真樹夫に、意味ありげに言う。 総務課の部屋に入っていく女の後ろ姿を見ながら、 真樹夫は梨江に言った。 「楽しそうじゃないか」 「ふふ」 「なんだよ」 「真樹夫、エッチ、うまいんだろ、って」 「なんだ、エロ話、してたのか」 「おととい、応接室でしたの、聞かれてた」 「へっ」 ちっぽけな会社だ、真樹夫と梨江のことは、もうみんな、知っているのだろう。 「ねぇ、今夜、うちにおいでよ、晩ご飯、作るから」 梨江のアパートは、喜多見にある。 小さなアパート。 部屋は、きちんと片付いる。 ベッドと、小さなテーブルと、 小さなテレビと、衣類がしまってあるケース類。 小さなユニットバス。 小さなキッチン。 エアコンを付けると、ギュルギュルと音を立てて運転を開始した。 うるさい割に、効かなそうなくたびれたエアコン。 真樹夫は、上着を脱いだ。 「ズボン、脱いで、いいよ」 「ああ」 下着姿になる。 ベッドと、テーブルの間の、小さな隙間にからだを割り込ませる。 流し台に立って食事のしたくをする梨江の後ろ姿を見上げる。 ミニのすそから、パンティが丸見えだ。 梨江は、冷蔵庫から取り出した餃子を炒め、 冷凍チャーハンをチンして、食卓に並べた。 ビールが、冷やしてあった。 梨江は、餃子を箸でつまむと、真樹夫の口もとに差し出す。 「おいしい?」 「ああ」 「よかった」 2本目のビールを空けた真樹夫は、 ベッドに横になった。 テーブルの上を片付けた梨江は、 ベッドのわきに立ち、 真樹夫を見下ろす。 胸が突きだし、腰がくびれ、 尻が張っている。 真樹夫をじっと見ながら、梨江は脱いでいった。 「結婚したいよ」 と、梨江が言った。 「真樹夫の、奥さんになりたい」 (6) 小菅の警告 真樹夫は、自販機で缶コーヒーを買って、 屋上に上がった。 貯水タンクわきのベンチに、腰を下ろす。 課長の小菅一樹が、上がってきた。 真樹夫がここにいることを、梨江から聞いたのだろう。 小菅は、タバコに火を付けた。 うまそうに、深々と吸い込んで、 それから、ふうっ、と吐いた。 「真樹夫ちゃん、草野のやつが、またやろうって言ってきてるんだ」 「ええっ、あれから半月しかたっていませんよ」 「あいつ、ずいぶん楽しんだみたいだ」 そうだろうな、と真樹夫は思った。 真樹夫にとって、4人の女のなかで、 初めて抱いたのは、郁恵ただ一人だったのだから。 草野には、4人とも初めてのはず。 かすかに、嫉妬した。 そういえば、あの日、草野は郁恵を千葉まで送っていったのだが、 郁恵とラブホテルにはいるのが目的だった。 真樹夫は、妻の彩美から、その話を聞いた。 月曜日の午後、郁恵が彩美に電話をしてきたのだ。 もう、くたくたになって、 うちに帰り着いたの、真夜中過ぎてたよ、 と、うれしそうに言ったそうだ。 草野と仲良くしていくのかも、と、 彩美が言っていた。 小菅のタバコの煙が、真樹夫のほうに流れてくる。 真樹夫は、小菅が吸うタバコは、嫌いな銘柄なのだ。 あの日、その前のスワッピングの時も、 彩美を抱くと、その髪から、 小菅のたばこの匂いがした。 小菅の妻、志穂の体には、おれのたばこの匂いが 染みついているのだろうか、と、真樹夫は思う。 真樹夫は、小菅のタバコの匂いを消すために、 自分のタバコに火を付けた。 「草野のやつ、月イチでやらないか、って、言ってる」 「月イチ?」 「ああ」 「志穂さん、OKなんですか?」 「あのな、真樹夫ちゃん」 小菅は、真樹夫の目をじっと見つめた。 「志穂は、いやがらんとは思うけど」 「て、言うと?」 「志穂を連れて行かなくても、いいだろ?」 「へえ、そういうことですか」 「そ、わかりが、はやいねぇ」 おれに、どうしろと言うのか、真樹夫は小菅を見る。 小菅の魂胆は、察しがついた。 梨江を連れてこい、と言っているのだ。 「真樹夫ちゃん、梨江とは、ほどほどにしとけよ、 あんまり深入りしないほうが、いいぞ」 そういって、小菅は階段室に向かった。 (7) パーティの準備 小菅は、乱交パーティの準備で、仕事が手につかない。 草野が、 「今度は、ホントに乱交しようよ」 と言ってきた。 〈天狗鼻温泉〉の会は、ただのスワッピングだ。 ホントの乱交を、しようよ、と言う。 一つの部屋で、カップルが入り交じってやりまくる、 なあ、そうしようよ、 と、繰り返した。 「あの、沙織っていう女と、もう一度やりたいんだよ」 と、付け足した。 「ああ、おれも、沙織ともう一度やりたいよ」 と、小菅が返した。 「それに」 「あん?」 「郁恵とも」 「ああ、郁恵か、そうだな」 「あの日、送っていったんだろ?」 草野は、天狗鼻から千葉まで、郁恵を送ったはずだ。 「ああ、で、途中、ラブホテルによって」 「オイオイ、おまえ、タフだねぇ」 「ははは、チャンスは、逃したくないさ」 「じゃあ、その線で、準備するよ」 小菅は、知らない。 草野は、沙織を以前から知っている、と言うより、 沙織が看護学校の学生時代から関係していて、 沙織が結婚したあとも、時々セックスをしているのだった。 草野は、天狗鼻で沙織の夫に初めて会った。 そして、今度は、夫の目の前で、 沙織とセックスをしようと考えているのだ。 あの野郎、どんな顔をするか・・・・・・ 小菅は、沙織の夫、牟田淳史の携帯に電話をする。 「どうしてますか?」 「は、はい、あの節は、ありがとうございました」 「あ、仕事中ですか?」 「い、いえ、今、昼休みです」 「満足、してもらえましたか?」 「はい、おかげさまで」 「ということは、奥さんと夫婦仲がうまくいっている?」 「そ、そうですね、そんなところです」 「〈肥後ずいき〉、気に入ってもらえましたか?」 〈肥後ずいき〉というのは、日本古来の性具の一つ。 小菅がみんなに配った土産である。 性感を高める。 「よかったでしょ?」 「はい」 「ヌルヌル感、たまんないでしょう?」 「え、ええ」 「ところで・・・・・・」 小菅は、牟田を本格的なパーティに誘う。 牟田は、妻と相談して、お返事します、と言った。 「いい返事、待ってますよ」 (8) 小菅の呼び出し 上原彩美は、小さなコーヒーショップに入っていった。 コーヒーショップ〈クンニ〉は、 相模大野の駅から、5分ほどの、 彩美がよく知っている場所にある。 ここに来るのは、何年ぶりだろう。 夫の会社、蘭香商事が入っているビルが、 道路の反対側に見える。 「彩美さん、こっち、こっち」 壁際の席から、夫の上司、小菅一樹が手招きをした。 小菅から、〈クンニ〉に呼び出されたのだ。 小菅の向かいの席に座る。 「なんに、します?」 無愛想な女が、注文を取りに来る。 「アイスコーヒー」 「はい」 無愛想な女が去っていく。 彩美は、小菅の視線に、落ち着きをなくした。 彩美のからだをなめ回すような視線。 (いやらしい!) 彩美の視線がきつくなったのを感じたのか、 小菅は、にやりとした。 それから、舌の先で、唇をべろりと舐めて見せた。 「思い出すよ、彩美さん」 「やめてくださいっ」 「無理だよ、彩美さん」 「?」 「あんな楽しかったこと、忘れられるはず、ないだろ?」 小菅は、ちょろりと出した舌先で、もう一度唇を舐めた。 この男が、 私とキスをした、 私の首筋を舐められた、 私の乳房を…… 私の、あそこを…… ああっ、こんないやらしいやつと、セックスをしてしまった…… ラブホテルで2回、 3回目は、天狗鼻温泉で…… スワッピングの会。 小菅に呼び出されたことを、真樹夫に知らせたくても、 真樹夫は電話に出なかった。 「ただいま、電話にでることが、できません」 応答メッセージを何度か聞いたあと、 彩美は、真樹夫と連絡がつかないまま、 約束の時刻に〈クンニ〉に来てしまったのだ。 「用事って、何ですか?」 小菅は、急に真剣なまなざしになって、彩美を見つめた。 無愛想な女が、アイスコーヒーを運んでくると、 無言のまま彩美の前に置いて、 カウンターの後ろに戻っていった。 「おれさぁ、君たち夫婦のことが、心配になってさ」 思わせぶりな口調に、彩美はぞっとした。 「何なんですか?」 「最近、夫婦仲、うまくいってるの?」 いきなり、何なの、こいつ…… 彩美は、思った。 「おれと真樹夫ちゃん、会社の上司と部下、っていうより、 マ、親友同士、みたいなもんなんだよね」 おっとっと、もう少しで、マラ兄弟って言うところだった…… 小菅は、にやりとした。 親友なんて、よく言うよ、 と彩美は思う。 「なんか、あいつのことが心配でさ、 つまり、彩美さんのことが、心配っていうわけ」 「何が言いたいんですか?」 「コーヒー、暖まるよ、飲みなよ」 「いいえ、あとにします」 「じゃあ、ここ、出よう、彩美さん」 「どこに、行くって言うんですか?」 「彩美さんに、知って欲しいことがあってね、 会社まで、一緒に、行きましょう」 蘭香商事が入るフロアーは、静まりかえっていた。 小菅は、音を立てないように、と彩美に念を押した。 彩美は、いやな予感がした。 「あたし、帰ります」 「そう、じゃあ、帰るといいよ……あれ、聞こえない?」 彩美が、通路を引き返そうとしたとき、かすかな泣き声が聞こえた。 「あぅ……ああぅ……ああっ」 女の、かすかな泣き声…… いや、泣き声なんかじゃ、ない。 女の、あのときの声。 エッチしているときの、あえぎ声。 「んんっ、んんんっ、んんっ」 低い、押し殺したようなうめき声。 「気がついた?」 小菅が、彩美の耳元で、ささやく。 「聞こえるだろ?」 彩美は、小菅をにらみつける。 「よく、聞きな」 「うっ、うっ、うっ、真樹夫っ」 彩美の耳に、はっきり聞こえた。 女が、真樹夫、と言った。 「靴、脱ぐといいよ」 小菅の言葉の意味が、彩美はわかった。 素足になって、その声が聞こえる部屋に近づく。 彩美の裸足が、ひたひたとかすかな音を立てる。 彩美の心臓が、ばくばく音を立てている。 ドアのわきに立つ。 きちんと閉まらないドアの隙間から、中の様子がはっきりと聞こえる。 ぎしぎしと、きしむ音、 女のあえぎ声、 そして、 男のあらい息、 はっ、はっ、はっ。はっ 真樹夫! 真樹夫なのね! 彩美の顔から、血の気が引いていく。 思わず、壁により掛かる。振り向くと、小菅の姿は、消えていた。 「いいっ、真樹夫っ、いいっ」 女が、そういって、達するとき、 真樹夫が、うおっ、とうめいた。 真樹夫が射精する時の顔が、彩美の頭に浮かぶ。 彩美は、通路の壁により掛かったまま、じっと正面の壁を見つめていた。 数分後、部屋の中から女が出てきた。 彩美に気がついて、 「ぎゃっ」 と悲鳴を上げた。 「何なんだ、梨江?」 真樹夫の声がして、それから真樹夫が通路に顔を出し、 無表情に見つめる妻に、 驚き、うろたえ、 「あ、彩美、おまえ、会社には、来るなって、言ってあるだろ」 と、怒鳴りつけていた。 (9) 女闘 コーヒーショップ〈クンニ〉 「あんた、こんな小娘相手に、浮気してたんだ」 「奥さん、浮気じゃないよ、真樹夫は」 「えっ?」 「真樹夫、本気なんだから。本気で、あたしのこと、好きなんだから」 「何なの、このブス女!」 「ブスは、おまえのほうだよ、ブスばばあ」 「なんだとっ!」 「真樹夫は、ばばあより、あたしのほうが、好きだって、言ってるんだよ」 「この、ブサイク女」 「エッチだって、あんたより、あたしのほうが、ずっと、ずっと、いいって」 「この、雌ブタ!」 カウンターの後ろにいた〈クンニ〉の店主が、 「お客さん、すみません、けんかは、他所でやってくれませんか」 と言いに来た。 「上原さん、なんとかしてくださいよ」 上原は、店主をじっと見て、言った。 「おれたちのほかに、客がいないんだから、ちょっとガマンしてくれよ」 「しょうがねぇなぁ」 舌打ちしながら、店主がカウンターの後ろに引っ込む。 「真樹夫は、あんたと別れて、あたしと結婚するんだから」 「あはは、バカだよ、そんな言葉、信用するなんて」 「なに、言ってんの、あんたより、あたしのほうが、ずっといいって」 「ふん、何が、いいって、小娘のくせして」 真樹夫は、 「コーヒー、おかわり」 と、カウンターの中にいる店主に言った。 「ねぇ、あんた、この女、どうするんだよ」 彩美が、真樹夫に言った。 「真樹夫、ばばあと別れて、あたしんチにおいでよ」 彩美は、梨江をにらみつける。 エロかわ系のメイク、 エロむき出しのファッション、 彩美は、梨江のミニスカートの奥が見えた。 パンティをはいていない。 真樹夫ったら、こんなことさせて、遊んでるなんて…… 「帰るわ、あなた。夕食、麻婆豆腐つくるから」 彩美は、立ち上がった。 麻婆豆腐は、真樹夫の大好物だ。 「遊びは、ほどほどにしてね」 出口に向かいながら、 「あたし、小菅さん、大嫌いよ」 と付け足した。進む