肉欲の罠(修正版) 10
沼 隆 おことわり この作品は、フィクションです。 登場する人名、地名、団体名は、 実在するものと一切関係がありません。 また、旧作『淫獣たちの宴』を改作したものです。 登場人物 鰍沢 亮 〈犀星学園〉生 和久井由香 〈犀星学園〉教諭 * * * 香西 剛 〈犀星学園〉教諭 残間 章吾 〈残間金融〉社長 * * * 瀬口 美奈 美恵子の次女〈東横女学館〉生 瀬口美恵子 ビューティサロン〈グランス〉の女主人 瀬口 透 美恵子の別居中の夫、若い美容師と暮らしている (1) 図書室 世田谷区にある名門私立学校。 〈犀星(さいせい)学園〉 その図書室である。 昼休みが終わって、5時限目の授業が始まったのだが、 書架が並んだ一角の、 人目につかない奥まった場所に、男がいる。 男は、いらいらしながら、分厚い本をぱらぱらとめくっている。 ギュンター・シュトックハウゼン著 『十九世紀独逸に於ける国家主義思想の形成と展開』 男は、読んでいるのではない。 この分野には、全く興味がない。 ただ、待ちびとが現れるのを、 いらいらしながら待っているだけなのだ。 誰かに見とがめられたときのいいわけに、 この本を手にしているだけだ。 もうすぐ、5時限目が、終わる。 くそっ、こんなに、待たせやがって! ほとんど、50分近く、 バカみたいに、つっ立っていたのだ。 男は、怒りに、顔をこわばらせていた。 そして、 怒りに酔っている自分を意識して、 いっそう熱くなっているのだった。 ひたひたと、足音が近づいてくる。 「遅いよ」 「ごめんなさい」 「待たせるなよ」 「ごめんなさい」 女は、もう一度わびた。 「教務主任に、呼び止められて」 「言い訳は、いいよ」 「ほんとです」 「いいって」 男は、分厚い本を書架に戻した。 女のブラウスの胸元のボタンを、素早く外す。 「ま、まって」 男は、答えない。 濃紺のブラウスの下に、黒いレース地のブラジャーが現れて、 乳房を包んでいる。 男の指は、ブラジャーを跳ね上げて、 女の乳房を、さらす。 白い肌、 乳首は、ピンク色をしていて、 わずかにふくらんでいる。 男は、指先に乳首を挟むと、 思いっきり締め上げた。 「ひいっ」 女は、悲鳴を、必死にこらえる。 男は、両手で二つの乳房をわしづかみにすると、 思いっきり絞り上げた。 「うううううううううっ」 女の頬と、耳たぶが、朱に染まり、 苦痛から逃れるかのように、からだを縮める。 男は、乳房を話さなかった。 前屈みになった女の乳房を、もう一度、力任せに絞り上げた。 「お、おねがい・・・・・・ひどいこと、しないで」 「待たせるからだよ」 「ご、ごめんなさい」 5時限目、終了のチャイムが鳴った。 「今夜は、お仕置きだからね」 女は、涙を浮かべた目で男を見つめ、ウン、とうなずいた。 (2) 赤い部屋 真っ赤な夕焼け空が、マンションのベッドルームの、 白い壁紙を赤く染めている。 天井の照明は、ともされていない。 ダブルベッドの真っ白いシーツの上には、 女の服が、散らかっている。 「ううううう、ううううっ、うううっ、ううううううっ」 女の、押し殺したようなうめき声。 「ぐうっ、ううううううぐっ」 苦痛に耐えている。 女は、床に転がっている。 革製の首輪、両手首、両足首に革製の拘束具。 その他には、なにも着けていない。 乳房も、秘所も、むき出しだ。 首輪に付けられたリードの先を、 仁王立ちになった男が握っている。 男が、リードを、ぐいっ、と引く。 女は、のろのろと体を起こして、四つん這いになった。 女の腰に、尻に、赤い筋が走っている。 古い傷、そして、新しい傷。 男が、付けた傷。 男は、左手に握ったリードを握りしめながら、 右手に握った鞭を、振り下ろした。 ヒュッ 空を切る鋭い音がして、 ピシッ 鞭が、女の尻を打つ。 「あはぁ」 女は、苦痛に尻をひくつかせる。 眉間に、しわが刻まれる。 「痛いか?」 「は、はい」 ピシッ 「あああっ」 「そんなに、痛いか?」 「は、い」 ピシ 「あうっ!」 新しく尻に刻まれた3本の筋が、 わずかに膨れあがり、 表皮が裂けて、血が沁みだした箇所が、 ぽつぽつと、斑点をなして並ぶ。 「お仕置きだ」 「はい」 「約束を、破った罰だ」 「はい」 女の口から、だ液があふれ出して、 床にしたたる。 「お仕置きは、当然だ」 「はい、亮さん、お仕置きを」 「なんだ?」 「お仕置きを、受けることを、してしまいました」 「わかっているんだね、優香」 「はい、亮さん」 「では、もっと打って欲しいんだね」 「はい、い、いえ」 「ん? なんだ?」 「もう、お許しください」 「どうした?」 「とても、とても、痛くて」 「やめて、欲しいのか?」 「はい、亮さん、お願いです」 「へえ、優香、おまえ、おれに指図するのか」 「い、いえ」 ビシッ 「ひいいっ」 優香の悲鳴。 「奴隷のくせに、おれに指図するのか」 ビシッ 「ひいいっ」 鞭が、優香の腰を激しく打ち、 優香の皮膚に、鞭のあとを刻む。 傷が重なった箇所が裂けて、血がにじむ。 「お許しください、亮さん、お許しください」 「優香、言うことが、違うだろ?」 「ううっ」 「まだ、わからないのか、このバカ女!」 ビシッ 「ぎゃっ!」 「どうなんだ?」 「ああっ、亮さん、お、お仕置きを、もっと、お仕置きを」 「そうだ、優香、そうだよ」 ビシッ 「本当にして欲しいことを、主人にお願いするんだ」 「はい」 ビシッ 「ぎゃっ」 「そうだ、優香、それでいい、おまえの悲鳴は、とてもかわいい」 「ああっ」 部屋は、夕闇に包まれた。 男は、明かりを点けようと、スイッチのある部屋の入り口に向かう。 優香は、四つん這いに姿勢のまま、のろのろと後を追う。 苦痛の涙で、アイシャドウは流れ、 口からあふれるだ液で、口もとからノドにかけて、べとべとになっている。 部屋に明かりがともされると、 優香の腰から尻にかけて、 刻まれたみみず腫れと、血の筋が、くっきりと浮き上がる。 「これくらいにしておいてやる」 男は、そういって、優香を蹴り倒した。 「ううっ」 優香は、うめき声を上げて、床に転がる。 男は、転がった優香の股間を蹴り上げ、踏みつけにする。 「こんなに、濡らしやがって」 女陰から、蜜があふれ出して、べとべとに濡れている。 じゅぶ 男は、優香の肉穴に、足の親指を突き刺した。 「お許しください…お許しください」 優香は、床に転がったまま、ひいひい、泣き声をあげている。 体を丸めるようにして転がっているさまは痛々しい。 男はロウソクに火をつける。 蝋が溶けて流れ始めたのを、優香の背中にたらす。 「あち、あち…」 したたる蝋から逃れようと、優香は床を転がる。 男は執拗に蝋をたらす。 熱い蝋が、ミミズ腫れの上にしたたる。 激痛から、優香は、ぎゃっ、と悲鳴をあげる。 「亮さん…お許しください」 優香は、泣きじゃくりながら男の足にすがりつく。 ペニスが怒張している。 男は、優香の髪を掴むと、グイッと引き上げて、 優香にいきりたった肉棒をくわえさせる。 優香は、苦痛に涙を流しながら、 音を立ててしゃぶる。 ジュボ、ジュボ 「つっ!」 男は、苦痛に顔をしかめる。 「何回いったらわかるんだ! 歯をたてるんじゃない! へたくそっ!」 男は、優香を足蹴にすると、 乳首を力いっぱいひねりあげた。 「ギャッ」 悲鳴をあげて、優香は乳房をかばうようにしながら、 男の攻撃を逃れようと上体を起こす。 「あち!」 優香が抱え込んでいる乳房に、 融けて熱い蝋がしたたる。 白い肌に、赤いケロイドのような斑点が、むごたらしく広がっていく。 男はロウソクを吹き消すと、 優香を四つん這いにさせ、背後から挿入する。 肉つぼは、蜜が溢れてグチュグチュになっている。 男の猛り狂った肉棒をスルリと受け入れる。 「ん…ん…んっ…んっ…んっ…んっ」 優香の肉襞が、まるで吸い付くようにキュッ、キュッと肉棒にからみつく。 ざらざらとした肉壁の凹凸が亀頭をこする。 淫水が泉のようにこんこんと湧き出す。 男が、優香の両乳首を、ぎゅっ、と力任せにつまむと、 「ギェッ!」 という悲鳴をあげて、からだをよじる。 そのとき、膣もぐぐぐっ、と引き締まり、男の肉棒を締め上げる。 男の息が、はぁ、はぁ、と次第にあらくなり、 優香の頬も紅潮して、 「あ…あはぁ…あはぁ」 とうとう喜悦の泣き声に変わる。 男が激しく腰を突き出し、 肉棒をひくつかせて樹液を放つと、優香も 「ああ!」 と大きなあえぎ声をあげて尻を痙攣させ、男の樹液をしぼりとった。 優香がシャワーを浴びて、ベッドに戻ってくる。 男の肉棒を丁寧になめまわし、 男の樹液と女の淫水の残滓をなめ取る。 それから、男の胸に顔をうずめるようにして、横たわる。 「亮さん……」 「どうした?」 「満足してもらえた?」 「ああ、おまえが、いい声を出して、泣いたから」 「ああ……亮さん、とても乱暴なんだから」 優香の顔に、疲れが出ている。 苦痛に身もだえしながら、耐えた、疲れだ。 「この次は、もっと痛めつけてやる」 「亮さん……怖い」 「怖い?」 「亮さんが、真剣になっている顔」 「おれの顔、そんなに怖いか?」 「真剣なんだもの」 「そうだね、ぼくは、真剣だよ」 「だから……うれしい」 優香は、男の胸に顔を埋める。 「あたしを、本気で思ってくれている」 「そうさ」 そうだよ、優香、ぼくは、おまえをどう痛めつけるか、 そのことを考えていると、興奮しっぱなしになるんだ。 アドレナリンが、びゅうびゅう流れるんだよ。 おまえと、こうしている時間が、 ぼくは一番楽しい。 「優香を、もっといじめてください」 「ああ、もっと、もっと、痛めつけてやるよ」 「うれしい」 「ぼくが痛めつけるほど、優香、悦ぶんだよね」 「はい、すごく、キモチよくて」 「今日も、キモチ、よかったんだろ?」 「うん、とっても……何度もイッたわ」 「そうだね。優香のおマンコ、ずぶずぶになってたよ」 男は、いたわるように女の髪をなでつけ、それから唇を吸った。 抱きしめたとき、優香のからだがぴくっとした。 どこか傷ついたところに触ったようだ。 腰に、皮膚が裂けて、出血している場所があった。 男は、そこを舐めた。 しょっぱい味と、鉄分を含んだ血のにおいが口中に広がった。 「ああっ……亮さん……」 尻の傷も、痛むようだ。 あおむけに寝かそうとすると、 腰から尻にかけて、浮かそうとする。 男は、指先で腰のみみずばれをなぞる。 優香は、痛みをこらえるように、 からだを縮こまらせ、 男にすがるように身を寄せる。 (3) ひとりよがり 優香が亮のマンションを出て 薄暗い駐車場に向かったときだった。 優香の車の陰から男が出てきて、立ちはだかった。 優香は、立ちすくむ。 「だれ?」 「ボクですよ、和久井先生、香西です」 「あ、香西先生」 思ってもみない男が突然現れて、優香はたじろいだ。 なんで、香西がここにいるのか。 香西は、この近くに住んでいるのか。 偶然なのか、それとも。 「和久井先生、本当に恋人がいたんですね」 「……」 「しかも、こんな高級マンションに」 「……」 優香は、香西剛がどこまで知っているのか、不安になった。 「でもね、和久井先生」 香西は、優香をじっと見据えながら、続けた。 「ボクはね、先生のことが好きで好きでたまらないんですよ」 男は、思い詰めた表情をしている。 「ボクほど先生のことを愛している男は、 この世にはいません。断言しますよ」 優香は、男の顔におびえていた。 不気味に見えた。 駐車場の薄明かりのせいだけではない。 「香西先生、私、はっきり断ったはずです」 「あんたねえ、ボクのいいところ、ぜんぜん見てないでしょう」 香西は、まくし立てた。 「ボクにもいいところはいっぱいありますよ。 それに、ボクは優香、きみを愛しているんだ。 ボクは、本気なんですよ」 香西の思い詰めたような表情が、優香にはいっそう不気味に見える。 「何度おっしゃっても、だめです。 私には、好きな人がいるんです。 それに、優香なんて呼ばないでください」 「なんだとお!」 男は、大声を出していた。 「おまえなあ、こんなにおれが真剣になって、 頭を下げて頼んでいるのに、 よくもそんなひどいことが言えるなあ」 「そんな…そんなの、あなたの一方的な感情じゃないですか」 「おい、優香、 おまえを幸せにできるのは、 おれだけだ! わからないのか!」 「香西先生、私、先生に何の感情も持っていません」 「なあにい! なんだとお! おまえ、なにさまのつもりだ! おれをなんだと思っているんだ! くそお! 許さんぞ! おまえとおまえの男の仲をめちゃくちゃにしてやる! どんな金持ちか知らんが、 ぶち壊しにしてやるからなあ! 思い知らせてやるからな!」 そうして、優香につかみかかってきた。 「くそ、ここで、おまえを犯してやる」 「いや! やめて!」 「ぬかせ」 香西剛は、逃げようとする優香を後ろから羽交い絞めにする。 身をよじって逃れようとする優香のブラウスに指をかけると、 ちからまかせに引き裂いた。 「くそお! エロ下着つけやがって」 黒いシースルーのブラジャーの上から乳房をわしづかみにする。 「いたい! やめて! やめなさい!」 「なにが、やめなさい、だ! 教師ヅラするな! 犯してやる!」 ホックが引きちぎられて、スカートが地面に落ちる。 「く、くそお! こんな、スケベなパンティはきやがって!」 薄暗いところでも、優香が透け透けパンティをはいているのがわかったのだ。 黒々とした下腹部の茂みが、パンティ越しに丸見えである。 「この野郎っ!」 優香がもがいても、もがいても 香西の腕は、いっそう優香を締め付ける。 それに、優香の体には、亮がつけた傷がある。 香西ともみあうと、それが痛むのだった。 「だ、だれかっ!」 「こいつっ!」 優香は、地面に押し倒された。 ひざと、ひじと、激しく打ち付ける。 香西の指が、パンティに潜り込む。 「やめてっ!」 指が、優香の肉穴にねじ込まれる。 「いやあああっ!」 「そこで、なにやってるんだ!」 駐車場の入り口のほうから、男の大きな声がした。 香西は、ぎくりとなって優香を突き放すと、 脱兎のごとく逃げ出した。 「だいじょうぶですか?」 「は、はい、ありがとうございました」 香西にほとんど裸同然の格好にさせられた屈辱感と、 助けてくれた見ず知らずの男にみられる羞恥心とで、 震えながら、自分の車に乗り込んだ。 男が引きちぎられた衣服をひろって、渡してくれた。 優香の目から、涙があふれる。 「本当に大丈夫ですか?」 「ええ…ありがとう…ございました」 「何なら、警察、呼びますか。携帯、持ってますから」 「いえ、いいんです」 「証人がいるときは、言ってください。 男の顔、しっかり見ましたから。 名刺。差し上げときます」 優香は、それを受け取ると、一礼をして、車をスタートさせた。 男がくれた名刺には、 「残間金融 代表取締役 残間章吾」 とあった。 優香の車を見送りながら、残間は、 「たしか、あれは亮さんの」 とつぶやいた。 (4) 痴漢 瀬口美奈は、下腹部がうっとうしかった。 生理なのだ。 放課後、ひとりで帰りの電車に乗った。 サリナたちと渋谷に出るのは、やめにした。 いつものように車両の乗降口の脇に立った。 《さいせい学園前》駅で亮が乗ったかもしれないなあ、 とぼんやり考えているときだった。 背後に人の気配がし、スカートの中に指が侵入してきた。 東横女学館の規則より、ずっと短くしたミニスカート。 パンティが、見えそうで、見えない、ぎりぎりのライン。 (痴漢・・・) 美奈は、からだがこわばった。 男の指が、しつこく尻をなでまわす。 なんとか逃れようとする美奈を どこまでも追いかけてくる。 そして、パンティに侵入しようとして、 生理用ナプキンにさえぎられ、 あてが外れた腹いせとばかりに、 美奈の太股の付け根のやわらかい場所を 思い切りつねって、出ていった。 背後の男のからだが大きく揺れた。 「何をするんだ、バカ野郎」 と叫びながらよろめく。 誰かに突き飛ばされでもしたのだろうか。 美奈は、自分のからだをいじりまくった男の顔を見る勇気がなかった。 サリナだったら、痴漢でぇす!と大声を出しているだろう、 と思いながら、窓の外をじっと見つめていた。 電車が陸橋をくぐったとき、 暗くなった窓に、亮の顔が写って見えた。 亮は、美奈の背後の男をにらみつけていた。 「すみませんぐらい言ったらどうなんだ! それくらいの挨拶はできるだろう、バカ野郎!」 「すみません」 「クソ餓鬼が!」 「ありがとう」 「痴漢された?」 「うん」 相模栗原の駅に着いた。 「じゃあ、おれ、今日は塾だから」 駅の改札口で別れる。 亮は、塾がある日は、家に寄らないで、 学校からまっすぐ行くので、コンビニで弁当を買うという。 美奈は、亮の後をこっそりつけてみたくなった。 どんな塾に通ってるんだろう… 美奈の家と反対の方角に10分歩いただろうか。 亮は、とあるマンションに入っていった。 〈スカイメゾン〉というエンブレムがついた、高級そうなマンション。 亮ちゃんの塾、こんな場所にあるんだ… 美奈は、駅のほうに引き返す。 (5) 破綻 相模栗原の駅前の、小さな雑居ビルに 〈残間金融〉がある。 狭い部屋に、女事務員がひとり、 応接用のビニール製ソファには、社長の残間章吾に向き合って、 男がうなだれて座っている。 「瀬口さん、あんた、金返す気、ないだろ」 「いや、そんなことは」 「毎晩のように、ソープに通ってるだろ」 「そんな・・・・・・」 「ごまかしたって、無駄なんだよ、瀬口さん」 「毎晩、なんて・・・・・・」 「〈ルナシー〉、〈ハーレム〉、〈大奥〉、〈麗華〉常連なんだろ?」 残間が名前をあげた店に、瀬口透は通っていた。 「よく調べましたね」 「バカ野郎!」 「すみません」 このバカ、ホントに髪結いの亭主だな…… 残間は、うなだれて座っている男の、 しおらしいふりをしている男の、 居直ったふてぶてしさに、不愉快になっている。 「瀬口さん、臭うよ」 「へ?」 「あんたの体、ローションのにおいが、ぷんぷんしてるよ」 「え?」 瀬口の体から、泡姫が使うローションのにおいが、漂ってくる。 ここに来る前に、ソープに行ったのだ。 「あきれたよ、瀬口さん、あんたってひとは……」 「……」 「おれと約束があるのに、よくソープに行けるねえ」 「すんません」 瀬口は、残間に呼び出されて、うっとうしかった。 憂さはらしにソープに行ってきたのだった。 瀬口透は、妻の美恵子が経営するビューティサロン、 〈グランス〉の、若いスタッフを愛人にした。 年頃の娘が、ふたりいるのだが、 愛人の存在が発覚して、透は家を出た。 そして、その女のために、店を出してやった。 その資金を、〈残間金融〉で借りたのである。 金融機関から融資を受けたら、 妻に内緒、というわけにはいかなくなる。 「返すつもり、ないんだろ? 瀬口さん」 「いや、返しますよ、借りた金、返さないなんて・・・・・・」 「あんた、おれに返すはずの金で、遊んでるじゃないか」 残間の声は、穏やかでも、口調は冷たく、 瀬口をじっと見つめる目は、蛇のようだった。 瀬口透は、目をそらす。 「金利もずいぶん膨らんだことだし、 証文通りに、させてもらうよ、瀬口さん」 「え、そ、それは・・・・・・」 「裁判に持ち込んでもいいけどさ、 手間も、金もかかるよ、瀬口さん」 「あ、ああ・・・・・・」 「裁判になったら、おれ、勝つよ、 で、裁判費用、あんた持ちになるわけだし」 「・・・・・・」 「決めなよ、あんたが、決めれば、いいことだから」 瀬口透は、「はい」と小さくうなずいた。 「じゃあ、いいんだね」 残間は、念を押す。 「はい」 「じゃあ、確認書に、サインして」 「じゅ、準備、してあるんですか?」 「瀬口さん、甘えちゃ、だめだよ、 あんたも、実業家なんだから」 「じ、実業家・・・・・・」 「あんた、美容院の経営者なんだろ?」 残間は、にやりと笑った。 その笑いには、 (この、バカが!) という皮肉が、見え見えだった。 (6) 破綻 2 〈スカイメゾン〉 大理石をふんだんに使ったエントランス、 オートロック。 相模栗原では、高級マンションになる。 土曜日の朝、鰍沢亮が、入っていく。 亮は、803号室に上がっていく。 この部屋の持ち主は、残間章吾という金融業者だ。 以前は、残間の愛人が使っていたのだが、 愛人と別れたあと、しばらく空いていたのを、 今は、亮が使っている。 〈犀星学園〉は、土曜日の授業はない。 模擬試験が組まれることもあるが、普段は自宅学習日になっている。 土曜日の午前中、ここで、資産運用の仕事をする。 それは、ホビーの域を超えている。 間違いなく、仕事なのだ。 1週間の株式投資の実績を分析し、翌週の投資活動に備える。 亮が運用しているのは、残間の資金だ。 ここは、〈残間金融〉のディーリングルーム、のようなものだ。 亮は、十分な成果を上げてきた。 残間は、亮を天才だと思っている。 10時に、残間がやって来た。 「ちょっと、亮さんの耳に入れておきたいことがあってね」 残間は、亮の父親といっていいほどの年齢なのだが、 亮を「亮さん」と呼んでいる。 天才に対する、敬意か。 残間の話というのは、瀬口透名義の家のことである。 4年前、亮の父親が、タイのバンコク勤務になった。 現地法人の副社長というポスト。 単身赴任というわけにはいかない。 で、母、留美子の高校時代からの友人、瀬口美恵子にあずけられたのである。 「娘ふたりと女ばかりの3人暮らしだから、 亮くんに、用心棒になってもらうわ」 「そんな役目、きちんとやれるかしら」 「亮くんなら、できるよ、しっかりしてるから」 食費を含めて、美恵子には毎月7万円が支払われることにもなった。 2年前、亮は、残間と知り合った。 亮の才能に気がついた残間が、 いわば、ディーリング・ルームを提供したのだ。 亮は、二重生活を送ってきたのである。 美恵子の家に住んで犀星学園生としての生活を送りながら、 残間のマンションで、投資家の生活をしているのだ。 「瀬口の家を取り上げるんですね」 「そういうことなんだ」 「ぼくは、あの家に住めなくなりますね」 「それで、亮さんには、迷惑をかけてしまう」 「残間さんが損しないように、してください。 ぼくは、両親が心配しない方法を考えますから」 「その件なら、私に任せてくれ。 亮さんが困ることは、しないし、 ご両親が安心できる場所を見つけるから」 「残間さん、それでは、よろしくお願いします」進む