「真夜中の図書室」短編

遠雷

沼 隆

「早いものですね。もう一周忌ですか」
「ええ、あっという間でした」
「浅尾先輩が、亡くなられるなんて」
「突然のことでしたから、なんだか、わけもわからないままでした」
仏壇に、美奈の夫、浅尾一樹の遺影が飾ってある。
リストラで、大幅に縮小された国内営業部から、上海支店に赴任することになり
引継ぎやら準備やら、激務に追われ、過労死したのだった。
あまりに突然のことだった。
美奈は呆然と立ち尽くすばかりである。
一樹が生前可愛がっていた後輩の古田伊知郎が、何かと世話を焼いてくれた。
会社の指示もあったらしい。
四十九日が過ぎても、時々やってきて、美奈の心配をしてくれた。
退職金を受け取り、生命保険も出て、気持ちが落ち着いたころ、仕事を探す。
古田が力を貸してくれた。
学校の先輩が経営する会社の事務に推薦してくれたのだ。
半年ほど経ったころ、古田に打ち明けられた。
「美奈さん、あなたと結婚したい」
古田の親切には感謝していた。
しかし、そういう気持ちにはなれなかった。
古田のどこかに、そぐわないところがあるのを感じていた。
一樹の死から半年あまりしか経っていないことを理由に、やんわりと断ったつもりであった。

一周忌のこの日も、古田の手伝いで、滞りなく済ませることが出来た。
朝から蒸し暑かった。
湿気を含んだ南風が、肌にねっとり絡みつく。
近親者だけの、簡素な儀式。
一樹の両親は、若い男が取り仕切っているのに不快な表情をしたのだが
「浅尾先輩には、大変お世話になりまして…せめてご恩返しに…」
などと、丁寧な挨拶をされると、気持ちが和んだのである。
古田は、一樹の両親と、美奈の両親を、大宮駅まで自分の車で送り届け、そのまま戻ってきたのだ。

「美奈、僕は、我慢できない…君を愛してる」
「古田さん…」
古田は、一歩も引かない覚悟であった。
先輩に連れられて、この家に来るようになって
美奈に惚れてしまったのである。
今日は、格別に美しい。
黒いスーツが、美奈の美しさを引き立てている。
一樹の位牌を納めた仏壇の前で、古田は自分の気持ちを打ち明け
一周忌がすんで、もう遠慮する必要はないだろうと
美奈に迫ったのである。
半年ほど前、初めて打ち明けたとき、美奈の返事はつれなかった。
それからの半年、古田は美奈を観察してきたが、
亡くした夫への思いもあろうが
美奈の冷淡なことに、腹を立ててもいた。

「やめてください!」
仏壇の前で、古田は美奈を押し倒す。
一樹の遺影が見下ろす前で、美奈を…
やってやる…
美奈は必死に抵抗する。
黒いブラウスのボタンがはじけ飛ぶ。
柔らかい肌。
乳房を黒いレースのブラジャーが包んでいる。
乳首が透けている。
美奈…おまえをずっと抱きたかったよ…
「いやあっ!」
スカートのホックを引きはずし、強引にひきおろす。
「オレが、嫌いか!」
「いやっ! いやっ!」
「けっ!」
両腕で、覆いかぶさる古田を押しのけようとする美奈の頬に
古田は力いっぱい平手打ちを喰わせる。
頬が、朱に染まる。
もう一発。
手加減しない。
「やめて…」
古田は、退くつもりはなかった。
はじめたんだ、最後まで、やってやる…
必死で抵抗する美奈の爪が、古田の頬を切り裂く。
「この野郎っ!」
古田は、立て続けに3つ、美奈の頬を平手打ちにする。
力いっぱい、容赦なく。
衝撃で耳が音を失うと、美奈は脅える。
「今度こんなまねをしてみろ! てめえの顔をぼこぼこにぶん殴って、ふためと見られないようにして
やるからなっ!」
「お願い…古田さん…」
ブラジャーを乱暴に引き剥がされて、腕が、背中が痛む。
「乱暴なこと、しないで…お願い…」
「おとなしくしてりゃ、痛い目にあうことはないのによ!」
「わかった…」
「そうさ、おとなしくしてりゃ、いいんだ」
ペチコートが、力任せに引き裂かれる。
黒いレースのパンティ。
美奈は、両腕で乳房を隠す。
「美奈、ずっとおまえとやりたかった」
美奈を抱きかかえるようにして、古田も横になる。
いきり立った肉棒が、ズボンの中で悲鳴をあげている。
出してやらなくちゃな…
左腕で美奈を抱きかかえたまま、古田は右手でベルトを外し、腰をくねらせてズボンを下げた。
「触れよ」
「……」
「触れって、言ってるんだよっ!」
こわごわ目を向けると、古田が凶暴な目つきで、美奈を見下ろしている。
「ちんぽ触れって言ってるんだ! ばか女!」
美奈は、言われるままに、恐る恐る指を伸ばす。
「これだよぉ!」
じれったそうに、古田は美奈の手首を掴むと、陰茎に導いた。
パンツのうえから、脈打つ陰茎に触れる。
「おまえ、ばかじゃねえのか? こんなやり方で、気持ちいいはず、ねえだろうがっ!」
脅えて、指を離す。
「きさま、殴られてえのか!」
美奈は、激しくいやいやをする。
パンツの中に指を差し入れる。
湿り気を帯びた陰茎を握る。
亀頭の先端に付着した先走りが親指に付着して、背筋がぞっとする。
「ダンナのちんぽ、弄ってたんだろうが! ちゃんとやるんだよっ!」
美奈は、手首を上下させる。
古田は、美奈のパンティを足の指で引き下ろす。
股間に指を差し入れる。
「おっ! なんだぁ?」
陰裂に差し込まれた指が、クリトリスまで這い上がったとき、古田は驚きの声を上げる。
「美奈、おまえ…」
見詰める古田から、視線をそらす。
それは、あんたのためなんかじゃない…
「ひえぇぇぇぇ」
古田は、わざとらしく驚いて見せた。
「おまえ、こんなところに、ピアスしてるのか…へえぇぇぇぇぇ」
クリトリスの包皮に、今日はピアスをつけたのだ。
あのひとを迎えるために…
「いたいっ!」
「へえ…引っ張ると、痛いのか…」
「いたいいいっ! やめてっ…やめてっ…」
古田は、にたにたしている。
「クリにピアスって話、聞いたことがあったけど…実物は、初めてだ」
にんまりする。
「見せな」
古田は上半身を起こすと、美奈の両足を左右に大きく広げさせ、股間に顔を近づける。
舌を出して、ぺろりと舐める。
「いやっ!」
美奈が、古田の頭を両手で押しのけようとする。
「この野郎…」
古田の凶暴な形相に、美奈は手を引っ込める。
古田は、解いたネクタイで美奈の両手首を背中の後ろで縛り上げる。
うつぶせになった美奈のわき腹を蹴り上げた。
ぐえっ
「お願い…乱暴にしないで…」
うつ伏せになった美奈の後ろ髪を鷲づかみにして、グイッと引き上げる。
「尻を上げな!」
「いやあ…」
「美奈、何度でもぶちのめしてやるぜ」
「……」
「オレの気持ちをもてあそびやがって…」
「……」
美奈には、そんなつもりはなかった。
いろいろ世話になったけれど、古田の好意に、甘えたけれど…
古田は、何度も浅尾先輩にはお世話になりましたと、そう言っていたのに…
後ろ手に縛り上げられ、背後から挿入されて、苦痛に耐えながら、古田の射精を待つ。

床に横たわる。
雨音が聞こえる。
時折強い風が吹いて、ベランダのガラス戸に雨粒を吹き付ける。
遠くの空が、光る。
しばらくして、遠くの雷鳴。
古田の汚らしい精液が、尻を伝って流れ落ちていく。
足元で、古田がペニスを拭っている。
「ビール、もらうぜ」
下半身をむき出しに、立ち上がりかけたときだった。
「お、おまえ、だ、誰だ!」
戸口に、男が姿を現す。
「無用心だね。玄関、開いてたよ」
「なんだ、おまえ! 勝手にひとの家に…」
「腐れちんぽ、しまえよ」
古田はうろたえ、あわててパンツをはく。
「あんた、古田とかいったな」
「お、おまえ…」
「通夜も、葬式も、手伝ったそうじゃないか」
「な、なんだ、おまえ…け、警察、呼ぶぞっ」
「ああ、呼べよ」
「……」
「オレが呼んでやってもいいぞ」
「……」
「ズボン、はけよ。みっともないぜ」
男は、美奈の手首を締め上げているネクタイを解く。
「立てる?」
美奈は、こくりとうなずく。
「何か、着ておいで」
美奈は、前かがみになりながら、小走りに出て行った。
「おい、古田、警察、呼ぼうな」
「ま、待ってくれ。あんた、勘違いしてる」
「勘違い?」
「お、オレと、美奈は…レイプごっこ…」
がすっ
男は、古田の顔面を殴りつけていた。
「や、やめろっ!」
古田は、悲鳴を上げる。
鼻血が流れ出す。
「ごっこじゃねえだろ」
落ち着いた、低い声で、男は続ける。
「おまえ、美奈を犯したんだ。無理やりな」
「ち、ちがう」
がすっ
「や、やめてくれっ!」
「ごっこ遊びなら、手加減してるさ」
がすっ
「美奈の顔、おまえ、ひでえことするんだんなあ」
古田の顔が、赤黒く膨れ上がる。
「顔は女のいのち」
がすっ
「おまえ、営業だろうが…この顔じゃあ、明日から困るよなあ」
ぼすっ
みぞおちに容赦ない一撃を食らって、古田はひざから崩れ落ちる。
「男も、顔が命ってわけだ」
「がふっ」
「念書、書けや」
古田が、こわごわ男を見る。
「美奈、紙とボールペン、もっておいで」
奥の部屋に向かって、男は大きな声を出す。

浅尾美奈様
 私、古田伊知郎は、必死で抵抗するあなたを暴力で犯しました。
 今後、二度とこのようなことはいたしません。
 あなたのそばに近づかないことを約束します。
 なお、嵯峨剛様が私を殴ったのは、浅尾美奈様を助けようとしたものです。
平成14年8月*日
       埼玉県大宮市***
                     古田伊知郎

古田は、念書に拇印を押すと、逃げるように帰って行った。

「大丈夫か?」
「ええ、大丈夫」
「酷い目にあったな」
「私が、気をつけなかったから」
「美奈のせいじゃない」
「シャワー、浴びてきて、いい?」
「ああ」

ビデで、古田が出したものを洗い流す。
屈辱感に、からだが震える。
シャワーを浴びる。
古田が絞り上げた指のあとが、左の乳房にくっきりと残っている。
鏡に映った顔に、涙が溢れ出す。
しゃくりあげるように、泣いてしまう。
下着をつけ、普段着を羽織る。
仏壇がおいてあるリビングに戻る。
古田が引き裂いたブラウスや下着は、剛が片付けてあった。
ソファに座る。
剛が作ってくれた水割りを手に取る。
並んで座った剛が、優しい声で言う。
「飲みなさい。落ち着く」
時計は午前零時を回っていた。
一樹の写真が、こっちを見ている。
生真面目な表情の写真。
一樹…
今夜のこと、ごめんなさい。
あなたの見ている前で…
あんなひどいこと…
油断した私が間違いでした。
「何、考えてるの?」
「うん……」
「今夜のことは、きみのせいじゃない。美奈、きみに、落ち度はないよ」
剛の言葉は、嬉しかった。
一樹…
これからは、剛さんが守ってくれる…
そうしても、いいでしょう?
あなたが優しくしてくれたように、剛さんも優しくしてくれる。

「明日は、早いの?」
「6時の新幹線に乗らなくちゃいけない」
「抱いて」
「大丈夫?」
「抱いてほしい」

寝室に移動する。
敷布団を2組。
並べて敷く。
服を脱ぐ。
下着も脱いだ全裸のふたりは、敷布団の上に座る。
剛は、美奈を抱き寄せる。
頬が痛み、わき腹が痛んだ。
美奈は、剛の優しい愛撫に、痛みをこらえた。
剛さんが、出かけるまで、4時間しかない。
「以前のようにして」
「大丈夫かな?」
「して欲しいの」
腫れ上がった美奈の顔が痛々しいが、剛はその気持ちを悟られないように、美奈をしっかり見詰める。
「約束どおり…」
「わかった」
剛は、バッグを開ける。
今夜、ふたりの時間を過ごす約束だった。
以前のように愛し合う約束。
剛のバッグには、そのための道具が用意してあった。

ロープを取り出し、手際よく美奈を縛り上げる。
両手首を縛るとき、ためらった。
古田のネクタイの痕が、赤く残っていた。
「もっと、きつくして」
乳房を絞り上げるようにロープをかける。

ふたりが出会ったのは、品川駅の改札口。
もう、ずいぶん昔の話だ。
羽田空港行きの電車に駆け込もうと焦った剛は、学校の制服を着た美奈の携帯電話を叩き落した。
連絡先のメモを渡して電車に飛び乗った。
交際が始まり、美奈は剛の性癖を受け入れた。
中目黒の剛のワンルームで、楽しい時間を過ごしたのもつかの間。
剛は、九州に転勤になり、それから程なくして、美奈も父親の転勤で、釧路に引っ越した。
遠く離れすぎてしまった。
3ヶ月前、上野駅で偶然に出会うまで、音信不通になっていた。
その夜、剛は美奈の家を弔問に訪れた。
携帯で話すようになり、愛が復活した。
今夜、美奈は、剛を迎えるために、あのころ、高校生のころ、ピアスをつけていた場所にもう一度ピン
を通したのだ。
あの時、十年前、剛が買ってくれたピアスを着けて。
「美奈…」
あのころ、美奈と剛が心から愛し合ったしるし。
「とっておいてくれたんだね」
「たいせつに」
陰裂に食い込ませて、ロープをかける。
「ああっ」
剛の力が緩む。
「もっと、絞めて」
「ああ…」
「うんと、きつくして、剛さん」
からだを強く絞めつけられて、美奈のからだに悦びがよみがえる。
乳房が、股間が、腕が、腹が、いい。
「綺麗だ、美奈」
「うれしい」
剛は、美奈の唇を吸う。
「ください…」
切なく、甘い声。
「美奈のおマンコに、剛さんのちんぽを、ください」

夜明け前の路上は、雨に濡れていた。
近づくタクシーのヘッドライトが、路面に反射する。
迎えに来たタクシーの運転手の視線もはばからず、ふたりは熱い口づけを交わす。
この次は、もっと…
ああ、たっぷり…
待っています…
美奈の胸に、あのころの熱い時間を取り戻した歓び
次の約束の日を待つときめきが
遠雷のように
響く。
戻る