麻耶の黒い下着(修正版) 第9回
沼 隆 登場人物 坂下大樹 アマチュア写真家 浩平の父親 坂下麻耶 大樹の妻 坂下浩平 大樹の先妻の子 * * * 野口明菜 麻耶の妹 大学生 真壁宗男 大学講師 浜部朱美 大樹の写真仲間 沢渡良太 大樹の写真仲間 篠田麻妃 大樹の写真仲間 * * * 塩津美和 坂下家の隣人 塩津安夫 美和の夫 九鬼杏奈 浩平のクラスメート (1) 日曜日の朝だというのに、 夫の大樹は、仕事がある、といって、 部屋に閉じこもってしまった。 パソコンを操作する音が、聞こえる。 麻耶は、ショッピングに出た。 ショッピングといっても、買いたいものがあるわけではない。 家にいても、つまらないから、外出したのだった。 外出して、もっとつまらなくなった。 昼食を買って、帰ってきたのに、夫は外出していた。 書き置きは、ない。 いつ帰ってくるのか、わからない。 麻耶は、1時まで待って、 ひとりで食事をした。 浩平宛に、宅配便が届く。 それは、浩平がベッドの下に隠してある、あの箱の差出人の名前だった。 ……今度は、なにを買ったの? 20歳としうえの男と結婚し、 愉しい新婚生活をおくるはずだった。 仕事や、写真愛好会の世話で放って置かれて、 麻耶はちょっぴり不満だった。 40代のまともな社会人なら、そういうことは当然だと、 実家の両親に言われて、そんなものかと思っても、 不満はくすぶる。 大樹のセックスは、タフだ。 十分、満足している。 これまでつきあった男の中で、最高だと思う。 だから、もっと、セックスしたい、と思う。 不満が、身体の芯でうずく。 そんなとき、浩平が、麻耶の家で暮らしはじめたのだ。 年頃の息子に対する気遣いなのだろうか、 夫の、麻耶を求める回数が、減った。 麻耶は、ちょうど一週間前の夜の出来事があってから、 浩平に対して、奇妙な感情を持ち始めている。 毎日の暮らしは、これまで通りだ。 なんの変哲もなく、続いている。 浩平とのことを、大樹に話すつもりは、ない。 麻耶に、後ろめたいことが、いくつも重なっていた。 濡れた下着を、浩平の目につく場所に置いたこと。 あの道具を、はずせるのに、はずさなかったこと…… ……感じていたこと 大樹と浩平の帰宅時間は、それほど変わらない。 カメラを一緒に買いに行った日から、父と息子は、とってもたのしそうだ。 毎晩のように、リビングで、カメラを大事そうに抱えて、話に夢中になっていた。 この一週間、大樹は麻耶のからだを求めなかった。 麻耶のほうから求めようと思ったけれど、 いま、大樹のキモチは、一緒に暮らし始めた息子にむいていると思うと、 キモチがしぼんでしまった。 大樹は、麻耶をほったらかしにしてしまったのだが、 その時間、麻耶は浩平のことを考えて過ごしたのである。 先週、浩平が撮った写真を、 全裸の麻耶が、拘束具だけをまとった写真を、 麻耶は、見ていない。 浩平は、見せなかった。 麻耶も見せてとは言えない。 でも、見たいと思う。 浩平に、はだかにされていくあいだ、 黒い拘束具を取り付けられていくとき、 からだを締め上げられたとき、 そして、写真を撮られているあいだ、 恥ずかしさと、みじめさと、を感じながら、 浩平の激しい感情を、怖いと思いながら、 麻耶は、感じていた。 からだの奥で、まるで、子宮がうずいているような、 もどかしいほどの、欲望を。 あのとき、浩平は、なんと言ったのか・・・ 「麻耶、麻耶はね、オレの奴隷になったんだよ」 と言ったのだ。 〈奴隷〉という言葉は、刺激的だった。 ……あたし、浩平くんの〈奴隷〉になりたがっているのかも…… と思ったのだ。 そう思ったとき、子宮がうずいて、膣から蜜があふれ出した。 2時に、浩平が帰ってきた。 「麻耶、マンション、掃除に行くけど、手伝ってよ」 初めて案内された日から、1週間。 カビの臭いがするのだろうか。 「麻耶の写真、撮ってあげるから、おしゃれしておいでよ」 「写真って」 「ふふ、怖がらなくていいよ、麻耶」 「・・・・・・」 「新しいカメラで、麻耶のポートレート、撮らせてよ」 「わかったわ」 麻耶は寝室で着替えをし、 浩平は、自分の部屋で、宅配便の箱を開けている。 麻耶の車で、若桑のマンションに行った。 浩平が、「このあいだのたまご色のブラウス、 麻耶によく似合っている」と言ったから、 それを着た。 下は、ピスタチオ・グレーのフレアスカート。 春に、ピッタリの色だし、麻耶の小麦色の肌に、ピッタリなのだ。 大樹が、気にもとめてくれなかったことを、 浩平が言ってくれたので、 麻耶はとてもうれしかったし、 それで、浩平のために、おしゃれをしたのだった。 そのことが、麻耶のキモチを浮き立たせていた。 春なのだ。 一年のうちで、いちばんキモチが浮き立つ季節。 若桑のマンションは、カビの匂いがした。 窓を開けて、空気を入れ換える。 リビングは、春の光があふれている。 麻耶はポーズを撮り、浩平は、ファインダーをしっかりのぞき込んで、 シャッターを切る。 「掃除、どうするの?」 「この次で、いいよ、今日は、せっかくだから、麻耶を撮る」 麻耶は、撮られている快感に、いつしか、プロのモデルのように、 背筋を伸ばし、表情をつくる。 浩平は、シャッターを押し続ける。 「見る?」 液晶に映し出された自分の写真に、 気恥ずかしさと、 自信とを感じていた。 浩平が何度か口にした、「麻耶、とっても、いいよ」という言葉が、 まんざら嘘ではないと、思ったのだ。 「今度は、奥の部屋で」 「浩平くん、それは……やめとかない?」 奥の部屋は、浩平の母親が寝室にしていた部屋。 ベッドが、ある。 行っては、いけない。 「おいで」 「だめ」 「来いって」 「だめよ」 「麻耶」 浩平に、いきなり抱きしめられる。 「うっ」 素早く、唇を奪われる。 「だめ、浩平くん」 「麻耶」 「だめよ……」 浩平は、麻耶をしっかり抱きしめている。 ……なんて、強いの…… ……あああ、こんなに、しっかり、抱きしめてくるなんて…… 麻耶のからだが、悦んでいる。 「いけない……」 浩平は、しっかりキスをしてきた。 麻耶のからだから、力が抜けていき、 浩平がしっかりと支える。 腰と、背中を、しっかりと抱いて。 胸が触れあう。 心臓の音が、聞こえるくらい、くっつけて。 浩平は、麻耶の乳房の弾力を、胸で感じている。 柔らかいおんなのからだ、 浩平は、麻耶を抱き上げた。 「浩平くん……」 麻耶をベッドに寝かせる。 おおいかぶさってくる浩平の唇を、麻耶は受け止めて、 吸った。 浩平の指が、ブラウスの胸ボタンをはずしていき、 マンゴ・イエローのブラジャーに包まれた乳房が現われる。 浩平に、優しく脱がされながら、 麻耶は、やめさせなくては、という思いと、 もう一つ正反対の思いが、からだの奥底にあることに、 驚いていた。 それは、とても恐ろしいことなのに。 ピスタチオ・グリーンのフレアスカートを脱がせると、 ブラジャーと揃いのパンティをはいていた。 浩平は、麻耶の下着をはぎとって、乳房に吸い付く。 「だめ……浩平くん……だめ……」 乳房を強く吸われて、キモチよくって、 麻耶は、苦しくなって、 「ああっ」 妖しいあえぎ声を漏らしていた。 「こんなこと、しちゃ、いけない、やめて、やめて、やめて!」 浩平の頭を、両手で包み込み、 どけなくては、と思いながら、指先に力が入らない。 浩平は、麻耶の腹をなめ、なでさすり、 ヘアに口づけをし、なでさすり、 太ももを、なめ、撫でまわし、 麻耶の身体の隅から隅まで、穴が開きそうなほど見つめながら、 さわり、なめ、吸った。 「だめ、だめぇ」 それから 麻耶の両足を開かせ、 顔を股間に埋めて、 両手の親指で淫裂を開き、 現われた桃色の粘膜をじっと見た。 「いやぁ、見ちゃ、いやぁ」 それからポッカリ口を開いた場所に唇をつき出して、 蜜を吸い、 なめまわした。 浩平は、舌を穴の中に挿しこむ。 ほんのわずか、入り込んで、たまった蜜をすすった。 浩平の唾液と、麻耶の淫水が混じり合って、ネットリとした蜜。 舌の根元が疲れてくると、浩平は、穴から抜いて、 粘膜をたどっていって、ぷっくりふくれあがった、肉のつぼみ、 クリトリスを、吸った。 麻耶が、尻をわなわなさせた。 浩平は、親指を添えて、クリトリスをもっとむき出しにする。 赤紫色をして、浩平に吸ってもらいたがっていた。 吸う。 強く、吸う。 すると、もっと、吸って、というように、 麻耶のほうから、クリトリスを押しつけてくるのだった。 浩平は、味わい尽くす。 顔を上げると、麻耶は、焦点を失った目を天井に向けていた。 浩平は、ゆっくりベッドから起きあがる。 陰茎が、たちっぱなしで、痛いほどだ。 そのふくらみを、麻耶が見上げる。 麻耶も、起きあがる。 麻耶ひとり、はだかなのを恥ずかしがるように、 両腕で胸を隠すようにして、ベッドに散らばった下着をたぐり寄せる。 ……浩平くん、したくないの?…… 口にしてはならない言葉だ。 こんなに感じているけれど、 こんなに濡れているけれど、 こんなにしたいけれど、 してはいけないこと、 絶対に、許されないこと。 パンティをはき、ブラをつける。 濡れた場所をふきたくても、ティッシュも、なにもない。 浩平が、出て行った。 ベッドから下りたとき、浩平が戻ってきた。 カメラと、バッグを持って。 「麻耶、はだかの写真、撮るから」 麻耶は、ウン、とうなずいていた。 ……浩平くん、あたしの写真を撮りたいだけで、 エッチは…… エッチは、嫌いなのかな? でも、あたしのからだを…… あんなに、キモチよくして…… 下着姿の写真、はだかの写真を撮る。 でも、先ほど、リビングで撮影したときの、あの気分には戻れない。 (2) 大樹は、コレクターの一面があるのかも知れない。 カメラのコレクションがあるわけではない。 記録をとって、きちんとファイルしておくという性行だ。 カメラをいつも持ち歩き、撮った写真をファイリングしてある。 ラブホ〈ルナMAX〉で、2時間過ごしたときでも、 大樹は朱美の下着姿、全裸を撮影するのだ。 いつの間にか、大樹のパソコンのハードディスクには、 女体のファイルが数十ギガバイトにもなっていた。 写真サークルの集合写真、 ポートレート、 セミヌード、全裸、それに、 ハメ撮り写真、 朱美の写真だけではない、 朱美と関係を持つ前につきあった、女たち、の膨大な枚数の写真。 不思議なことに、麻耶の写真は、セックス写真は、ないのだ。 麻耶の写真を撮りたいとおもうことはあっても、 大樹は、欲望を抑えていた。 麻耶の前では、自然を被写体にする写真愛好家のフリをし続けている。 (3) 浜部朱美は、大樹と〈おめこ〉を2つしたところだ。 朱美の田舎では、〈おめこ〉という言葉は、 口にするのが恥ずかしい言葉だ。 その言葉を、大樹に言わされ、恥ずかしい言葉を口にすることで、 いっそう〈おめこ〉にのめり込める。 〈おめこ〉は、朱美の身体に備わった器官の名前であり、 悦楽を求めて男とする行為でもあった。 「おめこ、して」 と大樹に言う。 それは、朱美が「おめこ」したくてたまらないからで、 「おめこ」の準備ができている、 あそこが、濡れ濡れだということの意味だった。 きのう、沢渡良太と篠田麻妃の目の前で「おめこ」した。 見られることが、あんなに燃え立たせるなんて、思わなかった。 そして、良太と麻妃が「おめこ」するのを見て、 よく知ったふたりの「ナマおめこ」を見て、 さらに刺激されたのだった。 そろそろ、家に帰らなくちゃ。 サービスタイムいっぱいまでいるわけには、いかない。 夫と、息子が待っている。 夕食、何か買って帰ればいいけれど。 「沢渡が電話してきてさ」 「うん」 「もう一度、どうかって」 「ウン・・・」 「どうした?」 「麻妃も、そういってる」 「そうか」 「でさあ」 「ああ」 「麻妃がさあ、スワッピングしないかって」 「ああ、沢渡も、言ってる」 「大樹、どうなの?」 「興味あるよ」 「そうなんだ、男って・・・」 「ん?」 「あたしを、良ちゃんに抱かせたい?」 「ううむ」 「麻妃を抱きたいんだよね」 「ううむ」 「なによぉ!」 「朱美が、イクところを、そばで見たいような」 「なんでだよぉ!」 「なんか、うまく言えないけどさ」 「はっきり、言いなよ!」 「沢渡が、朱美をいかせるところ、見たいなあ」 「あたしが、他の男に抱かれるんだよ!」 「沢渡だろ」 「良ちゃんなら、いいの?」 「あいつじゃなかったら、はなしはちがうかも」 「もお」 「朱美がいやなら、いいんだよ」 「なによ」 「おまえがいやなこと、したくないからさ」 「いやだよぉ」 「そうか、でもさ、朱美が、いい女だってこと、自慢したいキモチ、あるんだよな」 「勝手なこと、言って!」 (4) 大濠国際大学の教官棟。 真壁宗男は、講義がすんで研究室に戻ってきたところだ。 ダイさんこと坂下大樹から、メールが届いていた。 「土曜日、都合つくなら、写真撮影会に、参加しませんか?」 すぐに返信する。 「参加します。よろしく」 「写真撮影会」で、ふたりのあいだでは、十分だ。 もちろん、ただの「撮影会」ではない。 セックス撮影会だ。 久しぶりのパーティに、宗男はにやついた。 折り返し、大樹から、情報が届く。 ダイさんは、前回とは別の女を連れて来るという、 「アケミさんは、初めてです。気配り、頼みます リョウタさんと、マキさんは、経験者です」 3組か。 アケミに、マキ、ね。 ふたり味わえるなんて、いいねえ。 へへ・・・ムスコが、もう、勃起しちゃったよ。 明菜は、日曜日に生理が始まったが、今日あたり、終わりそうだ。 5日目だからな。 土曜日には、間に合う。 今夜は、明菜を呼んで、ナマハメしておこう。 掃除になるし。 リョウタは、3Pに加わるかな。 隠しフォルダーを開き、前回のパーティの「記念写真」を眺める。 ダイさんの女は、確か、リカコとか言う名前だった。 ダンナの転勤で、関西に引っ越して、 ダイさんはパーティに同伴する女が、しばらくいなかったのだ。 3P写真を開く。 明菜のアナルには、宗男のペニスが もう一つの穴には、ヒトシのペニスが。 この写真は、ダイさんが撮った。 うまく撮れてるよ。 さすが、ダイさんだ。 ヒトシの女は・・・サヤカだったな。 オレの好みと違ったけど。 まあ、いろいろ抱いてみなくちゃね。 真壁は、坂下大樹が、明菜の義理の兄だということを、知らない。 大樹は、真壁が連れてきた女が明菜と知って驚いたのだが、 ほとんど顔に出さなかった。 明菜も、乱交パーディと知った上で参加した。 だから、大樹が淫らだと非難はできない。 大樹の裏切りを知って、 麻耶には黙っていることで、 明菜も共犯者になった。 それで、終わらなかった。 気分をほぐすための酒を、少しよけいに飲んで、 最後には、大樹と明菜もセックスをしたのである。 大樹は、妻の妹を抱き、 明菜は、姉の夫と交わった。 「明菜、久しぶりに、ダイさんに誘われてるんだ」 「ダイさん?」 明菜は、どきりとした。 「そう、ダイさん。ひさしぶりに、どうかって」 真壁は、ダイさんのパーティーを、心待ちにしていた。 明菜は、宗男から、その気持ちを何度も聞かされている。 ふたりのセックスが、マンネリになっているのではない。 明菜が、好奇心から乱交パーティに参加したばかりに、 乱交パーティの熱気にあおられて、3Pをしたばかりに、 姉のダンナとのセックスに燃えたばかりに、 宗男には、明菜は自分と同じように乱交パーティを楽しむと思っている。 快楽を求め、究めるために、 明菜と乱交パーティに参加することが、宗男には、ごく自然なことに思えた。 「ダイさん、女ができたんだ」 「え?」 「ほら、あのとき一緒だった女、リカコ、関西に引っ越しただろ?」 あの日、大樹が連れてきたのは、リカコという女だった。 「ほら、あの、フェラが自慢の女」 リカコは、フェラチオが得意だと、自慢したのだった。 自分で自分のことを「フェラ天使」といった。 自慢するだけのことはあったらしく、宗男も、ヒトシも、喜んでいた。 「で、新しい女ができたって」 「ふうん」 まさか、麻耶を連れてくるのでは・・・ それは、ありえない。 男たちが連れてくるのは、一時の女だ。 「アケミ、っていってたかな」 ……アケミ…… アケミ…… 知らない…… 「明菜、おまえ、ダイさん、気に入ってるんだろ?」 「え?」 ……なんてことを…… 「ダイさんとしてるときのおまえ、すごかったから」 真壁から、何度か聞かされていた。 「おまえ、夢中で、やってたから」 ……そんなに? そう、そうだよね…… ホントだ、ホントに、夢中になって…… 麻耶のダンナと、やった…… 麻耶に、負けたくない…… 麻耶なんかに…… 負けるもんか…… 「ダイさんたちと4人で?」 「いや、あとひと組」 「じゃあ、このあいだみたいに、6人で?」 「そうだ」 「その男のひと、どんなかな?」 「ダイさんが仲間に入れるんだ、ヘンなヤツじゃないと思うよ」 「だといいけど」 (5) そして、土曜日の朝である。 浩平は、窓を開ける。 さわやかな風が、吹き込んでくる。 坂下のほうの家で、鯉のぼりがあがっている。 浩平は、マンション暮らしだったから、 そんな思い出がない。 父親は、一泊二日の撮影旅行に出かけてしまった。 鉄道写真を撮りたいという会員たちと、山陰地方に出かけたのである。 麻耶と、ふたりきりだ。 向かいの、塩津家の寝室が、見える。 窓を開け、カーテンを開けてあるのは、 さわやかな風を取り込むためか。 ドアが開いて、帽子をかぶり、レインコートを着た男が、入ってきた。 浩平は、カーテンの後ろに身を隠す。 男は、カーテンを引こうとも、窓を閉めようともしなかった。 塩津夫婦のベッドをじっと見下ろして、何かつぶやいている。 男は、レインコートを脱いだ。 それを、ベッドの向こうに放り投げる。 コートの下は、素っ裸。 男は、股間にぶら下がっている真っ黒なペニスをしごいた。 見せつけるように。 亀頭から付け根へ。 男が握りこんだこぶしのあいだから、 猛々しく膨れあがった、ウルシ色の亀頭が突きだしている。 それは、ベルトで、腰に固定されている。 男は、帽子を取った。 ショートカットにした栗色の髪が、現われる。 乳房が、きゅんと突きだした男…… そう、本当は、股間に、ディルドーをつけた、女。 ペニスバンドとか、ジョイベルトとか、そんな名前の奇妙な装具。 ペニスが生えた、黒いパンティ。 女は、何かつぶやきながら、ベッドに上がる。 そこに、誰かひとがいるかのように、四つんばいになって、 ゆっくりと、腰を前後させる。 それから、腰のベルトをはずして、仰向けになり、 両ひざを立て、 股を開きながら、 股間に開いた肉穴に、 ディルドーを挿しこんで、 手首をグリグリ動かして、 オナニーを始めた。 美和は、ディルドーの感触を味わうように、腰をよじらせ、突き出し、 しだいに速度を速めながら、出し入れする。 かすかに、風に乗って、美和のあえぎ声が聞こえる。 浩平は、じっと見つめている。 いつの間にか、浩平の後ろに、麻耶が立っていた。 浩平の後ろに隠れるようにして、麻耶も美和を見ている。 「あ」 麻耶が、小さく驚きの声を出す。 美和の夫、安夫の車が、ガレージに入ってきた。 急用なのか、引き返してきたのだ。 玄関のドアに、鍵はかかっていなかった。 「あれっ?」 と、いぶかるしぐさをしながら、安夫は家にはいる。 浩平も、麻耶も、じっと、見ている。 美和は、オナニーにのめり込んでいた。 両手でディルドーを抜き差ししながら、 腰をクイクイと突きだす。 尻タブが、ぷりぷりうごめく。 淫らな汁に濡れた漆黒のディルドーが、てらてら光る。 安夫の車の音も、玄関のドアが開く音も、聞こえなかったのだろう。 美和が、まもなく絶頂なのか、 腰を浮かせ、 ディルドーで子宮を激しく突きながら、 尻をぶるぶるさせる。 美和のあえぎ声が、浩平の部屋まで、はっきり聞こえる。 寝室の戸口に現われた安夫が、 そこで足を止め、じっと見つめている。 美和が、いきまくり、それから、 かん高い悲鳴のような声を上げて、 ぐったりとベッドに横たわる。 ディルドーは、まだ穴にはさまったままである。 美和の腹が、上下して、 大きくイキをしているのが、はっきりわかる。 安夫は、美和のそばに行き、おおいかぶさっていき、 抱きしめ、キスをし、それから、二言、三言、言うと、 出て行った。 玄関から出た安夫は、鍵をかけた。 安夫の車が遠ざかるのを、浩平と麻耶は見送る。 寝室に視線を戻す。 美和は、こちらを見ていて、視線が合うと、かすかに微笑んだ。 (6) 浩平は、麻耶を抱き寄せた。 オヤジは、いかがわしい撮影会に出かけた。 表向きはまじめな人柄でも、 裏は、ドスケベオヤジ。 よその女と、いろんな女と、ヤッている。 山陰の鉄道写真撮影なんか、ウソに決まっている。 明日の夕方、帰ってくると言っていた。 それまで、麻耶とふたりの時間。 大好きな、麻耶と。 初対面の日、オヤジと3人で食事した日、 あの日からずっと、麻耶の姿が、頭を離れない。 一緒に暮らすことになるなんて、思ってもいなかった。 この家に越してきた日から、 麻耶の姿を見ると、 麻耶の声を聞くだけで、 胸が熱くなるのだった。 麻耶が、汚れたパンティをさりげなく浩平に触らせたあの夜、 浩平は、決めた。 〈完ぺき〉なカタチで、麻耶を手に入れよう。 麻耶が出かけているあいだに、何度も夫婦の寝室に入り、 麻耶の下着、衣服の匂いをかいだ。 麻耶の甘い匂いが、浩平の脳天を刺しつらぬいた。 このあいだは、とうとう、浩平は麻耶をマンションに連れ込み、 口づけをし、肌をなめ、 性器のひだの隅々まで舌を這わせて、 麻耶を味わったのだった。 〈完ぺき〉なカタチで、手に入れる、 準備は、できている。 (7) 朱美は、夫と息子が寝坊したので、いらだっている。 ふたりで宮崎に釣りに行く予定なのだ。 いつもなら、とっくに出発している時刻なのに。 きのう買ったゲームソフトに夢中になって、ふたりで夜更かししたのだ。 早く、出発してよ、と朱美は、焦る。 大樹と待ち合わせの時刻が、迫っているのだ。 「かあさん、宮崎、やめとくよ」 朱美は、血の気が退く思いをした。 「なによっ、いまごろっ!」 つい、かっとなってしまう。 朱美は、女ともだちと温泉に行くと、ウソをついている。 「かあさん、行っていいよ」 ふたりは、リビングで、ごろごろしている。 「かあさん、携帯、鳴ってるよ」 「わかってるっ!」 大樹だ。 「ごめん、ミナコ」 同級生の名前を、いい加減にいう。 「ダンナ、いるんだ」 「うん」 「無理かい?」 「だいじょうぶ」 「わかった、まってる」 朱美は、寝転がってる男ふたりをにらみつけながら、 「じゃあ、あたし、でかけるからね」 と言って、着替えをしに、寝室に行く。 化粧は、普段通りがいい。 上着も。 普段とちがう格好をして家を出たら、ご近所がどんなウワサを立てるか、わからない。 お向かいの亜希子さんは、とくに用心しておかないと。 「あそこの奥さん、ダンナを釣りに行かせて、浮気してる」 なんてウワサを広められたら、たまったものではない。 でも、下着は、思いっきり大胆なものを、 チェストの奥にしまい込んであるボックス。 夫には見せたことがない下着が納めてある。 大胆なカットの黒い下着を選ぶ。 ……急がなくちゃ…… 黒いパンティをはき、ブラジャーを着けたときだった。 ドアが開いて、夫が顔を覗かせる。 「いやだっ、いやらしいっ」 「なんだよ、亭主に向かって!」 「だって、いきなり開けるから、びっくりするじゃない!」 「なんだい、その下着」 「おしゃれでしょ?」 「なにが、おしゃれだよ、ケツは、半分見えてるし」 「ハイレグパンティくらい、知ってるでしょ!」 「チチだって、丸見えじゃないか!」 「デミカップっていうんだよぉ」 「スケベ下着つけちゃって」 「おしゃれだって!」 「だれに見せるんだよ!」 「ミナコたちだって!」 「女同士で、下着、見せ合うのかよぉ!」 「そうだよぉ、おしゃれしてくるんだよぉ」 黒いブラが透けてもいいように、濃紺のブラウスを着る。 スカートを取ろうとかがんだとき、黒いパンティに包まれた尻が、丸見えになった。 「淫売みたいだ」 「なによ、淫売だなんて」 「やめて欲しいね、オレは」 苦々しそうな顔をして、夫が向こうへ行く。 「なんの用なのよ?」 「いいよ!」 大急ぎで、バッグを持つと、玄関に向かう。 「駅まで、送るよ」 優しい夫は、朱美を平尾の駅まで送ったのである。 大樹の車が、駅前に停まっていた。 なにも知らない夫は、大樹のうしろに車を止めた。 朱美は、券売機まで行き、切符を買うフリをしながら、夫の車が走り去るのをまった。 それから、大樹の車の助手席に、乗り込んだ。 大樹は、片手でハンドルを握り、片手で朱美のスカートのスソをまくる。 黒いパンティ。 「娼婦みたいだ」 「もぉ」 パンティの上から、陰毛のあたりを撫でる。 「足、開けよ」 朱美は、素直に、足を開く。 大樹の指が、淫裂をなぞる。 朱美は、身をよじる。 キモチ、いい・・・ しだいに、パンティがしっとり湿り気を帯びてくる。 「ああっ、ああっ、ああっ、ああっ」 朱美が、そこをキュッと締め付けるたびに、蜜が流れ出す。 (8) 九鬼杏奈は、朝からご機嫌ななめだ。 坂下浩平を誘って、映画に行こう、と思っていた。 ……〈コンスタンティン〉なんか、浩平が気に入るかも、 キアヌ、見に行っても、いい、 と考えたのに。 で、誘ったら、あっさり断られた。 浩平が写真の講習を受けに行くというのだ。 お父さんに、一眼レフを買ってもらったのは、聞いていた。 ……夢中になってもいいけど だからって…… もう、まちきれないよ まちきれないから、ママにおねだりして、 ちょっとおしゃれな下着を買ってる こんなにお天気がいいのに、 講習会、一緒に行きたかったな…… おまえ、写真、興味ないだろ、写メール、撮ってなよ・・・ 浩平にバカにされて、むかついてもいた。 で、中場剛が、コンサートに誘うと、すぐにOKした。 ……だって、大好きな〈175イーター〉なんだもん。 そういえば、中場は、175イーターの TOSHIKICK に、 ちょっと似てるんだよね。 でも、ちっとも気分がよくならなかった。 なんで、講習会なんだよぉ! そんなモン、行かなくたって、いいジャンか! ナカバと、5時に待ち合わせている。 《マリリン・メッセ》の入り口Cのところ。 なんで、ナカバなんだよぉ! 浩平、〈175イーター〉嫌いだからな・・・ もぉ! なんで、ナカバなんかと、約束したんだろ! バカじゃないの、杏奈! やだっ! でも、〈175イーター〉には、会いたい! ばかっ! 浩平の、ばかっ!進む