麻耶の黒い下着(修正版) 第2回

沼 隆

おことわり: 登場する人物名、地名、団体名などは、
       実在するものと一切関係がありません。

登場人物  塩津美和 坂下家の隣人
      塩津安夫 美和の夫
      坂下大樹 アマチュア写真家 浩平の父親
      坂下麻耶 大樹の妻
      坂下浩平 大樹の先妻の子


(1)

福岡市中央区、桜木は、高台に広がる住宅地である。
筑紫平野や玄界灘が一望できる。
その一角に、塩津家の二階家が立っている。
塩津家は、夫婦、ふたり暮らし。
結婚10年を過ぎた。
子どもは、いない。
妻の美和は、月曜日から金曜日まで、パートに出る。
経理がわかるので、親戚の会社を手伝っているのだ。
夫の安夫は、コンビニ〈オールウェイズ〉平尾店のオーナー店長だ。
両親がやっていた酒屋を廃業して、フランチャイズに加入した。
そういうわけで、勤務時間が、あってないようなもの。
美和が、夫の体力と気力を支えているのだ。
美和は、毎朝、仕事に出かける夫を、玄関で見送る。

四月のある土曜日の朝。
「じゃあ、行ってくるよ」
「はい」
「キスしよう、美和」
安夫が抱き寄せたのか、美和が抱きついたのか。
「ああ」
美和が、甘いため息を漏らす。
「んん」
安夫の指が、美和の尻を、ぎゅううっと、ワシづかみにする。
「あうう」
美和のからだは、感じやすくなっている。
ゆうべ、久しぶりに、愛しあったからだ。
ふだんは、おとなしい美和の性欲は、
いったん、火がつくと、しばらく燃え続ける。
熱しにくく、冷めにくい、というヤツか。
唇を吸っただけで、尻をつかんだだけで、
たちまち燃え上がる。
女ざかり、当然では、ある。
ひとが見ているわけではないし、
ふたりだけの世界で、
どんなにいやらしいことをしても、
だれも文句は言わない。
夫が両手で美和の尻を左右に広げ、
スカートの上から、淫裂をぐっと押した。
「ああああぅう」
立っていられなくなって、美和は夫にしがみつく。
蜜が下着を濡らしていく。
夫の指が、尻から離れ、ふたりの密着したからだに割り込んできて、
陰毛がしげる場所を、ムニュウ、ムニュウ、ともむ。
「ああ、だめぇ」
熱く、甘く、せつないあえぎ声が、漏れてしまう。
夫の指が、部屋着の背中のボタンをはずす。
胸から引きはがされて、はらりと、足下におちる。
ブラジャーがはぎ取られ、乳房がむき出しにされる。
「ああん、だめぇ」
だめ、と言いながら、夫の口元に乳房を押しつける。
美和の頬は、上気して、朱に染まっている。
夫が、乳首を激しく吸いながら、パンティに指をかける。
美和は腰をくねらせながら、脱いでいく。
ひざまで引き下ろされたパンティを、自分で脱いで、足下に落とす。
全裸になった美和は、夫の腕の中で、高まり、あえぐ。
美和のほっそりとした指が、夫のズボンの前に触れる。
ペニスが、ビクンビクンと脈打っている。
美和は、しゃがみ込む。
夫のズボンのベルトに指をかけ、素早くはずす。
下着ごと、ズボンを引き下ろす。
ペニスが、ビンと飛び出してくる。
美和は、それをくわえ込んだ。
根元から先端へ、先端から根元へ、
舌と唇を使って、なめまわす。
美和の唾液で、ペニスがヌルヌルに濡れていく。
亀頭の先端は、ツユがついている。
にじみ出した、先走りだ。
美和の指が、夫の睾丸をもみほぐす。
夫は、ズボンを脱いで、廊下にほうる。
足下でペニスをすわぶっている美和を抱き上げた。
美和のそこは、あふれ出した蜜でぐしょ濡れになっている。
流れ出した蜜が太股の内側まで濡らしている。
両手を靴箱につかせると、夫は背後から美和に挿入した。

(2)

美和は、余韻を引きずっている。
ビデで後始末をして、下着を着けた。
すぐに、濡れてくる。
夫は、今夜も、遅くなる。
朝食の後片付けをしなくちゃ、と思いながら、
ちょっと横になりたい、と思う。
2階の寝室にはいると、大きなダブルベッドに倒れ込み、
うとうとしたのだった。

春の雨が、静かに降っている。
でも、空は明るくて、静かで、暖かい。
美和は、キモチがよくて、
うつらうつらしながら、右手を下腹に伸ばした。
部屋着の上から、恥丘のふくらみを撫でる。
すぐに、反応する。
身体の奥で、子宮がうずく。
キュッと、アナルを締めていた。
「お楽しみだね」
寝室の入り口に、男が立っていた。
美和は、ぎょっとして、からだがこわばる。
男は、ニタニタしながら、美和を見下ろしている。
「だれ?」
「キモチ、いいのかい?」
男は、美和の問いには、応えない。
「どこから、入ったの?」
美和の声は、かすれている。
「指が、止まってるよ、奥さん、続けなよ」
男は、濡れたレインコートを脱ぎ捨てた。
「あんた、どこから・・・」
「どこからって、奥さん、あんた、勝手口、開けといてくれたんだろ?」
男が、ベッドのわきまで近づく。
美和は、なんとか上体を起こす。
「続けなよ、奥さん、続けなよ」
「い、いやよ」
「朝っぱらから、セックスなんて、奥さん、あんたも、ダンナも、好きだねぇ」
「な、なによ」
「お出かけ前に、朝のイッパツ、か・・・」
男は、にやりとした。
「見てたよ」
「えっ」
「あんたと、ダンナの、セックス」
男が、片膝をベッドにのせる。
「いやっ、来ないでっ」
「立ったままやるなんて」
「やめてっ」
「玄関でさあ」
「来ないでよっ」
「後ろから突かれて、奥さん、キモチよかったんだね」
男のよれよれのシャツの胸元から、胸毛が覗いている。
「いく、いく、なんて、叫んじゃってさ」
美和は、後ずさりする。
「あんな、おっきな声、出したら、通りまで、聞こえるよ、奥さん」
「いやっ、来ないでよっ」
「オレのサオも、さっきから、立ちっぱなしでさぁ」
男は、シャツを脱ぎ捨てた。
胸から、下腹部にかけて、柔毛がびっしりと生えている。
「痛くてたまらねえよ」
男は、ズボンのベルトを解いた。
「見るかい?」
「いやよっ」
美和の声は、すっかりかすれて、もうほとんど声にならなかった。
「見なよ」
男が勢いよくズボンを引き下ろす。
猛々しい男根が、美和に向かって突き出された。
いきり立ったそれはどす黒く、膨れあがって、
テラテラと光っている。
美和は、汚らわしい者でも見たように、視線をそらす。
「さあ、奥さん、今度は、あんたが裸になるんだ」
「やめて・・・」
美和は両腕をつきだして、男を払いのけようとする。
ぎらぎらした男の目が、迫ってくる。
欲望をたぎらせた目が、美和を震え上がらせる。
男は、美和の部屋着の胸元を鷲づかみにして、
力いっぱい、引っ張った。
べりっ!
背中で、部屋着のボタンがはじけ飛ぶ。
ブラジャーに包まれた胸が、あらわになる。
男は、にんまりする。
それから、自分の唇を、べろりとなめた。
赤紫色の、ぶ厚い舌が、うごめく。
大きなナメクジが、グニャリと動いているようだ。
ネッチョリ、ヌッチャリ、
ヌラヌラ、粘液を分泌しながらうごめく軟体動物。
「いや、いや、いや」
美和は、両腕で、胸を抱え込むように身体を丸める。
男の、節くれ立った指は、部屋着をやすやすと引き裂く。
ぼろクズになった部屋着を、男は部屋の隅に放った。
美和は、男の視線からかばうように、いっそうからだを丸める。
男が、ベッドにゆっくりと上がってくる。
靴下以外、何もつけていない、男。
胸も、腹も、腕も、足も、背中も、濃い体毛におおわれている。
その男の下腹部に、いきり立った男根が、鎌首をもたげて、脈打っている。
男の指が、ブラジャーをつかんだ。
「あっ」
「奥さん、あんた、ホントに、いいからだ、してる」
ブラジャーが力任せに引きはがされて、背中が激しく痛む。
男は、いきなり乳房に吸い付いてきた。
両足をくの字に曲げて、男を押しのけようと、美和はもがく。
ひざが、男根を蹴っても、男は平気だった。
音をたてて乳房を吸う男の顔を、
美和は両手で押し返そうとするが、びくともしない。
男の足の指が、パンティにかかり、グイッと引きずり下ろされた。
男根が、美和の下腹部を突く。
「いやぁ」
美和は、両手で男の柔毛におおわれた胸を押し返そうとする。
野獣の身体に触れた感覚に、美和は震え上がる。
男は、ニタリとする。
男が、キスをしようと唇を近づける。
美和は顔をそらせようともがく。
しかし、男の唇は、しつこく追ってくる。
ちゅぷ
男の唇が、美和の唇をとらえる。
べったりとはりついて、美和を逃さない。
男の唇が、美和の唇を無理矢理に押し開き、
それから、あの舌先で、美和の歯茎を、唇の裏側を舐めまわす。
美和は、歯を食いしばる。
男は、かまわず、なめ続ける。
男根が、毛むくじゃらの下腹部から突きだした猛々しい男根が、
美和の太股をズルズルとはい回る。
男は、美和の唇を、ジュルジュルと音をたてて吸いながら、
両腕と両足で、美和のからだをがっしりと締め上げる。
男の両腕も、両足も、柔毛でおおわれていた。
それが、美和の柔らかい肌をこする。
美和の両手は、シーツをしっかりとつかんでいる。
(どうしたら、逃げられる、どうしたら、いい?)
美和は、男から視線をそらせた。
「お、ねがい」
「ん?」
「おねがいだから、ひどいこと、しないで」
男は、にやにやしながら、美和を見つめる。
「殺したりは、しないさ、奥さん」
「ひっ」
「殺したりしないから、安心しなよ、奥さん」
殺す、と言う言葉に、美和は、震え上がる。
「殺したら、あんたと、やれないだろ、えっ、奥さん」
美和のゆるんだ口に、男の舌が割り込んできた。
そして、ネットリと舌をからませてくるのだった。
男は、美和の舌を、ほほを、うわあごを、
ネチャネチャと、なめまわした。
舌の裏側をなめられて、美和は、身震いした。
太股が、ひんやりする。
男の先走りが、太股を濡らしたのだ。
男の足が、美和の足を開かせる。
「いやっ」
「ふふ」
「いやっ、いやっ、ね、ね、おねがい、やめて」
「ふふ」
「あ」
亀頭が、淫裂に分け入る。
肉の入り口を探るように、はい回る。
「だめっ」
男の手が、美和の尻をつかむ。
「いやっ」
亀頭が、入り口を見つける。
「ねっ、ねっ、ねっ、おねがい、やめてっ」
男は、美和の尻を引き寄せ、亀頭を埋め込んだ。
「いやぁぁぁぁ」
男は、美和の抵抗を楽しんでいた。
押し出そうとして締め付けてくる美和の肉の締まりぐあい、
逃れようと腰をうごめかせる美和の肉のねじれぐあい、
それが、男根を締め付け、ねじ上げ、男の快感を高めてゆく。
美和は、必死にもがく。
もがけばもがくほど、男の腕に抱きしめられてゆく。
男の体毛に、顔も、乳房も、腹も、下腹部も、腕も、足も、こすられる。
「おねがい、だして、だして、おねがい」
「ああ、だしてやるよ、たっぷりな」
「ち、ちがう、ちがう」
「精液、たっぷり、出してやるよ」
「いやぁ」
亀頭が押し広げた肉穴に、じわっ、じわっ、と男根が埋め込まれてゆく。
美和は、なんとか、押し出そうと、もがき続けた。
必死だった。
こんな男のものを、入れさせるわけにはいかない。
汚らわしい、男。
しかし、押し出そうと締め付ければ締め付けるほど、
男根の太さ、堅さを思い知らされ、
腰を動かせば動かすほど、男根にかき回されて、
恐怖とは裏腹の、肉の感覚が目覚めてくるのだった。
どうしたことか、美和のそこは、まるで男を待っていたかのように、
濡れそぼち、それどころか、男の侵入を迎え入れようとするかのように、
口を広げたのである。
「奥さん、したがってるよ」
「え?」
「奥さんの、ここ、したがってるよ」
「うそよっ」
「ほぉら」
美和は、男根を押し出そうと、膣口を締める。
太くて、堅いものが、はさまっている。
「ああ」
「ふふ」
美和のからだは、言葉を裏切っている。
言葉では、拒んでいるのに、
からだは、男根に広げられる快感に、悦んでいるのだった。
男は、ゆっくりと腰を沈める。
男根が、ズブズブと、美和のからだの奥に、埋め込まれてゆく。
広げられ、挿しつらぬかれて、
美和のからだは、いまでは、喜悦にうずいている。
キモチよくて、たまらないのだ。
男をもっと奥まで迎え入れようとするかのように、
両膝をたてて、腰を突き出すのだった。
シーツをつかんでいた美和の指は、男の背中に回っている。
そこも、柔毛におおわれている。
この、全身絨毛だらけの野獣に、美和は組み伏せられ、挿し込まれて、
しかも、しっかりと抱きついているのだった。
ベッドが、ギシギシときしみ続ける。
いつのまにか、男の腰の動きにあわせて、美和も腰を動かしていた。
得体の知れない男に犯されているのに、
からだは、突いてもらおうと、腰を突き上げる。
深い突きをむさぼりたくて、腰をひく。
突いては、退き、突いては、退く。
突きあい、退きあう。
美和の肉穴は、男根の長さを味わい、しゃぶる。
美和は、目を閉じている。
頭の中が、真っ白になっていく。
穴は、蜜をしたたらせている。
男根に掻きだされた蜜が、淫裂からしたたって、シーツに染みを広げていく。
ベッドのきしむ音。
ブチュブチュという蜜があふれる音。
肉と肉がぶつかり合う音。
ハッ、ハッ、ハッ、ハッ・・・
男の規則正しい呼吸音。
ん、ん、ん、ん・・・
美和の鼻から漏れる呼吸音。
かすかな雨音。
やがて、美和は絶頂を迎える。
「あああああああああ・・・」
悲鳴を上げながら、美和は達し、ぶるぶると腰を震わせる。
男根を、精液が吹き出していく脈動を感じながら、美和は、気を失った。

(3)

美和は、ベッドに横たわったままである。
大きなダブルベッド。
その真ん中に。
大の字になって。
素っ裸だ。
からだが、熱く火照っている。
疲れて、ぐったりしている。
あの男との、長く、激しいセックス。
挿入して、果てるまで、あの男は、どれくらい時間をかけたのか。
男が残していった、快楽の痕跡が、
からだ中に残っている。
とりわけ、腰のあたりが、クタクタだ。
目を開ける。
天井が見える。
昨夜、久しぶりに夫とセックスして
美和のからだに火がついた。
からだの奥で眠っていた性欲の種火が、
真っ赤に燃え上がり、
今朝、仕事に出かける夫を求めてしまい、
それから、あの、いやらしい男のものを、
受け入れてしまったのだ。
犯されたと言っても、
からだは、悦んでいた。
溜め息をつく。
思い出しただけで、濡れてくる。
静かだ。
うちの中には、誰もいないはず。
あの男は、出て行ったはず。
欲望を満たして。
あたしを、犯して。
通りを走る車の音が、ときおり聞こえる。
タイヤが、濡れた路面をこする音。
雨が、静かに降っている。
ベランダに顔を向ける。
ガラス戸越しに、空が見える。
薄ねずみ色の、明るい空。
静かに雨が降り続く。
「こぬか雨」
美和は、この柔らかく暖かい言葉を思い出す。
視界の隅で、何かが動く。
美和は、ハッとする。
隣の家の窓。
こちらをじっと見つめている人影があった。
(あっ)
美和は、からだを硬くする。
しかし、疲れ切っていた。
激しい性交で、体中がくたびれ果てていた。
起きあがりたくても、身体がいうことをきかない。
目が慣れて、人影が、はっきりする。
浩平だとわかった。
(浩平くん、じっと、あたしを見てる)
(恥ずかしい)
でも、からだは動けそうになかった。
いや、動きたくなかった。
疲れ切った身体で、このまま、じっとしていたかった。
(さっきの、浩平くんに、見られたのかなあ)
あのいやらしい男を拒まなくてはいけなかったのに。
拒み通すことができなくて、それどころか、
肉欲に溺れてしまい、自分からはしたなく腰を使い、
とうとう、みだらな叫び声を上げてしまった。
恥ずかしくて、たまらない。
でも、見つめる浩平の視線から
からだを隠す力が、出てこない。
浩平の視線が、美和の胸をなめ、腹を這い、下腹部を這い、
陰毛を見つめ、ゆっくりと足先に下りていく。
美和の足先が、ぴくりとする。
浩平の強い視線に、犯されているみたいだ。
足先から、再びはい上がってきた視線が、
美和の三角デルタを穴が空くほど、見つめる。
美和は、気がついた。
浩平が、両手でつかんでいるものに。
カメラだ。
(ああ)
(浩平くん、撮ったの?)
(撮ったのね)
(ああ、なんということ!)
(あの男と、したことが、ずっと、撮られていた)
(あの、汚らわしい男との、忌まわしい性行為が・・・)
(浩平くん、あたし、無理矢理・・・)
(犯されたのよ!)
浩平は、無表情に、美和を見つめたままだ。
美和は、のろのろと起きあがる。
浩平の姿が、部屋の奥に消える。
美和は、動揺し、身体も冷めきっていて、
何も考えられなくなって、
立ち上がり、下着を着けた。

リビングに下りて、ソファに倒れ込んでいた。
(どうしよう)
電話の呼び出し音が鳴る。
「もしもし」
「・・・・・・」
「もしもし」
「・・・・・・」
いたずら電話か。
「もしもし」
「オレ、浩平ですけど」
「こ、浩平くん」
「ちょっと、ウチに来ませんか」
「え」
「ウチに来ませんか」
「でも」
電話が切れた。
ウチに来ませんか、と言う浩平の声には、
ウチに来い、と命令する口調がこもっていた。

「お母さんは?」
「出かけてる」
そうだった。
麻耶さんは、土曜日の午前中は、
スポーツクラブに行っているはず。
「浩平くん・・・ひとり?」
「そうだよ」
「お母さんの留守中に、あがれないよ」
「気にしなくて、いいよ」
「でも、浩平くん、ひとりなんでしょ?」
浩平が、何をたくらんでいるのか、美和は見当が付かない。
いずれにしても、あの場面を写真に撮ったからには、
何か、たくらんでいるのだろう。
「麻耶、お昼過ぎまで帰ってこないから」
美和は、浩平が、〈麻耶〉と呼び捨てにすることに、驚いた。
「あがんなよ」
ぞんざいな口のききかた。
自分が優位に立っていることを、思い知らせようというのか。
美和は、サンダルを脱いだ。
2階に上がっていく浩平のあとを、追う。
「浩平くん、あの・・・」
何を話せばいいのか。
声をかけてみたものの、言葉が続かない。
浩平は、美和の言葉に応えようともしない。
浩平の後について、部屋にはいる。
窓の向こうに、美和の家の寝室が見えた。
カーテンが閉めてある。
あのベッドは、ベージュ色のカーテンの向こうに、隠れている。
ベッドから起きあがった後、カーテンを引いたけれど、手遅れだ。
浩平のデスクの上に、ノートパソコンがあって
「あっ」
美和は、声を上げていた。
ついさっき、ベッドでしたことが、
画面いっぱいに広がっていた。
浩平が、アイコンをクリックするたびに、
写真が次々に変わっていき、
行為の始まりから終わりまでを写したおびただしい数の写真を、
見せられたのである。
美和は、みだらな顔をして、恍惚の表情を浮かべて、
聞こえないけれど、この写真のあたりでは、
はしたないあえぎ声をあげていたはず。
「浩平くん」
「脱いで」
「え」
「脱いで」
「だめよ」
「脱げって」
「浩平くん、こんなこと、いけない」
まるで、母親のような口調で言ってしまう。
「そか・・・じゃあ、帰って、いいよ」
浩平のまなざしには、かすかに怒りが浮かんでいる。
「帰れよ」
美和は、ブラウスのボタンをはずしていく。
ためらっていると、浩平にブラウスの胸を開かれる。
「ね、浩平くん、だめだよ、こんなこと」
「スカートも」
浩平ににらみつけられて、腰のフックに手をやる。
「浩平くん、あたし、恥ずかしいよ」
恥ずかしい、と言うより、美和は怖くなっていた。
怖くなって、いつの間にか、浩平に命じられるままにしている。
「寝て」
「えっ」
「ベッドに、寝て」
下着姿になった美和は、浩平のベッドにあがる。
浩平が、シャッターを切る。
「だめ、だめよ、浩平くん」
美和は、カメラに向かって両腕を突き出しながら、ベッドから下りようとする。
浩平は、シャッターを押し続ける。
カメラを奪おうとする美和を、浩平は突き飛ばした。
美和は、ベッドに倒れ込む。
「脱げ」
「・・・・・・」
「脱げ」
「・・・・・・」
「ブラジャー、取れって!」
浩平は、語気を荒げる。
美和は、カメラを構える浩平をにらみつける。
「写真、撮って、どうするの?」
「どうって?」
「だから、写真、どうするの?」
「どうもしないさ」
美和の胸の内を見透かしたように、浩平は冷笑を浮かべる。
「ただ、オバサンの写真を撮るだけだよ」
「オバサン、って・・・・・・」
浩平が、ふふっ、と笑う。
「塩津のオバサン、早く、ブラジャー、取ってよ」
美和は、両腕を背中に回して、ブラジャーのフックに指をかけるところだった。
こんな時に、美和は、「オバサン」という言葉に腹が立っていた。
むしょうに腹が立っていた。
「じらせるんじゃ、ねえよ!」
浩平が、家中に響き渡るような大声を出した。
美和は、震え上がり、ブラジャーをはずす。
浩平は、シャッターを押し続ける。
何枚撮られたことだろう。
浩平がシャッターを押すたびに、フラッシュが光る。
シュパッ、シュパッ、シュパッ・・・・・・
「それも、脱いで」
「いやよ」
「自分で、脱ぐんだ」
「いや」
浩平の指が伸びてきて、美和の左の乳首をつまむと、力いっぱいヒネリあげた。
「ぎゃっ」
浩平は、容赦しなかった。
逃れようとする美和の腕をはねのけて、
もう一度乳首を力いっぱいヒネリあげた。
「いたいっ! やめてっ!」
美和の目に、涙がにじむ。
左の乳首が、ズキズキ痛む。
のろのろと腰を浮かせると、パンティを脱いだ。
パンティを握った手で、股間を隠す。
浩平は、美和の手をはねのけて、パンティを取り上げ、部屋の隅に放った。
それから、美和は浩平のベッドの上で、浩平が命じるままに、
大股開きや、四つんばいや、恥ずかしいポーズをとらされて、
階下の時計が、正午を知らせる時を打ち始めると、
浩平に命じられて、服を着たのだった。
下着・・・
ブラジャーとパンティは、浩平が握っていた。

(4)

美和は、リビングのソファーに倒れ込むように座って、
浩平があの写真をどうするのか、
これから何をしようというのか、
ただただ気持ちが動転しているのだった。
隣の家のガレージに、車が入ってくる音がして、我に返る。
麻耶が、帰ってきたのだ。
行って、浩平がしたことを、話そう。
立ち上がろうとしたとき、携帯が鳴った。
夫からだった。
「美和、今日、章子のヤツ、来ないんだよ、さぼりやがってさ、あいつ、クビだ」
「・・・・・・」
「章子、クビにするからね」
「・・・・・・」
美和は、浩平がしたことを、夫に話そうと思った。
「どうした?」
「あの・・・」
「あ、お客さんだ」
電話が切れた。
切れたと同時に、携帯が鳴る。
「坂下麻耶」と表示されている。
「美和さん、お昼ご飯、すんだ? 私たち、これからなんだけど、一緒に、どう?」
・・・・・・私たち、って・・・・・・
   浩平くんも、一緒、ってこと?・・・・・・

「いらっしゃい」
美和を玄関に出迎えたのは、浩平だ。
ついさっき、この家の2階の部屋で、
いかがわしいことをさせられた。
美和は、浩平をにらみつけてしまう。
浩平は、口元に笑みを浮かべている。
「いらっしゃい、美和さん」
「こんにちは、摩耶さん」
麻耶に、どう話したらいいか、美和は迷っている。
ダイニングテーブルに、麻耶が買ってきた総菜が並べられていく。
浩平が、食器を並べる。
「〈サモワール〉のピロシキ、買ってきたんだよ」
「おいしそう」
きつね色をしたピロシキは、本当においしそうだ。
「ビール、飲むでしょ?」
麻耶が、缶ビールを冷蔵庫から取り出しながら言った。
美和は、うなずいていた。
美和の向かいに、浩平が座る。
ピロシキと、アスパラガスのサラダと、
むしゃむしゃと頬ばりながら、他愛のない話が続く。
「あ、そうだ」
「どうしたの、浩平くん?」
浩平は、立ち上がり、ティッシュで指を拭う。
それから、2階の自分の部屋に行き、すぐに戻ってきた。
手には、白い女性の下着が。
「これ、オバサンのでしょ?」
美和に向かって、差し出す。
さっき、美和からはぎ取った下着。
「浩平くん、どうしたの、それ?」
麻耶が、訊ねる。
「オバサンのウチから飛んできてサ」
「なによ、早く、返してあげなくちゃ」
「つい、うっかり・・・・・・」
美和は、ひったくるように浩平から下着を取り返すと、
そのうろたえた動作を、麻耶がどう思ったか、突然不安になって、
「こ、浩平くん、ありがとう」
礼を言ってしまい、礼を言った自分に腹が立った。
「返すの、遅くなって、ごめんなさい」
浩平が、にこりとした。
それから、麻耶に気づかれないように注意深く気を配りながら、
口元に右手を持っていき、そろえた人差し指と中指を、
ゆっくりとV字の形に広げていった。
美和は、それが、どういう意味か、わかった。
さっき、カメラの前でさせられたこと。
レンズに向かって、大股開きをし、浩平が命じるままに、
右の人差し指と中指で、淫裂を広げていき、
最後には、両手の指で、肉穴を大きく広げさせられたのだった。
何か、言いたげな様子の美和に、浩平が激しい視線で見つめる。
冷酷で、残酷な視線。
さっき、いやというほど思い知らされた。

(5)

美和は、ひとりで夕食をすませて、シャワーを浴びる。
左の乳首に、熱い湯がしみる。
今朝、浩平がヒネリつぶした痕だ。
触ると、うずいた。
土曜日の夜、夫は、深夜まで店にいる。
夫に、どう話したらいいのか、あれこれ考えている。
携帯が鳴って、未登録の番号からだった。
「もしもし」
「こんばんは」
「はい、どなたですか?」
「浩平です」
「浩平くん」
「麻耶の携帯で、番号、見ちゃいました」
「なんなの?」
「怖い声、出さないでください」
「なんなの?」
「いま、オバサンの写真、見てるところです」
「いやらしい」
「オバサン、きれいですよ」
「なによ」
「オバサンが、こんなに綺麗だなんて、知らなかった」
「写真、返してよ」
「返すって、デジカメ写真ですよ」
「だから、返してよ」
「返すもなにも」
「どうするつもり?」
「どうもしません」
「なによ、それ!」
「だから、オバサンが困ること、しませんって」
「どうしたいの?」
(浩平は、あたしとエッチしたいのだろうか)
「お父さんに、言いつけるわよ!」
「・・・・・・」
「ねぇ、お父さんに、言いつけるよ、あたし、本気だよ!」
浩平の沈黙が続く。
脅しが、効いたのか。
「返事、しなさいよ!」
「ババア、おまえの写真、ネットで、ばらまいてやるからな」
電話が、切れた。

一刻の猶予も、なかった。
美和には、選択肢がなかった。
ネットに流されたりしたら、おしまいだ。
浩平に、携帯をかけ直す。
「浩平くん」
「・・・・・・」
相手は、無言のままだ。
「浩平くん、なにをすればいいの?」
「・・・・・・」
「浩平くんの、いうこと、聞くから」
「・・・・・・」
「写真、誰にも見せないで」
「・・・・・・」
「浩平くんの、いうこと、聞くから」
「・・・・・・」
浩平が、大きく吸いこんだ息をゆっくり吐き出す音だけが聞こえる。
「なんでも、する」
「・・・・・・」
「なんでも」
電話が切れた。
リビングから、隣家の2階を見上げる。
浩平の部屋の明かりがついている。
浩平は、あそこにいるのだ。
あそこにいて、こちらの様子をうかがっているのか。
美和は、2階に上がっていった。
寝室の明かりをつける。
カーテンを開ける。
浩平の部屋が見え、デスクの前に座った浩平が、パソコンに向かっている。
美和は、リダイアルを押す。
浩平の携帯が、点滅する。
数秒、表示を見つめた後、浩平はゆっくりと携帯を開いた。
「もしもし」
「・・・・・・」
「浩平くん」
浩平が、ゆっくりと美和に顔を向ける。
窓越しに、向かい合った。
「まだ、やってないよね」
「・・・・・・」
「まだ、ネットに・・・」
浩平は、美和を見つめたままだ。
無表情で、その目からは、なにも感じられない。
「なにをしてくれるの?」
「なにって」
「だから、なにをしてくれるのかって」
「なにが、したいの?」
「ちがうだろ、なにをしてくれるかって、そう言ってるんだよ」
「え、え、エッチ・・・」
「・・・・・・」
「エッチ、したいの?」
「ふん」
浩平が、鼻先で、笑った。
浩平が、携帯を切ろうとしたときだった。
「待って!」
美和は、叫んでいた。
向かいの家の浩平に届くほどの声で、叫んでいた。
浩平は、美和に顔を向けたまま、
携帯を閉じて、机の隅に置いた。
美和は、浩平を見つめながら、着ているものを脱ぎはじめた。
部屋着を脱いで、下着姿になったとき、
浩平は、ちっ、と舌打ちをした。
美和は、ブラジャーをはずす。
乳房がこぼれ出す。
浩平が、見つめている。
突然、浩平が、後ろを振り返り、自分の部屋の入り口に向いた。
ドアの外のひとに向かって、浩平が何か言っている。
美和は、あわててしゃがみ込んだ。
(麻耶さんか、ダンナさんに、見られる・・・見られたく、ない・・・)
ドアが開く音がして、話し声がかすかに聞こえて、それからドアが閉まった。
美和は、部屋着で胸を隠すようにして、おそるおそる顔を上げる。
浩平の部屋の明かりが消えていた。
美和は、溜め息をついて、ベッドに倒れ込んだ。
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