「真夜中の図書室」作品

レッスン  第3回 (完結)

沼 隆

第6章

鳥越妙子の目の前に、サン・ジェルマン・デ・プレ教会がある。
広場の反対側にあるカフェ《ドゥ・マゴ》のオープンテラスに、座っている。
この時季には、ガラス戸が立てられて、屋内と変わらず、寒さを感じない。
妙子は、この店の名前と由来が気に入って、経営する喫茶室に同じ名前を付けている。
ゆうべパリに到着して、マレ地区の中心ヴォージュ広場の北側にあるこぢんまりとした優雅なホテルに一泊し
た。
そこは、夫の鳥越朝人の定宿である。
経営するブティックであつかう衣料品の仕入れに来るときに利用している。
一度だけ買い付けに同行した妙子も気に入って、パリを訪れるたびに宿泊してきた。
目覚めると時計は7時を指していたが、この時季、パリの夜明けは遅い。
教えられていた番号に電話をして、待ち合わせの時刻を決めたのだった。
場所を言う必要はなかった。
このカフェに決まっている。
約束の時刻より少し早めに着いて、からだを温めようと、熱くしたワインをオーダーした。
広場を横切って、越智翔が足早に近づいてくる。
防寒着の襟を立て、ちょっと前かがみになって…厚手の書物を小脇に抱えて…
妙子に気がついて、軽く右手を上げる。
学生時代、ターミナルで待ち合わせて、近づいてくる越智が見せたしぐさだ。
…ちっとも、変わってないね…
越智は、この場所から程近いパリ第2大学に来ている。
2度目の留学だった。
…翔、このまちに溶け込んでるよ
このまちが、カルチェラタンが、翔の肌に合っている、そう思う。
院生のとき、最初の留学でここに来て、そのときも、妙子はここで待ち合わせをして…
「待った?」
「ううん」
「グラス。空になってるじゃない」
「ふふ…いいの…この場所、好きなんだ」
「お昼、どうする?」
「翔は?」
「一緒に食べるつもりで…」
「じゃあ、どこかにつれてって」
「ああ」

「いい部屋じゃない?」
「ああ」
「広場が見える」
「静かだろ」
「うん」
「この辺、古い町並みだから」
「ねえ」
「ん?」
「…脱がせて」
越智は妙子のワンピースの背中のボタンをひとつずつ外していった。
うなじから下ってゆく白い柔肌に、越智は口づけをする。
スリップの肩紐が越智の目に入る。
ピンクにグレーが混じったような、サーモンピンク色の下着。
それは、5年前、このまちに越智を訪ねてきた妙子と、記念に買い求めた下着。
キャピュシーヌ大通りをオペラ座に向かって右手に少しはいったところにある、ランジェリーショップだった。
妙子は、あの時買った下着を身に着けていた。
ブラジャーも、パンティも、ガーターベルトも。
5年前、学生用の狭いアパートのベッドで互いのからだをむさぼった記憶が蘇り、つながった。
二人は、激しく唇を吸い、からだをまさぐりあい、性交した。

「何か作ってあげる」
「冷蔵庫、空っぽだ」
「…ほんと」
「食べに行こう」
「おいしいもの、作るよ…買い物に行こう」
からだに、セックスの余韻が残って気だるく、暖かい。
午後5時だというのに、もう日は落ちて街路灯が通りを照らす。
妙子は越智に腕を絡ませる。
越智は妙子が少女のような表情をしているのに驚いた。
無邪気な笑顔。
年齢を感じさせない。
…そう、ぼくたちは、32
…学生時代、一緒に暮らしたワンルーム
…こうやって、一緒に買い物に出かけた
立ち止まる。
見上げる妙子と目が合う。
抱きしめて、唇を重ねる。
狭い歩道の上で、ときおり通りかかる通行人は、二人をよけて車道に降りる。
妙子は、越智と舌を絡ませる。
…来て、よかった…翔に、話せるかも…
肉屋、八百屋、チーズ屋、ワインショップ、パティスリ…
妙子は越智が止めるのも聞かないで嬉々として買い物を続け、両腕いっぱいに紙袋を抱えて、越智のアパルト
マンに戻った。

「ねえ」
「ん?」
「翔の勉強の邪魔、したくないけど、どこか、地方に連れて行って」
「地方って?」
「田舎」
「…」
「ふたりっきりで、過ごせるところ」
「ああ」
「いや?」
「どこに行きたい?」
「どこでも…」
「どこがいいかな…」
「だめぇ、指、止めちゃ…」
「ああ…ロワールは?」
「んんっ…うん…ああっ…まかせる…・んっ」
「ロワールの渓谷に沿って、きれいなシャトーがいくつもある」
「んん…ああ…ああん…」
「小さな村のどこかきれいな宿に泊まろう」
「ああ…あああっ…いい…いいっ…」
「アンジェの町は、お城がきれいだけど」
「ああ…ね、ね、乳首…噛んで…」
「きみの気に入る場所で、過ごそう」
「ああ…ああ…いたいっ…いや、いや…やめちゃ、いやぁ…」
「…」
「ねぇ…ねぇ…入れて……んん…んん…ああ…ああ…いいっ!」

朝食を済ませて学校に出かける越智を戸口で見送る。
手を握り、抱きしめ、キスを交わす。
階段を下りていく越智の後ろ姿が見えなくなって、扉を閉める。
午前中、妙子はホテルをチェックアウトして、ここに移ってくる。
帰国まで、わずか3日間、二人だけの時間を過ごす。
答えを見つけたい。
妙子はそう願って、ここに来たのだ。

オンブラージュの村の小さな旅館が気に入って、そこに宿泊することにした。
日本人の客は初めてだといって、主人夫婦が嬉しそうに迎え入れてくれた。
質素だが主人夫婦の気持ちがこもった手入れが行き届いた部屋。
大きなダブルベッド。
主人が、新婚か、とたずねた。
「ウィ」
妙子がこたえる。
ここを起点にして、昼間はシャトーを見物した。
シュノンソーは川面に映る城館の姿が美しくてあまりにも有名だが、冬の寒空のしたでも、熱いふたりには華
麗に映えた。
同棲時代のように、5年前のように、だれにも邪魔されず、だれのことも気にかけず、散策し、食事をし、セ
ックスをした。

寝返りをうとうとして、越智は両手首が何かで縛られているのに気づいて目を覚ました。
ベッド脇のランプが部屋をぼんやりと照らし出している。
手首は、スカーフで、ベッドの金具に縛り付けられていた。
じっと見つめている妙子に声をかけようとすると、妙子の唇がふさぐ。
妙子は、越智の乳首を吸う。
細くしなやかな指先が、肉棒をつかみ、そっとしごき始める。
身動きが取れないまま、越智は妙子の愛撫を受ける。
妙子の舌が下腹部に下がっていき、少しずつ膨らみはじめた肉棒を迂回して太ももに這うように進んでいく。
妙子は、越智の両足のあいだに顔を滑り込ませ、柔らかな内腿を嘗め回した。
肉棒は十分な硬さに膨れ上がり、直角に屹立している。
妙子は、先端のしずくを味わうように舐め取ると、膨れ上がった亀頭をくわえ込む。
茎の部分をつかんだ右手に、しごきたてられ、亀頭をすわぶられて、越智は、うめき声を漏らした。
妙子の左手は、さおの付け根に張り付いている袋をいつくしむように触っている。
妙子の巧みな舌使いに、越智は樹液を噴出したくなっている。
見透かすように妙子は肉棒を口から出すと、起き上がって越智の胸にまたがる。
濡れそぼつ肉の裂け目を越智の鼻先に突きつけた。
ぱっくりと開いたそこは、充血して赤味を増しており、湧き出した淫水に濡れて、てらてらと光っている。
裂け目を縁取る黒い茂みは、しずくに濡れて、肌に張り付いている。
「…舐めて」
「…」
「ねぇ、舐めてよぉ…」
「…どこを」
「…いじわる…」
越智がからかうような目で妙子を見上げる。
「翔が大好きなところ…」
「乳房…?」
「ううん…ここ…ここよぉ…」
妙子は腰を沈めると、越智の口元に、淫水を滴らせている裂け目をぐりぐりとこすりつけた。
「うっ…」
越智は、口をしっかりと閉じる。
「ああん…もお…」
「どこを舐めて欲しい?」
「…」
「どこでも、妙子が舐めて欲しいところを言えよ」
「そこよ…」
「どこ?」
「…おマンコ」
越智の舌が、淫裂をひと舐めする。
「ああ…」
それから、襞の隅々を味わい尽くすかのように舐めまわした。
「ん…んんっ…」
そこから広がる快感に、妙子は腰をよじる。
舌先が、肉の壺に侵入すると、淫水が湧き出してきて、越智の口のはたをべとべとに濡らす。
「ああ…いい…いいっ…」
妙子は、ベッドの真鍮製の柵にしっかりとつかまって、尻をわなわなと震わせながら、越智の舌に淫裂をこす
りつける。
「これ、はずしてくれよ…手が使えない…」
「だめぇ…だめよぉ…」
「ふふ」
越智の舌がクリトリスをこすり上げる。
「あうぅ…」
中腰でいられなくなって、妙子は越智におおいかぶさるように倒れこむ。
濡れた淫裂を、越智の腹にごしごしとこすりつけ、膨れ上がったクリトリスが受ける刺激に尻を痙攣させた。
自分の淫水を浴びてぐしょ濡れになっている越智の唇を音を立てて吸い、ああ…ああ…、とすすり泣く。
はあ、はあ、という荒い息が少しおさまりかけると、上体を起こした。
前かがみになりながら、怒張している肉棒を握ると、淫裂にあてがう。
先端が、肉の通路を広げながら、侵入する。
妙子は、ゆっくりと腰を沈めていく。
節くれだった肉棒を味わうように少しずつ自分のからだにおさめていく。
背筋をピンと伸ばすと、肉棒の先端が肉鞘の奥深くにずぶずぶと侵入し、子宮を突き上げた。
「あはぁ…」
妙子は両手を越智のわき腹につき、それからゆっくりと腰を前後に動かし始める。
そこにクイクイと力を加えるたびに、肉棒を締め付けたり、緩めたりする。
陰毛に縁取られた肉襞が、まるで肉棒をしゃぶる唇のように見える。
貪欲にむしゃぶりついて軟体動物のようにクニュクニュとうごめく。
妙子の腰の動きに合わせるように、越智も腰を使った。
下から、子宮を刺し貫けといわんばかりに突き上げる。
妙子の腰の律動が次第にピッチを上げていき、上体を震わせ髪を振り乱して高まっていった。
「ああああああっ………」
越智のからだから精液が吹き上がるのと合わせるようにして、妙子も絶頂に達し、大きな愉悦の叫び声を上げ、
越智の胸に倒れこんだ。

「翔、帰りたくない…」
「…」
「翔といっしょに暮らしたいよ」
「きみは、夫がいるんだよ」
「いや」
越智の手首をベッドに繋ぐ戒めは解かれ、妙子は越智のうでの中にいる。
「嫌いなの? あたしのこと…」
「…」
「ねえ、あのころみたいに、一緒に暮らそうよ」
「鳥越さんと、うまくいってないの?」
「…朝人、あたしがだれを愛してるか、気がついたのよ」
「…」
「翔と麗奈ちゃんのこと、あたしが妬いてるの、見抜いて…」
「…」
「この旅行も、行くなって、止められたけど…出がけに、ののしり合いのけんかして…でも、来てしまった」
「5年前、きみはぼくを捨てた」
「…」
「パリまで会いに来てくれて、ぼくは有頂天になって…きみは、最後の夜、結婚することになった、それを言
いに来たって」
「…」
「お相手は実業家…ぼくは、院生といっても先の見通しなんかまったくない…つらかったよ」
「怒ってる?」
「いや…むかしの出来事」
「あの時、あたし、東京に着くまで、ずっと泣いてた…」
越智は、妙子をじっと見詰めている。
「結婚やめろって、言ってくれるって思ってた」
「…」
「結婚するなって、言って欲しかった」
越智が帰国して、母校に職を得て、そしてある日、妙子の店で再会したのだった。
それから、時々、寝てきた。
「あたしたち、遊びだったの?」
「…きみは結婚している」
「火遊びのお相手をしてくれてたんだ」
「きみが好きさ…でも、きみの家庭を壊すつもりはない」
「翔くんの、性欲の捌け口だったんだ…あたし」
「そんな言い方するなよ」
「いいよ、翔くん…あたしがいけなかったんだ」
妙子は越智に背中を向けると、黙り込んで、しまった。
越智には、妙子の気まぐれに思えた。
夫婦のあいだにちょっとした諍いがおこって、それで妙子が気晴らしにパリまでやってきた、それくらいに考
えていた。
…気晴らしのお相手は、喜んでするよ
…妙子、きみは、たいせつな友だち…
妙子がすすり泣いている。
越智は困惑したまま、妙子を背後から抱きしめて、じっとしているばかりであった。

「先に帰る」
「送るよ」
「いいの…哀しいもの」
タクシーを呼んでもらい、妙子は出て行った。
宿の主人夫婦が心配そうに二人を見ていた。

ヴォージュ広場の北側にあるホテル。
壁面をつたが覆い尽くしている。
客室数23・
パリ市の真ん中にあるというのに静寂が支配している。
マレ地区の再開発が進んでいるが、ここは保存されるだろう。
世界でも有数の美しい広場の一角なのだ。
そのホテルの一室に、妙子は再びチェックインをした。
パリでの最後の夜。
明日の便で帰国する。
…翔、迎えに来てよ
タバコに火をつける。
…オンブラージュの村からパリまで、どのくらいかかるんだろう
…行きは途中いろんな場所に寄ったけど
…翔、まっすぐ来てよ
妙子の胸は張り裂けそうだった。
5年前と同じように、一人ぼっちで帰るのだろうか。
日が沈み、部屋が暗くなった。
明かりをつける。
電話のベルが鳴る。
「お客様が…」
「通して」
ノックの音。
…翔!
飛んでいってドアを開ける。
鳥越朝人が立っていた。
「ひとりか?」
「…」
「あいつはどうした?」
「…」
「まあ、いい…連れ戻しに来た」
「…」
「一緒に帰ろう」
「いやっ…いやよ」
「今度のことは忘れる」
「いや…帰らない」
「ガキみたいなこと、言うんじゃないっ!」
「あたし…翔を愛してる」
「くだらんこと、言うんじゃない!」
「翔を愛してるの…お願い、許して」
鳥越の顔面が怒りに赤く染まる。
何もかも許して連れ戻すつもりでやってきたのだった。
それが、なんと言う言い草だ…
「許さん…絶対に、許さんぞ」
鳥越は、妙子を抱き寄せる。
「いやっ! やめて! 触らないでっ!」
最後のひとことが鳥越の怒りを爆発させた。
両腕で鳥越を押しのけようとする妙子のワンピースの背中に指をかけると、ちからまかせに左右に引き裂いた。
ボタンがはじけ飛び、びりびりと引き裂かれる。
下着姿で逃げ出そうとする妙子のスリップを背後から引き裂き、引っ張られて妙子のからだが床に転がる。
「やめてっ!」
後ろ髪を力いっぱい引っ張られて痛みにのけぞる妙子を、鳥越はベッドの上に引っ張りあげる。
パンティが引き摺り下ろされ、ブラジャーの中に挿し込まれた大きな手が、乳房を握りつぶす。
妙子のからだに激痛が走る。
「いたいっ! やめてっ! やめてよっ!」
妙子の全身にいくつもキスマークがあるのに気づいて、鳥越の怒りは頂点に達した。
逃れるすべを失って、妙子はベッドにうつぶせている。
鳥越は、手早く下半身を剥き出しにした。
ペニスが怒張している。
抵抗する妙子の両足を押さえつけ、開きながら、ペニスを妙子の中に容赦なく突き刺した。
からだをよじって逃れようとする妙子の肩をしっかりと抱きかかえるようにして押さえ込み、鳥越は、腰を凶
暴に動かす。
「お願い…やめて…」
哀願する妙子を無視して腰を動かしつづけ精液がほとばしろうとするとき、
「やめろ!」
戸口で男の声がした。
越智がいた。
鳥越の妙子を押させこんでいた力が緩む。
鳥越は爆発の寸前まできていたペニスを抜き出すと、怒張したそれを誇示するように起き上がった。
「ふん…とんだ闖入者だ…」
鳥越は、越智を冷ややかに眺める。
濡れたペニスをぼろきれのようになった妙子のパンティで拭うと、衣服をつけた。
「こいつは、おれの女房だ…こいつと何をやった? おまえ、自分が何をしたか、わかってるんだろうな」
鳥越は、横たわる妙子の裸身を、ちからまかせに転がして、仰向けにする。
妙子は、腕で顔を隠す。
「よくもまあ、ひとの女房に…」
柔肌に無数のキスマーク。
「こいつ、おまえの手におえる女じゃないぜ…おまえらが、むかし、同棲していたことは、知ってる、それに、
おれの目を盗んで、会ってたこともな…」
鳥越は、越智を冷笑している。
「こいつが、どれだけ贅沢な暮らしをしてきたか、おまえみたいなやつには、わからんだろうがね… 
こいつ
が、おまえと質素な暮らしをやっていくとは、思えんよ…はは…」
鳥越は、ベッドで身を丸めるようにして横たわっている妙子を見下ろしている。
「妙子、よく考えろ…これまでのことは、いい…火遊びみたいなもんだ…」
明日、迎えに来る、といって、鳥越は出て行った。
越智は、バスルームからガウンを取ってきて、妙子に着せ掛けた。


第6章

「小澤君、雪乃、いい子ですよ」
四方老人は、腕の中でぐったりとしている雪乃のクリトリスをいじっている。
雪乃の着物の裾は、大きくはだけて、艶やかな陰毛がしっとりと肌に張り付いている。
白足袋をはいた雪乃の足先が、時々、ピクリとする。
小澤の手前、喜悦のあえぎ声をこらえている雪乃ののどから、うっ、とかすかな声がもれる。
小澤の視線を避けるように向こうを向いた雪乃の表情は見えないが、耳たぶが桜色に染まっている。
「この歳になると、なかなか女と交わることが面倒だがね、いやいや、正直に言うと、私の道具も、あんまり
役に立たなくてね、だが、こうやって、雪乃をかわいがってやって、イクのを見て楽しむことくらいならね、
できますよ」
小澤は、老人の盃に勺をする。
老人の指が、雪乃の淫水で濡れている。
腕時計を盗み見る。
9時を回っている。
《翡翠樓》には、今なら間に合うのだが…
7時に麗奈と夕食をするはずだった。
四方老人に呼び出されることがなかったら…
しかし、その四方老人に、小澤は重要な依頼をしたのだった。
四方の力を借りなくてはどうにもならない計画であった。
なんとしてでも成功したかった。
「約束でもあるのかね、小澤君」
老人は目ざとかった。
「いえ…」
「きみの話は、経友会の集まりでしておこう」
「ありがとうございます」
「さがっていいよ」
「はい」
「さっきの話、ひとつ考えてみてくれ」
小澤は畳に額がつくほど深々と礼をして、座敷を出た。
さっきの話というのは、麗奈を加えて、小澤、四方、雪乃の四人で遊ぼう、という提案めいた命令であった。
遊ぼうというのは、性的な遊びを意味する。
つまり、麗奈を差し出せ、と言っているのだ。
…私の道具も、あんまり役に立たなくてね…
麗奈という新鮮な餌食を前にしたら、「役に立つ」かもしれない、という老人のたくらみが見えた。
老人の申し出を即座に断らなかった自分が惨めだった。
四方の力添えがなければ、短期間にここまで会社を大きくできなかったことは間違いない。
今度の事業の成否もかかっている。
だからといって、好きな女性を性具として差し出すように命じられることはあるまい。
屈辱感に打ちのめされながら、靴をはいた。
どういう口実で麗奈を守ろうか…
料亭を出てハイヤーに乗り込み、麗奈に電話をしようと携帯を取り出すと、メールがとどいていた。
ウォール街のシルバーマン・サセックス証券でファンドマネジャーをしている友人からの暗号メールだった。
…今夜のナスダックは激しく動く。
運転手に行き先の変更を告げ、次々に電話をかける。
情報収集に追われるうちに、状況が自分にきわめて不利だということが見えてきた。
今夜、数億円を失うかもしれない。
いや、もっと…

午後11時を過ぎても小澤からの電話はなかった。
おなか、ペコペコだよ…
なんか食べとくんだった…
ベッドわきの化粧台の鏡に、ふくれっつらをした自分が映っている。
夕食の誘いの電話があったのは、お昼過ぎのことだった。
オフの日はいつもそうするのだが、お昼過ぎまでベッドの中にいて、まどろんでいた。
柔らかな日差しがカーテンの隙間から忍び込んできて、麗奈の部屋をほんのりと明るくしている。
はっきりと思い出せないけれど、なんだか淫らな夢を見ていたような気がする。
無意識にパンティの上から裂け目をなぞっていた。
起きなくちゃ…
ん、あと、もうちょっとだけ…
春樹さんの誘いがなかったら、由香を誘ってライブハウスに行こう…
麗奈は、小澤を「春樹さん」と呼んでいる。
携帯電話がなっているのに気がついた。
「春樹さん」だった。
「今夜は、《翡翠樓》に上海蟹を食べにいこうよ。7時に迎えにいくよ」
7時前、身支度が終わるころ小澤から遅れるという電話があった。
あれからもう、4時間たっている。
何の連絡もない。
《翡翠樓》の閉店時刻は過ぎてしまった。
何か、食べよう…

ホテル《プエルト・アスール》は、湾の東に突き出した岬にあるリゾートホテルだ。
漆喰の白壁に、オレンジ色の瓦がのった、いかにも南欧風の瀟洒なホテル。
コテージが幾つか並び、専用庭にはジャグジーが備え付けられている。
そこは、かつて麗奈が越智に連れられていかがわしいパーティに参加した場所である。
いま、麗奈は、小澤に抱かれて、泡立つ湯の中にいた。
小澤の指に、淫裂を広げられ、刺し貫かれ、かき回されて、麗奈はあえぎ声を漏らす。
力強く乳房を吸われて、快感が寄せてはひき、ひいては寄せ返す。
湯船のそこに伸ばした足の先が、ヒクヒクと痙攣する。
小澤のペニスが淫裂の奥深くまで挿し込まれるとき、麗奈は悲鳴にも似た悦びの声をあげていた。
泡立つ水面が二人の動きに大きく波立つ。
ああ…イキそう…
麗奈が達しようとする寸前に、小澤は抜いた。
いじわるぅ…
小澤は、麗奈を抱きかかえるようにしてからだを入れかえた。
仰向けになった小澤に、麗奈はまたがる。
いきり立ったペニスを自分の手で肉壷に導く。
ゆっくりと腰を沈める。
子宮を突き上げられてのけぞる麗奈を、小澤の手が支える。
ああ…イク…イクよぉ…
からだを起こしていられなくなって、前かがみになる麗奈の乳房を、小澤がつかむ。
指先に、力をいれたり、ゆるめたりしながら、麗奈の乳房の感触を楽しむように。
それは麗奈の快感をいっそう大きくする。
麗奈は、もう、何度か達していた。
小澤のペニスが掻きだす淫水が、泡立つ温水に溶け込んでいく。
小澤は、なかなか達しない。
耐え切れなくなっておおいかぶさる麗奈を小澤は、抱きしめる。
はぁ、はぁ、はぁ…
麗奈は肩で息をしている。
麗奈の背中を、そっと撫で回す手に気がついたのは、呼吸が落ち着き始めたときであった。
小澤の両腕は、麗奈の腰を抱きかかえている。
ハッとして振り向いた麗奈の目に、穏やかな越智の顔があった。
あのときのように、しなやかな指先で、麗奈の背中をさすっている。
いやぁ…
やめてェ…
……!
声が…声が出ない…!
どうして…?
どうしたんだろう…
越智は静かに微笑んでいる。
顔が近づいてきて、麗奈に口づけをする。
だめェ…
気持ちとは裏腹に、麗奈は越智と舌を絡ませる。
その間にも、小澤の腰の動きが麗奈を突き上げる。
越智の両手が麗奈の乳房をつかみ、いとおしむように揉みしだく。
飛び出した乳首を指先で転がす。
肉壷がキュンと締まる。
二人の男の愛撫を受けながら、麗奈を不安が襲う。
このひとたち…
越智の右手がクリトリスをいじり始めると、麗奈の快感は頂点に達した。
淫裂を小澤の怒張したペニスが、乳房とクリトリスを越智が刺激しつづける。
いやぁ…いやぁ…
おぅ、おぅ、と獣のような声をあげながら麗奈は絶頂に達し、小澤の胸にたおれこむ。
そのときだった。
背後の越智が、麗奈の肛門にペニスをあてがい、グイと突き刺した。
振り向いた麗奈の顔に、にたにたと薄笑いを浮かべた越智の顔が、迫ってきた。
「いやあああああああああっ!」

自分の悲鳴に、麗奈は目を覚ます。
薄明かりの中で、そこが自分のベッドであることに気づく。
夢…
荒い息をしている。
動悸が続いている。
電話が鳴っている。
「オフィスで待ってる」
それだけ言うと、麗奈が返事をする間もなく、小澤の電話は切れた。

小澤は、長いすの背にもたれかかるようにして、軽いいびきをかいていた。
テーブルの上には、自分で用意したのか、トーストと、コーヒーがのっている。
バターケースのふたは開いたままで、寒々とした光景だった。
コーヒーは冷め切っている。
傍らにスコッチのボトルが空になって転がっていた。
グラスが見当たらない。
ボトルから、じかに飲んだのだ。
麗奈に気づいて目を覚ます。
キスを求めてきた。
酒の匂いがする。
「いたいっ」
ほとんど夜明け近い時刻に、伸びたひげが、麗奈の頬をこする。
小澤は憔悴しきっていた。
「どうしたの?」
ふふっ…
自分をあざ笑うかのように、小澤は鼻先で冷笑した。
「なにか、あったの?」
こたえずに麗奈を抱き寄せた。
「お酒くさい」
「ああ、少し飲んでる」
「飲みすぎだよ」
「ふふ」
「からだ、こわすよ」
「ああ、気をつけるよ」
小澤は麗奈を抱き寄せると、上着を脱がせ、乳房に吸い付いた。
ふふう…ふふう…
粗い鼻息をしながら、乳房を吸いつづける。
麗奈は、小澤の頭をそっと抱きかかえる。
どうしたんだろう…
何があったんだろう…
麗奈の想像もできないことがおこっていた。
損失を膨らませないようあせればあせるほど、事態は裏目にすすんだ。
麗奈に呼び出しの電話をかけたとき、小澤は全財産を失っていた。
そのうえ、四方老人を通じて集めた巨額の資金も、残らず失っていたのである。
小澤の指がパンティの脇から忍び込み、淫裂をなぞる。
ぬるぬるした感触を味わうように、なでさする。
麗奈は、小澤の口と指先に刺激されて淫水を溢れさせる。
こぼれ出して肛門のほうへ流れていく。
ひんやりした感触が教えてくれる。
小澤は、パンティを脱がせると、麗奈の淫裂に口をつけた。
それから、丁寧に舐め始める。
伸ばした舌の先で、前から後ろ、後ろから前、襞の隅々を味わい尽くすように、ゆっくりと舐める。
黙々と舐めつづける。
小澤が示した優しさに、麗奈は少し戸惑っている。
いつもは、強引なところがある小澤なのに。
麗奈は、小澤のペニスに指を伸ばした。
ズボンの中で、グニャリとしたままであった。
麗奈が唇と舌でどれほど愛撫をしても、勃起が起こらなかった。
「すまない…麗奈」
「ううん、いいんだよ」
小澤が何かに苦しんでいる様子が、麗奈を悲しくした。
話して聞かせて欲しいと思った。
小澤は、何も教えてくれなかった。
空が白み始めている。
「ありがとう、麗奈…送るよ」
「だめだよ、飲酒運転でつかまるよ」
「そうだね」
小澤は、はは、と、力なく笑った。
「タクシーひろうから…」
「すまない」
「だいじょうぶ?」
「ああ、だいじょうぶだよ…心配させて、すまない」
「だって…」
「そろそろ社員が出社してくる」
そういわれると、麗奈は帰るしかなかった。

小澤の首吊り死体が軽井沢の別荘で発見されたのは、週末のことである。
発見者は、妻の裕美子であった。
友人たちと週末を過ごそうと訪れて、夫の遺体に面会したのである。
麗奈は、事情聴取に訪れた刑事の口から、そのことを知った。
小澤に家族があり、別荘があった。
一部の週刊誌は、小澤の黒いうわさを書いた。
ブラックマネーの洗浄をおこなっていた小澤が、損失を出して殺されたというのだ。
しかし警察が自殺と断定することで、マスコミの報道もなくなった。


第7章

夏になった。
住宅街の中にある、小さなレストラン『カマルグ』。
南仏の料理を主体に出す。
ブイヤベースが自慢だ。
オーナーシェフの柏木が腕を振るう。
越智翔は、フランス留学を終えて大学に復職、1年ぶりに訪れた。
「ここ、きっと気に入るよ」
連れの女の子に微笑みかける。
帰国して間もなく、知り合った子だ。
行きつけの書店で、美術書のコーナーで立ち読みをしている綺麗な子に、越智は声をかけたのだった。
内側からドアが開く。
「いらっしゃいませ。越智様」
「きみは…」
「お久しぶりです。半年前、こちらに移りました」
「そう…」
「いつものお席、ご用意してあります」
「…ありがとう」
麗奈がふたりを席に案内する。
1年前、越智と麗奈が座っていた席。
越智の連れの女の子は、あのころの麗奈と似通った服装をしていた。
越智が贈ったにちがいない、セクシーなミニスカート。
ふとしたはずみに下着がのぞくに違いない。
薄いブラウスの下に、ブラジャーがはっきりと透けて見え、乳首の陰がくっきりと浮き上がっている。
去年麗奈にしたことを、今年はこの子にするのだろうか。

小澤が自殺した後、麗奈はぼんやりとした日々を過ごしていた。
去年の暮れ、レストラン《ジャンノッティ》が若いカップルでにぎわって、仕事に忙殺されているころ、柏木
シェフから電話があった。
いっしょに店をやってきた妹の美由紀が、菓子作りを学びにフランスに行く、麗奈に店を手伝って欲しい、と
いうのだった。
年が明けて、《カマルグ》に移った。
これまでは、お客として来ていた店だ。

《ジャンノッティ》で接客をしてきたし、美由紀の接客を見ていた。
それでも、柏木と、美由紀にサービスをきちんと仕込まれた。
いま、麗奈は《カマルグ》の客室支配人である。

電話が鳴った。
「もしもし」
「あ」
「麗奈…」
「こんばんは」
「あ、ああ…こんばんは」
「お元気そうですね」
「ああ…この間、パリから…」
「妙子さんからうかがいました。留学されてたんですね」
「あ、ああ…会いたいな」
「ふふ…だめです」
「一年ぶりだ、会っておしゃべりしたいよ」
「お連れのかた、可愛らしい人でした」
「…」
「だいじにしてあげてください」
「…」

CDのスイッチを入れ、ベッドに寝転がる。
女性歌手がサントロペの海岸へ誘う。
♪ 太陽が光り輝くサントロペの浜辺に、女の子たち、いらっしゃい…
♪ 日に焼けた肌は、生きる歓び…
♪ 星空の下、ヨットの上で、愛の交歓…
サントロペ…そこがどんな場所なのか、麗奈は柏木から教えてもらった。
サントロペは、南仏、コート・ダジュールにある町。
「コート・ダジュールというのはね、紺碧海岸という意味なんだよ」
麗奈の目の前に、どこまでも続く真っ青な海が広がる。
「その海はね、アフリカまで続いているんだ」
柏木の声が耳に蘇る。
いつか、行ってみよう。
群青色をした地中海をながめながら、愛する人と抱きあって…


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