テレビのウルトラシリーズを知らない日本人はまずいないだろう。初代ウルトラマン以来、何度かの中断を挟みながらも30年以上にわたって続く、子供向け特撮番組の長寿シリーズである。30数年の間に特撮技術や映像技術は大幅に進歩したが、人間が着ぐるみを着てヒーローや怪獣を演じるという基本は変わりがない。20数分の映像を週に1本ずつ製作せねばならないわけだから、撮影はほぼ毎日のように行われる。今日も大スタジオで、ヒーローと怪獣の戦闘シーンを撮影すべく、着ぐるみの準備がなされていた。今回の怪獣は細身のトカゲのような外見で、その印象通り、力よりも軽快な動きを武器にするタイプのようだった。
「じゃあ、スーツアクターの方、準備して下さい」の声がかかり、着ぐるみに入る役者が進み出る。ヒーローを演じるのはたくましい男性であったが、怪獣を演じるのは、なんと!! ビキニ姿の、ナイスバディの美女であった!
男性スタッフの多くが、思わず生唾を飲み込む。中には、股間を膨らませている者すら何人かいる。そうでない者の一人、20代後半と思われる不精髭をはやした青年が、心配げな表情で美女に近づき、声をかけた。
「大丈夫? つらくないか?」
「きついけど大丈夫、猛志さんの造った怪獣、今回もよく出来てるし。」
「我慢しなくていいんだ。気ぐるみの出来にどこか都合の悪いところがあったり、入るのがつらい時は、遠慮なく言ってくれ。」
どうやらこの着ぐるみを造ったのは彼らしい。加えて怪獣役の美女とは、どうやら恋人同士ということのようだ。
「本当に大丈夫よ。遠慮とか気がねなんてしてないわ。猛志さんこそ、私の演技にどこかまずい所があったら、容赦なく言って。」
「ならいいんだが………」
青年はなお心配そうである。
「あの……すいません……時間が……」
「あ…はい!」
呆れたような口調で声をかけられて、いささか狼狽する二人。美女は慌てて、怪獣の着ぐるみに手をかけた。
男性スタッフが支える着ぐるみの中に、片方ずつ脚を入れてゆく。下半身がすっぽりと入ると、片方ずつ腕を入れてゆく。胸から上だけを出した状態で、彼女は恋人を振り返った。
「私、今から怪獣になるのね。猛志さんの造った着ぐるみに入って、醜い怪獣になるのね。この中に入ってる間、私は女の子じゃないのね。」
陶酔したようにそうつぶやく美女に、青年が愛おしげに近づき、キスをする。美女は決意の表情を浮かべると、全身をすっぽりと着ぐるみの中に埋めた。
青年が背中のファスナーを閉める。どうやらこの役だけは、他人に譲るつもりはないらしい。また彼女も、他の者にしてもらいたくはないようだ。
美女が入っている怪獣、もしくは怪獣の姿になった美女が、ヒーローと対決すべく、セットの中央に進み出る。撮影が始まったのだ。
彼女の名は、加藤 亜希。怪獣役専門の美女として、特撮ファンの間では知られた存在である。しかし、1年半ほど前まで、彼女には別の名前があった。羽山 秋佳、癒し系の清純アイドルとして一世を風靡しながら、ある番組での大醜態と、ヌードモデルをやっていた過去を暴かれ、芸能界から消えた存在である。
もっとも今の彼女を見て、羽山 秋佳と同一人物だと気づく者は、かつてのファンの中にも少ないだろう。何より雰囲気が違う。以前の『いかにもアイドル』といった軽い印象から、大人の女性の雰囲気に変わっているし、体型も違う。Fカップのバストこそ変わらないが、以前はややポッチャリした感じだったのに対し、今は引き締まった、やや筋肉質な印象になっている。細川ふみえの体型から叶 恭子の体型に変わったと思えば良い。怪獣役者の仕事で身体が鍛えられた結果であった。
飯塚 安希の陰謀でアイドルとしては致命傷を受けてしまい、プロダクションからも見放された秋佳だが、それで絶望するほど気弱でもなければ、悲観的でもなかった。この際、アイドル稼業にはきっぱりと見切りをつけ、ギャラは安くても自分のやりたい仕事を本職にしようと決めたのである。
つまり、知り合いの特撮関係者に、『怪獣役者になりたい』と頭を下げて回ったのだ。意外と言うべきか当然と言うべきか、怪獣の中身が美女というシチュエーションに萌える男は多く、怪獣になりたがる女の子なんて滅多にいないこともあって、秋佳のさらした醜態を皆知りながら、願いはすんなりとかなえられた。
とはいえ、怪獣役者としての稽古は楽ではなかった。彼女が望んだのは、デパートや遊園地のショーなどではなく、劇場用映画やテレビのウルトラシリーズで怪獣役を演じることであり、その場合当然ながら、要求される演技のレベルが違う。結局、演技で及第点をもらえるまでには、半年近くかかってしまった。その間着ぐるみに入ることも許されず、つらさと悔しさで涙を流したことも一度や二度ではない。
だからこそ、怪獣役者として初めて本格的な仕事(ウルトラシリーズ)をした時には、嬉しさに涙が止まらなかった。
怪獣の中に入っての仕事は無論きつかったが、やりがいは充分だったし、当初予想していたほどつらくもなかった。元々やりたい仕事だったこともあるが、怪獣の中で汗だくになって暴れるのが、存外に楽しかったのである。
──数日後、撮影のなかった日の夜、猛志の自宅兼工房──上半身裸で椅子にかける猛志の目の前を、爬虫類型の怪獣が四つ足で歩いている。中に入っているのが誰かは言うまでもない──
「アキの演技は最高だよ。いつも完璧な怪獣ぶりだ。」
「まったく、お世辞がうまいんだから。」
「お世辞じゃないさ。…そろそろ開けていいかい?」
「ええ、お願い。」
猛志の手が、背中のファスナーを開く。怪獣の中から現れた亜希は……なんと、まったくの全裸であった!!
亜希の両手が、まとめてあった髪をほどく。長い髪を垂らした、汗に濡れた裸身を、猛志は抱きしめ、キスをする。猛志の両腕が、亜希を軽々と抱き上げる。亜希の両腕が、猛志の首に巻き付く。二人がこれから何をしようとしているかは一目瞭然だった。亜希が全裸で怪獣に入ることが、この二人にとってベッドイン前のセレモニーであり、亜希が猛志を喜ばせる方法だったのである。
元はといえば、単なる偶然、亜希のいたずら心であった。回りに人がいない時をみはからって、全裸で着ぐるみに入ってみたのである。怪獣の中身が全裸の美女だというシチュエーションに、彼女も萌えていたのであった。ところが、亜希自身にとっても意外なことだったが、裸で怪獣に入って暴れると、着ぐるみと素肌が擦れる時の感触に、男に愛撫されているのに近いものがあったのである。
結果的にそのことが、(それ以前から好意を持っていた)猛志と、本当の恋人になるきっかけとなった。その夜、全裸で怪獣に入って猛志の前に現れ、彼の目の前で着ぐるみを脱いで見せたのである。怪獣の中身が全裸の美女だというシチュエーションには彼も萌えており、それ以来、猛志はすっかり亜希のとりこになってしまった。
その時以来、亜希はインナースーツを使っていない。仕事中はさすがに(無用のトラブルを避ける意味もあって)ビキニを着けているが、プライベートでは毎晩のように、全裸で怪獣に入って楽しんでいる。猛志と亜希にとって、それは素晴らしい喜びであった。
私は『着ぐるみの中身が女性』というシチュエーションが大好きなのですが、顔出しタイプや、遊園地でみられるようなメルヘンタッチの着ぐるみでは駄目で、怪獣映画で使われるような、頭部まで一体型の、『着る』と言うより『入る』タイプの着ぐるみでないと萌えません。
商業作品でそのような光景は(画像でも文章でも)ごくまれだし、公共メディアで流れることは皆無に近いし、インターネットでも滅多に見つからないしで、少なからず欲求不満がつのっています。だからこそ、「清純アイドル衣愛代」の第10話と11話には萌えました。
それに触発されて、羽山 秋佳のその後の話を書いてみたのですが、いかがでしょう?
自分では『不自然なところも無いし、まあまあ無難にまとまったかな』と思っています。本当は、もっと長い話にしたかったのですけどね。
ちなみに、亜希が猛志に恋したのは、彼が誠実で頼りがいのある男だったからで、ほかに特に理由はありません。こんな仕事をやっているのだからオタクですが、それは趣味だけであって、それ以外はいたってまともな男です。