恥らうポスター(読切)


 多くの視線が私の体に突き刺さります。しかし、一糸纏わぬこの裸体を私には守る事ができ ません。体の後ろに回した両腕を動かす事も、大きく広げた両脚を閉じる事さえ私にはできな いのですから。この体の全てを、胸の膨らみも脚の間の秘密の部分さえも、私は目の前を通る 全ての人間に晒し続けているのです。  全ては、私が"あの人"と出会った事から始まりました。その出会いがどのようなものであっ たのか。話せば長いことになりますし、それは割愛させて頂きますね。"あの人"が私にしてく れた事、それは行く所のない私に居場所を作って下さった事です。そして、私は"あの人"の下 で働く事になったのです。  "あの人"の仕事が始まる時、私の仕事も始まります。いつものように"あの人"が私の前に現 れました。そしていつも通り、"あの人"の目の前で私は衣服を外していきます。私は"あの人" の前で、胸も、下腹の茂みさえもさらけだすのです。ですが、まだこれでは終わりません。"あ の人"が要求するポーズ、それはこんな慎ましやかなものではないのです。私は"あの人"の望 むとおりの姿をとろうとします。尻を床につけて座り込み、上体を後ろに反らして後手をつき ます。しかし、仕上げのもう一動作が私にはできませんでした。"あの人"の目の前で開脚し、 腰を突き出すなどということができるでしょうか? 動きを止めてしまった私を"あの人"は叱 責するような事はせず、ただ待ってくれています。そんな"あの人"の姿に耐えられず、私は結 局今夜も自ら全てをさらしてしまうのです。  "あの人"は、その不思議な力で私を一枚の紙の中に閉じ込めてまいます。この恥じらいの全 くない、挑発的な姿のままでです。そして、私はロビーの壁に貼られます。そう、これが私の 仕事。私は、この空間を彩る一枚のポスターなのです。  開演の時間が近づくにつれ、ロビーにたくさんの人が集まってきます。今回はかなりの盛況 のようです。その人達全員が、例外なく私に視線を投げかけます。二次元の物となって写し出 される私の裸身に。  周りを気にして恥ずかしそうに通り過ぎていく人もいれば、熱心に私の脚の間を覗き込んで くる人もいます。いえ、場所柄そういう人がほとんどです。その人たちにとっては、ただのヌ ードポスターに過ぎないのでしょうが、そこに写し出されているのは私の生の裸身。私にとっ ては、生の裸に視線を浴びせかけられているのと同等なのです。胸の膨らみや、あからさまに さらけ出された性器に降り注ぐ視線が、私の体を焦していきました。 「わっ、丸見え」 「なになに、『恥らうポスター』だってさ」 「そりゃ、こんな格好すれば恥ずかしいって」 「ほら、あそこ。なんか濡れてないか?」 「はは。この娘写真撮られて感じちゃったんだ」 「そういや、すっごい恥ずかしそうだよな。顔真っ赤にしてさ」 「だから、『恥らうポスター』ってわけね」 「おい、さっきより顔赤くなってきてねえか? それにあそこもさっきより濡れてるし。案外、 『恥ずかしさを感じるポスター』って意味だったりしてな」 「もう、そんなわけないでしょ! そんなトコばっか見てるから、変な事考えるのよ」 「そうむくれるなって。ほら、お前のあれのがきれいだって」 「バカ! 最低!!」 「お、おい。待てよ」  私の体を話題にしていたカップルは、そのまま去って行ってしまいました。しかし、それは 別に彼らに限った事ではありません。ここに立つ多くの者が、私の裸を話題の種にしていまし た。私の性器を卑猥に批評する男性達、辛辣な言葉をぶつけてくる若い女性。私の濡れた性器 を犯したいと口走る男性などは後を絶ちません。相手が命のないポスターだと思っているから でしょう。皆、遠慮のない言葉をぶつけてきました。唯一の救いはガラスケースの中にいるた め直接触れられない事ですが、言葉と視線による責めはそれにも勝るものでした。  開演の時間が近くなり、ロビーに人気がなくなります。見えない力で私を責め続けた客達も いなくなりようやく息がつけるとそう思ったとき、一人の人物が開演時間ギリギリになって現 れました。その人はすぐに私の事に気付き寄って来ます。他の客がいないぶん遠慮がないので しょう。その人物は舐めるような目で私の全身を見つめました。そして、私に視線を投げかけ る多くの者がそうであるように、その人物も私の性器を熱心に見つめます。二次元の紙の中で 赤く色付き、淫らに開き、粘りのある液で濡れているその部分を。  ひだの皺さえも記憶しようとするかのようなその視線に、私の体は熱くなります。こんな姿 でなかったのなら、確実に喘ぎ声を上げていたでしょう。熱い視線に見つめられ、恥ずかしく も私は達してました。冷たいガラスの檻の中で私がひっそりと絶頂を極めた事に、目の前の人 物は気付いたのでしょうか? 女性の穴が一瞬見せた脈動を、知る事ができたのでしょうか? 目の前の人物の様子から、それをうかがい知る事はできません。どちらにしても、私は見ず知 らずの人間の目の前で達してしまったのです。私はその事を恥じ、また心地よくも感じていま した。  やがて、"あの人"が現れます。目の前の人物は、どうやら"あの人"の知り合いのようです。 親しげな会話が聞こえてきました。そして、"あの人"はホールの中にその人物を案内していき ます。これで本当に、この場から誰もいなくなりました。広いロビーに一人残された私は、何 故か寂しささえも感じてしまいます。  やがて、開演を告げる"あの人"の声が聞こえてきました。 「それでは、黒埼マジックショー。どうぞ、最後までゆっくりとお楽しみ下さい」  ショーが終わるまで、ここに人が来る事はないでしょう。私にとってしばしの休息です。今 はゆっくりと心を落ち着けておきましょう。終演したら、再び多くの視線に晒される事になる のですから。                                      −了−