第十話「少女の決断」


 制止の声の主、それは先ほどステージから引っ込んだ鈴野嬢でした。先程、魔術師から与えら れた黒いマントでしっかりと裸身を覆い、キッとした瞳でマジシャンを睨んでいます。その凛と した眼差しは、ステージへ登った時と同等のもの。全裸を晒したショックから、ようやく立ち直っ たようですね。 「ゆりはもう限界よ。見てわかるでしょ? こんなので次へ進むつもり?」  まくし立てながら黒マントの少女が、魔術師の所まで進み出ます。ステージ後方へ下がった際 の弱々しさはもうなく、少女本来の荒々しさで黒崎に詰め寄りました。対するマジシャンは肩を 少しすくめます。  黒崎が少女の言葉を一体どのように受け止めたかはわかりませんが、確かに愛嬢の言葉通りの ようです。壇上のヒロインは息も絶え絶えで、未だ絶頂の余韻に体を震わせています。汗まみれ の肉体は艶かしくもありますが、彼女の疲労をも物語ってもいました。確かにこの体でショーを 続けるのは、かなり厳しそうですね。 「だいたい、もうこんな……」  激しい口調で、さらに抗議を続けようとした娘のセリフを、もう一人の少女が遮りました。 「あ……、りがとう、めぐみ」  けだるそうに体を起き上がらせながら、美貌のヒロインがゆっくりと言葉を紡ぎます。 「あとは、お願い……、ね」  エクスタシーの余韻に全身を火照らせながら発した言葉ですが、それは会場中に響き渡るほど しっかりしたものでした。 「えっ? お願いって、ゆり?」  スポーツ少女の驚きの声をかき消すように、間髪を入れずに発したマジシャンの言葉が、会場 中に響き渡ります。 「なるほど、代わりにもう一度ステージに立って頂くつもりでしたか」 「それならば歓迎致しますよ」 「なにせ、本来のヒロインはあなたですから、愛さん」  友人と魔術師の言葉に、慌てた顔を見せるヒロイン。どうやら、こういう展開は想定していな かったようですね。かなり可能性のある話だとは思うのですが、彼女自身にその考えはなかった ようです。 「ちょっ、待ってよ。私はそんな」  急いで否定するヒロインですが、観客はすでにその気の様子。期待した目を彼女に向けています。 全てを晒しきったとはいえ、裸を見せるのみで退場してしまった少女の恥態を、客席は望んでい ました。 「なに考えてるのよ。だいたい、わたしはもうこんなふざけたショーなんか」  客席の期待を感じ取ったのか、慌てながら抗議の言葉を放つ少女。ですが、場内はすでにヒロ イン交代のムードを漂わせていますね。そんな雰囲気に、一人の少女が水を差します。 「ごめん、わたしが勘違いしてたみたい」 「いいわよ、めぐみ。わたしが……続ければいいだけだから」  被虐を誘うかのようにうつむきながら、美大生が語ります。そして、体をふらつかせながら立 ち上がり、助太刀に来た友へと目線を送りました。 「いいわよって。ゆり、そんなで」  スポーツ少女の目も、友人へと向けられます。壇黒マントでしっかりと体を覆った少女と、桜 色に染まる裸身を隠そうともせずに立ち尽くす娘。二人のヒロインの視線が壇上で絡まりました。 互いにその瞳で何を伝えているのでしょうか。しばらく見つめあった後に美大生の方がゆっくり と首を横に傾げます。 「中途半端は、できないものね」  にっこりと微笑む少女に、愛嬢は言葉を失っていました。何かを語ろうと口を開く黒マントの娘。 そこに魔術師が声をかけます。 「どうやら、もめているようですね」  少女は何を言おうとしていたのでしょうか。横槍を入れられたそのセリフを、口にはしません でした。そして、互いを見つめ続けていた少女達の視線が、同時にマジシャンへと向けられます。 「それなら、ゲームで決めませんか?」 「強引に進めるのは、あまり趣味ではありませんので」 「私とゲームを行って頂き、その結果でこの先の事を決めたいと思いますがいかがでしょう?」 「おっと、ゲームをされるのはお二人のどちらでも構いませんよ」 「私との勝負をお受けできる方と、お相手しましょう」  マジシャンの申し出に、ヒロイン達は顔を見合わせます。彼女達にとっては突然な話。どう対 処するか決めかねて当然でしょう。ですがそんな状態からでも、片方の少女が答えを出します。 「それなら、もう決まっているわね」  先に口を開いたのは、全裸を晒し続ける美大生の方でした。 「そう、わたしが相手になるわよ!」  友人の言葉を、鈴野嬢が強い言葉で続けます。驚く友人を横目に、少女は魔術師に向き直りま した。 「最後まで付き合ってあげるわよ」  これまでの態度を一変させて、少女はあっさりと承諾します。開き直ったかのようにも受け取 れる言葉ですが、続けて舞台に立ってくれることは事実。もしかしたら、友人を想ってのことか もしれません。 「ご承諾頂き、光栄に思います」 「それで、鈴野嬢とゲームを致しましょう」 「鈴野さんが勝利したらここまで。私が勝利しましたら、続けての出演をお願いします」  少々間をおいた後、ヒロインはゆっくりとうなずきます。あの黒崎が提案したゲームですから、 きっと何らかのイベントがあるのでしょう。それを察知した客席からは大きな歓声と、拍手が上 がりました。


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