第一話「戦いと羞恥の海へ」
「ここだね・・・」
少女は、工場を思わせる広大な敷地の入り口にあるプレートを見てつぶやいた。
そのプレートには『鯉町グループ傘下荒縄重工実験センター』と掘り込まれている。
嘘かホントか、右隅に『左 甚五郎 作』と、ある。
少女の名は綾峰 美雪(あやみね みゆき)高校陸上界では、ちょっと知られた
スポーツ少女である。つやつやした黒髪をショートカットにしたボーイッシュな雰囲気
の美少女だった。
美雪の後ろには、ランドセルを背負った小柄な女の子が立っている。
美雪の妹の恵美である。もうとっくに小学校を卒業しているのだが、重症のピーターパン
シンドロームで、ずっと小学生の格好をしている。
特に大きな問題も無く、校則にも違反していないので、このスタイルを通している。
同級生の女子は、彼女の事を自分の妹のようにかわいがってくれるし、男子は姉の美雪が
放つ『玉割り崩拳』が怖くて虐めたり冷やかしたりしない為、恵美の学校生活は極めて
快適だった。それが余計に恵美の成長を妨げているのだが・・・。
「さあ、行こうか」
妹を促して、美雪は研究所の本館へと向かう。
本館は入ってすぐが広いロビーになっており、そこには何が書いてあるのかわからない巨大な
抽象画が飾ってあった。これも右隅に、カタカナで『ピカソ』と、署名があった。
「やあ、いらっしゃい、他のメンバーはもうそろっているよ」
三十代後半の、たくましい男がやって来て、二人を案内してくれた。
「僕がここの責任者の荒縄 巻雄。よろしく」
美雪と恵美も名乗り、挨拶を交わす。
二人が通された部屋には、金髪の外人少女と、窓枠に腰掛けてぼんやりと外を見ている背の高い
少女がいた。
「あれ?深山君は何処に行ったのかな?」
荒縄はもう一人の姿が消えているのに気付いてうろたえる。
「あの、ミスターアラナワ、ちょっといいデスカ?」
金髪少女がうつむいてもじもじしながら言う。
「何だね、ジェニファー」
「ミヤマさんは、そこデス」
そう言って、ジェニファーと呼ばれた少女は、天上を指差した。
「・・・何だか丸太みたいなものがくっついてる・・・」
美雪が言うとおり、そこには天井にへばりついた倒木のようなものがあった。
山の中ならいざ知らず、こんな物が天井にへばりついていたら、誰でもびっくりする。
「・・・ばれたか・・・」
凄く小さな声がその倒木から聞こえた。
「深山君、降りてきなさい。誰も君を虐めたりしないから」
優しい口調で荒縄がそう言うと、天井にへばりついていた倒木が、どさっ!と、音を立てて落ちてきた。
「・・・」
無言で倒木型の偽装セットを片付けているのは忍び装束に身を包んだ少女だった。
「あの・・・深山さん、だっけ、何で、天井に丸太の格好をしてへばりついていたの?」 ここにいる
みんなが訊きたかった質問を美雪が代表していた。
「・・・二重に隠れたらばれないと思った・・・」
忍び姿の少女、深山 静香(みやま しずか)は、小さな声でぼそぼそと言う。
「いや、二重って・・・第一、何で隠れるの?」
「・・・それがわたしの定めだから・・・」
「定めって言われても、ねえ・・・」
美雪はそう言いながら悟っていた。このメンツ、何気に、濃い・・・。
「まあ、とにかくこれでパイロットは全員そろったわけだ」
荒縄が満足そうな表情で彼女ら五人を見ながら言う。
「パイロット?」
美雪はやや声を裏返らせながら訊いていた。ここに呼び出されたのは、日本政府からの依頼があったからだ。
新手の詐欺か何かだと最初は疑っていたが、国会議事堂内で、総理大臣から直接、この研究所に行くように
依頼され、最寄駅までの地図と電車代をもらった上に並んでプリクラまで撮って貰ったら、信用しないわけ
にはいかなかった。
「そう、ああ、聞いてないのは何も君達姉妹だけじゃないから・・・他の皆も極秘でここに集まってもらった。
・・・地球は、狙われているんだ」
「ほえ?」
いきなり話がとんでもない方向に吹っ飛んで、美雪は面食らっていた。
「ふっ、わかったよ。とうとう奴らが現れたんだね、人類の敵が・・・」
さっきから姿勢を崩さずに、幅五センチ足らずの窓枠に腰掛け、物憂げに外を見ていた長身の少女がクールな
口調で言う。
「おお、君はわかってくれたか!」
荒縄の嬉しそうな声を遮りながら。
「じゃあ、早速行こうか、シンクロ率とか、色々測らなきゃいけないんだろ?」
「いや、別に何も測らないが・・・」
「そう、ぶっつけ本番というのも、悪くないけどね、アタシは何号機に乗るんだい?」
「・・・何号機と言っても、一機しかないんだが」
次第に話がずれ始めていた。
「だって、政府の命令でいきなりこんな研究所に来たんだろ、地下基地に、人型決戦兵器が置いてあるんじゃ
ないの?」
「うーむ、鋭いんだが、なんか勘違いしてるようだな、難波君、君の言っていることはおおむね当たっている。
しかし、ちょっと違うんだよ、それ系でなくて、もう一つの方なんだが・・・」
「ほんなら、合体する方か!するんやな、五機合体なんやな!」
難波と呼ばれた背の高い少女は、いきなり関西弁になっていた。
「いや、済まないが、合体はしない。五人乗りなのは確かなんだが・・・面倒だから、実物を見ながら話そう」
荒縄に促された五人は、基地の地下に降りていた。
「うわぁ・・・なんじゃ、あれは・・・巨大な、スクール水着着たマネキンみたいなものが・・・」
難波が言うとおり、そこには身長五、六十メートルはありそうな、スクール水着姿の美少女フィギュア
みたいなものが立っていた。
「見たまえ、これが人類の希望、超羞恥ロボ、モロダスVだ!」
そのネーミングを聞いた五人は一斉にそれぞれのキャラに合わせてずっこけていた。
美雪はごく基本的にずるっと滑るタイプのずっこけ。妹の恵美はその場にぺたんと女のコ座りでへたり込み、
難波は関西人らしく派手に回転しながら数メートル吹っ飛ぶ。
ジェニファーは「OH!NO!」とか言いながら失神。深山は一瞬で例の丸太に変身してこてっ!と、
転がっていた。
「しゅ、しゅ、羞恥だとぉ!あの、めちゃ恥ずかしいと書いて羞恥と言うあれかぁ!?」 いち早く立ち直った
美雪が荒縄に詰め寄る。
「羞恥の『羞』を『めちゃ』と読むかどうか知らないが、その、羞恥だよ」
「し、し、しかも『超』とか付いてるし・・・ロボットのネーミングもモロダスだとぉ!人をおちょくるのも
たいがいにしろっ!」
「いや、射精は体外にしてるけど・・・」
下品なオヤジギャグを飛ばした荒縄の股間にコークスクリュー気味の崩拳がめり込み、えぐる。これが
美雪の必殺技、『玉割り崩拳』である。
「こら、おっさん、しまいにゃいてまうぞ!(標準語訳:ねえ、おじさん、最終的には再起不能になるまで
暴力を振るってしまいますよ)」
難波が、前のめりに倒れて痙攣している荒縄を引きずり起こして言う。
「き、君達は何か勘違いしている。僕が趣味や道楽でこんなものを作って君達を集めたとでも思っているのか?
これは人類を救う為の、崇高で、ちょっぴり羞恥な戦いのためなんだよ」
「だから何でそこに羞恥が入るんですかぁ!?」
美雪は難波に片手でネックハンギング状態にされて痙攣している荒縄を揺さぶりながら言う。揺さぶられる
度に、「みしっ、ぐきっ!」と、荒縄の頚椎が無気味な音を立てる。
「く、くはぁ・・・あ・・・おばあちゃん、何でこんなところに・・・」
荒縄が『あっち』に逝きかけているのに気付いた難波が、彼の身体を放り出した。
「うちらにわかるようにきっちり話しや!(私達に理解できるように順序だてて話しなさい)」
難波に促されて、息を整えながら荒縄は話し始めた。
「・・・このロボットは、人間の精神力をエネルギーに変換する画期的な動力源を搭載している。名付けて、
羞恥力エンジン!」
二度目のずっこけが五人を襲った。
「・・・続けていいかな?まあ、このエンジンは簡単に言うと、純な乙女の羞恥心をエネルギーに変換する。
核融合よりもはるかに大出力で、クリーンで、更にラブリーなエネルギーだ」
「ラブリーって・・・」
美雪は絶句している。他の三人はどうか知らないが、彼女と、妹の恵美は今回の召集を受けるに当たって、
誓約書を書かされ、契約金をもらっていた。そして、その契約金はとうに家のローン返済に回され、一円も
残っていない。更に誓約書にはこうあった。
『今回の任務は重大かつ緊急のものであり、いかなる個人的な理由によっても中途での脱退は出来ない。また、
命令には絶対服従するものとする』
国がやっている計画だから、健全なものだろうと思い込んだ自分達がバカだった・・・と、あまりにも遅すぎる
後悔をする美雪だった。
「・・・契約金一千万、時給一万円という所でもう少し疑ってみるべきだったかな」
一介の高校生が、健全なお仕事でもらえる金額では無かった。
「・・・どうやら、理解してくれたようだね」
荒縄は、笑みを浮かべながら言う。
「要するに、うちらはうまい事だまされて、その羞恥ロボに載せられるっちゅう訳やな、やったろうやないけ、
どうせ、契約金は弟の手術代で消えてしもたし・・・」
「難波さん、何だか重い身の上を背負ってるんだね」
美雪の同情的な声に。
「そや、弟の奴、性転換の手術を受けたいなんて言い出しよって、たった一人の肉親やから、願いをかなえたろ
おもて・・・あれ、どないしたん?」
美雪は立ち直れないほどずっこけていた。
「確かに恥ずかしい格好のロボットやな・・・ところで、他の三人は?」
「わたしはここ・・・」
相変わらず丸太に偽装している深山がようやく聞き取れる声で言う。
「外人さん、外人さん、しっかりしてください。外人さーん!」
失神したままのジェニファーの耳元で恵美は叫んでいた。
「じゃあ、早速ユニフォームに着替えてもらおうか」
凄く楽しそうな表情で荒縄はいう。
(きっと昔の人買いも、こんな表情をしたんだろうな)
美雪はそう思った。
「え〜っ!これがユニフォームなのぉ!?」
美雪が叫ぶのも無理はない。そこにはスクール水着が置いてあった。ご丁寧にも、脇腹の所に白い布が縫い
つけてあり、『美雪』と、油性ペンで書かれている。
「これからは皆ファーストネームで呼び合う事、いいな?」
壁のやたらと大きなスピーカーから荒縄の声がする。
「ふーん、難波さんて、早紀ちゃんて名前なんだ」
「ふっ、早紀と呼んで」
さっきと違って標準語のイントネーションで彼女は髪を優雅にかきあげながら言う。
「アタシはジェニファーデス、ヨロシク」
ややうつむいてもじもじしながらジェニファーは言った。惚れ惚れする程のナイスバディが濃紺のスクール
水着に包まれている様は妙ないやらしさがあった。
「あの丸太さんは・・・ああ、静香か、よろしくね、静香」
いつでも丸太に変身できるように、背中に変身セットを背負った静香は恥ずかしそうに頷く。
「着替えが終わったら、早速乗り込んでもらうぞ、ついさっき、敵の侵攻が始まった」
「早っ!まだ訓練もしてないのに・・・」
美雪が言うと。
「心配ない、君たちはただ、コクピットで恥ずかしがっていればいい。操縦は僕が基地から遠隔操作で
行なうから・・・」
「・・・」
一同は無言でスクール水着に着替えた。『とんでもない事になった』と、いうのが全員の一致した意見だった。
「よし、着替えが終わったらさっきの場所に駆け足で集合だ!」
再びスピーカーから荒縄の声。
「なあ、さっきから妙にタイミング良くアナウンスが流れないか?」
早紀が美雪の耳元でささやく。
「うん。・・・まさか!?」
美雪は部屋の壁に付けられた異様に大きなスピーカーに眼をやる。
「隠しカメラが・・・」
そう言いながら、早紀が背伸びをして、スピーカーのネットを外す。
「や、やあ、みんな・・・急がないと被害が広がるぞ」
スピーカーに見せかけた『覗きボックス』の中でビデオカメラを手にした荒縄がにこやかに言った。
次の瞬間、全員の悲鳴とともに、室内のありとあらゆる可動物が荒縄に向かって投げつけられていた。
「・・・荒縄さん、一つ訊いていいですか?何で私達、拘束されているんですか!?」
どうせろくな答えは返って来ないだろうと思いつつ、美雪は訊いてみた。
「確実にエネルギーを抽出する為だよ。いてて・・・」
荒縄は、ミイラのコスプレみたいな姿になっていた。総重量二トンを超える物の下敷きになったにしては、
結構軽傷だった。
あの後、室内に乱入してきた兵士達によって五人は取り押さえられ、無理やりコクピットに押し込められていた。
「ちなみに敵の最新映像が入った、見ておきたまえ」
その声と同時に、目の前にいきなり映像が浮かび上がる。
「凄いだろ、ホログラムスクリーンだよ。今度商品化するから、よろしく」
荒縄のその声を、誰も聞いていなかった。
「な、何じゃあのド恥ずかしい奴らは・・・」
早紀はそう言って絶句する。
場所はどうやら新宿駅周辺らしい。そこに、数十人の敵の姿があった。
グラビアモデルも真っ青の美女の軍団だった。しかし、そのスタイルは・・・。
「・・・これって、SMだよね?」
誰にともなく美雪は言う。それは、全裸の身体に赤い紐を巻きつけただけの、無表情な美女の群れだった。
美雪はその縛り方の名を知らないが、『亀甲縛り』という縄攻めの縛り方の一種だった。
その姿の美女達が、呆気に取られた人々に向けて、縄でくびり出された見事なバストを自分で思いっきり
絞りあげる。すると、乳首から明らかに母乳と思われる白い液体が数メートルも噴出し、それを浴びた人の
衣服だけが溶け去ってゆく。
始めは何かのパフォーマンスだと思っていた人々も、その異常さに気付いてパニックになっていた。
逃げ惑う人々に服を溶かす母乳を噴き付けながら、まるで優秀な牧羊犬のように、亀甲縛りの美女達は、
逃げ惑う人々を一箇所にまとめて追い込んでゆく。
たちまちのうちに、数百人の全裸の人間が悲鳴をあげてひしめき合うなんとも間抜けな状況になっていた。
彼女らは、その中から何人かを選別し、全身をいじり回してチェックした後で、駅前のカメラ店を押し
潰して着陸している卵型の宇宙船に連行してゆく。
「な、何なんですか、こいつら・・・」
「うん。数年前から地球を狙っていた異星人だ。人類をペットとして大量捕獲しに来たらしい。今までは
極小規模だったらしいが、彼らの間で地球人ブームが起きたみたいでね」「まったく、人の事を何だと
思っているんだろう!っていうか、荒縄さん、私達も結構酷い扱いなんですけど・・・」
「ここは人類全体を救う為だと思って、耐えてくれ。君達にとってはとてつもなく恥ずかしい戦いになる
ことと思うが・・・と、いうわけで早速発進!」
「は、恥ずかしいって、一体?」
「羞恥力エンジン始動・・・あ、ちなみにそのコクピットには無数のCCDカメラが仕込まれている。
その映像は、リアルタイムでインターネットに流れているからね」
「いやあああああっ!」
五人の悲鳴が同時に上がっていた。身を隠そうにも、彼女らは拘束されていて動けない。
「おおおっ、いきなり凄いエネルギーゲインだっ!イける、イけるぞぉ!」
最後の方は、なぜか声を裏返らせながら荒縄は叫ぶ。
「超羞恥ロボ、モロダスV、発進!!」
続く
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