第十一章「賢者」35


 ―――ども、大介ッス。なぜか食堂の中にマーマンがいてビックリしています。
 昨晩、温泉で溺れて(?)記憶を一部失い、朝は大事を取って漁村の警護をサボって宿屋で休んでいた大介だったが、さすがに村人とマーマンたちとの戦闘が始まると、のんびり寝てはいられなかった。
 ところが、急いで装備を整えて食堂になっている宿屋の一階に降りていくと、
『キー! 人間たちの食い物はなかなか美味だキー!』
 三匹のマーマンたちがテーブルを囲んでドンチャン騒ぎをしている真っ最中だった。
 ―――冗談だろ? なんでこんなところでマーマンがのんきにメシ喰ってんだよ!?
 普通に外に出るには食堂を通り抜けるしかないのだが、マーマン三体を相手に出来るほど大介の戦闘力は高くない。気配を消してテーブルの影から影へと移動して出入り口を目指すのも、密偵としてフジエーダに潜入していた大介ならば可能ではあったが、見つかった場合のリスクを考えると容易に実行を決めるわけにもいかなかった。
 ―――ま、こう言うときは二階の窓から飛び降りたほうが安全だわな、うん。
 職業シーフである大介の装備には、自重を支えても余裕のある特殊極細ワイヤーも仕込まれている。それを使い、食堂の窓からは見えない位置から降りれば安全かつ確実に外に出られる。
 ―――問題はどの部屋の窓から出て行くかって事なんだけど……
 頭の中に、昨日のうちに確認しておいた宿屋内部の見取り図を思い浮かべる。どうもこの宿屋には部屋と部屋の間に怪しげな空間があるようなのだけれど、今はそこを探索している余裕はない。大介と弘二が寝泊りする二人部屋は食堂に近く、そこから外に出るのはアウトだ。
 ―――となると……
 思いついたのは、たくやと綾乃が泊まっている部屋だ。昨晩、もし温泉で溺れたりしていなければ適当な口実を作って遊びに行こうと策を練っていたので、場所もきっちり分かっている。特にたくやの部屋は位置的にも最適だった。
 ―――よし、これで大義名分はたった。たくやちゃんの部屋に潜入だァ!!!
 心中でグッと拳を突き上げた大介は、物音を立てないように上の階へと戻って行く。ここでマーマンに見つかっては、“しかたなく”たくやが一泊した部屋に入り込み、“やむなく”マーマンに荒らされた荷物を目にしたり手にとってみたり、特に下着の類は盗まれていないかと確認してから物的証拠として一枚といわず五〜六枚は懐に入れてしまいたい。
 ―――お供の綾乃ちゃんて娘も可愛いんだけど、やっぱりたくやちゃんだよな〜♪ あのナイスバディには是非とも一度お相手して欲しいぜ!
 実は昨晩、温泉でたくやとSEXして、種付けまでして、愛の告白までしたのだけれど、露天風呂にまで聞こえてきた魔曲に記憶を奪われ、遅れてやってきた弘二にトドメをさされた大介は、その事を綺麗さっぱり忘れていた。その事を覚えているのは、長旅で溜め込んでいた性欲がすっきりして妙に軽くなっている腰だけだ。
 ―――さ〜てと、たくやちゃんの部屋はこっちの……って、うわ、誰か出てきた!?
 何も悪い事はしていないのだけれど、悪巧みをしていた後ろめたさから、目的地であるたくやの部屋の扉が開いた瞬間、大介は反射的に開きっぱなしだった窓から外に飛び出し、窓枠に日々を引っ掛けて壁に張り付いていた。
 ―――か、考えてみりゃ、隠れる必要ないじゃん! 平然としてれば良かったんだ、平然と!
 けれど、既に誰か出てきたところにいそいそと窓枠から姿を見せたりすれば、絶対に不審者だと思われる。鉤爪もなしに窓枠や壁の出っ張りに引っ掛けた指先頼みで壁面に張り付いているのはキツいけれど、もしたくや本人が出てきたのだとしたら、お相手してもらう夢がまた一歩遠ざかってしまう。
 ―――根性、根性だぞオレ!……うわ、こ、股間の先が壁に……って、こんなときに何興奮してるんだオレは!?
 想像だけでモッコリしてしまうなんて若いな〜…とか頭で思いつつも、実際にたくやの名器の中でイき果てたことを覚えている股間は、思春期の少年もビックリの膨張率でムクムク大きくなり、決して滑らかとは言えない宿屋の壁にテントを張ったズボンの先を押し付けてしまっていた。
 ―――ま、マズい。このままだとオレは壁を相手に欲情した変態になってしまう。オレは無機物よりも女の子が好きなんだ、特にタクヤちゃんみたいなボンッキュッボンッな娘が……って、いた、イダダダダダッ! 先っぽに木のトゲが〜〜〜!
 隠れている以上、どれだけ痛い思いをしても声を出すわけにはいかない。もしここで声を出してしまったら密偵失格な上に、すぐ下の食堂にいるマーマンたちに見つかってしまうかもしれないし。
 なので大介は必死に我慢をする。頭の中でやけにリアルに描き出されたたくやの裸体を歯を食いしばって惜しみつつも振り払い、信仰神である大地の女神ルビーに祈りを捧げ、昂ぶった精神を平穏に戻そうと試みる……が、このルビーという女神様、六柱の女神の中で一番巨乳で、エロエロな格好をしている神でもあった。
 ―――ノオォオオオオオオオオッ!!! し、静まれ愚息、自家発電でよければ後でいくらでも付き合って……ぬお、こ、腰が壁から離れていく! 押すな、これ以上は本当にお…落ちるゥ〜〜〜!!!
 ここで落ちればゲームオーバーな上、コンティニューもリセットもなし。今、ぷるぷる震えながらも全体重を支えている指先に大介の生死がかかっているのだが、素直ないい子である股間は、死に貧して子種を残そうとするかのようにギンギンに大きくなってしまっていた。
 ―――くそう、こんなことになるんだったら前の街で無理してでも風俗に行っておくべきだったァ!
 そもそもここまで節操なく勃起するのが、昨晩のたくやとのエッチの思い出せない記憶のせいであるとは、大介は露とも気付けない。
 ―――そ、それでもオレは諦めない! たくやちゃんの部屋で下着を物色するまでは!!!
 落下するのを一秒でも先に伸ばそうと、脂汗を流しながらカエルのように壁にへばりつく。やや犯罪じみた目標のため、全力で身体が落ちるのを支えていると、頭上の窓枠の向こう側からペタペタと裸足で歩く音が聞こえてくる。
「ふぅ……三十倍加圧で九時間……さすがにちょっとしんどかったけど……ふふっ……ふふふふふ……♪」
 声の主は女性らしい。その声を記憶の中から引っ張り出そうとするが、さすがに落下寸前三秒前と言う限界がすぐそこにまで差し迫った状態では思考もまともに働きはしない。
 ―――お…落ちて死ぬぐらいならァ!!!
 何も悪い事はしていないのだから、本来なら隠れていなくてもいいはずなのだ。顔を真っ赤にして最後の力を振り絞った大介は、窓枠に手をかけると腕の力で身体を引っ張り上げ、まるで猫のようにほとんど音もたてずに前転して廊下に転がり落ちる。
「いや、これは違うんスよ。隠れていたのには深い事情があって!」
 今しがた通り過ぎた女性にすかさず釈明。相手に反論の機会は与えず、自分が不審者ではない事を納得させてしまうつもりだ……ったのだが、大介が振り向いた先には、女性はおろか人っ子一人いはしなかった。
「おんや?」
 間抜けな顔で首をかしげる。白昼夢でも見たのかな〜と思うけれど、開きっぱなしに去れたたくやの部屋の扉から、大介が今いる場所の1メートルほど先まで、湿った裸足で踏まれた跡が木に床にはしっかりと残っていた。
 ―――おいおいおい、幽霊とか言うんじゃねーだろうな!? まだ今は真昼間なんだぞ!?
 あまりゾッとしない話ではあるが、今は別の目的がある。思考のスイッチを切り替えた大介は悪寒を振り払うように大きく深呼吸をすると、息を吐き出しながらたくやの部屋の傍まで移動し、慎重に中の様子を覗き込んだ。
「ん……ゥ………ハ……ンぅ………スゥ……スゥ………」
 薄暗い室内からあふれ出してくるのは、ベッドの上で眠っているらしいたくやの寝息と、湿り気と暑いほどの熱気のこもった空気。大介が鼻をヒクヒクと鳴らすと、その中に甘酸っぱい汗と愛液の香りと、それに吐き気がするほど濃厚な精液の臭いまでもが混じっているのが感じられた。
 ―――てことは何か!? さっき部屋から出てきた女幽霊とたくやちゃんと、それに別の男がいて……さ、3Pしてたって事か!?
 先を越されたと言う悔しさが、すかさず大介の胸に込み上げる。だがそれ以上に、たくやがエッチした直後であることに気がつくと、壁に張り付いているときには懸命に押さえ込もうとしていた勃起をズボンの中で勢い良く猛らせながら、扉の隙間からスルリと室内へと滑り込んだ。
 ―――お…ぬおォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!? たくやちゃんのフルヌードォ! まさかこの目で見られる日が来るなんて……い、生きてて良かったァ……!!!
 室内で大介がまず目を向けたのは、ベッドの上で仰向けに眠っているたくやの裸体だった。全身に情事のある事を示すネットリとした汗を纏わせたその姿に目を奪われると、ごくりと大きくノドを鳴らしながら、今にも飛び掛らんばかりに鼻息荒く視線を這い回らせていた。
 ―――こりゃ……想像以上にスゲェ。弘二が入れあげてるのも分かるな……
 大介がどれほどに指を広げても手の平に納まりきりそうにないほどの巨乳なのに、仰向けになってもほとんど形が崩れていない。かと言って硬いのかと言うと決してそんな事はなく、浅い呼吸に合わせて胸が上下するたびにプルッ…プルッ…と小さく揺れる様は例えようもないほど悩ましく、見ているだけの大介の股間にズンッと重たい疼きを込み上げさせてしまう。
「ン……ンぅ………」
 ベッドのシーツの上には、これでもかと精液や愛液が飛び散っているけれど、たくやの股間には白い体液がこびりついている様子はない。それどころか、細くくびれたウエストから浅くよじりあわされた太股へと続くラインを視線でなぞり上げていると、豊満でありながら引き締まった体つきに改めて心臓を鷲掴みにされてしまい、ネットリとした光沢を放つ肌に頬擦りしたい気持ちでいっぱいになってしまう。
「……たくやちゃ〜ん、朝ですよ〜……おきなさ〜い……」
「ン、ムニュ……や……もう…やめ………ん…ァ……」
 ―――ぬおあっ! く、唇開いただけで、なんか物凄くヤラしすぎるんですけどォ!
 小さく開かれたたくやの唇から艶のある吐息がこぼれただけで、大介は溜まらず洩らしてしまいそうになり、慌てて股間を押さえてその場にうずくまる。
 けれど、声を掛けてもたくやは目を覚ましそうにないのは確かだ。今なら犯そうが何しようが大丈夫なはずだ。フジエーダではパイズリどまりだった大介に、目の前で眠っているたくやを指を咥えて見ているだけなんていう選択肢はない。どこか遠くで村人とマーマンが戦っていることなど一瞬で頭の片隅に追いやって厳重に封印して思い出さないようにすると、ハァ…ハァ…と熱く乱れた呼気を吐き出しながら、緩やかに上下しているたくやの乳房に指先を伸ばしていく。
 ―――ツンッ
「んゥ〜……!」
 人差し指で乳房に触れただけで、たくやが小さく鼻を鳴らす。目を覚ますかもしれないと頭の中で考えつつも、思い返すだけで頭の奥から興奮の火照りが込み上げる何ヶ月も前のパイズリの感触を思い出しながら、指先にそのまま力を込め、そして勢いよく離す。
 ―――ぷるんッ
「グハッ!」
 指先に押されて凹み、軽く持ち上げられていた膨らみが、離された瞬間には肉感的に震えながら元の形に戻る。
 世の中にはこれほど柔らかくて温かくて気持ちのいい膨らみが存在するのか……巨乳の女神を信仰している大介にとって、たくやの乳はまさに神の宝。今度は胸の先端に指を伸ばし、乳輪をなぞってから乳首を押し込み、たくやがアゴを突き出して寝息を震わせるのにも構わずに乳房の内側に指を引っ掛けたまま引っ張り、再び離す。
「ハゥんッ!」
 たくやが鼻を鳴らし、ブルンと乳房を重たげに揺らしながら背中を浮き上がらせると、大介の頭の中で何かがプツンと音をたて、はじけた。
 ―――い、いや、まだだ、まだ理性を保つんだ、オレ!
 このまま欲望に身を委ねてしまそうになるのを唇に歯を突き立てて堪える大介。
 なぜならこれはトラップかもしれない。しゅんかんだついして飛び掛った途端にカウンターを食らってしまうかもしれないのだ。目の前にあるたくやが美味そうであればあるほどに最大限警戒してことに当たるのが、正しい密偵としての姿でもある。
 ―――でもオレ、もうフジエーダの担当でもないし、たくやちゃんの事を嗅ぎまわる必要もないんだけどな―――ッ!
 その油断を突くのが罠である。トラップである。だから大介は、本当の本当にたくやが目を覚ましていないのかを確かめるため、顔に触れようと手を伸ばし、
「んっ……あむッ……」
 唇に指先が触れると、一体どんな夢を見ているのか、たくやは大介の指をパクッと咥えてしまった。
 ―――指チュパですかコレ―――――――――――――――ッ!!!
 それは赤ん坊が母親のオッパイに吸い付くような……などと生易しいものではない。チュウチュウと吸いながら第一間接を唇で締め上げ、唾液が絡みついた舌先が指の輪郭に沿って幾重にも這い回る。それは男のモノであれば絶頂へと容易く導いてしまう妖艶な舌使いであり、たくやの口内で舌と指が擦れてチュパ…チュパ…と音が響くたびに、大介の表情は苦悶に歪み、唇から指を引き抜いてしまわないように最善の注意を払いながら頭を抱えて悶絶しまくった。
 ―――こ、こ、コ、コココココケ―――ッコッコッコォ!!!!
 我慢しようとすればするほどに、たくやは蕩けるように甘く鼻を鳴らしながら、大介の指をねぶりまわす。最初は第一間接だけだったのが、徐々に第二間接まで頬張られてしまい、柔らかい舌に包み込まれるような舐めしゃぶりが、理性を保とうと心中で奇声まで上げる大介を拷問のように追い詰めていく。
 ―――が…我慢……必要か!? オレ、もう密偵じゃないじゃん、仕事終わってるし、たくやちゃん無関係じゃん! 我慢したって損するだけじゃん、今のたくやちゃんなら寝ぼけてオレの大事なところだってチュパチュパしてくれそうなのに、指で、指が、指ならば―――――――――!!!
 思いがけない指チュパの気持ちよさに、耐えに耐えに耐えて一分と持たなかった大介の理性が決壊した。たくやに指をしゃぶらせたまま器用にベルトを外すと、ポケットに装備品を詰めたズボンやポシェットをまとめて床に脱ぎ下ろす。
「何をするつもりだ?」
「決まってるだろ。た、たくやちゃんの唇にチ○チンを近づけて、しゃぶってもらうんだよ! こんな機会、今を逃せばもう二度と巡ってくるもんかよ!」
「そうかそうか……この私の目の前で女性に不埒を働くとは、なかなかいい根性をしているようだな、貴様は」
「いいから黙ってるって。こっちは片手でチ○ポ出すのも一苦労なのに……へ、へへへ、たくやちゃん、口開けて……」
 股間を露出し、そそり立った男性器をたくやの顔の前に突き出した大介は、唇から指を引き抜き、しょっぱい臭いのする亀頭を代わりに唇へと近づけていく……が、その大それた行為は背後からのアイアンクローで強制的に中断させられてしまう。
「イダダダダダダダダダァ! 脳が、脳が割れる〜〜〜!!!」
「いい根性をしているが賢いとは言えないな。貴様も盗賊の端くれならもっと周囲の気配を探れるようになれ」
「今は、と、盗賊なんて言わずに、シーフとかスカウトとか市街工兵とか…ア―――――――――ッッッ!!!」
 大介の頭蓋が軋む。このままだと本当に大介の頭をトマトか何かを握りつぶすのと同じ感覚でグシャリとやられてしまいそうだけれど、さすがは元情報屋にして元密偵。後ろにいる女性の声からその正体を記憶から引っ張り出していた。
「そ、その声は昨日のブルーカード、留美=五条!」
「ほう、見もせずに分かるとはなかなか。記憶力は良さそうだな」
「忘れられるわけないっしょ! あんな飛び切りの美人なのに調べたらあんた、世界的な超VIPじゃないッスか!」
「私の正体にも気付いたか……ああ、そう言えば」
 いつからそこにいたのか、留美は大介の頭を鷲掴みにしながら宙吊りにする。そしてその耳元で一言。
「実は今、温泉に入ってきてな。身体にバスタオル一枚しか巻いてないからあまり暴れないでいて欲しいんだが……」
「え♪」
 昨日、村長宅で目にした留美の体つきを瞬時に思い出した大介は、思わず背後を振り返ろうとする……が、宙吊りの上に頭を固定されていては、回るのは頭ではなく身体のほう。その回転に逆らわず後押しするように留美が大介の肩を掴んで力を加えると、ものの見事に大介の身体だけ180度以上回転し、首から“コキッ”と関節の外れる音が鳴り響く。


「やっぱりお前は賢くないな。たくやに手を出したければ、もっと頭のほうを鍛えて出直すがいい」


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