第十一章「賢者」14


「綾乃、お前は村人の護衛しろ。私が行く!」
「え……る、留美先生!?」
 男の言葉が終わるよりも、そして綾乃が戸惑いや驚きの声を上げるよりも早く、留美は千里の傍らから立ち上がっていた。
「男、場所は何処だ? 時間はどれだけ経過した? 気を失っても死んでもいいが、言うべきことを全て伝えてからにしろ!」
「場所は……い、岩場のほう……探し回ってたから、時間はどれだけ過ぎたか……頼むよ、助けてくれよォ! 俺の仲間が二人も……知らなかったんだ、マーマンがあんなに強いなんて!」
「わかった。緊急事態である以上、人道的に私も力を貸してやろう。元気があるなら女子供には非難するのように―――」
 村の敷地内にモンスターが出てきたのであれば、間違いなく戦闘になる。しかも相手は海を支配する半魚人・マーマン。海沿いにある村での戦いとなれば、津波などを引き起こされる可能性も考慮に入れなければならない。
 だが……既に留美の指示は手遅れだった。
『キャアアアアアアアッ――――――――――――!!!』
 家の外から聞こえてきた悲鳴に、留美は入り口で倒れた男を踏み越えて外に飛び出す。そこで目にしたものは、海岸からゆっくり上陸してくる数十匹ものマーマンたちの群れだった。
「馬鹿な!」
 顔は魚、皮膚は鱗。体格は人間とそう変わりはないが、鉤爪の生えた指と指の間には薄い水掻きが張ってある。一見細身に見えるけれど、深海の水圧にも耐える筋肉と骨格を持ち、陸上であれば人間などよりも凶悪な腕力を振るうのがマーマンだ。
 その姿を捉えて叫び、指を鳴らそうと留美は右手を突き出す。―――だが、マーマンの襲撃に気付いたのは留美一人ではない。この瞬間のために村を巡回して警備に当たっていた海の男たちが、銛を手に次々とマーマンめがけて駆け出していた。
「出やがったな、化け物どもめ! 全部とっ捕まえて刺身にして食ってやらァ!」
 漁師として今までに何十何百もの魚に銛を打ち込んできたのだろうが、マーマンと魚は根本的にまったく別の存在である事を理解していない……漁師の一人が銛を突き出すが、海から出てきた動きからは想像も出来ない跳躍力でマーマンは垂直にジャンプし、必殺のつもりの攻撃をいとも容易く回避してしまう。
「な、なんで!?」
 人間同士の喧嘩ならば経験はあっても、モンスターとの戦闘が未経験なのが致命的だった。
 足の水掻きが邪魔をし、足首や踵の構造が人間と違うため、走ったり駆けたりする速さはマーマンよりも人間の方が上だ。けれど筋力量で上回るマーマンは跳躍力では人間をはるかに上回る。マーマンがトリッキーな動きをすると言われるのは、人間と違って陸上生活に特化していない足の構造のためだ。
 知っているのと知っていないのとでは、そして知ってはいても実際に目の当たりにして自分の想像を超えられるのとでは、直後の対応に如実に差が現れる。
『ジャ…ジャマ……人間、オス………ジャマ、スルナッ!』
 人の頭ですら軽々と飛び越えられる高さで怒りに満ちた声を上げたマーマンが、胸を膨らませて全身を大きく反り返らせる。そして空中に頭を打ち付けるかのように体をくの字に折り曲げると、下に向けた口から勢いよく大量の水が迸らせた。
「グオァ!!!」
 高圧の鉄砲水だ。樹木ですら抉る一撃を上半身にまともに受けた漁師は後ろへと吹っ飛ばされ、砂浜の上を丸太のように転がされる。漁で鍛えた胸や腕の筋肉などマーマンの鉄砲水の前には何の役にも立たず、気勢を吐いて突っ込んだ男はただの一撃で気を失ってしまた。
「チッ…役にたたん連中だ! 狙いの邪魔だ、下がっていろ!」
 既に混戦と化し始めた海岸では、留美の声に耳を傾ける余裕のある者は一人もいない。
 水平射撃ではマーマンよりも先に村の男たち当たってしまう……それならばと指を打ち鳴らしと、地響きを立てて砂浜が盛り上がり、戦場の後方に十メートルを越える高さの砂で出来た楼閣が出来上がる。
「指揮は私が取る。死にたくなければ言うことを聞け!」
 戦場全域を視界に収める高さでそう叫ぶと、留美のよく響く声と砂の塔の威容とが合わさって男たちに反論すらさせずに指揮権を掌握する。
 そして同時にマーマンたちの興味を引いて、厄介な鉄砲水攻撃の的になる。それを防ぐために砂上の楼閣と砂浜に圧縮して固めた砂の壁をいくつも生み出し、防壁とする。
「闘う時は二人一組だ。防壁の間から進入するところを突き返せ! 跳躍力があっても空中では自由に動けない。狙うのはそこだ!」
 留美の魔法で海岸線一体に砂の壁を築くことも出来たが、それでは何処からでもよじ登られてしまうので、戦いになれていない漁師たちでは戦いを有利に進められない恐れがある。そこで「壁の横」や「壁と壁の間」と言う進入路をあえて造り、姿が見えたところで防壁の後ろに隠れた漁師たちに銛を二人がかりで上下に突き出させれば、安全を確保しながら有効な攻撃を行うことが出来る。
 ―――だが、マーマンの鱗は天然の鎧だ。銛程度ではそう易々と致命傷は与えられまい。
 鉄砲水を吐き出すには溜めが必要なので、壁を出てすぐに攻撃されては反撃に使用できない。おかげで防壁を利用した攻撃は上手く機能し、まだ混乱が治まりきらず避難も完了していない村への進行を食い止める防衛線が出来上がりつつある。だが、
 ―――なぜマーマンが襲ってくる? どう考えても、マーマンの話は虚言だったはずだ!
 綾乃にマーマンたちが操られている可能性も示唆されていた。一理アルトは思ったが、それを差し引いても、マーマンの襲撃は村長と数名の人間が噂を広げ、村人全員に思い込ませた作り話だと留美は考えていた。
 頻繁に村に現れているはずなのに目撃例の少ないマーマンの姿。
 マーマンとの遭遇戦でのリアリティーのない武勇伝。
 そして人的被害がほとんどない代わりに多い物的被害。
 まだ結論には至っていないが、九分九厘マーマンは村に現れていないと留美は思っていた。
 けれどその考えを覆すようなマーマンたちの襲来と戦闘経験のない村人への指示に翻弄されて、ただただ困惑だけが胸の奥から込み上げてくる。
 ―――私は一体何を見落としていた……!?
 だが今は思考に没頭している場合ではない。
 自動で鉄砲水を防御する砂の壁に守られ、留美は周囲に展開していく数十本の冷気の槍の一本一本に、村の男たちが巻き込まれない着弾点へと狙いをつけさせる。
 海の水を凍らせさえすればマーマンたちの退路を断つ事になり、動揺を生むことが出来るはずだ。そうすればマーマンの想像以上の強さに怯んでしまっている漁師たちと精神状態は対等になる。
 後はあえて少しだけ海への逃げ道を残しておけば、不利な状況下でマーマンたちが戦い続けることもなく退却してくれる……それが留美の読みだった。
 ―――その後の追い払う役目は腕自慢の連中に任せて、私はたくやの救援に……
 いっそ広範囲魔法でマーマンごと一気に凍らせてしまえれば楽なのだが、そのためには戦っている村の男たちを巻き込まないために全員退却させなければならない。しかし死者こそ出ていないものの、戦い慣れていないがために戦場の“気”に飲み込まれた男たちには、もう指揮の言葉もろくに聞こえていないだろう。
 そして留美もまた、岩場でマーマンに襲われたというたくやを救いに向かわなければならない。そのためにも、マーマンたちの戦意をくじき、留美がいなくても戦えるようにしたいのだが……そう思いながら総数八十七本に達した冷気の槍を展開し終えたその時になって、留美はこの場に姿を見せていない人間がいる事に気がついてしまう。
 留美の気を惹こうと、一人で五匹のマーマンを追い払ったと自慢した……留美にマーマンの存在を虚言だと疑わせる原因となった話をした男だ。
「くっ………!」
 動揺しながらも留美が指を打ち鳴らせば、目に見えない冷気の塊が次々と海面やマーマンたちに降り注ぐ。
 直撃を受ければマーマンの体も凍りつくフリーズランスだ。一本一本の威力は致命傷を与えないように弱めてあるが、何十本と海面に突き立つと、波打つ海が瞬く間に凍りついていく。足を入れていたマーマンはその場で足止めされ、上陸途中のマーマンも胸や腰の位置で海を凍らされては身動きが取れなくなってしまう。
 一息……男たちが上げる歓声を聞きながら戦場を再度確認すると、話を聞かせてもらった際に顔を覚えた男達のうち幾人かの姿が何処にも見当たらない。
 ―――村が危機に陥っているこのタイミングで動き出したのか!?
 沈む船から逃げ出すネズミのように、何人もの男たちが危機に瀕した村を見捨てていた。……だが留美には、男たちに生まれ育った漁村を捨てさせるだけの動機が未だに見抜けないでいた。
 ―――マーマンが襲ってきた段階で逃げ出すことで何の得がある? いや、マーマンが襲い掛かってくるような何かをしでかしているはずだ。それは一体何なんだ!?
 海を凍らせればひるんで退却するかと思われたマーマンたちだが、鉤爪や鉄砲水で凍ろうとする海面を割り砕き、既に上陸した者たちに続こうと突き進んでくる。その進行を再び冷気攻撃で押しとどめるけれど、留美の表情には明らかに焦りの色が浮かんでいた。
 ―――時間が足りなさ過ぎたな。調査にも、探索にも……
 執拗に村へ入り込もうと進行してくるマーマンたちには、まるで怨念めいた雰囲気が漂っている。今の状況で留美が戦場となっている海岸を離れれば、遅かれ早かれ防衛線は押し崩されて非難した人たちにまで危険が及ぶだろう。
 ―――さて、どうしたものか……疲れるから面倒な事はしたくないんだがな。









「村長、村の方は例の偉そうな女が手伝ってくれてるおかげで怪物どもを押し留めてくれているようです」
「そりゃよかった。男二人しか冒険者が来なかったんでどうなるかと思っていたが、どうやらツキはこっちに来ているようだな」
 松明を持った男を先頭に、村長と屈強な男たちが細い洞窟を奥に向けて進んでいた。
「これで計画は八割は上手くいったと言うことか。“疫病神”が現れた時はどうなるかと思ったが……クックック、あの女たちはさしずめワシらに幸運を授けてくれる女神様と言ったところか」
 途中で緩やかな下り坂になっている洞窟を抜けると、一転して広大な空間に出る。天井は松明の光すら届かないほど高く、ドラゴンですら放し飼いに出来そうな大空洞だ。
 それほど広ければ心理的に壁際にいたくなる様なものなのだが、男たちが進む先、松明が照らし出した空洞のほぼ真ん中には、座り込んでいる男の背中が見えた。
 まるで岩のようにゴツゴツとした筋肉。上半身には服と呼べそうなものを着ておらず、巨大な肩鎧とそれを結び止める革紐だけが固そうな体に張り付いている。
 傍らには、おそらくこの男の武器なのだろう、巨大な戦斧が置かれている。普通の人間であれば持ち上げるのにも四苦八苦しそうなその斧を、男は無造作に片手で持ち上げて座ったまま振り回すと、近づいてきた村長へ先端の槍部分を向けて肩越しに担ぐ。
「どうもご苦労様です。いかがです、多少は上達しましたかな?」
「俺様の知ってる女たちに比べりゃマダマダだな」
「ングゥ………!」
 斧を担いだ男はそう言って空いている手で自分の股間に顔をうずめている女の頭を押さえつけ、いきり立った肉棒の先端をノドの奥へと押し付ける。あまりに深く押し込まれたけれど、決して吐き出そうとはせずに、むしろノドの奥をすぼめて亀頭を締め上げながら、しなやかな指先を陰嚢の裏に滑らせてシワをなぞり上げていく。
「そうだ、やれば出来るじゃないか。手荒に扱って欲しくなければ、俺が満足するまでザーメンを飲み続けるんだ。いいな?」
 女の返事はないが、代わりにパシャパシャと水の跳ねる音を小さく響かせながら裏筋に下の腹を擦りつけ、亀頭に頬の内側を押し付ける。ペ○スで歯磨きするように顔を振り、チュポンと唇から吐き出すと、唾液をタップリと吸った射精口を指先でほじくりながら、男の陰嚢をペ○スの代わりに口に含んで舐め転がし始める。
 よく見ると、地面の三分の一ほどには水が張ってあり、岩のような男の股間に必死に口淫奉仕をしている女は、その水の中に身を沈めていた。鼻を鳴らして男の玉を舐め上げるたびに揺れる水面に波紋が走り、別の女の体に当たって波は二つに分かたれてしまう。
 女の数は一人ではない。水の中には五十人近い人数の美女たちが入っていた。誰も彼もが村長たちが水辺に近づいてくると警戒心を露わにするけれど、フェラ奉仕させている男が地獄の番人のように睨みつけているので今いる場所から動けずにいる。出来ることは薄絹一枚纏わせてくれない男たちの視線から濡れた肌を隠すために水へ身を沈めることだけ。たとえ仲間の一人が屈辱的な凌辱を受けようとも、反抗する気力も奪い去られており、ただ震える体を抱きしめて俯いているしかなかった。
「これはこれは。最初の頃に比べればずいぶんと従順になりましたな。この分ならば“新天地”でもさぞ活躍してくれるでしょうね」
「女どもは好きにすればいいさ。もっとも、全員処女のままってのは、いささか欲求不満で気が狂いそうになるけどな」
「申し訳ございません。先生にはここの見張りから女どもの調教まで、何から何までお任せしてしまっているのですが、何しろ“ある”と“ない”とでは随分と値段が違いますから」
「あくどい奴だな。女に値段をつけるとは……だが俺も一匹欲しくなってきたな」
「クッ…ウウ……ッ!」
 男の手が必死に肉棒を舐めしゃぶっていた女の首を掴む。細い首がぽっきりと折られてしまうのではないかと思ってしまうようなゴツゴツの手……反射的に女性はその手を引き剥がそうと両手をかけるけれど、男はさしたる力を入れているようにも見せず、そのまま立ち上がって女性を水面から引きずり出した。
「もっと早くに言ってくだされば考えたのですが、残念ながら四十七匹……いえ、四十七人全員の買い手が見つかっておりまして。どうしても欲しいのでしたら、違約金込みの値段で割高ですぞ?」
「あッ………ッ……ゥア………!」
 宙吊りにされた女性はノドに食い込む指を懸命に引き剥がそうとするけれど、もがくほどに太い指は細いノドに食い込んでいく………だが苦しむほどに、惜しげもなくさらけ出された裸体が扇情的に悶え、むき出しの乳房を打ち震わせる。どれほど喘いでも、男たちは水中から吊り上げられた女性の濡れた素肌に視線を注ぐだけで誰一人として助けてくれようとせず、呼吸を出来ない息苦しさと乳房と秘所をさらけ出していなければならない恥ずかしさに声一つ上げられぬまま涙を流すしかなかった。
「処女の女ってのもややこしいだけだな。とっととブチ抜いちまえば楽なのによ」
「先生、ですから……」
「分かってるよ。だから楽しみ方には工夫が必要なんだろうが」
 そう言うと男は、宙吊りにしている女の体を抱き寄せ、その可憐な唇に吸い付きながら、そそり立つ自分の性器に上に腰掛けさせた。さすがに両手は腰に回して体重を支えたものの、全身の筋肉同様にビキビキに勃起して見るからに硬そうなゴツゴツペ○スはちょうど女性の尻の谷間に押し当てられる。気を抜けば女性の全体重がペ○スの根元に加わって折れてしまいそうな過酷な体勢なのに、恐怖に怯える女の口内をベロベロと嘗め回しながら腰をズイッと突き出した。
「んふゥ………!」
「マ○コもケツの穴も使えないなら、楽しみ方も工夫しなくちゃな……そら、もっとケツを締め付けろ!」
「んッ! ふ…んゥ、あ……ふあァ……!」
 まるでしがみつくように張りのあるヒップに力を込めて肉棒を挟み込むと、女はずり落ちまいと男の背中に腕と脚を絡みつかせる。すると男の手の平にも収まりきりそうにないほどのボリュームのある白い肉果が、無数の傷跡のある男の胸板に押し付けられてしまい、腰を突き出されるたびに先端がコリコリと擦れ、甘い悲鳴を迸りたくなってしまう。
 それでも唇を汚されながら感じた声を上げたくないと言う一心で声を押し殺していると、男の両手が腰から尻の二つのふくらみへと移り、太い指で荒々しく揉みしだきながらカリ首でアナルを、そして付近でクリトリスを擦りたててくる。
「ひゥ! グゥ! んオォ、オゥんんんッ!」
 広い大空洞の隅々にまで響き渡るほどの女性の悲痛な叫び声。挿入はされていなくても、処女にはあまりに激しすぎるリズムで腰を突き出されるたびに、黒光りするほど使い込まれた逞しい逸品で他人には触れられたくない穢れた場所を擦りたてられ、鍛え抜かれた腹筋にクリトリスが触れるたびに脳裏に白い先行が迸る。
 この広い空間に閉じ込められてから何度も辱めを受けたのに、誰一人として快感に慣れてしまうことが出来ない……けれどそれ故に、美しく整った割れ目は耐え切れず、少しでも摩擦を弱めようと大量の愛液を噴き出してしまう。尻の谷間を摩擦される熱さに歯を食いしばりながらも、男の体に回した腕に力を込め、意識にもやが掛かったみたいに思考力を奪われながら硬く尖った乳首を男の胸板へ食い込ませてしまう。
「確かシルヴィアだったな。銀色の髪のシルヴィア……クックック、楽しみにしていろよ。娼館に顔を出したらいの一番にお前を買って、処女を滅茶苦茶に引き裂いてやるからな!」
「はあっ…ん、んうううっ、や…んハァああああああああああッ!!!」
 美女の体の内側で快感の炎が燃え狂い、火照りと疼きが限界を超えてしまった瞬間、誰にも汚されたことのない膣口から一際濃厚な愛液が噴出し、迸らせる快感にガクガクと震えながらオルガズムを迎えてしまう。その衝撃が伝わったのか、ペ○スを締め付ける尻圧を存分に楽しんだ男は女性を支える極太の肉棒から白い精液を迸らせ、水の中にいる女性たちに浴びせかけた。
「ちょ、ダンナ、汚いじゃないッスか!」
「あ〜ん……?」
 声を上げたのは、水の中に入っている男の一人だった。手には鎖の付いた首輪を何本も持っていたが、運悪く飛んできた精液が掛かってしまい、
 ―――ゴキン
 さらに運が悪かったのは、立っていた場所が戦斧の届くところだったと言うことだ。
 男はイかされてしまった屈辱に唇を噛み締めている美女を抱きしめたまま座って戦斧を手に取り、文句を口にした男の頭に叩きつける。
 あたった場所は先端ではなく柄で、ただ無造作に振り回しただけのようにも見えた一撃だったが、超重量級の武器はそれだけで命を奪う一撃を生む。頭蓋骨は砕け、首の骨も折れ、まだ若い男ではあったけれど水に倒れこむとそのまま二度と立ち上がれなくなってしまっていた。
「先生、困りますぞ。働き手の人数が減ってしまったではないですか」
「一人死んだら取り分が増えると思えばいいんだよ。そら、時間がないんだろうが。さっさと作業を終わらせないと、マーマンどもがここに押し寄せてきちまうぞ!」
 誰もこの人には逆らえない……その気になれば、村長や村の男たちを皆殺しに出来る歴戦の戦士だ。それが契約を守り、四十七人の女性の処女には一切手を付けずに護衛をしてくれているのだから、計画が最終段階に入っている今は頼もしい事この上ない。外で他の村人たちと戦っているマーマンなど、この戦士の戦斧の前ではただの魚も同然なのだから。
 仲間が一人死んだのに、他の男たちは悲しむどころか遺体を水から引き上げもしない。狂気の理論の前には自分たちの常識がいかに役に立たない物であるかを知り、目の前で見せられた強い力に憧れさえ抱きながら、逆に怯えすくむ美女たちの首に首輪を取り付けていく。
 ただ、一人だけ……この場に招かれていない少女が一人だけ、悲鳴を上げそうになっている唇を両手で塞いで、洞窟の入り口の物陰でしゃがみこんでいた。
 ―――どういう…こと? 私はただ…男の人を追いかけて…ここまで…それなのに…やだ…怖いよ…先輩………!
 綾乃は心の中で何度もたくやに助けを求めていた。
 この村は怪しいから気をつけろとたくやから言われたの戒めの言葉も忘れて戦場から離れていく男の人を追いかけてしまった自分を悔い、村人の護衛をしていると言った留美の指示に従わなかったことを反省する。
 逃げようと思っても、腰が抜けて立ち上がれない。恐怖が心を埋め尽くし、震える足が物音を立ててしまわないかと気が気ではない。
 ただ、綾乃は涙だけは堪えていた。
 ………先輩、私に力を貸してください!
 手の中にある魔法の杖を握り締めると、それだけで勇気が沸いてくる気がした……そして静かに、ゆっくりと、大きく深呼吸してほんの少しだけ冷静さを取り戻すと、
 ―――こう言う時、「まず逃げよう」って先輩なら言いますよね。
 だけど、たくやなら口では弱気なことを言いながらも、決してあそこにいる女性たちを見捨てるようなことはしない。どうしようもなくなって戦うことになっても、その時には決意を固めて動き出すのが綾乃の憧れたたくやだ。
「………ん」
 まずは考える。一番いい方法を。自分がこれから何をすべきなのかを。
 ―――私ひとりじゃ何も出来ないから……
 足はまだ震えている。―――だけど、立ち上がることは出来る。
 ―――最善は、村までたどり着いて一本道のこの洞窟を先輩や留美先生や村の人と協力して塞ぐことです。
 そして最悪は……そこで考えるのをやめて、綾乃は壁に背中を押し付けながら少しずつ腰を浮かせていく。



 けれど、綾乃は背後から伸びてきた手は綾乃の唇を塞がれると、声を上げることすら許されずに固くて冷たい地面へと引きずり倒されてしまっていた―――












 この時点から時を少々さかのぼり………


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