第十章「水賊」裏1
「ん……ふうぅ……んムッ、んんッ、んグウウウウッ!」
「おらおら、休んでないでもっと舌を動かせよ。腹が減ってるだろうからって貴重な栄養源飲ませてやるんだからよ!」
喉の奥に強烈な臭いを放つ肉棒を捻じ込まれてくぐもった嗚咽を漏らすと、濃厚なオスの体液が唇から押し出され、乾いた地面に零れ落ちる。
「もっと腹に力を入れろ。早く俺をイかせないと、今晩中に全員と犯りおわんねぇぞ」
「無茶言うなって。もう三十人ぐらい犯ったんだぜ。ケツもマ○コもこんだけ締まれば上等だって。ギャハハハッ!」
地面に仰向けに横たわった男があたしのヴァギナに、そして後ろからはアナルに肉棒を打ち込まれ、数え切れないほどの射精を受け止めてドロドロに汚された狭い肉穴を乱暴にかき回す。
愛も情も何もない、ただ性欲を処理するためだけの動きで貫かれ続けた秘所の内側は辛うじて擦り切れていないものの、今にも血をにじませそうなほど腫れあがっている。その痛みを訴えようとしても唇も別の肉棒でふさがれていて息をする事もままならない。両手も待ちきれない男の怒張をそれぞれ一本ずつ扱かされ、あたしは全身を……頭の先から爪先に至るあらゆる場所を犯され、汚され、凌辱されていた。
何度逃げ出そうと思っても、首輪につながれた太い鎖がそれを許してはくれない。反論すれば容赦なく頬をぶたれ、締りが悪くなれば尻に平手が叩き付けられる。
「それにしても何時間犯されてんだよ、この女。ザーメン臭ェったらありゃしねェ」
「だったらさっさと変われよ。おマ○コ待ちは後がつかえてんだよ!」
「冗談じゃねぇよ。ザーメンでドロドロのおマ○コのクセに、こんなにキュッキュッて締め付ける女、娼館の商売女にもいやしねェぜ。ああぁ……たまんねェ、たまんねェ!」
「んぅうううゥゥゥ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
あたしの下にいる男が不意に叫び声を上げたかと思うと、激しく腰を振りたてる。欲望をたぎらせた男根があたしの膣の一番深い場所へと撃ちつけられるたびに、押し広げられた膣口からと直腸の中からも尽きる事無く男たちの精液が押し出され、その分だけ摩擦を増した肉壁にペ○スを擦りつけ、男たちは身勝手にあたしの身体で快感を貪った。
「んグゥ……おむゥ……んんォ…ォ……!」
喉の奥と膣の奥を同時に突かれ、耐え切れずに胃の中のモノが喉を逆流して込み上げる。同時に鼻の奥に濃縮された精液の臭いが流れ込み、涎と精液をまとわせながら勢いよく引き抜かれたペ○スが眼前に突き出される。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
唇から白く濁った液体しか含まれていない胃液を戻しながら、あたしの鼻先に突きつけられた亀頭から粘る精液を吐き出される。男の欲望を含んだ精液はもう汚れる場所もないほど汚されたあたしの顔の上へさらに撒き散らされ、生臭い雄臭が尾行の奥へと流れ込んでくる。
「うわ、きったねェ、こいつ戻しやがった!」
体の下で男が叫ぶけれど、抽挿は一向に弱まりはしない。先端から乳白色の液体を滴らせる乳房は乱暴な手つきで指を食い込ませるように揉みしだかれ、痛みで反射的に締め付けを強くしてしまったヴァギナとアナルにグチグチと二重に音を響かせて肉棒を押し込まれる。
「んぁあああぁぁあああああああああッ!!!」
「口、開いたな。次はオレ!」
「待てよ、オレの方が先に待ってたんだ!」
あたしの喉から悲鳴が迸ると、手に扱かせていた男二人が我先にと唇へ肉棒をあてがってくる。どちらも譲る気のない肉棒は二本同時にあたしの口内へとその身を捻じ込み、あたしの頭を押さえつけて喉の奥に精液を迸らせた。
―――誰か……助けて………
魔封玉を呼び出そうとしても、頭の中にまで精液の充満しているかのように意識が白く濁り、集中できず上手く呼び出せない。それでも呼び出そうと手の平を広げれば、また別の肉棒を握らされ、根元まで精液の纏わり突いた指でしごかされてしまう。
―――もう……握力もない……口だってアソコだって………これ以上犯されたらあたし、あたし………
すぐ目の前には男の身体があるのに、それすらも見えなくなってきた。舌の上を脈打つペ○スが滑り、先走りが擦り込まれた肉棒を握り締めていても、その感覚を感じるまでにズレがあって、まるで意識と身体とが別々になっているような不思議な感覚の中で硬いものを押し込まれてくる。
「見ろよ、こいつ。こんだけ滅茶苦茶にされてるのにアヘアヘよがってやがる。とんだ淫乱だよなァ!」
―――いや…そんな事を言わないで……なんであたしが……こんなひどい目に会わなきゃいけないの……どうして………
射精が近づいてきたのか、ヴァギナとアナルを出入りするペ○スの痙攣が次第に大きくなり、間隔も短くなっていく。
―――犯されてる……乱暴に犯されてるのに……どうしてそんなことばかり感じちゃうのよぉ………
終わらない凌辱。……女の体に変わってしまった事を心の底から後悔する、あまりにもひどい体験。涙を流し、嗚咽を漏らし、男たちに組み伏せられて幾度身体を震わせたかも分からない。
もう犯されていること以外何も分からなくなったあたしに出来るのは、観念して瞳を閉じ、一秒でも早く時間が過ぎるのを祈りながら身体を開く事だけだった。……そしてそんなあたしの態度の変化を見て取った男たちは、下卑た笑みをますます濃くし、腰を激しく振り立てた。
「んッむゥ! んぷ…ッ、んう、ううッ、ん――…ぷあぁ!」
射精を間近に控えて大きさと硬さを増した亀頭にヴァギナと腸の奥を抉られ、口に含まされていたペ○スをたまらず吐き出してしまうと平手が容赦なく頬を打つ。
「ご…ごめん、なさい……ひッ、んむッ、んう、んゥ〜〜〜!!!」
髪の毛を掴んで上を向かされると、涙と精液に濡れるあたしの瞳と狂気に血走った男の視線とが絡み合う。刺激を途中で中断されてビクビクと怒っているようにも見えるペ○スが再びあたしの唇へ押し込まれると、喉の奥を塞ぐように亀頭が口内を圧迫してくる。
「ん……むうぅぅぅ〜〜〜!!!」
張り詰め、今にも弾けそうなほど膨張したペ○スの圧迫感に呼吸すらままならず、白濁液を混じらせた涎を滴らせながら、もう打たれないようにと舌の上で裏筋を、そして上あごで亀頭を丹念に擦り上げる。
「そんなに、怒って、やんなよって。こんな美人で、具合のいい女、ぶっ壊したら勿体無いじゃねェか…なァ?」
「これ一回で終わりなんてよォ……一晩中だって犯してやりたい尻の穴なのに、おッ、で、出そう……尻の穴まで経験済みで、どんだけエロい女だって……!」
そう叫ぶと、男は中出しされた精液で卑猥な粘液音を響かせる直腸の奥へと肉棒を突き立てる。あたしの下でおマ○コを掻き回していた男もそれにあわせ、薄い肉の壁一枚で隔てられているヴァギナの奥へと痙攣を繰り返す亀頭を捻じ込み、押し上げる。
「んムッ、んんんッ、んゥ―――――――――――――――ッッッ!!!」
緊縮していた肉の二穴を同時にペ○スの形に拡張されてしまう。荒々しいピストンの最後に深々と根元まで二本のペ○スを受け止めてしまったあたしの下腹は、男根の形がくっきりと頭の中に浮かび上がるほど肉壷を締め付け、絡みつかせ、あたしの感じる場所を抉り押し上げたまま動きを止めた男性器におマ○コとアナルを激しく淫らに吸い付かせてしまう。
―――どうして………!
「す、スゲェ…おマ○コが吸って……チ○ポ大好きおマ○コが…うぁあああッ!!!」
―――あたし……おかしいよ……こんなに乱暴に、滅茶苦茶に犯されて―――
「こっちも、出すぞ、一緒にイけよ、そら、そらァアアアァ!!!」
―――イヤなのに……中出しされるのなんて、男なのに、こんな奴等の子供を産んじゃうかもしれないって思うだけで涙が止まらないのに、どうして―――
「ああ、欲しい、熱いの欲しいィ!!! おマ○コに熱いの、射精してェ!!! イく、あたしイっちゃう、あ…あはァ―――――――――!!!」
体の一番奥深くで二箇所同時に精液が弾けた途端、あたしの女の身体は焼ききれそうになっていた理性を守るために押し込めていた快感を解き放ってしまう。
膣穴に、腸穴に、摩擦でヒリヒリする肉壁に染みるほど熱い精液が注ぎこまれ、意識を飛ばしながらも吐き出したばかりの肉棒にむしゃぶりつき、先端の小さな穴を音を立てて吸いたてる。
―――口の中まで性器になったみたいに……舐めてるだけで感じちゃってるぅ………!
まだ射精を終えた二本のペ○スの脈動も収まらないのに、あたしの口の中と手の中で、三本のペ○スが同時に白いマグマを噴き上げた。
もう耳も聞こえない。
いやらしい脈動とリズムで迸る精液があたしの口内に絡みつき、左右からも髪や背中を白濁液に汚されてしまう。順番を待つ間、ずっと溜め込まれていた液は溶けた蝋のように肌や髪へ張り付き、その温もりとドロリと滴り落ちる質感に、アクメを迎えて痙攣した体に一際大きな波が押し寄せてくる。
―――イっちゃっ…た。頭から精液浴びせかけられて……体中汚されただけで……はぅうッ………!
喉を鳴らして口内に迸った精液を飲みながら、込み上げる快感に豊満な乳房を打ち振るわせる。―――けれど余韻に浸っている余裕はない。あたしが声を上げて悶え始めるのを知った男たちは射精を終えた男たちを押しのけると、我先にとポッカリ穴の開いた穴へ肉棒を捻じ込んでくる。
「んぁああああああああっ!!! に、二本同時って…ひぁん! お、お尻に、までぇ〜〜〜!!!」
ヴァギナに二本、そしてアレの代わりに濃厚な精液が絞り出ているアナルにまで肉棒が押し込まれ、痛みと快感で思わず震わせた喉にまで二本三本と待ちきれず先走りをにじませた亀頭をグイグイ捻じ込まれる。
―――あたし……どうなるの? このまま……何処まで壊れちゃうんだろ……
出されたばかりの精液が首を、脇を、太股を伝い落ちる
ネットリとした精液の感触……男たちに凌辱された記憶を洗い流してくれるのは、全身を覆うほどに浴びせかけられた男たちの欲望の体液と、濡れたように輝く月の光しか今はなかった―――
「………ヤな夢…見たな」
ゆっくりと目蓋を開く。
もしかしたら目の前には夢の続きのように男たちに取り囲んでいるんじゃないか……不安は薄暗い宿屋の天井が見えることでようやく安堵へと変わり、あたしは胸の奥に溜まった重い空気を吐き出し、額に浮かんだ汗を手の甲で拭った。
超特急便に乗せてもらったあたしと綾乃ちゃんは、険しい山道を二日ほどノンストップで移動し続けてアマノの街からコーヤの街まで辿り着いていた……が、連続する急カーブを曲がりきるコーナリングに耐え、山賊が出ると言う事で長期にわたって手入れもされずに荒れ放題だった地面を苦も無く走破するために特別頑丈に作られた馬車の乗り心地は最悪だった。
助手席で目を回していた綾乃ちゃんはともかく、馬車が派手に揺れるたびに荷台で転げまわっていたあたしは全身打ち身だらけ。とても眠れるような状況ではなく、ゴブリンや野犬などのモンスターとも遭遇し、コーヤの街に夕方に着くと早々に宿屋へ入って休まなければならないほどに消耗してしまっていた。
時計を見ると、時間は日付が変わって少し過ぎた頃。夕食もとらずに眠り続けたせいで変な時間に目が覚めたけれど、
………傍を通ってきたからかな。今の夢で全部思い出しちゃった。
夢に見たことは現実にあったこと……しかもショックで記憶の底に封印されて忘れ去っていた事柄だ。
冒険者ギルドで受けた盗賊団の監視と言う依頼。それ自体が山賊たちに事情を伝え、あたしと言う“餌”を提供する偽の依頼だった。
あたしがその事を知ったのは、騎士団に助け出され、街に戻って冒険者ギルドに掛け合っている最中の事だ。受付をしていた男が山賊と水賊、二つの顔を持つ盗賊団のボスの弟で、あたしの話の途中でその男が捕まえられたせいで、あれだけひどい目に会わされたのに依頼料は1ゴールドも貰えなかったのだ。
しかもその後、行方不明になった山賊たちの財宝のありかをあたしが知っていると勘違いされ――実際にはゴブアーマーたちが空っぽの体内に隠し持っていた――、上手い話につられて水賊たちが街から逃げ出そうとしている船に同乗させられて……
「はぁ……やだやだ。ヤな事ばっかり思い出してる。寝よ寝よ」
思考を振り払って枕に頭を沈めても眠気は一向にやってこない。それどころか、目を閉じれば脳裏に焼きついた夢の光景が浮かび上がり、そのたびに怯えが身体を支配する―――そして目を開けてここが安全な宿屋であることを再確認しなければ、震え強張った胸が元に戻ることは無かった。
―――あの後、気を失う寸前まで犯されて……そこでやっとモンスターを呼び出せたんだっけ。
眠る事を諦めて目を窓の外へ向ける。ちょうど輝く月がベッドから見える位置にあり、室内は明るく、おかげで余計に目は冴えていく。
ハァ……とため息を吐き出すと、あたしは眠る事を諦めた。
―――誰かに抱かれてる時はモンスターが呼び出せない……ま、見つかってすぐに押し倒されてレイプされたから、どうしようもなかったって言えばそれまでなんだけど……
自分の能力をきちんと把握していなかったせいで刻み込まれたトラウマはかなり深い。知っていれば押し倒された瞬間にモンスターを呼び出して、ひどい目に会うことも無かったはずだ。
もっとも、あたしが男の体のままなら、山賊たちも生かしてはおかなかっただろう。見つかり次第、サクッと殺されてアノ世に旅立っていた事だろう。―――そう考えれば、こうして生きていただけ運がいいとも言える。
―――災い転じて福………アレ? あたし、今回の騒動でなんか得があったっけ?
得したと言えば、コーヤの街までの馬車代が浮いたぐらいだ。だけどそれ以外では、依頼料は貰い損ねるし、足止めくったし、ポーションとか消耗品の書いたしとか……考えも無く宿屋で泊まっちゃったけど、財布の中身はかなり目減りしてしまっている事を思い出してしまう。
「シクシクシク……これじゃまた娼館で働かなきゃいけないかも……」
また新たなトラウマ確定か……考えただけで気が滅入りそうになるけれど、だからと言って、この街で足を止めているわけにもいかない。戻ることも出来ない。あたしには前に進む道しか残されていないのだから。
「………言葉にすると格好いいけど、何もかもが無駄だったって言う道もあるんだよな〜……」
身体を回転させて枕に顔をうずめる。
あたしの旅には、目的があるようで明確な目標が何一つない。考えないようにしてはいるけれど、こうして暗い部屋に一人ぼっちで思索をめぐらせていると、頭の片隅から黒いもやの様に言い様のない不安が込み上げてきてしまう。
「………いっそ、女のまま生きてた方が幸せになれるかもね」
うん、それは名案だ。
あたしがその気になればいい男の一人や二人捕まえるのはそんなに難しい事じゃない。きっとアイハラン村で一人寂しく道具屋を営むよりも裕福で幸せな人生を送れるだろう。
それよりも娼館でちゃんとした娼婦になるのもいいかもしれない。男に抱かれる事には未だに抵抗感があるけれど、女の体の気持ちのよさはそんなに嫌いじゃない。娼婦としては将来有望だって言われてるんだし、高級娼婦になって名声を得るのもひとつの手だろう。
「そうだよね……今のままだとひどい目に会い続けるばっかりだもん。そこから逃げたって……誰にも咎められたりしないよね」
一瞬、長い髪の女性が真っ赤になった顔であたしを怒鳴りつけた気がしたけれど、長年そばにいた幼なじみの顔ですら霞んで思い出せなくなってきていることに、またひとつ、あたしは気持ちを暗く沈んでしまう。
「……ほんの二ヶ月足らずで潮時か。あたしにしては頑張ったほうかもね」
この気分は、きっと今夜だけのものだ。朝になればいつもどおり元気に綾乃ちゃんと顔をあわせ、次の街に向かって歩き出せると思う。
―――でもダメだ。きっとダメだ。
あたしの心はあたしを許せなくなっている。山賊たちに輪姦されて感じるような淫乱な自分を……先の見えない辛い旅に疲れてくじけそうになっている自分を、許せないのに受け入れてしまう。
受け入れてしまえばきっと、あたしは立ち直れなくなるだろう。泣いて、座り込んで……そうなったら娼館に行って、誰でもいいから慰めてもらおう。その方が幸せになれると、ついさっき自分でも考えたはずなんだから。
「―――で、そんな風にいい具合に人が落ちこんでる時に、何か用なの?」
部屋の中にあたし以外に人はいない。その代わりに、阿多親声だけじゃなくて心にまで聞き耳を立てているヤツが一人いた。
「はいはい……わかったから。出てきていいわよ、ゴブハンマー」
汗を吸ったシャツがまとわりついた身体をゆっくりと起こすと、あたしはゴブアーマーが封じられた魔封玉を手のひらに呼び出した。
ゴブアーマーだけは特別で、四体が一体の魔封玉に封印されている。四体で一人前なのか……と思わないでもないけれど、宝玉にも似た輝きを放つ小さな魔封玉から、まるで押し出されるように右手がトゲ付き鉄球の鎧を着たゴースト、ゴブハンマーが姿を現し床に降り立った。
『ハンマァァァアアアアアアアアアッ!!!』
「うるさいわよ。隣じゃ綾乃ちゃんも寝てるんだから、時と場所と状況ってもんを考えてもっと考えて叫びなさい」
『ハ、ハンマー……』
「うん、よろしい。……それでどうかしたの? 無理やり出てきたがるなんて珍しいじゃない」
『ハ、ハンマハンマハンマー!』
「へ? やっぱり忘れてるって……あたしが?」
最初はあたしを慰めるために出てきたのかと思ったけれど、どうもそうじゃないらしい。こんな夜中に出てきて忘れてるといきなり言われても、はて何のことやらと首を傾げてしまう。
『ハンマー……ハンマハンマハンマ、ハーンマハンマハンマー』
「え〜なになに、水賊のアジトで? ふむふむ、舞子ちゃんを探し出して? ほうほうそれで…え、ご褒美?」
『ハンマー!』
それだと言わんばかりにゴブハンマーが鉄球のトゲの一本であたしを指差し、大きく頷いた。
「あ…ああ、ああ、ああ! そういえば約束したっけ。舞子ちゃんの居場所を見つけた子にご褒美上げるって。覚えてる覚えてる……てか、いま思い出した。あはは、ごめんね〜♪」
『ハ…ハンマァァァ!』
「忘れてたのは謝るから。ごめんって……でもご褒美の前にひとつ聞きたいことがあるんだけど、いい?」
『ハンマ?』
「あんた、どうして「ハンマー」としか喋らないの?」
今度はあたしが指差して、そう尋ねてみる……すると、
『ハ、ハンマー?』
ゴブハンマーは小首を傾げてすっとぼけた。
「今さらなに誤魔化そうとしてんのよ。知ってるんだからね、あんた、フジエーダで初登場した時にちゃんと普通に喋ってたじゃない。とぼけるつもりならそれでもいいけど、その時は……教会に連れてってお払いしてもらうから」
『ハンマアアアアアアアアアアアアアッ!?』
「よし決め〜た。明日は教会に寄ろう。でもってお払いしてもらって幽霊が近くに寄れないようにしてもらって、さらに聖水まで買っちゃうもんね。なに? 聖水っておしっこ? 馬鹿言ってるんじゃないわよ。教会で清めてもらったお水のことよ。それでたっぷりとあんた等の着ている鎧を洗ってから、全員分の鎧を武器屋に売っちゃうのよ。さ〜て、今回は色々は損失が出たから、それで何とか赤字補填しないとね〜」
『ハンマァァァ!!! ハンマ、ハンマー、ハンマハンマハンマ、ハーンーマ―――ッ!!!』
「ふふん……許して欲しい? それだけはやめて欲しい?」
『ハンマー!』
「じゃあきちんと喋りなさい。魔力の繋がりから考えてるのを読み取るの、集中しなくちゃいけないから結構面倒なんだから。これでもまだ喋らないようなら………ねえ、飼い主に逆らう犬って、どういう目に会うか知ってる?」
暗に「捨てちゃおっかな〜?」と匂わせる発言に、ゴブハンマーは予想以上にダメージを受けたらしい。しばしの葛藤の末についに膝を突き、ガックリとうな垂れると、
『そ…それだけは勘弁してくださいハンマー……』
と、最後の抵抗に思いっきり変わった語尾をつけて久しぶりに普通の言葉を口にした。
『ゴブリーダーに教えられたハンマー……キャラが薄いから「ハンマー」しか喋らないほうが力持ちキャラのイメージを前面に押し出せるハンマー……もし普通に喋ってるのがばれたらカルテットから追い出されるハンマー………』
「……………あ〜」
なんて言うか……既にトゲ付き鉄球って言う非常に暴力的で稀有な個性を持っておいて、さらに個性を追加しようとしてたわけで。確かに普通に喋るよりも“縁の下の力持ち”キャラっぽくはあるけれど、無理やりってのはよくないと思うんだけど……もしかして、一番個性のないゴブリーダーのイジメかな?
『ま、魔王様、いや、たくや様、お願いハンマー。もしこうやって喋ったのが知られたら、行く所がなくなるハンマー。ずっと外に出っぱなしだと、たくや様に迷惑かけて着いて歩けなくなるから、その内す…捨てられてしまうハンマー……』
「そっか……でも頑張ったよね。これまで何回か出番があっても、ずっと「ハンマー」しか言わなかったんだから。言いたい事もいっぱいあったでしょ? ごめんね、気付いて上げられなくて……」
『た…たくや様ハンマー……』
「でもゴメン。魔封玉出しっぱなしだから全部聞かれてると思う」
一体以上ゴブアーマーを出してたら、全部出さない限りゴブアーマーの魔封玉は消えたりしない……ゴブハンマーは説明してくれたのは嬉しいんだけど、その声はベッドの上に転がしている魔封玉にも当然届いている。中まで声が届いているかどうかは分からないけれど、あたしの思念が届く以上、ほぼ確実に喋った事は伝わっていると考えた方がいいだろう。
『そんな……こ、これで全て終わってしまったハンマー……』
「別に落ち込まなくても。元々無茶苦茶な命令だったんだし、あたしがゴブリーダーに取り消させるから心配しなくていいって」
けれどゴブハンマーは落ち込んだまま、首を横に振った。
『魔封玉に戻れたとしてもダメハンマー……約束を破ったハンマー』
「え………?」
約束と、そう口にしたゴブハンマーの言葉があたしの胸に突き刺さった。
『やり遂げる事が出来なかったハンマー。その上、浅ましくもたくや様に頼って何とかしてもらおうだなんて……お、男としてあるまじき行為ハンマー!』
「ッ………!」
あたしは……どうだろうか。
男に戻るための旅を途中で諦めて投げ出しそうになっているのは……ゴブハンマーの言う“男としてあるまじき行為”なんじゃないだろうか。
―――だけど、男に戻るのを諦めるんだから、女になろうってわけなんだから、それは悪いことじゃ……
『と言うわけで……お世話になりましたハンマー。ゴブハンマーはこれより一人で生きていくハンマァァァ!!!』
「―――って、ちょっと待てェ―――!」
三頭身だけどそれなりに大きいゴブハンマーが鎧をガチャガチャ鳴らして扉へと走り出したのを、あたしは慌ててベッドから飛び出し、しがみ付いて取り押さえる。
『離してハンマー! 後生ハンマー! もう仲間にもたくや様にもあわせる顔がないハンマ―――ッ!』
「さっきTPOをわきまえなさいって言ったばっかりでしょうが! それよりどうしてそう極論に向けて突っ走るのよ、いきなり離脱って話を飛躍させ過ぎなの!」
『だって…だって……たくや様やみんなと別れたくないけど……自分が許せないハンマー…こんなにも不甲斐無い自分じゃお役に立てないハンマー……』
「うぐっ………」
『どんなに嬉しい事があっても、ずっと今日の失敗を後悔し続けるハンマー……た、例え将来偉大な大魔王様になられるたくや様にお仕え出来ても、心はいつまで経っても満たされないハンマー! だから離して欲しいハンマー、行かせて欲しいハンマ―――ッ!!!』
「そっか……そこまで考えて………」
あたしはうつ伏せに倒れてもジタバタもがき続けるゴブハンマーの上から退くと、硬い鎧の背中に手を置いた。
「じゃあ仕方ないよね……ゴブハンマー、今までありがとう」
『………ハンマー?』
「行っていいよ。そんなに決意を固めてるんだもん。あたしがどんな言葉をかけても放れて言っちゃうよね……ただお願い。一人になっても人を傷つけるモンスターにはならないでね」
『………ひ、引き止めないハンマー?』
「うん。ここでさよならだね、ゴブハンマー」
あたしが離れると、ほんの少しの間床にうつ伏せになったままでいたゴブハンマーがムクリと起き上がる。
そして左手をドアノブにかけ、
『本当に行くハンマー!』
「元気でね……って、中身が幽霊なのにちょっと変よね。………でも、やっぱり元気で。モンスターと人間とじゃ手紙で連絡を取る事も出来ないし、だから……さ」
『ほ…ホントのホントに行っちゃうハンマー! 引き止めるなら今のうちハンマー! 後で寂しくなっても後の祭りハンマー!』
「そうだよね……だから、早く行って。別れが辛くなるから……ずっとそこにいられたら、お互いに苦しいだけだよ?」
『そ、そうハンマー……わ、別れが辛いから…え〜と、え〜と……』
ドアノブを握ったまま立ち尽くし、必死に悩んで言葉を探すゴブハンマーの肩に、あたしは背後から手を置いた。
「出てく? それとも白状する?」
『………ハンマー?』
「うんうん、もう決心が鈍っちゃったか。じゃああたしが背中を押してあげる。まずはバーンと扉を開けて、明るく楽しくお別れしましょうね♪」
笑顔を浮かべてあたしはゴブハンマーの肩越しにドアノブを握り締める……するとゴブハンマーが、
『待ってハンマァァァ! 許してハンマァァァ!』
と、泣きながら――もちろんな紙が空っぽのリビングメイルに涙を流せるはずないのだが――あたしの腕を押し止めた。
『全てはたくや様を励ますつもりでやった演技ハンマー。こ、このまま落ちぶれようとなさるお姿を見るに見かねてやってしまったハンマー。だから…だから追い出して一人ぼっちにするのだけはやめてハンマァァァ!』
やっぱりか……なんか不自然なほどあたしの心にグサグサ突き刺さる言葉を言うと思ったら、自作自演でお芝居をしていたわけだ。もうちょっとでだまされるところだった。
「まったくもう……ややこしい事するんじゃないの。わかった?」
『分かりましたハンマァァァ! オ〜イオイオイオイ!』
あとついでに付け加えるならば、
「もしあんたをあたしが引き止めてたら、つまりは途中で宗旨替えするってことになるでしょうが……それって、あたしが旅をやめる事を肯定するってことよ?」
『…………………………………あ』
「だからあんたの決意が何処まで本気か試そうと思ったら……簡単にはがれちゃったわね、あんたのメッキ」
『シクシクシク……ひどいハンマー……一世一代の大芝居と男心を弄ばれたハンマー……』
「ふふふ…♪ じゃあ今度は、またまたあたしを弄んでみる?」
こちらの言葉をすぐには理解できなかったのだろう、頭の上に「?」を浮かべてそうな様子で振り返るゴブハンマーにチュッと口付けした人差し指を押し付ける。
『ハ、ハンマァアアアァァァ!?』
「さっきのお芝居に最後までだまされてあげる。あたしはゴブハンマーを引きとめて、明日もまた旅が出来るぐらいに元気になって……だから、さ。今夜はご褒美ってことで……そ、それ以上とか以下とか無しだから、わかった!?」
―――なんか、自分で言っててハズかしくなってくるよぅ……
だけどあたしを励ましてくれたのはゴブハンマーだ……それに報いるためだったら、忘れていた“ご褒美”をあげる事にも戸惑いはない。今夜だけは、この優しい鎧の幽霊の好きにさせてあげよと思う。
………と、思っていたんだけど、
『ハ……ハンマぁ〜………』
「な!? え、ちょっと!?」
よっぽど嬉しくて興奮しているのだろう、徐々に温もりを帯びていた鎧が急にガックリひざまずき、バラバラに崩れ落ちて行く。
「もしかして魂抜けちゃったの!? ど、どこ!? どこにいるのよォ!?」
魂が抜けたらリビングメイルもただの鎧だ。そして同様に、鎧から出てしまえばゴブハンマーも見ることも触れることも出来ない魂に過ぎない。もしかしたら嬉しさのあまり本当に昇天してしまった可能性もある。
「いたら返事しなさいよ! ほ、ホントに何処!? うわ、なんて隠密性なのよォ!」
あたしの声に思念で返事は伝わってくるけど、存在の薄いゴブリンゴースト配置の特定が難しい。
慌てふためきながらゴブハンマーのゴーストを見つけてベッドの上に行くまでには、それから少々の時間を費やさなければならなかった―――
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