第十章「水賊」04


「ここがあんたらの部屋だ。」
 船の護衛……と言うか用心棒まがいの仕事で依頼されたというのに、ろくに船の中を案内される事もなく、舞子ちゃんを含めたあたしたち三人は狭い部屋に通された。船内と言う限定された空間の中では仕方のないことなんだろうけれど、室内には二段ベッドが二つ作りつけられていて、見るからに寝るためだけの部屋。しかもシーツはいつ洗ったのかと聞きたくなるほどの汚れっぷりだ。
 とてもじゃないけれどここで一晩……なんてことは考えたくもなかった。
「何かあったら呼びに来るからな。それまでのんびりしててくれ」
「はぁ……案内ありがとうございました。それと……お連れの人に謝っておいて欲しいんですけど……」
「………ケッ」
 仲間を一人倒されたせいか、部屋まで案内するよう命じられた男の機嫌は悪い。けれどその一方で、雨に濡れたあたしのへ視線をチラチラと受けては、鼻息をわずかに荒くして股間を膨らませるのはどうかと思うんだけど……
 ―――この船の中、貞操の安全は大丈夫なんだろうか……
 船の上では逃げ場もない。しかも見た感じ、女っ気はあたしと綾乃ちゃんと舞子ちゃんの三人だけ……まるで、猛獣の檻に放り込まれたウサギのような気分だ。
 それでもいきなり襲い掛かってくることはなく、男は案内を終えると、不機嫌だけど名残惜しそうにあたしの方を見ながら部屋を後にする。
「……いや、襲われるのが前提ってのも考えすぎかな」
「なにに襲われるんですか? それよりも、早く髪の毛を拭かないと風邪を引いちゃいますよ」
 荷物を降ろした綾乃ちゃんから乾いたタオルを受け取ると、雨具にしていたマントをベッド脇のフックに引っ掛け、芯まで水分を吸った髪の毛をクシャクシャと拭く。
 本当なら今は女の姿なんだし、丁寧に櫛で梳いたりと身だしなみに気をつけた方がいいんだろうけれど、そのあたりは大雑把に。周囲にいつ襲ってくるか分からない男たちが何十人といるのだから、小奇麗にしておく必要性もまったく感じないし、むしろどう警戒しておくべきかを考える方が重要に思える。
「舞子ちゃんも雨具を脱いだ方がいいよ。着たまんまじゃ座る事も出来ないでしょ」
「あ……は、はいですぅ……」
 間延びした喋り方が少し気になってしまう。
 イヤ、と言うわけではない。むしろ転がるような可愛らしい声とマッチしていて、聞いていて頬がついつい緩んでしまうぐらいだ。
 男に囲まれていたときの緊張も、女だけ――いや、あたしは正確には女じゃないんだけど――の部屋で安心したのだろう、舞子ちゃんは雨具をハズし、間深いフードから顔を……
「うゎ……」
「………綺麗」
 舞子ちゃんの素顔が露わになると、あたしと綾乃ちゃんは二人して感嘆の声を漏らしていた。
 艶やかなストレートの髪に声のイメージと重なり合う少女のような童顔。『美しい』と言うよりも『可愛らしい』と言う方がぴったり来る幼くも魅力的な美貌に、召喚でそれなりに美人には見慣れているはずのあたしや綾乃ちゃんが思わず魅入られてしまう。
「? どうかなさったんですかぁ〜?」
「あ〜…い、いや、別に……ね、綾乃ちゃん?」
「は、はい。私はそっちの方に興味はありません。せ…先輩は別ですけど……」
 ……って、どさくさにまぎれてなんて事を言ってるのよ、綾乃ちゃんは……
 もっとも舞子ちゃんには言葉の意味が伝わっていないらしく、頭の上に「?」が見えそうな顔をして首をひねっている。
 雨具の下はそれほど珍しくもない旅人風の衣装だ。もっともスカートの丈は結構短く、裾から伸びる太股が目にまぶしい。舞子ちゃんの可愛さを十二分に強調する服装なだけに「娼婦なのだろうか?」と言う疑念が頭をよぎるけれど、むしろ世間知らずのお嬢様と言った方がぴったり来るだろう。
「あのぉ〜…さっきは危ないところを助けていただいて、ありがとうございましたですぅ〜」
 三人とも雨具を脱いで一息つくと、二段ベッドの下側に腰を下ろしたあたしへ舞子ちゃんが深々と頭を下げた。
「いや…それはまあ別に、気にする事の程でも……」
 結局は綾乃ちゃんの言うとおり、自分で首を突っ込んでしまったトラブルだ。こうまで素直に感謝されると気恥ずかしすぎて、どういうわけか罪悪感すら覚えてしまい、視線をまともに合わせられない。
「そんなことありませんですぅ〜。あの時のお姉様…とっても素敵だったですぅ〜……♪」
「あ、あはは…ありがと………で、「お姉様」ってなに?」
「お姉様はお姉様の事ですぅ」
「だからそうじゃなくて……」
 ううゥ……会って間もないあたしに頬を染めて「お姉様♪」って、この子、なんか危ない気がするんだけど……え? 何故か綾乃ちゃんが不機嫌な表情に……え? え? 悪いのはあたしですか!?
 綾乃ちゃんがあたしの事を「お姉様」と呼びたがっているのは知っている。普段は恥ずかしさが先に立ってしまってそう呼ぶ事はないのだけれど、興奮が昂ぶった時などは頬を染めながら「お姉様…♪」と口にしてしまうのだ。それがあたしを慕ってくれているがゆえの行為なだけに……別の女の子にあたしが「お姉様♪」と呼ばれれば、まるで奪い取られたようで良い気分はしないだろう。
 ―――でも、あたし的には二人の女の子に「お姉様♪」と呼ばれるのも、悪い気はしない。むしろ、なんていうか、言葉では説明しづらい衝動が、こう、グッと来るというか……まるで二人に奪い合われているようで、いやはや、なんとも、どうしよう?
 誰にも見られていなければ嬉し笑いを延々としていたいところではあるが、舞子ちゃんと綾乃ちゃんの対立の構図が生まれようとしている最中では、さすがに出来ない。
 無邪気にあたしに微笑みかける舞子ちゃんに、表情に出るほど不機嫌になっている綾乃ちゃん。先はまだ長いのだ。ここで二人の仲を取り持っておかないと、ギスギスした雰囲気のこの部屋で過ごさなければいけなくなる。……それだけは勘弁して欲しい。
 だけど綾乃ちゃんはともかく、舞子ちゃんのことは出合ったばかりでほとんど分かっていない。何とか場をなごませる一言を切り出そうと頭を回転させるものの、下手に口を開けばどんな事になるかも想像が……
「ん? 船が動き出してる……」
 船室の壁にはめ込まれた丸い窓。雨の水滴が流れ落ちる向こう側の風景が、少しずつではあるが横へ横へと動き出していた。
「もう出発なんだ」
 雨が降っているとはいえ、出航予定だったのだから船が動いていること自体はおかしくない。……とは言え、山奥育ちのあたしにとって、これだけ大きな船で移動することに興味は尽きない、さすがに今から甲板に上がっては船員さんたちに迷惑が掛かるだろうが、せめて窓から外でもと、腰を浮かせて壁に歩み寄る。……が、窓に顔を寄せたところで、いきなり舞子ちゃんに体当たり同然の勢いで抱きつかれてしまう。
「うわぁ〜、こんなのが本当に動いてますぅ〜。お姉様、ほらほら、見て見てぇ〜♪」
 ――舞子ちゃんもよほど船が動く事が興味深かったのだろう。小さな窓をあたしと半分するように覗き込み、遠ざかっていくアマノの街に声をはしゃがせている。……だけど、それを見ている余裕はあたしにはなかった。見た目以上にボリュームのある舞子ちゃんの胸があたしの腕にギュッと押し付けられ、横で飛んだり跳ねたりするたびに弾力のある膨らみが……ごめん、綾乃ちゃん。こっちの大きさでは舞子ちゃんに軍配が上がってます。
「……やっぱりもうちょっと欲しい…クスン」
 そんなことで泣かなくても……と思うのは、あたしが女になった最初っから巨乳で、綾乃ちゃんの本当の気持ちが分かっていないからなのだろうか……
 それはともかく。
「綾乃ちゃんも見てみる? 早くしないと街が見えなくなっちゃうよ」
 名残惜しいものの、舞子ちゃんの腕を優しく解いたあたしは、自分の場所を綾乃ちゃんに譲るため、一歩脇へ寄った。そして驚いた顔をしていっる綾乃ちゃんの手を引いて窓の前へ立たせ、後ろからその肩に両手を置いた。
「あ…せ、先輩……でも……その……」
「遠慮する事ないって。一人だけ仲間はずれにしたりしないから」
 綾乃ちゃんの目がチラリと舞子ちゃんに向けられたのにはすぐに気付いた。控えめな綾乃ちゃんの性格では積極的な舞子ちゃんに一歩引いてしまうのは仕方がないとしても、
「綾乃ちゃんも一緒に見よぉ〜。あ、ほら、あの塔、スゴく高いですよぉ〜」
 ―――こうして、その舞子ちゃんからも接してくれれば、遠慮なんてしなくていいと気付くはずだ。
「………………」
 あたしに引っ付いた辺りから軽く嫉妬していた自分の気持ちを恥じているのだろう、舞子ちゃんに話しかけられても、綾乃ちゃんは俯くばかりですぐには声を出せなかった。でも、あたしが軽く背中を叩いてあげると、顔を上げ、驚いた表情であたしを振り返り、そして、
「……そうですね。スゴく高いですね」
 と、笑顔で舞子ちゃんに微笑み返してくれた。
 ――さて、これでこの二人は大丈夫だろう。
 綾乃ちゃんは少し人見知りをするけれど、決して一方的な理由で他人を嫌うような子じゃない。舞子ちゃんが見せた笑顔も裏表があるようなものには感じられない。あとはちょっとした切っ掛けで綾乃ちゃんの誤解も解ける……ま、最初はきちんと話してみることが大事、と言う事だろうか。
 ――あとは……
 小さくなっていくアマノの街を見て和気藹々と喋り始めた二人に気配を気付かせないように離れると、腰に挿したショートソードの重みを確認しながら扉を開けて、静かに廊下へ滑り出る。
 音を立てずに扉を閉めるのは、出るのに比べればそれほど神経は使わなくていい。動き出したばかりの船ではそこらじゅうから軋む音が聞こえてきている。扉の軋みならそれらの騒音にまぎれて掻き消え、気付かれないだろう。
 ふたりに気付かれる事なく外に出れれば一安心だ。すぐにいないことに気付くだろうけれど、話をするだけなら、それだけの時間で十分にことは足りる。
「……何の用? 女の子の部屋を覗き見るのは感心できないわよ」
 あたしが顔を上げると、通路の前後、あたしを挟んで道を塞いでいるかのように大きな身体をした男が二人立っていた。
 顔には見覚えがある。昨晩、依頼主の男性と一緒に宿屋に来ていた三人のうち、船着場であたしが気絶させてしまった男を除いた残り二人だ。
 二人からは特に殺気を感じると言うほどでもない。けれど、昨晩からの一連の流れを考えると、ただ謝りに来ただけとも思えない。
 ――やっぱり押し倒しにきたとか……ううう、美人は損だな……
「気配まで読めるのか。さすが盗賊団を一人で潰すだけあって、なかなかやるじゃねェか」
「読みたくて読めるようになったわけじゃないわよ。そりゃもう、今こうしてここで生きてるのが不思議なぐらいに散々な目にあってきたんだから。それと……盗賊団の話はやめて。最新のトラウマを生々しく思い出しちゃうから」
「あ、ああ、すまなかった。詳しい事情を知らなかったもんでな。許してくれ」
「それはいいけど……」
 前と後ろに身長も体重も力も上の男二人に挟まれて、あまりいい気はしない。念の為に手の中に魔封玉を準備しているけれど、内心では逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。ああぁ…どうしてあたしばっかりこんなに恐い思いをしなくちゃいけないのやら……
 それでも踏みとどまっていられるのは、ひとえにもっと恐い目にあってきたからだったりする。野犬の群れに襲われたり、鉄砲水に飲み込まれたり、オークの群れとチャンバラしたり、デーモンに襲われたり……それらに比べれば、いくら強そうでも普通の男の人二人程度なら、踏みとどまっていられるほどに怯えを押し殺す事が出来る。
 ……いや、自分で言うのもなんだけど、あたしも随分成長したもんだ。
 もっとも、もし部屋の中に綾乃ちゃんと舞子ちゃんがいなければ、依頼を放り出して逃げ出していたと思う。
「………だから何よ。用件があるなら早く言いなさい。あたしはそれほど気長じゃないわよ」
 心の中では「早く言ってくれなきゃ逃げ出しそうです…」と思ってるけれど、それは秘密で。
「……………」
 それでもあたしが促すと、前と後ろで男たちは視線を交差させ、廊下に緊張感が充満する。
 そして―――
「もうしわけありませんでしたッ!」
 男の人たちは、腰を直角に折り曲げて頭を下げた。
「まったくもって申し訳ない。俺たち、完全にあなたの実力を読み間違えておりました!」
「あの華麗な身のこなし、さぞや名のある冒険者だと思われます。俺たち、これからは心を入れ替えて女の子にも優しくしますんで、どうか今日と昨日のことに侘びをいれさせてください!」
「ボスが急に女の冒険者を雇い入れると知って、俺たちお払い箱になるんじゃないかと気が気じゃなかったんです。貰える金も俺たちの何倍もあるし、それで気が立ってて……」
「ですから、ここは穏便に。ここを追い出されたら、俺たちのような強面の無法者には行く当てもないんで。お願いします、お願いしますッ!」
「そっ……いきなりそう言う事を言われても……」
 まさかストレートに頭を下げるとは思っていなかった。意表を疲れる行動にポリポリと頬を掻くと、どう答えていいものか必死になって考える。
 ……考えてみれば、あたしのような女の冒険者が強いだなんて、百人が百人信じるはずがないのは目に見えている。この人たちだって、急に現われた商売敵を警戒していただけなんだし……ああもう、素直に謝られるとどうにも弱い。
「わかった。今回の事は水に流してあげる。ただし、あたしの連れを恐がらせたり、指一本でも触れたりしたら、その時はタダじゃ置かないから。肝に銘じておいて」
「押忍。肝に銘じておきやす。仲間たちにも伝えて徹底させておきますんで」
「そう。……だったらあたしへの依頼料、4000ゴールドだそうだけど、半分はあなたたちにあげるわ。船の中でのボディーガード代ってことで」
 ―――あ、口開けてポカンとしてる。謝りに来たのに2000ゴールドあげると言われれば、驚くのも無理ないだろう。
「恥ずかしい事にこんなに大きい船に乗るの、初めてなの。だから色々と教えてもらったり面倒を見てもらう代わりに…って考えてくれればいいわ。あなたたちにも悪い話じゃないでしょ。……そもそも、4000ゴールドって言うのも貰いすぎなんだし」
「い…いいんですか? 本当に? じょ、冗談じゃないですよね?」
「これでもあたし、故郷では商売人やってたんだから。嘘や冗談でお金の話なんてしないわよ」
 言い方は悪くなるけれど、街に帰れば娼館もあり、お金があれば行く事も出来る。危険を冒してあたしを襲う事を選択させるより、もっと安全確実な手を選ばせさえすれば、それだけあたしの危険も減少する……と言う計算もある。
 なにしろこっちは女だけの旅なのだ。多く貰いすぎる依頼料を少し減らし、不慣れな船内に少しでも味方を作れるなら、それが一番いいはずだ。
「それでどう、この話。受けてくれる?」
「う、受けるも何も、そんないい話なら喜んで」
「俺たちのことは射程だと思って何でも言ってください、姐さん」
 ――姐さん…ね。お姉様とか呼ばれたり、何かと今日は“姉”扱いされる事が多いな。本当は弟…いや、今は“妹”なんだけど。
 それは今ごろ考えなくてもいいことだ。最初に顔をあわせた時とは打って変わって、急に腰が低くなった二人にお願いすることは……今は特にない。
「じゃあ、北の街に着くまでよろしくお願いね。依頼料は到着してから貰う予定だから、払うのはその時に」
「へ……北の街、ですか?」
 ――……なに、今の反応。
「ええっと、ちょっと待って。この船が向かってるのは、アマノの街から北の、山を越えたところにあるコーヤの街なのよね?」
 あたしが問い詰めると、男はあからさまに視線を逸らした。
「あ……あ〜あ〜あ〜、そうでしたそうでした。コーヤならコーヤって言ってもらわないと。一瞬別の町かと思っちまいましたよ。なあ?」
 代わりに、背後にいた男があたしと正面の男との間に割り込み、説明する。……けれど本当にそれだけ? 垣間見えた疑念をさらに問い詰めようとするけれど、
「それじゃあ姐さん、俺たち警備の仕事がありますんで。これにして失礼しやす」
「あとそれと、急いで出航したんですが、これからどうも雨と風が強くなるようなんで、到着は少し遅れそうです。河が荒れてきたらどこかで停泊するかもしれませんので」
 ――ちょ、ちょっと、質問への説明は!?
 踵を返した二人は逃げるように通路を早足で立ち去り、残されたあたしは消化し切れないわだかまりを抱えてボンヤリと立ち尽くしていた。
 何かある……昨晩の依頼主の態度から漠然とそう思っていたけれど、それが徐々に現実味を帯び始めていく。どこかで何かが動き出している気配を感じられるのに、あたし自身が船の上で身動きが取れない。……その事が、あたしの焦りを掻き立てていた。



 ―――崖の上に、いくつかの人影が立っていた。
 背後は深い森。その傍にはここまで乗ってきた馬が数頭、草を食んで主たちから声が掛かるのを待っている。
 そして切り立った崖を見下ろせば、真下には北から南へと流れる大河が横たわり、今、その流れを中型の輸送船が遡ってきているのが見えた。
「………情報では、あれがそうらしいな」
 人影の中央に立つ初老の男が口を開く。年齢的には不釣合いな重装の鎧を身にまとい、磨き抜かれた鎧の表面を雨に濡れるがままにして揺らぐことなく立っている。
 風は南から北。――しかし幾重にも山が連なるこの峡谷では、風は強くなるほどに向きを変えて吹き荒れて当てにならなくなる。アマノとコーヤ、二つの街を行き来する運搬船でもっとも大型のあの船ならば、いずれどこかで足を止めざるを得ないだろう。
 標的は捉えた。後は“機”を待つだけだ。
 鎧を来た男はゆっくりと振り返ると、大きな木の下で雨宿りをしている二人の人物に顔を向けた。
 その二人だけは、他の人間とは出で立ちが異なっていた。雨の下にいる男は差異こそこそあれ、全員が金属製の鎧と剣で武装した戦士や兵士と言う姿をしている。だが雨を逃れて木のそばに建つ二人は、その身を覆う雨具の上からでも分かるほど胸のあたりが大きく張り出しており、見るからに女性である事がうかがわれた。
「我等の標的が姿を見せた。これより作戦のポイントに移動し、襲撃準備に移る。―――ご助力、期待しておりますぞ」
「ふん、それは誰に言っているのかしら?」
 女性の一人が雨具のフードを脱ぐ。すると、もう一人の女性以外、その場にいる誰もが一瞬目を奪われた。
 少し鋭い印象を受けるものの整った顔立ちに、均整の取れたプロポーション。赤く塗装されたレザーアーマーを身につけているものの、その上からでも見て取れる豊満な胸と腰つき。おそらく彼女に見つめられれば大抵の男性は一歩引いてしまうだろう鋭い眼差しは、彼女の揺るぎない強い意思が込められているようでもある。
 だがそれ以上に注目すべきはその長い髪である。
 ―――金色の髪。
 その昔、魔王戦争によって絶滅寸前にまで追い込まれたクラウド大陸の人間は、全て金色の髪をしていたと言われている。今では東部諸島から移住してきた人間との混血が何代にも渡って行われたため、その名残は一部のエルフと大陸人の血が濃く出た人間にしか現れない。
 そのため、金色の髪の人間は非常に稀有な存在であり、蜂蜜のように蕩けそうな色合いの輝きは美しさのステータスとも言えた。
 フードを脱いだ女性は、髪の輝きも含め、自分の美貌が人の目にどのように映るかを非常によく理解していた。若い戦士を中心に呆けた表情で見つめる視線にほくそえむと、まるで舞台の上に立つ女優のように腕を広げた。
「雨空なのは残念ですけれど、あなたたちは幸運ですわよ。この天才魔法剣士・美里様の力をその目で見ることが出来るのですから」
 美貌で魅了した男たちの胸を凛とした声が射抜き、震わせる。中には一瞬にして彼女の意志の強さに虜にされた剣士もいるほどだ。
 金色の髪も、美貌も、スタイルのよさも、美里の本来の美しさである意志の強さを際立たせるものでしかない。誰に対しても屈する事も臆する事もなく胸を張れることこそが、美里の真の強さであり、真の美しさでもあるのだ。
「お姉様、そろそろ移動しないと、予定のポイントに船の方が先に到着してしまいますよ」
 少し自分に酔いしれていた美里の斜め後ろで、もう一人の女性がフードを下ろす。
 こちらは美里とは対照的に柔らかい印象を受ける。肩の高さで切りそろえた髪の毛をヘアバンドで上げ、顔には誰の目にも印象的に映る黒い縁つきのメガネをかけている。もし美里と並んでいれば、ほとんどの男性が美里に目を奪われてしまうだろうが、幼さを感じさせる童顔と、それとは裏腹にふくよかに発育した胸の膨らみは、男性を悩殺するのに十分すぎるほどの魅力を秘めている。事実、彼女がフードを下ろし、ローブをグッと大きく押し上げる乳房を雨具から覗かせると、美里に集まっていた視線の何割かが彼女の方へと移らせてしまい、ボリュームのある胸元に目が釘付けになってしまう。
「分かっていますわ。それでは参りましょうか、恵子」
「はい、お姉様。では魔法をかけます」
 恵子と呼ばれた女性は雨具の下から魔法使いの象徴とも言える魔法の杖を取り出すと、口の中で小さく時呪文を唱え、完成させる。
「………アクセル(加速)」
 付加魔法の一つ、高速移動の魔法を自分と美里とにかける。――その直後、大勢の人間が見守る前で“目にも映らぬ速度”で駆け出し、起伏に富んだ崖の上を船を追いかけて併走する。
「よし。では我々も移動を開始する。美里殿、恵子殿のご助力もあれば、我等の目的も達せられるだろう」
 走り去る美里と恵子の後姿が見えなくなるまで見つめていた重装鎧の男は、その強さゆえに、あまり女性慣れしていない部下たちに声を飛ばした。
「良いか、我等の目的は二つだ。一つはあの船に詰まれた荷を全て奪取する事。そしてもう一つは……あの船に乗る人間“全て”を逃がす事無く捕らえる事だ。共に肝に命じて動け、よいな!?」


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