第4話その1
それは美少女コンテストも終わった学園祭二日目のことだった……
初日はおろか、クラスでやっている喫茶店の準備を演劇部の練習ばかりしていてまったく手伝っていなかった
あたしは朝からまったく休憩なしで働かされつづけていた。なにしろ、何がどう間違ったのか、男のあたしが美
少女コンテストで優勝してしまったのだ。そのあたしを間近で見ようと開店と同時に押し寄せる人の群れ……
「見ろよ、本物の相原たくやだぜ!」
「間近で見るとすっげぇかわいいよな。あれが男だって信じられないぜ」
「だからだよ。女じゃないんだから何したってさぁ…へへへ……」
「男でありながら女となってその美しさは神から与えられたすばらしき――」
「あ、あの、あとで食事でも……」
「あの…よかったらたくやお姉様って呼ばせてください♪」
「○×芸能プロダクションですが、よろしければ一度ゆっくりと将来についてのお話を――」
「も…もうちょっとスカートが短ければ……あのまぶしいばかりの太股が……」
ブチッ
「あああああああああっ!! もう、いいかげんにしてぇぇぇ!!」
もうどいつもこいつもあたしは見世物じゃないのにぃ!! 入店するなりご指名するし、手は握ってくるし、
スカートめくろうとするし、宗教や芸能の勧誘とか膝の上に座らせて太股の間に手を入れたりとかローアングル
からカメラ形態で写真とろうとされたりとか、ここは学園の中なんだからセクハラ行為はやめてぇぇぇ!!
朝から休みなし、お客の暴動を回避するために昼食の休憩ももらえずに働かされつづけてあたしの体力と忍耐
は限界に近かった。それに加え――
「こら大介ぇ! あんた、そこでなにやってるのよ!」
ただでさえ教室内の座席はいっぱいだというのに、さらに廊下で人を集めて妙な商売をしている大介にいらだ
ちまぎれに怒鳴り声を上げた。
「よ、たくやちゃん。仕事にご精が出ますねぇ」
「五世も六世もないわよ! あんたは店の手伝いもしないで何をやって――」
あたしが扉から顔を出した途端、視界を埋め尽くしたのは一斉にこちらを振り返った男子たちの顔だった。
「うぉおおおおおおおおおっ!! たくやちゃああぁぁぁぁぁん!!」
「相原たくや親衛隊を結成しました! あなたを絶対に男になんか戻させません!!」
「俺たちの身も心もたくやちゃんのものです! さぁ、触って、触ってくれえええぇぇぇぇぇ〜〜〜!!」
「こらこらこらぁ! 股間を突き出して触れっていったい何を考えてるのよ!! やだ、変態、近寄らないでぇ
ぇぇ〜〜〜!!」
「はっはっは、すごい人気だな。いや、俺も鼻が高いよ」
「大介、あんた、何をっ! ひゃあ!! 誰かお尻触ったぁ!!」
「別に俺は何もしてないよ。ただ、機能のたくやちゃんの写真をほんのわずかな良心的な値段でみんなに配って
るだけじゃないか、ははははははっ」
良心的……男子たちの壁の隙間からわずかに見えたのはあたしの写真で…たしかゼロが三つか四つか……
「昨日のたくやちゃんはすごく色っぽかったからな。ノーブラなのにあんなぴちぴちの体操服着てるから乳首が
立ってるのがよく見えてたし」
「なっ!?」
「股間に食い込んだブルマや、最後の決定的瞬間……やっぱり持つべきものは男の友情だよ、なはははは♪」
「も…もしかして、もしかしてぇ〜〜〜!?」
「はっはっはっはっはっ♪」
こ…こいつはぁぁぁ!! 男の友情を金に替えたのね!! 大介、あんたって奴はぁぁぁ!!
なんとも憎たらしい大介の笑い声を聞いても、あたしを取り囲む男子たちが邪魔でひっぱたくこともできない。
胸やお尻を撫で回されて揉まれながら頭に血だけは上っていた、その時――
ヒュン――バシッ!
「いてぇ!!」
小さな風鳴り音の直後、こ気味のいいはじけた音が響くのと同時に男子の一人が短い悲鳴を上げた。そして数
秒のうちにバシバシと音が廊下に響き渡り、そのたびに一人また一人と男子が頭や肩を抱えてうずくまっていく。
さっきから聞こえる音が人を叩く音だと気づくとほぼ同時、あたしから離れた男子たちの向こう側から現れた
のは、
「………ちっさい」
「ああぁ〜〜、せっかく助けてあげたのに、その言い方ってないと思いますよぉ! かわいい教え子のピンチだ
から涙をしのんで…先生は悲しいです……」
視線の先にいたのはウチのクラスの担任にして演劇部顧問の大村先生だった。頭を押さえてうずくまる生徒を
それで殴ったのだろう、いつも部の指導の際に手に持っている竹刀が……
「大村先生、そう言ってても顔が笑ってますよ。なんだか水を得た魚のように竹刀振るうたびに思いっきり満足
してるし……」
「だってぇ、最近の相原君って練習中にミスしなくなったんだもん。先生ってばもうストレスが溜まっちゃって
溜まっちゃって……」
知らなかった…大村先生って結構暴力教師だったんだ……
「さぁて、ところでここから逃げようとしてる大介くぅ〜ん?」
にわかに結成されたファンクラブだか親衛隊を蜘蛛の子を散らす様に追い払った先生は、いつもと同じような
笑みを浮かべ――たぶんいつもとまったく同じ顔なんだろう。人を竹刀で叩いて何にも思わないんだろうか――
廊下を這う様に逃げようとする大介のブレザーに竹刀の先端を引っ掻ける。
「ダメじゃないの、許可無しにお店出したりしちゃ。出店許可証はちゃんと持ってるの?」
う〜ん、にこやかな顔で怒られるって言うのも……不気味で恐いかも……
「い、いやぁ…今回は急な出店で許可を貰いに行く暇がなかったとか……」
「急って、あたしの写真を売るのが商売なの……へぇ〜……」
「あ、いや、たくやちゃんだけじゃないんだけどね、明日香ちゃんとか美由紀ちゃんとかも結構売れて――」
「ここの写真、全部没収!」
「そ、そんなぁぁぁ!! 昨日一晩かけて焼きまくったのにぃぃぃ!!」
こんなもの発売されちゃたまらないわよ!! この写真なんか白衣から突き出てる胸元が妙にやらしいし、こ
けた時のなんてブルマの食いこんだお尻をこんなにもくっきりと……やっぱり全部没収して焼却炉に叩きこんで
やる。
「そうそう、許可無しだったんだから売上も没収ね♪」
「せんせぇ〜〜! それはあまりにも殺生だぁぁぁ!! 現像代とか元手がかかってるのにぃぃぃ!!」
ふっ…これで悪が一つ滅びた……さて、多少気も晴れたし、また仕事にもどろっか。
大村先生の足にしがみついて泣き叫ぶ大介に多少の哀れみを感じながら、両手に没収品を抱えて人でごった返
している室内に戻ろうと扉へ振りかえったあたしを待っていたのは、あたしと同じウェイトレスの服を着た明日
香だった。でも、なんだか顔が引き攣ってるような……
「たくや、あの……今から休憩に入って。ずっと休み無しだったから疲れたでしょ」
「えっ……や…休み……本当に休みくれるの!?」
「ええ。普通の子は三十分だけど、たくやは頑張ってくれたから一時間あげるって。だからのんびり学園内を回
ってきて」
う…嬉しい…これでやっとお昼の買い食いが出来るし、おトイレにも行けるし、後は…後は………
「……でも、お店の方はいいの? まだ中は満席なんだから、それが帰ってから休憩に入るわ」
「あ、いいのいいの。たくやはそんな事を気にしなくていいんだってば」
………へんね…なんだか明日香の様子がおかしい。さっきまで牛馬のごとくこき使ってたのに……ま、いっか。
せっかく休ませてくれるって言うんだから今のうちに休んどかないと。
「それじゃ行ってくるね。はぁ…お腹空いたぁ……」
「明日香、たくやくんは行った?」
「うん…でも本当にこれでいいのかな……なんだかたくやを……」
「仕方ないでしょ。たくやくんにこれ以上ここにいられると……とてつもなく困った事になるんだから」
私と由美子は沈痛な面持ちを顔に浮かべ、ようやく仕事から解放されて足取りも軽く立ち去るたくやの背中を
見つめていた。そして、お目当てのたくやが去ったと知って列を為して出ていくお客も……
「そうよね…あんなに仕入れてた紅茶もケーキもあっという間になくなったもんね……」
「これもコンテスト効果ってヤツよね。たくや君には悪いけど、新しいケーキが届くまでお取り兼広告塔として
校舎を練り歩いてもらいましょ」
「はぁ…たくや、本当にごめんね……」
しまった……あの時の明日香の表情はこの事を予想してたから……
「ねぇ、よかったら俺に奢らせてよ。美味い店知ってるからさ」
「うちのクラスでやってるお店ならただでいいよ。だから一緒にいかない?」
「休憩時間なんだろ? じゃあ学園の外へそのまま遊びに行かないか?」
あたしの周囲にはさっき取り囲まれた時以上の人垣が出来ていた。誰も彼もがあたしの気を引こうと必死にな
って、あたしに触れられる最前列は入れ代わり立ち代り、どうも奥の方ではかなり凄惨な争奪戦が繰り広げられ
ているみたいだったり……
「はぁ…仕方ないか……」
「なになに? 俺のところに来てくれる決心がついた?」
あたしが溜息をつくと、すぐさま右にいた男子が下から顔を覗きこんでくる。なにやらにやけた顔をチラッと
だけ見ると、あたしはもう一度溜息をついて、誰に言うともなく小さく呟く。
「その……ごめんなさい!」
そう言うと身を低くし、あたしは前に向かって足を踏み出す。速度は一歩目からあたしに出せる最高速。体育
の成績も悪く、足だって後ろから数えて何番目と言うぐらいに遅いあたしでも不意をついて男子たちとの距離を
あける事に成功する。けど――その直後にかなり公開する羽目になってしまった。
「あ、逃げたぞ!」
「追えっ! 俺達のアイドルを逃がすなぁ!!」
「たくやちゃんと楽しい学園祭を過ごすのは俺だぁ!!」
「なにを!? 学園祭イベントのフラグを立てるのは俺様だ、貴様はすっこんでろ!!」
ひょえええええええええっ!! 追ってくる、追ってくるよぉぉぉ!!
背後から響く男子たちの足音は地響きとなってあたしに迫ってくる。足を止めずに後ろを振り向くと、まるで
獲物を捕まえようとする狩人のように目をぎらつかせた男たちの集団がこっちに向かってきている!
冗談じゃない。あんなのに捕まったら…あの人数に輪姦されるのはいやぁぁぁ!! 絶対…絶対に逃げきらな
きゃ!!
もはや貞操の危機よりも命の危機さえ感じながら、あたしは何事かと振り向く人たちを無視して大急ぎで階段
を駆け下りる。幸い、あの大人数は狭い階段を降りる時に我先にと行こうとするので混乱が生じ、追撃は少しだ
け遅くなる。けれど足の早い数人は混雑からいち早く抜け出すと、すぐさまあたしの背後に迫ってくる。
あああああっ! どこに、どこに逃げればいいのよ!!
なんとか一階まで降りてこられたけど、気を抜けば捕まりそうなほど男子との距離は近い。とはいえ、体力の
ないあたしには追い掛けられながらの階段ダッシュ降りは体力的に結構キツい。足を動かすたびに弾む胸の膨ら
みの下では心臓が飛び出ていきそうなほど激しく脈を打っていて、吐き出す吐息も荒い。今はスカートから惜し
げもなく飛び出して動いている白い太股もすぐに動かなくなるだろう。
とりあえず、どこか…隠れられる場所!!
すぐに思いつくのは教室、保健室、化学室。だけど今いる一階にあって一番近い保健室でさえ、ここから走っ
ても追いつかれるのが先のように思える。となると――
「外っ!!」
視界の端に存在したのは通用口。外には大勢の人が学園祭を楽しんでいるだろうけど、とにかく逃げ道を探し
ていたあたしの頭ではそこまで考えが回らない。
決定はそのまま体に伝わる。上履きのままだとかそんな事はまったく考えず、あたしは露天の並ぶ屋外へと飛び出した――
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