ルート5−1
「あれ……なんでたくやがもう一人いるの?」
明日香の指差したほうを見てみると、なるほど、確かにあたしがいる。最近鏡で毎日のように見ている自分の顔だから間違いはない。
ただ、着ている着物の色が違う。あたしは赤で、あちらは白がベースで裾や袖の下に向かうにつれて控えめでも気品のあるシャンパンのような金色という、一目見ただけで綺麗だなーでも高そうだなーと思ってしまう逸品だ。
おそらくあの着物、あたしが着ても似合いはしまい。だというのに、同じ顔でありながら生まれ育ちゆえに自然と滲み出る品の良さと相まって見事に着こなしているのは、
「おーい、静香さーん!」
手を上げて呼びかけると、男の人に話しかけられてどうしようもなく困っていた静香さんが顔を上げてこちらを見た。
それから助けを求めるような顔をすると、こちらに向かってこようとするものの、初詣客の人の流れがそれを遮っていた。
しょうがないなぁ……あたしは苦笑すると、明日香と一緒に人ごみを掻き分け、静香さんのほうへと近づいていく。
すると、
「あれ?……妹さんって双子だったの?」
「ええっと……あたしが男だって事はとっくにご存知ですよね、ユージさん?」
静香さんに声をかけていたのは義姉の夏美のセフレ――と言っても夏美が結婚した以上はその関係も解消されたのだろうけど――のユージさんだった。
−*−
「………怖かった」
「うんうん、かわいそうにね。知らない男はみんなオオカミだって思いなさい。気をつけてね」
「………オオカミ?」
「ええ、特に下半身ね。性欲が絡むと途端に人格がなくなるから」
「………? 股間に、ワンワン?……かわい、い?」
「可愛く見えてもケダモノなのよ。だから気をつけるの。犬に噛まれてからじゃ遅いから。ね〜、た・く・や♪」
―――明日香さん、そこであたしに話を振らないでもらえますか。ああ、なんでここまで責められるのよ……
参拝客のために設営された休憩場所のテントの下で、あたしは温かいお汁股間……じゃなかった、おしるこ缶をすする。
母性に目覚めたのか姉御肌なのか、明日香はベンチに座らせた静香さんを落ち着かせている。
なんでもテレビで見た初詣に行ってみたいと駄々をこねたのはいいものの、お供の人とはぐれて困っていたらしい。そこへあたしと静香さんを間違えたユージさんが声をかけ、そこにあたしと明日香が通りかかった……とまあ、こんな流れだ。
けど最初は静香さんが怯えた子犬のように涙目になってあたしにしがみついて離してくれず、それを見た明日香が何かを察して――過去の事だからね!?――笑顔のまま炎のオーラを噴出して、どういうわけか明日香が静香さんを保護する形に収まっていた。もうなにがなにやら。
ともかくだ。
「でも静香さん、良かったよね。この人は正真正銘、人の皮をかぶったケダモノだったから。何かされる前に見つけられて良かった〜」
「ちょっと妹さん、いくらなんでもそれは酷いんじゃないかな。ボクは、道端で困惑していた彼女を妹さんだと勘違いしただけで、決して何かしようと思っていたわけじゃないよ? むしろ助けようとしたんだから」
「んじゃ、下心は皆無だったと?」
「いや、あったよ。せっかく出会えたんだし、一緒に初詣したら食事にでも誘おうかと」
―――うわー! 絶対に食事の後の事も考えてるー! お泊りだー! エロエロな事するつもりだー!
メガネ系イケメンにさわやかな笑みを浮かべて、堂々とそういうことを言えるあたりがスゴい。さすがにあたしじゃホテルでディナーとか、おいそれとは口に出来ません。
ただ、明日香から「男=ケダモノ」論を吹き込まれていた静香さんは首をかしげ、
「………それなら、家で食べるほうが、いい」
と断言した。」
「ははは、まあお正月だしね。ゆっくり家で御節やお持ちを食べるのもいいよね」
「………今、三ツ星シェフが来てるから、たぶんそのホテルより……うん」
「「「………………」」」
どこの三ツ星シェフが静香さんちにはいらしてるんでしょうか……まあ実家は大鳥財閥だし、普通の食事でもレストランと張り合える気がする。庶民の勝手な想像ではあるけれど。
(ええっと……彼女の言ってることって本当かい? どう反応していいか判らないんだけど)
(たぶんユージさんの想像をはるかに上回る大金持ちだと思いますよ。彼女に手を出したら平気でギロチン持ち出すぐらいの♪)
(……………「想像もできない」ぐらいスゴいところのお嬢様だって事で理解しておくよ)
こそこそ会話を交わすあたしとユージさんではあるけれど、明日香のほうはどう反応すればと窮している。あたしもまとめてケダモノ男扱いして距離をとってたからだ、やーい!
けどまあ放っておくわけにもいかない。助け舟を出そうかと、飲み終えたおしるこの缶をゴミ箱に入れて足を踏み出すと、ユージさんが不意に手首の時計に目をやった。
「さて、キミたちはこれからどうする?」
「どうするって……神様に詣でる?」
「あの子を連れてかい?」
むう……静香さんもここまで来たんだから、神様にお参りぐらいはしたいだろう。でも下手に連れて行けば人ごみの中で目を回しかねない。
―――となると、あたしや明日香が一緒に行くとしても、まずは静香さんを探してるだろうお供の人に連絡して、ここに来てもらってからよね。
「ユージさんはこの後、予定があるの?」
「う〜ん……できれば妹さんたちみたいな美人と一緒に初詣もいいかなって思いはするんだけど、これでもなかなか忙しくてね。もともと参拝したらすぐ仕事に行く予定だったから」
「お正月から仕事!?」
「正しくは、年末からずっと、かな」
「ふええぇ……お疲れ様です」
ちょっと疲れたけど普通だよ……そういって笑うユージさんに社会人の大変さを垣間見たときだ。
A・いきなり大勢のおばさまたちが休憩所になだれ込んできた!
B・???
−*−
「はい、もしも――」
『たくやのバカァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
―――い…いきなりなんて声を出してるのよ……耳がぁぁぁ……!
携帯電話を耳に当てた直後、明日香の罵声が耳を突き抜ける。反射的に携帯を遠ざけたものの、それでも明日香の声が耳の奥に木霊し、少なからず痛みを覚えてしまう。
それから五分、叫び疲れた明日香がようやく落ち着いたものの、どうも向こうから聞こえてくる雑音で声が聞き取りにくい。
―――いや、雑音と言うよりも爆音よね。近くにいるんじゃないの?
休憩所になだれ込んできたおばさんたちがいなくなったころ、明日香と静香さんもいなくなっていた。何度も電話で呼び出し続け、ようやく出たと思ったら、このあたりでは聞こえない間断のない爆音の響く場所にいるという事は……いったいどこ?
『私だってわからないわよ! お迎えが着たら今から空港に向かうから時間がないからってビルの屋上に連れられてヘリコプターに乗せられて!』
「ヘリぃ!? なんでどうして!?」
『だからわからないって言ってるじゃない! ああもう、うるさい! なんか、あんたそっくりな子が今から海外のコンサートにいくとかどうとか言ってた!』
ヘリコプターの音か……と耳を澄ますけど、雑踏賑わう参道にいては、どこか遠くの空を飛んでいるヘリのローター音を聞き取れるはずもない。
それにしてもコンサート……爆音に負けじと明日香が叫んだ言葉だけれど、海外の歌手の年始コンサートにいく、と言う意味ではないだろう。なにせ静香さんはお金持ちのお嬢様でありながら世界的に有名なピアニストでもある。コンサートに招待されて出演する側であろう事は想像に難くない。
ただ、
「どうして明日香がそれについていって―――」
わざわざ空港にまで一緒に向かってるのか……と訊こうとしたのだけれど、空を飛んでいるので電波状態が悪いのだろうか。問いかけた時には明日香との通信は切れていた。
―――て言うか、ヘリに乗ってて携帯電話って使えるの?
まあ……最近は飛行機でも使えるっていうし、難しく考えないでおこう。かかってきた番号も明日香の携帯じゃなかったし。
明日香のほうも飛行場からはたぶん送ってもらって帰れるだろうから心配は要らないはずだ。しかし時間がどれだけかかるかわからないので、合流は難しいだろう。
―――しかたない。明日香には悪いけどここ(本堂前)まで来たんだから、一人でお参りして帰っちゃおうか。
明日香と静香さんが巻き込まれたのかと考え、休憩所に押し寄せたおば様たちを追って本堂まで来たものの、結局予想は大きく外れていた。大金持ちの行動をしがない小市民のあたしには読みきれなかった……という所だろうか。
せっかく一緒に初詣にきたのにな……新年早々に恋人とはぐれてしまった事に重いため息をついていると、ポンポンと横から肩を叩かれた。
「妹さん、前が開いてるよ」
「あ、は〜い……って、どうしてユージさんがあたしの横に……?」
「いやだなぁ、いきなり現れたみたいにいわないでよ。明日香ちゃんたちを探してる時から、ずっと横にいたじゃないか」
そうだっけ? 二人のことが心配で意識してなかった……思い返してみれば、あたふたしてるあたしを落ち着かせようとしてくれてたような気もする。
なんとか道中の記憶を呼び起こそうと頭を捻っていると、不意に肩へ手が回される。「えっ?」と驚いて身体を強張らせると、隣でユージさんが悪戯っぽく小さく笑いながら賽銭箱の前へと促される。
「せっかくだから一緒にお参りしよっか。それとも僕と一緒じゃイヤかな?」
「そういうわけじゃ……別に、お参りぐらいなら……」
どうも二人っきりになると緊張してしまう。
なにせユージさんは義姉の夏美のセフレで、あたしもアナルを犯されたことがある。関係はそれっきりだけど、本来は男であるあたしにとって、お尻を狙う相手とは距離をとっておきたいと思うのは当然の事だろう。
―――でも、こうして優しい顔で親切にされると……なんであたしは拒否しきれないのかな……
思わず了承してしまった事に複雑な気持ちを抱えながら、あたしはお財布を手に小銭を取り出す。
金額は119円。百円玉、十円玉、五円玉が一枚ずつで『いいご縁がありますように』の定番の語呂合わせだ。
そんな想いをこめた三枚の効果を賽銭箱へチャリンチャリンと投げ入れる。……すると、横から挿れられたお賽銭がどういうわけか硬い音を響かせない事実に、あたしは目を見開いた。
―――い……いちまんえんさつぅぅぅうううううううううううううううううううううううううう!!?
賽銭箱に吸い込まれていく諭吉さん。まさか間違えて挿れたのかと思ったけれど、ユージさんはいたって涼しい顔をしている。
「………どうかした?」
「イ、イエ、ナンデモ……」
これが年上の財力なのか……驚くあたしを不思議そうに見返したユージさんが、いったい何をお祈りするのか気になってしまい、あたしはただ柏手を鳴らしただけで、何も神様にお祈りする事はできなかった……
−*−
「………先に釘を刺しておきますけど、この後ホテルに行こうとか言い出したら、痴漢が出たって叫んじゃいますからね」
「あれ……僕ってそんなに信頼ないの? 自分ではいたって紳士のつもりなんだけど」
「初対面なのに人のお尻に挿れる人を紳士とは言いません。変態紳士って言うんです〜」
「ふぅん……じゃああの後、何時間もキミとしたユーイチは紳士なのかな?」
「あの人は紳士以前にケダモノじゃないですか……」
「ははは、そうだね。あいつ、SEXのことになると挿れて出すぐらいしか頭にないからね。前に彼氏持ちの子とホテルに言ったときの事なんだけど―――」
お参りを終えた後、あたしは買ってもらったリンゴ飴を舐めながらユージさんの話に耳を傾ける。
その内容はかなり過激だ。夏美とどんなSEXをしただとか、ユージさんが恐い人の女に手を出して発砲されたとか……人に聞かれたらマズいんじゃないかとは思うけど、出店も出て賑やかな参道では、幸いにしてあたしたちの会話に耳を傾けようという人はいない。
―――たく……夏見は外でいったい何をやってるんだか……
一応、職場ではそれなりに有能だったらしい。すぐに今の旦那さんを捕まえて寿退社した時は、仕事を辞めるのをかなり惜しまれたそうだ。でもその会社でも同僚やら新入社員やら重役やら食い散らかして人間関係がややこしくなっていたので逃げ出したかったんじゃないかとはユージさんの言葉だ。
それに対してあたしはというと、やっぱり女になってしまった経験などを話していた。明日香や静香さんの事も聞かれ、手を出す気じゃ……と疑りながらも、いつしかあたしも緊張を解き、出店を冷やかしながら会話に花を咲かせていた。
「でも僕も一度くらいなら女になってみたいもんだね」
「それじゃああたしの後輩を紹介しましょうか? いい人体実験ができるって嬉々として女にしてくれますから♪」
「う〜ん……その子はちょっと御免こうむるかな。元に戻れる確証があるならいいけど、妹さんが女の子でいるのを見るとね」
「そうですよね、そうですよね……毎回あたしが苦労するハメになるんだから……はぁ……」
いっそもう一回お参りして「男に戻してください!」と神様に直訴するのもアリかなとか考え出していると、
「すみません、少しよろしいですか?」
手にしたリンゴ飴の向こう側に、いきなりズイッとマイクが突き出されてきた。
「今、初詣にこられた方々にインタビューしているのですけれど、よろしければ簡単な質問にお答え願えませんでしょうか」
「え? え? か、カメラ? もしかしてテレビ!?」
「まさに絵に描いたような理想的なカップルでしたもので、思わず声をかけてしまいました。それで早速なんですけど、今日はどのような事をお祈りされたんですか?」
ちょっと待った―――――――――! あたしまだ了承もOKもしてないんですけど――――――!?
なんてタイミングの悪い……もし隣にいるのが明日香だったのなら、そしてあたしが男の身体だったなら、しどろもどろでもインタビューに答えたりしたんだろうけれど、現在あたしは女で、しかも隣にいるのはユージさんだ。
「あの……あの……えっと………」
この状況で、何を答えたらいいかわからない。何を答えていいかもわからない。そもそも何もお祈りできなかったんだから質問に答えようがない。
でも何の許可もなくあたしに向けられたカメラのレンズを前に、どうしても逃げ出せなかった。意地があったからじゃない。ただ、緊張しすぎて足が竦んで、この場所から動けないだけだ。
そんなあたしに、リポーターさんが手にしたマイクは質問の言葉を乗せ、ずいずいと突き出される。
どうしよう、どうすれば切り抜けられるのか、このままあたふたしてだんまりを決め込めば、諦めてどこかに行ってくれるかな……そんな消極的な考えに飲み込まていると、
「ええ、少し恥ずかしいんですけれど「彼女と幸せになれるように」とお参りしてきたところです」
「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!!」
突然ユージさんが爆弾発言をかましてくれた。
「彼女さん、何か言いたそうにしてますけど……口を塞いでて大丈夫ですか」
「カメラを前にしてこういうことを言われるのが恥ずかしいんですよ。彼女、照れ屋ですし」
「そうですよねー、こういうのを人に知られるのは恥ずかしいですよねー……それで彼女とはどのぐらいのお付き合いを?」
―――こらリポーター、全然悪いと思ってないでしょ!? さっきより目を輝かせて質問してきてんじゃない!
「付き合い始めてまだ半年ほどですか。どのような、という意味合いでしたら、僕らはどちらも若いですし、ええ、とても健全なお付き合いをさせていただいていると言っておきましょうか」
「おおおおお、これ、放送してもいいんでしょうかねぇ……それで出会いのきっかけなどは?」
「最初は彼女のお義姉さんの紹介だったのですが、初めてあった瞬間に一目惚れをしまして………」
―――あることないこと言うんじゃなぁぁぁぁぁい!!!
カメラとマイクを前にして少し気恥ずかしさを滲ませながらも、ユージさんは嘘八百な内容のあたしとの出会いや関係を並べ立てる。……いや、確かに義姉の夏美を経由して知り合ったのは事実だし、全部が全部ウソとじゃない……から余計にたちが悪い。
「ユージさん、あの……っ!」
口を覆っていた彼の手を払い、でたらめを言うのをやめさせようと……したのだえれど、直後にあたしは身体を震わせ、自分から口をつぐんでしまう。
ユージさんの手が、あたしのお尻を着物越しに撫で上げたからだ。
―――こんなところで……やっ、ダメだってば!
美男美女のカップルゆえに常にあたしとユージさんを枠に収めるようにしてカメラのレンズが向けられている。さらにはテレビ局の取材を受けていれば当然周囲には何事かと興味を持った野次馬な人たちが足を止めて人垣を作ってもいる。
それほど人の目の前で、ユージさんの指先がヒップラインを滑る。しかも今日は下に履いているのはラインが出ない紐パンであるせいか、いつもより過敏に反応して身体を強張らせてしまっていた。
「彼女さん、どうかされました?」
「あ…あの……いえ……その……」
あたしの口からお尻へと流れるように移動したユージさんの手は、抱き寄せるように帯を巻いた腰へと回されている。
幸いにして、さっきのは誰も気づかなかったらしい。でももし、あたしが変な事を口にしようとしてユージさんにもう一度お尻を撫でられたりしたら……驚いてどんな声をあげてしまうか判らない。
だからあたしはカメラから顔をそむけ、
「何でも……ないです……」
と恥らうように着物の袖で顔の下半分を隠したのだった……
−*−
「いやー、なかなか面白いハプニングだったね。生放送じゃないみたいだけど、今日の午後にはニュースに流れるんじゃないかな?」
「誰にも見られませんように明日香に見られませんように綾乃ちゃんに見られませんように留美先生に見られませんように麻美先輩に見られませんように千里に見られませんように誰にも………」
ようやく嘘だらけのインタビューから解放されると、あたしは足早にその場を離れていた。
―――もうやだ、おうち帰る、冬休みはもうどこにも行かないんだから!!!
インタビューの間に身体が震えたのは三度。それだけであたしの頭はいっぱいいっぱいだ。大勢の視線とカメラレンズに晒されて張り詰めすぎた神経は、今すぐにでも誰もいないところに行かないとプッツリ切れてどうなるかわからない。だから早く家に帰って着物を脱いで自分の部屋のベッドの布団に頭から突っ込んでのた打ち回って、恥ずか死にたい程の羞恥心をどうにかしちゃいたいのだ。
「あははは、僕もちょっと調子に乗りすぎたかな。でもそんなに急いで帰ることもないんじゃないかな。おいしそうな屋台もいっぱい出てるし」
「もーいらない、リンゴ飴も帰ってからペロペロするし!」
「だったら家まで送ろうか。帰りのバス、今の時間帯だとかなり混んでるだろうし」
「やだ! ぜったいぜったいぜ〜〜〜ったいホテルに連れ込まれるから!」
「し…信用ないんだね、僕って……」
「どの口で信用なんて言うんですか、嫌がるあたしに無理やりあんなことさせて、さっきだって、さっきだってぇ……!」
参拝客の隙間をすり抜けるあたしについてくるユージさんへ、目に涙を浮かべながら恨み言を言い連ねる……のだけれど、不意に言葉が返ってこなくなり、あたしは思わず足を止め、後ろを振り返る。
すると、
「…………………………………………………………………………」
ユージさんが参道でうつ伏せに倒れてしまっていた。