第一話その7


「相原君、体の調子がおかしくなったらすぐに連絡をちょうだい。すぐにでも掛けつけてあげるからね」  あれから温泉に浸かり、綺麗に体を洗った松永先生が旅館の玄関先に停まったスポーツカーを前にあたしを抱 き締めていた。 「あのぉ〜〜…さすがにこれはちょっと恥ずかしいんですけど……」 「もう…これからまた会えなくなるって言うのに…そんな悲しい事を言わないで……」  とはいえ…周りにあゆみさんや隆幸さんたちがいるって言うのにぃ〜〜!!  あたしが目を覚ました時には――気を失っていたのは三十分も無かったみたいで――松永先生や砥部さん家族 のチェックアウトの時間だった。  一体何時間エッチされつづけたのか……それは考えない事にして、よくもまぁ、こんな精液まみれの部屋に新 妻なのに入ってきたなと後になって感心してしまったあゆみさんに起こされたあたしは、フラフラの体でシャワ ー室へと走り、体を洗うのもそこそこに何故か新調されていたメイド服を着て、そこへ遅すぎるとやってきた真 琴さんに引きずられながら、お見送りへとやってきたあたしだけども……すでにあたしたちの関係を知っている (激しすぎる誤解付で。あたしと松永先生は何でも…ごにょごにょ…)人たちだとは言えここまで熱い抱擁って言 うのは……  ちなみに、先に出発した遙君はもっとスゴかった。あたしの足にしがみついてここに残ると泣き喚くし、いき なりズボンを下ろして(あゆみさんと真琴さんは隆幸さんに目を塞がれた)「エッチしよ♪」って言うし…… 「ふふ…そんなに照れなくてもいいじゃない。もうあんなに愛し合ったんですもの。ねぇ…」 「い…言っときますけど、あたしにはれっきとした恋人が……」 「別にいいのよ。寝取っても、片桐さんも私の物にしちゃっても……」 「いっ!?」 「クスッ、冗談よ」  ……………今の目はかなり本気だったような…… 「あの…そろそろ出発しないと、時間が……」  いつまでたっても抱き合うのをやめようとしない松永先生を見かねたのか、スポーツカーの運転手――なにや ら美形な人だけど…刑事さんらしい――が声をかけ、それを聞いた松永先生は一度目蓋を伏せると、真っ直ぐあ たしの顔を見つめなおした。 「それじゃあ名残惜しいけど……今日の続きはまた今度ね」 「ま…またって――んぐぅ!?」  反論を口にする暇も無く、顎に指をかけられて上を向かされると開いた唇に松永先生の唇が重ねられる。  ……いい…香り…って、何を考えてるのよ、あたしは!?  当然と言うか、さすが松永先生というか、舌まで入れられ人掻きされたあたしは開放されると同時に口を手で 押さえて後退さった。 「相原君、頑張ってね」  さっきのキスが最後の挨拶……だったんだろうな、松永先生にとって見れば……  学園では見た事が無いぐらいにあたしに迫ってきた(見た事あったら問題行動だって…)松永先生は、さっきま での未練を見せる事も無く車に乗りこむと、窓越しににこやかに手を降りながらその場を去っていった。 「……………ともあれ…これで…終わったぁ………」  松永先生の載った車が消えるまでその場に立っていたあたしは、そこでエネルギーが切れたかのようにヘナヘ ナと地面の上に座り込んでしまった。 「どうしたタク坊、腹でも減ったか?」 「それもありますけど……疲れた………」  なんだかものすごく久しぶりに聞いた気がする真琴さんの声に気の無い返事を返す。それだけでも今のあたし にはとてつもない重労働だった。  なにしろ、昨日の夜は森の中を歩きまわって、徹夜でSEXさせられて、睡眠ほとんど無しでここにいるんだ から……湿ってないお布団が恋しいよぉ…… 「だったら先に何か作りましょうか? 簡単な物だったら作れますけど」 「いや、こう言うのはできるうちにきっちりとやっとかないとな。タイミングを逃すと、切り出しにくくなるし。 タク坊、今日の最後の仕事だ、これが終わったらご馳走作ってやるからしっかりしろい」 「はぁ…まだ仕事ですか…………あれ? さっきの声……」  聞いた事のある声を耳にし、そしてそれがこの場にいないはずの人の声だと言う事に思い至り、うなだれてい た首を上げて周囲に視線を巡らせる。 「………遼子…さん?」  隆幸さんだけはいない。あたしが長い時間立ち尽くしていたって言うのもあるけど……だけど最後まで付き合 ってくれたのか、あゆみさんと真琴さんがそばに立っている。そして長い髪を風に流している遼子さんも……  そう言えば帰ったのは砥部さん一家と松永先生。夏目たちは捕まったから、遼子さん一人だけが残っている宿 泊客――よね、考えてみると。ここまで頭が回らなくなってるのか…… 「はい、どうぞ」 「はぁ…ありがとうございます……」  目の前に差し出された遼子さんの手の平に反射的に自分の手を乗せて立たせてもらうと、ついつい不思議そう に眼前の女性の顔をまじまじと見つめてしまう。 「えっと…遼子さんは帰らないんですか?」  何気なく出た言葉に帰って来たのは、結構予想外の言葉だった。 「えぇ、まぁ…私もここで働かせていただく事になりまして」 「ここって…この旅館?」  あたしが地面を指差して問うと、遼子さんは黒髪を手で押さえながら照れくさそうな笑みを浮かべる。 「あんな事があったんだし…それにうちも梅さんがいなくなったから人手が足らなくなっちゃったからちょうど いいと思って」  と、あゆみさん。 「うちの旅館にも責任の一端があるからな。ま、別の働き口を紹介してやるって言ったんだが、ここがいいって 言うんだから…ま、そう言う事だ」  と、真琴さん。 「お二人には了承してもらえたから、あとは主の隆幸さんだけなんですけど……」 「そうなんですか…あれ、あたしの意見は?」 「下っ端一号に発言権無し!」 「真琴さん、その言い方は可哀想よ……でも、たくや君だったら反対しなかったでしょ?」 「まぁ…そうですね……」 「だから、たくや君には遼子さんと一緒に隆ちゃんのところに行ってもらいたいの。だめ?」  いや、あゆみさんに「だめ?」って覗きこまれるのは、最近消え掛けてる男心をくすぐられるって感じでイヤな んて言えませんけど……どうしてあたしなのか……でも遼子さんのため、最後の人頑張りをしなくっちゃ! 「それじゃ……遼子さん、行きましょうか?」  あたしが改めて顔を向けると、遼子さんは昨日までとは打って変わった明るい笑顔を向けてくれる。ひょっと したら、昨晩もこの顔を浮かべていたのかもしれない。そして―― 「ええ、これからよろしくね…たくや"君"」


続く