リレー小説02
「先生、ただいま〜〜。まだ生きてますかぁ?」
結構物騒な事を口にしながら、あたしは玄関の引き戸を開ける。
結局お金が足らなかったあたしはスーパーのおばさんに事情を話し、残金はあたしが先生の家から帰る時に払
いに来ると言う事でお米と、そしてお店の薬箱に合った風邪薬、そしてドリンク剤一本をサービスにと貰って戻
ってきた。その時のおばさんが「あの先生も若いからねぇ」と言っていたのが気になるけど……そんな苛立ちが多
少言葉に出ちゃったようで……
「すぐに片付けますからね。まずは掃除機と洗濯機…先生、掃除機どこですか? それと洗剤と――あれ?」
2キロのお米が入っていて指にグイグイ握り手が食いこむ袋を台所のテーブルの上に置いたあたしは掃除に必
要な物の場所を聞くために先生が寝ていた部屋を覗きこんだ。
「……先生?」
けれど…そこには誰もいない。窓が開けっぱなしだったので幾分気温も下がってはいるけれど、それでも生暖
かい空気の壁の向こう側には、起き上がった時にだらしなく捲り上げられたままのかけ布団とその回りに散乱し
たゴミに山だけが存在していた。
築何年かはよく分からないぐらい古いけれど平屋一戸建て、あたしの所よりも広い家に宮村先生は住んでいる。
あの状態で外に出たとは考えにくいから……家の中のどこかに行ったのかな?
通り抜けてきた居間や玄関にはいなかったから、先生がいそうなのは、庭、トイレ、お風呂場……まさか押し
入れの中なんて言う事は無いよね。んん〜〜…何処から探そうかな?
「…先生ー、入ってますかー?」
あたしは廊下に面したトイレのドアを、コンコンとノックしてみる。
……中からの反応は無く、鍵の状態を表す表示も青のまま。
一応念のため、ガチャッ・・っとレバーを回して、そーっとトイレのドアを空けてみたけど、狭い個室の中には
やはり誰も居なかった。
あたしは悪臭に顔を顰めつつ、ドアを閉める。
一体どこへ行ったんだろう?と、一旦リビングに戻ろうとしたあたしの耳に、半分ぐらい開いていた隣のドア
の奥から、水音らしき音が聞こえてきた。
「?」
覗き込んでみると、そこは洗面所になっていた。でも、そこには誰も居ない代わりに、よれよれのパジャマが
まるでゾンビが這った跡ののように脱ぎ散らかされていて、音はその奥の摺ガラスの向こう、浴室と思われる部
屋から聞こえている。
!ま、まさか、あの状態でお風呂に入ってるの!?
…い、いやシャワーかもしれないけど、今そんな無茶したら余計風邪をこじらせちゃうよ!
「…先生!」
あたしは慌てて洗面所に飛び込むと、浴室のドアを勢い良く開ける!
…案の定、中では宮村先生がシャワーを出しっぱなしのまま、裸で床に座り込んでいた…。
「先生!!」
あたしは悲鳴に近い声を上げると、急いで浴室に入ってシャワーを止め、服が濡れるのも構わずに先生を抱き
起こす。
「先生、しっかりしてください!」
「…おぉ…相原か…」
濡れてうな垂れていた頭を上げて弱々しい声で答える宮村先生。
「どうしてこんな無茶したんですか!?」
「いや、3日ばかり風呂に入ってなくてな……仮にも"女生徒"が訪ねて来てくれたんだ、汗ぐらい流しておこう
・・とシャワーを浴びたまでは良かったんだが、途中で力尽きてな…ははは…」
やつれきった顔で力無く笑う先生。
見れば先生の顔は前よりも白みを増している。抱える腕も小刻みに震えている。
早々にこの事態をなんとかしなきゃいけない。
ふぅ〜、あたしのためにシャワー浴びたっていうのは嬉しくないわけじゃないけど(変な意味じゃなくて)
・・・ってちょっと待ってよ!
すると、こうなったのはあたしのせいとも言えなくもないわけ!?
冗談じゃない!!
見舞いに来たあたしのせいで病状が悪化しただなんて笑い話にもならない。
ついでに、あたしは無罪で冤罪よ。
早くここから出させて体を温めさせなきゃ!
「後できっちり怒らせて貰いますよ!」
そう言って気合一閃、横たわる先生を抱きかかえて起き上がろうと力を込めるあたし。
でも考えてみれば先生も一端の男、まして背なんかあたしよりずっと大きい。
多分、長身の部類に入る。
そんな男の人をかよわいあたしの腕が支えられるはずがない。
加えて、転がっていた石鹸にあたしは足をとられた。
結果、想像した以上に重い先生の体は少し浮いてから元の位置に戻った、
・・・凄いスピードで、・・・あたしを巻き込んで。
さっきまで静かだった浴室に悲鳴が響く。当然あたしの声だ。
そして、ズゴンッ!
なんだかコミカルながら生々しい音が近くで聞こえた。
「イタタタタッ・・・。」
言葉とは裏腹にたいした痛みはなかった。
どうやら、下にあった先生の体がクッションの代わりになったみたい。
「先生、大丈夫ですか?」
あたしは先生に乗ったまま尋ねた。
「いふぁい・・・。」
先生の言葉と共に背中にゾクゾクッとしたものが駆け上がる!
見れば、先生の顔をあたしのちょっとした自慢の胸が塞いでいる。
あまつさえ、シャワーで濡れた制服のブラウスはピッタリと肌に吸いついてブラジャーの姿をクッキリと示し
ている。
先生の口から洩れでる息を、妙に熱く感じるあたしの胸。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!!」
絶叫と共にあたしは起き上がった。
濡れたブラウスが先生の顔から離れ、ひんやりする。
と、同時に本日三度目の悲鳴が浴室に響きわたった。
・・・今度はあたしじゃない、先生の悲鳴。
そして、あたしは右手に違和感を感じた。
浴室のタイルの上に置かれた左手とは異なる感触。
掌にはフサフサとした感じが、指はモキュッとしたものとモニュッとしたものを感じている。
特に指に触れているものはタイルの冷たさと較べてとても熱い・・・。
恐る恐る目を向ければ、そこには裸の先生の股間と
その中心をギュッと握っているあたしの右手。
どうやら男にしか分からない痛さと呼ばれる激痛が先生を叫ばせたらしい・・・。
慌てて右手を外して先生に問いかける。
「先生、・・・大丈夫ですか・・・?」
「お、お嫁に・・・いけな・・・い・・・。」
その言葉を最後に、先生は意識を失った。
なに?もしかしてあたしがトドメを刺したの・・・。事故よ、不可抗力よ!!
言い訳と罪悪感が渦巻く精神状況の中であたしは思った。
先生、お嫁に行けなくなりそうなのはあたしの方です・・・。
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