stage1-エピローグ 02
「はぁ……静香さん、どこに行っちゃったんだろ?」
長風呂を終えたあたしは引っ掴んできた簡易なシャツとズボンとに身を包み、静香さんを捜して神殿の中を歩き回っていた。
「いたたたた……まだ体が痛い………筋肉痛かなぁ……」
往路にゆっくり使っても体の痛みはなかなか消えない。血行促進で余計にひどくなった感じもする。
そういえばフィストがメタモルフォーゼ……変身の後遺症とかどうのと言ってたけど、強い力にはそれなりの反動があるようだ。翼はともかく、頭の角、あれはどこからどうやって生えてたのか、未だにわからない。髪の毛を念入りに洗いながら何度も頭を触って確かめたのに、影も形もなくなっていた。
不思議な事に、あれだけ包帯が巻かれていたのに体のどこにも傷口は残っていない。変身云々は置いておいても、佐野の放ったディメンションズ・ロストで体の各部をかなり抉り取られていたはずなのに、普段と同じく白くてきめの細かい肌だったわけで……おかげでしみる事無く長湯を満喫できたので、良しとしよっかな。
「大げさだったのよね、きっと」
佐野との戦いで全身血まみれになったことは思い出せているけれど、いまいち実感がわかない。どうも自分の力じゃない力を振るっていたのが、現実感を感じない一つの要因になっているようだ。
―――怪我のことは後で誰かに聞くとして、ともかく静香さんだ。
一応、風呂上りに偶然であった女性の僧侶の人にお願いして新しい包帯を巻いてもらっている。寝ている間にあたしの世話をしてくれていた人の一人らしく、精液を吸った包帯の事も聞かれず、軟膏の塗られた湿布厄を手際よく全身へ貼ってくれた。………臭いはそんなにないけど、結構しみるね、この薬。
その人にも訊いてみたけれど、返事はあまり要領を得ない。包帯や薬を運んだ際にあたしの事を見たことがある程度で、どんな症状や怪我で寝込んでいたかはまったくわからないそうだ。
「これだけ捜してもいないってことは……外、かな?」
―――今はあたしのことよりも静香さんだ。
神殿の中、特に一階はあちらこちらに衛兵とモンスターの激しい戦いの傷跡が刻まれている。
剣や爪が壁を削った跡や火炎瓶で燃えた跡。
あたしが地下の清めの泉に向かい、そのまま佐野と戦っている間にも激しい戦いが繰り広げられていた事を、戦いが終わった今になっても見て取れる。
そんな壁や床も、補修は後回しにされている。あわただしく通路を行き来する僧侶や神官の人たちが口にするのは待ちの復旧の事ばかりで、感傷にひたるように傷跡を長めていては邪魔になる。そう思って神殿の中庭へ出たあたしは、戦闘訓練などを行う武練場の方に人が集まっているのを目にとめた。
「ハ〜ハッハッハッハァ! 見たか聞いたかワイ等が戦果!」
「こんだけ巨大な亀はそうはおらん。三日三晩の戦闘の末に辛くも退治してのけたのだぁ!」
「放たれる電光を避け、耐え、そしてワイ等は進んだ!」
「悪の手よりこの街を救うため。そう、ワイ等こそ今回の戦いの最大の功労者ぁ!!!」
「……………」
―――おろ、あれは……
神殿内と違い、外にいるのは実際に肉体労働する人たち……と言うよりは、フジエーダの街の衛兵たちだった。見知った顔も多く、中よりはピリピリした金オア区間もないことからそちらへ駆け寄ったあたしは、人の輪の向こうから聞こえてきた声に眉をひそめた。
「我等、たくや様の一の子分、ゴブリンリビングアーマーズ!」
「いいやろいいやろ。あのムッチムチのボンッキュッボンッの姐さんの子分やで〜〜♪」
「もちろんあっちの方もがんばらさしていただいてます!」
「やっぱ使えるならエッチで淫乱なお姉様に限り」
―――なに言ってんのよあんた等はぁぁぁ!!!
「誰がエッチなお姉さんだ。人を集めて、言うにこと書いてそんな事をよくもまあペラペラペラペラ口からでまかせばっかり!」
調子に乗ってある事ないこと口にしている――そもそも口はないわけだけど――リビングメイル四人組へ、人垣を押し分けて前へ出たあたしはとりあえず足の裏で蹴り付けた。
「お…おおお、姐さん、ホンマに姐さんや。よくぞご無事で」
「ああぁん、エクスタシー♪ もっと蹴って。姐さんに蹴られるなら本望やわぁ♪」
「聞いて聞いて。ワイら、姐さんに言われたとおり、川にはびこる電撃ビリビリ亀を」
「余計なこと言った罰。封印!」
プラズマタートルを押さえ込むように指示を出してから、その存在をすっかり忘れてたリビングメイルたちをさっさと封印する。
「「「「そんな語無体な〜〜〜!」」」」
吸い込まれるようにあたしの手の中で魔封玉へ封印される四体のリビングメイル。それを見て、リビングmウィルの向上を聞きに集まっていた人たちからワッと歓声が上がる。
「すごいな。それがモンスターテイマーの力なのかい?」
「話は聞いてるよ。まさかモンスターを使ってモンスターを追い払うなんて」
「たくやさん、お怪我はもういいんですか? あの魔道師と一騎打ちで勝利を収めたけど大怪我したって」
―――なんかあたしの噂、ものすごく広まってない?
前へ出るなり、全員の視線が一斉にあたしへ注がれる。興味深く観察するような眼差しを向ける人や、久々に起きてきたあたしを心配してうるうる瞳を潤ませている人、話に聞いていたよりもグラマーだからと好色の視線を向ける人などなどなど、消えたリビングメイルに変わって取り囲まれてしまい、何をどうしていいやらわからないほど混乱してオロオロしてしまう。
「本当にこんな女の子があの魔道師を追い払ったって言うのか? 誰も見てないんだろう?」
「お前はその時気持ちよく伸びてただろうが。俺でも感じるぐらいの物凄い魔力だったんだぜ。思い出すだけで肌が震えるよ」
「………かわいい」
「なあなあなあ、俺、独身なんだけどよかったら嫁さんにグハァ!」
「お前は黙ってる。たくやさんはなぁ、たくやさんはなぁ……!!
「クゥゥゥ! 俺、命を救ってもらいながら何の役にも立てずに! 自分が情けないぃぃぃ!!!」
―――あ〜ん、こんなのどうすればいいのよ〜〜〜〜〜〜!!!
次々に飛び交う質問に口説き文句に殴る音とか泣き声とか。正直、ガタイのいい男の人に取り囲まれて、泣き出したいのはあたしのほうだ。
「はいは〜い。たくやちゃんのエピソードならただいま調査中だよ。いずれは世界中に吟遊詩人が奏でるだろう、その情報をただいまここでこっそり大公開!」
集まっていた人の中には、あの時神殿の中にいた衛兵もいる。その人がちょっぴり脚色を含んだあたしのエピソードを語るたびに周囲からおおっと歓声やどよめきが上がった。
―――ありがとうございます。
遠くからペコッと頭を下げるとウインク一つが返ってくる。
「………………」
なんとか男の人たちの輪から抜け出すと、服をクイクイと引っ張られる。そちらへ視線を向けると、子供のような大きさの黒装束のリビングメイルがあたしの事をジッと見上げていた。
「あ、お前もいたんだね」
「………………」
「忘れてたわけじゃないって。他の四人と一緒に封印されたのかなって思ってたから」
「………………」
「今度の戦いで色々助けられちゃったね。ありがとね」
「………………」
「うん。怪我のほうは問題ないみたい。それよりもごめんね。一週間もかまって上げられなくて。ホントは他のリビングメイルと一緒に褒めてあげなきゃいけないんだけど」
「………………」
「ふふふ、励ましてくれるんだ。みんなには話しておいてくれる? あたしが褒めてたって。まあ、どうせ変な捕らえ方して勝手に盛り上がるんだろうけど……それじゃ疲れてるでしょ、ゆっくり休んでね」
無口なリビングメイルとの会話――傍目にはあたしが独りで喋ってるようにしか見えなかっただろう――を終え、あたしは非力ながらも頑張って戦ってくれた黒装束のリビングメイルを魔封玉へと封印した。
―――いつまでも黒装束のリビングメイルって呼び方もおかしいよね。他の四人と一緒に名前を考えてあげなきゃ。
今回の事で契約したモンスターの数が一気に増えたので。名前を考えるのも大変だ。そんな事を考えていると、初老の見覚えのある衛兵があたしへと近寄ってきて声を掛けてきた。
「怪我はもうすっかりいいのかい。若いって素晴らしいのう」
「衛兵長、ご無事だったんですね」
戦いの間、何度も顔をあわせた衛兵長へ頭を下げて挨拶すると、堅苦しいのは抜きと手仕草で伝えてくる。
「あの程度でやられはせんよ。他の者も怪我の大小こそあれ、みんな無事じゃ。お主に助けられた命、誰一人と無駄にはしておらんぞ」
「そんな、大げさですよ。あたしが助けただなんて……」
「謙遜などいらん。実際、広場で辛い役を買って出てくれなければ、ワシらは全員あの世行きじゃった」
と言って、手刀でトンッと首を落とす真似を見せる。実際に、佐野が魔法陣へ魔力を供給するためにした事を考えれば、そうならなかったとは言い切れないだろう。
けれど、広場での事は売り言葉に買い言葉、考え無しに行動した結果であって、衛兵のみんなを助けられたのは運がよかったからに他ならない。それに、あたし自信が衛兵の両手を束縛されたみんなにした事を考えれば、こうも感謝されては逆に背中がくすぐったくなってしまう。
「救われたのも一度や二度ではないからの。牢屋からも出してもろうたし、トロール相手に孤軍奮闘の活躍。その上、行方をくらませていた王女を救出して魔道師を幾度も退けた功績はまさに今回の功労者。胸を張ってええぞい。―――そうそう、広場での事は絶対言わぬと全員で決めてあるから安心いたせ。話すヤツがおったらリンチじゃリンチ」
「そうしてもらえれば助かります。……いや、リンチはマズいでしょ!?」
「やりすぎなければオールオッケーじゃて」
ほ、本当にそれでいいのかな……もしかしたらフジエーダの習慣なのかもしれないし、あえて突っ込むのはやめておくけど……
「でも……街の平和がグチャグチャにされたのに功績とか功労って言ったって……」
「たしかにの……じゃがの、命令されてもおらんのに、おぬしは人に褒められる事をした。それは無謀な行為であったかもしれんが、おかげで何人もの人間が助けられたんじゃ。ワシ等衛兵だけではない。あの魔道師はいずれ街の人間を、そしてこの周辺の人間全てに多大な災厄を招いたじゃろう。間接的にとは言え、それらの人々を救ったと言う事、忘れんようにの」
「はぁ……」
真剣な表情で話していたけれど、どうにも理解の方が追いつかない。とりあえずあたしが大勢の人を助けたと言うと考えておけばいいだろう。
「―――ま、それはさておき。お主に頼みたい事があるんじゃ」
話しを終えた衛兵長は顔の緊張を緩めると、あっちの方でますますヒートアップする人だかりから離れ、一匹のモンスターの前へとあたしを連れていった。
「ものは相談なんじゃが、このプラズマタートル、いらんか?」
「はい?」
目の前にはでっかい亀がいた。トゲの生えた甲羅を背負う亀のモンスター、プラズマタートルだ。
あたしも何度か目にしているけれど、陸に上がっているところを見るのは初めてだ。しかもかなり大物で、練武場の一角で頭と手足を引っ込めてデンッと鎮座していた。おそらく、あたしが押したぐらいじゃビクともしないだろう。
「いやの、さっきのちっこいリビングメイルが退治したとか言うとったが、この亀、まだ生きておるんじゃ。おそらくは電撃の出しすぎじゃろうが、結構弱って追ってのう。明け方まであの四匹のチビ助どもと川の中で戦っておったから」
うわ〜、あいつら、引き際ってものを知らないのか。リビングメイルだから脳味噌まで空っぽなんて、洒落にもならないわよ。
「電撃は出さんようになったから安心じゃが、これだけの巨体、川の真ん中にいると避難場所から戻ってきた住民たちが不安がってな。何かと神経質になっておるから仕方なくここに運び込んだんじゃが……せっかく弱っておるんじゃし、モンスターと契約とやらができるお主にならと思っての。神官長と話し合ってここに置いておいたんじゃ」
「う〜ん……」
モンスターならなんとでも契約すると言うわけじゃないけれど、プラズマタートルの電撃はかなり強力だ。契約出来れば何かと役に立ちそうだけど……
「この子、そんなに弱ってるんですか?」
「餌をやろうとしても口もつけん。されとて水辺に戻せばどこで電撃を放つかわからんから危険じゃでのう」
―――とりあえず意思疎通から入るしかないわけか。できるかな……
「ねえ、どうしたの? 元気ないようだけど、どこか怪我してるの? お腹すいた?」
ダメ元で試すだけでもとタートルの正面へ回り込んで屈みこみ、話し掛ける。
その場所には餌として置かれていたのだろう、水の入った深めの皿とフジエーダの暑さで早々に干からびた魚が三匹ほど転がっていた。けれどプラズマタートルは見向きもせず、甲羅の奥に頭を引っ込めている。
「食べないと元気でないよ?」
魚を摘んで顔の前に差し出すと、あたしの事を敵だと思ったのだろう、頭に近い位置の二本のトゲの間に火花が飛び……それ以上は何も起こらなかった。
―――やっぱりお腹がすいてるんだ。それで力が出なくて……
言葉がなくても、単純な感情ならある程度伝わってくる。かなりイラついているらしく、あたしの越えに聞く耳すら持たない状況だ。
……そういえばプラズマタートルの食事の事も聞いた覚えが……あれは確かユージさんと街の外の偵察をしていたときだったかな?
「衛兵長、ユージさんとユーイチさんを知らない?」
「あの二人なら、この街にいても仕事がないからと他の街に行きよった。薄情に思えるかもしれんが、あの二人は良くも悪くも冒険者なんでのぉ」
―――残念。プラズマタートルに詳しそうだから何か手掛かりでも貰えないかと思ったのに。でもあの時、棒を投げて雷を出させて、そのあとユージさんはなんて言ったっけ……
「そっか……」
ピンッとタートルが食べたがっているものに気付く。早速厨房にあるか聞いてこようと立ち上がると、武練場に入ってきた綾乃ちゃんの姿を目が捉えた。
「綾乃ちゃ〜ん!」
あたしが手を振ると、こちらに気付いた綾乃ちゃんは慌てて駆け出し………あ、こけた。
「………あの嬢ちゃん、よくこけるんじゃ」
「………本人は本気で頑張ってるから、あまりいじめないで上げてくださいね」
倒れたのが石タイルじゃなく周囲の芝生のところなので、あたしも怪我の心配はほとんどしなかった。……何もないところで人がこけるシーンを見たのは、今日はこれでもう二度目だ。
しかしまあ、衛兵長が呆れているぐらいだから、あたしが寝ている間によほどこけたのだろう。実際、女の子が倒れたと言うのに衛兵長は助けに行こうともしない。………あたし共々薄情だなぁ……
「す、すみまふぇん。おまふぁふぇしましふぁ」
「鼻、大丈夫?」
「ら、らいじょうぶです。もうなれまひは」
そうは言うけれど、涙目になって両手で鼻を押さえていて大丈夫だと言われても、全然信じられない。助けに行かなかった負い目もあるし…と、あたしは綾乃ちゃんに胸の先が触れるほど近寄ると、鼻を隠す手を除ける。
「せ、先パイ!?」
「ちょっとの間でいいから動かないでね。……ん〜、血は出てないけど赤くなってる。後で誰かに治療の魔法を掛けてもらった方がいいかも」
「………………」
「―――綾乃ちゃん? 聞こえてる?」
「は、はい! ちゃんと、き……ます、聞こえて………」
顔も赤いから結構派手にぶつけたのかな? うつむいて声を出さなくなった綾乃ちゃんの様子をさらに伺おうかどうか、つまりは屈みこんで下から覗いてまで怪我の具合を確認した方がいいのか迷ってしまう。
綾乃ちゃんは女の子なんだし、やっぱり鼻は……マズいかな?
そう考えると、今のあたしの行動はデリカシーが足りなかったかもしれない。
「綾乃ちゃん、え〜っと……」
なんて謝ろうかといくつかの言葉を思い浮かべるけれど、元々引っ込み思案のある綾乃ちゃんへ下手に声を掛ければ、逆に傷つけてしまうかもしれない。ここはナイスな流れで上手く話をそらして……
思いつく話題と言えば、街のその後とか、一週間寝てたのって本当かとか、今日は天気がいいねとか、うわ、どれもろくでもなさそう!
「………………」
え〜とえ〜とえ〜と……あわわわわ、そう言えばあたしって、同年代がラブラブカップル結成してる頃を道具屋の運営でのんびり過ごしてきたから、とっさの話術は苦手でえ〜とえ〜とえ〜とぉ………!
考えれば考えるほど、一言発しただけで綾乃ちゃんが涙を流しながら走り去って行くんじゃないかと言う強迫観念に囚われてしまう。
結局、下を向いてしまった綾乃ちゃんの前であたふたするしかなかったんだけれど、不意に、その綾乃ちゃんの背後に巨大なてるてる坊主が現われ、思わずあっけにとられてしまう。
てるてる坊主と言うのは例えだ。よく見ると、背の高い誰かが土で汚れた布を頭からかぶり、風で飛ばされないようマントみたいに首の辺りを紐で止めているだけだ。……とは言え、なかなか体格がよく、フードの奥に隠れて見えない双眸にジッと見つめられているのを感じ、気圧されてしまう。
手にしているのは長柄の戦斧だ。ところがそこには、ウサギや鳥が数匹吊るされている。おそらくは狩りの帰りといったところか。……獲物の少ないフジエーダの周辺でこれだけの量をとるのは、かなりの腕前なのかな?
「………ブヒィ(姐さんじゃあああっ)!!!」
「へ、あ、え、オーク!?」
それは突然の事だった。
マント代わりに着ている布を跳ね上げた下から現れたのは豚の顔だ。千部を放り出して腕を広げたオークは泣きながら抱きついてこようとして………精神世界での一件以来感じるようになったオークへの生理的嫌悪感からついつい突き出してしまった足の裏と、濃厚なキスを交わす事になった。
―――ごめん、オーク……あたし、あんたの抱擁だけはちょっと……
「ブヒブヒブヒヒヒヒィ(ひどい、ひどすぎます。ワイは姐さんが倒れたと聞いて心配で心配で体重が5グラムも減ったような気がするのにぃ)!!」
「あはははは、ごめんごめん。つい足が出ちゃった。………で、その獲物はオークが取ってきたの?」
「そうなんです。オークさん、狩りをするのがとても上手なんですよ。獲物さんの臭いを嗅ぎ取ってすぐに見つけちゃうんです。あと、罠を仕掛けるのを手伝ってもらったりもしてます」
ブヒブヒだけでは契約による意思疎通能力があっても相手の言葉が分かるのに時間が掛かる。そこで綾乃ちゃんが説明してくれるんだけど、その肩の上には見知ったモンスターがもう二匹……
「ジェルに蜜蜘蛛! あんたたち、なんで綾乃ちゃんと!?」
「護衛してくださってるようです。先輩にはデーモンさんとポチさんが付いていてくださってましたから、ジェルさんたちは街の外に出ると危ないからって私に付いて来てくれたんです。勝手な事をして、申し訳ありませんでした」
「そう言う理由なら気にしなくていいよ。あたしは寝てたんだし、ジェルたちも綾乃ちゃんの事を気に入ってるようだしね」
それに上手く話をそらせたし……オークやジェルたちには後で感謝しないと。
「―――そうだ。よければ一匹、鳥でもウサギでもいいから分けてくれない?」
寝ている間の話はまた今度にするとして、あたしはふと思いついてオークの斧に吊るされた狩りの獲物を指差した。
「それは構いませんけど……どうなさるんですか?」
「こうするの」
ここはちょっと奮発して大き目の鳥を一羽貰うと、魚には口をつけようとしなかったプラズマタートルの顔の前へズイッと差し出した。
「ほ〜らほ〜ら、これ欲しい? 食べたいんじゃないの?」
よく見えるようにタートルの眼前で鳥を揺らると、甲羅からゆっくり首を伸ばして追いかけるように右へ左へ鼻先を動かす。そして突起の間でバチバチと散らす火花は、以前空を飛ぶ鳥を落としたのを見た時よりも弱めながら少しずつ強さを増していった。
「これを食べたらあたしと契約するの。いい? ちゃんと言う事聞くのよ?」
何度かモンスターの契約を経験しているけれど、最初のこの時だけは言葉が通じているのかはっきりしない。―――けどまあ、契約できるかどうかは別にしても、飢えたこのタートルを放っておくのも気が引けるし……
餌で釣って契約を結ぼうと言う行為に罪悪感を覚え始めたあたしは、手にした鳥を突起の間に放り投げた。すると、最後の力を振り絞るように強烈な電撃が二本の突起の間から放たれ、一瞬にして鳥は丸焼きにされてしまう。香ばしく煙の上がる鶏肉の丸焼きを一瞬で作り上げたプラズマタートルは、首を精一杯伸ばすと鶏肉にかぶりつき、骨をバキバキ噛み砕きながら勢いよく食べ始めた。
―――ユージさんにタートルが鳥を捕食するって言う話を聞いててよかった。
「おいしい?」
あっという間に鳥一匹を食べつくそうとしているプラズマタートルの頭に手を置き、なでる。一瞬だけタートルが首を上げてあたしに視線を向けるけれど、すぐさま食事のラストスパートに意識を戻してしまう。
「ま、いっか。ずっと街の運河にいたんだから久しぶりの食事なんだろうしね」
人に危害を加えそうな意思も感じられないし、衛兵長に頼んで河にでも逃がしてもらおう。
タートルが最後の鶏肉を頬張り、咀嚼するのを見ながら立ち上がる。そのあたしの動きを追うように食事を終えたばかりのプラズマタートルが首を上げる。
「ん?」
ジッと亀に見つめられるのも、なんとなく不思議な気分でくすぐったい……そう思い、小首を傾げて見下ろした矢先に、まるで小山のように大きなプラズマタートルの全身が光に包まれる。
「………あら?」
―――契約するつもり、もう無かったんだけどな……
ともあれ、手持ちのモンスターが増えるのはあたしとしても助かる。光が収束し、プラズマタートルは翠玉石の魔封玉に姿を変えると、ポンッとあたしの手のひらへと飛んでくる。
「……ま、上手く行ったらそれでよし、てことで」
「ほ〜…そうやってモンスターを宝石へ変えるのか。不思議な術じゃのう。それも魔法の一種なのかの?」
人前で契約する瞬間を見せたのはこれが初めてだ。衛兵長に綾乃ちゃん、それにいつの間にか集まっていた他の人たちまで集まってきて興味深そうにあたしの事を見つめていた。
「え〜っと……魔法と言うわけじゃないんですけど……詳しい事はあたしにもよく分かってなくて」
「それにしてもスゴいもんじゃ。―――で、契約したモンスターはもう暴れたりせんのか?」
「しないと思います。ね、オーク?」
「ブヒブヒブヒ(もちろんでさぁ、姐さん)」
「そうだって言ってるよ」
あたしの問い掛けに首を大きく頷かせるオークだけど、
「………いや、ワシ等はオークの言葉はわからんし」
―――あ、そう言えばそうだった。
苦笑し、あたしは頬を掻く。
「そういえば、オーガがいないんだけど」
デーモンとポチがあたしの部屋にいて、ジェルに蜜蜘蛛にオークがここに。何かと騒がしいリビングメイルは封印して……残っているのは腕が四本に増えたオーガだけ。あの性格だから人様に迷惑をかけてるとは思えないけど、なんとなく元気にしているか気になってしまう。
背が高い上に腕四本に角まで生えていると言う目立つ風体だし、綾乃ちゃんや他のみんなも知っているはず……と思って聞いてみたんだけど、さっきまでワイワイと明るかったみんなの表情に、何かしら、緊張や不快と言った感情がわずかに覗き見えた。
「………あのデッカい奴なら、街の方の復興を手伝っておるよ」
誰も話し出そうとしない雰囲気が広がる中、衛兵長が少し重い調子で口を開く。
「衛兵長……!!」
「構わんじゃろう。こういうことは本人の目で見させた方がいい」
―――はて、一体何のことやら。ますます緊迫して行く周囲の反応を余所に、衛兵長はあたしの目を覗きこむ様に見つめてくる。
「さっきワシが言った事、覚えておるな?」
「えっ…と………あたしが街を救ったって事?」
「そうじゃ。その事実だけはしっかりと覚えておいてくれ。―――デッカい奴は確か衛兵詰め所跡辺りにおるじゃろう。行っておあげなさい」
言うだけ言うと、衛兵長はあたしに背中を見せて歩き去ってしまう。他の人たちもバラバラになって解散し、残されたのはあたしと綾乃ちゃん、それにジェルとオークと蜜蜘蛛だけになってしまう。
「衛兵長、ちょっと変だったよね。たまたまそうなっただけで、あたしは別に街を救ったとか自慢する気はないのに……」
「………そう言う意味じゃないんだと思います」
「綾乃ちゃん、何か知ってるの?」
問いにただ首を振るだけで、綾乃ちゃんは答えようとしてくれない。
―――自分で見に行った方が早そうね。
「じゃあ、ちょっと街に出てくるね。ジェル、蜜蜘蛛、一緒に来て。オークは目立つからお留守番、いいわね?」
「あ……蜘蛛さんは、あの、残していただけませんか? お肉を漬け込むタレにその蜘蛛さんの蜜を混ぜるとスゴく美味しくなるんです。そ、それにジェルさんも……」
まるで何かを隠しているような綾乃ちゃんの言葉だけれど、断る理由も特に無い。佐野もいなくなったんだし、街中で襲われることも無いだろうし。―――引っかかることもあるけれど、綾乃ちゃんがあたしを騙すような事を言うとも考えられない。
「わかった。じゃあジェル、蜜蜘蛛、二人とも綾乃ちゃんの言う事をよく聞くのよ?」
ジェルは相変わらず無言、蜜蜘蛛はキーッと鳴き声を上げ、共にわかりましたと伝えてくる。
「ブヒィ…(ああ…ワイだけお声を掛けてくれへん。なんや、胸の奥が寒いなぁ……)」
「オークもよろしくね。家事って結構力仕事なんだから、綾乃ちゃんや他の人が大変そうだったらちゃんと手伝わなきゃダメなんだからね」
「ブヒブヒブヒィ(ハッ、了解であります姐さん)!」
―――結構聞き分けはいいのよねぇ……でもオークを見るとあの迷宮での地獄の輪姦を思い出すからなぁ……まあ、今は忘れよう。その内慣れるよ、きっといつか多分おそらく。
「さてと……」
身軽ではあるけれど、痛みのおかげで泣きそうになるほど重い体を通用門のある方へ向ける。
足を踏み出す。―――足の裏から股関節へ、そして背骨を伝って全身へ広がる痛みを伴う衝撃に顔をしかめてしまう。
「ご飯の時間までには帰ってくるから、あたしの分のお肉も置いといてね♪」
さっき飲んだスープだけじゃ物足りない。満たされていない食欲を満たす言葉を口にしながら、あたしはぎこちない笑みを浮かべ、とても遠くまで歩いていけない事を実感しながら街の外へと歩き出した―――
stage1-エピローグ 03