第九章「湯煙」04


「死ね」
 あたしにそう告げたのは、氷の刃のように鋭く、そして感情を一切感じさせない女性の声だった。
 ―――まさか……
 瞬間的に顔を仮面で隠した女性騎士を思い浮かべ……それはありえないと否定するのと同時に後ろへ向けて地面を蹴り付けていた。
 背後は木造の建物だ。そこにナイフを突きつけて着ている相手を叩きつけて―――
「んアッ!?」
 現われた時と同じように相手の気配が突然消え、首からナイフはなくなった代わりに後頭部と背中を建物の壁に自分から叩きつけてしまう。
「タタタ……どうなってんのよ……」
 涙をにじませながら頭を抑える。しっかりコブができてるのを確かめながら周囲を見回すけれど、人の姿はなく、
「ひゃあああっ!!!」
 突然の上からの気配。反射的に横へ飛びのくと、短剣を真下へ向けた黒尽くめの人間が直前まであたしがいた場所へと落下してきた。
「ちょっと待って。あたしはただ温泉に入りに来ただけで!」
「――――――」
「んのわぁ!」
 無言のままダガーを投げつけられ、体をよじって咄嗟に回避。そして髪をかすめて素通りしたナイフの行方を目で追う暇もなく、今度は正面から逆手に握られた短剣があたしの首へと襲い掛かってきた。
 ―――首切られたら一巻の終わりだって!
 後ろへ飛びのきながら、あたしもショートソードを鞘から抜く。
 目の前で刃同士が噛み合い、硬い音を響かせる。―――そして次の瞬間には、あたしは腹部に重い衝撃を受け、背後に立っていた樹の幹へと吹き飛ばされていた。
「ッ………!」
 腹部と背中、前後から連続した二重の衝撃で肺の空気が全て押し出される。
 一瞬、意識が飛んだ。―――でも開いたままの瞳がさらに迫る黒尽くめの相手の姿を捉えると、頭が動く事を拒む体に無理やり命令を下した。
 ―――息を吸え。
 ほんの一呼吸。吐き出す必要も無いほどわずかな空気が口から胸の奥へ流れ込むと、あたしは左手を突き出し叫んでいた。
「蜜蜘蛛っ!」
 手の中に魔封玉が現れ、弾ける。―――そして腹部が黄色く透き通った一匹の蜘蛛が手の甲にしがみつくように現われる。
「――――――」
 黒尽くめの相手は無言のまま直進。言葉を放てないあたしの意思を感じた蜜蜘蛛はそれに狙いを定め、怪力のオーガさえ絡め取った粘着糸を噴き出した。
 ―――やった!
 瞬間的に白い糸に覆われた黒尽くめの相手は動きを止められ、あたしの前で地面に倒れ伏せる。
 ………動かない。数秒の間を置き、襲い掛かってこない事を確かめてから、やっと呼吸を再開。大きく息を吐き出した。
「手荒な事をしちゃってごめん。けど―――あれ?」
 全身から緊張が抜けていくのを感じながら、倒れた相手に近づく。けれどそれは人間でもモンスターでもなかった。
「何で木の枝に……?」
 蜜蜘蛛の糸に絡め取られていたのは、葉が生い茂った一本の枝だった。
 ―――そして、右わき腹を突き上げるような鋭い気配が。
「くッ―――!」
 どういう仕組みか分からないけど、この枝は囮だ。
 囮に気を奪われて気を弛めたあたしに相手の姿を確認している余裕は無い。またしても後手に回った事を感じながら、歯を食いしばって前へ跳躍。地面に落ちた木の枝を飛び越えてそのまま地面を一回転すると、後ろを振り返る事無く森の中へと駆け出していた。
 ―――こんな事になるんなら、ウエストポーチをつけとくんだった。
 役に立ちそうな煙玉やポーションは背負い袋の中だ。その背負い袋は木棍ともども建物のそばに置いて来てしまい、手持ちの武器はショートソードと魔王の書のメダルだけ。ジャケットや肩鎧、左篭手などの防具をキチンと身に着けていたのは不幸中の幸いだ。
「これで勝てる……わけないか」
 あの黒尽くめの女性があたしより強いのは確かだった。例え剣を振り回したって万に一つも勝ち目は無い。こうして逃げていたって―――
「ひゃあっ!」
 足元めがけて投げられた投げナイフを躱す為に思考を中断。続けざまに跳躍した方向へ飛来する二本のナイフを、さらに地面を蹴りつけて木の幹の影に飛び込み回避する。
「横と後ろか……一人じゃないんだ」
 木に背中を預けて呼吸を整える間に、ナイフが飛んできた方向を思い返す。
 最初の足元へ投げつけられたのは、横手から。そして二投目は逃げてきた方向からあたしの背中にめがけて投げ放たれた。もし背中に突き刺さるような気配を察していなければ、まちがいなく重傷を負っていただろう。
「………明日香に追い回されるのに比べれば、ね」
 まあ、綾乃ちゃんがこの場にいないのは幸いだった。悪く言うつもりは無いけれど、綾乃ちゃんをかばいながらでは続けざまに避ける事は出来なかっただろう。
 ―――けど一体何者なんだろう……
 まさか本当に温泉を守ってる人たちだとか……まさか、そんなわけがあるはずが無い。
 仮面の騎士はアイハラン村にも来ていた。もしこの場所を守る人だとしたら、どうして大陸の南部から東部にまで出向く必要がある?
 じゃあアサシンのような彼女は――いや、彼女たちは何者なんだろか?
「………詮索は後回しにして、この場を切り抜けないと」
 この程度の逆境で根を上げていたら、フジエーダの街で何回死んでなきゃならないのやら。悲惨な目にあったことしか記憶に無い戦いだったけれど、「経験」だけは蓄積されている……と思う。
「さて………」
 邪魔なメダルは首にかけ、剣を握り締める。それから空いた手の中に必要な魔封玉を呼び出し、準備を終える。
 チャンスは一度。………できれば相手を殺さずにうまく行きますように。
 そんな事を考える自分に苦笑。
「しまった!」
 上を仰ぎ見た時には、黒尽くめの人影は生い茂る枝葉の中から飛び出し、こちらめがけて一直線に落下して来ていた。
 狙われているのは眉間、そのど真ん中。いくら相手が女性でも、落下の勢いがあれば刃は簡単にあたしの頭に突き刺さるだろう。そして上を見てしまったことで避ける時間は失われてしまった。
 ―――だから、「呼び寄せた」。
「ゴブリーダー!」
 左手を突き出し名前を呼ぶと、五匹のリビングメイルの内の一体が一瞬の閃光の中から姿を現した。―――あたしの“頭上”に。
『呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ〜ヒデブゥ!』
 アサシンの刃はリビングメイルの刃に阻まれ、あたしへ届く事無くストップ。………ま、幽霊に刃物が効くわけ無い。縦にしたのは後で文句を言われるだろうけど。
『お………女忍者ぁぁぁ〜〜〜! ワイには分かる、女や、かなりの別嬪なくの一やぁぁぁあああっ! ああ、魔王様の前やのに心のチンチンが勃ってしまうんやぁぁぁあああ!!!』
 ―――こいつに罪悪感を抱く必要は無い。改めてそう思いながらサイドステップ一つで落ちてくるアサシンと小柄なリビングメイルを避ける。
「――――――!」
 ショートソードの刃を返し、目の前を通過しようとするアサシンに斬りつける。
 だが相手の反応の方が一瞬早い。木の幹を蹴りつけて落下の軌道を変え、あたしの剣に空を切らせる。そのままトンボを切って離れた場所へと着地する。
 ―――スゴい。あんな動き、本当にできるんだ。
 軽業師のような身のこなしに内心舌を巻く。とは言え、攻防はいまだ続いている。
 右手の茂みから、殺気をまとった三本のナイフが一直線に飛んでくる。
 狙いは頭、胸、太股。気配を読む感覚があたしの意思より先行し、続いて体も反射的に動く。
 足元にある木の根に爪先を引っ掛け、力を込めて前転。両手を突き、倒立しながら地面へ倒れこんでナイフを回避……だがナイフから放たれる殺気は、まだあたしの体に突き刺さっていた。
 ナイフが軌道を変え、うつ伏せのあたしへと狙いを付け直す……って、この人たち本気でナニモノ!?
 うつ伏せに倒れていては躱せない。ギリギリで回避してれば曲がった直後のナイフに刺されていたから、まだ運が良かった方だろう。
 ―――だったら避けずにはじくしか……!
「プラズマタートル!」
 落っこちて気を失ったゴブリーダーを再度封印し、事前に出しておいた魔封玉の一つ、フジエーダでの戦いを終えてから契約してから未だ呼び出したことの無い巨大な雷亀を体の下に召喚する。
 プラズマタートルの甲羅はあたしの身長よりも高い。槍のような角だらけの甲羅に押し上げられてナイフの軌道から体を動かし、ナイフそのものも硬い雷亀の甲羅にはじかせる。
 地面に落ちたナイフはもう動かない。―――もし落ちたナイフであたしを刺せるなら、最初の投擲の時にそうしていたはずだ。
「プラズマタートル、あっちに電げ―――」
 もう余裕は無い。殺さないよう手加減してね、と心の中でプラズマタートルに伝えながらナイフの飛んできた茂みを指差す―――が、いきなり炎を叩き付けられた。
「―――!?」
 それほど強力ではないが広範囲。一瞬にして周囲全体が赤い炎に包まれてしまい、熱気を孕んだ風が産毛を容赦なく焦がしていく。
 普通ここまでするか!?
 あたしが入ってくる事を拒むのも、この場所を守るとかなら納得もできる。けれどこんな大火事まで起こしてあたしを殺そうとするなんて、度が過ぎて狂っているとしか思えない。
 ―――次から次へと本当にやってくれる!
 どっちにしろ、絶体絶命なのは確かだ。このままだと二人のアサシンに殺される前に焼け死ぬしかない。
「え……」
 焼け死ぬなら、もうとっくに焼け死んでいなければおかしい……最初の炎は「あたしに叩きつけられた」はずだ。燃えるなら森じゃなく、まず最初にあたし自身が燃えていなければならない。
「そーゆー事ね……いきなり周りが燃えてるからおかしいと思ったのよね」
 プラズマタートルの甲羅から折り、心で呼びかける。……契約したモンスターとの繋がりを利用した、簡単なテレパシーだ。
 言葉の無い返事で返ってきたのは、爬虫類系モンスターのプラズマタートルにとって苦手としているはずの炎への恐怖ではない。感じられるのは、あたしの様子がおかしい事を気遣う心配の気持ちだった。
「―――大丈夫。このからくりは解けたから」
 そう、実際に森が燃えているわけじゃない……あたしが見ている光景は「幻術」に他ならない。おそらく「炎を叩きつけられた」と思った瞬間に幻術を掛けられたのだろう。
 個人差はあれ、幻術は精神構造が人間に近くて単純なほど掛かりやすい。だから哺乳類でもないプラズマタートルには効き目が弱く、あたしには強く効いた………なんか、自分で自分の事を単純だと認めるのはちょっと辛いけど。
 でも強い幻術に掛けられているとしたら、あたしにとって周囲の幻炎は実際の炎となんら変わりが無い。触れば火傷をするだろうし、炎に包まれれば熱気で肺を焼かれて呼吸困難、残されるのは消し炭になった体だけ。―――それほどまでに強い幻覚は人間の体に「強烈な勘違い」を起こさせる。
 あの一瞬でどれだけ強い幻術を掛けられたのかまでは分からないけれど、呼吸を阻害するほどの熱気は十分すぎるほどに現実の炎そのものだ。
「カミナリじゃどうしようもないよね……」
 だけどスライムのジェルは炎に弱いし、炎獣のポチは自分が出した炎以外は操れない。契約した他のモンスターでは幻の炎をどうする事もできない。
「だとしたら……アレしか手は無いかな」
 要は幻でも現実でも吹き飛ばせる攻撃をすればいいだけだ。それなら一つだけ、あたしにもとっておきの手段がある。
「あまり使いたくはなかったけど、そうも言っていられないか……」
 息を吸い、剣の柄を両手で握る。そして右肩を引いて体を捻るように剣を構える。
 剣をまともに習った事はなく、魔法も使えないあたしにとって、この技は切り札に他ならない。フジエーダを旅立ってからちょくちょく練習をしていたけれど、まだ三回に一度ぐらいしか成功しない上に疲労度も大きい。
「………だからって出し惜しみしてる場合じゃないし!」
 今はただ、成功率を少しでも上げる為に集中する事に専念する。
 本来なら魔力の通わないただのショートソードへ魔力を流す……要領は魔法の箒と同じ。ただ、間欲の量は桁違いに、膨大に、あたしの中にある全ての魔力を注ぎ込み、圧縮して、溜め込んで、―――スイッチを入れる。
「ああああああああああああああああああっ!」
 もっとも単純な叫びを迸らせ、目の前の空間を剣で薙ぎ払う。
 ―――魔力剣。
 振り払う事で開放された魔力が迸る。何の意味も与えられていない無色の魔力が一直線に空間を突き進む。
「……やった」
 次の瞬間には目の前の幻炎は吹き飛んでいた。
 地面の草にはまっすぐに何かが通り抜けた跡だけが残っている。……さすがにサキュバス状態での威力とは比較にもならない弱さだ。それでも魔法を切り払えるだけで十分な使い道がある。
「………ッ」
 幻の炎が払われた事に軽い達成感を感じて一息つくと、不意に視界が揺れ、足がもつれる。
 ―――問題は魔力と精神力を使いすぎることかな……
 今回は大丈夫だったけれど、ジャスミンさんを助けた時のように剣が砕ける可能性もある。頭を振って押し寄せてくる眠気を払い、まだ音叉のように振動している剣を手で押さえるると―――
「あ…れ……?」
 あたしのお腹に細い投げナイフが突き刺さる。あまりに鋭い刃先のせいか、自分がさされたとは感じられず、シャツに赤いものが滲み出すのを見て初めて「刺された」事を自覚してしまう。
「――――――――――ッッッ!!!」
 直後に、刺された痛みが暴れ始める。
 火箸を突っ込まれるような痛みと熱さとはよく言ったものだ。
 神経を逆流した激痛が筋肉を収縮させ、全身が動きを止める。それは呼吸にさえおよび、喉を詰まらせながらその場にひざまずいてしまう。
「うアッ!!!」
 ショートパンツとニーガードとの隙間から覗く右太股、そして防火ジャケットと篭手との間から覗く左腕に続けざまにナイフが突き刺さる。
 ―――体が震えていた。
「ッッッ――――――!!!」
 左脹脛。右腕。左わき腹。魔封玉を出そうとして開いた右手には表と裏から計三本のナイフが突き刺さった。ご丁寧に左手の甲もナイフに貫かれて地面に縫い付けられてしまっている。
 相手の姿はどこにも見えない。……いや、もう見せる必要も無いだろう。遠くからナイフを突き刺していけば、痛みと失血でいずれ気を失う。それから近づいてこられたら、あたしにはどうする事も出来ない。
『グォアアアァァァアアアアアッッッ!!!』
 プラズマタートルの咆声が響き、放たれた電撃があたしの急所を狙ったナイフを撃ち落す。けれど相手のナイフには限りが無いのか、撃ち落せなかったナイフはあたしの肌を切り裂いて、容赦なく肉に食い込んでくる。
 ―――もしかしてあたし、もう死んでるんじゃないでしょうね……
 全身を駆け巡る強烈な痛みに神経が麻痺し、何も感じなくなってきた。視界は赤く染まり、軽い衝撃を感じるたびに体が震えるだけで、激痛で焼け爛れた頭は逃げる事すら諦めてしまっている。
「なんだって、こんな―――」
 自分が今、どんな状態にあるのか想像もしたくない。ハリネズミのように突き刺さる場所が無いぐらいにナイフが刺さってるんだ、きっとそうだ。
 こんなところであたしの旅が終わりを迎えるなんて思いもしなかった。あぁ……どこで選択ミスったのかな……せめて男に戻ってから―――
「ッ………」
 指が土を噛む。………いつの間にかナイフの雨は収まっていた。怒って悲しくて暴れているプラズマタートルの足音を体全体で感じていると、まだ命だけは残っているのだと感じることができる。
「ァ……カハッ―――!」
 喉に詰まった血を吐き出すと、ご丁寧に新たなナイフが肩口に突き刺さる。―――もうどこを刺されても結果は同じだ。
 温かい血液が体の外へと流れ出し、体の熱も逃げていく。これで死ななきゃ人間じゃない。………あ、そっか。人間やめさせられてたっけ。
 最後の方はとんでもない波乱万丈だったなぁ……自分の長いようで短かった人生を思い返し、表情が崩れる。―――泣いたのか、笑ったのか。それすら感じることもできない。
 せめて最後に……明日香にとは言わない。せめてあの騎士の人には会って、話を聞きたかった……
「何をしているの!?」
 ―――そう、この声。……でもあたしの記憶にあるあの人の声は、もっと明るくて……こんなに恐そうな声をしてなかったと思うんだけど……
「状況を報告しなさい。この場所になぜモンスターが入り込んでいる? どうして民間人をあぶり殺しにするような真似をしているの!?」
 叱責の声は誰に向けられているのかは知らないけれど、次第にあたしの方へと近づいてくる。――――――このままじゃマズい!
「エン、ブ、姿を見せなさい。結界まで起動させて、私に何も言えないというのですか!」
「―――やめなさい、プラズマタートル!」
 血まみれの体を跳ね上げ、今にも近づいてくる人物へ電撃を放とうとしていたプラズマタートルに全身を預けて制止する。
「落ち着いて……言ったでしょ、人は殺さないでって………」
 怒りに我を忘れるプラズマタートルだけど、殺されかけていたあたしに止められ、その心に動揺が広がっていく。………けれど甲羅から突き出た角からは電光が消え、力ないあたしの体を支えるように地面へうずくまってくれる。
「………お願いだから……この子は殺さないでおいてくれるかな……大丈夫だから……体はおっきくても…ちょっとのんびりやで……いい子だから………」
 出来れば他のモンスターたちも魔封玉から出してあげたいけれど、力はもう残ってない。だからプラズマタートルだけでも……と、声を絞り出していたら、いきなり肩を掴まれ、動かない体を無理やり振り向かされてしまう。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッゥゥ!!!」
 無理に体を動かされて、ナイフの刺さったままの傷口から激痛が走り、全身の筋肉が反り返る。
 一瞬頭が真っ白になり、けれどおかげで一瞬だけ意識が鮮明になる。
 目が見えて、耳が聞こえる。―――だけど、意識を保ってられるのはここまでだ。
 ここで寝ちゃったらもう二度と目を覚まさないだろう……そう自覚しながら瞼を閉じるあたしの最後の視界には、
「何であなたがここにいるのよ!?」
 そう問いかける、あの仮面の騎士の姿が映っていた。
 ―――ああ、やっと知ってる人に会えた。
 けれど問い掛けに答えることはできず、意識の糸はぷつりと切れ落ちてしまった。


第九章「湯煙」05へ