第八章「襲撃」11
「えっと……もしかしてお友達?」
そうそう、親しい間柄なら、いきなり背後から棍棒で殴りつけたりしそうだもんね。実際、あたしなんて幼馴染にファイヤーボールを食らうのが日課になってたし。
けれど、あたしが笑顔を浮かべても周囲を取り囲む四匹のゴブリンたちの殺気は和らがず、あたしが声を掛けても水面に倒れ伏した五匹のゴブリンたちは起き上がろうとしなかった。
―――も、もしかして、まだ活躍も何もしてないのに全滅って………ちょっと待ってよぉ〜〜〜!!
いきなり輪姦宙吊り開脚プレイから生命のピンチに陥って、かなり頭の中がパニッくってる。
逃げないと……湖の水よりも冷たい殺気に当てられ、しきりに目を動かす。
取り囲んでいると言っても、湖に入っているのは三匹だけ。一匹は煙を上げ終わった焚き火の傍にいるから逃げようと思えば隙はいくらでもあるように見える。―――けど、あたしの周囲には頭から大量の血を流したゴブリンたちが倒れているために脚を動かすのも一苦労な上に、犯されすぎてがくがくと震えている両足では抵抗のある水中から足首を引き抜くどころか、立つ事さえおぼつかない。
「うわ……最悪。美人薄命って奴かな……ははは……」
女になっただけじゃ飽き足らない。神様はどこまであたしを不幸にすれば気が済むのやら……それも死んでしまえばおしまいになる。これ以上あれこれ女のまま悲惨な目に会うぐらいならいっそ…
「………実際、ついてないよね、あたしの人生って」
そして、それを言うならせっかく契約できた五匹のゴブリンたちも同じだ。
確かにゴブリンたちとの契約にあたし自身は乗り気じゃなかった。ゴブリンと言えば最弱に分類されるモンスターだし、五匹と同時に契約してもあまり意味が無い。その上、長時間挿れっぱなしで膣内射精を繰り返されたあの感触……今にも殴り殺されそうだって言うのに、体の奥底にはっきりと残っていて、力の入らなくなったアソコから水中へとあふれ出している。
もし……あたしが誘惑すれば、この四匹もあたしに襲い掛かってくるのかな…と、この場を何とか生き延びる事を考えていた頭に、さも名案であるかのように選択肢が浮かび上がる。
―――泣いている場合じゃない。そりゃ、あたしの不幸っぷりは行き着くところまで行き着いたって気がするけれど、なんか凶悪そうなゴブリンに殴られる気は毛頭ない。そうすると、この場を逃げ延びる手段は……やはり主従契約しか残っていない。
凶暴な性格と言うのは強さの裏返しかもしれない。それならさっきの五匹よりもこっちの四匹の方が役に立つかもしれない。きっとそうだ。体を差し出せば……今は生き延びる事が出来る。けど――
「………なんでやられちゃうんだか」
すこし……可哀想な気がしてきた。
もしあたしと出会わなければ、こんなところで殴り殺される事なんか無かったはずだ。
何処かからやってきたゴブリンたち――おそらく今、あたしの回りにいる連中に住処を追われ、ただいつも通りの暮らしを送りたかっただけの彼らを……治療して、食事を与えて、体を差し出して、ここに引き止めたのはあたしだ。
「だったら仇……とってあげなくちゃね」
『ウゴァアアアアアアアアッ!!!』
快楽から何とか抜け出したのを悟ったのか、あたしの目の前にいたゴブリンは両手でないと持てないほど巨大な木の根を振り上げる。―――その時に目に入ったのは、右腕に薬草を貼り付けて背後に控えるゴブリンの姿だ。
「……そういう事か」
怒ってる理由も……元をただせばあたしだって言いたいのね。
まるで仇はこちらだと言わんばかりの眼差し。右腕の怪我。……それは昼間、森の中であたしがゴブリンに負わせた切り傷だ。つまりこいつらは昼間追い払ったゴブリンで、あたしを執拗に追いかけてここまできた……と言う事だ。
「って事は容赦無しよね、当然!」
―――逃げるなら、あそこ!
『ガアアアアアアアアアアアアッ!!!』
ゴブリンだからとバカに出来ない怪力で、巨大棍棒が水面に叩きつけられる。水面を撃つ音と盛大に上がった水しぶきとで視界がさえぎられる中、水面に倒れたゴブリンたちの上へ倒れこみ、勢いを利用して転がるように一撃を避ける。
二撃目は思った以上に早い。交わされたと知ると、こちらは普通サイズの、けれど人やモンスターを殴るのには十分な大きさの棍棒をあたしへと叩きつけてくる。
剣は……巨大棍棒を持つゴブリンの傍、湖のほとりの大岩の根元にシャツや下着と一緒においてある。そして初撃を横へと逃げたあたしの前には、そこへ至る道がまっすぐ伸びていた。
「グっ!」
背後から振り下ろされた二撃目は体を前に折って何とか避ける。けれど三撃目を背中に受け、顔を苦悶の表情にゆがめてしまう。―――けれどダメージを負った分、勢いは付いた。後ろから衝撃を受けてよじれる肺に無理やり空気を流しいれ、気だるく重い体を前へと飛ばし、浅い水中に頭ごと潜りこむ。
一度は精神世界で自由に泳いだ水の中だ。体はマーメイドじゃなくても、脚や腕に力が入らなくても、体をよじって前へと感覚はまだあたしの中に残っている。
「………ぷはぁ! 剣、あたしの剣!」
距離にすれば五歩も無い距離を一息に泳ぎきり、腕を伸ばして自分の剣をまさぐり探す。―――無い!?
『グ…グルゥ……!』
「あ……」
水の滴る前髪を掻き揚げて目を開くと、まず見えたのは剣の切っ先だ。
せめて武器があれば、ここを切り抜けることが出来る。……そう思っていたけれど、ゴブリンだってそれぐらい分かっていたとなぜ気付かなかったんだろう。傷が深く、後ろに控えていたゴブリンは、自分を傷つけた刃を手に、歯軋りしながら目を不気味な色に輝かせている。
さすがにこれは、どうしようもないかも……
至近距離に刃。そして交わした三匹のゴブリンも既に奇声を上げて襲い掛かろうとしている。
足腰は立たないし、泳いで逃げれば上から容赦なく刃を落とされるだけ……どこにもあたしの逃げ場は残されていない。
そういえば弘二がいたっけ。大声を上げれば―――だめだ。今はジェルに見張りをさせてるし、来たところで足手まといなだけ。
それならジェルを呼べば―――これもだめ。テントは湖から離れていて、飛び跳ねたって転がったって、一・二秒でここまでこれるはずが無い。
残る手は魔封玉の大蜘蛛―――気付くのが遅かった。いくらどこででも出せる魔封玉でも、せめて一番最初に思い出していれば……
もう四匹のゴブリンの攻撃を避ける手段は残されていない。集中を高めて魔封玉を必死に呼び出してはいるけれど、間に合いそうに無い。
………ああそうか。まず最初に、五匹のゴブリンを倒されたから、頭に血が上ったんだ……
仇を討とうなんて考えなければ、もしかすると最も安全な大蜘蛛を呼び出すという手段を使って助かっていたのかもしれない。けど現実には……もう、何もかもが終わろうとしている。あたしの人生も、まだ始まってさえいない男に戻る旅も。
「せめて…男に戻って死にたかったな……」
手の平に、もうすぐ大蜘蛛の魔封玉が現れる。―――けれど遅すぎる。やっぱりあたしには似合っていなかったショートソードは焚き火の赤い灯を照り返すように振り上げられる。
けど……不幸の後には幸福もやって来ると、普段は不幸だらけで信じられない言葉がある。
剣を掲げようとしたゴブリンは、その手を振り下ろす事は出来なかった。
突然横手から風を切って何かが飛んできたかと思うと、ゴブリンにまとった音ごと衝突する。――その衝撃は半端じゃない。グシャリと卵の殻を握りつぶすような粉砕音を響かせゴブリンに直撃したそれは、ぶつかる事で勢いを緩めることも無く、そのまま一直線に飛翔して「運悪く」間に立っていたゴブリンごと大岩に激突した。
逆恨みとは言え、ただ仕返ししたかっただけかもしれないゴブリンに哀れさを感じないでもないけれど、今は生き残る事が最優先。その手から水の中に落ちた剣をすかさず拾い上げ、岸へ転がりながら這い上がったあたしの眼前には、一匹の妖魔を岩に貼り付けたものの正体を目の当たりにした。
………槍?
それはかなり大きな槍だった。人の身の丈を越える見事な大槍で、先端から石突に至るまで、使い込んだ金属のみに与えられる渋みのある黒い輝きを放っている。
いくら世の中で魔法が発達して、リビングメイルとかゴーレムとかがいる所にはキッチリいる世界だと言っても、いきなり槍が自分の意思で飛んでくるなんていう考え方は一般的じゃない。だとすれば……飛んできた方向に投げた人がいると考えるのが当然だ。
「ひゅ〜、間一髪。大丈夫かい、お嬢ちゃん」
仲間をやられて動きを止めたゴブリンたちを恐れる様子も無く、あたしが目を向けた方向から二人の男が、思いも寄らない軽い声を上げながら焚き火の明かりが届く世界へと姿をあらわした。
「ヒーローはピンチになったら現れるってな。どうだいユージ、見たか、ど真ん中に命中じゃねえか!」
「外れてたら彼女に当たってたかもしれないんだよ。お姫様が美人だったからって無駄に張り切りすぎだよ、ユーイチ」
えっと……これは助けが来てくれたって考えても…いいんだよね?
槍を投げたのはユーイチと呼ばれた方らしい。うらやましいぐらいに引き締まった体をしていて、武器らしい武器を身につけていない…おそらく槍戦士なのだろうか。それに対してユージと呼ばれた男の人はなかなかの二枚目風で、顔にかけたメガネが知的さと涼しげな雰囲気を漂わせていた。
ゴブリンたちが敵意むき出しで見ていると言うのにユージさんは気にする様子も見せずに鼻歌交じりであたしの傍へとやって来る。そして岩に突き刺さった槍を引き抜き、口笛を鳴らした。
「ヒュ〜♪ こいつはスゲェ。話に聞いてた以上にいい女じゃないの」
「あっ……キャアアアアアアッ!!! な、なに見てるんですか!!!」
あたし…そういえば今、思いっきり全裸!
頭から水をかぶったせいで、思考も体も色々と冷め始めてる。けれど胸の肌に差した赤らみや張りのようなエッチの名残はまだ残っているような気がして、あたしも戦わなくちゃいけないのに剣を放り出して豊満すぎる胸やアソコを手で隠してしまう。
「ユーイチ、そういうのは後回しにしろって。先にこいつらをたたくぞ」
「リョーカイリョーカイ、みなまで言うな。それじゃお嬢さん、ちょっとそこで休んでな。今から本物の冒険者の力って言うのを見せてやるからさ」
まるで何処かに買い物にいくぐらいの気軽さでそういうと、ユーイチともう一人の剣士風の出で立ちをしたユージは軽くジャンプして水面に飛び込み、いきなりそれぞれの武器を振り回した。
「うわぁ……」
横薙ぎに振り払われた重そうな槍が、巨大な棍棒を持ったゴブリンのあばら骨を容易く粉砕する。それと同じタイミングでユージさんが鞘から引き抜いた長剣が一瞬にして二匹の妖魔を切り伏せていた。
強い……あたしなんて比べ物にならないぐらい、この二人の実力はスゴかった。ゴブリン相手ではその実力を十分発揮する必要もないだろうけれど、それでもあたしとレベルが違う事は素人目にもよく分かる。
「まったく……ダメじゃないか、こんな夜遅くに水浴びなんて。こいつらに変な事されなかったかい?」
剣についた血を振り払って鞘に収めたユージさんは、水から上がるとあたしが剣と一緒においていたシャツを広い、あたしへと渡してくれる。……意外と紳士的なんだ…冒険者って荒くれ者って言うイメージがあったけど。
「あ〜……はい、「あいつら」には何もされてません」
その前にもう既にひどい事をされてたんだけど……あの五匹のゴブリンたちと、今しがた倒されたゴブリンが別のグループだと言っても話がややこしくなるだけだ。それに……あまり犯されたなんて事を言いたくも無いし……
「助けてくれて…ありがとうございます」
何はともあれ…これでさすがに何も起こりはしないはずだ。例え別のモンスターが襲ってきても二人がいれば心強い。それにあたしも―――
「いやいやいや、感謝なら別にしなくてもいいぜ。これもデブから頼まれた仕事だからな」
「………神官長から?」
いや、まあ…「デブ」って単語でぱっと思い浮かんだのが水の神殿の神官長だけだったんだけど……実際、その通りらしい。
「それでも感謝してくれるってんなら………俺としてはやっぱり、誠意で示して欲しいんだよな〜〜」
ん? なんかユーイチさんの目がいやらしいんだけど……あたしの胸や太股にばっかり目を向けて……
「じゃあ早速テントに行こうか。な〜に、帰るのが一日二日遅れたってかまやしないから、その体で――」
「……そー言うのは、全力でお断りします!」
―――ゴキン
あ……いっけない。何であたしの手は剣の柄を握り締めてユーイチさんの股間を……
「あ……あぐっ………助けに着たのに…この仕打ちかよぉぉぉ……!!!」
たおれちゃったけど……ま、いっか。さすがにこれで……今日はゆっくりと眠れそうだし。
今から寝ても朝までそう時間も残ってない。けれど今晩は色々とありすぎた。安心からくる睡魔に大きく口を開けてあくびしたあたしは、股間を押さえて地面にうずくまったユーイチさんに、「おやすみなさい」と頭を下げた。
「ん〜……ま、街に帰りつくまで辛抱するしかないか……はぁ〜……」
翌日、二種類の媚薬と長時間の性交で体力を使い果たしたあたしはユーイチさんたちの計らいで昼間でゆっくりと休ませてもらい、昼食をとってから防具を身につけて街へ帰る準備を整えた。
ショルダーアーマー付のジャケットを身に付け、腰に剣の鞘を差し……やっぱり違和感を感じる。
なにしろ短パンの下は下着をつけていないから……ゴブリン騒動で二枚ほど破けたり湖に流されたりした上に、弘二に舐めしゃぶられたのは破棄したから一枚も残っていない。背中に首を回してお尻を見やると、なんかいつも以上にラインがくっきり丸みを帯びているように思えて、思わず恥ずかしくなってしまう。
「………あんたたちが悪いんだからね」
湖に目を向けると、ゴブリンたちの姿は無くなっていた。死骸が流されたのではなく、文字通り無くなってしまったのだ。
もともと妖精だと言われるゴブリンは死んで魔力が枯渇すると土に返りやすい。おかげで朝からスプラッタな後継を目にしなくてもすんだけれど、暗かったせいもあって顔もよく見ていなかったゴブリンたちを見ることもまた、出来なくなってしまった。
「あんたたちのせいで下着が減っちゃったんだからね。……バカ」
昨日の名残と言えば、焚き火の跡と岩に空いた槍の跡の二つぐらいであり、昨日のことが本当に夢か幻の出来事だったかのように思えてしまう。
「………今度はもうちょっと強いモンスターに生まれてきなさいよね」
あ〜あ、結局犯られ損だ。あ〜あ、あ〜あ。ぼやいたって仕方ないけど……今はぼやこう。ぼやいて誤魔化さないと、この場を離れづらくなってしまう。
「たくやちゃん、そろそろ行くよ。準備はいいかい」
「は〜い、今行きます!」
―――旅に出る前に花でも供えにきてあげようか。
あれは決して夢じゃなく、ゴブリンたちはゴブリンなりにあたしを歓迎してくれた……今はそれでよしとしよう。
最後に一度だけ湖を振り返る。誰もいなくなり、元の静寂を取り戻した湖に一度だけ小さく手を振ると、あたしは駆け足で待ってくれているユージさんたちに追いついた。
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